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邂逅 美味しいね (*^。^*) ご夫婦 [グルメ&人間ドラマ]

JR川崎駅、改札を出たところの時計台にいます。
今から丸大ホール食堂へ飲みに行くんじゃないですよ。オフ会なのです。
まだ早いけど、この写真の人混みの中にいるのかな。
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オフ会か。懐かしい鼾・・・じゃなくって響きですな。オフラインミーティングのことですよね。オンラインのネットワーク上ではなく現実的に会うことです。
私もリンクしている方やしてない方も含めて何人かにお会いしました。お互いに顔が見えない、相手がどんな人か知らない、だからこそ「どんな方なんだろう?」と想像力をかきたてます。お会いするからには慎重にと決めてますが、これまで大抵は私から声掛けしましたね。そういう私をジャン妻は最初の頃、危うく思ってたフシがあるけど、今回は先方からお声掛けいただきました。
場所は川崎駅西口デッキに直結したラゾーナという複合施設の一画です。
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今はもうオフ会なんて単語は使わなくなりましたね。いちばん数多くお会いしているヒロ旦那や、近年になって知り得た佐奈田堂氏とは呑み会ですから。佐奈田堂氏は起業家で、自分に決済権あるから堂々と強面の素顔がOPENになってるので、路上や改札でバッタリ出逢ってもすぐにわかってしまう。完全オフじゃないのだ。ハーフのオフ。
今日お会いする方はどんな方なのかなと。眉間と目力を抜いて探すのです。向こうもこっちを探しているからそういうのは雰囲気でわかるものです。声かけて間違ったっていいじゃない。
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お会いするまではテキストの内容や文体、文調で想像するしかない。だったら私なんてヤバいと思われないのかな。はっちゃけな文体で書いたりするから。
昨年、こういうレスをいただいたことがあります。
「ジャンさん。
来年は是非お会いしたいと主人が申しております。
私も是非お二人とお会いしたいものです。(*^^*)」
へぇ、私なんかでいいのかな。
コメント末に絵文字があったので、(*^^*)←こ~んなお顔なのかなと。
料理写真がトテモ美味しそうなのとバランスが取れているので、文章と料理写真、二女が嫁がれていること、これは信用できるご家族だと思いました。
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ご夫婦です。旦那さん背が高いの。髪が多いし。ウラヤマしい限り。
みーさんの笑顔は私の陰の部下、草の者12号にそっくりです。笑顔が紀尾井さんで出逢った常連さんのひとりとも何となく似てる~。
比べるなって?
理系のご夫婦です。ウチらは文系ともいえない。ジャン妻は経理数値畑、私は人事系なのですが。
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誰も言ってくれないから自分で言いますが、こういう風にお会いすると、私は普段書いてる文体とは違う口調になります。
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かなり以前から私らを知ってたみたいだ。私はこの世界に入って最初は温泉サイトの掲示板でした。その頃から?だとすると10年以上前からです。
今はその世界から抜けました。温泉宿を取り上げるにはそこそこ時間があってお金が必要で、時間とお金があればあるほどいい宿、高い宿に行けるわけですよ。それはその人の分相応だからいいんだけど、そういうのを競うような世界から足を洗ったつもり。
あ、別に現在、その方面でも盛んに活躍されてる方たちを否定してるんじゃないですよ。
私はそういう世界から抜けて2010年から自分の日常をUpするようにしました。でも懐かしいお名前が出た。「この世界では匿名性を維持するんだよ」「現実に会うなら相手を信じて会った以上は自己責任だよ」と教えてくれた師匠・番頭さんとその分家だったご夫婦、今はもうお付き合いありませんが久々にお名前が出ました。

こないだ、ヒロ旦那が乗鞍温泉に行かれたのを知り、自分も乗鞍温泉の唐松荘に泊まったのを久々に思い出して呟きⅠの過去記事を見たら、そんな前からみーさんにコメントいただいてましたね。2011年でした。
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旦那さん熱燗を好まれるんですね。私と一緒だ。
ご夫婦とも健康そうです。ご主人は今でも完全リタイアではなく週3日勤務され、地元〇内会その他、各方面の幹事をされているとか。几帳面な方らしい。旅行計画も時系列でExcelで作成されるとか。
みーさんは100%私らと同じではないですがもとは〇療系です。注射針を打つのに飽いたのかも。そういえばインプラントの記事で、旦那さんから初めてコメントいただいたんでしたね。
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ご夫妻と行く宿は被っています。3宿です。
だけど船山温泉は高くなっちゃいましたからね。今は高級旅館になっちゃった感がある。前はよかったねで一致したもの。
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以前の満足度を現代に求めるのは無理なのですが、それは私がT館長から直に事情を何度か聞いたからです。初めて今から行く方には高評価らしいのだ。
ジャン妻が移籍して3月の締め作業から完全に開放されたので、一昨日昨日と初めて桜の時期に行ってきました。

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蕎麦宿のH家には若(次男)が戻ってきたし。大旦那に「戻ってきてよかったじゃないですか」と言ったら、何が返ってきたかも話ました。

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ご夫妻はさらの木に向かう途中でくるまが絶不調になり、レッカー車で牽引されて宿入りされたんですよね。
でも私らは宿のMさんから「そういうお客がお見えになりました」とは聞いていません。Mさんはご夫婦に「ジャンさんは肉、肉、肉です」と言ってたらしいけどね。
そして第4宿の候補になるかどうか。
「岩井湯元本温泉はジャンさんの好きなお肉は無いんじゃないかなぁ・・・」
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私のはっちゃけた文章を読んで想像され、私なんかに「会ってみたい」と言って下さったのに感激です。これで図に乗らないようにしないといけないな。ありがとうございました。
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写真が下手で申し訳ないです。美味しかったのでこないだランチにもひとりで行ってきました。ひとり客は私だけでしたね。もう少し食べ込んでから別途Upするかもです。
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さて、明日から会社は新年度、新卒が50人ほど入ってきます。
しばらく通勤電車内は混むだろうな。
何か忘れてるな。あ、新元号発表か。昭和に続いて平成も彼方に去っていくのか。
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花茶屋 [グルメ]

今回の静岡小旅行は平日の午後からです。来る前、都内でのランチはこれだったんですよ。
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松乃家さんです。復活したミルフィーユ&ロースカツ。重かったです。ミルフィーユよりロースカツの方がやわらかかったですよ。
でもって夜がこれでしょう。
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凄いですよね。肉ばっかりです。美味しいけど美味しいけど。紀尾井さんは「野菜は身体にいいから出さない」がポリシーです。
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美味しい紀尾井さんを出てJR静岡駅改札ですが、ここで知らない高齢者の女性に話しかけられました。
「アタシお金無くて泊まれるとこないの。5000円貸してくれない?」
「いや、無理だね。他をあたった方がいい」
「そう・・・」
なんなんだろうね。その女性、他にも話しかけてたけど。
よほど困ってたのかな。身なりはそれ也にきちんとしていたから単なるたかりかな。
私が金持ちに見えたのかな。返ってこないのを承知で困っている人に渡すほど私はお大尽じゃないよ。
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泊まりは藤枝です。
肉が続いて腹が重たい。私は出張や飲みが続いて野菜が不足するとイライラするのです。この日に摂った野菜は冒頭写真に沿えたキャベツの千切りと豚汁(何故豚汁にクタクタになったタマネギが入っているのだろうか。)の根菜だけ。
追加のポテトサラダはカロリー高いだけで、野菜ともいえないからね。
翌朝の朝食バイキングで野菜摂ろうと決めて寝ました。

ルートインの朝食バイキングメニューは可でもなく不可でもなくですが。野菜だけでいいやと思って、単なる餌、栄養補給と割り切って8時半前に1階に下りました。
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食事処の名前が2種あるのか。
朝は花茶屋、夜は花々亭です。保健所にはどちらのネーミングで申請したんだろうか。
夜はこうなってました。
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貼ってあった夜のメニューですが。
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昨夜は北風が強かったので、ここ藤枝から静岡市内にある紀尾井さんまで行かないで、夜はホテルの花茶屋で済まそうかな~と意志が弱りかけたんだけど。それを振り切りました。結果紀尾井さんに行ってよかったです。
でも野菜が・・・
足りない・・・
あまり期待しないで会場入りして、まず目に入ったのが必ずあるミニオムレツ、確か中にミンチ肉が入ってる筈。黄色い餃子みたいですね。
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ウインナーはボイルなのでパス。
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見るも無残な喰い散らかしの跡ですね。
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後で補充されてましたよ。
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このピリ辛唐揚、唐揚をニンジン&タマネギと炒めてあるのですが、少し食べた。悪くなかったですよ。
必ずある揚げ物。イカリングと蓮根挟み揚げ。これも残数少ないですが、
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後で補充されてました。利用する皆さん朝から揚げ物が好きですね。
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何故かフライドポテトがあるぞ。ハンバーガーがあるわけでもないのに。外国人客が好むのかも知れない。
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ポテトサラダをどうやったらこんなに真っ白になるんだろうか。マヨネーズが多過ぎなのでパス。この私がですよ。
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ヒジキ煮物はジャン母の手作り味(甘くて汁が多い)が好きなので他では自分からは食べません。
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ハイ生野菜コーナーです。キャベツは無いなぁ。レタスを山のように盛ってタマネギをドサドサ載せて、ブロッコリーやカリフラワーも添えて、アクセントにツナも載せて、胡麻ドレをブチューっとかけます。
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振り返って見たら、残り少ない焼き魚の切れ端にマグロの照り焼き(照ってないけど)があったんですよ。これが美味しかった。これは補充されなかったようだが。それだけ出たのでしょう。
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まぁ満足しました。高崎のルートインより品数が多いです。ルートイン高崎はもうちょっと努力して欲しいですけどね。
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しかし焼き魚のように寂しい皿もありましたな。食の廃棄削減が叫ばれてるから残して廃棄するよりいいかも知れないけど。残ったら従業員が食べるのだろうか。
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でも藤枝はフロントも食事処も明るいので好きです。
高崎は暗いね。陽が当たらないし、照明も何だか暗いのだ。それでいて食事処から私が住んでたマンションが見えるのも何だかな。
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9時にチェックアウト、今日の現場へ。
振り返ります。次回はいつになるだろうか。草の者13号に任せることになるかな。
そういえば昨夜紀尾井に行く前、部屋にカードキーを指しこんだままドアを閉めちゃったんですよ。あ、やっちまったって。
フロントで事情を話したらおねぇさんが同行してくれて、スペアのカードキーで開けてくれたの。
「どうぞお入りください」
おねぇさんは部屋に入らないです。アタリマエだよな。アブない・・・でもないけど私は。カードキーを抜いて下に戻るエレベーターの中で、
「こういうおっちょこちょいな客っているの?」
「いらっしゃいますよ」
「お爺ちゃんとか?」
「いえ、若いお客様でも」
そりゃ危険だな。

今日も風が強いです。3月14日だったので、行く先々で3箇所、クッキーを配って廻りましたよ。めんどいねホワイトデーって。誰が考えたんだろうか。
お昼は静岡でいちばん親しい現場でランチ会になりました。
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彼らともあと4年でお付き合いが終わるのか。
ここだけでなく、何処の従業員とも悔いがないよう対応しないと。
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廃車体の慟哭 [鉄路と風景]

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今日は晴れていたのに北風が強く、体感温度が低い1日だった。そろそろ陽が西に傾きかける頃合いである。
遠州諏訪原城の段丘向こう側に陽が落ちようとする少し前、私の前に鉄道車両の台車、動輪、その他の部品が再利用されないまま、赤錆びた状態で積まれていた。
強い風に砂埃が舞い、部品に吹き付けていた。
この部品は何から外したのだろうか?
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振り向いて陽が落ちようとしている西に目を向けると軌道があり、留置線の上にSLが置かれている。
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「あれ、撮りに行ってもいいかなぁ」
「いやぁ、ここ立ち入り禁止なんでぇ」
「じゃぁここ(公道)からなら撮っていい?」
大井川鐡道の社員さんは不承不承頷いて、社用車ワンボックスに乗って去っていった。
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誰もいなければ、聞かなければ近くまで見に行って機種を確認したかも知れない。でも目の前に敷設されたレールは錆びてはいるものの廃止路線ではないのです。本線とはいえないが現役なのです。迂闊に跨ぐべきじゃない。
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私は何処にいるのか。
陽が西に傾きかけた頃、静岡県島田市金谷の大井川沿いにいます。
大井川鉄道のSL発着基地でもある新金谷駅から、川の土手の方向に分岐する引込み線があって、その先に役目を終えた廃車置き場があるのですよ。
そこには現役を終えて廃車となったSLや客車、貨車などが野晒らしに置かれている。公園や新橋駅西口にあるような静態保存ではなく、解体されるまで、鉄屑になるまでそこに置き晒したままなのです。
下のMAPで、本線から川の方に向かって1本の支線がヒョロ~ッと分れた先にあります。
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大井川鐵道本線は沿線人口の減少によりダイヤを大幅に減らし、現在で9割方はSL列車を利用する観光客が主体になっている。経営再建に必死です。
現在在籍している電車は全て大手私鉄の車両で、他社から譲渡を受けたものばかりです。自社製は無いと思う。それはそれで様々な車種が見れるから鉄道博物館の様相を呈しているし、観光客やファンには受けているらしいですが、他所から貰った中古車両だからいずれあちこち故障する。現在運行しているSLや車両を修理する際に部品交換が必要となった場合、部品ストックがあればいいが無ければどうするか。
自社で製作したり、全国にある静態保存中のSLの部品を譲り受けたりする。あるいはこの廃車置き場の車両たちからも使えるものは外して使うのだという。
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そうやって部品をどんどん外してけばいつかは役立つ部品が無くなる訳だが、そうなる前、部品確保用のために置かれているものだと聞き及ぶ。
ある意味で残酷ではある。解体するならすぐに解体すればいいのにと思ったりする。他からの貰い物だからいいやってか。(冗談ですよ。)
でも大井川鐡道は経営が厳しいので解体する費用も捻出できず、こうして置いておくことしかできないのではないだろうか。
社員さんたちもホントはいたたまれない気持ちなんだと思いますよ。一部を取り外す時の音は車両の悲鳴に聞こえるでしょう。
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SLは横を向いているので機種や表情がわからない。歩み寄って見てみたい気もする。
その時、声が聞こえたのです。女性の声だった。
「来ちゃだめ」
何だって?
「私を見に来ないで・・・こっちに来ないで・・・」
えっ?君か?
声は、目の前のSLからだった。

そっちへは行けないよ。入っちゃいけないって言われたし。言われなかったらそっち行って撮ったかもしれないけど。
「見ないで・・・立ち去って・・・撮ったのっ!!!」
強い口調になった。

すすり泣く声に変わった。
「撮ったのね・・・」
この距離で横から撮ったよ。それはさっきの作業員に許可取ったぜ。
「あなたも私を撮ったのね。私はもう本線を走ってた頃の私じゃないのよ。こんな私を撮ってどーするの」
責めるような口調になった。
「そうやってこれまでも何人か来て私を撮ったわ。アナタも私を撮って、誰かに見せて嗤いものにするんでしょう・・・」
嗤いもの?
そんなつもりはないぞ。
「でもネットに載せるんでしょう?」
う~ん、そうだなぁ。
ちょっと返事に困った。この場をどう切り抜けようか。
しばしその場で泣きやむのを待った。

わかったよ。消すよ。
「・・・」
消せばいいんだろ。今消すから。
「待って・・・」
???
今度は何だ?
「消さなくてもいいわ」
いいのか?消さなくていいのか?
「撮ってしまったんですものね。その代わり、私の気持ちを、心の叫びもそのままUpして載せてちょーだい」
それでいいのか?
「アナタだけじゃないし。そうしてくださるなら」
わかった。そうする。
「・・・」

いずれ彼女の美しいボディからも動輪や連結棒、台車などの部分が剥がされ、原型を留めなくなる運命が待っている。
だが残酷なことにそうなるまでにはまだ時間がかかる。彼女の再利用できる部品が無くなるまでです。
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この日、線路上には廃SLが2台、車両は2列で数台、無蓋車2台が静かに置かれていた。
この無蓋者、さっきの従業員さんには悪いけど、侵入禁止のロープが無い箇所があったのです。跨いだんじゃないですよ。ギリギリお許しください。
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その先には客車が2列、留置されていた。屋根があるだけマシですね。まだまだ走れそうですが。
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このSLは各方面のサイトに載ってますね。相当長くここに置かれて晒されていると思う。
もう軌道上を引っ張って行くこともできないのではないか。引っ張ったら割れて崩れそうだ。
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荒れるに任せています。これが夏場だと草木や蔓、蔦が伸びて凄い光景になるらしいですよ。
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このSLは、後からこの場所に来て解体されてった後輩たちを今日まで見てきたのだろうか。
また声が聞こえた。今度は男の声だった。
「俺を、俺を解体してくれないか・・・」
私はギョッとした。

君か?
今のは君が言ったのか。さっきの彼女のように。
どうしろって?
「俺を早く解体して欲しいんだ・・・」
いや、そう言われても。悪いが私は君を解体することはできないよ。
「俺はもう何年もこのままの状態なんだよ」
それは知っている。君は有名だからね。さっきの彼女(SL)や貨車、客車たちより前からここにいるのだろ。
「知ってるのか。なら尚のこと早く解体してくれないか・・・」
それは私ではなく大井川鐡道の社員さんに言うんだね。
そう突き離したら彼も男泣きに慟哭し始めたのである。

「これまでも俺を見に来たヤツらに言ったんだが、皆、無理だ、できないって言うんだ。お前は・・・お前も・・・この俺を見て何とも思わないのかよ」
何を言ってやがる。何とも思わないわけないだろ。心ある者なら誰でも打たれるさ。
「俺はいつまでこんな状態でここに晒されてなきゃならないんだ・・・」
・・・
気持ちはわかるが。できないものはできないんだよっ。

慟哭が止んだ。
悪いな。そういうことだ。
「ああ、君にあたってすまなかった。俺を見て気が済んだのならもうここから立ち去ってくれないか」
立ち去るさ。このままいたらこっちまで気が滅入ってきそうだ。

くるまに戻りかけたらまた彼の声が聞こえた。
「向こうにまだ、彼女はいるのか?」
彼女?まだ新しいSLのことか?
いた。泣いてたよ。
「彼女には、俺がまだこの姿でここにいることは黙っててくれないか・・・」
わかった。それは約束する。
別に言う必要なんてないよ。
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JRと接続する金谷駅は寂れていましたが、SLの基地である新金谷駅はそこそこお客がいました。そこを起点に本線上をカッコよく走っているSL車両は花形である。
だが今は花形でもいつかはこうなります。旧くなった中古車両の行く末がこれなのです。ここに搬入されたら最後なのです。解体され、使えるものが無くなれば、後は風雨に晒され錆びて朽ちていく。

もうひとつ聞いた話。ここは解体前に留置される場所だけではなく、修理できる車両はここで修理するのですが、他社から譲渡される車両もこの場所から搬入されるそうです。
他所から来た車両に意志があればこの廃景を見てどう思うだろうか。留置されている先達の車両たちから「いずれお前さんもこうなるんだよ」と言われて怖気をふるうだろう。
他所から来た車両はこの地から始まり、いずれこの地で終焉を迎える、そういう場所でもあるのですね。
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かつては子供たちを、観光客を喜ばせたであろうSLや客車たち。
それらを支えた裏方で、資材を運んだであろう無蓋貨車たち。
既に現役を終えた彼らはもう本線上を走ることはない。走れない。
車籍を奪われ、ボディの至る所から部品を取り払われ、最終的にはさっき見たような鉄屑になる運命なのだ。鉄道車両の墓場といっていい。だが墓標はない。
今ある光景が明日もある保証もないのです。
あ、別に私、この置き場を、再利用の仕方を非難しているんじゃないですからね。
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鉄道廃景の場所としてマニアに知られるこの場所はかつては大井川の砂利採取線の跡だといいますが、現在はこのような場所です。新金谷駅で明るい表情でいる観光客やチビっ子には見せない方がいいかもね。私も二度と来ないと思う。
というのは、去り際にまたさっきの彼女、SLの声が聞こえたのです。
「まだいたの?」
ええっと・・・さっき見た彼のことは言えないし。約束だし。
もう引き上げるよ・・・。
「あなたに小さいお子さんがいるなら、この場所は見せない方がいいわ・・・」
・・・
「夢を壊すだけですもの・・・見せないでね」
そうだな・・・。いないけどな。
「ここから立ち去って・・・そのまま行ってちょーだい」
・・・
「もう振り返らないで・・・戻らないでね。」
・・・
陽はさっきよりも更に西に傾いている。彼女のシルエットが逆光で眩しい。
私は赤錆びた彼との約束を守ってその場を急ぎ立ち去りました。瞳孔が涙でにじむ前に。
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三日月堀と大熊朝秀 [隠れ郷土史]

あの天守は往時のものなだろうか。それとも模擬かな。
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実は展望台なのだが、あれに登る時間は無さそうだ。
見たいものだけ見よう。三重堀を目指そう。
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途中にある寺の境内にあった解説板。
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大熊備前守??
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そうだったのか。ここにあの人がいたんだ。
越後から亡命した人です。

今年は今川義元公生誕500年記念だそうですが、桶狭間の戦いで首級を取られた義元公の後を継いだ氏真の代になってから甲駿相の三国同盟を反故にした甲斐の武田信玄は、三河の松平元康と大井川を挟んで武田が東、松平が西を領有せんと約定して駿河に攻め込んだ。
だがそんな約定を信玄が守る訳がない。氏真を敗走させた勢いを維持して永禄11年(1568年)12月、武田軍は大井川を越えて「山崎の砦」を手中に納める。この砦が小山城の前身だという。
武田軍が甲斐に引き上げた後一旦は松平家の手中に落ちるが、元亀二年(1571年)武田軍は奪い返して大改築した。
信玄はここ、小山城に据え置いた城将は、大熊備前守朝秀(長秀)・・・。
あの大熊さんがねぇ。
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こんな急な階段を上るのかよ。
気が萎えかけたが、右手に緩い坂、階段があった。
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あの階段を上らなくてよかった。見下ろしてもこんなですよ。転がり落ちそうだ。
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公園内に入ってすぐ、模擬天守の脇にある堀ですが、狭くて浅いです。
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この三日月堀は復元です。法面が崩壊しないようにネットのようなものが被さっていた。
解説板には「三日月型をしていたので三日月堀と呼ばれる」とありますが、そんなん誰が見てもわかりますよね。私が見たいのはこの「如何にも復元しました」の三日月堀ではないです。もっと凄いのが後で出てきます。
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これも如何にも復元したという感じの土塁です。工事現場の残土にしか見えないけど。
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堀というか、水を抜いた池のような。浅い堀です。なくてもいいような。
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この辺りはそれっぽくなってきました。
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その先の西側は茶畑の台地に繋がるのですが。そこに三重の三日月堀があってこれが最大の見どころです。さっきのように復元でなく土そのもので緩くない。他にあまり例がないそうです。
2本でも3本でも真っ直ぐに断ち切らず、わざわざ曲げています。
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ここ小山城の城将だった大熊朝秀は越後の人ですが、最初から長尾景虎の家臣ではなくもとは越後守護・上杉氏の被官を努めていた。
最後の越後守護だった上杉定実という人が死没、男子がいなかったので長尾景虎が実質的に越後国主になるのですが、定実は越後国内の叛乱を鎮圧した実績のある景虎と兄晴景の争いも調停して景虎を守護代理に擁立したので、おそらく大熊氏はそのまま景虎の家臣にスライドしたと思われます。
ただ、越後の者だが、長尾家の譜代ではなかった。

越後統治がイヤになった長尾景虎が春日山城を出奔した事件がありましたよね。大熊朝秀はこの景虎出奔と家臣団に懇願されて守護に復権する騒動の要因、そこで必ず登場する人ですよ。
あの出奔事件は、弘治2年(1556年)に、現在の魚沼郡にいた上野と下平という2人の国人の領地境界の争いが発端で、この調停に譜代長尾家中の本庄実乃(栃尾城主で景虎の幼少期の補佐役)ともと上杉家中の大熊朝秀が関わり、本庄が上野、大熊が下平に付いたことで家中の諍いが深刻になったというもの。本庄対大熊重臣同士の構図になってしまった。拡大して景虎の譜代家臣団と旧上杉家家臣団の争いにまで広がったかもしれない。
そこで甲斐の武田信玄が大熊に内通の手を伸ばすのです。のせられた朝秀は信玄と内通し反乱を起こすが計画が稚拙で失敗した。この騒動の原因である領地争いの片方、上野家成に敗れ、居城(箕冠城、現在の上越市板倉区、妙高の東です。)を捨てて越中に逃れた。
さすがに信玄も自分が持ちかけて内通させたのだから、後日大熊朝秀を正式に武田家中に受け入れています。でも直接の家臣ではなく赤備えの飯富三郎兵衛昌景、後の山県昌景の寄力にした。越後では城主だったのが信玄の家臣の家来に格下げしたのである。
でも大熊朝秀は腐らなかったらしい。永禄4年(1561年)の川中島では昌景の配下として越後軍と戦うのですが、昭和63年(1988年)の大河では信玄の本陣にいて、後半、戦場へ押し出していた。(演:勝野洋さん)
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平成19年(2007年)の大河では、守護代上杉家のもと家臣である大熊朝秀本人が領地の争いの張本人のように描かれ、対する譜代の長尾家直臣(直江、本庄、柿崎)の系図になり、直臣たちから「もう無い上杉家にいつまでこだわっているんだ。関東管領ですら今は長尾家の庇護のもとにある。大熊殿とて長尾家の家臣に取りたてて貰った身ではないか」と現実を突き付けられていた。(演:大橋五郎さん)
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大熊朝秀は永禄9年(1566年)に飯富改め山県昌景の組下に属して、我が第二の故郷上州にも来ています。信玄に勝てないまでも負けなかった上州一揆衆の盟主、長野業政が死去したので、後を継いだ長野業盛が守る箕輪城攻撃に加わった。
朝秀は箕輪城を単身よじ登って城兵を斬り倒し、内側から大手口を開けて武田軍を城内に導き、後年に新陰流の祖となる上泉伊勢守信綱と切り結んだ。この功で朝秀は足軽大将に抜擢して騎馬30騎、足軽75人を預かる身になり、武田譜代家中の娘と縁組み、受領名・備前守を名乗るようになる。

武田軍の駿河侵攻に朝秀は従軍し、元亀二年(1571年)の遠州攻めで小山城をの城将に任ぜられた。
だがその後、勝頼の代になった武田家での朝秀の動向はよくわからない。天正10年(1582年)に高天神城と諏訪原城が相次いで陥落、大熊朝秀の嫡男である長秀という人が三日月堀の小山城に敗兵を収容したが、小山城単独での抗戦を諦め、城内の食糧を分配して甲斐府中に撤退した。天正10年(1582年)武田氏が滅ぶ前に小山城は落ちたのです。
大熊朝秀、長秀とも、武田家を離反した記録は無いようである。
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城西側に掘られたトンネル(県道230号線)は備前守隧道といいます。
3層5階の模擬天守には登っていません。どうも犬山城を模擬したらしい。400年前には無かった形状だと思いますよ。
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戦国史上で最も失敗して挽回した男で有名な仙石権兵衛秀久(センゴク)や、関ヶ原で西軍について改易後、大名として旧領に復帰した立花宗茂には及ばないが。大熊朝秀は越後出奔以来15年の歳月を経て城将クラスに返り咲いた人です。
武田24将クラスには及びませんが。
長秀とは別の子の系譜が信州松代藩、真田家家臣に高録で仕えてそのまま続いたようです。
(大熊靭負という人がいて、寛永14年に千弐百石の知行高とある。)
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ホントに闇紀尾井 [居酒屋]

鬱蒼とした店入り口ジャングルにしょぼいツリーが息も絶え絶えに点灯していた。
ヘンだな。様子がおかしい。とても店は営っている風じゃないな。
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この看板は光らなくなって久しいが・・・。
これがホントの闇紀尾井.jpg
これがホントの闇紀尾井ではないか。
あ、いるのかな。明かりは点いているようだが。
点いてはいるが.jpg
入っていいのかな。粗大ゴミを避けるようにして近づいた。
粗大ゴミ置き場か?.jpg
いるのかな?.jpg
「こんばんは~」
「ハァイどなたぁ?・・・アッ!!」
後で店主に言いましたけど、このハァイどなたぁが固かったんですよ。
「お休み?」
「いえいえいえいえどうぞどうぞ。船山さんでしたか。久しぶりですね」
確かに今年初めてなのです。
臨時休業かと思った。何でも昼の闇紀尾井(七間町)午後にこっちの紀尾井(宮ヶ崎)で予約が入り、そのまま休憩に入ったらこんな時間になってしまったようだ。
誰もいない1.jpg
店主がゴミ出しに出て行かれてひとり取り残された私。
誰もいない店内。私が来なけりゃ臨時休業だったのだろうか。
誰もいない5.jpg

最初の膳.jpg
「船山さんがお見えになったので目が覚めましたさぁやるぞ~」な~んて自分に気合入れてたからさては今まで寝てたんでしょ?
取り敢えずのおとおしはブリ大根。大根がすっげーやわらかくて、柚子も散らされた逸品でした。
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ブリ大根2.jpg
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「この後お料理は何になさいますか?」とは言うもののいつもの定番は全くできないらしい。お刺身はカツオがおすすめだそうで、それ以外はお任せしました。
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ノコギリでザックリとブッた切ったようなブ厚いカツオです。
初カツオではないらしい。日本を取り巻く海流がオカしくなってきているそうだ。
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ローストビーフのコア(核)の部分です。
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子持昆布のフリッター。
気が付いたら最初は空だったカウンター上の冷蔵ケースにいつの間にかネタが入っていた。
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ここまで出たところで店主は一服。
見上げるTVには戦争映画が流れている。
定年後の話とか、闇紀尾井が1年経って今後はどうしようかとか、TVの収録が控えているとか。あまりおススメしないけど昨今の政治の話とか。
「ジャングルにツリーが光ってましたが・・・」
「ジャ、ジャングル・・・(笑)あのツリーはですね・・・」
失敗だったという。そんなに高くないツリーを巻きつけのはいいが、グリーンのボリュームが凄過ぎでてツリーが負けてしまった感がある。やはりツリーやイルミネーションは派手で煌びやかでないと映えないものなのだ。
後でジャン妻に見せたら「何これ?」絶句してました。誠に失礼ながら紀尾井さんには相応しくないと思いますが。今更力ずくで引きはがすにしてもタイヘンそうである。いっそのことグリーンそのものを全部刈るしかないのではないか。
地元の常連さんどなたかお願いします。
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「山菜花鰹をつまみながらその間にお肉を準備しましょうか。煮た肉と焼いた肉とどちらになさいます?」
ここで私は「両方!!」と言ってしまったのです。店主はニヤリと笑った。
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この紀尾井さんらしからぬ山菜と花鰹の後で、眠りから目覚めた店主が私を唸らせてやろうとモノ凄い肉料理を提供することに。
焼くジュージュー音がするんです。
そして揚げるジュージュー音に変わったのです。
供されたのは、焼いて揚げたビーフカツだった。ソースが絶品です。
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そして煮込み料理、なんなんだこの肉の塊は!!
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「半分近く骨ですからペロッといけますよ。パンでもお付けいたしましょうか」
肉を崩してみる。やわらかく煮崩れてきた。
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ボロボロに崩していく。むかしのSF映画に出てくるアメーバ状の巨大生物のようだ。
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やわらかい。確かに美味しいです。ジャン妻に食べさせたかったな。
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TVに映っているのは1977年の「遠すぎた橋」・・・
連合軍がメッタメタにヤラれる洋画だそうですが、戦場で爆発する砲弾で将校や兵隊がフッ飛ぶ場面を見ながら肉料理を摘まむこのシチュエーションの凄さ。
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しばらくひとりだったのですが、21時過ぎてようやくお客さんが来た。
「ただいま~」
「お帰りなさ~い。お帰りなさいの次は、お風呂になさいます?お食事?それとも・・・ウフ(笑)」
地元の常連さんが3人、ネコが3匹揃ったところで、3月23日にコカインを使用したとして逮捕された地元静岡出身のマルチタレントの話題になって。
静岡県出身だそうですね。マルチタレントだけに打ち切り多数、登場した作品全部がお蔵入り、上映も販売も停止になるとは。
他の出演者さんもそうだが、製作サイドも大打撃になるに違いない。残念なことだ。
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闇紀尾井の方も1年経ったそうで。
「もうしばらくここで頑張ります」
私はカウンター席左にある柱をコンコン叩きながら、
「ですね。この柱がある限り大丈夫でしょう」
紀尾井さんはGWも10連休なんかしないで普通に通常営業するとか。
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振り返って見る闇の中に紀尾井があります。
初めて入られる方は勇気を奮ってお入りください。
肉々しい夜でした。
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えびの食堂2 [グルメ]

昨日の店再訪です。またしても幸区役所から歩いたのです。区役所まではJR川崎駅からバスで。そこから南武線へ向かってトボトボと。
最近会社から支給された携帯(ピンクではない)には歩数計機能があってこの日は17000歩歩きました。午前中だけで1000歩いきましたね。
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で、昨日と同じく、そこだけ飲食店は片寄せあって纏まっている一画です。
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で、この写真です。ラーメンの丼と、炒め物が載ったお皿、直径が殆ど同じ長さでしょう。
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ボリュームあるな。ボードにもミニサイズがあるし。
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肉野菜炒めにするか。生姜焼にするか。決めたっ。生姜焼にしよう。カウンター席に座ろうとしたら女将さんからテーブル席をすすめられた。
「いいの?」
「いいわよ。まだお客さん来ないし」
これからお客来るんでしょ。それまでヒマだわよと言っているようなものだが。ひとりでテーブル席に座ってもすることないしなぁ。スポーツ新聞も見なくなった私は手持無沙汰でソワソワ落ち着かない。この時間帯のTVはくだらないワイドショーしか映らないし。やっぱりカウンター席がいいな。

(話が逸れますが、私はワイドショーや週刊誌は見ません。コメンテーターがうるさく引っ張るからです。ニュースは見ますよ。
週刊誌の見出しは見ます。見出しだけです。それは要点やポイントを短く押さえてあるからです。業務報告に通じるんですよ。短い文体で伝えるということ。
でも電車の中の中吊りをじーっと見てると、周囲の乗客の視線を感じますけどね。)

テーブル席のメニューは、カウンター席にあるメニューより若干、マシでした。
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厨房が見えたら退屈しないのに。見えないですが、ジュージュー焼く中華鍋の音が聞こえる。
その音が続く時間は短かった。ってことは・・・
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カウンター上に載せられたのは私の生姜焼らしいが。
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何だか肉が多いぞ。一昨日の店ではしっかりしたロース肉が10枚で、ご近所ともいえないが歩いて行ける圏内のこの店ではどうか。
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山盛りの豚バラ肉ではないかい。
昨日のように丁寧に焼くのではなく、バサバサバサッと一気呵成に盛ってある。脂身があるから焼く時間(炒める時間)は短かったですね。
これは美味そうだ。ご飯がススむぞ。
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美味しい美味しい。食べ応えがある。バラ肉だからやわらかい。タマネギとのマッチングもいい。
ご飯も決して少なくないですが、これは2杯分イケますね。
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ポテサラもある。キャベツとポテサラを生姜焼のタレに浸して食べると美味しい。
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ところが肉が、おかずが余りました。だけどここでご飯をお代わりするからいけないのだ。ここはガマンです。
豚肉の生姜焼という素晴らしい料理を考案した人は偉い。これほどご飯に合ってご飯がすすみ、元気になる料理って他にないんじゃないか。
味が濃いほどご飯に合います。
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やや黄色くなっているお新香も自家製ですね。
熱々の味噌汁は具がたくさん入ってる。大根、豆腐、油揚、ワカメ、刻みネギ。汁より具が占める割合が多いのだ。メニューに「スープ付」「味噌汁付」そう書くだけの為にラーメンスープに刻みネギをパラパラ撒いただけだったり、味噌汁だけで具が無かったり、取り敢えず出せばいいやのような店って多いからね。弁当屋を兼ねてるだけにその辺りはしっかりしてる。
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私はブ厚い豚肉を焼くよりも薄切り肉の方が好きです。ブ厚い豚肉だとトンテキ、あるいはポークソテーになるけどそういうのはチョイスしないです。あまりブ厚いと顎が疲れるし。
豚ロース肉はしっかり厚めで食べ応えがあって、豚バラは薄く、脂があるから甘い。
生姜焼定食と焼肉定食は別ものです。どちらかといえば前者の方が好きです。店によってロース肉だったりバラ肉だったり、私はどちらもいいですが、ロース肉とバラ肉、両方あって、どちらかをチョイスできる店は知らない。何処かにあるだろうけど。
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またまた余り誉め過ぎても何なので。やはり個人店は喫煙可なんですよね。
後から来たお客が、
「煙草、だめだよね」
「まだいいわよ。12時から禁煙だけど」
12時から13時まで禁煙なんだそうです。
女将さん.jpg
え?10時30分から営ってるのか。
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そこだけ飲食店が集まっている3.jpg
大満足で店を出ました。店を出る時にママが焼き鳥を串に刺したりしているのを見た。街中華、食堂、出前、テイクアウト、弁当屋、そして焼き鳥だから呑み屋も?
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路地を歩きます。人も店も少ないですが、探せばこういう店がまだまだあるのですな。
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踏切があった。ここで右に曲がれば鹿島田駅、左に曲がれば矢向駅で、どちらもちょうど同じ距離なのですが右に曲がって鹿島田駅へ歩いた。そしたら踏切を渡って赤い暖簾に白い文字を発見。
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新しい店かな。まだ行ってませんけど。
台北点心という店で、名前からすると町中華よりも中国料理店ぽいんですよね。
まぁ年内に行ってみようかと思っています。
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えびの食堂 [ラーメン]

あまり人が歩いていない幸区の路地です。昨日と一昨日の店から南武線踏切方面へ少し歩いたところです。
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個人で頑張ってる店は無いかな?
嗅覚を働かせてジロジロ見て歩いたら、途中、右手の細い路地にですね。そこだけ飲食店が4軒、固まって寄り添っている場所があった。
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これなんか安いですよ。夜は飲み屋なんだろうけど。
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こんな店も2.jpg
どれもくたびれた店ですね。この店なんかまるで・・・どっかの・・・
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・・・静岡市某所の料理が秀逸な廃屋居酒屋みたいです。
もうちょっと見やすくキレイに書けばいいのにね。
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ママチャリが何人かで走りながら「あ~、この店、カレー○屋さんなんだぁ~」「ホントだぁ~」子供がいない時間帯に来てみようよ~のような会話をして走り過ぎていった。チャリが少なくないのは、バス通りから1本入った裏道なのです。もう少し先へ歩くと商店街に繋がります。その商店街は路駐を禁じており、自治会の目が光っているからなのですよ。何処にも駐車場無いです。ということは現代のくるま社会から取り残されているので人が少ないわけです。

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で、気になったのがこの店です。テイクアウトの窓口があったのです。弁当屋と併設されているのだろうか。
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次にこの写真を見て唸った。ラーメンの丼と炒め物の皿の大きさを比べてみてください。荒川区の光栄軒ほどではないがかなりのボリュームです。
それにラーメン&カツ丼、上州高崎のセットそのものじゃないか。
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よし今回はここにしよう。
店内は4人テーブルが2つ、2人テーブルが1つ、カウンター7席ぐらい。
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メニューは大雑把にこんな感じ。店内と出前メニューだって。
消してあるのは何だろ?
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これが弁当メニュー、テイクアウトメニューか。
ってことは、店内、出前、弁当とテイクアウト、1店で3つも回しているのか。
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街中華だけじゃなく、ホットモットやコンビニ弁当が普及してから、個人で営っているホカ弁屋も少なくなりました。あれはキツい仕事だそうですね。
都内でも居酒屋や料理屋のランチ弁当が安い金額だとワンコインで出てます。でも保健所の指導があるから店で作って店の前で売るのはOKだが、店から移動して販売するのはものが傷むからNGなんですよ。だから都内の移動弁当屋も少なくなった。
この店が弁当屋と併設してるのは店内の売上だけでは厳しいからでしょう。タイヘンだけど儲ける為の発想は悪くないですね。
でもそれだと調理する人が最低でも2人いないと厳しいですよ。店内の客、テイクアウトの客、どちらかがWaitになるから。
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これ以外にも料理写真が貼ってあって、その中にはタコライス・ラーメン付、オムライス・ビーフストロガノフ、およそ町中華らしからぬものまであった。
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ボードの定食類でもミニサイズとかあるし、デフォだとボリュームが多いと見た。
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殆ど同時に出ました。2人で調理していたと見た。オペレーションは見えませんが。
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「またこんなの食べて」
ジャン妻は眉をしかめた。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2019-02-25の記事で、大病院の健診センターでファースト胃カメラをしましたが、その結果がなかなか来なくて。1ヶ月以上かかりましたよ。封を切って結果を見たら、一部が芳しくなかったのです。
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Blogを見ている方に言わせると、私は毎日ガツガツ飲み食いしてるように見えるらしい。これでも群馬から戻ってマックスヘビィーウエイトだったのを今日まで9kg落としたんでけど。
健診結果を見たかかりつけエロ女医は首を傾げた。
「今まででいちばん体重が減ってるのに、何でまたこの数値が上がっちゃったのかしら?」
ちょっとですね。1箇所上がったんです。
「何か思いあたることない?」
あるにはあるのだが、ラーメンと炒飯のせいではないと思う。
「でも前はひと桁多かったからねぇ。今はまだ経過観察でいいわ」
「やはり70kg切らなきゃだめですかね・・・」
「身長の数値より5kg多いのはねぇ」
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ジャン妻が数値を見て言うには、
「ラーメンと炒飯食べるの止めなさいよ」
高崎のBAR・ASLIのマスターもそんなようなことを他のお客に言っていたな。「ラーメンと半炒飯、あれはよくない。あれが太る原因だよ」って。
でもねぇ。それって初めて訪問した店の初回だけなんだけど。
ラーメン、チャーハン、これでまずその店の路線や仕事っぷりがわかるからね。そして次に炒め物系の定食とかに移行するんだけど。
体重減ったのにさる数値が上がったのは私には心当たりがあるのです。ラーメンと炒飯のせいではないよ。
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ラーメン、チャーハン、どちらも昭和ビジュアル、期待して食べたら至って普通でした。味は懐かしい昭和の味、そういう使い慣れた比喩しかでないです。意外にモヤシがアクセンントになっていたな。
個人的感想ですが、ラーメンのスープは、味噌汁の上澄み液のような・・・。
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で、あまり日を置かずに再訪したのですよ。今度は生姜焼にしました。
昨日の店の生姜焼とどちらが美味かったか。どう違ったかというと・・・。
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好来2 [グルメ]

川崎駅からバスで幸区役所へ。そこから矢向駅方面へまた歩いてきました。
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舗道が広い。JR矢向駅から徒歩10分のこの通りは塚越銀座商盛街といって、毎年5月から9月までの最終土曜日夜に夜店が出るそうですね。
これでも銀座だそうです。大型食品スーパーもありますが、生鮮食品や日用品を販売する個人経営の商店が幾つか残っていた。
閑散としているが庶民的な雰囲気が残っている。そこだけ時間がゆっくり流れてるかのよう。
その商店街から離れた先にある街角中華、街隅中華といっていい。
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大手チェーン店は矢向にも鹿島田にも出店しています。駅改札を出たら何処でも安定した同じ味に出逢えるからそれはそれでいいのですが、個性が無いよな。
個人で営ってる赤いテント赤い暖簾に白い文字、こういうルックスに弱い私は歩いてでも来てしまう。
2回めです。今日は生姜焼にした。
先客の2名様に、餃子、大盛り炒飯、生姜焼が出た後です。
細かい仕事っぷりをしていたんですよ。
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おとーさんは生の生姜をスリスリすりおろしてた。チューブや出来合いのタレじゃないんだ。
手前では奥様がキャベツを千切りにトントン刻んでる。サラダ菜を1枚か2枚敷いてその上にキャベツ千切りを山のように盛り上げ、トマトを1個添えた。
おとーさんが生姜汁とタレを肉に丁寧に揉みこんでるところ。
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そして一気に炒め焼いたら中華鍋に炎が上がった。
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「ハイこれお使いください」
奥様がフルボトルのキューピーマヨネーズをデンと置いてくれた。
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ご飯はお皿で供されたぞ。
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お新香も手作りのようです。どっかからバサッと大量に仕入れたのをちょこっと出す店って多いからね。
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何だか肉が多いぞ。バラ肉ではなく脂身の少ないしっかりしたロース肉が、ザブトンのように盛りつけられている。
キャベツもドッサリ、切りたてですが水で濡らしてないのでシャキシャキしている。水で濡らすと生姜焼のタレが薄まっちゃうからね。
先にキャベツを食べます。胃の腑をキャベツで覆うのです。トンカツ屋と同じように。
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でもキャベツばかり食べてたら途中で飽きてきたので、肉に移行してみる。
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肉厚3mmのロース肉が10枚ありますぜ。
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あ、美味しいぞ!!
やわらかいバラ肉、脂身の多い細切れ肉ではなく噛み応えもあります。
美味しいねこれ。肉厚み、肉質、タレの味、キャベツ千切りとのバランス、タマネギの量、完璧です。
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キャベツの後半、皿に残る生姜焼タレに浸して食べてみる。これにマヨネーズが加わって味変します。
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拡大してみると、よ~く見ると生生姜のすりおろしがチョンチョンと載っているのですが。
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肉が余ってしまったのでご飯半皿だけ追加してしまった。
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外線が鳴った。奥さんが近隣の出前を受けたみたいだ。
出前に出た後、おとーさんひとりになったら近所の工事関係者が3人か4人入ってきて、中華丼、ニラ肉、チャーハン大盛り、バラッバラにオーダーしてたからタイヘン。自然体のおとーさんがそれらをどうさばくのかは時間の都合で見れなかったけど。

美味しかった~。ここ最近では最強の生姜焼ですね。
まぁあまり誉めてばかりいても。カウンターで洋皿に盛られたライスは割り箸だとイマイチ食べ難くかったのと、値段は安くはないですよね。メニューには生姜焼750円とありますがこれは単品で、これにライス260円、半ライス130円をプラスしたら1240円いきますから。
でも美味しいので半ライス追加せずにいられなかったよ。
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この店の前の道、人通りの少ない道を鹿島田方面へ歩いたのです。
そしたらもう1軒か2軒見つかったのですが。。。
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好来 [ラーメン]

平成カウントダウンが始まっているようです。
その前の時代だった昭和は忘却の彼方へ。
その頃から頑張っている個人の街中華も絶滅の危機に瀕している。そうなったらもう大陸から来た人たちが頑張って営む中華料理店しかないのだろうか。
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冬空の下、高崎の路地に似た風景。
最寄駅は無いです。強いて言うならJR南武線の矢向駅かな。鹿島田駅双方から徒歩15分ぐらいか。自分は川崎市幸区役所から徒歩できました。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2019-01-11-1でUPした古典ラーメンの店からも相当あります。
幸区役所へは川崎駅からバスで来たのですが、それでまた戻るよりもそこから南武線方面へ歩いてみたのです。メインのバス通りではなく裏路地です。そういう路地に、オヤジさんや女将さんが営む個人店、街中華、赤いテンド、暖簾が無いかなぁと思ってさ。
そしたらあったんです。赤いテント、赤い暖簾に白い文字が。
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こういう店に弱いのです私。
でも過度に期待しませんでした。思いっきり昭和の味を期待しながら、でも今の時代にそぐわなくなって時代に取り残された店かも知れないからね。そういう意味では賭けです。何だかワクワクする気持ちがあります。
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狭そうな店だが引戸に喫煙可の印があるでしょう。今は昔と違って分煙が強く叫ばれる時代ですが、このクラスの店でそれはできないし、完全禁煙にしたら常連さんが離れてしまうだろうな。
引戸を開ける前に店内を覗いたら、オヤっさんがカウンター席に座ってパズルか何かしてたな。
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大橋製麺?
幸区役所近くにある製麺会社か。本牧の大将に納品している製麺会社ですが大橋製麺多摩とあるな。別会社かもしれません。
最初はオヤっさんひとりだったがすぐに女将さん、奥さまが登場。
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最初にラーメン、次にチャーハン、別々に出されるだろうなと工程を想定したら同時に出たんですよ。
どう調理するかを見てたら、オヤっさんは麺をサッと茹で、水で冷やして締めて、小さいざるに入れ置いてからチャーハンにとりかかった。
そうすることで麺が伸びるのをSTOPさせるんですな。
オヤっさんが左腕で持つ中華鍋と、おたまを持つ右腕が蒸気機関車のように連動し出した。腕の回転が早いです。中華鍋で炒める炒飯の量は多めです。
そして炒飯が仕上がる直前にまた麺を茹で直し、チャーハンをお皿にベチャッと置いて形作り、ラーメンを丼に入れてトッピングして、ラーメンとチャーハンが両方同時に供されたのです。
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ああ、昭和の味ですな。
あっさり、すっきり、上品なスープ、ガッツーンと来るものは無いけどこれでいいのだ。
もやしとメンマが美味しい。
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麺は大将で食べてる大橋製麺じゃないですね。ツルツルしてるし。大橋製麺多摩は別会社でしょう。
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ベチャッと置かれた炒飯、中心部からズレてるのが微笑ましいです。
白い箇所無し。完璧です。同時に出したのといい熟練が成せる業。
多く作り過ぎた炒飯は別皿に移された。後でおやっさんが食べるのかなぁ。
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ちょっと暗い話になしますが。
TVが映し出されているとはいえ、手が空いたご夫婦の会話が聞こえてきてしまったんですよ。
「あっちに警察のくるまが2台停まってたでしょ」
「・・・何なんだったんだ?」
「亡くなってたんですって・・・」
孤独死らしいのだ。確かに警察のくるまが2台停まっていて関係者が聴き取りしてたのです。

この界隈は新しいマンションや新築住宅も多いが、新しい住居者たちの前に昭和の頃から住まわれている家々がある。独居の家人でしょう。
店主ご夫婦は私の前、お客の前ではそれ以上何も言わずにTVに見入ったが、内心では寂寥感があるのかも知れない。2時になって営業中の札を準備中に変えて、暖簾を下げてから様子を見に行くのだろう。
その方の冥福を祈ります。この店に来たこともあるだろうし。

こんなネタになったのは、この訪問は2月なのですが、ちょうど同じ時期にジャン実家近くでもそういうことがあったんですよ。
止せばいいのにジャン母はいそいそと様子見に行ったそうですよ。家人に断りながら中に入ろうとしたそうです。そしたら家の方に「もうすぐ警察が来るから入らない方がいいわよ」って言われて思い留まったんだって。
私は呆れましたよ。
「入ろうとしたの?」
「うん」
「何でさ?」
「様子を・・・」
様子をじゃないよね。いそいそでかけたくせにそれからいっときジャン母は精神的に参ったそうです。今は大丈夫ですが、その愚痴が続いて参ったよ私は。
あまり言うので「それは長生きの宿命だろ」と突っぱねちゃったんですけどね。
話をこの地に戻すとここは昔ながらの街です。港湾の埋め立て地・未来都市や、山を切り開いて造成したマンション・新興住宅地と違ってそこに昔から住んでる人がいて、地価が高くないのか他から越してきた人がいるようなのですが、前者と後者では人付き合いに対する考え方の相違がある。後から越して来た人は隣近所に気を遣わないし、必要以上に関わりたくないというか、そういうのを煩わしいと思う傾向にあるのです。ウチの町内もそうだし。私だって前はそうだった。
私がたまたま見つけて入ったこの店の周辺は駅からかなり遠いけど、遠いだけに閑静なので新しい家々も増えているようです。でも新しい住民はこの店に食べに来るだろうか。
昔から住まわっている人が亡くなったということは、この店の良さ、味を知る地元の人がいなくなりつつあるということでもある。
駅から遠い街中華が衰退する要因は、人の入れ替わりや、人付き合いが変り人の心が変ったのもあると思うのです。
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することなくなったご夫婦はなんの番組を見てますか?
私はワイドショーは見たくないが、どこか品があるご夫婦が見てる番組は何かのグルメ番組だった。
画面に手打ち蕎麦や鮎の唐揚なんぞが映し出されていた。
「これ美味しそうね」
「・・・」
・・・オヤっさん、ご主人は奥さんに何か返したようだが聞こえなかった。自分で冷水お代わりしに行ったら慌てたように振り向いて入れてくれました。
会計する為に立ち上がった際に気付いたのですが、11:30~でしたね。
「早かった?ゴメンね」
「いえいえ~ありがとうございました」
11:10に入ったのです。OPEN前に入れてくれてありがとう。
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滅びゆく街中華たち。
平成でなくなった時にこの店はまだあるだろうか。
でも閉店した時の心の痛手もその時だけで、時が経てばすぐに忘れてしまうかも知れない。
で、再訪したのですよ。・・・(続く)
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勝太2 [ラーメン]

昨日Upした勝太へ2回めの訪問ですが、止せばいいのに京急逸見駅から歩きました。地図で見たら何とか歩けそうな距離に見えたので。日々自分が歩いている距離数でいけそうだったので。
だが誤算が。坂があったのです。
横須賀市の某窓口申請を終えて、京急逸見駅のガード下を潜って沢山小学校から先の辺りから坂になってきた。
横須賀市は山だらけ。傾斜面に家々が立ち並んでいるのを遠目に見て「中世の山塞はこんな感じに山の峰に家々が立ち並んでいたのかな」と思いながら歩いてたのですが、途中からだんだんキツくなってきたのです。
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沢山トンネルといいます。この辺りが峠のピークですが。
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この日、この時だけ峠おやじになってしまったのだ。自転車じゃないですよ。徒歩です。小雨、氷雨降る中を。
峠おやじナワさんならあっという間に越えるだろうけど。

トンネルを抜けて振り返ったところ。
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ここから坂を下ります。足が軽くなった。勝太を目指します。
池上十字路の手前です。
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あ、見えてきた。黄色いテント。
延々歩いてきたら定休日、臨時休業日だとガッカリしてダメージが大きいが、ヨカッタ、営っているようです。
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今日も店の外壁に自民党・公明党の議員さんのポスターがベタベタ貼られているな。後援者かな。
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重たい扉を開けてヨロけるように入ったら、こないだはムス~ッとしていたオヤっさんが目を細めて、ニコニコしながら傘立て(というかゴミ箱?)を持ってきてくれた。私が最初の客だった。
「ずーっと座ってたんで身体が動き難いんで(傘立)出してなかったんだよ」
前回と違って饒舌だな。
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今日は塩バターラーメンにチャーハン、ハーフじゃないですよ。
こういう店で高齢者の店主が重たい中華鍋を振いながら作るチャーハンはイマイチ危険な要素(味がマバラ加減、塩加減、炒めアブラ加減など)があるのですが、滅多に来れない場所なのでいっちゃいました。
奥さんがラーメン、オヤっさんがチャーハンにとりかかった。夫婦で共同作業です。カウンター越しに見えたご飯の量が多そう。
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ギョザライス??(笑)
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先にチャーハンがきた。
レンゲでかきわけたら湯気と油気がモウモウ湧き上がってきた。
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チャーハンというよりご飯の油炒めの感がするね。トテモしっとりしてアブラでコーティングされた炒飯、焼き飯、炒め飯です。
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チャーハンを炒め終わってからオヤっさんがコップに水を入れカウンター上に置いた。ご自身が飲むのかと思ったら飲まないでずーっとそこに置いてあるのです。
はて?飲まないのかな。
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塩ラーメンもいい味です。これもルックスがキレイとは言い難いが、塩加減、バター加減、もやしから出る甘味、2枚チャーシュー、薬味ネギの多さ、私の好みです。
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で、昨日の記事と同じ席なので左にTVがあるわけですよ。見ないまでも報道内容が嫌が応にも耳に入ってしまう。
米中首脳会談のニュースには時折見入ってしまったが。
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その後に続いた国内ニュースが耳を覆いたくなるようなものばかりで。
血生臭い殺人事件じゃないですよ。
①2月12日に自民党を離党したTもと衆院議員が、20代女性から準強制性交罪で告訴されたニュース。
②静岡県の県立高校の50代男性教諭が女子生徒に猥褻な行為をして懲戒免職処分に。
③同じく静岡県内の30代の女性教諭が男子生徒に不適切な行為をして停職6月の懲戒処分、依願退職。
④東京都S区のS大学病院の内科医が女性患者に睡眠薬を飲ませた上で準強制性交と猥褻容疑で逮捕。
私は左の耳から入るニュースを聞いてて目が険しくなった。猥褻・猥褻・猥褻・ワイセツの連続である。聞いてて情けなくなってきた。ウチの会社は女性社員が多いのでそういうのに厳しいよ。クビになったヤツも過去にいるからね。内部通報室もあるし。
①②③まで流れた時、おやっさんが言うには、、
「こんなんばっかやな最近」
「・・・」
私は顔を上げて店主を見た。
「やったらバレて終いなのワカランのかな」
仕方がないからこっちも相槌打ちましたよ。
「さっきから同じようなニュースが続いてますね。やった連中は政治家、教師、医者・・・」
「何でこういうことするんかな~」
「どれも先生~って言われる人ばかりだから。普段から周りに先生先生言われ慣れてると感覚がマヒしてしまって、悪いとわかっても手ぇ出すんでしょうな」
「そうなんだろな~」
世の中全部の先生がそうだって言ってるんじゃないよ。
だけどオヤっさん饒舌じゃないか。ここまで男同士の会話ですが、外から奥さんが戻ってきて「何を話してるのか?」という表情に。そこでまた④の猥褻ニュースが流れたもんだから・・・。
「またか」
「さっきからこんなんばっか・・・」
私は奥さんのカオを見ながら言いました。
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「水お代わり貰えるかな」
「あ、これ・・・」
渡されたのはさっきオヤっさんが汲んでカウンター上に置いたグラスの水だった。
自分が飲むんじゃなくて私のお代わり用だったのか。
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このまま衣笠駅まで歩いたので3kmほど歩いたことになる。
後で地元の社員に呆れられた。
「あの峠を歩いた?そんな人いません。何で歩いたんですか?」
「いや~、健康の為にさぁ・・・」
嘘です。大嘘です。でも勝太に行く為とも言えないし。
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勝太 [ラーメン]

正規な職制ではないですが、ある特定の業務だけ使っていいことになている私の陰の部下たち、私は草の者と呼んでいますが、横須賀市内と三浦半島を担当するのは草の者5号です。彼女に任せて最近は自分で行かなくなりましたが、彼女が登場する前はJR横須賀駅から徒歩数分の線路沿いの高層タワービル3階の某窓口に出向いていました。
その後で半島各地に点在する支店をくるまで廻っていたのですが、そのタワーから京急逸見駅のガード下を潜って、衣笠十字路へ抜ける途中、右手にあるこの店がずっとずっと気になっていました。
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でも駐車場が無さそうなのでスルーしてました。
去年の3月、衣笠駅から横須賀方面へ戻ってバス通りを跨いだ辺りに、戦時中だけ存在した相模金谷停車場跡を取り上げた時もこの黄色いテントの前をバスで通っています。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-03-09-1

最寄駅ともいえないですがJR衣笠駅からもバス停5つか6つ離れているから、駅から歩いたら20分以上はかかるでしょう。
ネットの各方面を見たらこの店を営むご夫婦はかなりのご高齢のようなので、いつ行けるか、その前にクローズしてしまうか、どちらが早いか、ダラダラと数年経ってしまったのですが、今年になって京急から衣笠駅に向かう過程、逸見駅のひとつ先の汐入駅からJR衣笠駅行のバスが出ているのを発見したので、そのルートを利用して途中下車してやった。
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壁に自民さん公明さんの政党ポスターが貼ってある。
黄色い看板、赤い暖簾に白い文字。
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強面の店主がカウンター端に座っていてギロリ。強い視線でした。
奥さんがL字型の厨房の内に座っていた。
私は店主の強い視線を避けるものあってカウンター左端へ。そこにはTVがあり、くだらないワイドショーが大音量で流れている。
勢い私の左耳にはその番組がボリューム大で聞えざるを得ず。
司会者、コメンテーター、このボリュームが大きいのは、店主夫婦は高齢で耳が遠いに違いない。

カウンター向こうに座っている店主の視線を感じる。
何回か目が合った。あ、店主は別に私にガンを飛ばしてるのではなく、私の左にあるTVを見てるんだな。
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卓上にあるメニュー、かなり絞ってあります。メニューの下は黒ずんでベトベトしていました。そのメニューを手に取って、奥さんに見えるように、
「醬油ラーメンに・・・」
次にトッピングを指して、
「メンマ・・・」
奥さんはニヤリと笑って頷いた。このオーダーの後で壁に「ラーメン、チャーハンセット900円」に気付いたのですが止めといたのはご高齢なのでチャーハンはキツいだろうなと。味がまばらだったり、しょっぱかったり白かったりしたらこっちのテンションが落ちちゃうだろうと余計な心配をしてしまったのです。
かなり年季が入っています。よくあるベトベトした店で、この新聞入れも新聞のインクがくっついている。
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この視線だとオペレーションは全く見えないし、背伸びして覗き込もうとしたら店主と目が合ってしまう。
奥さんは最低限の動きしかしない。湯切りも上下に勢い良く振るパフォーマンス的な動きはしないし、年齢的にできないでしょう。おそらくは平らな網で軽く切っているんだろう。
あまり期待しないで待った。
気が付いたらカウンター上にでき上がっていた。
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ところが・・・!!
ルックスはよくないですが何気に美味しかったのですよ。
透き通った味で全然塩辛くない。もやしから出る甘味も加わって、あっさりして汁を全部飲み干してもいいくらいでした。
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真ん中にもやしと黒々した昭和のメンマ。
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ちじれ麺がよく合います。チャーシューは5mmぐらいのが2枚入っていました。
チャーシューその1です。
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チャーシューその2です。
このチャーシューでご飯食べたら美味かろうなと思わせるものです。
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全般的には昔ながらの醬油ラーメンですね。奥さんの湯切り動作も最低限でお世辞にも力は入っていなかったが、全然湯切りが足りないとは感じなかった。専門店には及ばないにせよなかなかの味でしたよ。

食べてる間も店主はずーっと座りっ放しでそこから動かなかったのです。
手の込んだ炒め物なら立ち上がるかも知れない。
奥さんも手が空いたので、厨房内にある椅子に座り、私の左手にあるTVに見入っている。
ご夫婦の視線を感じる。
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珍しいレンゲです。引っ掻ける窪みが手で持つ辺りの裏側にあります。
だけどこれだとラーメンの中にズリ落ちない代わりに、箸で麺その他をゴソッと持ち上げたらその勢いに押されてレンゲが丼の外にリングアウトしてしまうので注意を要します。私も「あっ」と思った途端にレンゲが飛び出しちゃて、慌てて戻しました。
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お会計して店を出る時、店主は私を見て黙って頷いた。私も同じように返した。
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駅から離れたところでバス通りに面していますが、ご高齢のご夫婦が細々と営っているともいえます。だが、メニューにあるとおり、11:00~午前2時まで営ってるってホントだろうか。
こういう店は店主夫婦の体調によって、行っても臨時休業だったりする可能性はあります。なのでわざわざ遠方から来るほどではないですが、この界隈は飲食店が無いし、通りかかって開いてたら食べる値打ちは充分あるといっていい。
たくさん人が歩いている繁華街で数多くある普通の店よりよっぽど美味しかったと思いますよ。
でもかなりの高齢ですので、ボヤボヤしてたらいつか閉めちゃうかも。
そう思ったので再訪しました。そしたらコワいカオしてたオヤっさん、意外にもキサクだったのです。
(続く。。。)
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馬刺で昼酒 [居酒屋]

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鶴ヶ城を築いた蒲生氏郷公が若松の町割りを行った際に、城下町を武士の住む郭内と町人の住む郭外とに分けて、郭内と郭外の間に深い濠と土塁で囲み16の郭門で仕切った。
16のうち唯一現存する甲賀町口郭門は大手門なので高石垣が積まれ、他の郭門よりも厳重な構えになっていたというが・・・
会津戦争であっさり突破された。
慶応4年(1868年)8月23日、その日から1ヶ月に渡る籠城戦がここから始まった。
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麦とろはこの石垣を入ってすぐ。折れた路地を前に建っている。戦場だった場所に建っている。
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北出丸にある西郷頼母邸の道路向かいに家老・内藤邸に建っていた旧城下の屋敷割り図を見ると、栄町の麦とろは上田学太夫という人の屋敷跡だった。
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上田学太夫?
何処かで聞いたことがある名前えだと思って過去記事を調べてみたら取り上げてました。上田学太夫は白虎寄合一番隊他を率いて城外に留まり、補給路を確保せんと各地を転戦し、鶴ヶ城南方の一ノ堰で薩摩藩兵、長州藩兵、小倉藩兵、砂土原藩兵、宇都宮藩兵と交戦、局地戦だが撃退に成功した人です。どうも古参の家老たちが次々と自刃、戦傷したりして家老格が足りなくなって抜擢された人のようです。
だからかもしれないが、一ノ堰の戦闘で勝利した白虎寄合一番隊84人を三階級特進で近習一ノ寄合席に引き上げ、藩主に謁見可能な栄誉を受ける上士に昇進させるという粋な事をしている。その隊名は(もうひとつの)白虎士中二番隊。
飯盛山で自決した者以外の士中二番隊生存者は白虎士中一番隊と合併され、城内で白虎士中一番隊と称していたからです。
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-07-24

麦とろで会津戦争のドラマを見たことがあったな。
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-07-24-1

鰊山椒をテイクアウトしているんだ。ウチは前から持ち帰ってるけどね。
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引戸を開けたらお馴染さんとその息子さんがカウンターで昼酒を飲まれている。
お馴染さん1.jpgお馴染さん2.jpg
「あれ?どーしたんだべ?昨日は湯野上?」
「ええ、ちょっとね・・・」
予定外で来た説明をするハメになった。
「昨日は湯野上です。でも帰りの浅草方面の座席が取れなかったんですよ。殆ど満席で」
「特急が2本とも・・・」
「で、こっち来たんだ。おーいばぁちゃん、こっち来て!!」
「馬刺とビールちょーだい」
「くるまじゃないんだ」
「雪が残ってるかと思ったのに」
「雪ぜんぜんないから。今年は1回しか降らなかったんじゃないかなぁ」
ここも雪の無い会津だったらしい。
婆ちゃん1.jpg婆ちゃん2.jpg
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薄味。味噌味です。
「ウチのモツ煮は最高だんべ」
臭みが無い。臭みを消しているもの、例えれば生姜、ニンニクとかの臭いもない。
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婆ちゃんが来た。
「あれぇ?今日はどうしたんだべ?」
やれやれ。また説明せにゃならんのかい。
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馬刺、右側がヒレで、左がロースだって。
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ロースです。
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ヒレです。
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どっちも美味しいですよ。前に霜降りも食べたのですがもうこのトシになるとこれぐらいでアッサリした味、肉質の方がいいな。
昨夜の湯野上の馬刺とは肉質が違うような。
「昨日も湯野上で馬刺食べてんだべ?」
「食べましたよ」
「ウチとどっちがええ?」
「ええっと・・・」
そういう答えに窮する質問を。
「あっち(湯野上)は上品な盛り付けでしたな」
「爆笑」
「あ、しまった。いやいや(訂正)、あっちは薄く切ってあってキレイに盛り付けてあったですよ。このように(皿を指す)野趣溢れる盛り方ではなかった」
「薄く切ってあった?じゃぁモモ肉かもね。ウチはヒレ、ロースだから」

こっちも昼酒です。私は滅多に昼酒はしない人なのですが今日は解禁しました。
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ニシン山椒浸、タマゴ焼き、キンピラ、会津アスパラ、薄過ぎずしょっぱ過ぎない白菜の漬物と続きます。少し持ち帰りました。
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「2月アタマにあの太田和彦さんのTVに出たんだよ。出たのはウチと籠田で、籠田さんはすぐ出ますって言ったみたいだけんど、ウチは何回も断ったんだけどどーしても出てくれって言うから。そしたら撮りに来て撮影に6時間かかった。俺もくたびれたけんど、婆ちゃんはキツかった」
TVはそういう強引なことをするものだね。

外も店内も明るい。まだ昼だし。
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「あ、そうそう。婆ちゃん油沸かして」
油を沸かす?天ぷらか?
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「朝採ってきたんだ。まだ小さいでしょ。だから苦くないの」
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昼から冷や酒を3杯飲んだから帰りの磐越西線では爆睡です。
郡山からの上り新幹線でも爆睡です。目覚めたら大宮だったからね。
東武特急の途中から特急ともいえない落ち着かない車内の雰囲気に辟易したので今後は逆ルートで、郡山~会津若松~湯野上になるかも知れない。帰りはその逆ルートで。さすれば麦とろで昼酒が飲める楽しみが。
「もうくるまで来るの止めようかな」
「アナタが運転するの疲れるならそれでもいいよ」
ただくるまでないと、郊外のマニアックな散策ができないしな~。
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戦死屍取始末金銭入用帳 [会津]

安倍政権は昨年、明治維新150年を祝う記念式典を開いたが、会津若松市にとっては平成30年は戊辰150年イベントでした。
でも昨年に限らず、会津に行くと鶴ヶ城でも市内のイベントでもいつも戊辰だし、市内に残る史蹟の説明でも戊辰の恨みを訴えるものが多い。書店に溢れる会津郷土史は中世のものよりも戊辰のものが圧倒的に多いです。行けば、そこに書いてあるものを見ればわかります。
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七日町駅前、阿弥陀寺にある解説です。
「明治元年の戊辰戦争後、会津藩戦死者の遺骸は、西軍の命で放置されたまま、さわることを許されませんでした。
幾度もの嘆願で埋葬が許可されたのは翌2年2月のことでした。埋葬地は阿弥陀寺と長命寺に限られ、阿弥陀寺には千三百柱にものぼる遺骸が埋葬されました。」

会津贔屓の私ですが最近は戊辰ネタを書いていません。
過去に「会津と土佐」は取り上げたことがありますが、会津と長州は重いので敢えて避けてきたのもあります。きっかけがあったので久々に書きましょうか。
会津藩が長州藩を憎み、会津若松市が萩市に含む150年に亘るわだかまりについては、会津戦争で会津藩の遺骸が新政府軍(西軍)の命で半年もの間放置され埋葬を許されなかった・・・これは会津戦争の史蹟で会津側から必ず語られる内容であり、近代でも会津若松市民が長州を許さないとする最大要因のひとつ、大きい理由で、私のような余所者でもいたたまれない思いをずっと引きずって生きてきました。
私が初めてそれを知ったのは子供の頃読んだ学研マンガにそうあったのです。
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https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-06-29-1
このマンガは今でもジャン実家にあります。監修、発行した学研は現在の株式会社学研ホールディングス。様々な教育雑誌、参考書、辞書や辞典等、教育関係の出版を手掛ける大きい出版社だったが、現在は少子化とネット移行による書店の不況に影響され、様々な連結子会社を持つホールディング会社になっているようです。
このマンガは教育書籍が中心だった時代のものです。小学生だった私の心身形成に良くも悪くも影響を与えました。
一般のマンガではなく、当時は日本PTA全国協議会が推薦した教育マンガだったのです。会津戦争の最後にはこう書いてあった。
「会津領内での戦死者は、長岡藩三百十、米沢藩三百を含めて四千六百五十八人にものぼったが、政府軍はこれを葬ることを許さなかった。」
凄い数ですね。マンガとはいえ学校教材を取り扱っていた学研ですよ。国学院大学名誉教授が監修されたマンガです。「政府軍はこれを葬ることを許さなかった。」・・・ここまで書いてあったら子供心に信じるしかないじゃないですか。
私は幕末~明治にこういう近代戦争があったのを初めて知り、私の会津贔屓の原点にもなったのですが。
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私は会津若松市が山口県萩市を今でも受け入れない逸話の数々をここに列挙するつもりはありません。県外人の私が無責任に双方の感情を煽り、これ以上こじれることを望んでないからです。東日本大震災で山口県萩市から会津若松市へ義援金や救援物資が送られ、支援のお礼に若松市長が萩市を訪れた時、雪解けとまでいかないまでも「扉が開いたかな?」と思ったものですが・・・。
現在でも和解、友好には慎重な姿勢を崩していないようですね。
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阿弥陀寺、この前の道はいつもくるまで走っているのですが、いつでも行けると思ってたので素通りでした。今回初めて行きました。
新選組、齋藤一の墓前です。
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蝦夷で徹底抗戦して戦死した土方歳三は会津を去ったのですが、齋藤は会津に残った。
「アナタだったら残るよね」
珍しくジャン妻はそう言ってくれました。
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この寺や他の寺でもそうですが、境内に1300も遺体が埋葬できるものなのかと思ったりもする。誰が埋葬したのか。半年も経っているし、タイヘンな作業だったでしょう。
昨年の戊辰150周年記念事業でも取り上げられた内容だそうですが、その前年、平成29年に刊行された書籍について。
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カバーを撒いてある帯にありますね。
「会津藩士は埋葬されていた」
「虚構だった埋葬禁止令!新発見史料で今明かされる真実」
「戦死屍取始末金銭入用帳」
会津藩降伏十日後の詳細な埋葬記録
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著者は会津郷土史家で会津図書館の元館長さんだった人。著書によると「戦死屍取始末金銭入用帳」は、会津藩士藤沢内蔵丞(クラノジョウ)家に所蔵されていた文書を、鶴ヶ城に寄贈された史料だそうです。
購入して読みました。「会津藩士の遺骸が埋葬を許されず、半年もの間放置された・・・」これを覆す内容になっていました。京都守護職時代や会津戦争に頁を割くことなく、会津戦争の戦後から始まっています。

会津藩が降伏、鶴ヶ城が開場したのが明治元年(1868年)9月22日。
10月1日には新政府軍の占領地支配の中枢たる「民政局」が設けられ、翌2日にその民生局から鶴ヶ城郭内に放置された戦死者の遺骸を埋葬する通達が出され、3日から作業が始まり、4名の会津藩士が3組に分かれて遺骸捜索と埋葬を担当した。(藩士姓名も記されています。)
捜索範囲は鶴ヶ城郭内、郭外、滝沢峠、戸ノ口原、一ノ堰といった城外戦場も含まれた。

入用帳には遺骸発見場所、個々の服装、埋葬場所、人数、経費明細が記され、姓名確認ができた遺骸の中には、綾瀬はるかさんが演じた八重さんのお父さん、山本権八の記述があり、これは私もUpした一ノ堰戦場での探索で見つかった。
一ノ堰付近では白虎寄合隊の記述もあるようです。

「八人申シ合ワセ一同切腹致シ候トと相聞ク」
これは飯盛山で自決した白虎隊士と思われる記載かと。
「白虎年齢戸ノ口原街道北」
戸ノ口原に行くと街道沿いに戦死者の墓が幾つかあるが、それのどれかだろうか。
郭内で発見されたもの103名、興徳寺境内の七か所。その中には西郷頼母邸で自刃した婦女子7人も。
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遺骸は発見された場所近くの寺他、64か所に埋葬され、3組別に184名埋葬、227名埋葬、134名埋葬、計545名、別に22名埋葬され、計567名。
埋葬経費は74両余りで、一両を6万円として換算すると450万円近くになるとか。
身元を確認する為に記録したのだと思いますが、洋装も多かったそうです。埋葬作業は7日~15日まで3組に分かれて行われ、人足はのべ384名、日当は二朱だったという。

発見場所と埋葬場所には「甲賀町」もありました。明日UPする「麦とろ」のある場所は甲賀町口門の石垣を入ってすぐの場所で、もとは城外一ノ堰で戦った白虎寄合隊他諸隊の上席だった家老、上田学太夫の屋敷跡です。麦とろのオヤジさんは、
「ここは激戦地だった。今でも何百人が眠ってんだ」
何百人は誇大でもオヤジさんの言ったことを裏付ける内容であった。

阿弥陀寺については「阿弥陀寺への改葬」とある。埋葬ではなく改葬だと。
「会藩ノ戦死者ハ其戦死ノ場所毎ニ最寄々々ニ埋葬セシガ之ヲ合葬セント出願シ」
この改葬理由については、要は遺骸発見場所に取り敢えず埋葬したら後々悲惨な状況になったということかだろうか。なるべく同じ場所にしっかり纏めて改葬しようとしたのでしょうか。
だが改葬許可はなかなか下りず、ここ阿弥陀寺への改葬が認められたのは翌年2月24日で、3月9日から鶴ヶ城内の遺骸発掘が始まったという。それは酷い状況だったと想像されます。
身元が特定された場合は自家の菩提寺に葬られ、身元確認できない遺骸が阿弥陀寺に運びこまれた。
開城後、およそ半年後のことである。
1281体が阿弥陀寺に運び込まれ、改葬が終了したのが4月22日。
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書はその後、藩士家族による改葬、長命寺への埋葬、明治になってからの祭祀、17回忌、23回忌、33回忌、会津弔議会、戊辰50年大祭、70年大祭、飯盛山の白虎墓地拡張、そして長州藩への怨念の検証に至り、史料掲載へ続きます。
その途中、怨念の検証の中で阿弥陀寺他にある「会津藩戦死者の遺骸は西軍の命で放置され触ることを許されず」・・・についてですが。
会津ものでよく知られている町野主水という人っが語った内容に、
「官命ハ彼我ノ戦死者一切ニ対シテ決シテ何等ノ処置ヲモ為ス可カラズ、若シ之ヲ敢エテ為ス者アレバ厳罰スト云フニアリキ。サレバ誰アリテ之レガ埋葬ヲナス者ナク、死屍ハ皆狐狸鳶鳥ノ意ニ任セ、或ハ腐敗スルノ悲惨ヲ極メザル可ラザルナリ」
これについても検証されていますがそれは本書をご覧になってください。彼我ノ戦死者、これがポイントです。
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半年後に埋葬ではなく、半年後に改装、埋葬されていた・・・。
会津史観に対して一石以上のものを投げかけた著書だと思います。
この著書について異論が出たかどうか現時点では聞いていませんが、会津若松市と萩市がすぐに関係良くなるとも思えないのです。朝敵、賊軍にされて攻め込まれ、城内外で様々な悲劇が起きたのは事実なのだから、まだまだ時間はかかるでしょう。
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2019年3月25日追記。リンク貼っておきます。
https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201811/20181118_63035.html
2019年6月15日追記。
白虎隊士の墓や狛犬の上に乗っかって写真を撮った輩がいるのですか?
それも写真を撮ったのは教師だというじゃないですか。不届き者め。
昨今の若者にどういう教育をしてるのか。泉下の隊士は現代の教育を嘆いているだろう。そんな輩は飯盛山はおろか何処へ行っても社会に受け入れられないぞ。
で、そのニュースですが。やはり「朝敵として放置された遺体・・・」という表現が使われていた。報道内容はマナー違反問題なのだから、そこまでテロップ流さなくてもいいと思うのですが。
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七日町駅Cafe [会津]

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さて、浅草方面の座席指定が殆ど取れなかったので、会津若松~郡山経由で帰京することにしたのですが、蕎麦宿の朝餉を済ませてチェックアウトする前にジャン妻が呟くように言うには、
「出る前は蕎麦茶でガマンして・・・」
「???」
「珈琲は会津で飲めばいいか・・・」
「・・・」
珈琲は会津?ここも会津ですけど。
ジャン妻は珈琲が無いとダメなオンナで、朝必ず飲むし、勤務中も1日に4杯飲んでるようです。休日も朝と昼に2回必ず飲みます。
私は珈琲なんか無くても生きていけるけど、ジャン妻はそういう人じゃないらしい。
でも蕎麦宿には珈琲は無いのです。湯野上温泉駅舎で珈琲売ってるけど、駅舎の中が囲炉裏の煙でケムいのだよ。
「会津若松にはカフェがあるよね?」
「若松よりも七日町にあるんじゃないかな」
若松寄りよりもひとつ手前の駅、七日町通りに幾つかあるのを知っています。散策している観光客対象ですよ。七日町通りは恋人どうしや女性客が意外といるのです。

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若松駅に下りてから、
「荷物はコインロッカーに入れるわよ」
珈琲を飲みたいっていうからひとつ手前の七日町駅で下りて、齋藤一さんのお墓がある阿弥陀寺でも初訪問しようかと思ったのに。
七日町駅は駅カフェがあるけど駅構内は無人駅だぜ。コインロッカーなんかないよ。
それに昼前後に麦とろで昼酒飲むんでしょ。その前に珈琲なんか飲んで興を削がないかな。
駅のコインロッカーに荷物をブチ込んで、
「ここから歩けるの?」
「いや~、ちょっとキツいな・・・」
駅前で客待ちしているタクシーで「七日町の阿弥陀寺へ・・・」
「阿弥陀寺ね」
アミダジって言いましたね。そこまでワンメーターです。私ひとりだったら歩いてる距離。
阿弥陀寺関連はテーマが重いので明日の別記事にします。これが七日町駅。ナノカマチですがナヌカマチエキなのです。
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レトロなのに新しい感じがする七日町駅には周遊バス「ハイカラさん」も乗り入れます。無人駅で荒れてたのを地元が修復して今のカタチにキレイにした。
駅舎に入るとCafeがあります。
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こういうデザイン、内装を大正浪漫調というんだろうか。
会津若松は意外とハイカラな面があり、特に七日町通り~野口英世通りはレオ氏郷何番館のようなレトロな洋風調の建物と、昔ながらの街道筋をモチーフした店が混在しているのです。若松駅前より人が多いですよ。
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Cafeに入ってみる。
駅舎なんだけど、駅の待合より土産物の物販店ですな。アンテナショップ&カフェです。
女性店員さんが2人いた。2人とも会津美人。年長者の方は愛想がいいけど、もうひとりの若い方は自分の手作業に集中して客を見ようとしない。会津は女性も寡黙なのか。
でもうるさく寄って来られるよりいいです。
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美味しそうなカレーですね。
でもこういうのを買って帰っても置いといてそのまま忘れてしまいがちになるんだよね。
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こづゆか。これを買ってったら麦とろの旦那は目を吊り上げるだろうな。ホタテ貝柱で1日かけて出汁を取るから。
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ああ、こういう史料もあるのね。くるまだったら買ってたかも。
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駅娘に猫駅長か。芦ノ牧温泉駅の猫駅長は現在は2代目です。助役さんもいて2匹いるはず。
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来たんだから珈琲付き合いますよ。私のカテゴリに甘味系、スイーツは無いです。ジャン妻はケーキセットに目が釘付けになった。
「オイオイオイオイ、これから麦とろで昼酒するんだろ?」
「アナタは珈琲だけでいいわよ」
自分だけセットをオーダーしてこんなものを。
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何ですかこれ?シフォンケーキに生クリーム?
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水出し珈琲です。濃くてやや苦い珈琲だった。
私には多いな。2/3だけ飲んで残りはジャン妻にあげちゃった。
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確かに落ち着くね。
そう思うのは普段喫茶店なんかに入らないからだな。
都心は喫茶店なんかとっくに廃れて、駅カフェどころかコンビニのイートインに押されてるからね。
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七日町は七日に市が開かれた町の駅で開業は昭和9年(1934年)国鉄会津線の駅だった。昭和62年の国鉄民営化でJR東日本が引き継いだのだ。
意外に思われるかもですが会津鉄道の起点は西若松駅です。会津若松駅じゃないのだ。会津若松駅~七日町駅~西若松駅はJR只見線なんですよ。乗り入れているだけです。
只見線と会津鉄道が停車するから列車本数が最も多い駅でもあります・・・の筈ですが、店内の窓から見える駅ホームに電車は来なかったね。まぁ1時間に1本ぐらいだからな。
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Cafeに店員さんはいるけど無人駅です。もう時効だから書いちゃいますが、15年以上前に七日町駅近くの何てホテルだったかなぁ。中町フジグランドホテルだったかなぁ。そこに泊まった時、郡山から磐越西線で会津若松駅まで来て、若松駅からタクシー拾わないで会津鉄道に乗り換えて七日町駅で下りたら車内で検札もなく、駅も無人で、七日町駅改札からそのまま出ちゃったことがあるのですよ。
「そんなこと気にしてるの?」
「うん。ず~っと気になってた」
「意外とそういうところマジメだねぇ」
「今この店にそれを言って支払っても困惑するだろうしな」
もう15年以上前の話ですよ。これから昼酒を飲みに行く麦とろに通い始めた頃だった。麦とろの旦那にこの話をしたら「別にいいんでねぇけ?」と笑ってたけどね。
この後、阿弥陀寺他、鶴ヶ城を北出丸から見ただけ。西郷邸、甲賀町口門ルートを歩いたのですが、明日はこれまでカテゴリ会津で触れなかったネタです。
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まぼろしの駅 [会津]

浅草方面の特急座席が上手く取れなかったので帰京ルートを変更しました。会津若松方面を利用して、麦とろで昼酒の後、磐越西線、郡山から東北新幹線で帰京します。
なのでいつもとは逆ルート。
チェックアウトも20分ほど余裕があります。
駅舎内が囲炉裏の煙で煙いので、発着時間ちょい前まで外にいて、湯野上温泉駅構内を渡るところ。
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バラスト(砂利)が新しくなっていた。そこだけ白いぞ。
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駅構内だけ取り換えたか。この工事は昨年のお盆に泊まった時、深夜から未明にかけて大川鉄橋の枕木を交換していた仙建工業株式会社の施工に違いない。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-08-22-1
「裏手の踏切からサーチライト照らして起こしてくれてからによ」
別に根に持ってるんじゃないよ。
「夜中に工事している人に文句言ったんだよね?」
「ああいう連中はクレーム馴れしてるんだよ」
私は翌朝も起こされ「民宿ひらのやの前に架かっているガーダー橋のボロい枕木を変えろよ。あの枕木が破損して運休になったら困るんだよ」と難癖をつけている。穏やかにね。
「今年のお盆の頃にもう1回工事するって言ってたぜ」
「またかち合うかしら。でももうあの渋滞は避けようね」
渋滞を避けどころか、この後の会津若松~郡山~新幹線での帰京ルートが、麦とろで昼酒飲んだのもあって快適だったので「次もくるまで来ないで電車で来ようか」と考えている。
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2両編成の会津若松行車内です。
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門田駅を出たところ。
それまでずっと大人しく座ってたのですが、あるネタを思い出して席を立った。
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写真のこの辺りに、割と近年に臨時駅が設置されたことがあるのです。一ノ堰六地蔵尊駅といった。
(いちのせきろくじぞうそんえき)
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写真に写っている御堂を萩野原六地蔵尊というのですが、この辺りを一ノ堰ともいう。城外戦場です。
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-07-24
ⅡでUpした記事で、城外で補給路を確保する命を受けて鶴ヶ城に入場することを許されなかった白虎寄合隊他、諸隊が一ノ堰で新政府軍を撃退した戦闘に触れましたが、記事途中のMAPに一ノ堰六地蔵尊駅(臨時)があります。
この臨時駅は六地蔵尊で開催された「一ノ堰盆踊り祭り」の参拝客を集客する目的で設けられた。初回は六地蔵尊駅として平成21年(2009年)8月23日開業(敢えて開業と表現します)24日に営業終了した僅か2日間だけの臨時駅として開業した。列車4往復が停車して、盆踊りという性格上、停車したのは午後か夕方、夜にかけてだと思います。
翌25日に廃止されたが、翌年の平成23年に今度は一ノ堰六地蔵尊駅として再度開業し、やはり8月23日と24日に7往復が停車したそうです。
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一ノ堰六地蔵尊駅はどの辺りにあったのか。門田駅を出てからGoogleMapを見ながら、軌道に接する農道の数や幅をカウント、照らし合わせながら斜め前方を見ていた。

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この辺りの空きスペースが駅跡かな。
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ホームは鉄パープに板を組んだ簡易的なホームだったみたいだ。側溝を跨いで作られていたのでしょう。
なので痕跡は無い。無くて当然ですな。
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その後も一ノ堰六地蔵尊駅は、平成25年(2013年)まで例年23日開業、24日営業終了、25日に廃止のパターンを繰り返していた。ⅡでUpした時は2013年だから現時点で最後の駅開業だったわけです。
開業期間が短いとはいえ正規の駅です。舟子駅のようなヤミ駅ではないです。舟子駅って何だって?現在の大川ダム公園駅のもとの名前ですよ。
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一ノ堰から逸れますが。現在の会津鉄道は湯野上温泉駅を出ると大川ダム湖の右岸を走り、芦ノ牧温泉南、大川ダム公園と駅が続きますが、その沿線は殆どがトンネルなのは大川ダム建設に伴い昭和55年に付け替えられた新線だからです。
国鉄時代の旧会津線が昭和63年(1987年)に会津鉄道に転換され、駅名も湯野上→湯野上温泉、桑原→芦ノ牧温泉南、舟子→大川ダム公園、上三寄→芦ノ牧温泉と変わった。
舟子は時刻表にも載っていないヤミ駅だった。民営化するまで一度も時刻表に載らなかったという。無許可のまま乗降客や貨物取扱を行っていたという。
現在はすべて国土交通省鉄道局への届出で開業が可能らしいが、国鉄時代は建設省鉄道局の認可が必要だった。認可されるということは届出ではなく申請です。届け出たらOKではなく審査を要する。旧国鉄時代なら申請~審査~現地視察~認可まで時間を要するでしょう。一ノ堰六地蔵尊駅はヤミ駅ではないです。僅か2日間の開業なので旧国鉄時代だったらヤミ駅でやったらいい。

すみませんYouTubeから拝借しました。
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一ノ堰六地蔵尊駅は門田駅と南若松駅のほぼ中間にある。118号線からやや離れているし、近隣の建物もそう多くはない。次駅の南若松から工場や住宅が増えるので、この地に常時駅を置いても利用客がどれほどいるかといったところでしょうか。
平成26年以降、駅は設置されていません。ですが一ノ堰は会津戦争の城外激戦地です。戦死者はここから南若松寄りの光明寺に埋葬されていますが、明後日取り上げる記事では戦死者の捜索範囲に一ノ堰も出てきます。盆踊りは毎年開催されていますが、若松市中心部で戊辰150年イベントを開催するだけでなく、一ノ堰や熊倉、南会津戦線といった城外、郊外での激戦地でもイベントを開催すればいいと思うのだが・・・。
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父御のカオ [会津]

夜が明けました。
いつも正面に見える又見山の峰々。
いつ来ても変わらない山の姿は太古の頃からこのままの風景だと思います。
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又見山は宿から見た正面は急傾斜で到底登れそうにないが、川向うの旧道にある町民体育館から登山口があるそうです。
そこから登った方の登山レポ(山レポ)を見たら熊も出るそうで。会津の山に熊が出ない山なんて無いと思うけど。湯野上や下郷にも下りてきたりするのだろうか。
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外に出てみます。宿はまだ眠りの中。
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会津田島方面から来た始発の次のガッタンゴー。
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恵明庵に戻って朝湯へ。各部屋に付いています。
先日お会いしたBloggerさんと旦那さんにもお話したのですが、この蕎麦宿は私らが最初に検索して泊まった個人の温泉宿です。料理もそうですが最初が良過ぎたというか。
各部屋に風呂が付いているのってやはりいいです。誰に気兼ねしなくてもいいし。
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湯上り、朝餉とほぼ同時のガッタンゴー
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朝8時きっかりに「これぞ日本の朝餉でござる」 ← モノノフ氏 
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今日はけんちん汁、根菜たくさんの汁ものが嬉しい。
山国会津で味噌汁の具がワカメだとやや興冷めするし、打ち豆や蕎麦がきもあまり好きでないし。
いい味ですなぁ。
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鱒の塩焼と鯖の薄味噌煮、山間の宿で魚が2種ある贅沢さ。
添えられたワサビ漬けも何気に美味しかったりして。
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温泉玉子、前は自分とこで飼っている鶏の玉子でしたが今でもそうなのかな。
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デザートがヘンだな。
「このデザートは何?」
「寒天で固めた中に果物が入ってるんだそうです」(若、次男)
だそうです、ということは若の作品ではないらしい。
「長男さんかな」
「大旦那??」
そこで閃いた。昨夜、深更に厨房で大旦那がひとり調理して館内に漂った甘い香りの正体はこの寒天を煮詰めてる香りだったのだろうか?
寒天と砂糖を煮て固めてたとか?
深更の試作品なのに申し訳ないですが、私にはちょっと・・・。
いつものミカン、メロンに戻してくださいよ~。
「アナタこういうの食べないもんね」(ジャン妻)
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出る時に見た松月庵。25年前に初めて泊まった時の部屋。
天井が吹き抜けでなくなり普通の天井になっちゃった。宿のHPで「吹き抜けの天井格子は昔の矢を利用した趣のある佇まいの和洋室です」・・・だったのがそうでなくなっちゃった。
大きい囲炉裏も撤去され、椅子席、テーブルになった。
次回の予約を入れて、
「10時20何分の若松方面に乗るので駅まで送ってくれる?」
「あ、ハイ、ちょうどそこに・・・」(若)
そこに?そしたら引戸がサッと開いて
「ハイどーも」
大旦那が登場しました。
「くるまで来なかったんですか?」
言うと思ったよ。
「雪が残ってると思ったんで」
「今年は雪全然降らなかったんです。除雪車も2回ぐらいしか出なかったんじゃないかなぁ」
そして大旦那の運転で駅へ。
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ジャン妻が私に向かって目配せした。戻って来た若(次男)のこと聞いてくれって。
「次男さん戻られたんですね」
「いやぁ戻って来たっていうか・・・」
磊落に話す大旦那はいつもながら主語が無いので、若(次男さん)が戻って来た経緯がイマイチよくわからないのだが。
「孫が大ぎぐなっでぇ、保育所に預けるには他で働いてないといげないがらぁ、世話する者が家にいると預かってくれないんです」とか何とか言っておったよ。
それが戻って来た理由?
「じゃぁ宿は今後、兄弟2人で」
「でも今はそれほど混む時期じゃないんで。増えてるのは外人さんだけです。中国、韓国、台湾・・・。みんな若松市内のホテルや東山とかに泊まって朝こっちに来るんです」
「大内宿へ行くとか?」
「そうです。駅から大内までバスかタクシーで。そんでもってここからまたどこかへ行っちゃうんですよ。湯野上は素通り。」
外人観光客は湯野上の宿に泊まらないみたいですね。湯野上駅には外国人客がいる時があるが、蕎麦宿や民宿街で会ったことがないしね。
こっちは若が戻って来たことを喜びたいが、大旦那が宿の経営者として言うには今後のことはまだわからないようだ。
でも話している合間に父親の顔というか、安堵した表情も垣間見えたよ。
「よかったじゃないですか戻ってきて」
「よかったっていうか・・・(個人家庭の内容なので割愛)・・・長男もそうだけど次男も〇〇歳だし、少しは親のことも考えて貰わないとぉ~」
そう言いながら顔は笑ってました。なので「この宿は私一代で終わりですよ」は取り敢えずは回避されたと慶んでいいのではないか。
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深更 甘い香りの謎 [会津]

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蕎麦懐石を持って来たのは若(次男)でした。長男さんよりは私らに馴染んでいるからだと思う。
向こうで長男さんの「失礼しまぁす」の声も聞こえたから、兄弟2人して各部屋に運んでる。
大旦那と女将さんは現れなかったのだ・・・。
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料理の載った皿が定位置に並べられたところ。
小鉢の数々、大根漬物のタコ足切り、蕎麦と山芋、青物とシメジの和え物、ウドに何とかソースをかけたもの、蕎麦豆腐、
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そして薄切りの馬刺。
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「明日、麦とろで馬刺食べるんだんよね」(ジャン妻)
「くるまじゃないしそのつもりだけど。昼に出るかな」
「大丈夫でしょう。あるよ」
この時点でもう明日の昼呑みのことを考えている私ら。
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蕎麦粥、ササミが入っていた。前はほぐした鮭の身だった。
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最初の乾杯から瓶ビールと冷や酒をオーダーしたのですが、蕎麦サラダには生ビールが合うのだよ。だけど今日の蕎麦サラダは・・・
「マヨネーズが足りないな」
「・・・」
「若に言ってもう少し持ってきてもらおうかな」
「!!!」 ← 眉間に縦皺が刻まれるジャン妻
「そっちの少しくれ」
「ダメッ!!」
「でも確かにいつもより少ないね。いいの。そのままで食べなさい」
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和え蕎麦になったところ。やっぱマヨネーズが足りないな~。
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「オモシロい形のお皿だね」(ジャン妻)
私はアタマから尻尾まで全部食べてしまった。
ジャン妻は箸で岩魚を突っついて身だけ食べて、アタマと尻尾と皮と骨は残すんですよ。もったいないことだ。
「皮と尻尾くれ」
「ダメッ」
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フキノトウ
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海老、フリッターみたいだ。
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海苔で巻いた蕎麦
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スライスしたレンコンに蕎麦粉を詰めたもの。
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潰した里芋に蕎麦実を塗して揚げたもの。
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蕎麦稲荷とイチゴ。
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〆の盛りそば。普通盛りです。
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これで一次会の夕餉が終わって、時計を見たら、
「まだ7時半じゃないの」
そして二次会の寝酒、取り置きしてある大根の漬物で。
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夜のガッタンゴー
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寒いので外散策は無し。
寝るの早過ぎです。いつもはまだ起きている刻限。下手したらまだ社で仕事してる頃合いですが。21時を過ぎた頃だったと思う。何か匂うのです。油に混じった甘い香りがする。
2階のベッドで横になっていたジャン妻も気付いた。
「何か匂うね」
「料理の匂いのような・・・。何だろう?ちょっと見て来る」
階下に下りて廊下に出てみた。確かにいい匂いがするのです。煮物のような。
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厨房に灯が点いている。だが洗い物の音もしないのです。
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隙間から覗いたら大旦那がいた。
手に小鍋を持っていた。その手先をじーっと見ているのです。
おそらく料理の試作ですね。
でも換気扇を回してないようで、廊下や部屋にまで匂いが漂ってきてるんですよ。
踵を返した。あ、血圧計があるぞ。(笑)
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「厨房に大旦那がいてさ」
「???」
「何か料理の試作みたいなことをしてた。じーっと手許を見てた。その匂いだよ」
「声かけたの?」
「目が真剣でかけられなかった」
「でもこの部屋まで」
私らがいる恵明庵は曲がり家の最奥です。そこの2階まで漂ってくるぐらいなら、厨房に近い松月、長寿、更級にも香りが漂ってる筈だよな。
「何か新作を思いついて寝静まった頃合いに母屋から来たんだろ」
「えぇ~、こんな時間に?」
「若(次男)が戻って兄弟2人になったから大旦那の居場所が無くなったんじゃねぇのか?まだまだ若い者に負けてなるものかと新作にTRYしてたのかも知れないぞ」
「・・・」
「いるならカオ出せばいいのに」
戻ってよかったですねぇ、これで楽になれますねぇって言いたくって仕方がない私です。

夜の恵明の湯、酒が入っているので首筋に何杯もお湯をかけてから入った。
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「そういえば廊下に血圧計が置いてあったな」
「血圧計?」
「測る人いるのかな」
「最初の頃からの常連さんもいいトシになっただろうからねぇ。旦那さんも・・・」
いつの間にか厨房の灯は消え、料理の甘い香りも薄くなり、翌朝には消えていた。
大旦那、本当は何をしてたのだろうか。
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兄弟揃い踏み [会津]

踏切脇のW酒店で酒をオーダーします。一升瓶6本で。
「ツケは無かったよな」
「無いわよっ」
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蕎麦宿へ歩きます。
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宿入りするところ。
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私はこんな写真を撮ってたので宿に入るのが数秒遅れたのですが、先に入ったジャン妻から「あれぇ?」素っ頓狂な嬌声が聞こえた。
後から入ったら出迎えてくれたのは不在だった若(次男)だったのである。
「ども。お久しぶりです」
黙っていなくなって2年か。大旦那は「そろそろ引退しようと思ってたやさきに」と言ってたし、別の日には「ウチは私で終わりですよ」と言い放たれたこともあったな。
女将さんに話を振っても「さぁ。どうなんでしょ」と寂しそうだったし。
これだけの施設があって、繰り返し来られる常連客がいて、客が高齢化したからベッドと椅子テーブルにして、修繕費も相当かかって、親子二代で来る客も増えたというのに「一代で終わりですよ」なんて言うからなんてぇもったいないことを。もし自分らにしがらみが無ければ継いでみたいと思ってたんだよ。
若(次男)が出てってからしばらくして長男さんが現れ、ついには蕎麦を打ち、料理を担当するまでにった。どっかで2人が「継ぎます」ってなればいいのになってずっと思ってたんだ。
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恵明庵にスタスタと歩いていく若(次男)の後姿。
途中、更級庵を通り過ぎながら、
「いない間にウチら、洋室(恵明庵)に鞍替えしちゃったんですよ。何しろあったかいし、静かだから」
「床暖房ですからねぇ」
相変わらず口数少ないし、必要最低限のことしか返って来ないけどね。
「いつから戻ったん?」
「1月から戻ってきました」
「じゃぁ兄貴が出てったとか?」
「いえ、今、蕎麦を打ってます」
「きょうでぇ(兄弟)2人で」
「笑・・・」
笑ってごまかしたなっ。
「わかった。まぁ敢えて深くは聞きますまい。でもよかった」
「笑、じゃぁ食事は18時に」
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2階からガッタンゴーを撮る。
この時期は草木の葉が落ちて枝だけになるので、よく見えるのです。
速度を落ちとして走るのは蕎麦宿を乗客に見せる為だろうか。ゆっくり走るから写真が撮り易い。
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外に出てみる。
何だかニンマリしてる自分がいる。そうかそうか戻ったか。宿は兄弟2人で営るのかな。
後継者不在の危機は去ったと見ていいのだろうかね。
踏切からガッタンゴー。
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蕎麦宿も子の時代になったのかな。
そうなったらからには大旦那に「よかったですねぇ」と声を大にして言いたいのだが、こういう時に限って大旦那も女将さんも不在とはな。息子さん2人に任せてどっか行っちゃったんだろうか。
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宿に戻って廊下を歩く。
平成7年か8年頃、今のようにネットの無い時代、東北の民宿ガイドでこの宿を初めて知った。最初に泊まったのが厨房隣の松月庵、大部屋なのに2人で泊まった。イワナの刺身他、出てくる料理全てに感動したものだよ。
今は天井が低くなったらしいな。
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一度も泊まったことがないけど長寿庵。
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長年お世話になった更級庵は現在では唯一、畳に布団を敷く部屋。他はベッドに椅子テーブルに変わった。
「介護ってわけじゃないけど。お客さんもトシを取ったんで」と大旦那は言っていた。
「ここんとこすっかろ更級に不義理してからに」
「腰に来るんだよな」
こっちもトシをとったのだ。

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ここ2~3年になってから気にいって利用し続けている洋室の恵明庵は、2階がベット寝室のメゾネットスタイルです。床暖房でエアコン要らず。奥にあるのでトテモ静かなのだ。
恵明庵は前は小さいながらも唯一の露天風呂だったのですが、雨降るとアタマが濡れるので(アタリマエだが)内湯に改装された。
他、東日本大震災時に床暖房が洩れたり、そのせいで2階を支える丸い柱の基が腐ったり、檜の浴槽が傷んだりしって、4部屋で最も修繕費がかかっているという。
だから4部屋の中では基本料金が若干高いのです。
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前の山々の風景。時間を変えて撮ってみた。
同じ山だが、時間によって色合いが変ってくる。
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恵明の湯に入り直します。
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ジャン妻は読書中でした。何を読んでるのか見たら、例によって「そんな難しい本、宿で読むなよ」の類です。
私は若(次男)が戻って来た興奮がなかなか鎮まらなかった。その一方で長男さんのことも気になる。シフト管理じゃないけど常時2名必要かなぁ、なんて思ったりする。職業病だなこれは。
少し寝ました。目覚めたらもう夕餉の時間・・・。
いつも変わらぬ蕎麦懐石がやって来る。持ってくるのは兄弟どちらだろうか。
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雪が無いぞ [会津]

東武特急の特急券(座席指定券)は1ヶ月前から発売されます。
浅草駅の窓口で11:00発特急リバティの特急券(座席指定券)乗車券を購入しながらイヤミを言ってしまった。
「下今市辺りから普通の乗客がドーッと乗って来んのか?」
「ええ・・・。乗ってくるかもしれないですねぇ」
サラッと受け流そうとしたからもうひとこと言ってしまったよ。
「あれじゃぁ全然特急って感じがしねぇんだよな」
「・・・」
係員は黙ってしまった。
2年前から登場した特急リバティを含めて、現在東武鉄道の特急列車は一部区間で特急料金が不要、それ無しで、普通乗車料金だけで特急に乗れる区間があるのです。

11:00発なので、隣接する地下食品売り場で弁当とアテと酒を買い込んだ。
これが1時間早い10:00発だとまだ店が開いてないし、湯野上に1時間早く着いてしまうので、今がちょうどいい時間帯ではあるのだが・・・。
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私はいつもの崎陽軒です。幕ノ内弁当と蕎麦宿への手土産に桜デザインのシウマイ30個入り。
いつも同じだから別に浅草で買い込まなくてもいいんだけど。
「お弁当はお一人様でよろしいですか?」
「???」
ああ、ジャン妻の分か。
「この人は他でいろいろ選んで買うんだよ。私みてぇにいつでも何処でもこれ(シウマイ弁当)しか喰わないバカとは違うんだってよ」
「そ、そんなことないですおよぉ」
その場を立ち去ってから、
「ったく、お店の子になんてことを言うのっ」(ジャン妻)
「・・・」
「反応に困ってたじゃないっ」
「・・・」
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ジャン妻がイロイロ物色しているところ。
「あまり買い過ぎんなよ。湯神の食事が入らなくなる」
「・・・」
「あ、コロッケなんか買ってる・・・。(家ではぜんぜん揚げ物をしてくれないのに)←心の声」
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これだけ種類があると、何も崎陽軒の弁当じゃなくてもいいかなって気がしてきた。
リバティに乗車します。
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浅草駅は車両とホームに隙間がある。急カーヴで曲がって隅田川を渡るからです。
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リバティは会津田島行です。非電化区間の会津田島で乗り換えるのは仕方がないが、鬼怒川温泉で乗り換える時代は遠く去った。
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並べたところ。私の弁当とアテたち。
すぐさま食べようとしたら、
「電車が発車するまで待ちなさい!!」
焼きそば、細くて麺がボソボソしてイマイチだったな。
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ジャン妻のチョイス。よう買い込んだな。笹で巻いた寿司まで買い込んでからに。
ローストビーフサラダは美味しかったよ。
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残りものをくかき集めたところ。
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写ってないだけで、350mm缶ビール2本と、ワンカップ酒を飲みました。

しばし寝ます。爆睡でもないけどうたた寝。
目が覚めたら下今市駅で、車内がこんな状況に。
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こうなる前に私はWC済ませています。この通路に立っている乗客たちは途中の下今市から乗って来た客です。下今市~東武日光線~会津田島、この区間は普通乗車券のみで乗ることができるのだ。 例えば下今市から会津高原尾瀬口まで乗車とかね。
区間を越えたら特急券が必要ですが、今言った区間内の乗車は席が空いてれば座っていいのです。車内アナウンスは「席の指定は行いません」だったかな。もちろん特急券(座席指定券)を持った客が優先されるし「特急券をお持ちのお客様に替わっていただきます」というアナウンスも流れたがそれって当たり前だろうがよ。
普通乗車券の乗客でも席が空いてれば座っていいというのは、空いてる席かどうか常に気にしたり、お年寄りが空いてる席に座ってもWCから戻ってきた座席指定客が退かせたり、そういう落ち着かない光景が実際あるんですよ。WCにも行けないし、ワゴンサービスも動けないです。
前にもこのネタを取り上げましたが、
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-03-04-1
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-02-27
加えて下今市から龍王峡までは線形がクネクネ曲がっているので速度が遅いこと。特急のクセにひと駅ひと駅律儀に停車していくから特急だけど普通列車みたいになってしまう。こんなに落ち着かない特急って他にないんじゃないかな。
沿線風景1.jpg
車内が熱くなってきた。陽射しもそうだが、車内混んでるからです。空調はどうなっているんだ?
あ、これか。この穴の列がそうです。閉まっています。
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穴を開けました。窓を伝って冷房か外の風が流れたので幾分涼しくなった。
エアコン吹出口12.jpg
自分たちは浅草~会津田島までの特急料金を払って乗車している。下今市から途中乗車してきた乗客は普通乗車券だけです。彼らは席の指定、保証はないです。
浅草を出た時のアナウンスを思い出した。
「本日全ての座席は満席です」
だから彼らは通路に立つしかないわけだが。これが車内が空いてたらホントにアホらしいよね。ウチらだって特急料金は下今市だけでいいんじゃないのか?
特急じゃないよこれ。
「もうリバティ止めようか」(ジャン妻)
「だが、他の特急も多分こうらしいぜ」
「え、そうなの?」

川治温泉を過ぎたら車内は閑散としてきた。川治湯本から先はトンネルが多くなり、幾分は線形が改良されてるので途端にスピードが速くなります。
ウトウトしてたら検札に起こされた。こっちは浅草から特急券で乗車してるのに、途中区間の一般客のせいでこっちまで検札に見せなきゃならないのだよ。
寝てた私を起こした検札の野郎の後姿です。
私を起こした検札.jpg
何故検札が来るのか.jpg
上三依温泉塩原口という長ったらしい駅の辺りになるともう車内ガラ空きです。
ガラ空き1.jpg
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会津高原尾瀬口を過ぎた辺りには残雪が残っていたのですが。
沿線風景11.jpg
沿線風景13.jpg
会津田島駅に着いた.jpg
会津田島駅に着いたところ。浅草からここまで1本で来るのは確かに早くなったがね。
会津鉄道に乗り換えます。
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会津田島駅1.jpg
会津田島駅2.jpg
会津田島駅3.jpg
沿線風景21.jpg
何だかこの鉄道車内の方が落ち着くなぁ。
途中から雪が無くなった。
雪が無いぞ。殆ど地面がムキ出しです。
沿線風景22.jpg
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「これだったら余裕でくるまで来れたな」
「くるまで来たかったの?宿に聞いてみればよかったね。」
「1ヶ月前に券買っちゃったからさ」
「宿で絶対言われるよね。くるまで来なかったんですか?って」
会津下郷駅での上下線交換風景です。
会津下郷行き違い.jpg
雪が無い無い無い。。。
沿線風景31.jpg
沿線風景32.jpg
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蕎麦宿が見えてきたところ。
蕎麦宿が見えてきた.jpg
湯野上駅到着1.jpg
湯野上温泉駅に着いた。
「撮るなっ」
鬼の形相で私を睨めつけるジャン妻である。
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私らが乗ってきた車両を見送ります。
見送る.jpg
今のうちに明日の特急券座席指定券を購入しようとしたのだが、いつもの湯野上温泉を10時に出る会津鉄道リレー号~会津田島~会津鉄道特急リバティ会津128号だと座席が満席で、次の特急も席が離れるという。
席が離れてまたあの普通乗車可能区間に突入したら落ち着かないだろう。
あっさり断念、会津若松経由に切り替えることにした。
今から栄町の麦とろでの馬刺と昼酒が脳裡に浮かんだ。
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眷族の集い [グルメ&人間ドラマ]

眷族とは、親族・同族の意味の他に、従者・配下・血の繋がった一族郎党や、眷族神、すなわち神の使者や神々に関連する想像上の動物や動物の姿も併せ持つ者の存在を持つ者、あるいは神の使者たちも含まれます。
ここでは親族、同族です。従者や配下、郎党なんていませんから。(笑)
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ジャン母一族(以下、眷族)で長老格の叔父貴がいて「叔父貴の〇寿の御祝&亡くなった叔母上を偲ぶ会」で会食することに相成り、場所は東京中野、存続するのか建て直すのかで揺れていた建物の最上階へ。
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-12-23
レストラン名を121ダイニングといって、仏語でいう121の数字読み、サンヴァンテアンというそうです。
サンプラザ2.jpg
中野駅を下りて思ったのは、
この建物はいつまであるのかなぁ。
存続するのかなぁ。建て替えるのかなぁ。
「TBS噂の東京マガジン」で報道されましたね。建て直しに反対する駅周辺の商店街等が支援して当選した現在の中野区長であるS区長が、建て直し推進派だった前区長を破って当選したのに、当選したら建て直しに転じたから。建て直しを見直す=建て替えを撤回ではなかったのである。建て替え費用より現状維持管理費用の方が上回ったということか。
ウチら眷族の食事会、集いはこれまでずーっとサンプラザ最上階だった。これまでここを使ってきた理由は、今回の法事で主筋格にあたる叔父貴の一族がこの沿線であることや、駅前にあること、そびえ立っているので目立つし迷わない。
「迷うヤツがいたらバカだよ」
「・・・」(ジャン妻)
展望がいいです。眩しくて暑い時があるが、最上階で周囲に遮るものがない。
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都2.jpg
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いい雰囲気です。近未来の洋画で下界を支配する富裕層になった気分です。
でもこの食事会の前夜、ウチらは家で2017年の災害洋画を観てしまったのですよ。
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「昨日の洋画みたいだ」
「うん」(ジャン妻)
眷族がここに集う理由がもうひとつあります。
天国に近い!!
ヘンな意味ではない。天国から御先祖様たちが降りてきて集いに参加、会した気がする。これは私が言ったんじゃなくて、親族の誰かが言ったんですけどね。
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まずは主賓の叔父貴へ孫娘からの花束贈呈から。
小ちゃかった孫たちも大きくなったねぇ。キレイになったねぇ。
こっちはトシとったねぇ。薄くなったねぇ。
聞いててバカらしくなってきた。ジャン母や叔父貴、叔母御と違ってこっちはまだ現役だよ。最近私は自分の容姿が嫌いになりかけた出来事があったので「トシとったねぇ」には入っていけない。入りたくない。容姿をあげつらわれているような気がしてならない。
(齢を重ねたのでそういうのを受け入れなくてはならないのはわかりますが。)
料理がチョコチョコ運ばれてくるのですが。サンプラザ建て直しの話が出ては消えの繰り返しなので、さぞかし従業員も不安だとは思う。心なしカタイです。笑顔が殆ど無い。
料理は至って普通です。
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「これは何?」(ジャン母)
「何かのパイ焼きだって」
自分はお菓子かと思った。焼きものったって焼き置きに決まっている。冷えてますよ。
パイ焼きを摘まもうとしたらジャン母が「そっち側から皆の写真を撮ってよ」
既に料理が出始めているんですよ。こっちは喰っているのに。ジャン母はそわそわと眷族たちの写真撮影に勤しんでいて、贈呈された花の起き場所やら、食べてる誰かを自分と一緒にフレームに収めようとしたり「逆光じゃないかしら?眩しくない?」とか、ジャン弟に向かって「タイマー設定がオカシイから見てよ」とか落ち着きが無いったらありゃしない。
「さっきからそわそわと。じっと座って喰ってなさいよ」
「・・・」
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前菜1.jpg
前菜2.jpg
前菜3.jpg
前菜はまぁ美味しかったな。
BAR(バル)のレベルですけどね。
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「これはなに?」(ジャン母)
「レバペースト」
「聞かなければよかったワ」
だったら聞くなって。ジャン母は川魚、猪肉、鯨刺身、馬刺、肝類(アンコウとかカワハギとか)、レバーが苦手というか食わず嫌いで忌避する人なのです。美味しいものに殆ど手を付けないまま今日まできたといっていい。
私が船山温泉でジビエ喰ってるのをゲテモノ喰いのように思ってる。身近にある魚料理でもサバ味噌は作ってもしめ鯖は食べないとか。アジは焼いても生では食べないとか、マグロは食べてもカツオは避けるとか、生臭い系がダメらしいです。家で出ないから自分はそういうの成人してから外の居酒屋で「こんな美味い魚があるのか」と知ったからね。
苦手なら自分だけ喰わなきゃいいのに、好きで喰ってる私らに向かっても「そんなものを食べるの?」と言う人なのですよ。ローストビーフを見て「赤いから生でしょ」とかね。自分の食の観念を余人に押し付けるのです。わかってないというか。だから滅多な店に連れていけないのだ。
パン1.jpg
パン2.jpg
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パンは変わった味だった。バターの塊を全部つけてやろうとしたらジャン妻に制止された。バターはひと塊で4人分らしい。
「またそんなにバター付けて」(ジャン妻)
さらの木じゃないんだから、そういうことを親戚の前で言わないで欲しいね。
豚骨スープかと思ったがこれは美味しいスープでした。
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で、次でもうメインディッシュなんですよ。予約の時点で従兄弟から「お2人(私とジャン妻)は肉にしますか?魚にしますか?」と聞かれて、最初は「両方!!」と答えてやったのだが、当たり前のように肉がキタよ。でもまぁ美味しい肉、ソースでしたよ。叔父貴が喰ってた魚も美味しそうだったな。追加料金払って自分だけ喰えばよかった。
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デザートはジャン母にあげちゃいました。
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量的には少な過ぎでした。いったい幾らでどういうコースにしたのかついぞわからず。「幾らのコースにしたんだ?」って幹事に聞く訳にもいかないしさ。
花束、記念品贈呈、終わってから場所を変えての一族記念撮影、それらも料金込みです。そっちの方が高かったのかもね。でも幹事さんお疲れさんです。
でもノミホだったんですよ。会社の飲み会じゃあるまいし、高齢者が多いこのメンバーでノミホとは。
「言わないの。幹事が楽なんだから」(ジャン妻)
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半年前からこの日を「空けといて」と言われていたのですが、長老どもと違って私らは現役なので、出席を渋る態度がカオに出てしまった私に向かってジャン母が言うには、
「これで最後だから・・・」
一族の長老格がますますご高齢になったからですが、この「これで最後だから」は滅多にない親戚イベントが開催されると必ず出る台詞で「これが最後だから」をず~っと繰り返して今日に至っている。
「前も言ったよね」
「・・・」(ジャン母)
「前もこれで最後って言ったよね。ホントにこれで最後なんか?全然最後じゃないジャン」
「・・・」
・・・はジャン母です。
「あまりこれで最後最後って言わないでいいと思うんだよね。次回またいつかお会いしましょうよでいいのに」(ジャン妻)
でもこれがホントに最後になったらいよいよ黒い服で集まるしかない。それから先は次世代の我らの双肩にかかっているともいえるのです。
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あの日、あの時 [居酒屋]

あの時私はJR武蔵小杉駅にいた。
JR南武線から横須賀線&湘南新宿ラインへの乗り換えコンコースをトボトボ歩いてたら、急に激しい揺れが来たの。
日本は地震が無い日は無いというが、日頃に体感する慣れた揺れとは違った。激しい揺れで、長く揺れていた。
コンコースの鉄骨や支柱がガタガタ揺れている。あの当時の武蔵小杉駅コンコースは工事中で、床のアスファルトも平らでなくデコボコで緩く、コンコースの地面から伝わる揺れが私の靴裏から膝下を伝わり、脳天まで突き抜けた。
立ってられなくなった。片手で支柱か何かに掴まったんだと思う。その状態で揺られ続けていた。私の前にスプリングコートを着たどっかの見知らぬ中年女性がいて、揺れるコンコースの天井を見上げながら支柱に捕まっていたのを覚えています。

揺れが止まらない。工事中だから簡易的な支柱と天井の梁なので、それにジャバラやクロスした真鍮がガシャガシャいつまでも揺れていた。
コンコースだから余計な調度品は一切置いてない。倒れて来るものはない。揺れてるだけだった。
揺れが収まるのを待ちながら、ここよりも何処か遠い震源地ではもっと激しい揺れがあって、これは未曽有の災害なのを予想できる揺れだった。
揺れが収まったが、電車は止まった。JR職員も「全線不通です」としか言えない。どこで何が起こったのかすぐにはわからないだろう。
外へ出ると・・・.jpg
信号が点いていない.jpg
外に出たら信号機は消え、遠くからサイレンの音が響いていた。
曇り空の下、武蔵小杉駅から歩き始めた。業務一切を放棄して自分が生きる為と割り切るしかなかったのです。
本社にいるジャン妻は大丈夫か?携帯は繋がらない。
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横浜方面渋滞中.jpg
緊急車両.jpg
人が歩き始めた。後で見た都内の帰宅難民ほどではないが、皆歩いている。
街道が渋滞し始める。何処からか聞こえてくるサイレンの音。警察車両、緊急車両がひっきりなしに走る。東電の社用車も。上空にはヘリの音が。
コンビニ、商店は真っ暗で開店休業状態だった。
信号機は各所で消え、警察や有志が誘導、整理している。
警察が誘導中.jpg
有志が誘導.jpg
途中の小料理屋で水槽の水があふれていたのを見た。「電気通じねぇんだから商売になんねぇよぉ」とオヤジさんがボヤいていた。
一部の公衆電話に行列ができていた。後で気づいたが、携帯はダメでも公衆電話は通じるらしいのがわかった。

園児が泣いているぞ。ブルーシートを被って非難中だった。
園児が非難.jpg
綱島街道を延々歩いた。歩くしかない。
今でも覚えてるのが3人組の女性の会話で、
「ワンセグで観たらさ。何処も地震中継ばっかりなんだけど、TVK(神奈川TV)だけ必殺仕掛人やってたよ」
街道筋は何処も電気が消えている。東急も当然、不通です。日吉駅に溢れる大群衆たち。
日吉駅1.jpg
日吉駅2.jpg
元住吉駅は東急の車両基地だが不通のまま。綱島駅には立ち寄らなかった。もう東急は動かないだろう。
鶴見川を渡ります。
前方の空が暗くなってきた。明るいうちに何処まで行けるか。いや、点いてないんだからこれから先は闇になるんじゃないか。
鶴見川を渡る1.jpg
鶴見川を渡る2.jpg
どこかに公衆電話はないかな。
鶴見川を渡って大倉山駅に入ったら公衆電話にコインが溢れていた。そこで電話を借り、ようやくにして本社に電話したらジャン妻が出たの。
「何処にいるの?」
「武蔵小杉駅で止まった。そこから歩いている」
ここで初めて仙台市内の支店と全く不通なのと、都内神奈川の従業員はタクシーで帰宅が許可されたのを知る。
「お義母さん(ジャン母)と電話がつながらないんだよね。帰ったら様子見にいってくれるかな」(ジャン妻)
「今日中に帰れたらな」
「えっ、そんなにかかる?」(ジャン妻)
「ワカラン。行けるトコまで行くしかない。そっちは本社に泊まった方がいい。皆にヨロシクな」
私は強がっていたが、不安を与えず強がるしかなかったのです。
港北区役所.jpg
開庁時間を過ぎた港北区役所でWCを借りたが何も誰何されなかったですね。港北区役所の職員さんは業務停止して帰っちゃったようだが、人の気配はあったので中に入って役所内のWCを勝手に借りたのです。出すものを出したら落ち着いたというか。
ここで再度、区役所内の公衆電話を借りてジャン実家に電話したが今度は繋がらなかった。今の電話の親機ってFAXが装備されてるから電気が繋がってるからおそらくは停電だろうと。実際、停電だったそうです。
大豆戸交差点の夕陽.jpg
WCを済ませて一息入れ、その先の大豆戸という交差点を越えたら渋滞の東京方面車線で、支払が点いたタクシーがある。
そのタクシーを強引にフン捕まえたのです。身体を張ってタクシーの前に躍り出て、サイドに廻って窓を叩いた。
「第三京浜に入れるか?」
「いやぁ、高速は無理です。下(一般道)なら。どちらまで?」
「横浜の〇〇まで行けるか?」
「あ、何とかやってみます」
「何処で何が起きたんだ?」
「東北だそうです。ラジオの音量上げますね」
タクシーに流れるラジオから、震源地が東北地方の太平洋側で、津波が押し寄せたのを知った。
(そこには私の社の現場も幾つかあったのだが今は全て廃止になっています。)
タクシー乗車、新横浜方面へ.jpg
タクシーは環状2号線を走った。新横浜駅前は渋滞で、運転手はやたらと車線変更して赤でも強引に突っ込むので、急いでくれてるのかなと思って何も言わなかったが、
「お客さん、ちょっとだけトイレ行っていいですか? もうさっきっから・・・ 」
ああ、そういうことか。私は港北区役所でWCを済ませているが、運転手さんが我慢の限界に来たんだね。
タクシーは岸根公園の辺りに横付けして停まり、そこで用を済ませてましたよ。こういう時に限って滝のように流れたらしい。
トイレ休憩中.jpg
「スミマセン」って戻って来た運転手さんは再スタートさせた。「この運ちゃん、手を洗ってねぇな」と思ったがそんなことを突っ込んでる場合じゃない。
タクシー拾って安堵したもあり、ウトウトして眠ってしまったのです。こういう状況でよく眠ったよな。
闇は迫ってきた.jpg
どれくらい眠ったのかわからないが「お客さん、横浜新道入りますか?」で目が覚めた。
「入ってくれ」
横浜新道はかなり空いていたが、料金所を出てから渋滞。だがここまで来ればもう大丈夫だ。
横浜新道に入る2.jpg
横浜新道に入る1.jpg
ジャン宅の町は真っ暗だった。闇に包まれてる。タクシーも慎重に走る。
ジャン宅に着いた。私は運が良かったとしかいいようがない。金額は6400円で、
「ありがと。助かったぜ。これからまた客拾うのかい?」
「いやぁ~」
「気ぃつけてな」
もちろん一期一会です。

ジャン家周囲一帯は停電で真っ暗。撮ったんですが真っ暗で写らなかった。
電気の無い時代はこうだったのだ。TVに映る時代劇はあれでも明る過ぎる。そこらの角から刺客が出て来そうな闇に包まれている。
ジャン家に入ったら、家の中は多少の落下物がある程度だった。
そしてジャン実家へ。そこも真っ暗だったが、ジャン実家の隣町内会は電気が点いていたのである。
「あら?来てくれたの?」(ジャン母)
ジャン母は一人で蝋燭を点けてじ~っとしていた。蝋燭はジャン父(故人)の仏壇からブン取ったらしい。
来ないと思ったのかな。その晩は泊まることにした。
「隣の家は電気が点いているのよ」とやや憤慨していたのを覚えています。
「ご飯は冷えたのがあるけど」
おかずがないという。あっても灯が点かないから調理できないのだ。いちばん近所のテイクアウトチェーン店が松屋さんで、そこに走ってったら超満員で、従業員さんがてんてこ舞いだった。ここまで歩いて来た帰宅難民たちが休息がてら今宵の糧を得ようと集まっていたのである。道路向かいのデニーズは電気が消えてたから。
デニーズは消えてた.jpg
松屋1.jpg
松屋2.jpg
スタッフが言うには、
「お弁当の容器が無くなっちゃったんです」
「じゃぁ牛皿は?」
「大丈夫です」
「牛皿弁当二ちょう!!」
厨房では4人のスタッフが大忙しであった。今宵の松屋さんは疲れた通勤難民と近隣の活力の場になるだろう。
「お待ちどおさまでした。牛皿弁当二ちょう、500円になります」
「ありがと。タイヘンだが・・・」
・・・の先は言えなかった。何を言っても言わずとも彼ら彼女らはわかっている。日本人のいいところを最大限に発揮しただろう。
この松屋さんは今も営っています。この日初めて食べたんですよ。
松屋大混雑.jpg
松屋大混雑2.jpg
ジャン父(故人)の仏壇から蝋燭を借りて夕餉。牛皿の他は漬物程度で。
松屋さんの牛肉を一口喰ったジャン母はひとこと、
「しょっぱいわねぇ」
「!!!」
「いつもこういうの食べてるの?」
「そんなん言ってる場合か」
ジャン実家の夕餉.jpg
突如として21時に電気が点いたのです。東電さんはこの後いろいろ言われることになるが、現場は早期復旧に頑張ったんでしょう。
電気、水道、ガス、インフラがアタリマエにあることの何とありがたいことか。だが、TVを点けたら、震源地の陸奥の惨状が映し出された。

この夜ジャン妻は都内の社に1人で泊まったのです。近隣で出前を取ったとか言ってましたね。翌日の午後に再会できましたが、落ち着いたら泣きだした。社に自分だけ1人だったという。社は鉄筋だから安心は安心だが。
平常心を取り戻すまで少し時間がかかった。
今では「もう次にああいうのがあっても1人でいるのはイヤだ。歩いてでも帰って一緒にいる」って言ってます。

その後、ウチの社では数人が陸奥の被災地から上京してきた。現場が倒壊したからである。
私が関わったのは3人いて、1人はその年のうちにこっちで結婚して退職した。
もう1人は男性で、太平洋側から会津若松に避難してから上京したが、原発のない九州に去っていった。
もう1人の女性は東京で結婚して今も在職している。子供も2人生まれた。
往時のことは今では殆ど話さなくなった。本人も「あの頃の記憶はあまりないんです」とだけ。

警察庁の発表では、現在でもない行方不明者数2533人だという。死者は1万5897人。

今日その時間に自分は何処にいるかわからないが、その時までは普通に公務します。
(今回は敢えてボカシを入れておりません。)
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あさつき [自宅グルメ]

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地元近所の八百屋です。大手スーパーじゃないくて、私が子供の頃からお世話になっている八百屋さん。
パッケージに庄内って描いてあるのは庄内(山形県)産のアサツキという野菜です。地元の八百屋(大手スーパーではない)1月後半から2月一杯だけ店頭に並ぶ野菜。山形の伝統野菜らしい。
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「あ、入った・・・」
「入りましたよ~」(八百屋の店主)
私は2つ3つ抱えてレジに持って行こうとしたら、
「せめて2つになさい」(ジャン妻)
「・・・」
八百屋のご夫婦に笑われた。
「3つはダメだって?」
「今しか食べられないのに」
「そうですよ~。買って買って」
「他のお客さんのも残しておきなさい」(ジャン妻)
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まずは和え物で。
酢味噌和えじゃないですよ。麺つゆ、マヨネーズ、柚子胡椒を少し。
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味も食感もいいです。細いけど甘味があって。
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炒めものです。黒豚のバラ肉と炒めたの。ベーコンでもいいかも。
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何処かで食べたことがあるような。食感に覚えがあるのだが。

炒め物その2、上に載ってるのは国産牛の赤身肉。焼肉乗っけ盛りといいます。
でも焼肉は脇役であさつきが主役。
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八百屋の店主に言われた。
「毎日食べてんだ?飽きずに?」
「全然飽きない。向こう(ジャン妻のこと)は飽きたって言ってる」
「ご飯のおかずになる?」
「(首を横に振る)・・・日本酒のアテですよ」
「へぇ、酢味噌で?」
「いや、醬油か麺つゆにマヨネーズと柚子胡椒を混ぜて」
「へぇ~、そんな食べ方があるんだ」
八百屋の前の肉屋さんを指しながら、
「〇〇さん(肉屋の屋号)豚バラ肉と炒めたりもするよ」
レジでは女将さんがニコニコ笑ってる。
「何を会話してんのよっ」(ジャン妻)

アサツキはネギの仲間、変種らしいです。
ネギより細くて色が薄い(浅い)からアサツキ(浅葱)というんだと。そんなに辛くないネギですがわけぎのように薬味には向かないと思う。
生意気にネギより高いんですよ。
昨年の2月後半に初めて食べてハマりかけたのですがすづ3月になったら見なくなった。入らなくなった。八百屋に聞いたら冬の野菜で1月の終わりか2月にならないと入荷できないという。
何でこの野菜が好きになったのか?どっかで食べた別もの、食感が似てるんですよ。味も。だが思い出せない。
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玉子とじです。これも合う。
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湯豆腐にも。アシが早いのでなるべく早く食べないと。
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アサツキはもともとは自然で自生する野草だそうです。
最初に見つけて食べた人はエライな。
でも野菜としての販売時期は冬から春だけで短い。夏に花が咲いたら地上部の葉は枯れて休眠しちゃうので、その前後に鱗茎(細い球根のこと)を掘り起こして植え付け、成長して芽吹いても土の上に出た部分は一旦枯れ、翌シーズンの春に成長し、早くても翌12月に収穫できる。だから2年かかるのかよ。

は万能ねぎ、わけぎとも違います。球根の有無と葉の細さとかが違う。
球根がないのが万能ねぎ、球根があるのがわけぎ&あさつき。
球根があって葉が細いのがあさつき、球根があって葉が太いのがわけぎ。
もっとも万能ネギは、どっかのJAが認めない限り万能ねぎを名乗ることはできないそうですね。
食べる部位は葉よりも茎や根に近い根茎が主です。

ネギの仲間だから風邪予防や疲労回復にいいという。癌予防にも?ホントかな。
でも大量生産して多く仕入れるものでもないらしい。ネギの仲間全体から見たらあさつきの生産量は殆ど1%ぐらいしかなく、あまり流通していないという。
生産量が多いのは広島県、福島県、山形県、おっと群馬県もか。さすが群馬は獲れない野菜が無い県だね。それが為に、群馬のホントの名産が何なのかボヤかしています。

2月は毎日のように食べてたが、あまり日もちしないです。
「もう買って来ないでよ」(辟易してるジャン妻)
「今しか食べられないんだぞ」
「どうせすぐ飽きたとか言うクセに・・・」
「そんなに台所に立ちたくないかい?」
「ムカッ」
ぜんぜん飽きないのだ。次はうどんすき。最後の方はたまごとじに。この時は翌日の朝が人間ドッグだったので油ものを控えて8時前に食べた。
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天ぷら、これもイケます。
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豚バラ肉巻きなんぞも。居酒屋みたいだ。
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醬油と胡麻油で和えてみた。これは味付けが意外と難しかった。あさつきの表面張力で油を跳ね返してしまうので、胡麻油は極少にしないと。
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ツナマヨです。
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合うんだけど、ツナの種類、選択を間違えやがって。
「間違ってカツオを買ってしまった。やっぱマグロの方が美味しいね」
「え?カツオなの?」
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やっぱりこれがいちばん美味しいかな。
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このアサツキ、ノビルに似ているらしい。
ノビルといえば船山温泉で出されたことのあるあれ。根が丸いヤツ。岩魚素揚げに付いてきたあれだ。あれも美味しい。最近は出なくなった。今度館長に言わなきゃ。
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もうすぐ見なくなる頃。ハウス栽培したのでもいいから仕入れてくれないかな。
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昨日寄ったら売り場が無くなってた。
「ホレ見ろ無くなったじゃないか」
「・・・」
「もっと買っておけばよかった」
「もたないでしょうよ」
「冷凍できないのかな・・・」
「・・・」
仕方がない。また来年ですね。
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宮島 [グルメ]

泉区1.jpg
横浜市泉区役所であります。
自分の用事じゃないです。公用ですよ。
このエリアは陰の部下・草の者3号に任せっ放しでいたのですが、今年の1月からインフルエンザの猛威やいろんな風邪、ノロウイルスなんかが蔓延して社内欠員だらけになり、3号他、草の者たちはあちこちの欠員に対応していた。1日に1箇所どっかで欠員が出てましたね。3号は自ら穴埋めしていて全く外に出れなくなった。
なので自ら来ました。久々に泉区に来たら担当官が変っていた。トテモいい方で、こちらの記載ミスをやんわり訂正してくれた。
泉区3.jpg
さてこの後は八王子経由で立川市内に向かうのですが時刻はちょうど11時であります。今から長い移動時間なので早めにランチをするにせよ、泉区役所の最寄駅であるいずみ中央駅前のモスはリニューアル工事中だし、いずみ中央駅の相州そばにしようかなぁ。
すぐ近くに麺sレストランYabuという店があるのですが、バイト嬢の態度があまりよくないのだ。
もう今日の昼は何でもいいやと。何も食べたいものが思いつかなかったのだ。あれが食べたいという執着心が湧かない日でした。こういうこそ牛丼チェーンでいいんだけど。
そばで閃いた。役所の4階にある。
エレベーター内1.jpg
エレベーター内2.jpg
前にUpしたことがある。自分で自分のBlogを検索したら2012年だった。呟きⅠの最初の頃だった。
https://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-01-18-2
あの頃は写真も記事も小さかったな。
まだあるかな。あるみたいだ。エレベーターで4階へ上がった。
素っ気ない店前.jpg
4階にあがるとこんな感じ。7年前のままですね。
会議室のある廊下の前にひとつ看板を置いただけです。幟もない。暖簾もない。幾ら役所内とはいえこんな殺風景な店を他に知らないです。
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上から見下ろしたところ。
中央が吹き抜けになっていてます。文京区役所、シビックセンターみたいだ。
この吹き抜けをフロアにしたら、もう少し平たくなて総工費が安くなったってことないか。
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見下ろす2.jpg
見下ろす3.jpg
さて、上がって来たはいいが、入ろうかどうしようか迷ってしまった。
入ろうかどうしようか.jpg
白いボードにお品書き。そば、うどん、丼類に絞ってあります。
献立表.jpg
券売機.jpg
扉を開けて入って券売機の前に立ってからもしばし迷ったのだ。迷ってたらオバちゃんが来て、
「わかりますか?」
「う~ん、何とか・・・」
実はちっともわかんないのである。何がウリなのかわからない。今日の日替わりが何なのかどこにも明記してないし。120円のサイドメニューって何さ?ラーメン各種って?その各種は何処に書いてあるんだ?
でもここで済ませないと、八王子や立川まで腹が持つかなぁ。これから行く窓口は職員が多くなくて、12時~13時の時間帯は不在の可能性が高いのだ。11時過ぎの今、ここで済ませれば12時~13時を電車で移動するのに充てて、13時に駆け込めるので。
無難にカツカレー丼とサイド120円をオンして受付のオバちゃんに渡したの。
「サイドメニューは何に致しますか?」
そのサイドメニューが何かわからなかったんだけど。受付脇にサラダ、冷や奴などがあったので。
「サラダ・・・」
ボソッと言ってしまった。そしたら番号札を渡されるでもない。フーゴコートみたいにピーピー鳴るポケベルも渡されない。「お席にお持ちします」というのである。
この広さで??店のスタッフが持って来てくっるのですが、窓際なんかだとかなり距離があります。持って来るのも取りに行くのも遠いですが、ご年配の客層が多いので高速PAのフードコートのように番号を呼んで「取りに来てください」とも言えないらしい。
店内1.jpg
店内2.jpg
こうして見ると学食みたいな内装は前と変わらんですな。
窓の外には高架の相鉄線路が見えます。
窓の外を相鉄線が走る.jpg
オバちゃんがドレッシングを持ってきてくれた。3種類もあるぞ。
ドレ.jpg
着丼しました。オバちゃんが持ってきてくれたんです。
カレー1.jpg
カレー2.jpg
カレー3.jpg
カレーの具はタマネギだけです。和風です。辛くないですね。タマネギが更に甘口にしている。
小麦粉が入ってるような。いわゆるい今風、今流行りのカレーではないです。
カレー6.jpg
カレー4.jpg
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カツはカレーの下に隠れていって、箸ですくって食べました。
その下のご飯はややベトベトしていて、箸だと食べ難いから添えられたスプーンでこするようにすくうのですが、皿に盛ったカレーライスと違って丼はスプーンですくい難い。
サラダの器は小さいですが、ギッシリ野菜が詰まっていました。
サラダ1.jpgサラダ2.jpg
サラダ3.jpg味噌汁.jpg
店内4.jpg
前にいる爺さん、ずーっとスポーツ新聞見てるんだけど途中から動かなくなったの。寝ちゃったらしい。
オバちゃんが玉子丼を持ってきて、
「お待たせしました」
「・・・」
聞えないのか寝てるのか、反応が無いのです。
オバちゃんがそっと置いてその場を立ち去った。爺さんは自分のが運ばれてきたのに気付かず、新聞広げて微動だにしないのです。
まさか死んでんじゃねぇだろなと私は立ち上がりかけたら、爺さんが突然動いたんですよ。新聞の頁を変えようと畳んだら、いつの間にか目の前に自分の丼が置いてあるじゃないですか。驚いた爺さんはビクンと反応して慌てて新聞折り畳んで食べにかかった。その動きが可笑しくて。(笑)
店内の客層は御年寄りが多いです。顔馴染客にはきさくに話しかけてる。顔馴染?泉区役所のこの店に蕎麦だけ喰いにわざわざ喰いにくる常連さんがいそうにないけどいるんですよ。役所の中にあるってことはそれ也に便利ではある。雨に濡れなくていいしね。
さて、2回めです。結果的には行かなきゃよかったんだけどね。
殺風景な廊下.jpg
ボード1.jpg
ボード2.jpg
ラ1カ1.jpg
「味噌汁もついてるんだ・・・」
そう呟いたら、運んできた女性が、
「お下げいたしましょうか」
???
下げるって?今ならまだ間に合うから鍋に戻すのかい?
「いやいやいいです。いただきますよ」
「大丈夫ですか?」
???
大丈夫って何がさ?ようワカランこと言うね。
「胡椒はあちらにございます」
「いや、要らない」
「お持ちしましょうか?」
???
私は年寄り扱いされたかな。
「使わないです。そのままで食べます」
「・・・」
自分の親切心を無視されたと思ったのかな。要らないからそう言ったんだけど。
怪訝に思った。でもその意味はこれだな。
啓蒙1.jpg
啓蒙2.jpg
啓蒙3.jpg
なるほど残して欲しくないから、味噌汁要らないならホンキで下げようとしたんだね。
ラ2.jpg
ラ3.jpg
なるほど胡椒が欲しくなる味、スープだね。
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色の黒いカツ丼だな。
カ3.jpg
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固いロース肉だなぁ。固いから衣がすぐ剥がれちゃうじゃないか。う~ん。
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店内3.jpg
泉区2.jpg
ごちそうさまでした。区のHPから
「泉区は街のあちこちに直売所がり、地元の新鮮な野菜を仕入れることができます。
宮島では大根、キャベツ、ネギ、ニンジンなど、料理に欠かせない野菜を近所の直売所から仕入れて、積極的に使用しています。
定番の本格そば・うどんメニューに加え、日替わりで2種類のランチを出しています。
ボリュームたっぷりの定食は食べ応え抜群。サラダや揚げ物などメニューによっては仕入れてすぐ調理するので、朝採れた野菜をお昼ご飯で食べられることもあります。
区役所にお越しの際は是非お立ち寄りください。」
主旨はわかりました。食品ロスや生ゴミ削減は理解できるし食べ切り協力にも賛同します。スタッフさんのお客への気配りも相当いいです。赤ちゃん連れのお母さんに椅子を2つ並べてあげて、その上に赤ちゃんを寝かせてあげてたからね。
ただ、地元のいい素材を使ってるんならなおのこと、肝心の味とロース肉の質をもうちょっと改善した方がいいですよ。
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くぼやん5 [グルメ]

今日の西新宿は曇り空。
ビル街をぬって都の窓口へ6年に1度の更新に向かうところ。
その窓口は地元再開発で生まれたこの界隈のメインビルです。何処も賃料高そうだな。
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建造物たちが高さを競っているように見える。「こっちの方が高いぞ」と言わんばかりに天空へ積み上げられて行く支柱の鉄骨たち。
人類は自己を顕示する動物だから、上へ上へといきたがるのでしょうか。
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左手にそびえ立つグレーのビルは建設中のダイワロイネットホテル、10数年前、自分もロイネット会員でした。和歌山を皮切りに、神戸三宮他、幾つか泊まり歩いたもの。来年の東京五輪に向けて宿泊数が足りないのだろうか。
右手のビルは商業施設と住居棟が一体となった施設で、土地区画整理で出来たビルのため各棟で住所が違うのが最近わかった。

私が出向く都の窓口はこの先を曲がったところにある新宿スクエアタワービル。厚生省の指導監査や許認可事務等の一部を移管した行政事務部門です。医事・薬事・食品衛生を業務とするもの。麻薬取締を業務とする場所とは別です。
窓口の上の省庁は国民の健康、医療、子供、子育て、福祉、介護、雇用、労働、年金、今騒がれている雇用、労働、年金の行政部門ですが、私が出向くのは医療の許認可の事務部門です。担当官とは殆ど顔馴染。彼らもやはり異動とかあるらしく、群馬から戻ってから2人か3人変りましたね。
アッサリ公用はパス。お互い顔馴染だしこっちも慣れたもんです。そして11:00になる頃合い、青梅街道を渡ってゆるやかな成小坂を駅方面へ戻る。
あと30分もすればこの界隈はランチを求める会社員、OLたちが飢えたイナゴの大群のように狭い歩道に溢れます。
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地下に潜る1.jpg
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階段を下りたら廊下で店主と鉢合わせ。
「こんにちは~」
「あ、どうもいらっしゃい」
外見より優しい声音の店主は心の中で、「この客(私のこと)また前回みたいに具無しとかわけわかんないオーダーするんじゃないか」と警戒しているかも。

あれ?いつもと違う女性だな。
この店の女性スタッフ、チャラチャラした若い子はいないですね。店主がマジメそうだから女性スタッツフも駅度な距離感置いてマジメできちんとしった応対です。店主の好みの女性というのではなく、この店のカウンターに置いていい女性、カオ、評定、声音という意味。私も面接したら採用候補にはするだろうなと思う女性ばかり。
いつもと違う女性.jpg
今日も塩です。そういえばこの店のイチオシであるナポリ、次点のミートは食べなくなりましたね。
「シメジ、小松菜抜き・・・」
「シメジと小松菜抜きですね」
別にシメジと小松菜が嫌いなわけじゃないです。家でも鍋に豚バラと併せてシメジ、小松菜入れるし、バター炒めなんかも好きだし。ただ、この店の太麺スパには要らないと思ってるだけです。
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いいルックスです。シメジ、小松菜は要らないよ。
ベーコンだけのつもりがタマネギが入ってた。それぐらいあってもいい。
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前回は完全な具無しにしたことでベーコンも抜いたので塩気が薄かった。
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他の具が無いだけにベーコンが引き立つ。ベーコンから出る塩味もいい。こうなると粉チーズすら要らないかもですね。
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厨房を望む.jpg
店1.jpg
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地上に出てビルを見上げる時の満足感。今日も美味しくいただきました。私が唯一利用するパスタ屋さんです。
さて、前回の具無しスパの記事を見せた時、塩分にとやかくうるさいジャン妻は
「何これ?これ何か意味あるの?」
その次に言ったのが
「ベーコン無しだと味が薄くない?」
ホウ、ベーコンを容認したか。
塩味なんだからある程度の塩気が無いと。そういう会話になったのは、その日の夕食(珍しく家食)がこれだったから。
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この日の夜は家食と宣言、決めてあったのですが、最初はスパサラダの予定だった。私は(日)に買い置きしていた上級ベーコンが6枚か7枚あるのを知っている。家での食材の在庫管理は私なのです。
「スパサラとスパゲティどっちがいい?」
「両方!!」
「それはダメ。塩味のスパなんてどう?」
「ベーコンたくさん入れて」
子供のように自分からベーコン入りで塩味のスパをお願いしたの。昼と同じような味ですよ。ジャン妻に昼のくぼやんの塩スパの写真を見せてやった。実は今日の昼はこれだったんだって。
「ゴメン、昼と同じだった」
「いや構わないよ。好きな味だし」
ウチは私が黙っていると昼夜が同じものになることが時々ある。スパ、焼きそばとかが夜昼にダブる事が多いです。ジャン妻は私を昼にスパ食べない人だと思ってますから。
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これ2人前です。2人で取り分けるの。少食でしょう?
ベーコンがたくさん。これは私が要望したのですが他、小松菜じゃなくて菜の花がたくさん。家で食べる分には別に嫌いじゃないし、ジャン妻に「具無しスパにしろ」って言っても通らない。
どっちが美味しかったかって?
そりゃぁ・・・ね・・・。(意味深)
(左のチーズ焼は冷凍しておいたキーマカレーにチーズを塗したものです。)

こないだ西新宿に行ったら、駅前のデカい総合病院が新しく増床されてた。
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このデカい病院にジャン妻の実父が入院していたことあるんですよ。
夏休みでドクター不在で、ロクに治療もせず個室に放置され、その分だけバカ高い金額を支払わされた。さも当然のように請求されましたよ。治療もせず一時退院もさせずなのに。ゼロ2つ請求されましたからね。
それ以来、私もジャン妻もジャン妻実父(私の義父)もこの大病院が大不信です。
そしたらまぁデカく近代的に建てやがって。
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「シメジ、小松菜抜き・・・」
「シメジと小松菜抜きですね」
今日は醬油で、シメジ無し、小松菜無しです。ベーコンだけといっていい。タマネギは少々入っていた。
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濃い味です。ご飯が欲しくなる味です。しょっぱくはないです。どういう醬油タレを使っているのかな。ガーリック醬油じゃないし生姜焼のタレでもない。焼肉タレの薄いような、オイスターソース味っぽいような。
う~ん、わかりません。
店を振り返る.jpg
店を振り返ります。どんどんお客が入ってきてこれから店内、店外、ウエイト客が並びます。
さて、メニュー制覇、半熟玉子バージョン、大盛り&特盛、具無しスパバージョン、そして今回のベーコンだけバージョン、いろいろコンセプト決めて来店Upしましたが次は・・・
ガーリックスライスバージョンは勘弁。あれをオーダーされる客、結構いますけど店内に凄いニオイが漂ってますよ。ランチにあれを食べた後、午後に接客・接遇・営業なんかできないと思うな。
自分は接客業でも営業でもないけど人に関わる職掌なのと、ガーリックを摂取し過ぎるとお腹に来るのでそれは絶対に無理です。
午後っから半休取ってこの店唯一のアルコール飲料、缶ビールでも飲んでやろうかな。どんな銘柄の缶ビールか知らないけど。
この病院には苦い思い出が2.jpg
階段を上がってさっき述べた心中含むところにある大病院を見上げたところ。

その日の夕食も珍しく家食だったのですが。
まぁこんなもんだ.jpg
またしても似たようなものになったか・・・。
このときはジャン妻に何も言いませんでした。ソース味だし。
これで1人前です。2人で1人前です。私は具が少ない方が好きなのと、焼きそばのキャベツは別にサラダか他のものにすればもう1品増えたのに。そう思った時はもう遅かった。
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伝丸 チーズ味噌 [ラーメン]

今日は雨です。氷雨。
午前休取りました。雨なのに裏手の家で外壁工事中で、鉄パイプで足場を組む音がカチャンカチゃンうるさいぞ。
で、また朝兼昼の伝丸ですが。
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相変わらず合戦の本陣のように幟はハタめいている。
伝丸2幟2.jpg
伝丸5幟3.jpg
改めて言いますが、味噌がメインの店です。醬油や塩もありますが止めといた方がいいよ。(個人的見解だよ)
味噌系はあまり食べないですが、蔵出し味噌を謳う田所商店ほどではないけどここの味噌ラーメンはまぁまぁ美味しいですよ。
というか私に合うのだ。田所のように無理してご当地感を打ち出して失敗している具じゃなくて、具が正統派なのです。何せ野菜が多いのが気に言っています。芯とはいえキャベツと白菜、ネギは私の大好きな深谷ネギだし。
伝丸4見上げる.jpg
そして出ては消え、出ては消えるを繰り返している期間限定でこんなのが。
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伝丸7チーズ味噌?.jpg
味噌ラーメンにチーズねぇ。
前に家鍋でジャガイモ、ニンジン、タマネギをベースに白味噌で鍋にして、それにとろけるチーズを加えたことがあるぞ。
合わなくはないです。白味噌に限ると思うけど。
ジャン妻にもなかなか好評だったが。鍋にチーズ、ラーメンにチーズ「邪道じゃないかい?」と思わないでもない。食べてみて成功か失か。自分に合うか合わないか。
ほぅ、パルメザンチーズなんだ。とろけるピザ窯チーズじゃないんだ。
それに北海道牛乳も?
チーズと牛乳.jpg
伝丸8では入りましょう.jpg
「チーズ味噌・・・」(ボソッ)
「麺は大盛りに・・・」
「いや、普通でいいです。唐揚げと白いご飯・・・」
相変わらず接客がいいですね。元気印の女性、オバちゃんたち。
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店内2.jpg
まだ11時前2.jpg
まだこんな時間です。地元で営業開始が10:30~なのも気にいってます。そういう店ってあまりないもの。
粉チーズをタッパーに.jpg
オバちゃん撮っちゃってゴメンね。手許にあるタッパに粉チーズがドサドサと大量に入っていた。
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唐揚定食じゃないよ。最初に唐揚とご飯がキタのが笑える。
唐揚は店で揚げてないと思うな。温めだね。
でも家で唐揚げ出ないし、粉チーズの酸味に勝るワイルドなおかずが欲しかったのもあるんだ。
唐揚2.jpg
唐揚3.jpg
唐揚4キャベツ.jpg

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さぁメインのチーズ味噌ラーメンです。厨房で粉チーズを「そんなに入れんのかよ」って心配させるぐらいにドサドサ投入されてる。スープの表面に白く浮いてます。
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チーズが雪のようにドッサリ。
チ3バターもある.jpg
デフォでバターも。スープに牛乳まで混ざっているんですか。
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味噌ラーメンとは言い難いね。白味噌ベースに、チーズ、牛乳、バター、乳脂肪製品が混ざりまくっているというシロモノです。
やや酸味、香りはありますが、チーズが嫌いでなければ気にならない程度のもの。
最初は粉っ気なのでムセたりして。
このチーズ味噌、店頭やHPにはキレイな広告写真になってますが、出された実物はそんなに映えません。時間の経過とともに細かい野菜もチーズもズブズブ沈んでいきます。
なので具をすくいます。野菜がたくさん。
チ5野菜をすくう1.jpg
コーンがあるので穴の開いたレンゲですくいます。
チ6穴の空いたレンゲ.jpg
長ネギのような香味野菜は殆どない。タマネギと少々のニラぐらい。
チ8野菜をすくう2.jpg
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濃厚です。ドロドロになっているのがわかりますよね。
チ7ドロドロしている.jpg
チャーシューは完全に脇役ですね。あ、あったんだ?ってなもんです。下手すりゃ麺も脇役ですよ。
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チ11麺2.jpg
チ12麺3.jpg
チ13麺4.jpg
チ14麺5.jpg
チ15麺6.jpg
後半戦です。まだ具が残っています。金物の穴あきレンゲが大活躍です。
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どの写真も殆ど真っ白に近いですよね。
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そのうちぬるくなって、溶けきれなかったチーズが底から出てきたりします。
さて、残ったこのスープですがどうするか。
チ18このスープをどうするか.jpg
リゾットにしてみた。誰でもやるでしょ。
チ19リゾット準備1.jpg
チ20リゾット準備2.jpg
チ21リゾット1.jpg
チ22リゾット2.jpg
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悪くはないです。こういうのがあってもいい。でも最初からデフォでチーズがドサドサ載ってるのはちょっとな〜。
西新宿のロメスパくぼやんでも粉チーズ多くかけますけど、それは味変を楽しむ為でさ。チーズが多いんですよ。
でも卓上にチーズ置いてもコストかかるだけだし。
粉チーズ少なめってできるのかな。量を調整できればいいかも。

例によって余計なひとこと。会計のおねぇさんに言ったのは。
「パンが欲しいな」
「???」
「パンだよフランスパン、ブレッド」
「ああ、なるほどなるほど。クリームシチューみたいですよね」
クリームシチューか。それに合うパンを全店に普及させるにはこのチーズ味噌がグランドメニューに昇格ないとね。それが成り立たなきゃそれだけの為にパンなんて導入できないよな。

食後は口の中、周り、鼻先、指先、チーズの香りが残ります。
ラーメンを食べた食後感じゃない。パスタかピザの食後のような。
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そして一旦帰宅、この記事を書いて午後から公務に入りましたよ。
いいね。午前中休んでBlog書いて午後から出るってのは。
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伝丸 深谷ネギ 野菜マシ [ラーメン]

最初にミニチャーハンとトッピングの野菜が来たんですよ。
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オッカしいなぁ。チャーハンは頼んでないんだけどなぁ。
この店のミニチャーハンは美味しくないんだよね。昨日も書きましたがその場で炒めてないから。炒める音聞えないし、聞こえるのは「チン!!」なんですよ。
それにニオイを嗅げばわかる。あらかじめ調理したものを温めてるんだ。
まぁそれでもチャーハンには違いないがね。
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ミニライスの餃子セットって言ったつもりだが・・・。
でも来ちゃったからしゃーない。餃子と併せて喰えば、美味くないチャーハンでも何とか喰えるだろう。
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でもってトッピングの野菜が先に来てからに。これだけ摘まめってかい?
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野菜は刻んでパックに入れてあるのを温めたものです。ただ、種類が多いの。後で触れます。
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今日は平日の10:30~11:00の間に来たの。来たら新しい幟が立ち並んでいた。敷地内と前にも触れましたが、お隣の住宅の境目に幟が立ち並んでる。黄色い幟だ。
黄色い幟2.jpg
合戦の陣場みたいだが、黄色い幟に描かれているのは、彩野菜の味噌チーズラーメンだと??
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よう考えよるな~。バブルのように考案しては消えていく松屋さんみたいだ。
味噌にチーズ、合うとは思うよ。昔家で鍋したことある。味噌ベースのスープにとろけるチーズを入れたら濃厚になるに決まってるよね。
でも今日はそれにしない。普通に野菜が欲しいのだ。私は肉ばっかり喰らってると思われがちで、滅多に行かないけど本社の飲み会なんかで小生意気な女性課長からこれ聞えよがしに、
「〇〇さん(私のこと)野菜も食べようね~」
こういうことを言うバカがいるんですよ。飲み会で栄養バランスを気にしてどうすんだって。私のBlog見て下さってる方々はわかると思いますが、結構野菜率高いですよね。
ただし、葉野菜だけね。土の下の野菜はあまり食べない。
今日はこないだの深谷ネギ、プラス、野菜マシ、ベジタブル気分だったのです。

前回1枚ものでドーンと紹介されてた深谷ネギはグランドメニューに移ったので、それを指しながら、
「これは深谷ネギだよね?」
「ハイそうです」
「これに野菜トッピングってできる?」
「できます」
「じゃぁ深谷ネギに野菜トッピング、バターも」
それに白いミニご飯と餃子のセットを、これもメニューを指してオーダーしたのだが、元気印のねーさんはチャーハンセットと勘違いしたらしい。
待ってる間に見た期間限定メニュー、
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さっき見たチーズ味噌がある。
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唐揚げ丼??
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これはグランドメニューじゃないのかな。
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店内閑散1.jpg
店内閑散2.jpg
そんなことしているウチに味噌の深谷ネギが来ました。
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まずはネギだけです。バターは追加トピ。
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ラ3ネギ2.jpg
チャーシュー、薄いけど案外美味しいです。
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ネギを摘まみます。クレーンのように。
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メンマもまぁまぁいいです。
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麺を引きずりだします。この店は「麺の大盛りサービス中です」と必ず言われますが、私は麺を大盛りにしないのだ。この後で野菜が多くなります。
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最初に出された温野菜を投入したらアブなかった。野菜全体がズルッと滑るように丼に飛び込み、あわやリングアウトの大惨事手前で止まった。
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モヤシ、ニラ、ニンジン、タマネギ、キクラゲ、キャベツ、白菜、キャベツと白菜両方入ってるのです。それに最初から載っていた深谷ネギが加わるから、野菜の種類、数は8種類もあるのですよ。
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ラ12野菜を摘まむ3.jpg
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チャーシュー、味付け玉子、メンマもまだありますが完全に脇役ですね。
麺も脇役です。味噌ラーメンなんだけど、野菜が多い味噌汁の様相を呈してきた。
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野菜が多過ぎて食べるのがタイヘンです。草食動物になったつもりで食べます。噛んでてワシャワシャ音がする。噛む音が脳裡に響いて突き抜けます。
食べても食べても野菜が減らないような。麺も伸びてくるし。でもいい伸び方です。ヤワになったりしない。
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途中で餃子が来てます。そんなに時間差は無かった。
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意外に皮が強い餃子で歯力で噛み切ったら中の具が飛び散ったよ。
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餃子は店のおねーさんが餃子の具を皮に押し込んでカタチ作ってましたね。手造りなのかな。餃子の具を詰めてるだけかな。半手作りといったところでしょうか。
だけどこの餃子をもってしてもチャーハンのニオイと〇ズさは消えなかった。白いご飯で食べたかったな。
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野菜が多過ぎてスープがややヌルくなり、バターがなかなか溶けんかった。
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野菜を食べた達成感、満足感、これで夜は肉だけでいいやって。

まぁなんだかんだ言っても10:30にOPENするのがポイント高いです私の中では。
醬油、塩はイマイチかな。やっぱり味噌がいいです。
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何だいこれは?.jpg
チーズ味噌ねぇ。
食べてみますか?でも奇をてらってないかなぁ。(続きます。)
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伝丸 深谷ネギ [ラーメン]

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ジャン妻が出張中で不在の(日)快晴冬空の下、朝飯を喰いにでかけました。
地元の候補はロードサイドの、吉牛、すき家、松屋、でにーず・・・
そういう店しか選択肢が無いのか。いやまて、10:30から営ってるあの店があるじゃないか。
バカ美味はないけど。
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店の外観を写真撮ってたら、ひとりのお婆さんが自転車に乗ってきた。
「あら?」
「あ、こんにちは」
地元町内会の長老、婆さんだった。この婆さん地元町内会のカオ、女帝で、高齢者(ご自身もそうだが、自転車漕ぐぐらいだからカクシャクとしています。)への配食、イベント時の料理下ごしらえ(豚汁、餅とか)他、賄を担当する女性チームの長です。会館の厨房で包丁持ってウロウロしてるから誰も物言いが言えないのだ。
家に来たこともある。委員だか役員だかやんないかって勧誘に来たの。まだ現役なのを理由に丁重に固辞しましたけどね。
「おでかけ?」
「ええ、暖かいウチに・・・」
婆さん、結構なおトシなのに自転車を漕いで坂を上がってったから、あれは電動かな。
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その婆さんを見送って、店の引き戸を開けて入ったらこの日いちばん客だった。
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今日はネギを食べに来たのだ。
グランドメニューからネギをピックアップして撮ってみる。
ネギメ1.jpgネギメ2.jpg
ネギメ3.jpgネギメ4.jpg
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ほう、深谷ネギを使っているとな。
深谷市はネギとレンガの街。私は長ネギが大好きで大好きでネギが無きゃ生きていけないです。深谷ネギがいちばん好きだな。白いし太いし。鍋に入れても半生で、青い部分も鍋に入れて生煮えで食べちゃいます。
(ゴメン、下仁田ネギはあまり好きじゃないんですよ。)
「白味噌ネギ、バター2個・・・」
「麺大盛り無料ですが」
「いや、普通でいいです」
伝丸の麺はですね。最初に出された時は「少ないな」と思うのですが、この後のように写真を撮りまくってると若干伸びて丁度良いボリュームに増えるのです。それでいてコシが完全に失われない不可思議な麺なのだ。
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あれぇ?先に半チャーハンが出されたぞ。早過ぎだ。
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あん?やっぱりそうだ。この半炒飯は炒めてないですね。炒める音がしなかったし、炊き込みご飯のように臭うし、全体的に表面がヌルヌルするんです。炒め置きを温めなおしたんだと思うな。10:30OPEN1番客なので炒めたのは昨夜でしょうな。
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ネギ2.jpg
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ネギがたくさん載っている。モヤシも。バターも
ネギはシャキシャキしています。麺は脇役に追いやられた感がある。」
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だけどネギが細いな。深谷ネギは太くて白いのがウリの筈だが。
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ネギ8ネギリフトアップ3.jpg
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スープが美味しかったりして。(でも田所商店には敵わないですね。)
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意外にチャーシューが美味しかったりして。
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バタースープです。バターがなかなか溶けなかったりして。2個入れたからかな。
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ネギ10麺1.jpg
ネギ11麺2.jpg
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麺をズルズルすすりネギをシャキシャキ噛んでたら、11時からもう1名増えてスタッフ3名体制になったようだ。
今日のおねえさんはいい接客ですが、相方の男性との仲良しな会話がこっちに丸聞えだ。主にシフトの話だね。その日は両替があるからとか、今度誰々と組むから楽しみぃ~とかね。ウチの現場もそういうところがあります。シフトの話になると止まらないの。そういうネタの行きつくところは「いつ休もうかな」なんですよ。
最後の方になってメンマが出てきたりして。
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完食.jpg
いい接客するねーさん.jpg和気藹々で結構だが.jpg
伝丸4.jpg
「割引クーポン券お持ちですか?」
「家に忘れてきた」
「ではすみませんが定額で打たせていただきます・・・」
白味噌ネギラーメン780円
バター2つ200円
半炒飯200円
バター2個は半炒飯に並ぶ金額なのか!!総額よりもそっちに驚いたりして。
家々.jpg
さて、この伝丸ですが、意外に気にいってます。まだ続きます。
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席が確保できない理由 [居酒屋]

2019年最初の訪問.jpg
黒板メニュー.jpg
大ブレイクした黒板メニューの店、1月に1回入れて1回満席で入れませんでした。
2月になっても1回満席で入れず。その夜は18時半に満席でしたよ。
もうフラッと立ち寄って入れる店ではなくなってしまった。何が起こってるんだこの店に?
だいたい当日予約が不可で、過去記事前回のように3日前に予約なんてのは利用し難くてしょうがない。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2019-01-25
居酒屋ってのはフラッと暖簾を潜ったらそこそこ混んでても辛うじてカウンター端席が空いてる、ぐらいが理想だと思っています。会食でもないのに3日前に予約なんてバカらしいよね。
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2月半ば、19:20分頃に近くまで来たので、
「〇〇だけどダメもとで2名入れる?」
どうせダメだよなと決めてかかったのですが。
「オッケーでぇ~す!!」
ホントかよ?
「やった!!ラッキー!!」
電話に出たのはフロア担当の若い衆だった。私は彼の手を握らんばかりに、
「君のお蔭で入れた。電話に出たのがママだったら断られてただろう」
「そ、そんなことないわよっ」(ママ)
「2勝2敗だな」
「2勝2敗?2-2?もっと行ってない?私は8-2で断られてると思ってたけど」(ジャン妻)
ジャン妻までイヤミを言うハメに。
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おとおしは生ハムに・・・豆?
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ポテトサラダは苦手なパクチー入りなのでパス。
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炙り〆サバと菜の花からし和え・・・とあったが、これ、サバかなぁ。カツオかブリに見えなくもないが。
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牛バラとブロッコリーのオイスター炒め、ブロッコリーよりもタマネギ、シメジ、アカピーマンやパブリカの方が多かったりして。
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肝心の牛バラ肉は何処に隠れてるんだ?
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海老と九条葱あんかけ出汁巻き玉子、真上から
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斜め角度から見る・・・。
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真上からUpしてみる・・・。
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端の玉子の断面を上に向けてみる・・・。
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あっという間に食べてしまいました。気が付いたら無くなってたというか。
この出汁巻き玉子まで私が矢継ぎ早にオーダー入れるので、
「少し間を置いたら?」(ジャン妻)
わかってないね。この料理は各テーブルからオーダーが飛んでいたが、店主自ら手掛けるのでこれが入ると店主はこれにかかりきりになるんだよ。先に入れといた方がいいんだ。オーダーのタイミングは私に任せなさいって。
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シメではなく途中でオーダーした海老と筍のガーリックチャーハン・・・。
さっぱりしたチャーハンです。そこらの街中華で出されるムラのあるチャーハンではなく、油っ気が無く均等に味が浸み渡っている。パラパラ系かな。そんなに強烈なガーリック臭ではなかった。
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ハーフサイズのマグロカツレツのネギソース、前はマグロのサクを衣つけて揚げたフライでしたが、今宵はマグロのすき身を団子にして揚げたミニメンチカツ風でした。
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これは20時10分頃ですが、おや?テーブルに空き席があるじゃないか。
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お会計している時の21時前、テーブルに空き席が増えたんです。写ってないけどこっち側にも。
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「空くんだねこの時間帯になると」
店主は頷いた。そうなんですよと。
そっか!!入れなくなった理由がわかったぞ。この店のせいじゃない。私らの退勤時間が早まったからですよ。
ジャン妻が今いる伊東甲子太郎の会社は伊東自身もそうだが遠方出張が多いのと、何かの特務や会議・イベントの開催週は時間外労働が頻繁にあるのですが、その反面、特に急ぎの案件が無い内勤の日は極力社員に時間外をさせないのです。
ジャン妻は移籍する前に私と長年いた職場は、各部署からいいように便利屋使いされていたので不規則で帰りが遅かったのもあって、この店に来る時間帯は20時、20時半、下手すりゃ21時前だったのです。その頃になると居酒屋客のワンサイクルローテーションが引いた刻限で「空いてる?」「空いてるわよ」でサッと入っていけたのですが、ジャン妻は向こう(伊東甲子太郎のいる上会社)に行ってから内勤時は帰社が早くなり、18時半、19時、遅くても19時半頃。その頃合いに「空いてるか?」そう電話を入れても最初の客が盛り上がっている時間帯です。だから席の確保が難しくなったのだ。
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そういうことか。
店のせいじゃなかった。私は店側の意地悪な意志か、何か目に見えない力が作用して私らをこの店から避けようとしているのかとアタマから疑っていたのです。
だけど次回はいつ入れるだろうか。これからは3月に送別会、4月に歓迎会シーズンに入るからなぁ。
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ウォール効果 [居酒屋]

私が乗ってきた荒川線です。薄暮に包まれそうな三ノ輪橋駅。
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長寿庵はクローズしていました。
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今日はここで直帰しません。あまり直帰ばかりしてるとデジタル出勤簿の備考欄に目立つので、デジタル退勤簿をオンしに、それだけの為に帰社したのです。
そしたらジャン妻とカチ合った。
「あら?戻ってたんだ」
「・・・」
「珍しいわね。直帰しないで帰社するなんて」
そういえば今日は木曜なので、冷蔵庫の食材が乏しくなっている筈だ。
で、昨日の記事お同じ店だって?昨日と今日の間は30日以上経ってます。昨日は1月、今日のは2月後半です。
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お好みの路地に向いた2席カウンターがどっかの男女に占拠されていたので、真ん中のテーブル席へ。
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これって4人テーブル席じゃないのかい?
この席は前に座った客筋、客の質次第で雰囲気が変るんだよな。下手に騒ぐ客が前に座ったら不快指数が上がりかねない危険な席なのだが。
声高く喋られるとヤだな~。
「いらっしゃいませ。あ、さっきお電話いただいた〇〇さん(私らのこと)ってお客様のことでしたか。このお席で大丈夫ですか?」(マスター)
大丈夫も何も他の2人テーブル席も「ご予約」プレートが置いてあるし、ここでいですよ。うるさい客が目の前に座ったらサッと引き上げればいいや。
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おとおしは里芋と大根の煮物、美味しい。
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マスターがさっき言ってた「このお席で大丈夫ですか?」の意味はこれのことかな?
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テーブル中央にこんな仕切が設けられていたのです。メニューブックで壁を作ってある。
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このメニューは取っちゃいけないのかな。
ウチらのメニューは別にちゃんと置いてあるけど。
この壁は無いよりマシかもだが何だかわざとらしいね。如何にも急ごしらえの感がある。
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蕗のおろし和えだって。
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塩で食べるね~っとりした冷や奴。
「これに醬油かけたらバカだよな」
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山菜の天ぷら、菜の花辛子和え・・・。
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どうも腹にたまらないものばかりだな。ここまでのオーダーはジャン妻が仕切っているのですが、次のオーダーで私は強権を発動した。
「玉子焼き!!」
「甘いのと甘くないのがございますが」
ジャン妻が「甘くないの・・・」と言うのを遮って、
「甘いの!!」
「アタシは甘くないのが・・・」
「いつもはそっち(ジャン妻)の好みに合わせて甘くないのに譲ってるじゃないか。今日は甘いの!!」
「わかたわよ」
ジャン妻は折れた。
店のママは私らの子供の喧嘩のような問答をニコニコしながら見ている。
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美味しいね。甘い玉子焼きですが子供が食べるような甘いのじゃないです。
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だけどどうも目の前のウォール(壁)が気になる。ピンクフロイドじゃあるまいし。
オーダーを取りに来たお店のおねぇさんに聞いてみたの。メニューウォール(壁)を指して
「この壁は何です?」
「あ、これですか?」
「トランプ大統領の壁?」
「(爆笑)」
「前のお客さんのが見えてしまうので。まぁこれでも見ようと思えば見えてしまうんですけど、無いよりいいかな~ってマスターが・・・」
「で、このメニューを並べてみたの?」
「ハイ。こういうの(隣にある仕切を指す)があればいいのですが」
スダレでもあればいいのにと思った。
しばらくしたら私らの前にどっかの男女が案内されたのですが、女性の方はこの席を、メニュー壁を見て固まってましたよ。前のお客(私らのこと)と対面だし、広いテーブル席とはいえ相席かと思ったらしい。
私らをうるさそうな客だと思ったのかな。でも自分で言うのも何ですが、私らは声高に話したりしないし、静か~に飲むので、私らの会話のボリュームを見て安堵したのか前に着座されました。

飲んだのは鶴齢熱燗2合×2本、鶴齢冷1本・・・。
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干物の切れ端みたいですが。ツマミホッケという肴です。
北海道地震直後はいっとき入らなかったんですよこれ。
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私は前の2人と目を合さないようにしています。
前もおそらく私を見ないようにしているに違いない。
前から時折職場の不満が聞こえますね。嫌がおうにもこっちに聞こえてしまうのです。メニューのウォール(壁)を越えて丸聞えです。見ず知らずの他社の方とはいえ聴いてると聞き苦しくもある。
あまり混まないウチに引き上げよう。腹に溜まらないものばかりなので、ひじきちりめんご飯とアオサ入り味噌汁いっちゃいました。
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これだとモノノフさんの朝餉みたいでござりまするな。
これにさっき食べた玉子焼きが1個あれば充分日本の朝餉になりまするな。
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「ちょっとちょーだい」(ジャン妻)
「またかよ。すぐ摘まみ喰いするんだから」
「アナタひとりで1杯は多いわよ。あ、美味しいね」
「・・・」
味噌汁も海藻効果で熱々です。
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ウォール(壁)の効果はイマイチですね。お互い気にするし気を遣うし。やはりあのテーブル席は対面が離れているとはいえ4人テーブル席ですね。
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プレゼン疲れ [居酒屋]

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またフラレましたこの店に。
18時過ぎで満席ってどういうことなんだ。
電話に出た子に「これで2回めだぜ。フラレた回数カウントしといてくれ」そうイヤミを言って次の店へ。
いつもの2席が空いていた。
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ジャン妻から「今日は外でいいでしょ」と一方的に言われたのです。
ジャン妻の表情がグッタリしている。プレゼン疲れです。最高上司である伊東甲子太郎の指示でこの日の午後に開催された各社の予算会議に急遽出席させられ、自身が開発した入力画面フォームを披露したという。
結果は大成功だったそうで、是非それを各社使用しましょうとなったらしいが。
「胸の辺りがキュ~ッとしてさぁ」
「???」
「ああいうのを過呼吸というんだろうね」
「壇上に立ったときに?」
「うん」
らしくないな~。そんな弱い心臓だったっけ。
長年経理畑だったので、オンステージで人前で話したり解説したりする経験はあまり無いらしいのが今日初めてわかったよ。
だからといって、疲れたからといって、端っから家の台所に立つ気力まで失せるのは如何なものかな。
まぁ仕方がない。プレゼン成功の打ち上げということにしておこう。
久々なのでメニュー載せます。そう変わり映えしないですが。
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ほんのり淡い桃色のかんずり入りポテトサラダに珍しくキュウリが入っていた。かんずりは新潟県妙高の唐辛子です。
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何気に美味しい焼き鳥ですが、グレーのお皿はイマイチいただけないな。美味しく見えないじゃんか。
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昔ながらのつくねがゴロゴロしています。でもおそらくこの店は炭火ではなくバーナー焼きですね。店内に炭火の香り、気配が無いし。いい意味で焼き方にムラが無さ過ぎるし。
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無事にプレゼンを終えたジャン妻ですが、最高上司の伊東甲子太郎はすぐ次の一手を用意しているとか。
席に戻ったジャン妻に伊東は「ホ~ゥホゥホゥ・・・」と呼びかけたそうです。
「フクロウか?」
「あのホゥホゥホゥは伊東さんの口癖でね。」
「口癖?」
「来た来た来たちょうど良かった~次に頼みたい業務があるんですよ~っていう時に出るのよ」
「そのホゥホゥホゥがそれかい。アイツはアナタに業務を振って来るだけなのか?」
「そんなことないよ。ちゃんとフォローはしてくれるよ」
上司は業務を部下に振る。それは当たり前です。私の上司は「上の者は自分で抱えちゃだめ。人に振らないと。自分なんかいっつもそうしてる」
私なんかにも「自分で動かないで、もっともっと下の者にやらせないと・・・」
そう言うんです。まぁ理解はできますけど。でも私の業務職掌の場合、自分でやっちゃった方が早いんだよな。
部下に振るだけ振っといて後は無関心で他人事の上司がいて、それがイヤで辞めそうになった女性課長がいるんですよ。
これまで数字ばかりを見て、人事不介入を貫いてきたジャン妻がその女性課長にいいアドバイスを送ったのです。彼女にしては珍しい。
ジャン妻のアドバイスのお蔭でその女性課長は最終結論を少し伸ばした。このネタは項を改めてUpしようかな。
「伊東はエレベーターで一緒になった時、私にもこう言ったんだよ。〇〇さん(ジャン妻)最近大変なんで。旦那さんが支えてあげないと」
「で、何て答えたの?」
「タイヘンにさせてるのはアナタでしょって返したよ。そしたら、まぁそうなんですけどって。よく言うよなと思ったさ。」
「・・・」

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鮭のハラミ焼、燻製タイプ、薄いけど凄いアブラのノリですな。
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「メニューに載ってないですが、あったかい料理で大根のそぼろあんかけがありますけど・・・」
と店のおニイさんがススメたのです。
何でそういうのを載せないのさ。外は寒いのにさ。
それがこれです。
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「これ何でメニューに載せなかったのかな」
「書き忘れたんじゃない?」
数量限定かもしれない。
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しばらく来なかったせいか、自分らがここで飲む熱燗の銘柄を忘れてしまった。何を飲んでたんだっけ?と店に聞く始末。
鶴齢か高清水か。飲んでた熱燗の銘柄を忘れるほど来てなかったか?
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さつま揚げなんぞもいただく。そして揚げ物が続いてしまった。揚げ出汁盛り合わせは餅、茄子、青物。
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締めのおそば。白いおそば。
「ちょっとちょうだい」(ジャン妻)
だったら自分もオーダーすればいいのに。
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店を出る時、名物マスターはどっかのお客さんとプロレス談義。(もと関係者)
「ああなっちゃうと根付いちゃって動かなくなっちゃうのよねぇ」
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「アタシはこの店の料理がいちばん好きだな。外れないし」
確かにそうなのです。割といい値段しますが、奇を衒ったものが無く、正統派料理で居酒屋以上、割烹未満のレベルですよ。店内他の客は騒々しいけどね。
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