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今秋も秋刀魚を焼いたぜ [町内会人間ドラマ]

オカシイな。
11月半ばになっても秋祭り打ち合わせの連絡が来ないのだ。
今年の春に次の班長に引き継いでお役御免、次に廻って来るのは10数年先だが、地元の有志チームに引っ張られ、夏祭り、秋祭り、年末の火の用心、近所の公園清掃ぐらいは参加することにしている。会長、副会長、役員、委員たちともすっかり打ち解けています。
開催まで1週間を切ったのに。
ウチの町内会の各班長は、1年間の任期中、夏祭りは全員参加(一応、任意ですが、実態は殆ど強制参加のようなものだね)9月の体育祭と11月の秋祭りはどちらかに参加なのです。私は運動オンチなのと、ジャン妻から、「自分はまだまだ走れる、動けると思っていても、そのトシで走ったりして捻挫でもしたりしたらどーする?」と釘を刺されているので体育祭の競技参加は辞退したが、テントの軽トラック積み込み、会場でのテント設営のメンバー招集連絡は届いて、それには朝7時半に集合とあったのですが、体育祭そのものが台風で中止になったのです。体育祭に参加要請があった班長たちは、行事に駆り出されなくってラッキーだったかも知れないが、その分、秋祭りに駆り出されたのだろうか。
「その数だけで足りてるのかなぁ」
「まさか。甘いと思うわよ。アナタは安全パイと見られてるのよ。いつでも来てくれるって思ってるんじゃない?」
その通りでした。祭りの委員長から連絡が来たのが開催3日前でしたよ。打ち合わせ時間が取れなかったという。ぶっつけ本番になった。

それでも前々日までに必要なもの、舞台の設置、調達は委員さんたちで手配済みなのはさすがで、もち米、豚汁材料(豚バラ肉、大根、ニンジン、コンニャク、厚揚げ)、焼きそば、秋刀魚100匹、飲料、フードパックの買い出しと仕込み、地元栽培野菜の調達、ガスや炭といった燃料の調達、賞品・景品手配等は連中だけで完了しており、前日の夕方、草むしり、枯葉清掃、展示場を設置する為の町内会館内の養生に2時間だけ駆り出されただけで済んだ。
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前夜、地元野菜が運び込まれたところです。
「これ、外に置きっ放しってわけにいかないだろ」
「外に置いといて明日来たら無くなってたらタイヘンだからな」
そういう心無い何者かがいるそうである。館内に運ばれた野菜類は、規格外で流通に乗せられないサイズが多い。キャベツはデカいし、サツマイモなんか1本食べただけで血糖値が跳ね上がりそうな巨大さである。
これらを館内に運んだ際にやや腰にキタ。
「大きいサツマイモですねぇ」(会長)
「会長、何かで見たんだけど、サツマイモって野菜じゃないんだって。デンプン、糖分の塊だって」
「笑、でも私らの子供の頃は・・・」
おやつだったそうである。まだ2年足らずで、図々しく慣れ慣れしく会長さんと軽口を叩いている私はなんなんだろう。

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前夜に仕込んだ豚汁。仕込んだのは、地域イベントの出店、普段は高齢者への配食を担当する婆さんチーム。チームリーダーはKさんといって、今年の2月だったかウチに来て「アンタ委員になってよ」と勧誘に来た婆さんです。
齢65歳~70歳~の婆さんたちが作るんだから、そこたの牛丼チェーンの豚汁より遥かに美味しい。
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ボカしてありますが、会館内に置いてあった役割担当です。
プロパン5Kg、分岐ジョイント(二股)、ホース
餅米蒸しはサンマ焼きの隣で蒸し時間30分
販売用POPを用意
餅・豚汁は食券制、1回購入に付き3枚まで
炭、フードパックの残量チェック(ここで洩れがあった。箸の残量チェックが抜けている。)
当日の朝、スィートポテト製作。
地元野菜販売は数量規制を設ける(おひとり様、1点限りとか)
来年の納涼祭に向けた太鼓パフォーマンス
フリーマケット、これは会館建て替えの為に、館内に置いてあるだけのお皿、花瓶、小物を捌こうというもの。要は使わない不動備品の一掃である。
誰かが「この皿、誰も持ってかなかったらどーする?」と心配していたが、高そうなお皿、器はない。要らないならストレス発散に割るしかない安皿ばかりである。
「〇〇さん(私のこと)明日、持ってかれたらどーです?」
夫婦2人だし、これまでの20数年間でウチだって皿なんか余っているので辞退した。
次に各項目別の内訳があって、餅米研ぎ(前日)、餅米蒸炊、餅付き(つき手、こね)、餅のカタチにして餡、黄粉を塗す・販売、豚汁販売、地元野菜販売、苗木販売、Cafe、模擬店、秋刀魚焼き・販売、焼きそば焼き・販売、クレープ、スィートポテト、ポップコーン、それら項目に担当する役員・委員、有志の名前が振り分けられていたが、
私の名前がない。
これは自分は要らないのかなと思った。祭りの委員長(私を地元チームに引っ張り込んだ人物)に、「自分は何をやればいいですか?」と聞いたのよ。そしたら、
「秋刀魚焼いてください」

「さも当然のように言われたよ。」
「だから言ったじゃん。アナタは必ず来てくれる安全パイだって」
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平成最後の秋祭り。当日のスケジュールは8:00~準備、設営、設営といっても雲一つない晴天、秋晴れの下だったのでテントは設けなかった。広場に長テーブルや折りたたみ椅子を並べ、焼き場、売り場を急いでこしらえて、炭火を起こしただけです。
炭火を起こしたのは2年連続で焼き鳥&秋刀魚焼きを担当するいつもの男性。夏祭りの焼き鳥では5人いたメンバ-のひとり。組むのは4回めなので、特にかしこまった挨拶を交わすこともなく作業に入った。
隣の焼きそばチームの方が大量のキャベツを切ったりバラ肉を刻んだりしてタイヘンそうだった。館内の厨房は、もち米や豚汁を仕込む婆さんチーム(リーダーは前述のKさん、各種イベントや高齢者への配食をしている)が包丁を持ってウロウロしていて強いので、昨年同様、「焼きそばの具なんて外で切れるでしょ」に負けたらしい。
ザクッ、ザクッ、トントントン、ポイッ(芯を捨てる)小気味いい音が響いている。

9:00~班長たちがゾロゾロ集合してきたので、委員長が点呼をとっていた。
その後、役割が決まっているのに指示が明確でないので、10:00~開場まで手持無沙汰でその辺に突っ立ってる人もいた。
事前打ち合わせが無かったせいか、徐々にないものに気付いた。
割り箸が足りない。
秋刀魚に振る塩が見当たらない。ガサゴソ探した。
大根おろしが見当たらない。(実はあったのだが。)
当然、醬油もない。
POPが無い。
「霧吹きが無いな」
「あのシュッシュッと吹きかけるヤツ?」
「そうです。あれが無いと、火がこうバワ~ッと燃え上がった際に手で水をかけるとサンマに直に水がかかってしまう。植木に水をやるあれでいいんだけど」
これは結局、手で水をすくって、網とレンガの隙間から水を横に振るしかなかったのだ。

火を起こします。炭を入れてレンガの位置、高さを調整して、網を重ねます。遠火でじっくり焼くからです。
そしてサンマ100匹が届いた。クール宅急便のBOXが3つ、箱には30匹、30匹、40匹と殴り書きしてあるが、「書いてある数より多いと思います。適当に入れたって言ってたから」
まぁ100匹が120匹になっても大差ない。
手を突っ込んで秋刀魚を掴まえてみた。いいあんばいに丸々している。冷凍ではないようだが、氷水に浸されていて、底に沈んでいる秋刀魚は凍っていた。
「一旦、出して、溶かしましょう」
晴天下で自然解凍させる。洗ったパレットの上に並んだ秋刀魚たち。
両面に塩を軽く振ります。
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まず1匹ずつ焼いてみる。
じっくり焼いて、食べてみたらイケました。
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マイクを持った委員長の開会宣言の後、お客さんが少しずつ来場してきた。
ここでまた気付いたのは、秋刀魚をお客に売る担当者がいないのです。ウチの秋刀魚焼き場だけ班長さんがいない。来てないのである。9時に点呼しているんだがドタキャンか?
相方が呟いた。「ウチらだけか?」
委員長も来て「売る人来てないんですか。●●(班名と番号)のTさんて方か。来てないな・・・」
となると、2人で炭を足しながら焼いて、注文やお会計をすると、そこで客に捕まって振り向いたら秋刀魚が焦げてたなんてことになりかねない。幸い缶ドリンクを販売する班長さんが兼務してくれたが、だんだん混んできたぞ。
家で何かしてたジャン妻に連絡するハメになった。
「来てくれないか」
「えぇ~」
「売る班長が来てないんだよ」
実はジャン妻、接客接遇や販売が苦手です。ウチに入社した際、最初の1年は支店勤務だったのだが接客業がモノにならなかったので経理に移された過去がある。
「30分くらいしたら行く」
「ダメ。今からきて。後日おごるから」
「ホント?じゃぁ行く」
ゲンキンなヤツめ。混んできたのになかなか来ないので再度、電話したら、
「今、髪を洗ってるから」
「そんなんいい。意味ないって」
秋刀魚を焼く煙がそこらに漂っているのに髪なんか洗わんでいい。
ジャン妻まで駆り出して、ようやく廻るようになった。
「幾らで売ればいいの?」
秋刀魚の売値は時価になっていたが、1匹150円で売った。売り場のジャン妻の後姿。
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「1匹です」(ジャン妻)
「ハイ1匹ね」(私)
「お持ち帰りで2匹」(ジャン妻)
「ハイ、1匹と2匹、都合3匹」(私)
昨年2017年のサンマは、そこらのスーパーでは平均500円~だった。何かで報道されてた。今年の秋刀魚は漁獲量が増えたので安い方でしょうか。
ジャン妻は金の計算は超得意だが(1匹150円で売るから別に得意でなくてもいいのだが)接客接遇はまるでダメで、待っている客をいなすTALKが全くできないオンナなのです。
並んでいるお客さんは焼けてるのをじーっと見てるんですよ。秋刀魚を焼くのって時間がかかるし、焼きそばを豪快に炒めるのと違って、焼き加減や焼き時間がはっきりわからないじゃないですか。まだ~?の視線がじーっと注がれるんです。
視線を感じるので、こっちから話しかけた。
「そろそろいけそうだと思うでしょ」
お客は頷いた。
「でもこれでまだなんですよ。もうちょっと待ってね」
私はアマチュアなのに姿恰好だけはプロ並みなので、お客さんは納得したと思う。
これが私の恰好です。
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今年は「居酒屋の店主を呼んだのか」と言われた。
焼き鳥を焼いた時もそうですが姿恰好だけはプロだって。でもアマチュアです。
黒い作務衣は冬場の蕎麦宿、さらの木、船山温泉の館内を、これ着て闊歩しているヤツで、大分旧くなって色褪せて来たもの。前掛けは湯野上温泉のW酒店で買ったの。カッコつけたのもあるけど、前掛けをしないと普段着の作務衣に秋刀魚のニオイが付着するんですよ。昨年の前掛けは「飛露喜」ですが、1年経った今でもニオイが若干残っています。昨年は向かい風が強かったので余計にです。今年は風は殆ど無かったが、やはりニオイが残った。
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秋刀魚を焼くのって難しいです。
上大岡の焼き鳥屋で「今年も焼くんですか?秋刀魚は難しいから止めといた方が」と言われたけど。
オーブンやバーナーじゃないので、秋刀魚を炭火で焼く場合は目線で確認するしかない。目が生ではダメ、口もとから汁が出て、サンマのカオの下から脂がトロトロ出てもそこでまだじーっとガマンするのです。
返しはなるべく1回で。
焼いてる側、ちゃんと焼けてるかどうかを屈んで下から覗き込んでチェックするのですが、これが意外に腰に負担がかかる。炭火が一定していれば、本格的な網、あの何匹か一緒に網に挟んで、バッとひっくり返す網があればいいのだが。
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夏の焼き鳥メンバー5人のうちひとりがカオを出して、
「おっ、やってるね」
やってるねじゃないでしょ。
「入ってくださいよ」
「いやぁ、自分、魚を焼くのはダメなんだよ~」
何がダメなのかわかんないけどその場にいて談笑しただけで終わった。この男性は昨年私に焼き鳥の焼き方を最初に教えてくれた方なのですが、町内会で何かの役に就いているのと写真クラブのメンバーでもある。クラブで撮った写真を最寄駅のコンコースに掲示している場に出くわしたことが2回か3回ある。9時か9時半ぐらいだったから、もう出勤する会社員の群が引けた頃である。
「今から出勤するの?」って言われた。自分は東京本社でなく横浜市内の支店に直行するんだったが、9時半に地元最寄駅ではさすがに体裁がよくない。
「あんな時間で間に合うの?」
「ええっと、自分の会社、年間変形労働時間制なんで」とこの場で言い訳するハメになった。
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秋晴れの下そこそこ盛況だが、やはりこっちは昨年より人数が足りない。
いつも必ず参加するご夫婦、夏祭りにフランクフルトを担当している目端や機転が効くご夫婦が来てない。
自分も夏秋と2回ずつ2年連続なので、だいたいいるべき主要メンバーのカオは覚えたつもりだが、夏祭りと違って昼間の10時~13時の3時間なので何とか乗り越えられそうだ。
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相方(私なんかより遥かに経験豊富な方)がひたすら焼いてますが、見てください。素手で、割り箸で焼いてるんですよ。
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軍手をはめてるとめんどいのですが、素手に割り箸を持って焼いたら熱いですよ。時折炎が立つし。トングーでも用意すりゃよかった。
私も軽く火傷しました。すぐ秋刀魚の箱に残っている生臭い氷水に突っ込んで冷やした。
ジャン妻は後で呆れていた。「割り箸なんかじゃダメよ。金箸かトングでないと」
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各班のメンバー、班長たちに缶ビール、発泡酒が振る舞われたが、夏ほど飲めないですね。
夏は暑かったので幾ら飲んでも汗で出てしまうのでWCに行かなかったが、今回は汗はあまり出ない。会館内のWCを使いました。
そしたら廊下で、厨房の婆さんリーダーKさん(私を委員勧誘に来た人)に捕まった。
「ちょっとアンタ、大根おろしここにあるわよ」
「えっ?」
ボウルに大根おろしが用意してラップしてあった。
「これ、ずっとここにありました?」
「あったわよ。誰も取りに来ないからさ」
「それさぁ・・・」
「???」
「早く言ってよぉ」
「ムッ」
K婆さんはややムッとしてたがそれぐらい言ってもいいよね。お宅みたいな気が強くて口が達者な婆さんたちが包丁手に持って闊歩してる厨房なんかに入り難いんだよって。今年も焼きそばの仕込みを「晴れてるんだから当日外でできるでしょ」って締め出したでしょ。餅米を蒸すチーム(副会長連)にもウルサくクチバシを突っ込んでいて、男どもを差配してコキ使ってましたからね。(根はいい人なんだけどね。)
ボウルを掴んで焼き場に戻った。
「大根おろしありました」
「え、あったんですか?何処に?」
「厨房に。既におろしてありました」
さっきのK婆さんの口真似をしてやった。要はぶっつけ本番のせいでバタバタして、各チーム同士が連携不足なのである。
中盤以降になってようやく大根おろしと醬油が加わり、提供することができました。
その「大根おろしあるわよ」のK婆さんは、ま~た赤い羽根の募金やってましたね。
「最近の共同募金は赤い羽根くれないんスかね?今年、支払ったら貰えなかったんですよ」
「それは渡すの忘れたんだと思います。自分は昨年徴収した際、赤い羽根配り忘れました」
こういう人が集まるイベントで、祭りに酔った気分のとおろへ集金するとは上手いやり方であるな。
焼きそばチームです。秋刀魚より行列が並んでいた。
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少し秋刀魚の行列が途絶えた頃合いで焼きそばを1パック購入して喰ってみた。やや薄味でアッサリした味。
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焼きそばを喰らい発泡酒缶を飲みながら周囲を見渡したら、今年の春に私と交替した班長さんが餅つきの場にいた。彼が言うには、
「役割表を見たら自分は豚汁担当になってたんですが、男手が足りないってことでこっち(餅つき)に廻されました」
「あの役割表は名前だけで、男か女か当日にならないとわからないんですよね」
「また焼いてるんですか?」
「ええ。2年連続で。でも来年は夏祭りはあっても、この秋祭りは無さそうです」
2019年の夏祭り終了後、現在の老朽会館は取り壊されて建て替えられる。その間、何処を借りて集会を開くのか、常時開催されている各種の小イベントはどうなるのだろうか。
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焼き場に戻ったら、あと5人お客が並んで、その場で1匹、持ち帰り2匹、持ち帰り4匹、残数が僅かになってきた。
委員長が言うには、
「秋刀魚、足りなかったですかね。次回からは150匹いきましょうか」
100匹も150匹もそう変わらないかもだが、焼く網場を追加してもうひとりいないと厳しいかも知れない。でも前述したように来年は建て替え工事期間中なので。

マイクアナウンスで会長の声がするようになった。
「野菜、完売しました」
「お餅、まだあります」
「スィートコーン、クレープ、残り僅かです」
その会長、秋刀魚コーナーにも来て、
「秋刀魚、盛況ですねぇ。これでもう終わりですか?」
「ハイ、この残り11本で終わりです。会長、アナウンスで言って貰えますか?」
「わかりました。残り11本で終わりと言います」
そこでちょっと慌てた。焼き場から会館のマイクスタンドまでには若干の距離があるので、会長がヨタヨタ歩み寄る間に11本(匹)が更に減ってしまう。
私は会長を追いかけて、「会長、残りはもう並んでいるお客さんに振り分けらrてるので、完売でいいです」
「わかりました。秋刀魚、完売です。ありがとうございました」
100匹(120匹かも)、1匹試食して3匹失敗した。100分の3は小さくないがまぁ仕方がない。ジャン妻はここで開放された。
「打ち上げ参加する?」
「しないわよ。その手には乗らない。それより後で何処でおごって貰おうかな~」
「・・・」
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秋刀魚が焼きさばけて手が空いたので、2皿めをいただく。
キャベツの芯がデカいぞ。野菜と肉を先に食べて炭水化物だけにする。意外と肉が美味しかった。
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13:00~終了して片付け、櫓やテントが無いので1時間で片付いた。
14:00~慰労会の風景ですが、酒は発泡酒だけです。プシュッ!!肴は豚汁、餅、乾きものがちょこっと。
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この豚汁、昨年もいただいたが後半は豚肉が無かった豚無し汁、単なる味噌汁だったのを覚えているよ。今年は意外と肉が入ってた。誰かが豚肉を増やそうとでも言ったんだろうか。
私の前に副会長がいる。
「体育祭中止で残念でしたね」
「そうだよ。毎日、毎晩、日曜も練習してさぁ。競技メンバーと毎晩飲んでさぁ。いい加減ウチの亭主返してくれって電話がウチにかかってきてさぁ。練習という名目で酒ばっか飲んでんでしょって言われてさぁ。単なる飲み会でしょって言われてさぁ。だったら上位を取ってやるよって意気込みだったのに台風で中止でさぁ」
タイヘンな剣幕であった。話をフラなきゃよかった。
会計発表があり、秋刀魚の売上は14850円だったかな。オカシイ。3匹ダメにしたのに。1匹150円で計算したら合わないのだ。
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館内の養生も片付けて解散するメンバーたち。
相方に言われた。
「奥さん来なかったら厳しかったですね」
「髪洗ったり化粧しなかったらもっと早く来れたんですがね」
委員長にも言われた。
「奥さんによろしくお伝えください」
次回はいつ会えるか。春のBBQ&新入生祭りは今年は辞退した。4月の薬価&診療報酬改訂&新入社員対応で忙しかったのと、新入生祭りは小学生が対象なので、子供にどう接していいかわからないので辞退したのです。
年末の火の用心に何日か、公園清掃には参加するつもりだが。

そのままのカッコで近所のスーパーへ行ったのだよ。
スーパーったって、レジに並ぶデカいスーパーではなくて、昭和の頃からある八百屋、肉屋、魚屋と分けられているスーパー。
炭と焼き魚の臭いを撒き散らしながらその夜の肴を購入したが、さすがに秋刀魚は買えなかった。350円!!
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家に戻ったらすぐ風呂とシャワーと洗濯ですよ。
ジャン妻には「おごるから」と約束してあるので、
「大門かな~、北鎌倉かな~、久々に藤沢かな~」
いずれも高い店ばかり挙げやがってからに。まだ現時点でおごっていませんけど。
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焼いて踊った熱い夏 [町内会人間ドラマ]

2018年納涼祭の櫓立て、テント設営の模様です。
例年では地元の工務店が請け負うのですが、荒天で延期になり、地元メンバーだけで組み立てることになったのです。
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初めて参加した昨年に続いて今年も参加しました。
「今年も焼き鳥やるんですか?」と聞いたら「もちろんやります。〇〇さん(私のこと)はもうメンバーに入っています」と半ば有無を言わせずですね。まぁこっちもその気ですけど。
ただ、昨年より本数を増やすって言ってたなぁ。

酷暑が続いてますが、暑い暑い言うてたら何もできないからね。当日は半ばやる気満々半ばゲンナリ(勘弁してくれ)して会場に向かった。
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炭のグレードを上げたらしい。
BBQが苦手な私は炭を見てもよくわからないのですが、確かに火が長い時間維持できたんです。細長い炭です。
14時に集合して、火を起こすのは先達に任せて、私は焼き場の文鎮(焼き鳥を載せる棒)を8本磨いて・・・
8本?
昨年は6本だった。3尺(90cm)2本と2尺(60Cm)1本、今年はもう1セット増えたのです。2尺の文鎮棒2本と焼き場が1台追加で加わった。
どっかの焼き鳥屋から貰い下げてきたらしい。まさか上大岡のあの店じゃないだろうなと余計なことを考えたが。
昨年の反省会で「焼き鳥の待ち時間が長い」「最長で20分かかった」「待ってる客を他所に参加者に先に配られていたのを目撃された」等、幾つか反省点があがったのですよ。
「参加者に先に配られてた」というのは、どうもジャン母が参加しているフラダンスのおねいさまたちらしいんだな。並んでないって。
そういう来賓というか、ご祝儀を出してくれた方を行列に並ばせるわけにいかないので、お客さんに渡す焼き鳥とは別に取り分けておくことにした。
では焼き場を1台増やしたことで待ち時間が短縮されたかどうかはわからないのだ。別の課題もあって。(後述します。※)
15時から炭火を起こして、16時から焼き初め、16時半か17時からお客がきた。
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初日、1600本/5人!!
数えに行きました。冷凍の焼き鳥が開封され、自然解凍に入っている。
見てると気持ち悪くなってきたが、肉を串で刺す作業が無いだけ楽だと思います。あれはタイヘンらしいね。引退した力士やプロレスラーがちゃんこ屋を開業すると、夏場に鍋は出ないから焼き鳥も出さないと。でも鶏肉をカットして鍋に放り込んで味付けするのは得意でも、部屋でも道場でも肉を串に刺すのはやったことがないそうです。
こっちは焼くだけなんだから。解凍しかかっているものから下ろしました。
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私を含めて昨年の焼き方5人が集合し、今年の班長さんから選抜された3名が運び屋に加わった。
そうだよ。班長は販売補助でいいんだよ。トレイに盛ってタッパに詰めて売り場に渡すだけでいいのです。何で私は昨年焼き場に立っちゃったんだろう。
でももう後には引けない。選ばれたんだから。
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早くも行列が並んだ。
これも後で反省点が。焼き鳥、焼きそば、これらを纏めて1列に並んじゃってるんですよ。
焼きそば目当ての客、焼き鳥目当ての客、両方求める客、どう分けてさばくかがです。整理券を配るとかね。
一応は警備員がいるのですが、ご老体ばかりで炎天下に立ってられず、お客を整理するどころか酒を飲んで涼をとっちゃうんですよ。警備していたのは後で述べるひとりだけで、他はもうヘタリ込んじゃって。
2日めに来たジャン母が後で呆れたように言うには、
「あのひとたち何やってるの?」
ジャン母はここと隣町の班長をやっているが、若い衆がテキパキしていて進めて、整列も順番待ちも整然としており売り場でも手早くさばいていたという。
あまり広くない広場なので行列が公道まで出てしまうのです。くるまの出入りだけ警備、整備して、あとはヘタっちゃってるんだよね。
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今年は6月から夏場に突入したといっていいが、暑いので衛生面や健康面を注意された。焼き鳥を焼くのは素手ではなく軍手で。これは火傷しない為だが、焼いた焼き鳥をパックに詰めるのも軍手で行い、他のものを触らないようにというもの。
「熱中症だけにはならないでください。熱中症で倒れられると来年からの開催が危うい」
我々の健康面を本気で心配しているとは思えなかったですね。むしろ来年からの開催を危うんでいた気がする。
そう叫ばれたのもあってか、塩分補給の為の塩飴が配られたが、
「ウチのチーム(焼き鳥)は焼き損なった焼き鳥で塩分補給するから大丈夫です」
実際平気だったのだが、配布された発泡酒、昨年は淡麗生だったのが今年は喉越生に変わったのですが、その喉越生、焼き損ねた焼き鳥数本、途中のドサクサで購入した生ビール数杯、ハイボール1杯、焼きそば、水分とは言い難いが塩分もしっかり補給し、WCには1回も行かなかった。
350mlの缶をチビチビ飲んだりしませんよ。天を仰ぐようにグビーッと一気飲みです。す~ぐぬるくなっちゃうからね。
(淡麗生は気に入ったので、昨年から家でもサイドビール(発泡酒だけど)として購入しています。)
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いちばん来場者数が増える時間帯が抽選発表の時間です。
くじです。日本人はそういうのに弱いね。
この抽選は事前に町内会の各家々に抽選券が配布投函されています。私も持ってきた。クジ運が悪いしジャンケンも弱い私は過去にこういうのに当たった記憶がないのだが、辛うじて4等の食器洗剤が当たったよ。
3等は入浴剤で、2等が何処かのお米5kg、1等がどこかのランドのペア券だった。
これらは一般来場者だけでなく、主催者側の委員や役員も当選権がある。焼き鳥を完売してすることなくなった私は意地悪ッ気を出して、ヨーヨー売り場にいた副会長に聞いた。
「抽選って役員も含まれるのですか?」
「そうだよ。当然だよ。委員も役員も券あるんだよ」
「普通主催者側は辞退しますよねぇ」
「辞退なんかしねぇよ。するわけねぇじゃん。でなきゃやってらんねぇよ役員なんてよぉ。(そこで声をひそめて)でもさすがに会長は当選したら辞退するだろうな」
この副会長はやや短気、べらんめぇ調で口が悪いのだが、そのせいか何となく私とは気が合うところがある。でも区の何かの推進功労者で表彰受けてる真面目な人でもある。
その副会長といつも喧嘩口調で話すお友達がいて入口で下手な警備をやっていた。その人が2等のお米を当選したのです。
マイクで響いたそのお友達の名前を聞いた副会長は眦が釣り上がった。
「何でアイツが当たるんだよっ」
「まぁまぁ。いいじゃないですか」
立ち上がってその当選者に「おめぇちったぁこっちにもよこせよ」と凄い剣幕であった。
「ヤダよこれ俺が当たったんだもん。かーちゃんに渡すんだもん」
「俺なんかまだ1回も当たったことねぇんだぞ」
「そんなのしらないよぉ。〇〇さん(副会長)のクジ運が悪いだけじゃん
いいトシした定年後のオトナ2人が子供の喧嘩口調になったのだが、その副会長も翌日の抽選で2等の同じお米が当たったんです。
「いやぁ。役員やって何年、初めて当たったよ」
とご満悦であった。
1等のペア券、ウチの町内で私と班長を交替した男性が当選したの。その人最初は町内会イベントのやや強制参加的なやり方に疑問を呈していたので「大丈夫かな~」と懸念してたのだが当選して嬉しそうだった。私もその彼に「よかったですね」って言いました。
でも後でさっきの副会長に聞いた話だと「1等のペア券なんてのは誰かを連れて行かなきゃなんないし、足代や食事代もかかるし、結局アシが出るんだよな。2等のお米がいちばんいいんだよ。」だそうである。
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初日19時半には完売しました。
やはり焼き場を1台増やすだけで違いますね。
店と違って注文受けてから焼くのではないんでただひたすら焼くしかないので。余ったら腐らすだけだし。
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2日めも酷暑に決まってる。太陽が恨めしいくらいである。
午前中に神輿が渡るので、私も家でホースをつないで水を撒いてあげようと身構えてたのですが、この暑さのでいか、ショートカットしてウチの前を通らなかったんですよ。
多少カチンと来た私はさすがに文句言いましたよ。待機してたのに来なかったじゃんかって。いや~、暑くて・・・なんて言ってましたけどね。ウチは町内会では北の外れにあるので「〇〇さん(私のこと)の辺りはこれまで神輿が通らなかった可哀そうな場所でもあるのですが」
と言っておきながら来なかったんだモン。
笑っちゃったのは子供神輿。猛暑で子供がダウンしたらタイヘンだからってことで、ニッポンレンタカーの軽トラの荷台を飾り立て、そこに子供を乗せて音響をスピーカーで流すんです。ちり紙交換や物干し竿売りと一緒だ。
ちょっとシラけた気分だったので1時間遅れて3時に行った。昨日の焼き鳥を焼く文鎮8本を磨いて磨いて汚れを落とした。
昨年は大人しかった私ですが今年から少しずつ言うようになっている。「神輿来なかったんだよな」ってブツクサ言ってたら、過去記事の防災訓練センター編に登場したもと消防士の爺さんがきて「神輿、お家の前を通らなかったんですって。すみませんでした。事前にコース配布してあるのに失礼ですよね」とアタマを下げられた。
私もまさか年長者のこの人にアタマを下げさせるわけにいかないのでそこで抑えたけど。
ちょっと話が逸れますが、この爺さん、Upしてないけど春の公園清掃の時(Upするほど内容が無いので)に私に話しかけてくるには、
「また防災センター見学会参加よろしくお願いしますよ」
あの地震シミュレーター?
あれは1回参加すれば充分だよ。貰った無洗米の処理に困ってるんだから。
「警察犬の訓練センター見学会も考えているんです」
「犬ですかぁ」
あまり気が乗らないなぁ。でもどうせ間際になって「人数足りません参加お願いします」ってなるんだろうね。
さて、会場に戻ります。2日めも1600本/5~6人で焼くのだ。
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昨日も今日もこっちも暑い(というか熱い)から自然と塩加減が多くなってしまったので、しょっぱいって言った客もいたみたい。
「〇〇さん(私のこと)今日は気持ち、塩を抑えましょう」
「りょーかい」
焼いててフッと意識が揺らいで、気が付いたら「塩を振ったかな?」一瞬忘れることがあるのだ。
「お客さんがしょっぱいって言ってたんですか?」
「ウチの息子が」
別の男性も「ウチの娘が」
あのさ。まだ子供でしょ。酒飲むようになれば嗜好も変わるさ私のように。
でも塩を軽くしました。
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上大岡のマスターから「腰を伸ばしてしゃんとして焼けばいい。かがむと腰にくるよ」と言われたので、なるべく身体を前に倒さないようにした。
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盛況12.jpg
盛況13.jpg
夜食は2日ともおにぎり2個、タクアン2つが配布されたが、焼きそば好きの私は食べずにはいられない。薄味の焼きそばだった。人数いるうちに、隙を見て夜食を採らないと昏倒しかねないからね。
水分とはいえないが、会館冷蔵庫にある発泡酒は飲み放題で、それと別に生ビールを飲んだよ。ちゃんと買いましたよ。
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昨年生ビールが赤字になっちゃって、今年は廃止なんて意見もあったようだけど。夏祭りに生ビールは必須だよな。
赤字だった原因は、ひとつ余分にタンクを開けちゃったかららしいのだ。
1回もWCに行かなかった。全部汗で出ちゃった。
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焼きそばチームです。
「今喰った。美味ぇよ」
「ホントっスかぁ?」
群馬の焼きそばや、家でジャン妻が作る焼きそばの方がコクがあるのだ。マヨネーズを入れるからです。
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焼く15.jpg
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盛況14.jpg
昨年と同じメンバーで焼いて、今年の班長さん3名が運び役ですが、2日とも昨年より早く焼き終った。19時半には完売したし。こりゃぁ来年は更に本数増えそうだ。
それを言ったら先達が「え?増やす?冗談じゃない。打ち合わせの時に意見言ってくださいよ。焼くのは人間なんだから考えてくれって」
働き方改革かね。でも100本か200本増えても同じだと思うのよ。実のところ焼き場が1台増えたのと、人数5人~6人いれば何とかなるんだよね。結局やらないと終わらないから身体が動いちゃうのだ。
昨年と違って「もう焼き鳥はしばらく見たくない」気にもならなかった。というのは私も2回めで、今年は昨年より人数多かったのもあって、途中で要領よく外した(サボった)のです。
今年だけの班長さんに「焼いてみますか?」と振ってみたり。
盛況15.jpg
盛況16.jpg
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19時半か20時には焼き終わったから、後半することなくなって踊りの輪に参加したのですが、踊るのは歌うより難しいね。
前にいるのは町内会の長老の婆さんです。会館の賄場を占拠しているボス格。
一度ウチに来て「アラあんただったの?委員やってよ」と勧誘されたことがある。断りましたよ。まだあと5年は現役だし、今から参加したら会社休まなきゃならないじゃんかって。
私を御隠居だと思ったのかねぇ。
私も踊ってみた.jpg
盛況17.jpg
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開催前の平日(水)(木)(金)の3日間、会館で踊るリハーサルがあったので、1日だけ参加したのですが、明るい蛍光灯の下で踊るのは恥ずかしいったらありゃしない。
前後はベテランさんばかり。見よう見まねでやってはみても足の運びが難しくて。踏み出したり、戻したり、片足あげたり、逆足だったり。
自分には踊るセンスは無いなと諦めたのだが、薄暗い夜に提灯の下で、他にもいる下手っぴな参加者に混じれば恥ずかしくも何ともないもんだ。身体が自然に動いた。
最後に踊る.jpg
散会2.jpg
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打ち上げ。
昨年より馴染ができたので、適当に合わせて談笑した。
売上が発表され、焼き鳥は堂々1位だよ。
オードブルを肴に22時半まで飲んでいた。
ただ飲むだけじゃないよ。今年班長で焼き場~売り場にいた男性3人の組名と名前を聞き出してチーム加入をすすめています。昨年自分が声をかけられたように。
「自分は昨年班長で、それまではこういうイベントに全く無関心だったのですが。何でか知らないがこうなりました。もし委員長からお誘い(赤紙)が来たらご自身のご都合優先でお考えください」
その後、声がかかったかどうかはわからない。
打ち上げ1.jpg
打ち上げ2.jpg
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祭りは終わった.jpg
祭りは終わった。。。
翌日、片付けで会社休んだのですが、片付け終わって解散後、近くのラーメン屋でランチ&ビールしてたら毒舌副会長が入ってきて私の隣に座り、
「次は体育祭なんだよぉ。ったく行事が多過ぎんだよなぁ」
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体育祭は地元幾つかの町内会の対抗戦で開催される。だから気苦労も多いらしい。ウチだけじゃないからね。
私は体育祭は出ない。ジャン妻から止められているのだ。
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1年任期満了あっという間 [町内会人間ドラマ]

ある日の土曜日の午後ふと思った。
「そうだった。自分はもう町内会の班長の任期が終わったんだった」
安堵もあるが、一抹の寂寥感もなくはない。
後任の班長さんはちゃんとやってるかな~。

既に1年努めた町内会班長業務は人気満了でお役御免になっています。そのふた月前だから3月の日曜日の午後、家のピンポンが鳴った。
何だ?勧誘か?
2階から見下ろしたら小柄なお婆さんの白髪頭が見えた。
玄関の扉を開けたら町内会館で厨房を束ねる長老格の婆さんがいた。ひとり暮らしの高齢者宅への訪問配食、地域の各種イベントに出すお料理を取り仕切っている。祭りの模擬店(焼き鳥、焼きそば)とは別です。
夏祭りと秋祭りに厨房の取り合いになったことがあって、結局この婆さんの「焼きそばならキャベツぐらい外で切れるでしょ」に押し切られたのを見ている。高齢者が包丁持って厨房を徘徊していると強いものなのだ。誰も何も言えないよ。
「アラ?」
婆さんも私を知ってるみたいだ。
「アナタここだったの」
「どうかされましたか?」と言ったが、用件はな~んとなくわかっているよ。
「実はねぇ・・・」
町内会役員推薦委員会の話だったんです。

その婆さんが言うには、現在の総務担当と経理担当委員の2名が日昼の業務が多忙で常勤になってしまい交替を申し出て来たという。その為の委員選出のような役まわりでウチに来たんだと。
そういう役周りがあることは昨年説明された。地域活性化の為にやる気のある人を推挙するんです。「ご近所にこういう方がいますよ」のようにね。その候補者の家々を訪問して交渉してるんだと。
これは難しい役割である。自分とこの近所に誰がいて、どういう人がいて人品骨柄や何をされてるかなんて全く知らないのに「誰かを推挙しろ」ったって無理というものですよ。推挙するとしたら自分しかいない。自分しか知らないモン。
私は昨年納涼祭で焼き鳥を焼いてから地元のイベントチームに引っ張り込まれ、秋祭りではサンマを焼いたし、人数不足で泣きつかれた防災センター見学会エキストラ、火の用心夜回りを2回、この後で述べる公園清掃とか。今はもう任期満了してお役目は解けたが、今月には地元消防署で開催される消化器訓練に参加ご協力をお願いされています。
1年間、嫌々面倒くさそうにやっている他の班長さんたちとは違うという自負はあるよ。
でも町内会の常勤委員は無理だよ。
その交替を申し出てきた総務さんも経理さんとも自分は会話したことがある。さすがに1年努めるとカオも覚えるし、覚えられるし、道端で出くわして「へぇ~、普段もそういうカッコなんですね」なんて言われたりしたよ。
普段のカッコとは、カジュアルを持ってない私は町内会定例会もスーツか、ノーネクタイで上着を着て出席していたのです。

婆さんは私のことを地元活動にある程度の理解があると思って来たらしいが。
「アナタやってよ」
「いや、無理ですよ今は。それってタイヘンなのはわかりますよ。こうして初めて会う人にお願いして廻ってるってのもね。その総務さんと経理さんが常勤になったってことはその方たちがお仕事ができるからでさ。お困りなのはわかりますが私もこう見てもまだ現役なんで。都内まで通勤してるんですよ。」
「お勤め忙しいの?」
閑そうに見えるかね。もしかして私を定年した隠居だと思ってるのかな。
「私今年で55です。あと5年はあります。クビにならなければね(笑)夏に焼き鳥焼いて〇〇さん(祭りの院長)の地元チームに引っ張られたから単発のイベントなら参加OKですが、仰る委員クラスとなるとそっちも常勤になってしまう。二足は無理ですね」
「ああそう。無理かねぇ。誰かいい人いないかねぇ」
「だってこの辺りの近所の人は普段道で会ったって挨拶程度だし。どんな人で何をやってるかなんて知りませんから。」
まぁだから私んトコに来たんでしょうけど。
「奥さんは?」
ジャン妻は経理、財務だから、まさにうってつけだが。
「同じ会社で同じフロアに勤務してるんです。(今は伊東甲子太郎の許へ転籍した。)このままいればあと5年は会社勤めで、その後は延長になるかどうかですよ。」
「そう。困ったわねぇ・・・」
「お困りなのはわかりますが、こうやってあちこち廻ってるのですか?」
「そうなのよ。今日はお宅がいて助かったけど」
「日曜ですから。平日は家にいませんよ。委員になっちゃったら私は会社辞めなきゃならなくなっちゃうよ。もうすぐ班長の任期満了になりますがその後も単発のイベントなら参加しますから。」
のように言ってお引き取りいただいたのです。
「長かったわね?誰?何を話してたの?」(ジャン妻)
「町内会の長老格の婆さんだよ」
何を話してたか説明してあげた。
私は1年前の記事でも「自分しか知らないのに赤の他人を委員に推薦できないよな」と書いています。まさかウチに、私んとこに交渉に来るとはな。
まぁ1年真面目に務めたから白羽の矢が立ったんだろうよ。エッヘン。
そこで図に乗った私は、
「班長もう1年やりたい」
「ダメっ」
「何でさ?」
「予定がたたないし、他の家々にも不公平じゃない。」
「だって俺ほど意識の強い真面目な班長っていないぜ」
実は私、ホントにもう1年努めたいのだ。最初は置物だったのが1年かけてやっと役員クラスや委員たちとも馴染めるようになったのに。もう1年やれば年間スケジュールも把握できそうなのだが。
「アナタがもう1年やることで不公平になる。だめっ」
「じゃぁチーム要員は?」
「それは構わないわよ。アナタは地元チームに入ったんだからそっちに単発で参加すればいいのっ」
処理済~新年会.jpg
その地元チームの新年会というのがありまして。
「春の花見BBQ、新1年生を祝う会の打ち合わせを兼ねて集まりましょう」と連絡が来たのです。夜じゃなくて昼です。
招集メールの宛先を数えたらメンバーは30人ほどいたが集まったのは10人ほどです。皆、普通は自分の予定を優先してるんだね。

委員長が作ってくれた焼きそば、他は乾きもの。持ち込み。会費1500円じゃなかったかな。
メンバーの中には納涼祭で焼き鳥焼いた先達が2名いた。でも主たるメンバーはママ友たちで、その子供らが走りまわっている。
この集まりで委員長に前から聞きたかったことがある。己の評価のようなものが知りたかったの。
「何で私なんかに声かけたんですか?」
「一所懸命にやってくれてるからですよ。納涼祭の翌日、会社休んでまで後片付けに来てくれたのを見て、あ、この人イケそうだなって。それとこないだ防災訓練センター見学会で人数が集まらなくて来てくれたのもあって。〇〇さん(私のこと)正義感あるよね」
正義感ではなくて義侠心と言って欲しいな。そっか、もしかしてこの委員長が先日家に来た婆さん委員に推薦したのかも知れないな。
ママたちから「いつもスーツに革靴なんですか?」
「これしか持ってないんで。定例会でも自分だけ革靴なんです。カジュアルを持ってないので」
「アウトドアとかなさらないんですか?」
「自分は運動オンチなのとアウトドアが苦手なんですよ。ビアガーデンよりビアホール、BBQより焼肉屋、焼き鳥屋に行くんで。納涼祭で私に焼き鳥を焼いたけど、いつもはカウンターのこっち(食べる客)側だから」
ママの中には半分ジョークだろうけど私を外見と服装で判断されたのか「その筋」の人と思っていたフシがマジであったのです。いい連中なんだけどまぁ仕切っていたのは彼ら彼女らなのです。当然だね。私は新参者なんだから。
彼らはもともとこの地区にいる人たちなのです。人間関係が出来てる。実は私もこの地区の隣町の出身なので、本当はこの連中よりも長く地元にいるのですが、そこは抑えたのです。

私は浮いていた。あまり入っていけなかった。皆さんカジュアルなのに自分だけいつものカッコなので外見で敬遠されるのはまぁいつものことだが、委員長が気を遣ってくれて「〇〇さんは見た目が焼き鳥を焼くプロだから」と持ち上げられてもウケるのはその時だけなんですよ。
この会で今後のチーム内の私自身の立ち位置について考えた。見て羨ましくもあるが、無理して中に入っていかなくてもいいかなって思ったの。皆さん子供連れだし。
結局私はこの日打ち合わせた花見BBQと新1年生を祝う会は辞退した。花見BBQは4月の第1日曜なので、新入社員入社式と2年に1度の診療報酬改定を理由にね。実際それで忙しかったのだが、今後も子供主体のものは辞退する方向でいます。
委員長にはこう言った。
「子供が嫌いなんじゃなくて、どう接していいのかワカランので」
委員長はこうも言っていた。
「〇〇さんてメンバーの中では異色ですよね」
自分でもそう思う。では今後はイベントとしてではなく業務として参加しようとした。そこで最後の業務連絡?のようなものが来たのです。公園清掃です。
ウチの町内は広くて南北の中央を幹線道路が東西に走っていて、そこを境に南部、北部と分れていて、南部は前述のメンバーがいる旧くからの地域で、私のいる北部は新興住宅地が多い。昔からそこに根付いている南部の連中の方が結束が固いみたいだね。

1年を通じて北部、特にウチの町内とその両隣は地元の活動に無関心でドライなのです。他所から越して来た家々が多いのと、幹線道路から外れているので商店が少ない。
閑静な住宅地なのですが、その北部に公共利用の公園があるのです。公園は谷戸といって山が背後にあって、そこの谷から地下水を伝って水が流れる池があり、池の周囲に公園が広がっていた。
年に何回かそこの定期清掃を割り振られる。ときおり池の水を落として外来種の駆除とかもやってるみたいで、カミツキガメとかアリゲーターガーとかが捕獲されたなんて話を耳にしたことがある。

1年の任期満了前、3月の回覧板にこの公園清掃の通達が挟まっていた。「ご協力、ご参加をお願いします」って。
私は公園と谷戸の地形見たさに参加することにした。昔の豪族の館は谷を背にして水が流れる辺りに造られるのでそういう地形を観察したかったのです。むしろ本来の目的から逸脱したといっていい。
公園清掃は前にUpした防災避難センター見学会の時のように「人数が足りなくてこのままだとイベントが成り立ちません」のようにカッコ悪い必死な呼びかけではなく、事前に参加表明するほど大袈裟なものでのなく「来れたらどうぞ」のようなユル~いニュアンスだった。おそらく誰も来ないだろうと見た。

清掃は朝9時から。いつもの役員連中が先に来ていた。いたのはALL委員、役員クラスで会長も副会長もいた。
防災避難センター見学を呼び掛けた委員はいたが、ウチの祭りの委員長はいなかったな。
そこへ私がのそっと現れた時の皆の反応は、
「あ、来られた」
「来てくれましたか」
小さなどよめきが起こったがそれをどう受け止めたらいいのか。「どうせ俺たちだけだよなぁ。誰も来ないよなぁ」とでも諦め口調で言ってたんだろうね。そこへ異色な私がひとり現れたから驚いた感がある。
「だってこれは北部の仕事でしょう」
私は「仕事」と表現しました。そしたら無言で頷かれた方が数名いた。彼らも参加者が少ないのに忸怩たるものがあるのだろう。
会長が長閑な口調で「では始めますか」
な~んとなくスタートした。各自が軍手を着用して、薄いビニールのゴミ袋と、落ちてるゴミを拾う道具、何ていうんですかあの挟んで摘まみあげる道具?それを手にして手分けして公園の敷地内をのんびり歩き廻ったのです。
清掃2.jpg
清掃3.jpg
清掃4.jpg

ゴミ1.jpg
ペットボトル、煙草の吸殻、アメ袋、菓子袋、風船、落ちてる落ちてる。
それらをヒョイヒョイ摘まんでビニールのごみ袋に入れて歩くのですが、Upしたゴミの写真は諸先輩方が歩いた後に私が見つけたものなんですよ。
ゴミ2.jpg
連中は目が悪いのかあまりマメに拾わないのです。目に留まったものだけを小さく拾ってる。
彼らが去った後で私があら探しのように「ここにまだ落ちてんじゃねぇかよ」と内心でブツクサ言いながら拾って歩いてるのです。
写真に撮らなかったが長靴が片方落ちてた。拾いましたよ。
花壇にペットボトルが落ちてた。それを拾ったら、
「それは花に水やる為のものじゃないかなぁ」
そうかも知れないが落ちてたんだからゴミとして拾わなきゃ。
連中は拾って歩くよりも花を見ながら談笑してるのです。私は彼らから離れて独自で廻ったりした。そしてまた合流したり離れたりして数分後、彼らが通った後、公園と行動の境目にある植え込みにこんなものが落ちていたのです。
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PASUMOだ。名前も明記されている。
こういうのを拾った以上は捨てるわけにいかない。しかるべきところに届けなくてはならない。おそらく持ち主は再発行受けているだろうけど。
私は拾った以上は自分で届ける覚悟を持ちながら先達たちに合流して「こんなものを拾ってしまいました」と提示した。
「これ、何処に落ちてました?」
落ちてた辺りを指しながら「植え込みの奥に引っ掛かってたんですよ」と言ったが、内心では「あなたたちが通った後ですよ。よく見ろよ。気付かなかったの?」と言いたかったね。
ひとりの役員さんが手に取って見た。
「名前がありますね」
PASUMOが入った袋、定期入れの中から某スポーツクラブの会員証が出てきたのである。
「〇〇さん(私のこと)イロんなものを拾ってきますね」
いやいやいやそうじゃないでしょう。やるからににはちゃんとやろうよって。内心では「こんなめんどくさいものを拾ってきたのか」と思ってるんじゃないか。
連中の中にその某スポーツクラブの会員さんがいてたのが幸いした。「今日の午後にスポーツクラブ行くから受付に渡しておくよ」ということになった。
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会長がの~んびりした口調で、
「ではそろそろいいですかな~」
引き上げ、撤収を宣言した。でも時刻を見たら9時30分にもなっていないんですよ。僅か30分でもうお開きなの?もうちょっとやってもいいんじゃない?せめて10時くらいまではさ。
ゴミをまとめてビニール袋を縛って、あとは季節柄その辺りの花見になっちゃったんです。見上げて頭上に咲く花を愛でるのはいいが、下を見たらまだ吸殻が落ちているじゃないか。
拡大してみる.jpg
こんなゴミ写真Upしてもツマんないけど証拠というか裏付けとしてUpしておきます。
廻ってて思ったのですが、犬のフンは全く無かったですね。最近は飼う側のそういうマナーが定着したのだろうか。
10時前に家に戻りましたよ。
「もう終わったの?」(呆れたようなジャン妻)
その日は午後から伊豆八幡野高原さらへでかけたのです。
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そして4月になった。4月上旬の最後の定例会と、それとは別に4月後半に開催される町内会総会、これで任期満了になるのです。
4月の定例会は次の班長も連れて行くのですよ。引き継ぎだから。
次の班長宅には今年の2月頃から「お願いしますよ」と言ってOKを取ってある。その方とは普段は挨拶程度で会話なんかしないが「〇〇さん(私のこと)に迷惑かけないようにします」とは言ってくれた。
その方も当然日中は働いているので、4月のいついつ何時にお迎えに行きますと書いた手紙も入れておいたの。
でも当日、会館に向かって歩きながら「何でこういうのに参加しなけりゃいけないのかなぁ」というのはカオにも口にも出とったね。「やりたい人達だけでやればいいのに」とも言っていた。私も昨年の今頃はそう思っていたし、1年努めてみて町内会側のいろんなイベント参加要請のやや強引さや、強く参加を促さなくては次世代に続かないのかなと。自分の中で納得できる部分と納得し難い気持ちのせめぎ合いというかそういう葛藤は今でも少し持っています。
いつもと違って私ら1年間務めた班長たちと、これから向こう1年間の班長たちといるから人数が倍になる。席が無い。私は引き継ぎ班長を優先的に座らせて後ろの方で突っ立ってたら、祭りの実行委員長が私を手招きしながら、
「オォイ〇〇さぁん、こっちこっち」
時分の右の席を指したのである。
そこは委員席じゃないか。居並ぶ人から見て左端とはいえ正面なのだ。実行側の席ですよ。
そこから見た風景です。
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やれやれ。知らない人から見たら私が町内会執行委員に抜擢されたように見えるじゃないか。私はもうすぐ任期満了なのに。
1年努めて親しくなったどっかの班長たちが委員席に座った私を見て何やら笑ってるんです。
「似合ってるね」
「もう1年やったら?」
1年前は表情が強張っていたが、そういう軽口が出るのは1年間無事に努め上げた安堵感と余裕であろう。
だがそれは会場にいる半分だけで、これから1年努める班長たちは向こう1年間の行事予定の概略説明を聞かされて表情が強張っている。何か面倒な役割を押し付けられやしないかと。昨年の私らもそうだったんだろうね。で、委員長が向こう1年間の予定の項目で、
「夏祭り(納涼祭)、これは全員出て貰います」
昨年と同じ台詞である。
「体育祭と秋祭り、これはどちらか出て貰います」
どうしても強い口調になるのは否めないのかな。「出て貰います」これにムッとした方もいたかもしれない。「全員ご協力願います」と言えばいいのかな。いや、お願いだと弱いのかな。
後で聞いた話だと、「そういう役目は自分は無理です」ってハッキリ言った人もいたそうである。例えば出張が多いとか、(土)(日)も出勤だとか。1軒1軒持ち回りとはいえ個人の意思とは別に無理矢理参加させられた感が出てしまうのでしょう。
でも逆にそういう場を鎮める人もいるにはいるのです。「誰かが受けないと先に進まないですから」ってね。
私も見知らぬ人に詰め寄られた。
「こういうのって必要なんですか?」
配られた委員会の活動報告項目を指して、こういうひとたちの為に自分たちが強制参加させられるのですかと言わんばかりであった。私が端っことはいえ委員長席に座ったからかも知れない。
でも私はもうすぐ任期満了してお役御免なので、苦笑しながら言った。
「それねぇ。私に言いますか?実行委員に言ったらいい」
それで「あ、この人は違うんだ」主催者側ではないのが通じたようだった。ただ、言いたい気持ちもわかる。やはり1年間参加して強制的な場面は多々あったし。人が嫌いじゃなくて、イベントが嫌いじゃなくて、ある程度のヒマと言ったら失礼だが、気持ちと時間的余裕がないと務まらないと思います。

いつもの議題が終了すると私を含めてこれまで1年努めた班長たちは引き上げる。向こう1年努める班長たちが若干の時間だけ居残りになり、昨年同様の決め事に入った。氏名、連絡先、緊急連絡網のとりまとめ役(訃報や緊急災害時のとりまとめ役)を決めるのです。昨年はアミダで決めただった
引き上げる際、会計と総務の方が、
「〇〇さん(私のこと)あの席、似合ってますね。」
「座る場所が無かったので、委員長が気遣ってくれたんですよ」
「違和感ないですよ」
アブないアブない。そう言ってくるうのは自治会への勧誘手口だと思うんだな。うっかりのせられたらタイヘンだ。

そして年に一度の総会で私はお役御免になるわけですが、事前に聞いたの。「総会って委任状集めて出せばいいんですよね」って
そうじゃないですという。委任状は、あくまでどうしても出れない人が出すものであって、出席しない前提で出すものじゃないんだと。
委任状は各家々に投函された「平成30年度定期総会」の冊子の裏表紙にあった。「総会に出席できない方は総会当日までに下記委任状を班長に提出願います。」とある。
委任状.jpg
日々ポストを開けて総会当日までチェックしたのだが、20軒あって10軒も集まらなかったです。では残りの10軒(ウチも含めて)は総会に来るのかな?
殆どの委任状が裏表紙を切り取ってそのまま投函されていたが、1軒のお宅だけ「委任状在中、1年間お疲れさまでした」と書かれた封筒に入ったのがあったね。これは何となくウレしい気持ちになったものです。
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総会は総会員数700名のうち、出席者が約70名、委任状が約360名、計440名の過半数の参加により開催成立になった。
私は例によっていちばん前の席に座ったのよ。私の真ん前手の届く位置が議長席だったの。
いつも平服、家服の役員たちも一部を除いてスーツ&ネクタイ着用でした。幾つか参加したから役員、委員どもとはかなり顔馴染になったが、やはりピシッとして見えるものです。
総会で配布されたもの.jpg
配布された総会の資料、目次を見たらプログラムが19項目もあった。
これは長引くなと思ったよ。唯でさえ日頃の定例会でも終了時間が明記設定されない状態でズルズルやっているからね。予定では午前10時開会、12時に閉会するでしょうという曖昧な予測時間で議事進行するのです。これが有料の会議場だったら時間でキッチリ終了するのだろうけど、自前の会館だから延長するに決まっている。

総会は会長挨拶から始まって、議長選出、書記選出、これらはあくまで任意なので「どなたかやる方いませんか?」と触れるのです。
でも誰も手なんか挙げないよ。自治体側は慣れているので役割が決まっているのに敢えてそうするのですね。結局予定調和路線?で、議長は副会長が、書記は後で述べる何かの活動グループ長が2名、選出された。

実は私、書記が苦手です。
「得意そうだけど」(ジャン妻)
「そうでもないんだ。Blog書くのとは違うよ」
速記が苦手なのと、発言の通りに書かなきゃなんないのが何だか苦痛なのです。群馬にいた頃、取締役会や株主総会の議事録を1年間作らされたがあれはキツかったな。もうやりたくない。
「好き放題書けないし、脚色もできないじゃないか」
「そういう理由で??」(ジャン妻)
会長挨拶、議長と書記選出、年間通しての会全体の活動報告は活動部の名称とリーダークラスの名前を読み上げるだけで、詳しい活動報告は「資料をお読みください」で省略したのですが、実際1年間どんな連中がどんな活動をしているのか。

まず全体の活動としては・・・
掲示版の追加設置、防災委員活動(一時避難場所の現場確認)、防災無線機導入、地元消防署での消化訓練、地域防災拠点訓練(蕎麦宿に行く日だったので欠席しました)、横浜市民防災センター見学会(これはUpしましたね。)、新一年生を祝う会(私は子供とどう接していいかわからないので辞退)、納涼祭(焼き鳥を焼いて、容姿風貌だけプロ並みだったという)、敬老の御祝品贈呈(これもUpしましたが、海苔がまだ余っているんです)、体育祭(運動オンチなので辞退)、秋祭り(サンマを焼きました)、防災パトロール(火の用心です。2日参加しました)などなど。

次に各部、各委員の活動内容が列挙されていた。
各部とはウチの町内の中での活動する部です。
高齢者中心の〇会というのがあって、定例会22回、防犯パトロール25回、地元祭、納涼祭、体育祭、秋祭り、学校祭8回、区民祭2回以上。

高齢者を対象にした配食、配達、出店活動を行う〇〇会は、配食と配達が20回/年、他、15回活動して内訳は、花見会、連合会、納涼祭、区民歳、秩父宮記念館見学、大磯吉田茂邸見学会だって。
記事冒頭で私の家に来た婆さんがこれです。

またまた別の高齢者主催の〇〇〇会は、12回の定例会、月々の誕生月祝イベントが12回、区老練親睦会、ふれあい昼食会、ぶどう狩り、落語、民生委員交流会、老人活動のあり方研修会(堂ヶ島温泉)
これら高齢者会は、後記高齢化社会の中でご逝去されたり体調を理由に退会されたり、また新たに加わる方もいたり入れ換えがあるという。
朝、出勤時に会長さんとその辺で出くわしたことがある。ゲートボールの道具を担いでいた。そういう集まりらしい。あまり若い人が参加するクラブでもないらしい。

次に私が納涼祭で焼き鳥を焼いたが為に赤紙で引っ張られたた地元チームは、イベント計14回、花見BBQ、新一年生を祝う会、納涼祭関連、秋祭り関連、年末防犯パトロールと数としては意外に少ないのがわかった。
ただ、祭り関係に携わるのでひとつひとつが大がかりなのである。

発足したばかりのチームが2つあって、体育祭関連に携わるスポーツ何とかチームと青少年部チーム、まだ発足したなかりなので活動実績が少ない。後述するスポーツ推進委員とも関わるらしいがそれと統合できないものなのかのだろうか。
何で同じような活動をするチームを別々に設けたのかわからないが、この辺りが町内会活動を批判するターゲットになる傾向がある。「自分らやりたい者だけでやって、それに関係ない住民を駆り立てている」という批判ですよ。私も実際聞いたことがあるけどね。

次に趣味の世界のクラブ活動が5つあって、
①フォトクラブ、町内会行事写真撮影、敬老の日記念撮影、駅ギャラリー6日展示、撮影会6回(鎌倉、江の島、横浜、三浦海岸、逗子の流鏑馬、野毛大道芸)
②麻雀倶楽部、毎週2回ジャラジャラやってたそうです。
③囲碁クラブ、月1回開催され総参加者297名と最も多い。
④手芸クラブ、年6回、手芸巾着、ポーチ、団扇、扇子を作って施設なんぞに寄付でもするのかな。
⑤フラダンス同好会、月1回活動とは少ないな。ジャン母はこことは別の町内でフラダンスをしているが、そこは週に1回活動していますよ。
でもこれら①②③④⑤はボケ防止効果にたいへんいいそうである。

愛犬パトロールチーム。
う~ん、これはホントに必要なのだろうか。愛犬家16名、愛犬19頭、あなたの愛犬も警察犬になれるという訳わかんないスローガンでしたね。年末防犯パトロール3日だけでした。確かに犬連れて来た人いたね。

次に委員会活動というのがあって、これはウチの町内だけではなく、隣接した町や近隣の町内、あるいはそれらを括った連合とも関わるので、スケールがやや大きくなり広範囲になるのです。行政とも関わるらしい。

①民政委員、ジャン妻は「アナタはこういうのが向いているのではないか」と言っているが、そこの活動実績は、地域福祉活動、高齢者見守り、声掛けするものの作成や配布、学校行事参加、何だかわからないが友愛活動交流会、地域交流会、赤い羽共同募金(やらなくていいよこんなの)、体育祭、文化祭り、地区センター祭り・・・。こうなるともう町内会の域を超えていますね。こういう活動自体を好きでないと務まらないだろうね。

②環境事業推進委員、これは、向こう数年間のスパンで地域全体のゴミ出しを何%か削減していこうというものです。これも行政との協議が多い。合同クリーンキャンペーン、食品ロス削減、手つかず食品削減、家庭での生ゴミ処理推進、生ゴミリサイクルとか。おそらく町内会のゴミ出し場にある折り畳み式のネットボックスもこの方面の活動によるものではないかと。ある程度の重量があって頑丈なのでカラスは全く来なくなった。
だが何処にでもある厄介なケースがゴミの不法投棄だという。認知症の老人が出しちゃいけない日にゴミを出してしまったりするのはそこに居住しているからまだマシな方で、そこに住んでない人、すなわち他から来る通行人がゴミを捨てたり、空き缶やペットボトルをその辺に置くように捨てたりするケースやタバコのポイ捨て、これらは幹線道路に近い地区や人が多く通る路地ほど多いという。私らが居住している閑静な住宅地ではゼロとは言わないが少ないですけどね。

③スポーツ推進委員、いろんなイベントが14回、20日あった。グランドゴルフ、ソフトバレーボール、ソフトボール、体育祭、子供水泳教室、足柄古道ハイキング(私はこれだけ興味がある。足柄古城の数々を見てみたいのだが。)
でもこれは前述の体育祭関連のスポーツ部と統合できないものなのかな。

④青少年指導委員、活動回数が30回/年。体育祭、子供の日イベント、潮干狩り、流しそうめん大会、芋堀り、指導員大会、餅つき大会、遠足、他各委員会や研修、親睦会、式典・・・列挙していたらタイヘンなので割愛しますが。青少年指導とはどの少年層が対象になっているのかというと、低学年から中学年らしい。
餅つき、流しそうめん、潮干狩り、芋ほり、苺狩り、遠足、遊びの大会だから児童が対象なのです。名称からして高校生の非行防止とか、夜回りとかそういうのではない。
私は子供が苦手なので関わっていません。1年生を祝う会も辞退したし。子供が好きでないと無理でしょうね。

⑤消費生活推進委員、これは何がコンセプトなのかよくわからないのですが、20回/年、研修会や講演会、展示会、廃油石鹸、エコ草履、ものづくり自慢、ヤマザキパン工場見学・・・。
命名からして消費生活を推進?お金を使えってことでしょうか。私の中では謎のまま終わった委員会でした。

⑥家庭防災委員は年4回の防災研修、風水害、防火地震、救急、普通救命・・・。
Upしたけど、防災訓練センター見学会はいちど行けばいいよ。一時避難場所の掲示は電柱にとり付けるのですが、これには東電さんの協力が要ります。

⑦活動回数最多なのが保健活動推進委員というもの。52回/年、歯周疾患予防教室、喫煙防止教室、癌対策講演会、健康祭り、体育祭の救護班、定例会、委員会、理事会、いろいろあって、区のレベルまでいきます。
これらに全部参加していたら仕事にならないし家族の怒りを買うは必定である。
やはり仕事と両立は無理だと思う。こっちの活動を重視して下手したら会社をクビになりかねない。不謹慎にもこういう活動している連中は日頃っからヒマなのか、ちゃんと仕事してんのかと勘ぐったが、活動そのものについては凄いなぁとしか言えない。

上の①~⑦、どの委員活動か失念しましたが、児童通学路に横断歩道や一時停止の白線を引いて、標識を設ける活動もあるそうです。
そんなの適当にペイントしればいいかというとそういうものではなく、接する家々に交渉が要るんだと。その家の住民がくるまで出勤しようとしたら、いつの間にか一時停止ラインが引かれていたが為にそこで停まらなきゃならないじゃないか、減速しなきゃならないじゃないかというクレームが来るんだって。
朝起きたらいつのまにか白線が引かれてたら何かイヤじゃないですか。お子さんがいる家は理解が得られるでしょうけど。

どうも見てるとこれら一連の活動は、高齢者が対象か子供さんが対象かに偏るようです。それを次世代に繋げる為に壮年期のひとたちに向かって呼びかけるのだが、壮年期の人達でしっかりしている人は日昼は不在だし、下手したら夜も働いているわけですよ。自営業ならそこにいれば何とかなるかも知れないが、地元にいる時間より地元を離れている時間の方が長いのが当然です。持ち家の人と、賃貸に住まわれている人では温度差がある。そこが町内会側と会員側の溝だと思うのだ。

それら活動の会館利用回数、これは口頭説明があった。
2階が午前中29回、午後147回、夜0回
1階ホールは午前中212回、午後157回、夜は97回
1階会議室は午前中57回、午後が47回、夜は24回
会費を徴収している以上はこういうのも報告するのです。老人は朝が早いので(私もそうなりつつあるが)1階ホールの午前中利用が最も多いというわけですな。

長々書いたですが、以上の活動報告は「各自で目を通しておいてください」だけなのです。なのに結果、総会終了は12時半だった。2時間半かかったのは各議案が長引いたの。
①平成29年度の会計報告
②平成30年度役員推薦委員会報告
③会館運営約の改定
④平成30年度活動方針
⑤平成30年度活動日程
⑥会館の老朽化による建て替え建設準備委員会とその概要説明
⑦そして平成30年度会計予算、これらが時間がかった。
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①は収支決算表の各項目について、予算額と決算額、プラスなのかマイナスなのかひとつひとつ読み上げていくのです。数字が苦手な私は聞いてくたびれるだけだったが、「会計報告というものは各項目について幾ら幾らと読み上げなくてはならないものなのよ」(ジャン妻)
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議長の前の最善席で寝るわけにいかない。会館内の公衆電話を撤去したら中から10円玉が5枚出てきて計50円であると。これも計上されてましたね。
「ゴ、ごじゅうえん?」って口に出しちゃったからね。

②はこの記事冒頭で推薦委員の婆さんがウチにも来たね。固辞したけどね。受けた人がいるのです。委員数が増えていたのです。

③は他からアマだかプロだかセミプロだかの音楽家を招いて慈善コンサートを開催して謝礼をお渡ししたら、それが「公共目的ではなく営利目的なのは好ましくない」と軽くお叱りを受けたらしい。恒常的でなければそういうのも構わないのではないかと思うのですが。

④は町内会活動の大義名分、スローガンのようなものです。⑤が私がいちばん気になるところ。地元チームのおおまかなスケジュールが決まるの。
大きいイベントは、夏の納涼祭と体育祭、秋祭り、この3つですが、私は運動オンチなので体育祭は出ません。笑っちゃたのは、納涼祭は全員参加で、体育祭と秋祭りはどちらか参加なのですが、平成30年からは秋祭りに防災センター見学会がセットになっていたのです。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-03-11でUpしたように、任意で参加を呼び掛けても人がなかなか集まらないのに懲りたんだろうね。

私は⑤のスケジュールにその場で早速マーキングしてi-Phoneのカレンダーに打ちこんだ。そしたら委員長の視線を感じたよ。わかってますよ。またやりますよ。

⑥の会館建て替えが問題でしてね。これも長引いた。
会館は地震等の災害に備えて緊急一時避難拠点なのですが、その建物自体が築40年近く経過して、現在の耐震基準を満たしていないというから笑える。
この説明を最初に聞いたのが昨年のいつだったか。会長自らマイクをとって、
「耐震性を調査する会社に調べて貰ったら、当会館は震度4の耐震基準を満たしておりません」
震度4??
耳を疑ったよ。ダメじゃん。
そしたら他の役員が慌てて、「会長、5です。震度5」訂正していました。
「失礼しました。震度、5、ですっ!!」
震度4には失笑が洩れたが、防災臨時雛拠点が震度5クラスで倒壊したらシャレにならないだろう。あの東日本東北大震災の余震は震度5クラスは頻繁に起きている。防災拠点がそんな体たらくではそこへ避難してくる意味がないのだ。そんなヤワな避難拠点があるかよ。

この建て替えは1月に全戸にアンケートが配布された。いろんな意見があったそうである。建て替えに伴い会費を増額するのかしないのか、銀行からの融資を受けるのか受けないのか(受ける方向だそうです)、融資を受けた場合返済計画はどうなっているのか、バリアフリーにして欲しい、哺乳場所を作って欲しい、必要最低限なもので建設すべきだ、現在は東京五輪で工事業者は潤っているし資材価格も上がっているから五輪終了にすべし、なるべくWCを多く確保して欲しい、建て替えないで現在の建物で耐震補強すれば良いのではないか、他、挙がってきた意見をズラズラ述べられ、積立金と融資と市からの補助金を併せたおおよその予算、今後のスケジュール等を聞かされた。
私も自分とこの班の各家々からアンケートを集めましたよ。殆どが「意義なし」「賛同します」が多く、反対の為の反対は無かったようだが何も書いてない家もあった。
私は自分の名前書いて「WCは男女別にしましょう」と書いて出した。地区拠点が共同便所なんて恥ずかしい。場末の居酒屋じゃあるまいしさ。

以上①②③④⑤⑥の各議案には(案)が付いている項目があるのですが、これらを挙手による決済の後で認可されたら(案)を消していくのです。(案)が(案)でなくなるのです。
議題が終了したら、議長と書記の解任、新役員の紹介挨拶、全役員がズラズラっと最前席にいる私のすぐ前に並んだ。
そして会長の閉会のことばで閉会するのですが、その前にあくまで要望としてこんな声があがった。
「回覧板をインターネットで廻せないものですか?」
これには総論賛成だが問題もあるのだ。PCを操作できない家人もいるでしょう。回覧板を廻すのはひとり暮らしのお年寄り宅の様子を見る意味合いもあるしね。

散会に相成ったので、私は立ち上がり、役員連中に聞こえる声で、わ・ざ・と・言ってやったよ。
「ではお名残惜しくもありますが、1年お世話になりました」
頭(コウベ)を垂れてご挨拶しました。そしたら副会長他2~3の役員から、
「なぁに言ってんですかぁ」
「こぉれかぁらだよぉ」
会議室にも足を運んでご挨拶したら、そこに出前の寿司が積まれていた。役員連中でお疲れ様会をするのだろう。
立ち去る前、深々と一礼して会館を後にした。卒業式の時はこういう気分だったような気がする。
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月イチの定例会、私は一度も欠席しなかったですよ。ジャン妻から「たまにはサボっちゃって紀尾井に行こうよ」と悪い水を向けられたがそれに頑としてノラなかった。
これでも名刺には〇部長と肩書きのある管理職なので「班長をイヤイヤやってる」他の人たちと同等に見られなくないカッコつけのプライドがじゃましたのです。そしたら赤紙が届いて地元チームに入ってしまったし、回数は少ないとはいえ幾つかの活動に参加して、顔見知りも得たし、悪くなかった気がする。家のピンポンが鳴って役員推薦委員の婆さんが勧誘に来た時点で己を地元に認めさせた自負だけはあるよ。自己満足だけどね。

これは各班長たちに配られたクオカード。
1年間の報酬ではないよ。そういうものは出せないのであくませ経費として渡された。
私はこういうの使わないのでジャン妻にあげちゃった。
「コンビニとかで細かいのが無い時は便利なのよ」
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「町内会や自治会は、地域やマンションなどに暮らす住民の住民による住民のための・・・」
これだと誰かの演説みたいだが、任意参加であるべき町内会が、参加は当たり前、任意にすると会の存続が困難になり地域イベントも継続しなくなる、そういう理由と懸念では疑問符が付くところはある。運営する側の声のかけ方や募金等、これってホントに必要なのかと首を傾げたことも。今でも「???」はあるよ。
その反面、誰もが「やりたくない」でもないらしいのもわかった。日々の事情等あって「ホンネではやりたくない」のは皆同じだし、それはハッキリ言っていいと思うのです。できないのを無理にやらせるか、できる人にやって貰うか、結局は仕事ってできる人のところへ来るんだと思うな。私が仕事ができる人だって言ってるんじゃないよ。
負担に感じない範囲で参加してみると、意外といいこともあるかも知れない。
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これは5月の配布物を戸別に分けているところ。
私はこの全戸別に分ける作業が苦痛で。床にバラまいて仕分けしてたら腰にくるし。
そしたら1回も手伝わなかったジャン妻が「こうやってやればいいんじゃないの?」
教えてくれたのは、1枚1枚を腰を屈めて床に置くのではなく、小脇に抱えたまま1軒ずつ抜き取って積み上げればいいというもの。
「それなら座ったままでできるし、腰に負担かからないでしょ」
なるほどそうだが、
「何故もっと早く言わないんだ」
「あ、だって、アナタのやり方で一生懸命やってたから・・・」
では私は任期満了になったのに何故またこういうことをやってるのか。実はこれは隣町に住むジャン母が4月から町内会の班長になってそっちの仕分けしているのです。愚息が1年間人任期満了したらジャン母の任期が向こう1年間スタートしたというもの。
総会からスタートしたジャン母はウチらの総会が2時間半もかかったのに呆れていた。「ウチは1時間でキッチリ終わったわよ」って。
「普段の定例会も1時間半かそれぐらい延びるんですよ」(ジャン妻)
「ウチは若いのがテキパキ進めて時間とおりに終わるわよ」
それが普通らしい。私は恥ずかしくなった。ダラダラやってたからねウチは。
「そっちもお義母さんの代わりに出てあげたら?」(ジャン妻)
「何でさ」
「タイヘンだと思うよ」
「ウチの町内会チームの名札下げてか?」
「・・・」
このトシになると何でもそうですが時間の経つのが早い。1年間あっという間でした。

今年も納入.jpg
日曜、家のピンポンが鳴った。
勧誘かと思って2階から見下ろしたら、私の次の班長さんだった。
「本年度の町会費1年分と、赤十字の募金をお願いしに・・・」
「昨年私が言ったのと同じ内容ですよね」
「笑」
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防災センター見学ツアー [町内会人間ドラマ]

町内会班長の任期満了が近づいてきた。
私はもう1年やりたい気持ちがあるのですが、ジャン妻からの強硬な反対に遭った。
①「それだと他の家々に対して不公平になる」
②「予定がたたない」
③「地元チームに名を連ねているのだから、そっち方面で単発に協力すればいいのっ」
特に②で「紀尾井に行けないじゃない」???

③の地元チームのメンバーは30人ほどいるらしいが、私は全員は知らないです。何かで全員揃ったことはない。やはり各自の予定、仕事とか家庭とかが優先で構わないらしい。
地元チームの委員長に言われたのは、夏祭り以降、秋祭り、夜回りを2回、そして今回の防災訓練等とか「〇〇〇さん(私のこと)がいちばん顔を出されていますよね」だそうです。私は根は真面目なのですよ。
闇に光る会館2.jpg
今日の記事の発端は昨年12月の定例会だったと思う。会の最後の方で皆が配布物を片付け始め、早く帰りたがってる空気がざわざわと醸し出された頃合いに、背の高い防災委員のおじいちゃんが立ちあがった。
おじいちゃんとはいえ、リーチ(両腕)もコンパス(両脚)も長く、背筋がピンと伸びてカクシャクとしている。声にも張りがある。
「火の用心は時代遅れか」の記事で「寒い思いをして『うるせぇ静かにしろい』とか言われたら世話ねぇからなぁ」とボヤいた人です。そのボヤきが妙にオモシロかった。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-01-05
「そんなこと言う家があるんですか?」
「あるある。あるんですよぉ」
以下の記事ではそのおじいちゃんと紙花を作ったんだった。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-08-26

そのおじいちゃんが言うには、
「班長の皆様にお願いがございます。2月10日の土曜日、横浜市の防災訓練センター見学会へ是非是非、積極的なご参加をお願いします」というのですよ。
いつだって?その日2月10日(土)は11日(日)12日(月)と世間のカレンダーでは連休ですよ。殆どの家庭でレジャーの予定が入ってるでしょう。そこへ参加要請しても挙手する人なんかそうそういるわけないよ。
前からそういうのを開催する予定になってたかな。前に述べた防災拠点訓練も「今月に開催します」のいきなりでしたからね。こういうのが多いのです。
当日10:30集合、マイクロバスで10:45出発、11:30にセンター着で、13:00にセンターを出て「14:00前には戻って来れると思います」
誰かが質問した。「昼は?」って。
「昼は出ないんですよぉ」
な~んだ。私は興ざめした。その前の防災拠点訓練は炊き出しでカレーライスだったかな。あれで引っ張ったのに。そういう胃袋で客引きしないと集まらないものだよ。
「お土産は出ます」
どうせ乾パンとかだろうね。
私は伊豆高原八幡野に行く予定が入っているが、確認したら11日(日)だった。たまたま空いてたのです。だったら行けるじゃないかって?でもこの時は私は「誰かが行くだろ」と興味が失せて知らん顔していた。
これは防災ビデオを見ているところ。
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後で出てくる防災センターの映画に比べたら臨場感があまりないけど。
こういうのを1年で6回ほど見ましたが、見たその時は多少の危機感はかきたてられるとはいえ、日常は考えない、思い出さないですよね。やはり見るだけでなく自らの身体で訓練や見学ツアーに参加した方が身に就くとは思います。

その防災センター見学ツアーは年が明けて1月の定例会ではもっと事態が深刻になったらしい。またその背の高いおじいちゃんが立ちあがって言うには、
「高いところから光るアタマをこうして下げてお願い致します。2月10日土曜日の横浜市防災訓練センター見学会、人数が足りないので皆様のご協力をお願いいたします。29人のバスをチャーターしておりますがこのままですと会として成立しません。是非是非ご参加をお願いいたします。」と言うわけですよ。
「バスの席は2人席を1人でお座りになられても構いません」とも言ってましたね。失笑が洩れてた。
でも誰も手を挙げない。見かねた別の役員が、
「どなたかおりませんかぁ?」
やや強制的な口調で言った。悪い人じゃないのだがその言い草にカチンときたような班長もいたですよ。そう言うならアンタが参加すればいいのにって思った。
おじいちゃんがその場を取り繕うように、
「29人乗りのバスで、現在のところ参加者は僅か6~7人なので・・・」
29人のマイクロバスをチャーターしてたったそれだけか。
「平に参加をお願いします」とアタマを下げて懇願するのです。禿げたアタマがテラテラ光ってましたね。
でも誰も手を挙げない。
しょーがねーなぁ。
私はジャン妻にメールした。「10日の防災センター見学会に参加していいか?」って。
「その日さらじゃない?」
「さらは11日」
「ならいいよ」
私はネタにすることに決めた。でもその場では手を挙げなかった。居並ぶ班長の前で自分だけカッコつけても仕方がない。他の班長たちのカオを潰すだけだし。
片付け中.jpg
散会後にその防災おじいちゃんのとこに歩み寄って言ったの。
「自分・・・参加しますよ」
こっちは渋々言ったが、防災おじいちゃんは目を見開いて喜んだ。
「あ、参加してくださいますか?」
この時は散会して椅子やテーブルの片付け等でざわついているので私の参加表明は周囲に聞こえなかった筈だが、役員何人かの目が自分に注がれた。
「自分の名前、何かに明記するんですか?」
参加申込書か何かがあるのかと。無いらしい。
「いえいえいえいえそれには及びません。もうお名前もお顔を存じ上げておりますから」
そりゃそうだろうね。私は前述のように参加実績があるし。
「で、何人来るんです?」
「それが・・・6人か7人」
「ろくしちにん??」
それじゃ焼石に水だな。中止した方がいいんじゃないの?って言いたくなった。

そして案の定というか前々日になって、私が入った地元チームの委員長からチームメンバーに参加招集がかかったのである。おじいちゃんがチーム委員長に泣きついたらしい。
「定例会集合後に防災委員長に参加を表明済みです。おじいちゃんがあれだけアタマ下げてんのに誰も手ぇ挙げないから」と返信しています。ふたことめは余計だったかも知れない。
「アタシも行ってみようかな」(ジャン妻)
「???」
「帰りはマイクロバスに乗らずにそのまま横浜界隈に買い物に行っていい?」
「・・・」
それには難色を示した。
「バスが足代わりになってしまうよ。戻って来てから出かければいい」
「お昼は?」
「う~ん・・・昼ねぇ・・・」
決めかねた。朝10時前に食べて出りゃそんなに腹空かないんじゃないかな。
レンタバス1.jpg
会館の敷地内にマイクロバスが鎮座していた。
「川崎からチャーターしました」という。これから横浜市内の防災センターまで往復して、また川崎に返しに行かなきゃならないのか。
誰が運転してきたのかなって思ったが、町内会の面々は意外と何か一芸を持ってるんです。持ってないのは私だけです。
会長、防災委員、チーム委員長がいる。だがチームのメンバーは誰もいなかった。いきなり明後日に来れる方を募っても無理があると思う。
「私だけ?」
「そうです。自分と〇〇さん(私のこと)だけ(笑)」
そのカオには「急に人数足りないって言われても集まりませんよ」と書いてあったね。

町内会長と役員数名はバスに乗らなかった。見送るだけです。こういう場合会社だったら「来ねぇのかよ」と言う放つところだが、役員連中はこれまでに何回も参加しているので(人数の都合上のサクラかエキストラ)同じものを毎年見てもしょうがないそうである。それよりもこれから老朽化した会館の建て替えの打ち合わせがてら留守番するんだって。
役員クラス.jpg
私は防災委員のおじいちゃんに聞いた。
「バスのレンタル料幾らするんです?」
こういうことを聞くのは私の悪いクセだが。こっちも急遽参加してやってんだからそれぐらい聞いたっていいじゃんかよの気分でもある。
「ええっと・・・〇万とちょっとです」
ひと桁だが安くない額だった。
集合した数はジャン妻や、どっかの子供さんも含めて僅か14人しかいなかった。29人乗りの座席の半数ほどで何とか恰好がついたという体たらくである。
ペットボトルのお茶が配られた。このお茶は定例会の度に配られるので家に空きボトルがたまり「もう貰ってこないでくれる?」と言われている。
このペットボトルを貰わなかったことで、後でバス内でちょっとした椿事を起こすことになる。
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誰が運転するのかと思ったらそのおじいちゃんがハンドルを握っている。
横浜新道を快走している。
このバス、今は大型免許だよね。ハンドルさばきが慣れている。右の追越車線を飛ばす飛ばす。その理由は着いてからわかった。
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センターに着いたところ。
場所は横浜市神奈川区沢渡というところで、駅西口まで歩ける距離だった。
このセンターの主旨を簡単に言うと、大規模災害発生時には隣接する沢渡中央公園と一体化した一時避難場所であり、被災者の応急救護活動拠点となる。
横浜駅で帰宅困難者になった人たちを一時的に滞在させる施設の指定を受けている。水・毛布等の備蓄もある。
今日のような平常時は自分の命を守る自助意識と、互いに助け合う共助意識の啓発、行動を起こす人材育成の場として運営されている。今日のもその一環のツアー。
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赤い消防車が数台待機している。おじいちゃんがこういう狭いところの車庫入れも手慣れてるのと、消防職員や女性職員とも顔馴染らしくて気さくに話している。
チームの委員長が「彼、もと消防職員なんですよ」
消防職員を定年で引いて地元町内会活動に入ったという。「そうなんだ。バス飛ばすし。慣れてるし」
だからあそこまで懇願するように参加を要請したのか。納得。
署での最高位はどれくらいかな?消防署長までいったのかな?今度聞いてみよう。

正面入り口に鎮座しているクラシックな赤いくるま。
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着いてもしばらく何をするでもなく。体育館内にある更にクラシックな手動放水器、昔の防火服、火災報知器、放水バルブ、災害パネルをツマンなそうに見ているだけ。
「これから何すんです?」
「いや~すみません。横浜消防音楽隊の演奏がある筈だったのですが、もう次の会場に行かれたそうで」
出たよこの辺りの段取りの悪さ。でも私は吹奏楽にはあまり興味がない方なのです。弦楽器が無いと物足りなく思うのです。
ヒマしてたら11:30に集合がかかってシアターに誘導された。
パネリストの男性職員が言うには、まずは円形の災害シアターで映画を見るんだと。要は館内ツアーなのです。
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映画は撮っていませんのでHPから。この手の映画は定例会のスクリーンで散々見せられたが、ここの円形のシアターはほぼ180度に渡って投影され、サウンドも映画会館そのものなので、日頃会館で見せられる防災映画を遥かに凌駕するド迫力であった。
スクリーンは不意に首都圏を襲った直下型地震を映し出しているが、ロケーション舞台は横浜市。ある一家が登場するのだが、ビルが倒壊し火災が発生し、交通手段がマヒし、帰宅難民が溢れ、避難所に誘導され、最後はスクリーンに左に避難所の母娘、スクリーン右に帰宅難民になったパパ、再会しないまま見ている者の不安を思いっきりかきたてるだけで終わった。
これぞ地震シミュレーターである.jpg
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不安を煽りたてておいて、次に案内されたのが地震シミュレーター。
ステージ、お立ち台?がある。周囲に金網が張られ手すりが設けられてあった。これ見りゃ何をするのかすぐにわかる。このステージに立って過去の地震データのマグニチュードの揺れを再現し体感してもらおうというもの。設定震度は3~7です。
人数を2組に分けられた。こういうのは早くやった方がいいので私は最初の組に入った。
「手すりにしっかりおつかまりください。では今から関東大震災の揺れを・・・」
ステージが上下、左右にガクガク揺れるのです。スクリーンにはさっきのシアターよろしく、実際の映像やCGで再現された画像が映し出される。
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ステージの支柱はどういう構造になっているのかわからないが30秒以上揺れていたと思う。
これを2ステージ繰り返す。「今度は阪神淡路大震災の揺れを体験していただきます」またガシャガシャグラグラ揺れる。
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阪神淡路大震災ではあの有名なバスが登場した。
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だが現実の地震は「これから揺れます。手すりにお捕まりください。」なんて予告はなく突然やってくるものだし、ましてや手すりなんかない。その時自分がどこにいて周囲に何があって、何が落ちて倒れ込んでくるかどうか。
さすがに「今から東日本大震災の揺れです」はなかった。まだ記憶が生々しいからだろう。
揺れが止まり、ステージから下りてしばらくは、膝から下がガクガクする感じがした。
(この膝下の感覚は・・・)
思い出した。あの時からしばらく続いた膝下の感覚だった。
平成23年(2011年)3月11日、14時46分18秒。あの日あの時、私はJR武蔵小杉駅で南武線から横須賀線に乗り換える長いコンコースを歩いていたらあの揺れがきた。当時の武蔵小杉駅コンコースは工事中で、通路から伝わる揺れが靴裏から膝下、前身を伝わって脳天まで突き抜けた。
工事途中の簡易的な支柱と天井の梁やジャバラのような遮蔽板、クロスした真鍮がガシャガシャ揺れていた。何かに摑まったと思う。
電車は止まった。駅校外に出たら信号機が消えている。遠くでサイレンの音がした。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-03-12
大倉山まで歩き、そこで無理矢理タクシーを掴まえて帰ったのです。
私は実家に、ジャン妻は会社に泊まった。
それから3ヶ月ぐらいは武蔵小杉のコンコースを歩く度に膝下がオカしかったですね。他では普通なのに、その場所だけガクガクするのです。こういうのをトラウマというのだろうか。
その時の膝下感覚が蘇った。パネリストが地震のメカニズムを説明してから会場を移動する間も膝下がヘンだぞ。
あのステージは眩暈や三半規管の弱い人、車酔いする人は避けた方がいいかも知れない。

今度は赤いステージに消化器が置いてある。そこまで来て膝下の間隔は元に戻った。
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これ、液は出ません。出ないかわりにレーザーが照射され、前のスクリーンに映し出された天ぷら油の火を消し止める体験をする。
それも大声で「火事だぁ」と叫んでからスタートするのです。こういうのは恥ずかしがってちゃオモシロくない。やるからにはその気にならないとオモシロくない。せっかく来たんだからネタにしないと。
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あくまでイメージ的な消化ですが、火の根本に撒くようにかける。
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鎮火しました。次に煙の中を潜る体験。例えは悪いがガス室。上から煙がゆらゆら下りてきた。
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「ガス人間第一号?」
「・・・」
ジャン妻はそういうの知らない。
「アウシュビッツ?」
「・・・」
ジャン妻は眉をしかめた。あまり例えがよくないのは自分でもわかっていますよ。その部屋に入って煙を体感するのですが、あればハンカチ等で口と鼻を押さえ、壁伝いにしゃがんで歩き、手でドアを探すのです。
この煙は何かを燃やした煙でやなく模擬煙です。食品添加物等で用いられる成分製品だという。確かに甘いニオイがした。ニオイがわかったということは器官に吸い込んじゃってるわけですがね。
若干、服にニオイが残ったが外に出る頃には消えていた。
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次は減災トレーニング室。
これは一般家庭をイメージした部屋に入り、そこで何が起きるか知らされず音響や映像で演出される地震、火災、水害を室内にいて体験するというもの。
何が起きたかがアナウンスされ、TVをつけて、ガスを消して、ブレーカーを落としてヘルメットや懐中電灯を探して取り出して、窓から離れたり、外に出られるようにしたり。
不意に襲った災害に対して何ができるか、各自がどうやって身を守るかが試されるのです。お子様連れは自分だけでなくその子を守る動作が加わりますよね。
外野はそれをモニターで見ているというイヤラしいもの。これも例えはよくないが、点数が点かないゲームともいえるね。
ルーム3.jpg
ルーム4.jpg
2組に分かれた。私らは第2班だったので、最初の第1班が地震でオロオロ行動しているのをモニターでイヤらしく見ていた。もちろん職員さんの指示アナウンスがヒント程度に入りますよ。
私が2班めにしたのは最初に見学していた方が有利だと思ったからだがさにあらず。俺らも地震だろうとタカを括って入ったら私ら2班は大雨と水害だったのです。
「室内が浸水しました」とアナウンスが入った途端、私は咄嗟に椅子の上に立ちあがってしまった。モニターを見てた1班は笑ってたかも知れない。
「つい椅子に乗ってしまったが、あれって意味ないかな」
「ぜんっぜん無いんじゃない?」
室内に濁流が入り混んだら椅子も家具も流されてしまうだろう。正解に近い解答は「2階に上がるよう階段を確保」だったかな。そういう疑似体験ができる部屋です。

この後、別コーナーに移って、市の地図パネルを見て、ボタンを押すことで過去に土砂崩れがあったか、他どういう災害があったか、何処に消化装置(タンク)があるか、そういうのがが点灯するものを見た。
何とウチの裏山、過去に崩れたことがあるらしい。下の路地にも水が出たことがあるのがわかった。
もっともそれは数十年前のことだが。現在は開発され分譲住宅が建っている。
帰途出立.jpg
集合写真撮影の時、小さい子がミニ防火服を着ていた。
参加した精神的優位からか軽口を叩いてしまった。
「着たまま帰っちゃえばいいさ」
これを子供とその親御さんに向かって放ったもんだから、もと消防署員だったおじいちゃんは慌てた。
「いやいやそりゃダメです。脱いで置いてってください」とその子のママに頼んでいる。
「1着ぐらい無くなってもわかんないんじゃないの?」
「いやいやダメですダメです」
私は悪い冗談を言ってるだけだが、本気で言ってるように聞こえたのだろうか。
バスが行く2.jpg
横浜新道を南下しているところ。
途中、三ツ沢というところで撮影したこの写真で遠くに写っているのは、私らが20数年前に住んでいたライオンズマンションです。すぐ近くに市営地下鉄の駅がある。
前に住んだマンション.jpg

無洗米.jpg
帰りの車内で土産を渡されたレトルトカレーと無洗米を一合です。炊き方が普通と違うのでどうこう説明受けたがあまり覚えていない。
それより今日の昼をどうしようか。
解散.jpg
実は帰りのバスに乗り込む際、私はやらかしている。
膝蹴りで座席のコースターをバキッと破壊したのです。
膝蹴りで破壊してしまった.jpg
配られたペットボトルをコースターに入れときゃよかったのだが。
自分で壊しといて何だが、大型観光バスと違ってモロくて安っぽい造りのコースターだった。壊れてないもうひとつを指で押してみたが、力の入れようによっては子供でも破壊できそうである。
「バックれようか」
もちろん冗談ですよ。
「ダメ。申告なさい。何処に座ってたかでわかるんだから」
着いて降車するタイミングでおそるおそる申告しましたよ。乗り込んだ時に膝蹴りくらわしたらバキッて壊れたって。
集合写真.jpg
そして3月の定例会でこの日の集合写真が渡された。手を挙げなかった他の班長たちは「行ったんですか?」と驚かれたものである。
「行きましたよ。だって人が足りないっていうから」
会報には「多数人数の参加により」とあった。
破壊したコースターはどうなったか?「大丈夫ですよ~」と言っていたが、町内会の予算から不意の支出になったのだろうか。
では14時46分18秒を待ちます。
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「火の用心~」は時代遅れか? [町内会人間ドラマ]

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寒いですね。
今朝、年明け最初の生ゴミを出してきました。
「ウチにしては珍しく生ゴミが多いな」
「そんなことはないっ」
3袋あったのです。ただ、ひとつひとつのゴミ袋は小さい。
「あまり大きいと持ってってくれない時があるからさ」
「殆ど餃子のゴミだろ」
「なんですってっ!!」

大嫌いな正月休みが明けて昨日から出勤しましたが、どこの店も開いてなかったですね。まだ世間が動いていないので、昨年末のネタを取りあげます。
今日の記事は昨年中にUpする予定でしたが、寄稿が間に合わず年を越してしまったものです。
真っ暗.jpg
凍りそうな夜空に先達の声が響く。
「ひのぉ~よぉ~~じぃん」(火の用心)
カン、カン、
そして全員で唱和する。
「ひのぉ~よぉ~~じぃん」
カン、カン、
拍子木を打つのは私です。

秋祭りの打ち上げがUpした時、
「もうこれで年内は(行事は)ないですかね」
私を地元有志チームに引きずり込んだお祭り委員長はこう言った。
「年末に夜回りがあります」
夜回りとは防犯パトロールだとわかった。年末より若干前の12月25日から3日間。
何でまたクリスマスにやるかな。まぁウチはクリスマスなんてやらないけどさ。
経理の女性役員に聞いたら「町内会館に19時半に集合して、30分から1時間町内会を歩いて、会館に戻ってから軽く「お疲れ様」の様相でビールが振る舞われますよ」
「ウチのチームから招集通知来るのかな?」
「ああ、●●さん(祭り他、実行委員長)のチームに入られたんでしたね。どうかなぁ。連絡が行くかどうかは私にはわからないんですけど。よろしかったら・・・」
という曖昧なものであった。
「何人くらい来るんですか?」
「いつもだと例年15人くらいかなぁ。犬を連れて参加される方もいますよ」
犬の散歩がてら?
いつもの行事と違ってかなりアバウトなのがわかった。

12月の回覧板にも夜回り参加のお触れはあった。12月25日の頃は私はもう会社業務のヤマ(ピーク)は越えている。殆ど残務整理といっていい。来年1月に繰り越しても構わないものばかり残った。
ネタを拾おうと定時でUpして家に帰らず、そのままダークスーツにコート姿で会館に立ち寄ったら。。。
看板1.jpg
8人か9人しかいない。
役員以外は私だけだった。
看板2.jpg
何処が15人だよって思った。
場違いなところへ来たな。役員クラスや、各チームのリーダーを務める高齢者ばかり。
私がいちばん若い。浮いてる。
処理済~出立前の点呼.jpg
腰の低い会長さんが、
「よくいらっしゃってくれました。会社帰りですか?」
見りゃわかるだろうがよ。
「ええっ!!会社の帰りなの?」と声が挙がった。
「着替えて来なかったの?」
「いったん帰って家に上がったらもう出る気力が湧かんと思いまして・・・」とカッコつけて言ってしまったのです。連中にしてみりゃ私が今年1年間どこかの班長とはいえ、自分たち隠居衆より若い現役会社員が会社帰りに参加してくれたのだから悪い気が起きよう筈がないのだが。
昨年まで同じメンバー、同じ隠居衆だけで廻ってたところへ、私のような若い異分子がダークスーツにガラガラネクタイで現れたから「???」
異分子が紛れ込んだかのような訝しい視線もあった。

夜回りは3組に分かれて3コースをそれぞれ廻るという。
私は新参者なので、会長から、「では●●コースをお願いします。高木さん(仮名)のチームで・・・」と言われた。
そこは私が足を踏み入れたことのない地域だった。
見てると皆、懐中電灯、工事現場にある細くて赤く光る警備坊(誘導灯?)、拍子木、皆、好き勝手に持っている。
私が拍子木を持ったのは単に誰も持っていなかったからです。首からブラ下げた。
軍手と拍子木.jpg
懐中電灯と赤い灯.jpg

細い道を行く1.JPG
私の班はいきなり裏手に廻り暗くて細い路地に入った。坂を上がったり下がったり。行き止まりを避けて迂回したり。
細い道が続いた。道が広いのは新しい住宅地だけで、その昔からあるような家々の前の道は細くて暗いとこばかりだった。
斜めった坂、
くるま1台通れない細い路地、
ドン詰まりの袋小路、
いきなり通行止めの柵があったと思ったらその先は急な階段だったり、
「この先行き止まり!!」そこは避けて、
バックで入らないと車庫入れできない家はどうやってくるまを入れてるのか、
キャットウォークよろしく人と人がすれ違えるやっとの獣道、
道なのか、家の軒下なのか判別つかない細い道、
近所なのに、地元なのに、こんな場所があったんだと改めて驚かされる箇所ばかりだった。
昼はまだしも夜には絶対歩きたくない道、歩かせたくない道もあった。例えば自分に娘がいたとしたら「あの道は夜は避けた方がいいよ」と言いたくなる道。
歩きながら灯が点った家々の傍を通る時に、
「ひのぉ~よぉ~~じぃん」(火の用心)
カン、カン、
を唱和するのです。
細い道を行く2.JPG
引率のリーダー、高木さん(仮名)がしわがれ声で私に言うには、
「こっち来たことあります?」
私は新参者の若手なので丁寧に答えた。
「ないです。来たことないですね」
「狭いでしょう」
「狭いですね。くるま1台通れないじゃないですか」
「タクシーがこの道に入るの嫌がるんですよ。でも住んでるお年寄りはタクシー来てくれなきゃ困るじゃないですか」
細くても暗くても公道らしいが、ディサービスのワゴンや緊急車両が通れない細い道だったのが少し開けた。そこから先の道すがら、家々には車庫があって自家用車があるのである。
どうやって入って来たのだろうか。
そしたら宅急便の軽ワゴンが来た。
スレスレ.jpg
右手にデカい石があってこすりそうである。
高木翁は誘導するハメになった。

そこを抜けたら左手がこんな感じで畑らしい。
造成地.jpg
そこ一帯に街燈が無く、左手に畑が広がって真っ暗だった。
こんな夜道に女性が歩いてたら襲われるは必定である。

「ひのぉ~よぉ~~じぃん」(火の用心)
カン、カン、が続く。このカンカンは最初は音が響かなかった。拍子木の断面は真四角だが、横に重ねるように打つ際に力を入れ過ぎると音が響かないでカチカチ締った音になってしまう。ある程度手先から浮かせながら、木の長い面を合せるように叩かないとそれっぽい音が響かない。
ダダっ広い場所で打っても音が消えてしまう。ある程度家々が密集したところでないと、カァン、カァンと反響しないのである。
入れない箇所もある.jpg
しわがれ声でまた話しかけられた。
「寒くないですか」
寒くないわけがない。コートを着てるがフードがは付いてない。
「黒づくめですね」とも言われた。
スーツにコートだから。ネクタイもしていますし。
「家で着替えたらもう出ませんよ。出る決心が鈍るから」
「ああ、そうか。だからそのまんまお見えになったんだ」
こっちはアナタたちと違ってまだ現役なんですよ。歓迎されているのか「酔狂な」と呆れられてるのかわからなくなってきた。
拍子木.jpg
何だか手が痒いぞ。
拍子木を持つ手が痒いのです。赤くなっている。
この痒みは戻ってもなかなか治まらなかった。拍木アレルギーか。この拍子木が樫の木か何かわからないが、私が日常で触らない木材なんだろうね。
後になって「軍手すればいいよ」と言われたが、軍手だと滑り止めが無いと打つ時にスッポ抜けてしまいそうである。
その拍子木は本来は神社で神様をお迎えする神式の神具です。それが何で火の用心の転用されたのかワカランが。上手く叩けば音がいいからだろうか。

だが近年はこの音を風情とは捉えず迷惑だという風潮もあるという。今は19時半~20時だが、あまり遅い深更にカーン、カーンと鳴らされるとうるさいと。子供が起きてしまうとかの苦情があるとか。
知らないで越して来た住民は、毎年ある時期になると拍子木をカンカン打ち鳴らして「火の用心」を連呼する私らをアヤしい集団と位置付ける人もいるそうである。火の用心カンカンそのものを知らない世代が増えてきたのだ。知ってても、今の時代にあれがいったい何の意味があるのかと。あれをやったからって火事が減るのかと。思い出したように用心する住民が果たしてどれだけいるかということらしいんだな。

昔の暖房は火鉢や囲炉裏だったが、現代では常に火そのもので燃やしている生活場面は極めて少ない。「火の用心、マッチ1本火事のもと(マッチ1本火事のもとは発声しなかったが)・・・」と叫んでも、マッチなんてのは近年見なくなったし、灯油を注ぐストーブも着火が電池式になって久しい。地震の揺れに対する安全装置が完備している機種もある。電気カーペットなんかそう。いいお宅だと蕎麦宿の恵明庵のように床暖房の家もある。田舎ならまだしも現代の都心に火の用心の連呼は無用である、近所迷惑で時代遅れだというのである。

火事が無くなることはない。現代火災の要因は犯罪、すなわち放火が多いそうです。次が煙草の不始末。そして飲食店での消し忘れ。糸魚川や築地でもそうだった。
「マッチ1本火事のもと」とまで声に出していないが「タバコ1本火事のもと」???これだと喫煙者を刺激しかねないかも。
結果論で言えば夜の20時前後に夜回りしてもあまり効果が無いのかもしれない。
でも今はやらなきゃしょうがない。
「ひのぉ~よぉ~~じぃん」(火の用心)
カン、カン、が続く。

皆さんは私より遥かに地域の事情に詳しく、また興味があるようで。
「ここに家が建つんだ・・・」
「木が無くなってるな」
「この家、引っ越したのかな」
「この先の家に・・・」
ブツブツ観察する辺りは噂の現場そのものである。だが寒いので、気を紛らす為に何か喋ってないと気が持たないのだ。
「今はこういうツリーで飾るんだねぇ」
イルミネーションのことである。そういうのが好きな家は新しくてモダンな住宅に多い。昔から建っているかのような古めかしい家にはそういうのはまずない。
イルミネーションでなくても、歩いてたらそれまで暗かったところへいきなり煌々とライトが点いたりする。
防犯灯.jpg
火の用心を謳いながら防犯、防火目的で廻っている私らが警戒されているようなもの。
空き巣や落書きといった犯罪準備者への警告なのだろうが私は気分がよくない。人が通る度にザラガスやキーラのように発光するんですよ。眩し過ぎる。

坂を下る1.jpg
突如として崖、斜面に出たんです。
そこは階段になっていて、左が斜面で真っ暗。家を造成するでもない、ただ削って芝か何かが植わっていた。前は雑木林だったと思う。
「ここはどうするのかなぁ」
「家を造成するのか。このままか・・・」
町内会の役員さんたちは、それまで自分たちが知っている場所の風景に何か人工的な手が加わると敏感です。
坂を下る2.jpg

20時過ぎに会館に帰還した。
そこで軽くお疲れ様会が開催される。正味30分か40分ほどである。
冷えた缶ビールと乾きものである。
私はあんぐりになった。この寒いのに何故冷えた缶ビールを。。。
身体が冷えている。熱燗はないのか。
一升瓶とは言わない。せめてワンカップを温めて出せばいいのに。
誰かが「酒の方がよかったかなぁ」って言ってたので。私は内心で「アタリマエだろっ」って吠えたくなった。
処理済~お疲れ様5.jpg
処理済~お疲れ様2.jpg
処理済~お疲れ様4.jpg
そこから先は長老たちの懇親会のような様相を呈してきた。
「会社帰りにそのまま参加して下さって・・・」
さっきも言ったことと同じことを言った。
「いったん家に上がったら、もう出る気がなくなるので・・・」
それもあるが、カジュアル持ってないんだよね。この年寄りたちに「カジュアル」と言っても通じるかどうか。
「ご苦労様でした。どうでしたか?」
「意外とアップダウンがありましたね。大人の探検隊みたいだった」
我ながら上手い反応だと思ったよ。
「普段くるまで移動していると見過ごしてしまいますからね」
そうなのだ。あ、こういう箇所があったんだと発見が多かった。ただ、暗いので、いつか明るい日中に歩いてみようと思っている。
私の前にいた長老格が目を赤くしながらこう呟いた。
「○○チームは誰も来てねぇじゃねぇか」
○○チーム?私が参加したチームじゃないか。そういえば実行委員長他はどうしたんだろう。秋祭りの準備招集で配信された宛先を見たら30人近くいたのに今宵は参加者ゼロ。
私は肩身が狭くなった。新参者なのに。
斜め前の会計士さんが私を指して「この方(私のこと)そうですよ」と言いかけたが伝わらなかった。
ウチのチームのメンバーは比較的若いので(今一緒にいる役員クラスよりは)、年末、師走に向けて本業が多忙なのだろう。
誰かが言った。
「クリスマスにこういうのやったって、来るヤツ少ねぇよな~」
出立2日め1.jpg
翌日夜は飲み会で不参加だったのだが、翌々日にまた行ったのです。
「ご無理なさらないでくださいね」と言われた。若干鼻声だったからです。一昨日より寒いが私は学習して今夜はフード付きに変えた。
愛犬を連れた女性がいた。この女性は登場しています。敬老の御祝でリストを渡された際に、「各家々をぽじゃまして、お宅の爺さん婆さんご存命ですか?ってズバリ聞いちゃっていいもんでしょうか?」と質問した人です。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-12-17-2
「○○さんは一昨日は●●コースだったから、今夜は高柳さん(仮名)の班で、▲▲コースをお願いします」
●●コース、▲▲コースと言われても私はわかならいので付いて行くしかない。その高柳さん(仮名)という方、これまた年寄りで、若年のこちらから挨拶、声をかけた。
「ご一緒させてください」
振り向いた顔を見たら何処かで見たことがある。あ、あの爺さんだ。11月23日(祭)の防災拠点避難訓練が発令された11月4日、開催日まで20日ないのに開催案内を「回覧」になってたのを私が、「回覧では間に合わない。配布しないと」と物言いつけた時、「まぁ早く、回覧して貰うしかねぇなぁ」とゆる~く返してきた爺さんだった。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-12-18
そうか、あの時は防災だった。今回は防犯だが同じような位置づけであろうかと思う。
出立2日め2.jpg

暗い1.jpg
今宵は赤い警備棒と懐中電灯を持たされた。
最初はバス通りに沿って歩いた。でも明るいバス通り「火の用心」を声に出してもくるまの走行音にかき消されてしまう。そういう通りは歩行者もいるので、「何あれ?」のような視線で見られた。
スタートして5分はバス通りだったのがいきなり曲がって暗い路地へ。
犬を連れた女性が言う。
「ここは前は田んぼだったの」
それは私も知っている。でももう40年も前の話である。
「ここに川が流れてたんだけど」
「潰されたな」
川って潰されるものなのか。暗渠にでもなったのだろうか。
「ああ、ここも家が建ってる」
「ここにも建つんだ」
そういう建築現場は年内で作業終了しており、そのまま工事途中で放置されていた。職人さんたちの再稼働は来年の第2週以降だからである。
「あ、ここに一時停止のラインできてるね」
学童の通学路の安全確保の為に、一時停止のラインを引く際、近隣住民に「引いていいですか?」伺いを立てるそうである。それをしないで先んじて引いてしまうと、くるまを出す際にこれまではスーッと出れたのに、ライン描いたでいで一時停止しなきゃならなくなったじゃないかと文句を言われるんだと。
言って来る住民も学童の通学安全はわかっているのだが、無相談で施行するとそうなるらしいのだ。
暗い2.jpg
暗い3.jpg
畑に出た。まだまだ畑が残っている。
「ここは〇〇さんの畑だろ」
誰の畑かも把握している。さすがに田んぼはない。
「広すぎて、ひとりじゃキツいって」
そういう畑はいつか宅地化される。
「そこから先は他所の町内なんですよ」
そういう地域では「火の用心」の声は出さない。憚られるのだろう。
道すがら、ここの立ち木がどうこう、植木の伐採、青地がどうとかこうとか、川が無くなった、田んぼだった、こっちは公道で向こうは私道、そんな話題ばかりだが、そういうのを殆ど把握している。
「灯が照らさないから植木を切ってくれって言われて、切ったら切り過ぎだって文句言われて」
「木を切るのは床屋と同じじゃねぇか。切り過ぎたら言われら」
床屋と髪の話題になったら、私は沈黙するしかない。そうでなくてもここまでの「」は先達たちが勝手に喋っているもので、私は相槌打つだけで自分から口を出していません。
連中は私が実は地元の人なのを知らない。他所者だと思っている。
「ああ、懐かしいな・・・」
口に出てしまった。防災拠点でもある某中学校が現れたのである。私はここに1年だけ在学して、2年になったら隣町の遠い場所に新たにできた新設校に転校?させられた。
防災拠点訓練に参加していれば、およそ40年ぶりに中に入れたのだが。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-12-18
「ご存じなんですかこの中学?」
「40年以上前です。1年だけいました。その後にできた○○中学に回されたんで」
「もともと地元の方なんですか?」
「自分の実家は〇〇町内ですよ」
隣町なのです。
ウチの町内は昔からいる南部と新興住宅の北部に分れている。私は北部の端っこにいてそこは昨年までは神輿も通らなかった気の毒な場所だったというのは聞いた。
今回の夜回りしている役員連中は南部在住の人が多くて前々からいる地元民ばかりなのです。
新参者の私は他から越して来たと思われていた。だが実は地元の隣町出身で、幼稚園、小学校、中学校、高校も地元なのです。今住んでる場所が新興住宅地なだけです。
先達は納得した。「そうでしたか」って言われた。
後日ジャン母は「ウチの方がアンタたちより昔から地元にいるのよって言ってやればよかったじゃない」と言っておったが、今いる人たちはいずれも私より年長者なのだ。

夜に枝桜に混じって校舎が浮かび上がった。
「中に入りってみたいですね。入れないけど・・・」
夜に浮かび上がる校舎は初めて見る校舎にしか見えなかった。
暗い4.jpg
いきなり誰かが言った。
「そこは止めようよ」
その先は避けようという意味らしい。
「そうだな」
先達たちはそれで以心伝心のようだが私は何でなのかわからない。
「そっちはコワい家があるから」
へぇ。私は興味あるな。「うるせぇ」とでも返ってくるお宅があるそうである。この日、会館に戻って誰かが言うには、
「寒い思いをして『うるせぇ静かにしろい』とか言われたら世話ねぇからな」
やはりそういう家があるらしい。でも「うるせぇ」ったらうるさいんだろうね。
裏道1.jpg
裏道2.jpg
そういえば。。。
去年か一昨年か、もっと前だったか忘れたが、夜この時期に私の家の前に「火の用心」カンカンが通ったことがある。
聞いて私はどう思ったか。やはり「るせぇな」だったかもね。別に騒々しくも何ともないし、その時だけですぐ遠ざかったが「こんな寒い夜分に誰がどんな連中がやってやがんだ。酔狂な」とは思ったよ。
それを今年は私もやっているという訳か。
今の家に越してきてからすぐジャン妻は班長をやっているが、その時はどうだったか聞いてみたの。
「アナタが20年前に班長やった時って夜回りとかあった?」
「その時は・・・やりますから、だけだったね。やってくださいはなかった」(ジャン妻)
やりますから・・・か。
その時期は多少耳障りでもご理解くださいと言っているようなものだな。
では何故この時期にやるのか。
考え込まなくてもわかるさ。冬場は空気が乾燥するからである。火事が多いから。
地元の消防団がやるケースもある。私らの町内に消防団は無いが、私の高校時代の同期で口の悪い消防士が言うには、
「あれは消防団員が集まって酒飲む為だぜ」
ただ酒を飲むだけだと近隣から非難が出るので、その前に「活動しています」というアリバイ作りと景気づけにやっているだけというんだな。「飲まなきゃやってらんねぇよ」とも言っていた。その気持ちはわからないでもない。
暗い5.jpg
高台に出た。街の灯が見える。
それを見て私は「キレイだな」と思ったが「前はここに何とかの寮があって・・・」・・・そういう回顧録に戻ってしまうのである。
その寮は私も覚えている。マンションではなく、団塊の世代で言うところの団地だった。
その団地は空き家もかなりあった。信じられないが施錠されてない部屋もあり、そこをアジトにして数人でダベったことがある。
中で何するでもない。ただ単に時間潰しだけ。
その寮は5階建だった。屋上は無いが昇降階段の上にタンクがあった。
私が連中を置いて先に寮を出たら、空の方から「お~い、○○ぁ~」と声が降って来る。(○○は私の苗字。)
振り向いて出てきた寮を見上げたら、5階の上に突き出た屋上階段の上にあるタンクの上に、さきほどまで一緒にいた仲間のひとりがよじ登っているのである。四つん這いになってタンクに摑まっていた。そこから下界に向かって「こえぇ(怖ぇ)よ~」と叫んでるのです。
イメージ的にはこんな感じです。
イメージ.jpg
私が目撃した寮のタンクは横になっていたと思う。跨るような姿勢だった。
私はバカかと思った。怖かったら下りりゃいいのに。下から見上げる私だって背筋が寒くなった。だいたいタンクまでどうやって上ったのか。昇降用のハシゴが昇ったのか。
そヤツは黒い学ランだった。高所だけに周囲の家から見える筈。通報されても不思議じゃない。
それを思い出してこう言った。
「その寮って、確か2棟ありましたよね」
「そうですそうです。私の友達もそこに住んでたので・・・」
「その寮の最上階の給水タンクの上によじ上ったヤツがいましたよ」
「!!!」

高台から崖をつたって下りる獣道じゃないが、階段になっている細い生活道路が2本か3本あった。
「これって下りれるんですか?」
「下りれるよ。生徒たちが近道だからって登ってくるんだ」
「今、下ります?止めましょうよ」
真っ暗である。足元がアブないという。
「今日は止めとこう」
そのうちの1本は私も知っている。でももう40年前のことである。まだ現役だったのか。
「ここを下りるとバス通りのどこに出るんだよ」
そう言いながら、先達たちの足の向きは会館に戻りかけてる。
「もう戻るの?もうちょっと廻ろうよ」
「もう30分経ったからいいだろ」
3日め最終日ともなると己に甘くなってくる。
「まだ●●さんたち(別の班)戻ってこないな」
私は口を挟まない。まだ廻るならお供します。切り上げるならそれでいい。
そのまま戻ったんです。3班で私らが最初に帰還した。他の2班は10分ほど遅れて戻ってきた。
処理済~お疲れ様1.jpg
処理済~お疲れ様3.jpg
で、また酒盛ですよ。
酒盛ったって缶ビールだけですよ。また缶ビールか。つまみ(乾きもの)も一昨日の夜の残りだし。
そりゃ声を出しているから多少は喉が渇いているけどさ。
こうなると消防士のダチが言ってた「あれはあとで酒を飲むための口実・・・」そのものである。どうせやるなら熱燗が飲みたかったですね。ジャン妻は「会館にコンロあるんでしょ。やかんとかないの?お湯を沸かしてその中にワンカップでも入れときゃいい」
そうしたいけどさ。私は新参者だよ。仕切れるわけない。
「来年からそうしたら?」(ジャン妻)
今年は口を出さなかったが、もし来年も参加するならそう提案するかも。
そして驚いたというか呆れたというか、会長さんが、
「皆さん寒かったでしょ。これ、よかったら・・・」
と言いながら、貼らないカイロを今になって配ったんですよ。
後で配られても.jpg
今頃配られてもさ。
さすがに言いました。
「会長、これ、廻る前に配らんと」
「いやぁ。去年もそうだったんですよ」
去年もそうだったのか。で、それの残りかい。
「カイロの期限はまだ2年先まであるから大丈夫ですよ」
そういう問題か。
また来年も同じことを繰り返すに違いない。
出し忘れたカイロを含めて、これらが夜回りの日当です。
日当.jpg
この夜回りで私は風邪を引いた。
熱は出なかったが、喉、咳、鼻水。。。
年開けまで咳き込んだが正月休みの大酒で身体をあたためて何とか持ち直した。まだ鼻声が残っていますが大丈夫。
夜の探検で廻った辺りは明るい時にもう一度歩いてみたいもの。
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サンマを焼く [町内会人間ドラマ]

初めてサンマを焼く日がやってきた。
素人に焼かせて大丈夫かな。焼くのは私だけど自分で喰うんじゃなくて売るのですよ。人に食べさせるんですよ。
「焼きゃいいだけだろ」の気持ちで臨んだ。朝8時から会場で準備です。OPENは9時から。解散は13時。それから片付け。14時から打ち上げだって。
秋祭り当日1.jpg
サンマを七輪で焼いてる家々ってありますか。
ウチの近所ではないな。
だいたいウチはジャン妻がサンマを買おうとしないのだ。イワシは買って来てオーブンで焼くけどサンマは買ってこない。
長いから焼き難いのかな。
「アナタもしかしてサンマ嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ。ワタのところとか好きなんだけど」
「じゃぁ買ってきたら焼いてくれる?」
「まぁ・・・別にいいけど・・・」
あまり気のりしなさそうだったので買ってません。ジャン妻に焼かせて自分は焼いたことないのに祭りでサンマを焼かされるハメになったので、リハーサルがてら買ってもよかたのに。
でも魚屋に行ってもサンマって少ないですね。あまり置いてないもん。ウチはジャン母を連れて週1買いものに行くのですが、ジャン妻が「サンマサンマ・・・」譫言のようにブツブツ言いながら鮮魚コーナーに駆け寄って言うには、
「高い」
「痩せてるわね」
「開きでいいワ」
生サンマはあまりない。漁獲量減少の昨今、どれだけのサンマを仕入れたのだろうか。
秋祭り当日2.jpg
会場にセッティングされた祭りの看板。季節感を出す御手制の紅葉や銀杏の葉は、祭りの侵攻途中で強風に煽られてトンでしまい、こんな有様に。
飾りがトンでしまった.jpg
夏の作務衣焼き鳥に続いて今日の私の恰好は薄茶色の作務衣上下に会津湯野上温泉駅近くの渡辺酒店で購入した飛露喜の前掛けをしてきました。
「家からそんなカッコで行かないで」
家から会場まで近いんだから平気だよ。電車やバスに乗るわけじゃないし。
「アタシは行かないよ。家で洗濯とかしてる」

着いたら何人かの役員さんに言われた。
「夏に続いて今日は酒屋さん?」
「立ち飲み屋のオヤジさん?」
そう見えるならそれでいいよ。
処理済~ネームプレート.jpg
準備段階で各班長が集まってきて、班長たちにネーミングプレートが配布された。
私にはネーミングプレートが2種類あって、各班の番号とチーム名が入ったものとある。

夏の納涼祭の時は最初に指示が全く無かったので、自ら作業を見つけて動かないとカッコ悪いし、仕事のできないヤツだと思われたくないので、土間に積んであったたくさんの地場野菜を運んで野菜即売コーナーを作りかけたら、祭りの総責任者・委員長から、「〇〇さぁん、そっちは任せて焼き場の方をお願いしまぁす」とデカい声で言われた。持ち場に戻れと言われたようなものである。
焼き場に行ったら夏に焼き鳥を一緒に焼いた方がいた。昨日の記事で打ち合わせ時に私の隣にいた方です。
夏には私の他に4人いたが、今日はその方と私1人しかいない。
四箱あった.jpg
発泡スチロール箱が4つ積まれていた。
中を覗いたら中にサンマが寝ていた。サンマは8匹ずつラップにくるまれていて、総数100匹か120匹とみた。
サンマたち.jpg
サンマはどれも同じ大きさ、長さ、ボリュームで、手に取ってみたら半解凍のようだ。カチンカチンに凍ってはいなかった。表面がツルツル滑るので落とさないように気を遣ったよ。
でも焼き場の人が呟いた。「これは冷凍だな。」
どこの海を泳いでいたサンマたちだろうか。
幾らで仕入れたか忘れた。売値は200円だったかな。
昨日のうちに仕入れて自然解凍したがドリップ(解凍液)は出ていない。旨味や栄養成分を含むドリップが流すると味が落ちるぐらいは私だって知っている。
かすかにに生臭い。秋の風にサンマの生臭さがのってそこらじゅうに漂った。
焼き場を作る.jpg
焼き場を作る。夏場は3尺×2本、2尺×1本だったが、今回は数は多くないので2尺1本だけ。四隅と真ん中にレンガを置いて、その上に文鎮ではなく網を2枚置く。
これは耐火レンガではないな。
火をおこす.jpg
炭火を起こします。内輪でパタパタ扇ぎます。風を送る。
この作業で内輪が見つからず、最初はプラスチックのチリトリでパタパタ扇いでたのですよ。

火が点くまで風は弱かったのだが、火が点いてから妙に風が強くなってきた。
網に油を塗ってまずは1匹載せてみる。
その上から塩を軽く振った。
まずは一匹1.jpg
まずは一匹2.jpg
な~んとなく時間が過ぎて人が集まってきたので、サンマの数を増やしていきます。
魚と炭火の距離を離して遠火の強火が良いらしいが、炭火をなるべく均等に砕いて炎を安定させないといけない。
焼く1.jpg
脂が落ちて燃え上がった炎がサンマにあたらないように。
炎が上がったら水を入れたハンドタイプのスプレーで水を吹き付けます。
焼く2.jpg
サンマの生焼けはキケンなのはアタマではわかってるつもりだが。
開催前に町内会長さんが言うには「保健所から言われています。食中毒だけには気を付けてください」
だったらサンマなんか素人に焼かせなけりゃいいのに。
「食中毒に気を付けてください」ってのは食べる側に言う台詞でしょうよ。私らに具体的にどうしろという指示は無かったね。よ~く焼いて下さいとでも言いたかったのかな。
夏の焼き鳥は冷凍肉とはいえ、どっかの工場でスチームで蒸したものを凍らせたものだからまだ安心な部分はあった。今日のサンマは冷凍→半解凍ですよ。
もちろん両面で焼くのですが、引っくり返すタイミングがワカラン。サンマの皮は網にくっつきやすいんだね。あまりいじくるとサンマが壊れる。
焼く3.jpg
夏に続いて私と組んだ旦那は昨年もサンマを焼いたそうです。
「強火の遠火で一発返しが理想なんですが・・・」
強火の遠火?
一発返し?
難しいことを言わっしゃる。こっちは初めてなのに。
焼く器のサイズの深さで焼くしかないので、お世辞にも遠火とはいえない。焼き続け、最初の焼け見極めはお任せした。
人が集まってきた。少しずつ売れ始めた。売り手は前回記事にも登場した防災委員長さん。あの氷雨のせいで悲惨な数だったそうである。
「大根おろしないの?」という声が挙がった。
用意していなかったのである。野菜即売の大根は葉っぱのついたイキのいい大根だしおろすのはもったいない。近所に住んでる誰かが家から半端な大根持ってきて、いそいでこしらえた。
「醬油は?」
醬油も用意していなかったのである。厨房から持ってきたが、冷凍サンマはあらかじめ薄塩を振ってあったようで、塩も醬油も不要なのが途中でわかった。
焼く4.jpg
それほど脂がのったサンマじゃないようだが、サンマの腹から、ポタ、ポタ、ポタ、脂ドリップが落ちて行く。すると炎がボワッと上がる。
私はBBQ苦手ですが、BBQでサンマを焼いた人に言わせると、
「真っ黒に焦げてしまった」
「サンマの皮が焼き網にくっついて剥がれてボロボロになった」
「上手くひっくり返せない」
「指先や手首を火傷した」
「軍手が燃えた」
軍手も用意して行ったのですが私は素手でやった。なので手首や指先を若干・・・火傷までいかないけど「熱ィっ!!」叫びたくなったのは何回かあったよ。手先を見たら赤くなっていたが、これって火傷しても労災にはならんだろうな。
サンマが焦げる原因は脂が炭にポタポタ落ちてボワッと燃え上がるからですが、生焼けでは絶対にいけないし、黒焦げでもいけない。この見極めが難しい。焼き鳥より難しかったです。
焼く5.jpg
焼く7.jpg
熱いのを痩せ我慢して、片面焼いたサンマをひっくり返すのですが、果たして中まで焼けているのかどうか。
「これは・・・」
「まだ早いですね。もうちょっと目が白くならないと」
サンマの目が白くなる、口先からポタポタ脂が落ちる、それでも胴体の中も火が通ったという判断はまだ時間尚早らしい。
途中で「これってまだ中が焼けてないわよ~」はあったのである。
腹からも脂が出てるから中まで焼けたという判断もキケンです。まず反面焼いて、目が白くなる、口先から脂が出る、腹からも壊れない状態で脂が出る、しっかり焼けるまで触らないでガマンガマン、表面にやや焦げたぐらいの網目が付いて、焦げるホントの前段階でひっくり返すのがベターだと最後の方になって何となくわかった次第。
焼けたかどうかわからないときは網を少し持ち上げて裏から目視して見る。これはこれで目が熱いし煙が目に染みる。
前で何処かの坊やが「まだ?」
「ちょい待て。よ~く焼かにゃいかんのだ」
まだかな?.jpg

大船渡サンマ祭り2016.jpg
これは2016年の大船渡のサンマ祭りの写真(転載)ですが、サンマを1匹ずつ斜めに置いて焼いてますね。横にズラズラズラっと並べない方がいいのかも知れない。
私らの焼き方だと網を2枚並べて置く為に中央にもレンガを置いています。そこに左網に置いたサンマの尻尾、右網に置いたサンマの頭が載ってしまい、そこだけ炭火が無いわけです。あれば大きい1枚網の方がいいようです。
手先指先を火傷しない為にはサンマを細い金串で刺した方がいいかも。来年はそうするか。
焼く8.jpg
サンマの写真ばかり並んでますが生臭くないですか?
これを見て美味しそうだと思ってくれたらいいのですが。
肝心の味の方はですね。焦げちゃって失敗したサンマと焼けたと思い込んだら中が半生だったサンマを網の端っこで焼き直して、摘まんで喰ってみたら、やっぱり塩も醬油も要らないね。振って冷凍させたのでしょうな。
他はサンマの味しかしないね。私はやはりサンマよりも、イワシやイワナの方が好きだな。来年もサンマを焼くかも知れないが、鮎や岩魚の炭火焼なんてできないかな~。
サンマに缶ビール。缶チューハイはなかった。夏に何故か赤字だった生ビールもないです。日本酒なんて無いですよ。
焼く9.jpg
盛況1.jpg
盛況2.jpg
盛況3.jpg
盛況4.jpg
盛況5.jpg
風が強くなってきた。夏の焼き鳥ほどサンマは数多く売れないし、一気に数多く焼けないので若干ペースを置く(間を開ける)ことができた。
左隣ではこれも祭りに欠かせない焼きそばコーナー。可哀そうに焼きそばチームは配食チームの婆さん連中に厨房を占拠され、祭り開始時間ギリギリまで青空の下でキャベツを切っていましたよ。前日にやっときゃよかったって。日高やのように仕込は別の場所で、売り場では調理するだけにすればいいのだが。
最初に肉を炒め、それから焼きそばを投入するという二段階調理
焼きあがった焼きそばを一旦はボウルに入れてタッパに分けるのです。
後半になって手が空いたので助っ人に参加しました。
焼きそばの肉.jpg
焼きそば2.jpg
私も焼きそば2パック買って食べました。このBlogをいつも見て下さっている方はご存じかと思いますが、私は肉も具も極少で、青海苔も紅生姜も不要で、焼きそば(炭水化物)とソースだけを好むのですが、この焼きそばは何でか知らんが肉が美味かったな~。
「肉が美味いよ」
「あ、本当っスか」
でもソースは薄い。イマイチだな。
焼きそば3.jpg
「アナタいつから焼きそば好きになったの?」
「群馬に行ってからだよ」
「住んでた羅漢町近くに結さんがあったろ。あのラガーメンが営っていたウルサい焼き鳥屋、あそこで目覚めた」
「あの具の全くないソースどろどろの?」
「そう。それと閉めちゃったけど榛名で解約したしののめ信金に行く途中の永井商店の焼きそば。あれの豚無しが気にいったの」
「・・・」
「炭水化物だけなのが食欲と酒欲をソソルのだ」
「アタシは具が無いとイヤ」

餅つき.jpg
餅を付いている風景。
よかったよこっちを担当しなくて。私は2年か3年前に右肩を痛め冬場はあまり腕が上がらないのです。右腕だけ疲れやすいのだ。
この餅は後の打ち上げで私らにも振る舞われた。
小さいプロパンガスを使って餅米を蒸している場所は別にあって、そこでは厨房の婆さんリーダーが、やれ蒸し時間がどうのこうのとウルサく口を出していた。
その厨房の婆さんリーダーと区の職員さんが赤い羽の募金を募ってるとこ。
豚汁の行列に沿ってお願いしているようです。
まだやってる.jpg
よくやるよな。でも1軒1軒の家々を訪うて募金協力をお願いするより、こういう人の多い場所で職員さんが募る方がフェアだとは思いますね。
私も豚汁を食べてみたが。。。
豚汁1.jpg
豚汁2.jpg
豚肉が無い!!
オカシイな。私は前日、会津から戻って秋祭りの事前準備に参加しています。会場の清掃、落ち葉拾いと、館内にビニールシートとブルーの養生シートを張る作業をした時、厨房からいいニオイがしたので見に行ったらこんなに豚肉入ってたのに。
前夜の豚汁.jpg
これじゃぁ豚無汁、根菜の味噌汁じゃないか。

地元の野菜即売所。後で聞いた話だと、このコーナーがいちばん先に完売したそうである。
おひとり様1点限り。野菜が高いからここで買ってこうってか。大根なんか葉っぱ付きですよ。
野菜即売.jpg
秋晴れの下、BGMは無かったのですが、いきなりPAから、夏祭りで散々飽きるほど聞いた(聞かされた)何とか音頭が2曲流れたぞ。
太鼓叩きチームというのがあって、披露の場が夏祭りだけだと可哀そうなのか気の毒なのか、忘れてしまい忘れ去られてしまいがちなので、秋空の下、2曲だけ披露していた。
さすがに踊っている人はいなかったね。櫓が無いし。

私ひとりで焼く1.jpg
散会の13時半前頃、最後の3匹。これで終了です。
このサンマを網に載せる前に一緒に焼いてた先達はどっかいっちゃって。あ、あっちにいて誰かと談笑している。
仕方がないので自分ひとりで判断して焼きました。
私ひとりで焼く2.jpg
じっくり焼かないとな、
焦らず急かず、
目が白くなって、
口先から脂がにじみ出て、
お腹からも壊れない程度に脂が出て、
そこでも焦らずガマンして、
裏面から覗いて焦げ目を確認して、まだだな、と、呟いてみる、
その間は一切手で触ったりしない、ガマンする、
再度裏面から見て、焦げたかな、これ以上焦げない方がいいなと。ギリギリの瞬間を見据えて一気に返しました。
私ひとりで焼く3.jpg
最後の数匹を役員さんに売りつけてるところ。
残りを売りつけてるところ2.jpg
夜まで騒ぐ納涼祭と違って気が付いたら終わっていたという感じだった。アッサリしたものである。
すぐ片付けに入り。半ば強制参加の打ち上げへ。
処理済~打ち上げ1.jpg
処理済~打ち上げ2.jpg
ささやか.jpg
打ち上げの席上で出されたさ・さ・や・か・な・酒肴です。
豚汁3.jpg
豚汁です。やはり根菜だけだね。豚肉は何処へいっちゃったんだ。
豚汁4.jpg
餅はさすがに美味しかったな。角切りしてパックに入ってる餅を焼いてばかり食べてるので。
つきたての餅とはこういう食感なんだ。きな粉、アンコ、辛味、とあった。
私は甘い味付けは好まない。醬油だけでもいい。
処理済~打ち上げ3.jpg処理済~打ち上げ4.jpg
会長さんは腰の低い方で、ネームプレートを回収しながら班長ひとりひとり声かけてお酌して労を労っていた。
定例会で顔見知りですが、祭りの実行委員長が私を会長に紹介するには「会長この方(私のこと)〇〇班の今年の組役さんですけど、ウチの〇〇チームにも参加してくれたんです」
私は赤紙の招集に応じてチームに参加した。会社以外の人間関係に初めて身を投じたのである。まだ新参だが参加回数を重ねていけば知人も増えていくだろう。
女性陣(オバさんばかりだが)作務衣に飛露喜の前掛けを「似合う」と冷やかされ(誉められてるとは思わないさすがに)夏と秋連続しての焼き場担当で認知されたと勝手に自負しているよ。
解散時に「これでもう行事は終わりですかね」
「歳末に夜回りがありますよ」
夜回りだと?
寒そうだな。

その日の晩酌に豚汁が出たのは何故だ。
その日の夕餉.jpg
ちゃんと豚バラ入ってたけど野菜がクタクタ過ぎ。汁は美味しいけど。
ジャン妻豚汁1.jpg
ジャン妻豚汁2.jpg

前掛け.jpg
困ったのがこの前掛けのニオイ。
サンマの生臭いニオイがこびりついてしまった。
ニオイ撃破を謳う消臭商品「リセッシュデオドラントパワー」のCMでは、デキる男の忘年会流儀とあって、①出勤前に靴下の穴を入念にチェック、②同僚の好きな飲み方を把握している、③土産は持ち帰っても匂いは持ち帰らないとあったが、私は③で、しっかりニオイを家に持ち帰るハメになった。
飛露喜の前掛けは2回洗って1ヶ月ずっと干しっ放しなのに、まだニオイが落ちない。
消臭剤スプレーをぶっかけたら、サンマの生臭さと消臭剤の芳香が混合し、余計に得体の知れないヘンなニオイになった。
上大岡の厨房の板さんが言うには「冷凍サンマは焼くとニオイがキツイんですよ」
言い換えればこの前掛けのお蔭で普段着、旅館着の作務衣が無事だったともいえる。
煙いぞ~.jpg
祭りは終わった。。。
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防災避難訓練と地元チーム参加 [町内会人間ドラマ]

年末に向けて日数が無いのです。
昨日の記事は当初「敬老の海苔」「赤い羽」別々だったのを合体させたの。
今日の記事も2つをくっつけたのでダラダラと文章が長いですが。

赤い羽を渡し忘れたので単なる募金になってしまったが、それを納めた11月の定例会で、マグニチュード幾つかの大規模な地震を想定して、防災避難訓練開催の案内があった。
普段の定例会は会長挨拶、各部の活動報告(聞いててツマンないですが、会費を徴収している以上、必ず報告をする。)そして協議事項に移るのですが、この防災避難訓練が協議事項で突然のように取り上げられたのです。
協議ったって役員や委員長からのお達しだけで私を含めた各班長はツマんなそうに聞いてるだけ。早く帰りたいだけです。
配られた紙には、
「本年は〇〇中学で地域防災拠点訓電を下記のとおり行います。いつ大地震が来るかわかりません。訓練に参加して心構えを新たにしえ下さい。一戸に一人は一時避難場所に集まりましょう。」
開催日は平成29年11月23日、勤労感謝の日、雨天決行。
集合時間は午前9時、集合場所は各班の一時避難場所。
防災委員長が2人います。委員長が言うには、各班のある場所に(主に電柱)一時緊急避難場所の設置が全て完了したので、では訓練をしましょうということになった。
ウチの近所にもある。これです。
一時避難場所.jpg
いつの間にかくっつけてあった。これは東電さんの許可がいるらしい。

訓練のおおまかな内容は、
①各班の訓練参加者(避難者)が一時避難場所(上の写真の電柱)に9時に集合する。
②班長(私も)が参加者を連れて9時半に町内会館に引率する。
③10時半に近くの中学校体育館へ移動してそこが地域防災拠点になる。そこでまた訓練その他が行われる。
訓練後に炊き出しがあって、カレーライスが振る舞われるという。
「美味しいカレーライスは食べ放題です」と言っておったがどんな美味しいカレーなんだろうね。
防災拠点の中学校は私も在学していた時期がある。在校中に他へ新設校ができたのでそっちに移った。往時は学校が足りなかったのだ。
私が参加したら45年ぶりの母校である。もちろん当時の校舎は解体されてるけど懐かしいな。
回覧.jpg
だけど開催日を見て驚いた。
11月23日?勤労感謝の日?
その日は会津行じゃないか。10月が私が多忙で蕎麦宿を延期した日です。
「その日は会津じゃないの」(ジャン妻)
「そうだな・・・」
何でその月に急に決めるかな~。敬老の海苔を取りに来て下さいの時もそうだったが、突然間近の日に決めるんですよ。
そりゃ災害というものはいつ突然降りかかるか予想だにできないものだけどさ。
この辺りがウチの町内会の段取りがイマイチというか。各人の予定なんぞは考慮しないのです。世間で言うところの24日(金)を休んで連休する人だっているでしょう。飛び石も含めて連休は避けた方がいいのです。

この突然決まった訓練日の経緯について。ウチの町内会は2つのエリア、北部と南部に分けられている。当初は別々に開催される予定だった。だから防災委員長が2人いるんです。中央を突っ切る街道で南北を分けているんです。避難場所は南北それぞれの各家々に最も近い集合場所、すなわち地元の小中学校というわけですよ。
防災訓練は貸し出す学校側の行事都合や、体育館スペースの広さも考慮しなきゃならないし、校庭の一画も消化器訓練等で使用するので、単独の町内で開催するのではなく近隣の町内会と合同で行うのです。
1つの学校だけに絞ると遠い班、家々もあるし、どっちかに人数が偏るってもバランスが悪いし、スペースの問題もあるので、これまでは余裕を見て北部の小学校、南部の中学校と分けられていたのです。北部の住民が南部の中学校まで歩くと若干遠いのです。それではいざという時の避難場所にならないし。
のような理由で、北部も南部もそれぞれ別の日に別の場所(体育館)で開催される予定だったのだが、昨年まで借りていた北部の小学校体育館が今年になって解体されて使用できなくなったのだ。
その小学校はこれまで選挙の投票会場でもあった。私らも今年10月衆議院選挙の時に行ったら体育館が解体工事中で、校舎の中に投票所があってそこに案内されたからね。
南部は11月23日にあらかじめ中学校を押さえてあったのです。その小学校の体育館解体のせいで開催が危ぶまれた北部は、単独だと年内に訓練ができそうになさそうだった。私も「もしかしたら来年まで開催しないのかな?」と訝しんでいたところへ、今日になって突然、どうせなら南部に便乗して23日にやってしまおうとなったのですよ。
だったら最初っから「南北一緒に開催します」のアナウンスをもっと前にすべきですよ。言われた日は11月4日で、開催日が23日ですよ。前から予定通り開催と聞いていた南部の班長はともかく、私も含めた北部の各班長は「23日に急に開催と言われてもなぁ」の表情だった。

私は昨年の班長だった近隣の気のいいオヤジさん・・・とは言っても70過ぎの爺さんだが、その方から引き継ぎの時に聞いている。
「防災訓練は参加者自分ひとりだったよ」
「そりゃ寂しいですね」
「だぁれも行かないよ。予定あるし。自分はたまたまヒマだったから小学校まで行ったけどね。あ、それと防災何とかの講習にも行ったな。それも自分だけだったよ」
「何するんですか?」
「学校まで一緒に行って、消化器を撒いたかなぁ」
案内には「一戸に一人は一時避難場所に集まりましょう」とある。一戸に一人どころか一班にひとりしか集まらなかったというわけですよ。ひとりじゃ集まったという表現も適用しないね。
私もこれまで参加していません。昨年の開催日に何してたかも覚えていないし、だいたい回覧板なんて見たことなかったんだから私は。
「カレーか何かの炊き出し食べたんですか?」
「豚汁だったなぁ」

最近わかってきたのですが。。。
私のいる班は町内会の北の外れにありまして、もう20数年経っていますが地元では新興住宅なのです。他所から越してきた人が多い。だからあまり地域イベントに無関心。
南へいけばいくほど40年かそれ以上、下手したら昭和の初期からそこに居て根付いている地元の人たちでそこは地域愛が根強い。結束力もあるようです。
私はというと、昨年までは地域活動に無関心だったのですがもとは地元の人です。ジャン実家は今いる場所から1km圏内なので、今は新興住宅地域にいるとはいえもとは地元民といっていい。
カレーライスが振る舞われる中学校に在校していた頃はNHK大河で平将門を見てたから、掃除の時間にホウキでチャンバラをやっていましたからね。
現在は新興住宅の方が数的には増えてるのではないか。なので昨年「ウチの班からは参加者ゼロだったよ」が、今年になって急に我先にと参加者が増えるとは思えない。おそらく誰も訓練参加者はいないと見た。私だけだろう。

改めて予定を時系列で見たら、各班の一時避難場所(電柱の下)、町内会館、中学校、三段階のイベントの流れになっている。
「一時避難場所に集まったら、班長さんは避難者の男女別人数をメモして、町内会館にて係の者にお渡しください」
一時避難場所の電柱の下に集まった数をメモして会館へ持ってかなきゃならないのです。
これは昨年同様、100%に近い確率で班長の私ひとりだけだろう。でも誰も参加者がいなくても、自分だけは報告に行かなきゃならないのです。
当日私らは会津に向かう予定を入れているのですよ。急に言われてもさぁ。
私以外にも既に予定が入っている班長宅はどうするのか。旦那が不在なら奥さんが代行するのだろうか。
班長自身が欠席でも、他の家々で誰か一戸でも参加者がいるかどうかは当日の朝にならないとわからないのである。誰かひとりでもいたら連れていかなきゃならない。
事前に各家々を廻って「当日は班長の自分は欠席なので、ご自身で避難場所に行って、様子を見て会館へ報告に行って下さい」とでも言うか。
それとも事前に出欠席を聞いておくか。各家々を廻って「参加されますか?」「ですよねぇ、急に言われても参加しないですよねぇ」
のように聞かなくてはならないのか。

「所用があるので欠席します」という班長はいなかったな。欠席するからには班の誰かの家に代行を頼まなきゃならないからだと思う。
知らん顔もできない。バックrようにも回覧板で開催通知を回すんだから。
仕方がないので私は当日の出立前、一時避難場所と会館への人数報告けは真面目にやろうと決めた。家から会館まで往復20分もかからないだろうし。
「その為だけに?」(ジャン妻)
「それはやる」
初日は会津ワシントンに停まって「麦とろ」なので朝急いで行く必要はない。9時過ぎまで電柱の下にいて、9時半に会館に届け出して戻ってから出ればいい。
(炊き出し終了予定が12時30分だから、それからでも間に合わなくはないが。。。)
「中学校での訓練に参加される組の班長さんは、訓練参加者を引率して町内会館に集合し、一時避難場所での男女別人数メモを町会役員に渡してください」とあるので、一時避難場所にメモを会館に持って行く。おそらく私だけだと思うが、私ひとりだけでも「男1人」とだけ書いてわ・ざ・わ・ざ・会館へ持って行かなきゃならない。
ジャン妻に「行く?」と誘ったが「行かない。会津にでかける前に1回洗濯機を回すから」とつれなく言われた。

これは定例会での防災ビデオを流しているとこ。
処理済~防災ビデオ1.jpg処理済~防災ビデオ2.jpg
ノートPCで流れるVTR(YouTube?)の音声を外部機器に接続してクリックするだけですが、役員さんたちは高齢化しているのでこういう設定が苦手みたい。
ワイド画面でなくノーマル画面で流したり、音が上手く出なかったり、あまり手順がいいとはいえない人たちなのです。
自分が出ていって操作してやろうかとも一瞬思ったけど出しゃばらないでおきました。
画面には阪神淡路、東日本、2つの大災害の教訓が流れていた。こういうのは見ないより見た方がいいとは思いますが。危機意識はその時だけで、会が終了して散会して各家々に戻ったら忘れてしまう。訓練等で身体で経験した方がいいに決まってます。で、集合してから防災拠点の中学校に移動して、そこで開催される内容は、訓練、消防署員の講和、やはり災害防災VTRを見て、避難場所の運営に関する展示、消火器を使った消火訓練、救護の練習、参加者には備蓄食料が配布され、最後に何?カレーライスだって?
私以外に一時避難場所(電柱の下)に誰かいて、その人が中学校の催し物にも参加してカレーライスを喰いたいと言われたらどうするか。
そうなったら一緒に会館に行って、人数報告のうえ「自分はこの後所用がありますので、ご自身で他の方と中学校に行ってください。楽しんできてください」でいいのだ。誰かいたらの話ですよ。

私は配布された「参加願います」を手に取ってある1箇所を凝視している。
TOPに「回覧」とあるでしょう。これに引っ掛かりを覚えたのです。
一戸ずつ配布じゃないのです。回覧板に挟んで回すの。
回覧でいいのかこれ?
今日は4日、開催日の23日勤労感謝の日まで実質20日もないのですよ。ウチの班は20戸だから、今夜から廻して1夜1軒でギリギリ。どっかで停まったらまず全戸に回覧しきらない。
これまでの定例会では私は大人しくして自分の意見を一切、言わなかったが、この日私は初めて物言いをつけています。挙手して発言したの。
何を言ったかというと「23日は予定があります」って?そうじゃないです。
「今日は4日で開催日は23日だと実質20日も無いじゃないですか。これは回覧じゃぁ間に合わない。各家々に配布しないと・・・」
かなり真面目な顔して言ったつもり。
満場がややざわついた。

私のいる北部の防災委員長はやや戸惑った。この方は納涼祭や秋祭りで消化器系私のチームの全面にいて販売を担当されていたので今は私とも顔見知りでですが。
困らせるようなことを言っちゃったかな~。
どうせ結果的に誰も来ないだろうと予想されますが、それはあくまで結果論であって、現時点では参加者を募る主旨だから「回覧」では当日までに全戸数の目に留まらない家々が必ず出ます。ウチの班は戸数20戸だが、他の班では30戸や40戸を超える班もあるんだから。
そしたら南部の委員長(爺さん)がこう言ったものである。
「まぁ、早く、回覧して貰うしかねぇなぁ」
ゆる~く言われた。
座は和んだが私は呆れた。それで終了になったんです。他に物言いをつけた班長はいなかった。
私も少しバカ負けしたのでそれ以上は言わず、納涼祭の実行委員長で私に町内会チームの招集令状(赤紙といふ)を渡したリーダー格、次にUpする秋祭りの実行委員長でもある顔役に向きなおった。
私の席は班の番号順の都合で最前列にあるのです。だからすぐ目の前に役員がズラリいる。役員たちにこの写真を見せた。
「ウチ、ある家で時々こうなんですよ」
処理済~置きっ放し.jpg
これは敬老の海苔を配布した際のもの。
「おひとり暮らしなのですが不在な時が多くて。ウチの班は回覧しません。戸数分COPYして配布します」と言った。
納涼祭委員長は「そうしてください」とばかりに黙って頷いた。おそらく私の意見はマトモだと思ってくれたのだと思うが、他の委員会には干渉できないので黙っていたんだと思う。
私は回覧に二重線を引いて訂正し、会館の一室にあるゼロックスで戸数分COPYして、各家々に配布したのです。
二重線で消したとこ.jpg
この話を家でジャン妻にしたら、彼女も口あんぐりだったが、
「アナタ一番前の席にいるの?」
「そうだけど」
「いつから?」
「初回からだよ」
「また一番前で足組んで、エラっそうにふんぞり返って座ってるんじゃないでしょうねぇ」
「そ、そんなことはないっ」
何かの書籍で「勉強会は最前列で、会議は後ろの方で」とあるらしいが、私はどちらも最前列を好むのです。
「で、当日は行くのね」
「会館までは行く」
豪語したものの訓練当日の予報は雨で寒そう。
訓練どうこうよりも会津方面の天気がずーっと気になった。雪マークが出ていた。
処理済~一時避難場所.jpg
当日の朝、一時避難場所の電柱の下に9時5分まで突っ立っていたが、やっぱり誰も来ない。
辺りの家々を見回した。鉛のような雨空の下で各家々には暖かそうな灯が点いていた。この天気の下、外出しようという家々はそうないだろうな。
でも自分は行かなきゃならない。氷雨の中をひとりで会館に歩いた。何だか虚しいものだな。
ああいう立派な意見を言った手前、数人でも参加者を引き連れて乗り込んだらカッコ良かったのに。
当日は雨.jpg
会館に着いた。本当に地震が起こったら無事な者はまずこの会館に参集するのだろうか。というのはこの会館も30年か40年経っているので現在の耐震性基準を満たしているとは言い難いそうである。建て替えの話も出ている。町内会費を徴収している以上、建て替えの賛否を住民全員の声として受けるアンケートを年明けにするとか。その前に耐震性をチェックするとか言ってたな。
ここに避難して来たはいいが、肝心の会館そのものが倒壊していたら笑うに笑えないよな。
雨の中参集した人が数人いたが、参加者を記入する紙を持った班長がばかりで、班長に引率されて来た参加者は皆無のようだった。
悪天候とはいえあまりに寂しい。
処理済~出席簿.jpg
これは一時避難場所に集まった人数を集計しているとこ。
「ハイ〇〇班、おひとりですね」
これが繰り返されてた。
私も紙に書いて渡した。男性1人って書いて出した。私のことですよ。ジャン妻他、ウチの班は全員逃げ遅れたという訳である。
防災委員長に「今日開催するっていつ決まったの?」
「前から決まってたんですが」
そうかなぁ。決まってたのは南部の防災訓練でしょう。私が言いたいのは、いつそれに便乗するのが決まったの?なんだけど。
物言い付けた委員長は納涼祭で既に顔馴染で秋祭りでも再会することになる。彼から誘われましたよ。「今から中学校にご一緒しませんか?」
「前から予定があり、この後遠出するのですよ」とお断りしました。
会津行の予定が無ければ参加してもよかったのに。ネタ拾いの為にね。母校がどんななってるのか見てもよかったし、どんなカレーライスだったのかも興味あるし。
秋祭りの時に防災委員長に聞いたの。参加者どれくらいいたの?って。人数少なくて悲惨だったそうである。「あの天気じゃぁね」とも言ってたな。防災委員長という立場だがそれがホンネだろうね。
この日、予定が入っていて参加できない班長たちはどうしたのだろうか。
「来年参加したら?」(ジャン妻)
「カレー喰いたさに?」

この後急いで戻り、着替えて荷造りして会津に向かいましたが、その2泊3日の会津旅から戻った午後か夕方には秋祭りの準備が待っていた。
夏の納涼祭初参加で作務衣を着用して焼き鳥を3600本/2日/5人焼いて、翌日の片付けまで参加したのを見込まれたのか、終了時の打ち上げで、こんな紙を渡されています。
処理済~お誘い.jpg
招集礼状?赤紙というそうである。
「〇〇〇町内会では会を盛り上げ、サポートしていく組織、青年部のようなグループ、○○○チームがあります。
納涼祭や秋祭り、体育祭、それらの準備、町内パトロールなど、いろいろなイベントがありますが、その内、ワンポイント、1日だけしか参加できなくても構いません。
面倒な定例会もやりません。忘年会とか新年会とか暑気払いとかはやります。
そんなチームで一緒に楽しみませんか?」
委員長の連絡先が書いてある。

納涼祭、体育祭、秋祭りといった大掛かりなイベントは役員たちや1年交替制の班長たちだけではなく、祭り当日にゾロゾロ現れた「お祭り好き!!」の実働部隊がいたのである。神輿、太鼓叩き、踊り、各種模擬店とか。
私が初参加した焼き鳥の先達たち4人はそのチームメンバーだった。
私はチームに参加する旨を委員長宛にメールで表明しています。ただ、10月は会社でデカいヤマが入るので「体育祭のお手伝いはできません」とも書き添えた。
その後、チーム招集連絡がなかなか来なかったのですが、9月末になって、10月1日に開催される体育会招集の手伝いお願いしますの招集メールが来ている。

「現地でのテント設営、解体・撤収、会館での積み込みの手伝いをお願いします。
積み込みは7:15、設営は7:30開始です。
積み込みと設営の振り分けはこちらで決めさせて頂きます。
解体・撤収のタイミングは当日朝打ち合わせになります。」
お手伝いいただける方は返信お願いします。」

スタート時間以外はアバウトな予定ですね。要は力仕事らしい。本文末には、
「10月の2週目以降に納涼祭の反省会と秋祭りの打ち合わせをしましょう。
都合の良い土日祝を教えてください。」
(土)(日)(祝)ねぇ。私は平日夜の方がいいんだけどね。「いついつ開催しますから・・・」のような強制的な文言ではなかったので、定例会の招集のように有無を言わせずではなく、チームには個々の都合や事情に気を遣ってるんだな~と感じたです。事前にメンバーの都合を聞いて、いちばん参加メンバーの多い日に集まるんだと。
私は9月後半から10月半ばまでは多忙で、草の者たちに指示する側だったのですが、後半になると何とか先が見えて来たので、「10月後半の(土)(日)夜なら可能ですよ」と返信しています。
この案内はメールで配信されてきたのですが、配信先を数えたら30人以上あった。ということは私も含めてそれだけの数のチーム要員がいる訳である。
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私は10月初旬に開催された体育祭は全く関与できなかったのですが、その体育祭はウチの町内だけでなく、他の地域の町内と連合して地元の小学校か中学校の校庭を借りて開催された。何処も高齢化と少子化が進み、参加者の数によっては下手したら自分らも選手に駆り出されるのではないかという懸念もあった。
やはりレクリエーションというよりも点数や順位を競う競技なのです。
「体育祭は参加しないから。選手にでも駆り出されたらタマラン」
「絶対に止めて。アキレス健でも切ったらどうするの」
いつの間にか済んで、定例会で「お天気も良く、無事怪我人もなく終了しました」とアナウンスがあったが私は殆ど聞いていなかった。
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メンバーは10月最後の(土)夕方に集合して、納涼祭の後に倉庫にしまった紙コップ、レジ袋、タッパ、割り箸、備品の棚卸をした後で、いつも定例会が開催されるスペースに長テーブルを幾つか四角く囲って置き、納涼祭の反省会が今頃始まった。主に各模擬店の収支報告と、来年度へ向けての改善案である。
招集メールの宛先を数えた数、30人なんか全然いなかった。半分の15人程度。やはり「来れる方は来てください」で個人の予定は尊重して、定例会や防災訓練のような半強制的な参加要請は全く無いのがわかった。
私の隣には、夏に一緒に焼き鳥を焼いた4人のひとりがいた。
収支報告では、焼きそば、焼き鳥(これがいちばん大きい金額だった)、フランクフルト、ホットドッグ、かき氷、ポップコーン、チューハイ缶飲料、生ビール、ヨーヨー、玩具、他、合計630000円、収支125000円、の黒字であった・・が・・・何故か生ビールだけがマイナス11000の赤字計上だったのです。
「何で生ビールがマイナスなのか役員の間で問題になってまして・・・」
ヘンだな。居酒屋では生ビールが儲かる筈だが。
ははぁん、私は思った。自家消費で飲んだに決まってる。
(私は配られた缶ビールは飲み放題でしたが、生ビールは模擬店で買いましたよ。)
「マイナスになるくらいなら、来年は生ビール止めたらどうかって厳しい意見も出てるんですよね」
私が発言するまでもなく「生ビールは夏の風物詩でしょう」「やらない手はないと思いますが」という意見が出ていたよ。チームメンバーは私以外はお祭り好きばかりで、他の町内のお祭りにもでかけたりしているらしいが、生ビールなんてのは何処のお祭りでも主催者側が飲んじゃってるそうである。
チームの意見としては何故赤字になったかわからないが、メンバー全員が「夏に生ビールは欠かせないでしょう来年も必ずやりましょう」という意見であった。
委員長も、「Totalで収支が黒字なのだから」で押し切るそうである。

他、フランクフルト、ホットドッグを増やそうとか、仕込の時間帯とか。会館内の厨房は婆さん連中の賄いチームで占拠され、焼きそば部隊は外でキャベツ切ったりしたそうである。そういうチーム同士の年齢的、キャリア的な力関係もあるらしい。
初参加の私は殆ど黙っていたが、焼き鳥についての反省点を聞かれた。
「焼いてる最中に途中で気が緩んだというか意識がトンじゃったんですよね。ハッと我に返ったら黒く燻したようになっちゃって」
問題は、最大で20分待った客がいたこと。
「焼き鳥屋と違って注文が入ってから焼くのではなく焼きっ放しでしたが、3尺(1尺は30cm)の焼き場が2本、2尺が1本だから2.4m、そこを5人で焼いて20分も待たせたとなると、焼き場と人を増やすしかないのかな。お客は焼き鳥屋の間隔で来るから、やはり焼き鳥で最長20分は待ち過ぎかな」
5人いたといってもそれは頭数です。終始5人全員が立ちっ放しで焼いてた訳ではない。
焼き場と人数を増やす?来年は今年の5人を増員して6人にするとか。
こりゃ「来年も自分は焼き鳥を焼きます」と言ったようなものだな。

私は上大岡の店を思い浮かべた。店は注文が入ってから焼きます。冷凍肉ではなく生肉です。冷凍肉は出さないので焼いたことがないそうです。
あの店の焼き場は2尺が横2列、前後に2列だから2.4m、横に並べたらウチラとほぼ同じ長さの筈だが。生肉と冷凍肉の違いだろうか。
私は納涼祭以降、焼き鳥を焼く視点が変わり、食べるだけでなく焼き方も見るようになった。
祭の写真を店に見せた後で、ジュニアから、
「いちどこっち側に立って焼いてみませんか?」、
マスターからも、「今と同じ給料は出せないけど」
半分冗談だと思いますけど。退職したら考えるかも知れない。

来場者の中には私の作務衣姿を見て、「今年はプロを呼んだのかって言われましたよ」
内心でニンマリした。初めて焼いたのに。

次に秋祭りの打ち合わせに移ったが納涼祭ほど大掛かりではない。開催時間も朝の9時~午後1時までだし。私を含めた町内会の班長は主に販売担当です。
何を売るのか。配られた分担表を見たら、
地元野菜の即売、郊外なのでまだまだ畑があるのです。
苗木の販売
豚汁の前日下ごしらえ、豚汁調理、豚汁販売
模擬店は主にウチらのチームがやる。お祭りには欠かせない焼きそば、調理と販売。
ポップコーン、ブレンドコーヒー、スイートポテト(って何?)
模擬店は、餅つき、豚汁、焼きそば。。。
そして。。。サンマ???
そこに私の名前があったのである。
私がサンマを焼くんですか?
私ひとりではない。もうひとり、隣にいる夏に焼き鳥を焼いた旦那と。

そして竹トンボ、輪投げゲーム、太鼓パフォーマンス、最後にゴミステーションとある。夏もそうだったがゴミ捨て場とは表現しない。分別です。
分担表には町内会の班の番号が既に記入されていた。私の班番号はサンマに記載されていたのです。
ホントに焼くのか。私は餅を付いたこともないし、秋刀魚も焼いたことない。食べたことしかないぞ。

分担については納涼祭同様に得手不得手で決めたのではなく、委員長が言うには、
「納涼祭の時は各班の番号を上から順に振ったんです。今度もそれでやるとまた同じ班の班長さんが下の方に書いてあるゴミステーション担当になっちゃうので。昨年言われたんですよ。何でアタシばっかりゴミ担当なのって。だから今回は各班の番号を下から振ったんです。だから〇〇さん(私のこと)の場合、夏に作務衣着て焼き鳥を焼いたから今回はサンマにした訳じゃないですよ」
ああ、そうなの。私が焼き鳥に振られたのはたまたまだったのね。
「サンマは何で焼くんです?網?」
「炭火で網です。隣の〇〇さんとお願いします」
隣の〇〇さんは夏に一緒に焼き鳥を焼いた4人のうちのひとりで昨年経験済みだと。
私はサンマなんて焼いたことないよ。家だってイワシは出るけどサンマは出ない。ジャン妻がオーブンですら焼こうとしないんです。細長いから焼き難いって。
サンマの価格が厳しいという。ご存じのように近年のサンマ漁獲量は激減している。前日にならないと仕入れ値がわからないし、当日の売値も決まらない。
数は100匹だって。「昨年より増やしました」昨年は80匹だったそうです。

サンマねぇ。私はサンマよりイワシの方が好みだけどね。
サンマ最後に食べたのはこの店で。
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http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-11-18-1
この時は刺身、焼き、ナメロウと3匹喰らったんだっけ。骨は揚げてもらったし。
店を出る頃には「サンマ、ヤマです」になってたからね。
こないだ行った時「今年はサンマが高いので出せなかったんですよ」と言ってた。

「別にサンマに拘らなくてもいいのでは?」という意見も出ましたね。トウモロコシとか。
サンマは既に日本の秋の風物詩ともいえなくなっている。数千匹を無料で振る舞う宮城県気仙沼の祭りも今年は確保の見通しが立たず中止になったからね。
サンマは100%天然です。何処かで養殖されてるって話は聞いたことない。
サンマの漁獲数が激減したのは温暖化でサンマの回遊ルートが変化したからですよ。北海道近の海水まで暖かくなってしまい、漁場が東方の沖合へ遠ざかってしまった。日本のサンマ漁は小型船なので遠方まで行けない。漁場が遠ざかれば遠ざかるほど厳しくなる。
排他的経済水域、これをEEZというそうですが、そこは公海なので、近年では冷凍設備や加工工場も備えたデカい外国漁船が堂々とサンマ漁をしている。
それらは輸送船に積み替えられ、漁船そのものは港に戻る必要がないので、サンマにくっついていって回遊コースの変化にも対応できる。
外国船の漁を指を咥えて見ているくらいなら、日本も大型船を繰り出して獲って来たらいいのにと私は思うのだが。
今更ながら日本政府はサンマの資源管理を大義名分に諸外国に働きかけたが同意が得られる訳がない。外国漁船にサンマが奪われると危機感をあおるような報道もあったが、サンマは国際資源であって、日本に漁獲の優先権があるわけではないです。
結局サンマを焼くことに満場一致で決まった。焼き鳥の次はサンマか。また作務衣でやろうと決めているが、焼き鳥と違ってニオイが付くだろうな。前掛けか何かを用意した方がいいのかなと思った。

焼きそばを担当する若い男性から仕込の場所の問題が出た。夏は仕込みからして当日テントの中でキャベツを切ったりしていたのである。開園時間が迫る中で慌ただしいこと。
会館には厨房もありますが、その厨房には婆さん連中で組んだ賄チームが仕切っているのです。その人たちは主に高齢者のお宅の訪問配食、ケアセンターへの配達、地域イベントに提供する等の活動をしています。婆さんチームのリーダーはhttp://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-08-26の記事で紙花を作った時に、先に帰ろうとした女性に向かって「アナタ終わったのなら帰らないでまだできてないところを手伝ってあげてよ」と大きい声を張り上げたあの婆さんです。そんな婆さん連中が割烹着を来て厨房を占拠して包丁なんぞを持ってると鼻息が荒いじゃないですか。私なんかがウロついてたら「ホラ、じゃまだから出てって」と言われかねない。
婆さんたちは前日から米を研ぎ豚汁の下準備をするのだが、その方たちとの調整にならず「焼きそばのキャベツぐらい外で切れるでしょ」のような剣幕だったらしいよ。
こっち側のメンバーのが年齢若いので折れた感はある。キャベツ切るくらいは前日にやってもいいとは思いますが、そういう微妙な力関係があるのがわかった。

餅つきのつき手とこねるのは男性ですが、餅を形作って仕上げて、これはきな粉、アンコ、辛い何か、そういうのを餅に塗るのもその婆さんチームなのです。
餅米を蒸すのは当日に行う。当日に見てたらその蒸し場にも厨房の婆さんがしゃしゃり出てきてあれこれ口を出してたね。
最近は餅米を蒸す、つく、形作る、切る必要なんてないじゃないですか。切った餅がパックで売ってるんだから。昔ながらの婆さんが強い訳ですよ。
「餅つきは男性にお願いしようと思いますが、この班の番号だけだと男性か女性かわからないんですよね。次回の定例会で確認しますが、もし女性だったら男性に替わって貰うかも知れない」
私はイヤだな。右肩が上がらないし。寒くなってくると痛むし。
やったことないけどサンマを焼いてみようと決めた。

乾きもの、料理ひと品でささやかな打ち上げになった。
私の歓迎会?というわけでもないらしい。紹介されたけど。「初参加で焼き鳥焼いて後片付けまで来てくれたのでチームに誘いました」って。
他の人を例に出して悪いですが、http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-08-26で、私の斜め前にいた何処かの班長さん(婆さん)が手伝いを渋ってグズグズ言うとったのを自分が受けたので、「あ、声をかけよう」となったそうである。
私以外に新規で1名参加者がいたが、それは前から声をかけてたんだって。あの納涼祭を見て声をかけたのは私だけだそうである。
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ウチの町内は昔からいる南部と新興住宅の北部に分れていて、委員長が言うには「〇〇さん(私のこと)とこは北の外れなので、昨年までは神輿も通らなかった気の毒な場所だったんですよ」
メンバーはこの地に長くいた人が多い。先代の頃の話とか、山を切り開く前や道路が拡張する前とか、どこそこの学校の卒業ですとか。
新参者の私は他から越して来たと思われていた。実は地元の隣町出身で、幼稚園、小学校、中学校、高校も地元なのです。今住んでる場所が新興住宅地なだけです。
「あまりこういう集まりに積極的な家はないですね」
そう言う自分も昨年までそうだったけどね。
私の隣にいた焼き鳥旦那(今度は一緒にサンマを)が言うには、
「自分はこっちに越してきて知り合いがいないんで、こういうのにカミさんともども参加したってもあるんですよね」
カミさんともども?
ジャン妻にチーム参加を持ちかけたら「会計だったらいいけど。やってる人いるんでしょ」とのことであった。
他には近所のアンちゃんのバイクを噴かす音がうるさいとか。他の町内会との比較とか。
過去には町内会同士の吸収合併のようなものもあったらしいね。

委員長がふと私に振るには、
「〇〇さん(私のこと)今日はお仕事で?」
「いや。家からですが」
「ああそうですか。おひとりだけスーツだから。そういえば普段の定例会の時もスーツですよね」
ああ、そういうことか。定例会ではスーツというか、ノーネクタイでジャケット姿です。
「自分、カジュアル持ってないんですよ」
「ええっ!!」
私は下駄箱を指して、
「運動靴も持ってないんです。あそこにある革靴しかないので」
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「焼き鳥の時に着てた作務衣は?」
「あれは普段着です。4着あるうちのボロ」
「もしかしてお家でもスーツでいるとか?」
これには私も笑ったが「家ではあの作務衣ですよ。普段着。スポーツ嫌いだからジャージも持ってないし、ジーンズなんかもう30年着用していませんな」
「では今回も・・・」
「そうですねぇ。いよいよとなったらカジュアル買いに行かなきゃならないかなぁ」
別の女性が「ユニクロ近くにあるじゃないですか」
「ユニクロにっても自分が着たいと思う服が無いんですよ。あ、自分、アウトドア苦手なんです。BBQとかも苦手だし」
アウトドア全般が苦手で、殆ど嫌いに近いといっていい。お祭りみたいに人がたくさんいるところも苦手です。大群衆に囲まれたら逆上するかも。
「そういうの得意そうに見えますけど」
「全然苦手。ビヤガーデンよりビヤホール、BBQより焼肉屋に行きますね。炭火だって起こしたことないし。あの時に(納涼祭)この方(右隣を指す)に教わって初めて焼いたんですから」
「焼くお姿だけ似合ってる?」
「そうかもしれないです。外見だけです」
私の発言に「何だろうこの人は?」のような視線も感じた。変わった旦那だと思われたかも。委員長も内心では誘う人選を間違えたと思ってりゃしないだろうね。
振られたからにはマジメにやりますよ。今回も。

だが、この店で言われたんです。
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ジュニアにこう言われた。
「自分たちもサンマはあまり出さないですが。止めといた方が。。。」
ジュニアが言いたいことはわかるよ。素人がサンマ焼くのはキケンだというのであろ。それも外での炭火だからね。
だがそう言われても自分には停める権限などない。この場では言わないでおいた。
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敬老御祝と赤い羽 [町内会人間ドラマ]

こんにちは。ジャン(船山史家)です。
いつもご覧くださりありがとうございます。
私は例年12月はテンションマックスです。忙しいのとイベント(飲み、出張他)が多いから。
自分なりに「今年1年頑張った」「やり遂げた」を自己満足的に実感できる月でもあります。実際はたいしたことやってないですけどね。
本当の意味でのBlogはイコール日記ですから、その日に起きたことを書きとめるのでしょうけど。私の場合は幾つかのカテゴリー記事をかなりストックしています。イベントが多い月なので12月はBlogネタが貯まるのです。
ストックした記事の中にあるラーメン屋さんやランチネタなんてのは来年以降にUpしても構わないのですが、こういう記事は年内にUpしないと旬が過ぎてしまうものがあるのです。例えば3日前にUpした克&梅ふくの記事は当初は別々だったのですが、もう大晦日まで残り日数が無くなって来たので急遽2つ記事を合体させてひとつ記事にしたのですよ。
既に12月の年末ですが、もうとっくに終わってるし、ツマんないかも知れないけど年内にUpしないとお蔵入りになってしまうので。
「この時期はタイヘンなんだよ」
「・・・」(ジャン妻)
「Upする順番に気を遣うんだ」
「・・・」

さて、本題です。
ジャン家の最寄駅に着いたら、町内会の役員クラスで会計担当の女性と出逢った。傍らに息子さん?を連れている。
「ああ、どうもです」と声をかけたが、会計さんは私を知らないかのように首を傾げてる。
「町内会の会計さん?」
「ええ、そうですけど」
まだ怪訝そうである。私は班の番号と名前を名乗った。「〇〇班の〇〇ですよ」
「あ!」
目を見開かれた。
「焼き鳥を焼かれてましたよね」
あの夏祭りの焼き鳥は印象に残ったようです。私の風貌と作務衣姿のせいで「今年は焼き鳥屋さんを呼んだんですか」とまで言われたからね。
この会計さんは、町内会費、赤十字募金、祭りの際の釣り銭配布、売り上げ金の回収、そしてもうすぐやらなきゃならない赤い羽根の募金(もう済みました)の集計役なので、総会での発言も少なくない。
私は町内会の役員たちは日々会館に集って町内会活動ばかりしている連中と思い込んでいてそれを何処か覚めた目で見ていたが、今、会計さんは息子さんを連れて歩き、手には買い物袋を持っていて、私の呼びかけに反応が遅くいつもの切れが無かったのは、それはそれ(町内会)、今はこれ(主婦、お母さん)とカオを使い分けているからで、その時は主婦、お母さんバージョンだったらしい。
そこへ私が無粋に声をかけたから町内会モードに切り替わるのに若干ロスタイムがあったようである。連中だって年柄年中365日ずっと町内会の人間ではないのである。
無遠慮な声掛けをしたかなと後で思ったが、挨拶したこと自体は別に悪いことではない。別の日、今度は出勤途中の朝に最寄駅の近くで出逢った。自転車に乗っていた。
「ああ、どうもです」
「こんにちは、へぇ、普段はそういうかっこなんですね」
そういうカッコ?
黒スーツに柄ネクタイだから普通のカッコ、いでたちだよ。手には黒いカバン。
「これでも都内まで通勤してるんですよ」
「毎日ご苦労様ですねぇ」
会計さんは自転車に乗っていたから、お勤めは地元近所らしいと見た。

走り去る会計さんを見送りながら、
そういえば。。。
まだチーム招集の呼び出しが来ないな。

夏の納涼祭でカジュアル私服を持ってない私は初日は紺色、2日めは黒色の作務衣姿で焼き鳥を2日連続、頭数5名で3600本焼いて、祭り明けの月曜は会社を休んで後片付けも手伝った。そしたら2日の祭り開始前に実行委員長から地元チーム(有志)参加勧誘のチラシ、連中が言うところの「赤紙」を受け取った。
私はその赤紙に記載されていたアドレスにメールで参加OKの旨を返信しているが、これでも都内に通勤する会社員で出張が多いこと、参加できる時は参加すること、10月は社でデカいヤマがある為多忙で体育祭に参加できないこと、秋祭りには参加すること、多忙な理由も明記した。
私は今年1年は地元の班長でもあるので、班長の条件として納涼祭は全員参加、体育祭か秋祭りどちらか参加、私は秋祭りに挙手している。体育祭を避けたのは、私は運動神経が悪く、下手に選手にさせられてアキレス健でも切ったら日々の業務に支障をきたすから遠慮して秋祭りにしたの。

チーム参加OKをメールしたが、その後の招集連絡が来ない。
その間、9月と10月に定例会があって、私は欠席することなく皆勤している。
私は30人いる班長の中では最前列の席に居座っているので、目の前に赤紙くれた委員長がいるのでコソコソっと聞いてみた。
「そういえば、その後どうなりました?」
「後でメールしますから」
ということは、私が参加する旨は承知しておるということか。
でもそれきり連絡が来ない。
9月の夜に.jpg
町内会に参加するようになって半年経ったが、定例会開催の基本は月の第1土曜の19時半~と決まっていて、
「始まるの遅くない?」
定例会当日になるとジャン妻は必ず機嫌が悪くなる。定例会のせいで予定が入れられないからである。特に11月は世間で言うところの3連休なのに、お定まりのように19時30~開かれたのでオカンムリだった。
よく言われるのが「紀尾井に行けないじゃない」
静岡のオンボロ酒場・紀尾井は私らの中では重要な位置づけなのだが、これまで(土)に行ってBHに泊まって、翌日サッサと帰京するプチ旅ができなくなったのである。
「たまには欠席してもいいんじゃないの?」
勤勉な私に何を言うか。唆すんじゃない。
でも19時半から開始は確かに遅いね。誰か役員の中に19時まで商売している人でもいるのだろうか。
19時半に始まってきっかり1時間、20時半に終わればいい方で、議題数によっては21時になる。それから帰って晩飯だと「もう遅いから」という理由で品数が寂しくなる。
これがその一例。
少なっ.jpg
これだけです!!
1人前じゃないです。ジャン妻と2人前です。
これに酒が付きますけど。

(またそうやってアタシを悪者にする。。。)

参加を受諾したのにチーム招集の連絡が来ない。
おそらく平日ではないと見た。平日は勤めがあるからく(土)(日)(祝)であろうな。
私は別に平日でも構わないのだが。連絡が来ないので予定を入れるに入れられなくなった。その間に小さい祭りごとがあった。敬老の日に対象者(70歳以上)にお祝い品を配布するというもの。

敬老の日、これを未だに9月15日と思い込んで、その日が近づいてきたら、あるいは巷で敬老の日キャンペーンのような商戦が目に入るようになってから「おや?今年は違う日だね。15日じゃなんだ」と気付く人が少なくないようだが、確かに以前は9月15日だった。それがハッピーマンデー制度の導入で、月曜に祝日を設定して(日)(月)連休にしましょうということになり、9月の第3月曜日と設定された。今年(平成29年)は18日でしたね。
納涼祭直後の9月の定例会で各班の対象者リストを渡された。70歳以上の高齢者がウチの班には12名いた。世帯数20で12名だから少なくないと思う。

これは過去記事にも書きましたが、総務の女性役員さんが言うには、
「この方たちがお元気でいらっしゃるかどうかを確認していただきたいのです」
この方たち?12名の老人たちが元気でご存命か確認しろと?
微妙な依頼である。私はどう言って確認すればいいのかわからず、散会してからその総務の役員さんをフン掴まえて聞いています。「何て聞けばいいんですかね?」って。
「家に押し掛けて、お宅のお爺ちゃんお婆ちゃんまだ生きてますか?ってズバリ聞いちゃってもねぇ」
「う~ん」
「ご存命中ですよねって言っちゃって、玄関口から当人に聞こえちゃったら・・・」
「う~ん」
「家にいればいいんですか?寝たきりでも?施設に入ってたら?」
「う~ん」

ちょっと話が逸れます。
私はこれでも医療在宅に関わっていた時期があるのです。
内服薬のお届けは有資格者がやっていたが、後から追加で衛生材料のようなもの、例えばガーゼとかは届けていたのです。
今でも言われるネタが2つあって、ひとつは足立区のお家にフレーバー(服薬しやすいように味が付いている)を自転車で届けに行ったら、家人に新聞勧誘員と間違えられて追い返されたことがある。
都内の広尾の集合住宅にお住まいだった独居の老人宅、ヘルパーさんが来る時間帯を狙ってガーゼを届けに行ったらその晩にその老人が死んじゃって、翌日「何をやらかしたんですか?」「上がり込んで何かやったんですか?」「その風貌でショック死させたとか」笑えないが半分マジで責められたことがある。
話を戻します。高齢者のいるお宅を訪問する、様子をうかがう(ここでいう調査)には相応に気を遣うものなのです。だって身内でも親戚でもないのだから。
私の考え過ぎかも知れないが、介護に疲れた身内の方が出て来られたらどうしようとも考えた。

話を戻そう。結局、敬老対象者の調査のやり方について明確な答えは得られなかった。めんどくさくなった私は調査をしないで配られた12人のリストを「これでOKです」と言い切った。お祝い品が足りなくなるよりいいし、各家々を訪って失礼な質問するよりはお祝い品をあげちゃった方がいいと短絡的に考えたのである。

その後で言い渡されたのが、
「お祝い品をお渡ししますので、次の土曜日、朝9時~11時の間にここ(会館)へいらして下さい」
会場から、えぇ~っていう声が上がった。今日いきなり「次の土曜の9時にまた来い」ったって、その日に用事がある人はどうすんだ?
この辺りが計画性年がない出たとこ勝負というか。(土)は朝から家にいて当たり前とでも思っているのかね。
俗世を引退したご高齢の役員さんたちと違って、会場にいる若い班長たち、特に男性は現役なんだよ。
「次の土曜日、ご都合が悪い方はいらっしゃいますか?」とは言ってましたがね。数人が手を挙げてた。
何で次の土曜日なのかというと、おそらく当日の朝か前日にそのブツがまとめて届くのではないか。まさかナマモノじゃないでしょうねぇ。
この事前告知が無いまま目的の日をいきなり当月の何処かにいきなり設定するやり方は、11月の防災避難訓練でも同様だった。

その「取りに来てください」の土曜日、どうせ朝からお祝い品を取りに家を出なきゃならないなら、そのままジャン妻を連れて本牧の大将でも行くかとくるまを出したんですよ。
くるまで正解でした。行ったら見知ってる役員さんが2人いた。フロアを見たら御祝品の入った段ボール箱が山積みされていたのです。
歩きで持って帰れる大きさギリギリ。せめて自転車でないと。世帯数や対象者が多いところは1回で持って帰れないのではないか。雨降ったらどうすんのさ。
「ハイ御苦労さまです。何班でしたっけ?」
「〇〇班の〇〇です」
ひと箱渡された。
はこ.jpg
軽かった。中身は何だろう?
「中に人数分入ってますのでなるべく早くお配りください」
人数分とは70歳以上の対象者分ですよ。
「ちなみに中身は何です?紅白の饅頭にしちゃぁ軽いようだが・・・」
「海苔です」
「のり!!」
だから軽いんだ。
「紅白の饅頭じゃないんだ」
「過去に饅頭を配った時もあったのですが。O157とか、衛生上よくないんで」
「O157ねぇ」
「というか、賞味期限の問題ですよ」
「年寄りが饅頭を喉に詰まらせても困るし・・・」のようにも言っとったな。
私はその箱を抱えてくるまに持ち帰った。
「何それ?」(ジャン妻)
「見てのとおりだよ」
トランクに放り込んだ。
本牧の大将へ向かう車中でブツクサこぼしたら、
「あの大きさだと、世帯数の多い班とか、女性の班長さんなんかは1回じゃ運べないんじゃない?」
「そういう説明は無かったな。くるまで良かったよ。事前に言ってくれりゃいいものを。そういう辺り細かい配慮が無いというか・・・」
大きさはこれくらい、重さはこれくらい、世帯数によっては手で持ち替えるのは無理かもですよの事前説明無しだから、来て「えっ??」ビックリした人もいたと思う。
くるまで来てよかった。そのまま本牧までくるまを走らせ大将の朝ラーへ。
大将ではいつもの海苔マシだから笑えるよね。これから海苔配るのにさ。

大将か帰って来てお祝いダンボールを開封したら、出て来たのはこんな小さくて軽い箱物だった。
海苔らしい.jpg
そりゃ海苔だからね。
海苔なんかでも喜ばれるものだろうか。私は別に海苔なんか貰ってもウレしかないけど。
あまりセンスがあるとはいえないね。海苔とかお茶とかって通夜葬式で持たされたりしませんか。弔事が続くと普段は食べもしないのにやたらと海苔やお茶っ葉の缶がたまるんだよね。
そういうのを敬老に配るだろうか。喜ばれるとは思えないな。

この小箱の海苔を預かった今日(土)と明日(日)にできるだけ配ってしまうことにした。誰かしら不在でも敬老の日を過ぎたら体裁が悪いのでせめて当日までには。
その日の夕方から各家々に配った。小さいとはいえ箱物なので、月々の配布物のようにポストに入れる訳にはいかないし入りゃしないよ。
1軒1軒訪うのです。名簿を見ながら12世帯を順に廻った。ピンポン鳴らして家人が出て来られたら対象者の名前を挙げて、
「こちらにお住まいの〇〇さんに町内会から敬老の日の御祝をお持ちしました」
それを愛想よく繰り返した。
対象者当人が出て来られたらカオの筋肉だけで目いっぱい愛想笑いを作り、
「おめでとうございます。これからもお元気でいてくださいね」・・・
自分でもよく言えるなぁと思ったよ。身内でも親戚でも友達でも何でもないのにね。
「心にも無い台詞言えるじゃないか俺って」誰も誉めてもくれないし自分でヘンに感心したりもした。敬老精神なんて殆どない私は、自社の顧問や相談役、監査役のジジイどもに「老害めら。いつまで社にのさばってんだ」いつもそう思ってるし公言してはばからないのにさ。

各家々を回ってみて、
「もう他界しました」は無かった。
「施設に入って・・・」も無かった。同居してた。
「入院しています」も無かったね。
自分らが越して来た時は元気だったのに、久々にお会いしてみて「足腰が弱くなられたなぁ」「随分とお痩せになったなぁ。ご病気ではないか」と思ったりした。昨年まで町内の誰々に無関心だったから改めて驚いたのである。「この家にお年寄りがいたんだ」と認識させられる。最初から「いたんだ」ではなく、歳月の経過とともに老境に差し掛かったのだ。

配布対象者の中に「この家はご高齢者のひとり暮らしなんだ」そう気付かされたお宅が1軒あった。
それまで知らなかった。おひとりでご高齢だから班長を固辞されたという話を聞いたことがあるがこの家かな?
そういう方こそ俗世に関わった方がいいと思うのだが。
時々回覧板が玄関前に置きっ放しになっている家なのですよ。
処理済~置きっ放し.jpg
海苔を嬉しそうに受け取ってくれたが、このお宅は不在のケースが多いのです。
この後の記事でまた取り上げますが。それまで気にも留めなかった私である。

しばらくお会いしていないうちに随分と高齢者が増えたと思った。これからも年々増えていくんだろうな。
自分もいつかはそうなるのだろうか。今はこうして配っているが、いつの日か受け取る側になるのだろうか。
考えないことにした。
配布してると1箱1箱減っていく。順調順調と思いきや。。。
配ってる後半にオカシなことに気が付いた。
12世帯の対象者のうち、2人の名前が見当たらないのである。
表札と回覧板の名前を照らし合わせてもどうしても見当たらない。名前そのものがなくて全く違った名前が2名だけ残ってしまった。
その2名は表札と違うだけで誰かと同居しているのだろうか。例えば、嫁いで姓名が変わった娘さんの家に転がり込んでるとか。
写真名簿の右に私の殴り書きで?マークが付いているのがそれです。
名簿.jpg
オカシイな。
ひとりで考えても時間の無駄なので、昨年班長を努め上げて春に私に引き継いだ方も敬老対象者だったので訪いを問うてお祝いをお渡しながら「この方とこの方、何処の家にお住まいかご存じでしょうか?」と聞くハメになってしまった。今更である。
返って来た答えは、
「この人はもういないよ。どこかに引っ越された後でそこのAさん(仮名)が引っ越して来たんだからさ。もうひとりは・・・俺も知らないなぁ。去年もいなかったなぁ」
シマッタ。。。
総務に言われた調べを怠り「全員いますよ」といい加減な返事をしたもんだから、名簿の中にあっても今は不在の方、2人分、海苔が2つ余ってしまったのである。
でも「去年もいなかったなぁ」だって?
アナタ昨年のうちに会の総務へ報告しなかったのかな。

「どーするのこの海苔は」
「・・・」
どうしようもない。ウチだって海苔なんか普段食べない。海苔だけ食べてもしょーがないからね。
「お義母さんとこに持ってく?」
「あの家には海苔なんか腐るほどあるよ」
返すに返せずそのままになっている。いずれ賞味期限が切れるに違いない。
上大岡の焼き鳥屋でも持ってって、焼きお握りの海苔にでも使ってもらおうかと考えた。

以上が9月。
10月の定例会で、また難儀な役目が振り当てられた。赤い羽根の共同募金である。
4月5月の町内会費納入プラス赤十字募金から半年後、今度は赤い羽募金の時期がやってきた。
20年前に班長経験あるジャン妻に聞いたら、
「確かやったよアタシも」
「どうだった?」
「淡々と・・・」
「じゃぁ駅や街角で募金活動したことなんてある?」
「あるわけないじゃん。何に使われるかどうかわからないそんなのにお金払いたくない」
「私だって数回あるのに」
「アナタの場合は単にうるさかったから黙らせる為にやったんでしょう」
赤い羽根2.jpg
赤い羽とは何か?
そう聞かれたら、お金を寄付して先っちょに針が付いた赤い羽のイメージを思い浮かべるだろう。
私も子供の頃に指先にチクッと刺さって痛かったのを記憶している。子供の頃から手先が不器用だったので、学帽に刺そうとして失敗した記憶ですよ。子供の頃に、刺さる、痛む、そういう記憶は忘れないものなのだ。

真面目に書くと、毎年10月1日~12月31日の間、各市町村の共同募金支部を経由して、町内会(自治会)や学校や企業で募金を募る活動ですよ。募金をすると、協力者の証として赤い羽をくれるあれです。
これは都道府県毎に行われ、社会福祉法人である共同募金会が組織されている。共同募金会の事務局は、社会福祉協議会の事務局が兼務しているケースが多いそうである。
募金をとりまとめる総本部が社会福祉法人中央共同募金会、これは霞ヶ関にある。
集めた募金は何に使われるのか。
多くが社会福祉協議会に配分され、高齢者や障害者を対象に福祉関係に使われるか、災害支援準備金や、子育て支援活動に使われている・・・らしい・・・。例えば車椅子の育成費とか。

この運動がスタートしたのは昭和22年(1947年)からだそうです。その頃から寄付した証として鶏の赤い羽、現物ではなく赤く着色した羽を貰えるから赤い羽共同募金と呼ばれている。
発祥はアメリカで、日本に導入された最初は戦後のGHQの指示だった。
何で赤なのかはわからない。白い羽やクジャクの羽ではダメなのか。

赤い羽募金の説明は会計さんからあった。私が退勤して家の最寄駅の近くの路上と出勤時と2回バッタリ出会った女性である。
路上で出逢った時は町内会役員の気が抜けてその辺にいる普通のオバさんだった。役員風を吹かせているのは町内会館にいる時だけで、そこを一歩抜けたら家庭人に戻るので役員の気が失せる。だからダークスーツ姿の私が声をかけてもすぐに誰だかわからなかったそうである。
その会計さんは、「次回の定例会までに各家々を廻って募金を募ってください。金額を聞かれたらひとくち350円ぐらいとお話してください。任意です強制ではありません・・・」・・・のような説明だったと思う。春先に行った会費&赤十字募金と同じうようなアナウンスであった。
350円という半端な金額で私は若干苦労することになる。
領収書、募金封筒、そして赤い羽を渡された。羽は昔のように針ではなくシールになっていた。
「昔と違って痛くならないようになっています」

これは募金封筒です。これにお金を入れるの。
表.jpg裏.jpg

この募金封筒を町内会の集金袋に入れて納金するのです。
納入袋.jpg
これが領収書。神奈川県共同募金会となっていますね。やはり都道府県毎なのです。
領収書.jpg
年末たすけ合い寄付金と書いてありますね。年末(歳末)助け合い、海外助け合い、これらも各地域主体で行われている募金活動の一環かと思います。
で、言葉尻を捉えて揚げ足取る訳じゃないですが、気になったのが、「各家々の方もわかってらっしゃると思いますので・・・」
これは各家々を廻って徴収するというイヤな感情を和らげる為に言ったんだろうね。「戸建の家をお持ちな家庭が多い地域ですから、そこにお住まいの方も1度は皆さんと同じく班長をされてますし、こういう募金活動に携わっているから徴収しやすいと思いますよ~」と言ってるようなものです。

前回赤十字募金の時はあまり書かなかったですが。今回は私見を述べさせていただきますよ。
私は今年自ら各家々を廻ってみて、赤十字も赤い羽根も、どちらも強制募金としか言いようがないと思うようになって来た。
私も医療業界にいるので福祉活動は否定しないが、趣旨はともかくその徴収のやり方についてです。駅のコンコースなんかでその一団が、「ご協力お願いしまぁす」と大きい声を張り上げてたりする。駅で幼気な子供らに嬌声張り上げさせるのもどうかと思うが、そこには募金するしないはこちらの意志で決められる。だが地域の自治会に戸別募金と称して強制集金のようにさせるのは如何なものだろうかと。

「共同募金は寄附者の自発的な協力を基礎とするものでなければならない」
これは社会福祉法116条です。第1章第1条から第12章134条まである。検索するとかなり下の方、後半に出てきますよ。
「自発的な協力」と謳っています。でもただ待っていても金は集まらないので、集める側の手段として町内会・自治会が利用されているのです。
もちろんウチの町内会でも、「募金は強制ではなく任意です」と謳っているが、近所の町内会・自治会の人が玄関まで集金に来たらなかなか断れないですよね。

赤十字の時も述べましたが、私は募金団体を否定しているのではないです。赤十字だったら赤十字の人がやればいい。赤い羽根だって赤い羽根を主催する団体がやればいい。
何で私ら町内会班長がそんなのをやらなきゃならないのか。
社会福祉法人中央共同募金会総本部が各都道府県に役目を振り分け、都道府県のお役人が人が多くて手っ取り早く金が集まる学校、企業、そして町内会自治会に委ねる、代行させる、私ら町内会や班長がそれをやらされている構図なのです。
だから会の役員さんも内心の本音の部分で、「???」が点っているかも知れない。でも集めなきゃ活動にならないし、集める側は効率化しようとするじゃないですか。だから定例会の場で、「各家々を廻ってご協力をお願いしてください」と言っているのです。それをやらせているのをたどっていけば、社会福祉法人中央共同募金会総本部にたどり着くのです。

班長や当番制による戸別の募金を止めて、寄付したい人が自ら持参する方法なら任意性があって良いと思うがそれだと総額がこれまでよりは減るでしょう。だからひとくち350円なんて相場、目安があるのではないか。
この350円という数字ですが昨年も同額だったらしい。では何を根拠にそうなったのかというと、募金組合がだいたいそれぐらいと言っていたというのです。
350円に各班の家々や世帯数を掛け算して、いいとこ7割ぐらいは集まるでしょう、のような予想金額は弾いている筈です。でなけりゃ350円なんて言うわけない。こうなると目標額の提示になる。目標額というか、予想される額ですね。募金は任意の主旨から外れかねないというか既に外れていますよね。
「金額を決めないとわからないんだろうけど、そうやって金額を決めた時点でアウトなんじゃないの?」(ジャン妻)
私もそう思う。「幾らでも構いません」にすべきではないか。協力を呼びかけて賛同を得られる範囲(任意)で自由に協力していただくべき募金を、断りにくい町内会の集金にすり替えて無理やり強制するやり方は如何なものかと。
自発的な参加であるべき募金活動精神に反するのではないだろうか。

(班長や当番が戸別募金に回るのが困難だという理由で、何処かの地域で事前に町内会費に共同募金等への寄付金の分を上乗せして徴収したケースがあるそうですが、これは違法の判決が出たそうです。)

集める側の会計さんが、「各家々の方もわかってらっしゃると思いますので・・・」・・・そう言うのは会計さんも、募金活動は本来は自発的、任意的な寄付である筈ですが、町内会自治会を使った強制徴収のように歪められているのがわかっているのです。こうした地域関係にちゃっかり乗っかって金を集めているのだから。
会計さんだって役員を下りていち市民、家庭人に戻ったら「???」なんだと思う。

でもやらなきゃならない。町内会費&赤十字の時は「各家々を廻ります」の挨拶文を回覧板に入れちゃったので、回覧板が全戸に回る前に「徴収に来たわね」と言われたこともあったので、今回は各家々に個別に投函したのです。
投函したらしたで、「回覧板が来る前に徴収に来たわね」の婆さんがウチに来て、私の挨拶文について、「これってウチのポストに投函されてたけど回覧板じゃなくていいの?」と物言いをつけてきたのには笑えたよ。
「だって前回、回覧版に入れたら全部の家を廻る前に私が集金に来たってアナタが仰ったじゃないですか。回覧板だと全戸数廻るのに時間がかかるので、今回は1軒1軒投函したんですよ」
「アラそうでしたか。オホホホ」
ジャン妻は、そんなことをわざわざ言いに来たのかややムッとしていたが、私は班長就任以来、至って地域では穏やかな表情をするようにしている。

せっかく来たんだから言い返しましたよ。「いつ頃行きますから」って。
「今日じゃなくていいの?」
「まだ50円玉の釣り銭が用意できてないんです」
「50円?去年もそうだったかしら。中途半端な金額ねぇ」
中途半端?だったら400円でもいいですよと言いかけたが止めた。でもメンドかったのがひとくち350円という半端な金額です。50円玉を用意しないといけない。
町内会費&赤十字の時は、年間会費400/1ヶ月×12ヶ月分=4800円、プラス赤十字募金を一口200円でお願い口調で、「プラス200円で御賛同いただければお願いします」と言いながら、キリのいい数字、5000円で集めたので案外と楽だったのですが、今回のひとくち350円を目安となると、釣り銭50円玉をある程度は用意しなけりゃならない。
壮年期の男性が日頃50円玉なんて多く所持しているわけないじゃないか。現在の消費税率では5円玉はまだしも50円玉はそう多く流通しないです。
その為に50円玉を集め行動をせざるを得なかった。だけど50円の釣り銭が戻って来る商品って意外と無いんですよ。
ランチでもそれほど食べたくないものなのに、50円玉欲しさの為だけに950円を狙ったりしたものです。でもそれは税抜だったので50円玉をGETできなかったり。
レジで「50円玉でくれ」って言ったこともある。いきつけの店でそういう要求すると怪訝にみられる。
50円玉欲しさに単価の安いものを買わなきゃならない。野菜とか。文具とか。そうやって集めたの。

で、各家々を廻る訳ですが。10月の(土)(日)って雨日が多かったじゃないですか。総選挙日の台風とか。活発な秋雨前線とか大雨とか。
10月第1土曜の定例会で募金の話が出て、翌週末は伊豆八幡野さらの木に行って、それ以降の(土)(日)が殆ど天気が悪かった。そんな風雨の強い日に廻りたくなんかない。
だけどグズグズしてたら次の定例会の11月が来てしまうので10月半ば以降の平日に廻ったんです。
だけど平日に廻るということは、会社を退勤してからか家に近いこっち方面で直帰して服を着替えないでそのままダークスーツ姿で各家々を廻るということ。
そんなカッコで各家々を廻ったらどんな反応されるか。下手したら何かの集金、勧誘かと思われかねない。
早くても夕方以降です。10月は早い時間からもう薄暗く、各家々の玄関なんか街燈ついてない家が多く、足元からして暗く、時間帯からして遅いので家人が不在だったりして、春の会費徴収以上に時間がかかった。
薄暗い最中、普段あまり顔を合せない家人が出てくる。そこにアヤしいスーツ姿の私が立っているわけですよ。
「あ、あの、何か・・・」
「そこの○○です。町内会の募金のお願いに来ました。会社帰りなのでこんなカッコしてますがアヤしい勧誘や集金ではありません」
で、会計さんに言われたとおりにお願いする訳ですよ。
「350円でいいのですね。お釣りあります?」
「ございます」と言って50円玉を含めて、100円玉4枚で支払われたら50円、100円玉5枚かワンコインだったら150円、1000円で払われたとしたら650円と心構えをしておくわけですよ。
さすがに5千円札や1万円札で支払われた家は無かったね。もちろんきっちり350円で支払ってくれた家もありましたよ。そして領収書を渡す手順です。

だけど陽が落ちたばかりの時間帯なので暗い。目も慣れていない。釣り銭を取り出す際も手許が暗い。うっかり落としてしまって拾うのにも難渋した。斜面に建てた家は階段もあるのでそこで落としたらもうタイヘンです。
ある家では勉強していた中学生のボクが出てきて、
「今、お母さんいません」
「あ、そう。そこの○○が町内会の募金で来たって言っといて」
中学生とはいえ、ご両親の留守中に強制的に集金する訳にいかない。恐喝と誤解されかねない。
お母さんから後日集金しましたが、その時は、「お母さんが不在なんだったらアブないから出て来るんじゃないよ」と言いたかったね。

あるママさんにハッキリ言われた。「これって強制ですか?」って。
「いえ、任意です」って返したら、
「でも玄関にまで来られたら断れないですよね・・・」
そのママさんも班長を経験されてるし、私の家に徴収に来たこともあるんだけどね。
「・・・って言われた」
「そりゃそうだうよ。金額の多可じゃない。たかが数百円の為に家に来られちゃぁね」(ジャン妻)
部屋に灯が点いてるのに、赤い羽の気配を察したか、時期的にその筋の募金と見抜かれたか、出て来なかった家もあったです。
50円玉が無かったのか、350円という設定金額に納得されなかったのか、「300円でいい?」という家もあった。
「いいですよ」と言うしかないじゃないですか。任意なんだから。
だが今回全戸数は廻りきれなかった。不在なのかいても出て来なかったのかはわからないが、未徴収以前に訪問できなかった家々が3軒ほどあったのです。
1軒だけ300円で他はALL350円ずつ徴収しました。2000円を超える寄付金は税制優遇が受けられるというがそんな家はいないよ。
私ですか?内緒です。それらを町内会費&赤十字募金の時と同様にキリのいい金種で纏めて納めるのです。
11月定例会で納金している風景です。
処理済~集計中.jpg
12月、年内最後の定例会で募金総額の発表もあった。金額は伏せますが。
だが秋祭りの豚汁の行列でもまだこんなことしてましたからね。
まだやってる.jpg
区の職員さんもついて幟を持って廻ってた。足りなかったのだろうか。目標額に達しなかったとか。
「まだやってやがんのかと思ったよ」
「でもこれが本来の活動じゃない?各家々を廻るよりは。家に来られちゃったらさ」(ジャン妻)
ああ、そうかも知れない。
「アナタはそうい寄付に抵抗ないみたいね。払う側でも集める側でも」
「そうじゃない。集めさせているヤツに抵抗あるだけだ」
「ああそうか。実際廻っている人じゃなくってその上ね
「何でそんなことを聞く?」
「楽しそうにやってるからさ」
「愚痴るよりネタにしちゃえ、だよ」

募金活動を終えて安堵して、家の隅に何か赤いのが落ちていた。
何だこれは?
赤い羽根1.jpg
あ、羽を渡すの忘れた!!
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文鎮を磨く(少し加筆) [町内会人間ドラマ]

祭りが終わった。
焼き鳥と共に燃え尽きた夏。焼き終えた満足感と虚脱感。
何だか腰が痛い。別に重たいものを持ったワケではないのに、ずっと立ちっ放しだと腰に来るんですね。
大船のマスターが腰を痛めて長いこと店に出ていないのを思い出した。いつも腰を庇うような動きで、焼く時は座って焼いてましたからね。
上大岡のマスターや若い衆は腰に来てないのかな。そのマスター曰く「屈んだり、前に傾斜すると来るんだよ。自分はこうやって(背筋をシャンとする)焼いてるから」だそうです。
しばらく焼き鳥は見たくない気分でもある。特に塩は見たくない。タレなら何とかなるかも。

納涼会で何をするかhttp://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-08-26の記事で、私の斜め前にいた何処かの班長(お婆さん)が、納涼祭開催当日の(土)(日)とも仕事で出られないと実行委員長に申しでたところ、委員長は全部の班長に公平を期す方針なので、「(土)(日)は了承するから、(月)の片付けだけでも来れませんか?」と持ちかけていた。
私も会社員なので週初めの(月)は出勤です。唯でさえ直行直帰が多い私は○長から、「月曜の朝礼は出るようにお願いします」と注意されているし。
納涼会のポスターを取りにいった時、私はそこで役員会をしていた委員長に、
「月曜の後片付けって人数足りてます?」
「まぁ何とか。足りない分はこっちでやるしかないのですが」
「自分来ますよ。この間どっかの班長さんで、開催当日(土)(日)がダメで、(月)もアヤしいとかってお婆さんがいましたよね。何かグズグズ言うとったし」
「大丈夫ですか?」
「会社は自分なんか一人いなくても何とでもなります」
と受けてしまったのですよ。事前に有休取りました。半休でもよかったのだが、1日有休にしました。

ジャン妻は私が後片付けまで手を挙げたのには何も言わなかった。
「半日じゃなくて1日にしたら?」
「・・・」
「そういう汚れ仕事して、午後から仕事に行きたくないでしょ」
確かにそうである。定例会終了時間の遅さや、プチ遠出がし難くなったのはブゥブゥ言いよるが、私が地元のこういう集まりに参加するのはイヤじゃないみたい。
もしかしたら引退後の先を見据えてるのだろうか。

自分が片付けに名乗り出た手前、前日に例の赤紙・招集令状を貰ったのもあるので、納涼会の打ち上げで「明日の片付け何時からでしたっけ?」と聞いたら「8時にお願いします」
「は、はちじ??」
声が裏返った。9時かと思ったが。
「大丈夫ですか?」
「ええ、まぁ」
自分は通常出勤の日は家を7時45分に出ているので、8時に会場に来るのは全然大丈夫なのですが。朝寝坊できるだろうという期待は甘かったようで。
祭りの後.jpg
行ったら既に櫓は撤去されていた。地元の土建屋さんの社員が時間外早朝に来て撤去したそうである。
2夜共に頑張った先達たちは私以外の4人のうち2人が来ていた。

昨夜のゴミが異臭を放ってる。
これは事業ゴミで出すのだろうか。まさか家庭ゴミかな。
このゴミがサッと纏まっているのは、昨日書いたように何処かの班長さんが担当したゴミ仕訳窓口のお蔭というものです。
ゴミ.jpg

焼き場の跡地には油のニオイが残ってる。
地面には焦げた油汚れのカスが散乱していた。
祭りってのは終わってしまうと汚いものなんですね。
館内では婦人部が料理場を片付けていた。
私らはテントを片付け、長テーブルを片付け、掃除、ゴミを纏め、すぐ終わるだろうと思ってたら、意外にめんどくさくて労力と根気の要る作業を託された。
焼き鳥が載っかってた長くて黒い文鎮を磨く作業です。
焼く4.jpg
この長い文鎮に乗っかってた焼き鳥の油汚れ、焦げ、煤がドス黒くなっている。そのカスが盛り上がったようにこびりつき、固まっているんです。それを削ぎ落すのです。
その場にそれほど強力な洗剤やタワシ(金属のタワシは切れて混入する危険がある)が無く、ヘラで削り落とすしかなかった。
汚れをおとす1.jpg
ゴソゴシガリガリ削ったが、なかなかスパッと小気味よく落ちない。削っても削っても後から後からドス黒い炭?カス?が出て来る。
水で濡らすとヘドロのようになる。
ガリガリガリガリ、ゴシゴシゴシゴシ、屈んで磨いてたら手の甲、手首、腰が痛くなってきた。
焼き場は3尺が2本、2尺が1本あって、それぞれ文鎮が2本ずつ載っていたから計6本、足すと16尺、1尺×30Cm×16=480Cm、4.8mの文鎮を削った。磨いた。
ガリガリ削って「もういいだろう」と思って手を止めて、一呼吸してから文鎮を見ると、まだまだこびりついてるのがわかるんです。「まだだめだ」と思い直して再度、磨きなおすのです。
先達たちも汚れに妥協しない。彼らは焼き器本体を磨いていた。水をつけると中の石が割れるので乾拭きです。
磨く1.jpg
ガリガリゴシゴシ削りながら、時折汗を拭いて周囲を見渡すと、片付けに参加している連中は役員以外にも数名いたがお年寄りばかりで、威勢がいいが、イキがったお爺さんたち。大きいものは片付けていたが、こういう細かい汚れ仕事はしないですね。
私は有休だが、平日の月曜に皆さんここに集まれるってことは、普段は何をされてるんだろう。
「自営業じゃない?」(ジャン妻)
「他には?」
「ご隠居さんかも」
思い切って「お仕事何されてるんですか?」とも聞いてみたのね。こういうイベントに参加できる環境にいる方々ということはわかったよ。

ガリガリ削る。1本、2本、3本、4本、残りあと2本か。これは何かの試練か苦行か。妥協しちゃダメ。自分に負けちゃダメ。自分との勝負です。もういいやこれでと思った段階でまだダメなんです。
何かの苦行みたいだが、先達に対しても、他の人に対しても、ここで自分がいい加減なことやって投げ出しちゃったら地元で信用されない。
「初日2日ともそうでしたが、焼き鳥部隊って結局は残業になるんですね」と言ったら笑ってたけどね。
1時間半かかった。私はBBQは素人同然なので、そっち方面に詳しい方がいれば、もっと楽に後清掃できる道具を知ってるのだろうけど。

まさか自分の息子が焼き鳥を焼いていると思わなかったジャン母に後で言われたのは、
「焼くのタイヘンだったでしょ。でも楽しかったのでは?」
「その時々ではね。焼くのもタイヘンだけど、片付けで磨くのがタイヘンだった」
「ウチでは私がBBQ嫌いだから、家の庭でもそういうのやったことないもんねぇ」
御嬢様育ちのジャン母は、お外でBBQというスタイルを好まない。
「踊ってた写真、皆に配るから写真屋へ行って現像してきてよ」
「・・・」
ジャン実家を出たら、近所の家の柵が黒で、焼き鳥を載せた文鎮そっくりに見えたりする。気持ち悪くなってきた。
フェンス1.jpgフェンス2.jpg
横浜市営地下鉄の車内に路線と駅が表示されている。
何故これが焼き鳥に見えるんだ.jpg
横に伸びた普通電車と快速電車の線はあるでしょう。
その上に駅名が縦書きで表示されているのですが、横線が文鎮で、縦書きの駅名が串焼きのネタに見えてしまった。

これは先日、焼き鳥を焼きましたよの報告がてら行った上大岡のいつもの店ですが、この店は60cmの文鎮が前後に4本並んでいました。
文鎮が4本.jpg
店はオーダーが入ったら焼くので、手がが空いてる時もあるのですが、こっちはただ在庫を全部捌く為にひたすら焼きまくったので、相当な油汚れですよ。

ようやく終えて、文鎮と焼き器を箱に詰め、倉庫に保管して施錠して完了。
「お疲れ様でした」と全員にアイスが配られた。
自分はアイス食べないので固辞した。そういえば昨夜もアイス食べませんでしたねとも言われた。
「じゃぁアイス食べないならこれを。こっちの方がいいかな」と出してくれたのが、麒麟淡麗のグリーンラベルかプラチナダブルだったと思います。
あまり後味がよくないですね。何のイロもついていない普通の淡麗の方が美味しいです。
余った発泡酒や缶ビールを数本貰った。これが今日の手間賃代わり。
片付け2.jpg

焼き方5人.jpg
2夜終結したが、これから明日からはまたそれぞれの日常に戻っていく。
ともに焼いたメンバーたちとはそれきりで今日まで会う機会がないが、もし自分が赤紙招集に応じるなら、また年内、秋のお祭りか何かで会えるでしょう。
さぁ、赤紙招集に返事をしないと。
(この項終わり)
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焼き鳥を焼く [町内会人間ドラマ]

初日の15時に行ったらヒマで手持無沙汰だったので、2日めは「16時に行けばいいや」家でゴロゴロしていたら、午後1時過ぎに遠くから神輿の掛け声とホイッスルが聞こえてきた。
神輿は10時からスタートして4人の警察官立ち会いのもとで決められたコースを回っているらしい。(交通事情によりコースの変更も有るそうです。)
神輿の担ぎ手も募集してたが私は遠慮した。私は体力ないし、それに参加したら脱水症か熱中症になっちまう。夕方からの焼き場に備えないといけない。
それでも神輿がやってくる気配。
「ウチの前に来る?」(ジャン妻)
「来ると思う」
少しずつ近づいてくる。見えた神輿の先頭には、昨夜、私に焼き鳥の焼き方を教えてくれた4人のひとりの旦那がいた。ということは、その旦那は朝から夜までブッ通しになるのか。
処理済~神輿がきた.jpg
皆さん汗だくである。
「水撒いてよ~」
「あ、水ね」
思い出した。定例会で、「御神輿がお宅の前を通ったら遠慮なく水を撒いてください」と言われたんだった。
ホースを用意する間が無いので私はジャン妻に「ボウル2個に水を汲んで撒いてくれ」
「撒くの?かけるの?」
「そう」
「水を撒いていいの?」
・・・(苛々)・・・
このオンナの悪いクセが出たよ。質問はいいから、やれって言ったことをやって欲しい。
結果、後部に僅かにかけた程度だった。
「じゃぁ後でまた」
先達は頷いた。誰もいない閑静な住宅地で、誰も見ていないストリートを神輿が去っていく。

炭火を起こす.jpg
炭火をくべる.jpg
3時間後。。。
昨夜の焼き場、私以外の4人のうち、1人がいて炭を起こしてた。
さっきの神輿を先導してた旦那はいなかった。
炭火を起こすのを初めて手掛けた。アウトドアやBBQが苦手な私は炭火なんて起こしたことないのです。

BBQ?

あ、そういえば。。。
今日は昨年に続いて上州の社員たちのBBQ大会だった。
私にもお誘いがきたが「地元のお祭りで行けない」と返事済み。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-08-23
また昨年同様、要領や段取りの悪い展開になったに違いない。

今日も暑そう。神輿を先導してた旦那は少し遅れて来場された。一旦家に戻って爆睡したそうです。休まないと朝から夜まで通しになってしまう。
神輿を担いだ担がないで、この2日間のお疲れ様番付が上下するような雰囲気でもある。
触れ太鼓が鳴り始めたら、総務か経理から、「模擬店の皆様、お釣銭が用意できましたので、取りにきてください」
釣り銭が配布された。今がチャンス。私は焼き場の先達に、「ちょっと腹ごしらえしてきます」と断って焼き場を飛び出した。
小銭をジャラジャラ出して、
「焼きそば2つと生ビール」
釣り銭が用意された早々「待ってました」とばかりに押し掛けたので売り子は面食らったようである。「誰この人?」のような目で見られた。最初の客をよく見りゃ町内会内部の人間じゃないかという視線である。
こっちは暑い、熱い、煙い、目が痛い、労働環境が最も劣悪な焼き鳥部隊だぜ。(新参者ですが。)何か文句あるかという気分もある。やはり祭りというのは気が荒く高揚するものなのだ。
自治会の館内には来賓がいる。来賓と普通客、係員との区分けはきちっとしているので、私は生ビールと焼きそばパック2つを抱えて会場の隅っこに行った。
まだ誰もいないテントの中で生ビールと焼きそばをガッツいた。誰かに何か誰何されたら、「焼き場の者だけど」って言うさ。
でも誰も誰何しなかった。
焼きそば1.jpg
焼きそば2.jpg
焼きそば3.jpg
だけど味が薄いな。
麺がブツブツ切れちゃうんですよ。上州のドロドロした焼きそばに比べたら。。。
申し訳ないけど、永井商店、克、ふくろうの方が断然美味しい。

人が集まって来たので急いで喰って焼き場に戻る。
「今日はどれくらい(焼き鳥)入った?」
委員長が数えた箱数は昨日とほぼ同じ量だったと思う。
「そんなに焼くのかよ」
「捌けるかな」
「こりゃ来年から人増やさないと」
先達たちはブツクサ。その在庫の中に、昨日と違う種類の箱があった。業務用スーパーから急遽購入したネギマで、開封したらサイズが小さいのです。小さいのに無理やり串(細いのではなく、竹串のようなもの)を刺してあった。
「身が小さいですね」
「うん。それに完全に凍ってるな・・・」
「冷蔵庫の中にあるからそれも持ってきて貰えます?」
了解した私は自治会館の冷房が効いた台所に飛び込み、そこで来賓用の調理の仕分けをしていた婦人部の女性(オバさん、バアさん)の合間をぬって冷蔵庫を開けた。
焼き鳥ストックが数箱あった。それだけではなく、オードブルの盛り合わせが数皿あったのである。
鯛の刺身も。薄造りだった。
何だこのご馳走は?
私は鼻白んだ。オードブルや刺身を、執行役員さんの打ち上げパーティー用の肴だと思い込んだのである。
もしくは来賓か。だったら私も来年は来賓になろうかな、な~んて思った。
出来あいのお惣菜だが、焼き鳥以外の料理に涎が出そうになった。

今日も焼くぞ.jpg
今日も盛況.jpg
焼きが始まっている。昨日の5人が揃ったのは17時過ぎ。昨日の今日なので息も合ってきた。誰かが外すと誰かがそこに入る。焼きながら背後で焚く炭火の様子も見る。
初日は焼くので手一杯だったが、2日めになるといろいろ見えてきた。炭火を焚いて焼き場に移すのですが、移した炭の火が強かったり、デカい塊のままだと一気に焼き上がってしまう。
炭火を砕いてなるべく均等な高さに揃えた方がいいのがわかったが上手くいかない。砕いた時に炭が舞い上がったり、風が吹いて煙に燻され、焼き鳥が黒くなっちまうのです。
「あ~あ、こりゃ黒くなっちまったな」
黒い箇所は焦げたり燻されったり炭が付着したり。小さい焦げだったらハサミでチョイチョイ切って出す。
ヘタクソな仕込みもあった。根本の肉が切れてビロ~ンとなっているのである。それもハサミで切る。
切り過ぎて身が小さくなってしまい、賄に回されたり。
焼き鳥を待つ行列が長くなってきた。
焼く2.jpg
焼く3.jpg
今夜は自分の写真は撮らなかった。彼らを撮っている時の私は背後で炭をおこし、白くなって安定した炭を焼き場へ移したりしている時。
暑い。熱い。煙い。高温多湿の環境といっていい。
昨日もそうしたが、途中で何回か水をアタマから被りました。
焼き鳥屋には厚生労働省からの熱中症対策の指導はないのかよ。製造業ならあるよそういうの。精錬、鋳造、滅菌、無菌、発酵等の工程とかそういう場所は安全衛生面の対策で、長袖の作業着、ヘルメット、安全靴、マスク、帽子、長靴を着用義務化される。
現場には通気性がない工場と、通気性があって軽装OKの焼き場と、どっちが暑いだろうか。
体温上昇が加速される。背後にあるクーラーボックスの缶ビール、発泡酒で体内を冷やした。
でも水分補給や休憩の指示が徹底されていても、結局は作業者自身の判断に委ねられるのだと思う。
管理者が作業者をムチ打ったりしないが、全員の状態を把握するのは難しい。
この焼き場で、ひとりひとりの腕にセンサーを巻き付けたらどういう数値が弾きだされるだろうか。昨日は飛ばしたが、今日はあまり無理をしないことにした。

2日目なので、昨日のメンバーとさすがに打ち解けてきた。
家が何処とか、普段は何をしているとか。
先達は先のイベントまで見据えていて、
「秋にはサンマを焼きますから」
「え?サンマ?」
網で焼くそうである。
私は焼いたことない。客に調理させる居酒屋にも行かないし。上手く焼けるのだろうか。
薄暮.jpg
盆踊りも始まった。
まだ踊る人数は少ないが、お馴染の音頭が繰り返し流れている。
誰でも踊りに参加できる盆踊り。広場の中央に立った櫓の周囲を回りながら、録音された音頭に合わせて踊る。
炭坑節、東京音頭(大東京音頭)、アラレちゃん音頭、交通安全音頭。。。
いずれも、ドドン、ド、ドン、カタカッタ、の調子が繰り返される。櫓の上で太鼓を叩いているのは成人と子供。
「アナタは太鼓叩かないの?」(ジャン妻)
「私がリズム感が悪いのを知ってそう言うか」
私はリズム音痴で、セッションしても曲の最後に他人より早く弾いてしまうところがある。だから参加しなかった。
焼くのに手いっぱいでそれどころじゃねぇ。
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熱い。暑い。煙い。
焼きながら音頭に合わせて口ずさむことで多少気が紛れるのだが、曲の合間に煙に燻されて集中力が途切れたので、無理しないで後方に引いた。
そしたら公道に、警備なのか誘導なのか、長老たちが数人、赤く光る棒(工事現場などで手に持つ光るヤツ)を持っていた。
彼らはそこにいるだけで何もしないのです。談笑しているかウロついてるかだけ。差し入れの日本酒飲んでるヤツもいたね。ビールはまだしも日本酒なんか飲んだら係にならないんじゃないか。
連中はその辺りを走り回るこどもたちを誰何、注意すらしないんです。会館の本丸にセッティングされたマイクから「子供さんが走り回って踊りの輪を乱さないでくださいようお願いします」のアナウンスが流れているが、会場の外、一般の住宅地の前の公道を走り回る子供は捨て置いたままです。
そしたら広場に接する家々の車庫の前に、衣服、リュック、水鉄砲がブッ散らかっていた。
子供たちの年長者がそこに座っていた。何処かの長女、次女らしい。
私は人様の家の前にブッ散らかったものを指して言った。
「こりゃ何だ?」
「・・・」
「誰のだ?君らのか?」
「いえ・・」
「散らかしたままでいいのか。こりゃぁ他人の家の前だぞ」
「・・・ハイ・・・」
「近隣から苦情が出たら、来年から祭りができなくなっちまうぜ」
長女と次女は慌てて立ち上がり、弟たちを叱咤しながら片付けていた。子供相手に凄んでもしょうがないのだが、誰も注意しないからですよ。
だけどまてよ。その子供らが持ってた水鉄砲や水は何処で手に入れたんだ?離れたところに模擬店があり、そこでヨーヨーを売っていた。顔見知りの班長さんがいたのでイヤミを言ってやった。
「涼しいですねここ」
「そっち(焼き場)熱いでしょ?」
「熱いなんてモンじゃないですよ。熱い煙い目が痛い腰が痛いです」
「頑張ってね」
顔見知りの班長さんは内輪でパタパタ仰ぎながら子供らの相手をしている。

そろそろ17時になる。
もうすぐゲストがやってくる。それは70歳~80歳~の婆さん連中のフラダンス軍団。その中にジャン母がいるのです。
私はジャン母と毎週(日)は特に用事が無い限り一緒に買い物に行くのですが、昨日今日は、「納涼祭を手伝うから行けないよ」と言ってあった。
そしたらジャン母が、「アタシも出るんだけど」
「出る?何に?」
「フラダンス」
「え??」
ジャン母は地元のフラのチームに入っている。納涼祭に出て踊るんだと。私は背筋が寒くなった。過去に見たくもない不気味な舞を見せられたことがある。
「来るの?」
「夕方から。5時半からだったかな。ちゃんと皆さんにご挨拶するんですよ」
挨拶はするけど。
「控室に来てご挨拶に来なさい。あ、でも着替えてるところに来られてもね」
控室は冷凍焼き鳥が積んであった2階の部屋らしい。でもそこへ行って婆さんどもが衣装に着替えてたらどーするんだ。

こっちは何の因果か焼き鳥焼いて煙と煤だらけになっているのだが、もうすぐこの会場で母子揃い踏みになる。
何時から踊るのか。そういう進行プログラムが配布されていないので、私は会長さんをフン捉まえて聞いたのです。
「今日ってフラあるんですか?」
「ありますよ。確か、5時・・・45分頃だったかな」
5時45分だと。こっちも佳境。顔出せるかどうか。
「そのチームにウチの母親がいるんで」
「あ、そうなの。じゃぁ見てってあげないと」
写真撮らないと後でウルサいので、焼き場の先達に、「母親がフラダンスチームの中に母親がいるんで」と言っておいた。
その不気味な(失礼)フラダンスチーム16名が現れたのは17時30分頃。会館の2階に着替えに上がっていく直前、ジャン母は焼き場で煙にまみれて焼き鳥を焼いている愚息を発見して目を見開いた。私は右手を挙げた。
数分後、平均年齢75歳(推定)のチームが赤や白の舞踏衣装に着替えて会場に現れた。
それまで繰り返し鳴っていた盆踊りの音頭が停止し、アナウンスで、「どこそこから参加された何とかフラダンスのキレイなおねいさん方です」
おねいさん?70~80の婆さんだぜ。
焼き場の先達のひとりが、「お母さんいるんじゃない?」
「いますよ。あ、手を挙げてやがる。写真撮れってか・・・」
「いいですよ行ってきてください」

その不気味な舞いがこれ。
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南国の舞いを4曲舞った後で、炭坑節の音頭で櫓の周囲を回ってるところ。
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フラダンスチームが私服に着替えて会場を後にする際、ひとりひとりに挨拶させられたよ。
「え?息子さんなの?」
「そうですよ」
表面上は作り笑いで「お世話になります」を繰り返した。
その後、チームは普段、自分たちが練習しているこことは別の場所の会場へ戻っていったが、ひとりだけ私も顔見知りのミニ婆さんが現れ、
「〇〇さん(ジャン母のこと)に息子さん何処?って聞いたら、焼き鳥焼いてるって。何で焼き鳥焼いてるのぉ?」
「何でって・・・成り行きで・・・」
このミニ婆さん、手に焼き鳥を1パック持っていた。買って下さったのだが、「お金取るんだ。無料(タダ)じゃないんだ」と言ったそうである。
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クライマックス2.jpg
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後半に突入した。
泣いても笑っても残り2時間弱である。
お客が並んでる。「まだ?」の視線を感じる。生焼けで出す訳にいかない。しっかり焼いて。
肉汁がジュワ~ッと染み出てきたらトレイに持って売り場へ回す。
私も他の4人も目がマジになり、口数が少なくなった。よく焼き鳥屋で頑固そうなオヤジが気難しいカオして焼いてるが、焼いてばかりいると軽口が叩けなくなるってのはホントなんだな。
私がひとこと、「しばらく焼き鳥は見たくなくなるかも・・・」・・・ボソッと言って誰かがニヤッと笑った程度。
焼く、焼く、焼く、何故焼くのか、お客が待ってるから?私はそういう使命感は薄いが、ネタはまだある。燃え尽きるまで焼くしかない。
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焼いてて焦がしたり、串が折れたり、肉が焼け落ちた残りは私らの賄になる。
焼き損ないとはいえ味は同じ。それを肴にクーラーボックスにあるキンキンに冷えた缶ビールか発泡酒を飲むのが唯一のガソリン補給。一度もWCに行くことなく全部汗で流れ落ちた。
私が飲んだ空き缶や串は、広場の隅にあるゴミ捨て場に持っていく。
そこにはゴミを分別して収納する係がいた。生ゴミ、アルミ(缶)、ペットボトル、他を仕分けるんです。
私は思った。
熱いったって、煙くたって、目が痛くたって、焼き鳥は華がある。
カッコいい。カッコ悪い訳がない。
自分なんかが焼いた素人串でも誰かが買って食べてくれるんだから。
焼いてる陰では、こういう花の無い、損な影のお役目もある訳で。
「熱そうですね。タイヘンでしょう」と言われたが、
「熱いですが、こちらもこういうお役目お疲れです。誰かがやんなきゃなんないし」
労いながら、自分の疲れを忘れた。
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この客の勢いがいっとき切れたのは抽選会の時。参加者全員が発表に聞き入っている。日本人てのは籤に弱いんだねぇ。
私は自分の抽選番号を捨てちゃったので、当たったのかハズレたのかわからない。クジ運が悪いからおそらく外れただろう。
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クライマックス5.jpg
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抽選会が終わり「残り3曲で今年終わりでぇ~す」でラストスパート突入。
踊りの輪が再び廻り出した。それまで焼き方も抽選会の発表へ聞き入ってたのだが、再び言葉を交わすことなく黙々と(煙モクモク、炭カッカ)最後の焼き鳥を焼いた。
焼かなきゃ終んないんだから。
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終盤.jpg
既に焼きそば、フランクフルト、生ビールは完売しているが焼き鳥は残りがまだあった。開封しちゃってるので全部焼き切らないといけない。
火焔が舞い上がる。炭の粉が飛ぶ。これが私の短い夏を彩う最後の炎(ホムラ)になる。
最後の1本が焼き終った瞬間を私は見ていない。ラスト3曲に突入する直前、2尺の焼き場に残り20本が並び、「後は自分ひとりでやりますから」と言われ、他の4人はその場を離れ、ひとりは炭火を壺に入れ(密閉して火を抑える)、私ともう2人は最後の踊りの輪へ入った。
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祭りが終わった。
「まぁた来年ここでよろしくおぉ願ぁいしまぁす~」委員長の叫びで終了した。
ああ、終わったか。何とかやり遂げたね。
ところが私らはそれで終わりじゃなくて、
「模擬店の方々~、この後で反省会をやりますんでぇ~、会館に入って下さい~」
反省会?
ミーティングか?どうせここまで来たんだから最後まで見届けようと会館内に上がったら、何のことはない。祭りの開催メンバーの打ち上げだった。
冷蔵庫にあったオードブル盛り合わせ、鯛の刺身、豚シャブサラダ、お寿司が出された。私が「役員連中の打ち上げの肴だな」と鼻白んだものに私も多少ありつけた。鶏の唐揚げにはさすがに食指がわかなかった。
崎陽軒のシウマイがあるぞ。
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群馬の時もそうだったし今でもそうなのだが、私は最初は警戒されて話しかけられない人なのです。なかなか輪に入っていけなかったが、途中から中年以上の女性陣に取り囲まれた。
花紙を作った日に、「早く終わったからってすぐ帰らないで、人数足りないとこのも手伝ってあげてよ」と誰かに喝を入れてた長老の婆さんがいた。
誰かがその長老に「フラの息子さんなんですってよ」
「お母さんフラにいたの?どの方」
私はⅰ-Phoneの画像を見せた。
「ああ、この方ね・・・」
長老がジャン母と知り合いなのかどうかわからない。
他の女性から「今年初めてですよね?何処の人?」
いろいろ聞かれた。差し障りの無い範囲で、自分の身上を明かすハメになった。
「暑かったでしょう」
「タイヘンだったでしょう」
「ずーっと2日間、立ちっ放しでしたからねぇ」
モテるな俺。そりゃ作務衣着て坊主頭で、2夜、焼き鳥完遂して目立たない訳ないしな。煙いし暑かったが、やはり焼き鳥焼くのってカッコいいし、華なのだなと思う。
「しばらく焼き鳥は見たくないですよ」の気分なので、薄っぺらな鯛の刺身が美味かったな。
「オードブル、お食べになります?」
「唐揚げはいいです。鶏肉はしばらくいい」
と話していたら、「焼き鳥の売上、18万〇千円で昨年を上回りました」
焼き鳥メンバー5人、目と目を併せてYeah!!
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散会前、焼き場の先達に、
「こういうのを渡されたんですが・・・」
「ああ、これね。赤紙ですよ。招集礼状」
実行委員長から渡された紙です。
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赤紙?
招集礼状?
それにはこうある。
「〇〇〇町内会では会を盛り上げ、サポートしていく組織、青年部のようなグループ、○○○チームがあります。
納涼祭や秋祭り、体育祭、それらの準備、町内パトロールなど、いろいろなイベントがありますが、その内、ワンポイント、1日だけしか参加できなくても構いません。
面倒な定例会もやりません。(打ち合わせ程度はあるらしい。)、忘年会とか新年会とか暑気払いとかはやります。
そんなチームで一緒に楽しみませんか?」
以下、連絡先が書いてあった。

やはりそうか。
今日のような催事は1年交替で嫌々やってる班長さんだけでできる訳がない。こういう陰の実働部隊がいたのである。神輿、焼きそば、私がいた焼き鳥の先達たちはそういうアブないメンバーだった。
「誘われましたね」
「う~ん、町内会って、嫌々迷惑そうに定例会に来てる班長たちだけじゃなくて、皆さんのような秘密結社?裏の実行部隊?で成り立ってるんですね」
先達はニヤニヤ笑ってた。
「前向きに考えます」
「〇〇さぁん(実行委員長)この人、もう少しでオチますよ~」

家でジャン妻に赤い紙を見せた。「こういうのを貰った」って。
「何でこういうのをくれたのかな」
「そりゃ他の班長達とはちょっと違うって思ったんでしょ」
「・・・」
(後片付け編に続く)
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焼き鳥を焼く [町内会人間ドラマ]

納涼祭晴れた.jpg
祭りの日がやってきた。
心配されていた台風5号が九州方面にコースを転じたので、夏場れ、快晴、暑い陽気。
「どんな服で行くの?」(ジャン妻)
このBlogをご覧になって下さる方は、私がカジュアルやアウトドア系の服装を持っていないのはご存じかと思いますが。
昨年の群馬BBQの衣装があったが止めた。家着、紺の作務衣でそのまま出かけたのです。下に黒のTシャツ着て、首にタオル撒いて。
「アタシは家にいていいんだよね」
「・・・適当に呼ぶかも知れない・・・」
会場に着いた。
でも皆、私の視線を避けるのは何故だ?
準備1.jpg
準備2.jpg
既に太鼓の櫓とテントは立てられていた。、
15時集合で30分はヒマだった。何するでもなく手持無沙汰。これだったら16時に来ればよかった。
その間、毎年やってる手慣れたメンバーが、生ビール、かき氷、ホットドッグ、焼きそば、焼き場を組み立てていく。はて?私なんか必要なのかな。
30分経過したら恰幅のいい委員長が、
「では各組の班長さんは模擬店の手伝いをお願いしま~す」
あ、そう。手伝いね。何をやろうか。
ところが誰も私に声をかけないのである。
他の班長さんには「かき氷やったことあります?」「生ビールってやったことあります?」と声掛けしてスカウトされていくのに、また私だけ無視された。
ツマんないの。
テントの隅に下がったらそこが焼き鳥の焼き場で先達が2人いた。(後から2人加わって私を含めて5人になった。)普段の定例会では見ない人たちである。実は彼らこそ、こういった町内催事の実働部隊、チーム要員だったのだのだが。
そこで初めて声がかかった。
「炭火を起こしておきますので、2階にある焼き鳥を持って来て貰えますか?」
ここでようやく私は焼き鳥部隊に編入されたのがわかった。
狭い階段の2階にあがったら、焼き鳥の箱がズラっと並んでいた。
冷凍の焼き鳥たち.jpg
STEAMED(スチーム)鶏もも肉串30g(業務用焼き鳥)が36箱。
1箱に50本の冷凍肉がパッケージされていた。
36箱×50=1800本である。串は刺してあって、もも肉とネギマの2種類。
この数が多いのか少ないのか、今日中にさばけるのかどうかこの時点ではわからない。
スチーム鶏もも.jpg
この焼き鳥冷凍パックの商品広告を後日ググッたら、
「こちらの商品は最初からスチーム加熱処理済みですので、解凍後、コゲ目が付く位の焼くだけで出来上がり。
タレや塩を付けてから電子レンジでも調理出来てしまうすぐれものです。
バイキング、夏祭り、納涼祭、学園祭、イベント、ビアガーデンなどに最適。
何といっても生焼けの心配がありません。
味は付いていませんので塩・タレ・辛味噌などお好みの調味が可能です。
長さ15cmの丸串を使用しています。
配送サイズは14kgになります。
笑っちゃったのが、「1本あたり@28.5円(税別)になります」
これをウチらは3本パックで200円(税込)で売るのですよ。
火を起こす.jpg
焼き鳥の入った箱を焼き場に下ろした私は、火を起こしてた先達にバカな質問をした。
「つくねとレバはないんですね」
「もも肉とネギマだけです。レバは焼き加減が難しいし」
「塩だけ?」
「タレもやったことあるんですが、焦げるんですよ」
やはり私以外の4人は毎年焼いてるらしい。先達たちが一箱を開けて呟いた。
「まだ凍ってるな」
「開けといて、自然解凍した方がいいんじゃないか」
私は幾つか開封した。その前に委員長から除菌スプレーを両手に塗るよう指示があり、軍手を装着した。
他の模擬店でも、焼きそば、フランクフルト、何かの揚げ物の準備されていく。
焼きそばは見た目にも味は薄そうである。これは明日、試食してやるつもり。
15時に触れ太鼓が響き、16時からパラパラ人が集まってきた。委員長から全員に景気づけの缶ビールや発泡酒が配布されて乾杯。気が付いたら私、焼き鳥を焼いてたんですよ。自然に身体が動いたの。
お客が来たから動いたのですが、役員さんたちは、私らが初参加だからって誰彼に気を遣うわけじゃないです。自分で動いて自分で率先してやらないといけない。
準備4.jpg
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黒い棒(文鎮というそうです)に油を塗ってズラーッと載せていく。一気に20本いきます。
焼き鳥は反面がカットされて平坦になっていた。後になってわかったのは、平坦な側を載せるとくっついちゃう。平坦でない凸側を載せると自然に剥がれるのがわかった。
味は塩だけです。塩を巻くのは丸くて小さい缶で穴が開いている。それを持って左右にバーッと撒いていく。
上大岡の店で、「焼き鶏は串の先に塩を多く巻いて、手前に沿って薄くしていく・・・」なんて芸当は手で塩を撒かないとできない。
焼き場は3尺(90Cm)が2台と2尺(60Cm)が1台、計5尺(150Cm)を5人で担当する。昨年は私以外の先達4人で焼いていたんだと思う。
「去年は2日で3000本でしたね」
3000本がどの規模なのかよくわからない私は頷くだけ。だがさっき私が数えた今日の本数は1800本だったから、明日と併せて昨年と同様の本数になりそうである。
「明日はどれくらい届くのかな・・・」
もう明日の心配をしている。衛生上今日の残りを明日に回す訳にはいかないからです。
背後で炭火を起こす。黒い炭が白くなったら安定した証拠。それを逐次追加していく。
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焼きながら思ったのだが。
(こういうのはどういう許可がいるのかな。)
模擬店とはいえ飲食を提供して商売するのだから許可が要る筈です。実際は許可というよりは認可で許可と認可は微妙に違うのですが、飲食関係の場合、私の公用先と課はほぼ同じで、医薬薬事と食品衛生の係の違いのようです。
6月から7月の初旬に窓口に行ったら隣で夏祭りの申請、相談をしている光景に出くわしたことがある。私は自分の業務申請の隣で「あくまで他で調理したものを売ってください」と説明しているのを聞いたことが何回かあります。調理は料理ではなく、調理イコール仕込みのこと。
そっち関係の書類にも興味あるのですが、そんな余計なことをこの場で口走ると役員さんからその方面の手伝いもお願いされそうだから言いませんでした。
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簡単に述べますが、半永久的に営業(許可更新が6年)する店舗と違って、納涼祭(夏祭り)はその時だけの一過性のイベントで、臨時営業の飲食店営業という。
認可は要るけど許可証は必要ないです。
これは家族や身内、関係者のバーベキューではなく、他からも不特定多数の人々が自由に参加できる臨時の行事を対象としています。
営利目的主体ではなく(もちろん金もとるんだけど)、出店地を所管する地方公共団体(市町村)、ここでは町内会自治体が関与する公共的な目的の行事に出店して食品の販売を行うというカタい名目。
その出店日数は原則として、1年に5日以下だそうです。
その公共的な行事とは。。。
住民祭。。。私が焼いてる納涼祭、盆踊り他、夏、秋、正月の餅つきとか。1年に5日だと残り3日ですね。体育祭と秋祭り、餅つきだったかな。
縁日。。。神社の参道や花見に出る露天、模擬店。
産業祭。。。宴会ではなく、会社が主催する会社内のイベント。
他、花火大会、歩行者天国など。

ではこれらで取扱うことのできる飲食品は何か。
私が調べたところ、煮る物(おでん、煮込み、豚汁、けんちん汁)、焼き物(焼き鳥、焼き貝、焼きイカ、焼き餃子、焼き魚)、粉もの(お好み焼き、タコ焼き、タコス)、麺類(焼きそば、即席のカップ麺)、揚げ物(フライドチキン、フライドポテト、唐揚げ)、他、フランクフルト、ホットドッグとか。
お酒は、ビール、日本酒、焼酎、ハイボール。
他、かき氷、清涼飲料水、甘酒、汁粉、コーヒー紅茶とか。
(綿飴他、菓子は割愛します。)
ざっくり言うと火が通ってないとNGなのです。刺身や寿司を取り扱うことはできない。
仕込みもその場所で行うことはできない。鶏肉をカットして串に刺す行為はダメなのです。焼いたり煮たり炒めたりはOKですが、それ以前の作業はできないわけよ。それは営業許可が出ている施設で行うしかない。
私が焼いてるのは鶏肉やネギに串が刺さった状態でスチーム加熱された冷凍品の焼き鳥で、焼き場では先達が「これって一旦茹でたのを冷凍してるんだろうな・・・」と呟いていた。
私は上大岡の店とは違うんだなって思った。あれはボロい店とはいえ、半永久的にそこで営業する飲食店だから許可証まで要るわけですよ。

この催事、営業許可(許可証)は不要だが認可された証は当然要ります。認可されるには事前相談が必須で、いきなり申請してもその場では認可されないと思う。
事前に食品衛生担当に相談し、取扱う食品や、施設等(図面)を提示して説明するのです。
毎年のことなので、多少はあーだこーだ言われるにせよ認可はされますよ。認可する方向で指導するのが保健所の職員さんなのです。
だからこうして開催できてる訳ですが、届出した書類のコピーに保健所の収受員(受理印)を受けるのです。その写しを出店施設の見やすいところに掲示するのがルールらしいがそれは見当たらなかった。
保健所のホンネは、この時期の開催に注意喚起を訴え、食中毒者を出したくないのである。でも祭りそのものを否定できない。日本人の根付いた伝統だからでしょう。
そういえば警察官が2人いましたね。警察官は翌日の神輿も交通整理を兼ねて付き添っていましたが。この場にいるのは火を使うからでしょうか。
警察官も私が焼いた焼き鳥を食べたのかな。
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既に私の焼いた焼き鳥もお客に流れているのです。焼き具合は見てチェックするのですが、中から肉汁がジュワ~ッと出たら大丈夫のようだが、
「焼けたかどうか自分で食べてみてっください」
食べてみた。おっ、自分で言うのも何だがいい加減です。
「これ食べてみて」
先達が焼いたのを試食してみたら塩がやや強い。
「強めかな・・・」
「ああやはりね」
「でも私らはこれでいいかも」
熱いので汗が出るから塩加減がやや強めになるのは否めない。
「味が薄いよりゃいいんじゃない」
焼き初めてすぐは、自分なんかが焼いた焼き鳥で大丈夫かなと思ったが、食べてるウチに大丈夫だと肚が据わるものです。
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これは売り場に渡すところ。焼けた串は売り場に運ばれます。
これを3本パックにして容器に入れて、ワゴムで閉じて売るんです。先にも述べましたが、これ1本あたり@28.5円なので、3本パック200円(税込)で売るのは高いのか安いのか相場なのか。
後でジャン妻との会話ですが、
「原価5割ってのは飲食店では高くないんじゃない?」
「そうかな」
「炭とかあるし」
小売りの経験がありますが、飲食業界ではないのでイマイチわからない。
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2種類、もも肉、ネギマ、お客にも好みがあって、2種類とはいえ焼くバランスも要求されるようになる。
やややっ、お客が混んで来たぞ。2梁くっつけたテントの中に焼き場と売り場は別にあって、煙が凄いので焼き場は奥で、売り場は広場の入口側なのです。並んでいるお客の注文に焼くのが追い付かなくなってきたのだ。
離れているのが幸いとはいえ、売り場のスタッフが「まだですか?」と言いたそうにこっちをじーっと見てるの。その向こうにはお客が「まだかよぉ」という表情をしてる。
おそらく入り場のスタッフは「もう少々お待ちください」と宥めてるのだと思う。
焼き場の先達のひとりが「これだと足りないな。来年は焼くスペースと人を増やさないと」
もう来年のことを考えてるのか。今はそう思っても来年になったら去年のことは忘れてるのではないか。喉元過ぎれば焼いてる熱さを忘れるというか。
お客は待ってる。スタッフはまだかという表情でこっちを見てる。だがこっちは生焼けで出す訳にはいかない。出せるかなと思いきや「もうちょっと焼こうか・・・」ってストップがかかった。
「生はよくないから・・・」
20本同時に並べるので、焼けるタイミングもほぼ同時です。
10本ずつズラした方がよかったかな。
10本ずつ、もも肉、ネギマ、それぞれ出せばよかったかな。
だが私は新参者なので口を挟まなかった。
だって焼くの初めてですから!!

(私はアウトドアが苦手で。BBQも嫌いだし。)

焼く男.jpg焼く男2.jpg
盛況です。どっからこんなに人が湧いてきたんだ。
盛況2.jpg
失敗しながら大分慣れてきた。
「皆さん普段、何処かの店で焼いてるんですか?」
以下先達たち。
「いやいや、そんなことないです。勤めてますよ」
「店が開いてたら今日この時間に来れないし」
「今日も勤めを終えてから来たんだから」
そしたら「アナタ(私のこと)は普段焼いてるんじゃないの?」って言われた。
「???」
「そのカッコ」
ああそうか。作務衣で来たから焼き場に回されたのである。

焼きながらその間に炭火を足していく。
炭が焼けてしまいそうな箇所は火が弱い。炭火を足した箇所は火が強い。手をかざして火の強い弱いを確認するんです。
火の強い場所、弱い場所と分けて串を移動したりもしてたが、客が混んで来たのでつい全部が強火になってしまう。できれば炭の高さを均等にしたいのだが。
上大岡の焼き場の前を「灰被り」という。その前でマスターやジュニアが炭を砕いてるのを思い出した。焼きあがって出した後にデカい炭を砕いたら灰が舞い上がった。

もちろん失敗もします。慣れて来ると失敗するものです。長い棒2本の上に串を置くのですが、焼く外枠と文鎮の隙間が開くとそこから炎が出て手許の串が焼けてしまう。
では文鎮を手前に引き寄せて間から炎が出るのを封じるとどうなるか。根本の肉だけ焼けなかったりする。先の肉は焦げてるのに。この加減が難しかったな。
こっちも焼くのは初心者だが、内心では上大岡のアド街9位仕込みだぜって思ってる。(食べる側、カウンターのこっち側だけど。)

暑い。。。
熱い。。。
煙い。。。
目が痛い。。。
風向きによっては煙が凄いの。煙が去ったと思ったら焦げてたりする。

焼き損ない.jpg飲み放題.jpg
これは焼き損ないです。
もったいないから私が食べました。焼き場ならではの余禄ですね。でもこれをカジりながらクーラーボックスから発泡酒を出して飲み放題なのがいい。
盆踊り1.jpg
既に盆踊りが始まっている。
そのリズムに合わせて焼きながら身体が左右に動く。同じ曲ばっかりだからね。口ずさんだり。
ところが盆踊りの曲の切れ間に私の集中力がフッと切れるんですよ。すると焦げるの。

5人でフル稼働ですが「途中で休憩してください」はないです。
誰かが焼き場を離れたら誰かが黙ってフォローするんです。その連携だけは合ってきた。
いつの間にか私もひとりで焼いていたりして。これはジャン妻が撮影した。
焼く男3.jpg焼く男4.jpg
WCに遠い私はWCにも行かず(行かなくとも汗で出た)休憩しなかったけど、途中でゴミを捨てにいくがてらちょっと外して、昨日行った上大岡の店にTELしたの。
席を差配するKさんが出て、
「おっ、〇〇さん、こんにちは」
「あのさ・・・」
「ハイ。どうされました?」
「昨日、明日町内の納涼祭で何か手伝わされるって言ったの覚えてる?」
「ハイ。今日お祭りですよね」
「焼き鳥焼いてるんだけど・・・」
「ええっ!!!」
「今日だけで1500本焼くんだよね」
「それ、おひとりでですか?」
「イヤイヤイヤイヤ、4人で1500本です」
後日行った時に聞いたら彼らは生肉しか焼いたことがないそうである。冷凍肉は焼いたことがないって。
残りを焼く.jpg
2種類売れるバランスが難しい。
その時々になって、ネギマが足りなくなったり、もも肉が足りなくなったり。これは最後までバラついた。
言えることは、今日開けた分は今日中に焼き切るしかないということ。
後半、フランクフルト、焼きそば、これらがヤマになったが、踊りが散会してお開きになる頃まで焼き鳥は稼動していた。
「余ったら廃棄するんですか?」
「いや、焼いてしまわないと。もう開封しちゃってますから。余ったら役員さんが食べるんじゃないかなぁ。ウチらは食べませんよ」
その気持ちは2日めの後半にわかった。だんだんと焼き鳥そのものを見たくなくなってきたのである。
終盤2.jpg
終盤に入ったところ。
お開きのタイミングとしては、委員長のマイク声で、
「踊り、残り3曲いきます」
これで「もうひと頑張りだ」と気を取り直すのですが、まだ1箱余っている。
もったいないので「焼き鳥まだ余ってるよぉ」っと私が真声を張り上げたら残りの分もサーッとさばけたものである。
初日終了.jpg
焼き鳥を焼く苦労が少しだけわかった。
ホントは焼くより串に刺す仕込みの方がタイヘンらしいが。
誰からともなく「明日またよろしくお願いします」の挨拶を交わして撤収です。ああ、明日も焼くのね私。
「明日はどれくらい(焼き鳥が)入るのかな」のような会話もあったね。
この時に思い出したことがある。
「明日、フラダンスもあるんですよね」
「ああ、ありますよ。毎年じゃないけど今年は呼んだみたい」
「それに、ウチの母親がいるんですよ・・・」
「???」
2日め、母子がこの会場でカチ合うことになる。
散会.jpg
役員たちからは労いの言葉は全くなかったが、帰宅途中に私が歩いている前にお手伝いの女性(婦人部?)が5人いて、彼女たちを抜いた時、
「お疲れさまでしたぁ」
「焼き鳥タイヘンでしたねぇ」
「また明日もお願いしますねぇ」
私は「焼き鳥が嫌いになりそう」とボソッと言って彼女たちを抜いた。
自分の町内に入って、誰か外に出てたら焼き鳥自慢、祭り自慢をしたい気分だが誰もいない。皆、各家々の中で涼しく暮らしているんだね。
帰ってすぐさま衣装は洗濯機に入れられた。
シャワーを念入りに浴びた。焼き鳥の煙と脂が身体じゅうに浸みている。
その後でジャン妻と乾杯の時に、
「臭うか?」
「臭わない。髪が無いからじゃない?」
「・・・」
(2日めに続く。。。)
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納涼祭で何をするか [町内会人間ドラマ]

7月の半ばの夜に家の電話が鳴った。
私は限定された身内とプライベートで連絡取り合うのは携帯です。家の電話は滅多に出ない。表示されたナンバー見て「これはアヤしい」と思ったらまず出ないです。0120が表示されたら即座に着信拒否。絶対営業電話に決まってるからね。
この時、ディスプレイに表示された番号は地元の局番だったので、出たら町内会の総務の方だった。私に「敬老の日の記念品贈呈対象の爺さん婆さんが生きてるか確認するにはどういう台詞を使えばいいのかな」と質問された人です。
出たら「そちらの班だけまだ納涼会のポスターを取りに来てないようですが」
「え?ポスター?」
近隣住民の小学生のお子さんに、納涼会のポスターを描いていただくようお願いしてくださいというお触れは聞いている。
だがウチの班はそういうお子さんのいるお家が1軒しかない。毎度のことで毎年毎年「ウチばっかり描かされるんですよ~」だった。
気の毒に思った私は「もし余裕があればいつまでにお願いします」と言い置いてその家を出て、あまり無理を言わなかった。だけどその家庭の事情で、今年は描くのが無理だったのです。そういう場合は、何処か他の班で描いてくれた手書きのポスターを回覧物を入れる班の棚に入れて置くので、
「ああ、そうだったんですか。でも自分たちが貼りだすという説明は無くなかったですか?16日以降に貼りだすとは聞きましたが」
この辺り、役員さんたちは、今回初めて班長に就任した者への具体的な説明にやや欠けるところがある。
役員さんは毎年のことだから慣れてるだろうけど、こっちは初めてなんだから。
「じゃぁ取りに行きます。いついつなら開いてますか?」
殆ど毎日のようになにがしかの集いが開かれているので、日中なら殆ど誰かいるという。私は取りにいった。
そのポスターがこれ。
処理済~ポスター.jpg
何処かの子が描いた手書きのポスターでラッピングしてある。
このポスター、四隅の紐が短すぎるのでフェンスに縛りつけられないのです。仕方がないのでビニールテープでベタベタ貼った。
「これを何処に貼ればいいんですかね?ウチの前?」
「見やすいところ、人の通るところにお願いします」
だからといって他人の家に無許可で貼る訳にもいかず、ウチの門前にしました。
でも結局ウチの班は誰も来なかったようですけどね。

納涼祭実行委員の選出、お役目選定の日。
納涼祭は(土)(日)です。翌日(月)朝から昼まで片付けがある。役員、組役、各活動委員は(土)(日)(月)半日が完全に潰れるといっていい。
我々各班長たちはあくまで手伝いなので、内容によっては朝から出張らなくてもいい。指定された時間から会館敷地内の広場に集合するのです。
近隣住民が集まってくるのは太鼓の触れが鳴って盆踊りが始まる頃合いからでしょう。
祭りの後の片付けは(月)なので、お祭りの(土)(日)はお役御免。(月)半日だけ奉仕すればいいらしいです。
奉仕?
今頃気付いたのですが、奉仕というか、これら一連の活動はボランティアに近いですね。私ら班長の悦代もそう。強制労働ではない。そこまで厳しくない。奉仕活動なんですな。
ボランティア活動の原則って、自発、無償ですよね。でも町内会の我々への最初の呼びかけは誰がどう見ても我々の自発を促すものではないと思う。こっちもイヤイヤ迷惑に思ってるからなのもありますが。
ウチの社に「ボランティアに参加する」理由で退職、金が無くなって復職した者が2人います。それはウチがイヤで辞めた訳ではないので受け入れました。
町会の役員さんたちは、普段は何されてるのかな?と思う時がありますよ。

まぁここでボランティアの是非をで問う気はない。さて、納涼会でどんな役目を振られるか。
私は内心で(月)は避けたいと思った。(土)(日)潰れてもいいから可能であれば会場の売り場にいたい気持ちがあった。もう社内で現場(店舗)勤務は引退したが、生物(なまもの)ではないけど販売経験が20年くらいあります。
もっとも通し勤務じゃなくて、各部署の異動の合間の店舗勤務だったけど。
今はもう物販からは撤退してますが、かつてはセールもやったことがある。
私はこれでも会社員なので、週初めの(月)に割り当てられたら厳しい。会社休まなきゃならない。唯でさえ直行直帰が多くて〇長から「月曜の朝礼には出てください」なんて注意されてるからね。
(月)に本社にいないのは目立つのです。

納涼祭開催日の分担の内訳が配布された。それには①~⑨まであった。
①準備
看板取り付け、山車の飾り付けだって。これは朝から作業。
私は櫓の組み立ても班長がするのかと思ったが、それは地元の工務店さんが営業時間外に組み立てたらしい。
②受付
花代受付、お返しをお渡しする。これは地元企業、といっても大企業なんかないけど、個人事業者が寄付金、祝金を持って来るんでしょうね。
③接待と調理
これには「調理のできる方」という条件が付随していた。
選ばれた班長にその場で聞いてましたよ。「調理できますよね」って。②で受け付けた来賓たちをもてなす料理は模擬店で出すものと違うらしい。
振られた人が調理できなかったらどうすんだろ。
④盆踊り会場の整備
会場広場はそれほど広くないので、模擬店に長蛇の列ができると踊る輪に差支えが生じる。それを整備するんだって。子供が走り回ったりしないように。子供が走り回らない訳ないけどね。
⑤アイス配り
最初は何の為にあるのかわからなかったが、祭りの終盤になったら実行委員や班長たちにアイスが配布されていた。
私は甘いもの食べないのでアイスは貰わなかった。アイスなんて後で喉が渇くだけですよ。
アイス以外に、弁当・・・とはいってもお握り2個程度だったが、それらを配布するんです。そりゃ時21時近くまで拘束されるから腹減るだろうし。
でも私は(土)(日)の2日間の何処かで焼きそばを喰らってやろうと狙ってたので、弁当も貰わなかった。
弁当やアイスを配るだけだと役不足なので、③と兼務になってましたね。
⑥抽選会
当選券の確認と、景品を渡すんです。抽選番号は配布物で各家々に投函した。
⑦ごみステーション
ゴミの分別です。缶ビールはアルミ、ペットボトル、生ごみ、パック、ビニールごみに分けて受け取るの。
キレイな仕事じゃない。でも誰かがやらなきゃならない。言っちゃぁ悪いがいちばん花(華)が無い損なお役目です。
⑧模擬店
「売り場の会計を行う。(会計から説明を受ける)
販売をする。(売り場によって仕込みの手伝いあり)
子供売り子がいる売り場は大人は金銭の間違いが無いことを確認する。」
これだと販売補助のようですね。後でわかったのですが、焼きそばを炒める場所や、焼き鳥を焼く場所は販売する場所とは若干離れていた。煙が出るからです。その間を行き来する係が必要なのです。
では何を売るのか。
「焼き鳥、焼きそば、フランクフルト(ホットドッグ)、かき氷、ポップコーン、生ビール、缶ビール、缶ジュース、何かの揚げ物、子供の玩具、ヨーヨー」
売り場以外に連絡係というのがあって、釣り銭の配布、両替、売上状況の確認をするという。
⑨後片付け。開催日の(土)(日)は免除で、(月)8時~11時と朝早い時間からです。

分担表の(土)(日)(月)に既に各班の番号が割り振ってある。
あくまで役員や実行委員の補助なので、こういうのをやりたい、こういうのはやりたくない、そういう希望は通らない。誰もが得手不得手があるが、最初にいちいち希望を聞いてたら埋め合わせに時間がかかるし、補助要員なら誰が何をやっても同じだろう。
納涼祭の実行委員長が言うには、
「皆さんの班がちゃんと載ってるか確認してください。間違って複数載ってないかも確認お願いします」
私はどこだ?
あ、模擬店になっていた。やったね。念すれば通じるですよ。

実行委員長から①②③④・・・⑨の簡単な説明はあったが、定例会は時間が限られてるので細かい打ち合わせは無かったといっていい。
実際は開催当日、こちらの指示通りにお願いします程度。結果論で言うと私の場合、当日に打ち合わせも何もなかった。いきなりぶっつけ本番だったのですよ。

気になる光景があった。
私の近くにいた何処かの班長・・・やや高齢のお婆さんが、開催当日の(土)(日)とも出られないと実行委員長に申しでていた。実行委員長も困ってる。
「それでしたら(月)の片付けだけでも来れませんか?」
へぇそうなんだ。必ず(土)(日)(月)の何処かに割り振る、担当させるルールのようですね。まぁそうだよね。そうでないと公平にならないし。
だがその班長は食い下がってる。(土)(日)は仕事があるし、(月)についてはその場では即決できなかったようです。
(土)(日)に何のお仕事をされてるのか知らないが、さすがに個人のことなので突っ込んで問い質したりしてませんでしたね。
でも(土)(日)仕事の人って他にもいると思うよ。サービス業とかそうでしょう。
お婆さん班長は嫌々そう。でも役員は認めない。
「でしたら(月)半日だけでいいからお願いします。祭り当日は自分たちで埋めますので」
その場で決まったかどうかわからない。だが私の前でやられたので印象に残ってしまった。これが後々私に降りかかってくることになる。というか、自発的に。。。

散会する際、私は実行委員長に聞いた。
どうもこの実行委員長の視線を感じるのだが。
定例会出席の回を重ねてきたので私も慣れてきた。質問しやすくなった。どれも私の質問は「こういう場合どうするのか?」ではなく「こういう風にすればいいのかな?」なのです。必ず腹案を提示するの。他の班長たちは質問しないでサッサと帰っちゃうんです。
で、この時に聞いたのは、
「焼きそば、焼き鳥って私たちが調理もするんですか?」
「いやそれはしなくて結構です。やる人がいます」
焼きそばくらいだったらやったことある。炒めりゃいいだけだろ。でもこの時は確かにハッキリと
しなくていいです他に調理する人がいますと言われたのですよ。
焼肉ならともかく焼き鳥なんて焼いたことない。焼肉屋は自分で焼いて焼き加減を見ていただきますが、客に焼き鳥を焼かせて提供する店なんかないでしょう。
焼く人がいますって焼き鳥屋さんが店を休んで焼きに来るのだろうか。ウチの町内は住宅地なので焼き鳥屋なんかないぞ。
私はカウンターのこっち側(客側)の人間とはいえ、上大岡のアド街9位の店仕込みの「焼き鳥を喰うプロ?」だぜ。
ニヤニヤしながら「自分たちも焼きそばや生ビール買って飲み喰いしていいんですかね」これは聞かずにいられなかった。
「構いません」という。もちろん無料ではないよ。でも売る以上、最低限で飲み食いする楽しみが欲しいもの。
そうか、あくまで売り場の補助なんだな。気が楽になった。
これが開催日に「何処が補助だよ」になるとは思わなかったねこの時は。

以上が1ヶ月前で、納涼会開催日の1週間前の(日)朝9時~にもう1回集合があったのです。
定例会は原則第1(土)の夜なので、「次回はいついつの何時からです」のアナウンスが無く、回覧板に挟んで配布するものの何処かに次回開催日時が書いてあるらしい。でも未だに何処に書いてあるのかわからないのだ。
「(日)の朝9時!!」(ジャン妻)
「・・・」
「それじゃ何処へも行けないじゃないの」
ジャン妻のストレスが溜まってきたぞ。でも何処へ行こうにも天気がよくないのだ。南方に迷走台風5号がノロノロと酔っ払いのような動き方をしている。無事に開催できるかアヤしい天気図である。
処理済~アヤしい雲行き2.jpg
納涼祭前の定例会に行ったら、櫓やテントも基礎の部分は組み立てられていた。南から湿った空気が流れて雨が降ったのです。
足元がぬかるんでいる。水捌けがよくない。当日大丈夫なのかな。
広間に上がったら班長の数が少ないぞ。いつもの3/4程度しかいない。これじゃぁ休んだモン勝ちじゃないか。
班長が少ない代わりに、普段見ない壮年期の男性がいて、テントを組みたて、神輿が引きだされ、神輿を載せる木枠の櫓を組み立てていた。
処理済~集会3.jpg
処理済~集会4.jpg

形ばかりの会長挨拶の後「今日は活動報告、各部報告はありません。紙花をこしらえる作業を皆さんでお願いします」という。
報告なしだって?
紙花?鼻紙ではなく?
私らは指定されたテーブルに座って4人ひと組で鼻紙・・・じゃなかった、紙花をこしらえる作業に取り掛かった。ノルマは50個だという。
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花用の紙は幾つか色があって、それを端からジャバラのようにチマチマ折って真ん中で開輪させます。
ジャバラを細かく折るほどキレイな紙花ができるみたい。
この日は(日)午前中のせいか欠席者が多かった。やはり(日)の朝から午前中に定例会開催は無理があるのである。
ウチの組が参加数が最も極少だった。開催当日の(土)(日)に出れなくて(月)の片付けに回されそうになったお婆さん班長ともう2名がいない。結局どうなったんだろう。
マジメに来た自分がバカみたいである。
ふと気付いたら、私の前に役員の長老がいた。参加者が少ないのに見かねたか、長老自ら紙花作りを手伝ってくれてるわけですよ。
「こういう紙があるんですね」
「そう。昔、学校か何かでこういうの作らなかった?」
覚えていない。遠い昔のような気がする。
長老に言ってしまった。「これって何だか囚人の手作業労働みたいですね」
別に私はそういう労働を見た訳ではないが、封筒貼りのような小さい手作業をしているのは知っている。手間賃安いそうですね。
紙花なんだけど.jpg
私が作った紙花。我ながら下手だね。
こっちは人数少ないので時間がかかる。そしたら会の長老格の女性(お婆さん)が、「ちょっとアナタ、終わったのなら帰らないで、まだできてないところを手伝ってあげてよ」と声を張り上げた。
この婆さん、納涼会打ち上げ時に少し会話したが、どこにでもいる肝っ玉婆さん。その婆さんに呼びかけられたモンだから帰りかけた人は仕方なく戻ってきて、人数少ないうえに不器用で遅々として進まない私の隣にきて手伝い始めた。
そのウチ私んとこもノルマが達成できたのだが、先にそんな大声張り上げられた手前、私も帰る訳にいかず、他のグループに飛び入りして手伝うハメになった。

町内会用のユニフォームがあるんですよ。Tシャツです。
開催直前の今回と前回、役員さんから、〇〇〇町内会のTシャツをご用意しました。お祭り当日は是非、皆さんそれを着て・・・」
決して押し売りではないが、「希望者は買ってってください」・・・1枚500円だったかな。何でそういうものを用意したのか。着るもので意思統一を図ろうとしたか。
イマイチセンスのない色、デザインなのと、私はTシャツが嫌いでしてね。
黒いのを数枚持ってますが、Tシャツだけで外出したことは一度もないです。襟とボタンが付いてないとイヤなの。
Tシャツ購入の呼びかけは黙殺した。
会館を出る前に「当日、模擬店は3時から集合お願いします」と言われた。
3時~でいいのか。午前中は自分の時間が取れるが、その日は長い1日、いや、2日になりそうである。
(実際は2日半、費やすことになる。)
処理済~アヤしい雲行き1.jpg
帰宅したらジャン妻に呆れられた。
「紙花を造るためだけに日曜午前中が潰れたの?」
それ以外には配布物を取りにいっただけである。
「そういうのは婦人部がやるものじゃないの?」
この辺りが長年経理畑のジャン妻らしいところで、経理は経理しかやらないというか、総務のような何でも屋の感覚が理解できないのである。
私は社での所属は一応管理部総務なのですが「総務の仕事なんかやってないじゃない」(ジャン妻)、私の前にいるソリの合わないオンナがもろもろの庶務をしているを見ています。だから手作業でも何でもそういうのは抵抗はない。
私も正直言って「今日は行かなくてもよかったかな~」と思わないでもない。何の活動報告もなかったということは普段の報告は報告しなくていいもの、形式だけで、班長たちは回覧板や配布物を取りにいって配るだけでいいと受け取れるではないか。
もっとも今日は報告会どころではなく、広間の半分を神輿と神輿の木枠が占拠していて、役員さんと地元の工務店が組み立てているのでドカドカ槌音が響いていたからね。会議にならなかったと想う。

神輿で思い出したが、前回に配られた中に神輿その他の参加申込書があった。神輿の担ぎ手(大人と子供とある)と、売り子の手伝いを募集していたんです。
でも班長が40人もいるんですよ。それ以外に売り子の手伝いを公募するってどういうこと?
それを見て「手伝ってもいいですよ」「よっしゃ、今年も一丁俺が」のように参加申し込みをする人がいて、その人たちは嫌々1年やってる班長以上にやる気がある人か、毎年のように参加している経験者でしょう。あるいは祭りが好きなのかな。やはり役員さんたちの目から見て、毎年1年交代の班長たちにその時だけ教えるて手伝わせるだけでは心配なのだろうな。
盆踊りの練習や太鼓の練習もあった。
「積極的な参加をお願いします。冷房を効かせて待っています。練習後の飲み物、アイスをお楽しみください」と書いてあったが平日夜なので私は行かなかった。行けないです。それらを私も回覧板に挟んで班に回覧したが、戻って来た回覧板からその申込書を見たらウチの班は参加希望者ゼロだった。
まぁ無理もない。ウチの班にそうノリのいい人はいないし、私だって昨年までは見向きもしなかった。そういうのに参加できる人と参加できない人がいて、参加できない人、興味の無い人の方が圧倒的に多い。
言っちゃ悪いが、ヒマな人でないと無理だと思う。地元で働いてる人とか。遠距離通勤者や時間外労働の多い人は無理です。
それと、ある程度人が好きでないと向かないね。
でも私は班長以外にそういう公募をしている触れをみて、いい意味でカチンと来たのよ。明記していないだけで「班長だけでは心許ないので」と言われたようなもの。
前年までは地域の交流に無関心だった私だが、このお触れのせいで、私の中の埋み火に小さいながらも火が点った気がするのだ。

そして当日がやってきました。
模擬店の販売の補助程度だろうとタカを括っていたのだが。。。

処理済~焼く男2.jpg
焼いてるし!!
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回覧板と配布物のこと [町内会人間ドラマ]

処理済~町内会館1.jpg
20年前にジャン妻が班長だった時はどうだったか聞いてみた。
「20年前はどうだったの?」
覚えてないという。
「タイヘンだった?」
「そうでも」
今ほど戸数が無かったのかな。
「納涼祭とか出たの?」
「覚えてない。秋に何かやったかな・・・」
全く参考にならない。どうも私ほど真剣にやってなかったみたいで、手早く簡単になるべく自分に負担をかけない方向で済ませたらしい。
「早く1年経たないかな~って思ってた」
気が付いたら1年終わってたそうです。「もう次回はやるもんか。この人(私のこと)にやらせる」って思ったそうです。
だから私はこうして真面目に努めてるんじゃないか。
そのクセジャン妻は、毎月開催されている定例会に私がマメに出向き、19時30~20時半、下手したら21時まで延びて帰宅するるのを、
「遅い!!」
「もっと早く終わらないの?」
「何だかアナタの話を聞いてると要領と進行が悪いみたいね」
「土曜の夜に開催のせいで紀尾井に行けなくなった」
「休んじゃえばいいのに1回くらい」
不謹慎なことを言うもんだから、「そういう訳にはいかないよ」
「そういうのマジメだよね」
実際私は真面目なのです。少なくとも向こう1年間はね。もう半年経とうとしてるけどね。

町内会定例会のせいで「紀尾井に行けなくなった」ったって。。。
それは定例会だけのせいだけではなく他の要因もあるのですが、月1回土曜が潰れることで小旅行ができなくなったのは否めない。
これから年内、船山温泉、蕎麦宿、伊豆高原さら、予約済みですがそれらは第1土曜は外してある。紀尾井や貴田乃瀬、他、プチ遠出ができないとストレスが昂じるんだと。
正直言いますと私も「1回くらい休んじゃってもいいかな」って。私の中にいるもうひとりの私が囁いたことはあるのですよ。単なるサボリです。会社員だったら誰だってあるでしょ。
だが定例会の文句にこうある。
「その都度連絡や意見交換を行いますので極力欠席しないようお願いします。
意見交換なんてないですよ。活動報告があって、協議事項があって、それらを聞いてるだけです。班長たちも早く帰りたいからね。
「やむを得ず欠席された場合は、なるべく早く会館の組別仕分け棚にある配布物を取りに来ていただき、配布や回覧をお願いします」
やむを得ず欠席?
事前に「欠席します」なのか、それとも当日ドタキャンでいいのか。真面目に出ている私は相変わらずいちばん前方に座っているのであまりキョロキョロしないのですが「あれ?前回来てた人はいないな?」と気付くようになります。

今回は回覧板と配布物です。
欠席したら取りにきて下さいと言ふところの、会館の組別仕分け棚にある配布物は入口正面にある棚に入っています。
自分の班の棚へ行くと、個数分の配布物と、回覧板に挟んで回すものとある。それを持ち帰り、配布物は家々のポストに入れ、回覧板は自分を最後にして隣から回すのです。
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それ以外に掲示版に貼るものがある。公園とかです。でも私の区域には掲示板は無かった。

だけどこの文章「欠席された場合は、なるべく早く会館の組別仕分け棚にある配布物を取りに来ていただき、配布や回覧をお願いします」・・・これだけ見ると、特別な行事や催事が無ければ、各家々へ配布物を配り、回覧板を廻す、それだけやってればいいのかなとも思えますよね。

この配布物や回覧物は、定例会開催の定刻にはもうそれぞれの班の棚に入っています。
交替で幾つかの班長が4名ずつ、定刻の1時間前に集まって、各班の世帯数分を仕訳済みなのです。
組別仕分け棚がこれです。
処理済~回覧物.jpg
この仕訳作業は私もやった。1時間前だから18時半前に行ったら各班の表があって、班の番号と世帯数が書いてあって、その数で仕分けるのです。
この仕分けが案外めんどくさく、指先の器用さを要求される。
A1班、30枚。。。
(1枚、2枚、3枚、4枚・・・30枚)
B2班、25枚。。。
(1枚、2枚、3枚、4枚・・・25枚)
C1班、18枚。。。
(1枚、2枚、3枚、4枚・・・18枚)
手作業です。これが計35か40班あるから結構タイヘンです。
広報誌は束になっているので、指サックでパラパラパラする訳にもいかないのです。
何だか指先に脂が少ないのかツルツル滑る。広報誌の紙質もいい紙を使ってるのか、その辺りの新聞紙と同じ紙質なのか。県、市、区、地元、この順番で紙質が落ちてくるというのは穿った見方かな。
意外と薄っぺらでツルツル滑ってやりにくいのが定期の会報以外の増刊パンフでした。消防関連とかは薄いのにカラー写真が多いのでツルツル滑るんだな。
それぞれの広報誌は100枚ずつ紙紐が入ってたような。私は後半になってそこに切気づいたが、結局は1枚1枚数えないといけなかったですね。

この作業で各班の戸数がどれくらいなのかわかった。私の班の世帯数は20戸で少ない方だった。20戸、30戸はザラで、最も多い戸数で55戸もある班があった。
世帯数55は幾ら何でも多過ぎないか。
20戸のウチだって回覧板がなかなか戻って来ないのに、55もあったら1ヶ月30日あっても回覧終わらないじゃないか。回覧板を2枚、2ルートに分けてるのだろうか。
おそらくマンションかアパートがあるのでしょう。
MAX55戸、いつか2つに分けるのかも知れない。

これは持ち帰った配布物を居間に各家々別に並べるてるところ。
県の広報誌、市の広報誌、区の広報誌、
他、地域のコミュニティたより、何かのイベント案内、お年寄りを狙った詐欺にご注意とか。
処理済~畳の上.jpg
新聞の折り込みのようにするんです。それを積むとこうなります。
積み上げる.jpg
20戸だからたいした量じゃないです。だから55世帯に配布するのってかなりタイヘンだと思いますよ。55年に1回しか当番が回ってこないのかも知れないけど。

処理済~回覧板と配布物.jpg
これをバッグに入れて各家々を回るのです。ピンポン押したりしません。ポストに押し込むだけ。
誰か家人が出てきたら玄関口まで上がって手渡ししてもいいのだが、足腰弱いお年寄りでない限りは「ポストに入れときましたから」の方が相手も気が楽みたいですね。
家の前の道路での会話ならともかく、敷地内に入り込まないようにしています。
廻って家人が出てくると、あれ?しばらく見ないウチに痩せたな、足腰衰えたな、って愕然とすることがありますよ。
相手だって私を見て「老けたな」と思ってるだろうけど。
気が付かないところで高齢化が早いのです。

一度、近所のお婆さんから「回覧板が回って来ない」と言われたことがある。やはり何処かで滞る時があるのです。
でもこっちは「いついつに回しましたけどねぇ」としか言えない。回した先は各家々次第です。まさか1軒1軒訪問して「お宅様のところで回覧板が止まってませんか?回すの忘れてませんか?」とも言えないしね。
だけど「回覧板が回って来ない」と言われたということは、そういう地域の情報を逐一読む方もいるんだなと改めて思った。
班長の私が「え?マジメに見てるんですか?」こんなこと言っちゃいけないが、私もジャン妻も広報誌も回覧板もロクすっぽ見たことないのですよ。すぐ古紙になって積み上げ、紐で縛って紙ゴミになっちゃいます。
その回覧板遅延で、最寄駅で近隣の人と一緒になった時にこう言われた。
「こないだ、回覧板回すの忘れて・・・」
「えっ??お宅だったの?」
「1週間くらい忘れてたんですよ」
そりゃ困るな。回してくれないと。回覧板が滞留板になっちまうじゃないか。
「端にお住まいの・・・方から言われたですよ。まだ回って来ないって」
忘れたお詫びじゃないけど貴重な裏情報もいただいた。それって反則じゃないのかの内容だったが、今は差し障りがあるので伏せます。

こうやって各家々を回ってるとカオが何となくわかってくる。20戸だからたいした数じゃないし。
お互い挨拶する回数も確かに増えた。
努めて愛想よくするようにしている。相手がそっぽ向こうがこちらは挨拶するんですよ。来年になったらまた元の木阿弥になるかも知れないが。今のところ、それまで無関心だったのが嘘のようである。
だけどウチはいつ町内会に加入したんだろう。25年前に越して来た時、町内会の誰かが勧誘に来たのだろうか。
「ウチって最初に誰か勧誘に来たの?」
「う~ん。。。誰か説明に来たね」(ジャン妻)
「そうなの?」
「新規に入る人ってことで書いたんだよね。アナタもいた筈だけど」
「何で断らなかったのさ?」
「こういうお家に住む人は入るのが当たり前だと思ってたから」
ドライなジャン妻ですらそういう意識を持ってるのに今更ながら驚いたものです。
だけど新規加入をどうやって見つけるのだろうか。工事現場の槌音が鳴り、造成地に住宅が建ってそこに入居したら、待ってましたとばかりに訪問するのだろうか。
ここで町内会(自治会)の参加の是非を言う気はない。町内会は任意団体であり、本来は入退会は自由なんだと。それは規約にも書いてあった。
行政は町内会の参加を促進しているきらいはある。広報誌を配布する代行機関になるからね。
悪しき例としては、ゴミ収集場所の利用を楯にして入会を強要するケースもあるらしいが、ウチはそんなことないです。
昔からの慣習で、その地域に住む人は全員加入するものとして扱われてきたのでしょうな。でも最近の若い人はそうはいかないだろう。
処理済~集会5.jpg
ジャン実家に行った時、たまたまチャイムが鳴って私が出たら回覧板だったので受け取った。
私なんかチャイムもインターホンも慣らさないです。ポストに押し込むだけ。
ジャン母はサラッと眺めて自分のとこにハンコ押すのではなく日付を記入してた。
ジャン母は私が班長やってるのを知っています。
「アナタも回してるんでしょ」
「うん。あ、ハンコ押すんじゃないんだ」
「そう。日付を書くの」
日付を記入することで、自分がいつ読んだか、読んだらすぐ次へ回す意識になるのだという。だって誰のところで滞ったか日付でバレますから。
「出る時、お隣に出してきてくれない」
「いいけど。ポストに入れりゃいいんだろ」
「ダメよ。ちゃんと鳴らして手渡しするの」
「あ、そう」
「きちんとご挨拶なさい」
50過ぎた愚息に対して「きちんとご挨拶・・・」如何に無愛想だったかということですよ。
めんどくせぇけど言われた通りにした。訪うのも意味があって、訪うことで相手の状況を知るのです。何か異変が起きてないかとかね。高齢者だけの家は特にそういう風に声掛けするんだそうです。

http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-08-10の記事で小山の中久喜城を見にいった時、城の傍に旧い住宅地が隣接しており、外で談笑していたお婆さんが2人いて、どちらかが回覧板を持っていましたね。
相手が無事か、お互いの家々に何か状況が変わってないか、交換し合っているように見えた。

ジャン母が言うには「来年辺りにまた班長が回ってくるかも」
断んなさいと言った。ウチの町内、高齢者は誰も受けないって。
「それだと誰もやる人いなくなっちゃうし」
ジャン母も私と同じくマジメなのですよ。(ジャン妻以外誰も言ってくれないから自分で言います。)

9月に敬老祝い品の贈呈対象者調査と記念品を贈呈するのだが、対象者は70歳以上の住民で、その対象者の調査票を渡された。
何を調査するのか具体的な説明はなかった。
ウチの班に対象者が12名いる。世帯数20で12名だから少なくない。
総務の女性役員さんが言うには、
「この方たちがお元気でいらっしゃるかどうかを確認していただきたいのです」
そんな難しいことを。お宅の爺さん婆さん元気で生きてっかって?
どういう台詞で聞けばいいのか。散会してから掴まえて聞いたのよ。
「何て聞けばいいんですかね。家に押し掛けて、お宅のお爺ちゃんお婆ちゃんまだ生きてますか?ってズバリ聞いちゃっていいものなんでしょうかね?」
このブシツケな質問に、総務さんは「う~ん・・・」って固まった。
「まさか、ご存命中ですよねってもちかけて、玄関口から当人に聞こえちゃったらマズくないですか」
総務さんはちょっと考え考えしていたが、生々しいこの質問に明確な答えは得られなかった。「確かに言い方が難しいんですよね」・・・だけだった。
あまり困らせても何なので、「まぁ何とかします」と言って切り上げたが、結局私は調査していません。このメンバーでお願いしますで言い切った。亡くなったら連絡くるだろうし。
この具体的な質問をした時、総務さんの横にいた〇〇〇部の役員(納涼祭責任者)の視線が私に注いだのを感じた。この役員は後で出てきます。
聞き忘れたことがある。その敬老対象者は在宅してればいいのか?施設に入ってた場合はどうなるのか?である。
でも家々を訪って失礼な質問するよりは、記念品をあげちゃった方がいいだろうと思った。
処理済~集会6.jpg
帰宅するといつも必ず言われるのが、
「遅かったわね今日も」
どうしても21時になってしまうのである。仕事で遅くなるのは仕方がないが、土曜の夜に遅くなるのに抵抗があるらしい。
「アタシの頃はそんな遅い時間にならなかった」(ジャン妻)
「その頃は参加者が今より少なかったんだろうね」
「せめて19時~開催に変えられないの?」(ジャン妻)
「そんな権限はない」
でも19時半~は何か意味があるのか聞いてみたいものである。
「誰かに合わせてるんだろうね」(ジャン妻)
遅い時間になるから赤子を背負ってくる班長もいるからね。泣いたりしないです。
「その子が泣いても、うるさい、なんて言っちゃダメよ。会社じゃないんだから」(ジャン妻)
「言わないよっ」
赤子は背負われて寝てます。やはり遅い時間帯なんですよ。
処理済~集会1.jpg
この日は手土産があった。ペットボトルのお茶。
缶ビールか発泡酒の方がいいんだけどね。
「貰ったの?」
「配布物を仕分けするのを手伝ったらくれたの」
配布物の仕分けは1時間前、役員クラスの開催準備はもっと前から待機してるようなので、軽い夜食替わりにコンビニのお握りとお茶が配布される。
お茶は班長全員に配られますね。
この日、止せばいいのに私は座布団を片付けるのを手伝った。他の班長はサッサと引き上げてるのにさ。そしたら前記事で「途中で転勤で出てった方には会費は返金できるのですか?」の質問に答えてくれた会計さんが「どうぞ食べてください」とお握りを下さったです。
でも私は「嫁の手料理が喰えなくなるので」
お茶だけいただいた。
座布団を片付けてる時、またしても前述の役員(祭りの責任者)の視線を感じた。
何となく値踏みされてるのを感じます。

そして地域の一大イベント、納涼祭、夏祭りがやってくる。
これは全員参加。殆ど義務です。
私は何を振られたかというと。。。
(続く)
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町内会費と募金のこと [町内会人間ドラマ]

町内会(自治会)の班長をやりたがらない理由に、町内会費や募金(日本赤十字、共同)の徴収が挙げられる。
要は金集めですよ。世帯としてこっちが支払うだけならいいけど、それを徴収する側、家々を訪問する側になるのです。
これが最初の大仕事というか、できればやりたくないお役目。
でも誰かがやらなくてはならないようです。

町内会費の領収票がこれ。徴収して各家々に渡すもの。

町内会費領収票.jpg

これは町内会費納入票。集めた金を一括して、町内会に納める際に添付するものです。

町内会費納入票.jpg

これが集金袋。現金と先の納入票を同封するのです。
小学校の頃の月謝袋みたいですな。

集金袋.jpg

これとは別に捨てちゃったけどA4の紙が渡された。それには表の縦に私も含めて世帯人の名前が列挙され、表の横には1ヶ月毎の欄が1年分12か月あった。
各家々を毎月訪問して徴収するのは迂遠だし、説明して徴収する際に「できれば1年間の一括徴収でお願いしたいです・・・」と言うんです。
年会費はひと月400円で、1年は12か月だから400×12=4800円になる。この金額が高いか安いかわからないが、ジャン母や他でも聞いたところまぁまぁ相場らしい。
でも「できれば一括徴収で」って簡単に言うけど、普段会ってない人や話したことない家々を訪問して、私みたいなのがいきなりブシツケに「金くれ」ってやるようなものだからね。
どうやって集めるか。
各家々を訪問するしかないです。
いつ廻るか。こっちも平日は会社員なので、週末か夜に限定されるだろう。あまり遅い時間帯やご飯時は避けたいものである。

20年前に班長経験したジャン妻に聞いてみた。
「アナタが20年前にやった時って金を集めるの手間かかった?」
「手間はかからなかったけど。一部立て替えたかも知れない」
「それって後で徴収したの?」
「うん。した」
「各家々を廻るしかないんだよね」
「うん」
「振込にできないものなのかな」
「う~ん、そういうのは難しいでしょうね。マンションみたいなところはそういうのもあるのかな」
マンション管理費に含めて徴収するとかしてるのかな。それが問題になっているところもあるらしいが。
「マンション管理費と町内会費は全く別ものだろ」
「そりゃそうだよ」
「・・・」
「今更何言ってんの?」
「・・・」
戸建と違ってマンションは区分所有者なので、その管理費は同じマンションに住む住民の共同財産の維持管理を目的とするからです。例えばエレベーターや防火設備の保守とか。
マンションは住居だけとは限らない。1階2階にテナントが入ったりする。ウチの会社も出店しているテナントがマンションだったりすると、修理でも工事でも事前に管理組合にかけて居住者が納得しないとできないです。
マンションは守りの部分が大きいと思う。
自治会費、町内会費等は、居住者が任意に負担するものだそうです。それを分譲マンションの金額に含めたが為に民事裁判になった例もあるらしいが、ここでは省略します。

幸いウチらの班は20世帯だし、地べたに着いた一戸建ての家々で殆どが持ち家です。20軒でウチが20年振りだから、各家々は班長経験者ばかりなのである。
「賃貸(マンションやアパート)と違って楽だと思うよ」(ジャン妻)
「・・・」

では1軒1軒訪問してみましょう。いきなりピンポン押して「金よこせ」では厚かましいので、挨拶文、案内文を作成したの。

町内会会員各位
〇〇〇町内会〇〇班の皆様。
平成29年度班長 〇〇 〇〇(私の本名ですよ)
平成29年度町内会会費の集金、並びに赤十字募金(任意)のお知らせ
拝啓、新緑の折、町内会の皆様、益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
私こと〇〇 〇〇は、この度平成29年度〇〇班の班長を努めさせていただきます。皆様どうぞよろしくお願い致します。
早速ではございますが、平成29年度の町内会費を集金させていただきますのでお知らせ致します。
平成29年度会費、400/1ヶ月×12ヶ月分=4800円
赤十字募金(これは任意です。)一口200円
集金期間、平成29年5月13日(土)~
恐れ入りますが、各お宅を廻らせて頂きますので、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
敬具

どんなもんだい。
私だって普段このBlogのようなやんちゃな文章ばっかり書いたり、言いたい放題方言したりしてんじゃないです。ちゃんとこういう文章も作れるんですよ。
これを回覧板に入れて回したのね。今思えばこれは失敗で、回覧板ではなく各家々のポストに押し込む配布物にプラスすればよかったのですが。
回覧板は必ずどっかの家で忘れられるので、20軒全部廻り終わる前に、ある家から、
「通知が来る目に集金に来られたからさぁ。準備してなかったのよぉ」
「え?そういえばまだ(回覧板)戻ってきてないですね」
「どっかで停まってるんじゃないのぉ?」
になったものだよ。
回覧板と、各家々のポストに押し込む配布物とある。これについては項を改めます。

さて、それまで各家々に無愛想だった私は、班長になってから急に作り笑顔とまでいかなくても顔の力を極力抜いて、ゴミ出しでも何でも誰かに出会ったら笑顔で挨拶するように変えたつもり。
「近々集金にうかがいますのでよろしくお願いします」も忘れない。
集金にあたって釣り銭を用意した。100円玉、500円玉、1000円札、5000円札です。
ウチの両隣の家人は見知ってるので、区域内の離れた家々から集金に廻ることにした。初めて会う家、初めて話す人から廻ることにした。
幸い数年前の群馬在住経験が功を奏して私は人見知りは殆どなくなっている。
結論から言うとあまり釣り銭は必要なかった。年間会費が400/1ヶ月×12ヶ月分=4800円で、プラス赤十字募金(これは任意ですが)を一口200円でお願いしたので、会費については毎年のことでご理解を得られ「プラス200円で御賛同いただければお願いします」そういうキリのいい数字、5000円で集めたのです。

これが日本赤十字募金と、秋に徴収する共同募金の納入票です。

募金納入票.jpg

赤十字募金は毎年5月に徴収するものらしいが、私は各家々をひとくち200円しか徴収していない。それは5000円という集めやすい金額にする為でもあるが。
「ご賛同いただけるならひとくちだけお願いします。プラス200円で年間5000円で・・・」にした。何処もそうだと思いますよ。結果、100円の釣り銭が不要で終わったのです。

赤十字募金はひとり辺りが出した金額がある金額に達するか、それ以上になると会員扱いになるのか、社外だけど社員並の扱いになり会員証も発行されるそうだがそこまでしなかった。
別に私は赤十字の廻し者ではないし。別に赤十字を否定しているのではないよ。赤十字の人がやればいいのにと思ってるだけです。でも赤十字は町内会へ募金への協力をお願いしているそうですね。ここで日本赤十字の募金についてあまり是非を問うとヤヤコシクなるのでホドホドにしますが。日本赤十字のHPから、
「あなたの寄付は災害が発生したとき、ただちに現地へと医療救護班や救援物資などを届けるために活用されます。
赤十字の様々な活動を即座に継続的に行うためには皆さまからの寄付が必要です。ご協力をお願いいたします」
募金そのものに反対ではない。ちゃんとそっち方面へ使われてると信じるしかない。
私も新百合丘駅や藤沢駅のコンコースで待ち合わせ中に、傍らでデカい声を張り上げて募金を募ってるボランティアに千円札1枚折りたたんで募金箱に押し込み「さっきからうるさいぞっ、もう少し静かに活動できんのかっ」ってくらわしたことが3回、3回ですよ。それは単にうるさかっただけのことで募金活動そのものに文句を言ったのではない。
赤十字募金と被災地への義捐金は意味が違うのでここでは省略します。ただ、チクッと言っちゃいますが、町内会費はいいが、募金、これは読んで字の如く、募る、これが町内会に絡むと任意とはいえ、集めてる、になってる感は否めないと思うな。

金集めをしながら、それまではロクに話なんかしなかった各家々の人と話す機会を得た。
ウチより後から越して来た家々に話を振ってみるんです。「ウチは20年振りなんですが、もう班長やられましたか?」って。もちろん相手が経験済みなのをわかってて振るんですけどね。
返って来た反応は・・・
「ウチは越してきてすぐにやらされました」
「ウチは越してきて割と早くに・・・」
廻ってきたという。私はこうも言ってみた。
「今年は400円/月なんですが、以前は幾らだったんですかね?値上してるのかな?」
「いや、自分の時も400円でしたね」
そういう会話の流で、苦労相身互いですねって持って行くんですよ。
これまでロクに私のカオすら見ようとしなかったオバさんが、
「ウチは組役にさせられて、80過ぎのお爺さんと組まされてタイヘンだったんですよ」
組役にさせられたんだ。昨日Upしたあのアミダで負けたんだろうね。
「はちじゅう??そりゃこっちで全部やることになってしまいますよね」
実際、80の爺さんいました。若い者が少なくなって仕方なく受けたんだろうけどね。受けたはいいが身体が動かなかったのでしょう。

私より若い世帯主のひとりが「ウチも越してきてすぐやらされました。でもあれってちゃんと順番に廻ってるかどうかなんて誰もチェックしてないんですよね」
やはりそうか。この班長順番はどうなっているのか、在任中に役員に聞いてみようと思っている。でないと来年、渡せないからね。
会に遅れて行ったばかりに損な役回りになった人がいた。
「最初の集まり遅れて行ったもんだから、誰もやりたがらなかった役、決まらなかった役をやらされましたよ」
普段は無愛想なのに、何だ皆さん随分喋ってくれるんだなって思ったものだよ。

自分でも思った。あちこちの家々を回って、自分自身で「何だ・・・俺って知らない人と結構喋れるじゃん」・・・。
これは群馬転勤が大きいな。
私はそれまではドライな横浜人で、知らない人に話しかけたり挨拶したりしたことなんてまずない。(職場は別ですが。)
酒場でも話しかけられたりしたらハッキリ拒否った。
だけど群馬は人がいない。酒場で出逢った客とは後日、その店か他の店で再会する可能性がかなり高いのだ。それは東京のように人がいないからである。東京横浜で私の行く酒場は人が多いし、会社員は会社員、グループはそのグループだけで飲んでウサをはらしているので他人と交わる必要なんてないのである。
都会は人が多過ぎるので、知らない人に挨拶したらヘンにみられるか警戒されるだけである。
私が住んでた群馬県高崎市羅漢町は飲み屋と閑静な住宅地が混じった不思議なところだった。前夜飲んだ店の店主と日中出くわすことなどザラだった。当然、挨拶はする。
飲み屋に限らず利用する店も限られている。そこは東京横浜のように人がいないので、挨拶、会釈が気軽にできる環境にある。そういうのに慣れ親しんだ。別に挨拶して悪いことなんてない。

年間会費について何か言われたら「ゴミ捨て場の管理、カラス防止のネットとか、街灯が切れたら取り換えるとかの維持費でしょうね・・・」と用意しておいたのだが。実際は何も言われなかった。そりゃ殆どが班長経験者だからね。
ではひとくち200円の赤十字募金について物言いがあるかな~と思って理論武装もしたのだが、そこまで構えるほどでもなかった。
「皆さん班長経験者だからよ」(ジャン妻)

実は1軒だけ賃借人がいる。
家主がそこに住んでなくて転借してるのです。
その方は転勤族の可能性があるので、事前に役員クラスの会計さんに聞いたの。この会計さんは今では用事がなくても会館で出合えば会釈、挨拶ぐらいは交わすようになっている。
「これこれこういう人がいます。1年間で転居された場合、残りの分は戻せるものなんですか?」
「そういう場合は戻せます」と言う。
そういう規約は何処にも書いてなかったが、薬〇〇会の年間会費のように途中で退会しても戻せませんではないらしいのだ。ただ、所定の様式があって、それに記入してどうこうの手続きはあるらしい。
だけど転勤ってのはいきなり決まったりするものである。私は対象の家へおじゃまして集金の挨拶の後、
「他の皆さんは持ち家だから1年分集めてるのですが、お宅は事情が違うしそうするのもどうかと思って。向こう1年間、どこかでいきなり転勤って可能性はありますかね?」
なくはないという。
「その場合、戻って来るんですか?」って言われた。
「それは可能です。所定の手続きがあって私らも平日の日中は勤めがあるからすぐに手続きできるかどうかわかりませんが。お返しします」
結局は1年分支払ってくれた。もし転勤されたら私が立て替えて当人不在で手続きするしかないだろうな。

昨日冒頭で登場した私の前任者は御隠居で70過ぎだが、集金の時にこう言ってた。
「このトシでああいうのをやれるのはギリギリだと思うよ。次回また20年後ったって自分その頃に生きてっかどうかわかんないもん。どこそこさんも80歳近くなってるし、誰々さんとこはひとり住まいだし。これからは皆どんどんトシとってくから若い者への負担が増えてくだろうなぁ」
高齢者や足腰弱い人は班長の順番から除外するそうである。役員クラスが懸念してるのもおそらくこの辺りの事情だと思う。

ちょっと話が逸れますが。
町内会、自治会のもとは、江戸時代の農民の五人組、大戦中の隣組だという。
だが「おんな城主直虎」で瀬戸村と祝田村の農民たちが事あるごとに集まってます。
これが町内会の発端ではないだろうか。
農民たち.jpg
農民たち2.jpg
食糧事情が安定していない戦乱の世、農民たちはその日を生きていくのが精一杯だった。その年の豊作を願い、水害、干ばつ、火山の噴火といった自然災害が発生しないよう山や海の神々に祈り、そこにある神社の祭礼を営んだ。町内会の基はそれだと思う。
それが現代に、祭りはもちろん、道路や公園の清掃、ドブさらいやゴミ拾い、その地域住民の親睦や交流目的の催事を行うような流れになっているのではないか。
武蔵小杉のように高層マンションが乱立するところは町内会なんてあるのだろうか。さっき述べたようにマンンションの管理組合とは違うし。
過疎化したところ、限界集落はどうなのだろうか。
町内会、自治会はその地域の歴史や居住形態が反映されているんだな。誰かが残そうとしないと消滅するだろう。でもそれは言い換えれば消滅するくらいなら必要ないのではないか?とも言える。いつかそういう時代が来るかも知れないので、存続させようと活動しているわけか。。。

処理済~集金を納める.jpg
この写真は定例会で会費を納める受付です。会計さんと助役と2人いた。
この会計さんと最近はそこらで会うようになり、軽く世間話くらいはするようになっている。
納める際に、合計金額だけで金種を書く欄は無かったが、集めたジャラ銭でバサッと納めるのではなく、なるべくキリのいい数字の金種でお願いしますと納める当日になって言われたよ。
こっちも現場で現金出納の経験はあるので、キリのいい数字で納めました。
そこで洩れ聞こえたのですが、やはり、「ウチの組(班)に1軒だけどうしても・・・」、「アパートのお住まいの方がなかなか不在で・・・」
きっちり集まらなかった班も少なからずあったらしい。そういう場合は根気よく訪うしかないのだが、相手が強行的に拒否してきたらそれ以上は言えないだろう。
初回の定例会で会計の先生が「これから感情的になる場面もあるかと思いますが・・・」を裏付ける。

賃貸人は町内会への関心は薄い。町内会、自治会の活動は家族を想定しており、いついなくなるかわからない単身赴任者の生活環境は考慮されていない。
だって単身赴任者は家にいないし、週末は実家に戻るからである。いつまでそこにいるかもわからない。だから転勤族や単身赴任者に負担、参加を促しても無理です。
こないだまでいたのに、気付いたらいつの間にかいなくなってたなんてザラです。私だって群馬にいた平成24年だったらお断りしている。
そうそう、群馬でまた思い出した。群馬にいた平成24年~25年の2月だったかな。過去に登場したが最近は新たに伴侶を得たので登場しなくなった「笑ふ女」の隣家で不幸があって「隣の家で不幸があったので中抜けします」というのである。
中抜けだからフルに有休ではない。身内じゃないから忌引きでもない。
「隣の家?」
「そうなんです。隣なんです。ぶふふっ(笑)」
隣人とはいえ不幸は不幸なのに何を笑ってやがるか。
「〇〇さん(私のこと)って横浜ですよね」
「そうだけど」
「横浜ではそういうのないかもですが、ウチって何か不幸があるとお隣さん同士で助け合うんですよ」
だそうである。これも自治会の一環といっていいだろう。
処理済~集会2.jpg
町内会費と赤十字募金の納付完了しました。
10月に赤い羽根共同募金の徴収がある。めんどくさ。10月までに敬老祝い品の贈呈対象者を調査して、記念品を用意するのだが、対象者は70歳以上の住民です。これの調査票を渡された。
ウチの班に対象者が12名いる。7月の定例会で総務の役員さんが言うには、
「お渡ししたリストですが、まだお元気でいらっしゃるかどうかを確認していただきたいのです」
???
どういう風に聞けばいいんだ?
私は会議中は質問したりしないのだが、散会してから前に歩み寄って、総務に聞いたの。
「それってどうやって聞けばいいんですかね?」
「???」
「家に押し掛けて、お爺ちゃんお婆ちゃんまだご存命中ですか?ってズバリ聞いちゃっていいんですかね?」
「・・・」
総務は固まった。
総務の横にいた〇〇〇部の役員(納涼祭の責任者)の視線が私に注いだのを感じた。
(続く)
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町内会シリーズ [町内会人間ドラマ]

同じ店の飲み食い記事や、そこでブツクサ言ってるブータレ記事も飽いてきたので。
私にしては前向きな新カテゴリ記事をUpします。

3月のある日の夕方、家のピンポンが鳴った。
宅急便が来る話は聞いてないし、くるまが止まった気配もない。訪問か勧誘か、宗教関連かと警戒してしばらく無視してたら「〇〇さぁ~ん」って名前を呼ばれた。
声に聞き覚えがある。ご近所のご隠居様だった。もう10年以上前に定年され、私の好きな4文字熟語=悠々自適されている方だった。
普段は付き合いなんてないです。ゴミ出しや出勤時に挨拶する程度です。
私は玄関開けてから外に出た。
「どうされました?」
「ハイ、次、アンタね」
回覧板の表紙2枚と、町内会班長のファイルを渡された。
(ついに来たか。)

ご隠居が言うには「今度のいついつに総会があるから自分と一緒に行ってくれる?そこで紹介と引き継ぎやっから。その後自分ひとりで最後の集会があって、その次からアナタひとりで行くのよ」
ウチの班(町内会)は20世帯いていずれも戸建です。20軒の家々を持ち回りで班長が廻ってきて、ウチに20年振りに廻ってきたのだ。
どういう順番で私に廻ってきたのかは今でもわからない。
月イチの定例集会は原則その月の第1土曜日の夜19時~だという。
ご隠居は「アナタが都合悪い日は自分が行くから」とまで言ってくれたが、私は性格上そういう風に頼るのは好まない。しっかり今日まで努めてます。

20年振り?
私らは25年近くいるけど。
「アタシ前にやったよ。引っ越してきて割と早く来たんじゃないかな」(ジャン妻)
「いつ?何歳だった?」
「そりゃ30代半ばよ」
計算すればわかるでしょのように言われたが、実はジャン妻と2人で「そろそろウチらの番が来る頃だね」と話はしていたのです。だから私は御隠居が訪問してきてもさほど驚かなかった。
「今度はアナタがやってね」
やれやれ。介添えもしてくれなさそうである。
「何で前回はアナタがやったのさ」
「この人(私のこと)はそういうのやらない人だと思ってたから」
今はそう思ってないのか。20年経って同じ会社で勤務するようになったし、ウチの亭主は他に誰もやるヤツがいなけりゃ自分でやる人だと認識できたようです。

そうです。私は他に誰もやる人がいなけりゃやる人なのです。

とうとう来てしまったか。
「具体的に何をするのさ?」
「会館に行ったら配布するものが各班別に置いてあって、それを各家々に配るものと、回覧板に挟んで回すものがあるのよ」
確かにいつも配布物はポストに入ってる。見たことない。無関心といっていい。紙ゴミで出しているだけ。
回覧板だって廻ってきてるけど、私はロクすっぽ見ないでハンコ押して次に廻すだけ。
「後は集金と納涼祭かな」
町内会費の集金か。そういうのもやらなきゃならないんだね。で、納涼祭って何さ?
「盆踊りよ」
そういうイベントがあるのは知っている。だがそれも行ったことない。人混みが嫌いだからです。
私はアウトドアが苦手で不得手なのでそういうイベントに入っていけない。外はムシ暑いし。ビアガーデンすらも行かない人なんですよ。室内で飲む方がいい。いや、飲むんじゃなくて想像するだにそういうイベントで何かを手伝わされる訳だね。模擬店とかかな。
普段これまで無関心なものに取り組まなくてはならなくなったのです。

これが会館です。散会後に振り返って撮影したもの。
処理済~町内会館1.jpg
町内会館に初めて行った。
ご隠居は月イチの定例会開催は原則第1土曜の夜19時30分~、終了は早くて20時30分だと言っていたが、内容によっては21時まで延びる時もあるのです。

受付に私の地区番号と名前があった。広間に新規の班長たちが私を含めて40人近くいて、私以外の新当番たちは自分が何処にいたらいいのか、どこに座ったらいいのか戸惑ってる。
初めて見る顔ばかりである。お爺さん、お婆さん、壮年期の男性、主婦、子供を背負ったママ。20代の人はひとりもいなかった。
ひとつ共通点がある。どの顔も嫌々呼ばれて来た顔と迷惑そうな表情をしている。損な役回りが廻ってきた、1年間めんどくさいなぁ、今日だってさっさと済ませて早く帰りたい、全員がそういうカオしてましたね。そりゃそうだよな。そういうめんどい役をやらないで普通に日々生活できりゃいいんだからさ。
配布された文書を見て険しい目つきで睨んでたり、仏頂面で何で自分がこんなことやんなきゃならないんだと言わんばかりのカオしてる。
こっちもまだ会社員現役だし、そう毎回毎回行事に駆り出されたらたまらんなとは思ったよ。

会場の前列にズラリ椅子を10席並べてこっちを見てるのは執行部、役員のひとたち。
会長、副会長、役員、総務、副総務、会計、副会計、6人いるのにこれを4役という。他、防災委員長、副委員長、会計監査、これだと4役プラス3で計7人だが、長老格?が数人いて、それらが前にズラリと並んでいた。
こっち側には新規の班長が40人近く座ってる。
皆さんラフなカッコ、普段着です。このBlogの読者の方々はご存じかと思いますが、私はカジュアルな服装を持ってないので、普段会社に行くカッコそのままだったんですよ。ネクタイはしなかったけど。そういうカッコしてたのは私だけでしたね
私は最前列に座った。目の前にすぐ役員どものカオがあるんですよ。
「最前列に座ったのっ??」(ジャン妻)
「そう。こうやって足組んでね」
「何者かと思われるじゃないの。後ろにいればいいのに」
普通は目立たぬように遠慮するもんだって。だけど前から座らないと人が入りきらないし、「もうちょっと前からお座りください」って言われる。
言われて前に出るくらいなら最初っから前にいた方がいいです。
組んだ足は会が始まったら下ろしましたよ。

これは何回めかの集会風景です。皆さん普段着。
処理済~集会1.jpg
会は定刻に始まった。司会進行役がマイクを握りってまずは会長の挨拶。司会進行役も会長も声がデカいのだ。マイク要らないんじゃないか。
役員をひとりひとり紹介された。皆さん声が大きいか、喋り慣れてる。
こっちは固い表情ばかり。何で自分はここにいなきゃならないんだと言いたそう。
私?私は最前列にいるぐらいだから全然平気な方ですが、違和感はある。

「皆さんの中で、初めて班長をされる方は挙手をお願いします」
私を含めてほぼ全員が手を挙げた。
会計監査担当の方が意味深なことを言った。
「新しく班長になられる皆さん、これから様々なご苦労の中で感情的になられる時もあるかと思いますが・・・」
感情的になるって?
そうなる局面があるのか。
執行部は長年慣れているので、今いる新規の班長たちの固い表情を見て先触れしたようです。そして私ら新規班長(組役ともいう)の自己紹介。ひとりひとり起立して「何々地区の誰々です」

次に班長たちの1年間の任務について説明された。
①毎月の定例会への出席。こうして月イチ、定められた日時にここに集まること。
②定例会開催準備。座席や座布団の配置もそうだが、主に広報配布物の仕分けです。それぞれの班の世帯数で配布物の数が決まる。県から、市から、区から、あるいは警察・消防からの広報誌をその班の世帯数分集めて新聞の折り込みのように畳むのです。これは後で触れます。
③配布物、回覧物(回覧板)、掲示物の取り扱い。これも後で取り上げますが、配布物を各戸、家々に投函する。回覧場を廻す。掲示物はその区域に掲示版が立ってればそこに貼り出すのです。私の住んでる班に③はなかった。
④行事と担当委員取り決め。これは後述します。
⑤町内会費、共同募金の集金。これも項を改めます。
⑥敬老祝い品贈呈対象者調査と記念品贈呈。これは敬老の日に70歳以上の方に記念品を届けるのだが。この件で私は後日、総務の役員に妙な質問をして・・・いや、誰も聞こうとしない真っ当な質問をして役員を困惑させることになる。
⑦行事への参加募集。実際これもやったのですが、この時はまぁ誰も参加しないだろうとタカを括っていた。私だってこれまでそうだったもん。
⑧防災訓練の参加。学校とかに集まって消化訓練のようなものをやるらしい。または避難所へ赴くかそこの整備とか。倉庫にしまってある防災器具の点検とか。
⑨会員の入退会の連絡。転居したり、転居してきたりの時に勧誘するのかな。
⑩街燈の故障チェックと連絡。切れたら連絡するのです。これは昔ながらの蛍光灯とLEDタイプとを知っておかないといけない。
⑪訃報連絡、誰々がご逝去されましただけではなく、遺族と訃報連絡するしないを決めるんだと。
⑫班内(組内)意見取りまとめ。日頃気になることですね。これはゴミ集積場の問題が圧倒的に多いようです。
⑬1年後に次の班長への引き継ぎ。

これまで無関心だったので「自分には関係ねぇ」「マナーよく暮らしてりゃ、他所様に迷惑かけなきゃいいんだろ」と思ってたが、それだけではすまなくなってきた。

次に各部の活動報告に入った。
役員たちは毎週役員会で集まってるみたいだが、その他にも幾つかある各部の活動報告です。
今でもどの部がどういう活動をしているのかよくわからないのだが。わからないまま列挙します。
寿会・・・これはそのまま高齢者の集まり。
青少年部・・・よくわからないがガテン系の集まりで、主に祭事やイベントの手伝いか。実はこれが各イベントの実働部隊なのが最近わかってきた。納涼祭でヘンな実績作っちゃったので私にもお誘いの声がかかっている。
スポーツ推進・・・子供たちと運動競技イベントを主催する?
青少年指導員・・・非行防止か。ちょっとよくわからない。
保健活動推進・・・住民の健康サポートらしい。施設や介護に繋がるのかも。
環境事業・・・ゴミ出しの削減を目標としている。リサイクル促進とか。
家庭防災員・・・防犯ですね。消火訓練のようなイベントと防災セミナー参加。
他に〇〇〇〇会と銘打った会が幾つかあって、高齢者への配食、舞踏、プチコンサート、上映会、俳句、川柳、写真といった文化活動。
普段現役で会社員の私が参加できるものなどない。徴収した町内会費を基に、これこれこういう活動をしていますという報告を毎回するのです。次の会計監査では経理担当者から昨年度の予算の内訳について長々と説明があった。
説明ったって表に書かれた内訳を朗読しているだけで、何については幾ら幾らでしたとか。前年と比較してどうこうとか。
会費以外に寄付金、助成金、納涼祭の売上、金銭出納帳を各項目に集計した一覧(これが会社内だと損益分岐表?)のようなものを配布されて数字を読み上げられた。朗読に近い。
購入したもの、備品、コピー機、パソコン、プリンタとか。他、修繕費とか。
納涼祭の売上、寄付金、行政からの補助金とか。
質問、物言いは殆どなかったといっていいが、「会館の建て替え費用積立について、幾らを上限に考えているのか」という質問が出たね。確かに旧い建屋なんです。
聞いても私はツマんないだけで苦痛だった。
「そういう報告は義務なのよ」(ジャン妻)
そういうのをやらないと、着服してるだの横流しだの、使途不明金だので突っつかれるんだという。

新たに班長になった(私も含めてだが)我々に、これから1年間何をやらされるのか。そこが皆さん気になる。
知ってる人、これまで関係ができてる相手ならともかく、この日初めて会った役員たちからいろいろお願いされたり依頼されるのを心外に思う人もいるだろうな。
会社勤めで理不尽な経験してる人は抵抗ないかも知れない。でも会社は労働に対してペイが支払われるが、この活動は不定期とはいえ無償ですから。
こういう地域活動に積極的な人、無関心な人、今の時代は殆ど後者ではないか。私?私はどっちだろう。少なくともこれまでは無関心だったからね。そういう活動に引っ張り出されたことへの抵抗感があるようなないような。よくわからないのです。私も旧いタイプの人間なので、この場にいると、こういう活動を真向から否定する気にもなれないような気もする。

取り敢えず私はここにいます。さて、前述の④行事と担当委員取り決めになった。
執行役員からこう言われた。
「納涼祭、これは全員出ていただきます」
やや強い口調で言われた。有無を言わさずである。義務というかいささか強制労働の感がある。
「次に体育祭と秋祭り、これはどちらかに参加していただきます」
これも任意ではないらしい。私は秋祭りにした。体育祭は選手に廻されたらタマラんと思ったのです。高齢者が多いのであまり過激な競技はないようだが、ムカデ競争とかパン喰い競争(フードファイト?)のような、数字や成績を競うのではなくレジャー的な競技だとしても、それ也に激しい動きがあるに決まってる。そういうのは遠慮したい。
最初の大イベント、全員参加大原則の納涼祭で私は何をやらされるのかこの時はわからなかった。どうせ補助だろうとタカを括った。
だが後日、この甘い考えは打ち砕かれることになる。(もう納涼祭は済んでますけど。)

この強引な進行に対して私は内心で多少反駁しながらもプラスに考えよう考えようとした。
そういうお祭りのような地域イベントは「やりたい人だけでやってください」だと誰もやらなくなるだろうし、希望者だけ募っても数が集まらないし、開催日を住民に合わせて全員の意見を聞いたりしたら開催できっこない。だから「いついつやります」「参加していただきます」それが最初にありきなんですよね。
会長を含め役員たちは高齢化していくので、私を含めて若者や(若者いないけど)壮年期のひとたちや、年齢に関係なく町内会への無関心層を開拓しようとしているのに懸命なのがわかった。次世代に繋げ継承していく為にはある程度の強引さも必要なのだな。
なるべくプラス志向で考えたが、逆に言うと、これって果たして必要不可欠なものなのだろうか、やらなきゃいけないものなのだろうか、やらなくてもいいのではないか?という疑問は今でも持っている。

これは次回か次々回の記事で触れますが、各班毎に分けられた棚です。
配布物が戸数(世帯数)分の数で収納され、帰りに持ち帰るのです。
処理済~回覧物.jpg

「次に組役を決めていただきます」
私を含めた各班が、地域別にABCDFF幾つかのグループに束ねられていて、そこの代表を選出することだった。班長を束ねるブロック長、組頭です。
それに選ばれた班長は、自分とこの班とは別に、他の班を束ねて役員と連絡するような事柄が増えるのである。
まずは「組役をやってもいい方、挙手をお願いします」なのですが誰も手を上げやしない。誰だって面倒なことはやりたくない。
ここで私が男気出して「いいよ俺がやるから」ってカッコつけてもなぁ。
後でジャン妻に「そういうのは止めといた方がいい」とも言われた。
どこのABCDEFも挙手がないので、
「組役を決めたら今日は早く帰れます。決め方は自由です。じゃんけんでもアミダでも」
組役を決めたら今日は早く帰れますって、帰れないのはアナタたちのせいだよってか。早く帰りたきゃ決めなさいよと。
でも役員に「アナタがやりなさい」という決定権はないようです。自治体だからあくまで我々に決めさせようとするのです。
だけど、じゃんけん?
アミダ?
くじ引き?
室町幕府の何代目かの将軍・義教はくじ引きで決まったんだよな。
真田昌幸も北条に付くか長尾につくか、くじで決めようとした場面があったね。
結果さえ気にしなければくじは公平なんだよ。当るか外れるかだけです。今回の場合は外れた方がいいんだろうけど。運不運を試されてるみたいだ。
早くやろうよ。誰かがやらなきゃならないんだろ。
でも誰も口火をきらない。。。
今日初めて会った人ばかりだし、誰が音頭とっていいのかそれすらも遠慮しがち。
重い空気に若干辟易した私が口火をきらざるを得なかった。
「じゃんけんにしますか。自分、じゃんけん弱いんで・・・」
ボソッと言った。
誰も反応しない。空気が重い。ドッ白けた。ハズしてしまった。
そしたら私より若干若い男性(どこに住んでる人かもわからんが)が諦めたように、
「アミダにしますか・・・」
じゃんけんだと、早い、遅い、後だし、子供の世界だからアミダの方がよさそうである。皆さん何も提言しないのに、早く決めて取り敢えずこの場は早く帰りたいのがミエミエ。私だってそうだけど。
簡単な模造紙のようなものにマジックでアミダ書いて、アミの部分を隠して、各自の名前を書きこんだ。
この無情なアミダで決まってしまった組役さんは何処かの主婦だった。自分がなったと決まった瞬間に顔色が蒼白くなってましたね。

まだある。家庭防災研修者。
これは何処かの消防署に行って、防災研修を受けるものらしい。
平日です。これは業務に差し支えるので私は挙手しなかった。私は事業所の防火管理者講習を受けたことがある。甲乙とあって事業所の広い方を受けさせられた。2日受けさせられたの。
これは役員さんが「どこどこの組の誰々さん如何ですか?」これを何回か繰り返してるうちに仕方なく諦めたように誰かに決まったようです。

これは町内会館の下駄箱です。
他人が履いたスリッパを履きたくない人は持参した方がいい。
処理済~下駄箱.jpg

会長以下、役員たちはいいトシしたご隠居が多いが、この人たちは普段何をしてるのかなぁ。
私とそう世代が変わらない人もいたが、彼らは執行部員や実働部隊が欲しいらしく「これこれこういう集まりに参加される方を募っております・・・」・・・この場に嫌々連れて来られた住民の中から地域活動に参加してもいいという意欲のある人がいないか値踏みしているフシはある。
先日開催された納涼祭の打ち上げで私にも声がかかったのである。(打ち上げにまで出るくらいだから今は私の気持ちも若干いい方に変化しています。)別項で触れますが、先日納涼祭が開催され、ピンク色の紙に印刷された有志募集のお誘いを渡された。連中の中では「赤紙」「召集令状」というそうである。

人の募集に懸命でなりふり構わぬところもあり「ご近所に、『こういう方がいます』のように推薦していただきたい方はいませんか」
選考委員、選出委員のような役を説明された。
自治会にヤル気のある人を推挙して下さい、そういう推挙ができる人って?
普段、自分とこの近所に誰がいて、どういう人がいて、人物や人品骨柄がどうで、普段何をされてるかなんて全く知らないのですよ。なのに誰かを推挙しろったって。
私は前にいた老人に呟くように言った。
「普段誰とも喋ったことないのに、知らない人を推薦できないですよ」
「だよねぇ」
実際そうなのである。25年住んでて誰とも親しくしていない。なのに「誰々さんがいいのではないですか?」なんて推挙したら無責任だし禍根を残すだろう。誰かを知ってる前提で推挙するとしたら。。。

今ここにいる自分しかいないじゃないか。。。

(別に、自分に自信があるわけじゃないですよ。)

でも何も知らずに飛び込むわけにはいかないよ。
会に後から遅れて来た人がいる。そういう人には余った役、誰もやりたがらないポジションが割り当てるようになっていた。残り物に福はなかった。
その遅れて来た人は人数少なかった体育祭の何かに割り当てられていたが、こういう会は絶対に遅刻しない方がいい。誰も無役にさせないから遅参すると割り損を喰うことになる。

ただ誤解の無いように書き添えますが、役員たちは決して命令調ではないです。言ってる内容は多少有無を言わせぬ感はあるが、あくまで丁寧な言葉で依頼する口調なんです。
それは今の時代、住民税とは別にこういう自治会が会費を取って活動することや、強制・任意の線引きが不明瞭なのに若干の批判が出るようになったからではないだろうか。

会の中途に、町内会費徴収の説明があった。
これにはその場にいる全員がウンザリした表情に。。。
(続く)
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