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船山温泉99の謎127 何故船山の夕餉は写真写りが暗いのか [船山温泉]

中庭.jpg
自家製梅酒
冬のおもてなし
山里のお造り
伊藤さんが獲った天然猪のお鍋、または、茜鱒と旬菜のしゃぶしゃぶ
忍野で育った岩魚の塩焼き 旬菜
小林牧場の甲州ワインビーフ
自家製手打ち蕎麦
岩魚の出汁で炊いた鶏肉とむかごの釜飯(武川米使用)
忍沢養殖場で育った茜鱒の骨汁 お漬物
デザート
説明を聞くジャン妻.jpg
食事処へ.jpg
「お料理の説明は・・・」
「要らないよ」
「ですよね。では・・・」
言いかけた彼が去った後で、
「いただろ彼」
「・・・」
「クビになってないでよかった」
「ちょっとっ!!」
チェックインした時間帯にはいなかったんです。夕方頃に廊下で会ったので、「ああいた、よかった。クビになったんじゃないかと」
「いますよぉ」
のような会話をしたのだよ。
私はこれでも誠実だと思っているが、口から出る比喩や表現が悪くねじ曲がっているので、来る前の車中で2人いる男性のどちらかが、「いるかいないか(辞めたか辞めてないか)賭けようぜ」ともちかけるの。
「アタシはいる方に賭ける」
言い出した自分は、「じゃぁいない方に賭ける」
こんな意地の悪い賭けをしてるんですよ。誤解しないで欲しいのですが、私はいて欲しいから敢えていない方に賭けてるんです。私の賭けなんかアタラない方がいいのだ。
だけど船山温泉のスタッフは男子カラーが強くなったね。色気が殆どない。若い女子がいなくなった。前は新人の女の子スタッフを度胸試しにウチラの接客に充てたりしてたんだけどね。そういう時はこっちも「説明要らねぇよ」と言わずに、黙~って聞いてたけど。
女将さんやMさんがいるから女子カラーゼロとまで言わないが近年は男らしい宿になってきた。まぁ男子だけだとこっちも楽ですよ。何でも言えるし。使う側のT館長も「男だと楽です。怒鳴れるから」って言ってたけどね。
前菜1.jpg
前菜2.jpg
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前菜です。見た目は美しくない前菜だが、このキッシュは美味いよ。
ソースは2種、牛蒡ソースが美味しかった。
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岩魚造りに添えられたクレソンが小さいでしょう。
クレソンが少ないのは台風で全滅したからだそうです。前に台風で裏山の土砂が崩れてクレソンが全滅したことがある。
まぁクレソンは無くてもいいです。猪鍋には春菊が欲しいけど。でもT館長、間違ってもパクチーだけは止めてくださいね。
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岩魚の素揚。塩焼きはもう何年も食べてない。
付け合せの菜はウドの天ぷらとフキノトウ。私はノビルの方が好きなんだけど。
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フキノトウ.jpg
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メニューボードには「伊藤さんが獲った天然猪のお鍋・・・」
伊藤さんて誰?地元の猟師さんか。
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猪鍋も野菜より肉が多かった。野菜が高騰しているから逆に猪肉が多く見えたのかも知れない。T館長は肉食だから。
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写真データを整理してるといつも思うのですが。船山温泉の夕餉ほど写りが悪い料理は無いですね。
ケナしてんじゃないですよ。美味しいし。ここでしか食べられないし。大好きです。
でも写真映えしないよね。何でだろ。知ってないと美味しく見えない。
私の腕が悪いからか。いや、私はi-Phoneなので、腕は関係ないと思うのだ。
食事処が暗いから。
テーブルクロスが地味だからか。
鍋も無骨だし、お皿の一枚一枚が地味な色合いだから。黒だったり茶色だったり。
料理そのものが暗いからかも知れない。茶色、深い緑色が多い。
宿のHPの写真は明るいところで、明るくしてプロが撮ってるからですよ。
でも明るく煌々としたところで食べても違和感があるだろうな。山の宿、山の夜は暗いし、山で獲れたものはその場で火を起こして暗い中で食べていた筈で、灯は焚火か囲炉裏の炎。
古来からそういう場所でいただいていた食材を提供する場は、あまり明るくない方が野趣を醸し出していいのかもしれない。
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甲州ワインビーフヒレ肉を野菜と一緒に焼きます。
ロビィに置いてあった旅行パンフに甲州ワインビーフが載ってるんですよ。
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飼育数がそれほどないので、取扱いう店も少ないんじゃなかったのかな。
このパンフにあるワインビーフのすきやきプランなんかどうですか館長?
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手打ち蕎麦は会津の蕎麦宿には敵わない。
大分、粉っぽさが無くなってた。
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釜飯をよそうジャン妻である。
釜飯をよそうジャン妻.jpg
釜飯2.jpg釜飯3.jpg
釜飯4.jpg釜飯5.jpg
〆のご飯と骨汁.jpg
汁をすするジャン妻である。
汁を飲むジャン妻.jpg
デザ1.jpg
別腹が無い私はデザートを見てあんぐりになった。
汁粉?ぜんざいかこれ?
う~ん、かなりキツい私には。
「食べなさいっ」
飲んでるもの.jpg
瓶ビール2本、白ワイン、フルボトル1本、笹一の熱燗2合を2本。
齢を重ねて前ほど飲めなくなった。
これは立ち飲みではない。
215号室に持ち込む寝酒です。
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飲むのは後にして。
エントランスで館長との語らいへ。
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ジャン妻は晩秋に上司に「あるもの」を渡しています。
2018年は今までやってた世界から足を洗い、全く異業種に転じようとしているのです。
私も「やれやれ」と一体感じで賛同した。このBlogに登場する店の中から3店ほどワタリを付けた。
伊豆八幡野高原のMさんも「いいですね」と賛同してくれたのだが、いずれも成功者の視点からです。
T館長は難色を示した。「う~ん・・・。よ~くリサーチして始めないと・・・」って。
そういうマイナス意見も必要なのだ。
だが年末に私らの前から去った筈のあの男が現れ「自分が今やってるプロジェクトにどうしても〇〇さん(ジャン妻)の協力が不可欠なので、しばらく待って欲しい」
私も後押ししたのだが、T館長の助言に内心で「よく言ってくれました」の気持ちも若干あるのです。
ジャン妻は揺れ動いている。
結論は年開けになる。
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夜の湯めぐりへ。
酒が入ってるので、首にお湯をかけてから入ります。長湯も禁物。
それにしても寝湯がジャマだな。前はこの内湯で平泳ぎができたのだが。
工事費用が償却できたら早く取っ払って欲しいものである。2つは要らない。ひとつで充分。2人も寝てたらどちらかが気持ち悪いのではないか。
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蒼い船山温泉 [船山温泉]

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船山温泉は船山川の畔にあります。
一級河川の船山川に堰堤や砂防ダムが無かった時代から、いや、そのもっと前からの長い長い歳月で浸食された爪痕があり、そこの僅かな河川敷に建っているのです。
何処までが館の敷地内で、何処からが河川敷なのかわからないぐらいに広い。
船山川は北に聳える御殿山が水源です。御殿山の裾に繋がる峰、杉尾、大森山、3つの山に挟まれているので、晩秋から初冬にかけてはすぐ暗くなるのです。
人家が途絶えたところにある。船山温泉から上流には人家はありません。電柱もそこで途絶えています。
山に挟まれた川沿いにある。この時期は陽があまりあたらない。夜と朝は冷気に包まれ、駐車場の砂利とフロントガラスも凍結していた。
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空は寒々しい蒼さ。
晴れているのに蒼い。14時でこの暗さです。
大森山に陽が隠れてしまうのです。
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宿のナンバー2?ナンバー3?男性が迎えに来た姿を見たら、作務衣の上に袖の無いジャケットを着用していた。現金輸送車の警備員が着用する防弾チョッキのようだった。
寒いからです。この時期は陽があまり当らないので朝晩は冷えるそうである。ただし、首都圏に降雪が無い限り、船山に雪が降ることはまずないそうです。
まさか食事処にもその防弾チョッキを着て配膳するんじゃないだろうな。
およそ宿のスタッフらしからぬ防弾チョッキだが、それだけ寒いのだから仕方がない。
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玄関の水道脇にこんなものが。
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まさか船山で牡蠣フライが出されるとか?
ついに海産物に宗旨替えしたか!!

いつもいるクマ公。推定3歳?
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外は荒涼としているが、暖かい光が照らすいつもの部屋。
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いつもの部屋から内庭を望む。
この部屋ばかり泊まるので、いつもこのアングルばかり。
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中庭を見下ろしたら池の鯉たちは3箇所に寄り添ってじーっとしていた。撥ねる鯉などいない。
「まさか今回、探検行かないよね?」
「行かない。宿の写真だけ」
対岸の山も寒そうである。
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風呂に行く前、2階の廊下から御殿山を望む。
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いつも船山館から見上げるだけのこの山は南部町と身延町の境界にある。
南部町の自然マップには、十枚山、篠井山、思親山、はあるが、御殿山は詳しく明記されていない。
船山温泉の東に峰という集落があって、そこから登山道があるらしいが、何処まで登っても山全体が明治・大正の頃からの杉の植林地帯なので、夏でも冬でも周囲は全く見えないそうである。
T館長もこの山に登ったことがあるらしいが、船山川を遡り、山の神の先で行き止まった堰堤脇に、地元の猟師さんしか踏み込めない獣道があるという。ということは、その道に長けた人しか踏み込めない山で、そこにあるだけの山で、登頂してもあまり面白みがないらしい。
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静山の湯、内湯はやや熱かった。
浴槽の中央に寝そべり場所を設けたからだよ。全身で浸かるスペースが狭くなったから余計に熱いのだろうよ。でも露天はそんなに熱くなかったな。
見るからに寒そうでしょう。湯に入っている分にはいいのだが、湯上りにすぐ冷えてしまうのである。
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内湯の清水、ジャン妻と2人で入った。
私が先に出たら、その分を補充せんと、湯が勢いよくジャバジャバ注がれた。
でも香は弱い。前にも書いたが、船山温泉って雨の日、豪雨の日ほど硫化水素の香が強い気がする。温泉は地下水脈を走るからだと思う。
清水から枝葉の間を縫って見た堰堤と船山川の水量は少ない。
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二人静から見た対岸の枝葉たち。
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船山温泉の静山の湯(内湯、露天)、渓流の湯(内湯、露天)、清水(貸切内湯)、二人静(貸切半露天)は温度がバラつきがちな時があるな。
館の裏にある源泉の温度が低い(17℃)ので沸かし湯です。
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あ、ボディタオルが薄茶色になってる。
「お持ち帰りはご遠慮ください」と謳っても、持ち帰るお客が後を絶たない。タオル補充に年間200万ぐらいかかるそうである。部屋に歯ブラシと一緒に置いてあるお持ち帰りOKのタオルとは違いますよ。
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防弾チョッキを着たT館長と語らっているところ。
昨年秋頃からジャン妻は第二の人生を模索していたのです。だがそのプランに館長は難色を示した。そういうマイナス意見も必要なのだ。
だがこの時、既にジャン妻のプランは伊東甲子太郎という策謀家の暗躍でひっくり返りつつある。。
ジャン妻の誕生日プランなので、シャンパンをいただいた。ゲップ!!
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215号室で寝ながら読んだ本。
甲斐なので甲斐モノを。
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夕餉の前、薄暮に包まれた頃の静山です。
ライトアップしたら枝葉だけの木々が生き生きと蘇ったように見えるぞ。
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光に照らされ浮かび上がった樹木は露天でボケ湯している私に何かを語りかけたいような。
今にもザワザワ動きだしそうな。
もしそうなったら山怪の世界だ。
バカな妄想は止めて。夕餉の時間が来ました。
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23回/2017年(昨年25回) [居酒屋]

何だこの行列は.jpg
内幸町から虎ノ門まで歩く途中の路地ですが、ランチの時間帯に行列ができている。
並ぶほどの店か。
夜に店主がボヤいていた。夜も混むけど昼の方がタイヘンだって。
「何でかわかりませんが、ランチすっごく混むんですよ。4人でも廻らないくらいで」
12時半にはヤマになってしまうという。
そんな店に私は並んでまで行かないよ。
見て眉をしかめたのがこの店、外の行列段階でランチの代金を徴収してるんですよ。「釣り銭の無いようにお願いします」と謳っておいて、スタッフが1人1人に1000円札1枚1枚徴収してるんです。
品が無い。止めろと言いたい。ダフ屋の光景だよまるで。お金なんてのは客を店内に入れてから徴収すればいいのだ。
外で並んでそこでお金を払ったら、身体も心もその店に拘束される。気が変わっても他に行けない。店側も他へ行かせない、行かせない、掴んだ得物は逃がさない・・・なのである。

この店のすぐ近くに私のかかりつけエロ女医が開業しているので、夕方17時に年内最後の薬を貰いに行き、夜開店したばかりのタイミングでカオを出した。
「あらいらっしゃい」
「19時からだよ。今日のメニュー書いた?」
「書いたわよ」
見せてくれた。
「ホウ凄ぇな。新作がズラリと並んでやがる」
ベーコンいぶりがっこのポテサラ、ふわふわさつま揚げ以外はALL新作だった。
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ママの書く文字は相変わらず上品でキレイである。だからランチ時に外の行列で金を徴収する下品なスタイルは止めろよって言おうかどうしようか。
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事前にジャン妻に、「今日のメニューは凄いぞ」と言ってあったのに、
「ベーコンといぶりがっこのポテサラ・・・」(ジャン妻)
「ちょっと待て」
「???」
「これだけ新作があるんだからひとつ上のにしようよ」
「うんうん。で、何になさいます?」(ママ)
「エダマメ」
「!!!」
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京野菜静むらさき(葉大根)と炙り〆サバのサラダ!!
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静むらさき(紫)、赤い葉大根と呼ばれる京野菜で、大根だけど葉っぱを食べるんだと。
茹でたり熱を通し過ぎると紫色が脱色してしまうのでサラダに合うと。
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で、何でそれにシメサバが載っているんだ。あ、悪くないな。前に出されたポテサラにシメサバを載っけたものよりいい。幾ら何でもあれはやり過ぎだがこういう葉野菜にはいいかも。
どうせシメサバが余ったんだろうけど。
シメサバと葉っぱをかき分けたら紫大根本体が出てきた。細っこい大根で根っこみたい。
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三陸産牡蠣と舞茸のとろろ揚げ出汁
「お酒にする」(ジャン妻)
出された酒は・・・。
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無濾過生の原酒だと!!
俺らを酔い潰す気か――っ!!
町田酒造に変えて貰った。
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鳥取牛サーロインと焼き九条葱のタリアータ??って何だ?
「ええっと・・・牛肉を薄く切ってあるんです。それのイタリア語で・・・」
出された鳥取牛サーロインは。。。
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ステーキじゃんか!!
タリアータとは「切る」という意味なんだって。薄切りステーキとどう違うんだ。
アリアータなんて外国語を使いやがってと鼻白んだが、あ、この肉、美味いよ。伊豆高原八幡野のステーキよりやわらかい。
あまりこっちで知られていない紫大根だの鳥取牛だのというブランドを選んだのは、他とは違うこの店の特異性をアピールしたいが為らしい。
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ここまで来ると居酒屋の料理じゃないですね。
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海老塩で食べる海老真薯・蓮根れんこん挟み揚げ。
揚げの下に油を切る白い紙が敷いてあるが、それにすら油が浸みてないぐらいにカラッと揚がった逸品!!
「カラッと揚げて」の表現を通り超して「カラカラカラカラに・・・」揚がっている。
油っ気が無さ過ぎである。「これをかけ蕎麦に載っけてもちっとも美味しくないだろうくらいに美味いよ」と誉めて?あげました。
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秋鮭の蓮根まんじゅうズワイガニあんかけ
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他、活〆穴子の南蛮焼サラダ仕立て、合鴨ロースと白菜の炊き合わせ、真鯛と京芋の唐揚げネギソース、寒ブリ竜田揚げ・鬼おろし山椒ダレ、豚バラ肉と餅の青海苔かき揚げ、う~ん、どれもソソるな。
「胃が2つ欲しいよ」
ママはこのお世辞?に感激していた。
何故かカワハギの薄切りをいただいた。
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この店は(土)(日)(祭)休みです。ビジネス街のこの界隈は(土)(日)は人が殆ど歩いていないので、休みの店ばかりなのだが。
「そんな店は飲食店の風上におけない」と言ったのは群馬八幡の某店主。
では年末年始はどういうスケジュールにするのか。
「結局10連休?」(ジャン妻)
「え、ええ・・・」
年末は29日(金)まで。世間の年明けは4日(木)だが、その日は「河岸が開いていない」という大義名分で休み。
河岸なんか開いてなくたって肉と野菜さえあれば何とかなるんじゃないのか。
「せめて5日(金)は開けなさいよ」
「いやぁ・・・」
毎年この時期になるとこの話題になる。
この店は月末締めで、10日が従業員への給料日だそうです。売上ないのに大丈夫なのか。

おとおしのアンコール。
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そして28日(木)の夜。
「29日(金)も営りますよ」
「最後の日は社で納会があるんだよな」
だが納会は無かった。ビル管理会社からオフィスやフロアで飲食禁止令が出たそうである。ジャン妻は最終日の29日(金)すなわち今日ですが、支払いの為だけに3時まで出勤。私は休んだ。
「なぁんだ。〇〇さん(私のこと)だって休むんじゃないですかぁ」
鬼の首を獲ったように言うんじゃないのっ。私は貴店のように10連休しないよ。
「4日5日は出るよ」
「・・・」
店主は沈黙した。
「世間一般は4日から営ってるんだから」
「奥様も出るんですか?」
「金融機関が開いてる日は出るの当然よ」
「・・・」
でも今宵は空いていた。カウンターガラガラ。忘年会シーズンはとっくに終わり、歩く人も少なかった。
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おとおしは一番出汁に山芋をすりおろして塩で味を付けたスープ。
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合鴨ロースと白菜の炊き合わせ
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ふわふわさつま揚げ
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以上2品はジャン妻がオーダーしたのだが、私は内心で舌打ちした。
ふわふわさつま揚げなんぞはいつも黒板の下の方にある。合鴨ロースと白菜はビールより日本酒に合うは明明白白。揚げ物や炒め物より先に出されるに決まっている。するとビールから日本酒に移行してから揚げ物炒め物が出されるので、またビールをオーダーしなおさなきゃならないじゃないか。
「そういう戦略なんだよこの店は」
「そ、そんなことないっスよ。そういうの初めて聞いたな」(店主)
「だって生ビールって儲かるんでしょ」
店主もママも否定したが、次のアブラ料理でビールをオーダーしなおしたんですよ。
ベーコン、トマト、セロリ、ふわふわ玉子炒め、ふわふわが好きな店である。
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ハムチーズ蓮根カツ、ハムをもっとブ厚くしようぜ。
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煮豚唐揚げ、チンゲン菜オイスターソース炒め
こんなの完全にビールのアテじゃないか。
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他にも鳥取牛サーロインのタリアータ、スルメイカと九条葱のガーリック炒め、白海老とブロッコリーのかき揚げ、ソソルなぁ。ブロコリーのかき揚げはスーパーでは見かけない葉っぱの部分だという。
胃袋が2つ欲しいぜ。
「牛じゃないんだから」(ジャン妻)
何故かリッツなんて出されるし。
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群馬八幡の記事でも書いたが、2018年は天皇陛下の退位が4月30日で、新元号施行日が5月1日になるのはほぼ決定です。そうなると祝日法の規定により祝日と祝日に挟まれた日が休日になるので、4月30日と5月2日が休日になり、2019年のGWは10連休となる。
カレンダー業界は間に合わなかったらしいな。だいたいそんなに休んだら金が続かない。
10連休にしたらサービス業は10連勤になるから止めて欲しいという声があるが、この店は関係無いようである。
運送業者も大型連休は迷惑らしい。銀行や病院も閉まるから困る人も多いと思うがね。

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3連休がやたらと多いのも気になる。私は行政廻りなので、平日の業務がキツくなるんですよ。
1月6日~8日
2月10日~12日
4月28日~30日(29日が日曜なので振替祝日に)
5月3日~5日(ここで1日に新元号施行になると2日も休日に。)
7月14日~16日
9月15日~17日
9月22日~24日
10月6日~8日
11月23日~25日
12月22日~24日
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この店でも年明けにはこの話題になるに違いない。
「29日に営るのって初めてなんですよ」
「今ままで開けたことないのか」
「だからどれくらいお客さん来るかわからないんで」
21時閉店だという。おどらくガラガラだな。
「良かったら来ません?」
「来ないよ。でもその代わり年明け初日営業日に来るから」
「!!!」
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30回/2017年(昨年38回) [居酒屋]

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ソムリエは去った。
あの懇切丁寧な電話応対はもう聞けない。
引き継いだ女性はサバサバしたTALKで受付嬢しています。なかなか堂に入っている。ここ来る前にどこかのOfficeで電話応対、取次していたのではないか。
Mさんは懇切丁寧過ぎて、初めて電話をかけてきた客は「焼き鳥屋なのに何この丁寧な電話応対は?」って驚かれるだろうから新規顧客開拓に向いてる。
慣れていた私は、「アナタのはホテルのフロントだよ」って言ったことがある。居酒屋なんだから、あまり丁寧過ぎて話が長くなってもね。適当に切り上げていいんじゃない?と思ったものです。
ただ、Mさんとは目でオーダーが通じたからなぁ。安心感があったし。
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燗酒が不安なのですよ。
こないだのようにバイト君が錫のチロリを置きっ放しにしないだろうな。
燗の浸け方がわからない?わからなきゃ聞きゃいいし、できる者に確実に回せばいいのに。
所詮はバイトなんですよね。
マスター、ジュニア、は焼き手で忙しいし。Tさんは板場で包丁握ってるし。D君だって焼き場や板場のサブリーダーだし。
また若手を育てなきゃならないな。店は客が育てる、店の子は客に育てられるって言いますけどね。
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ジャン妻の部署が忘年会の週末です。
「彼がいなくなってから初めて?」
「初めて。どんな体制で廻してるか見てくら」
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Mさんがいない光景も、そのうち当たり前になってくるのだな。
最初に出されたのがこれ。芝エビの唐揚げ。
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豚しゃぶ胡麻サラダ。豚薄切り肉をさっと茹でて。
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トンヅケ。これ、ご飯のおかずにもいいですよ。
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ジャガバター、バターマシ。
ウチではトースト食べなくなったので、バターを摂取するのはもっぱら外。
ラーメンにバター入れるか、この店のジャガバタ、ホタテバターしかない。
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私はカウンター奥の席にいます。私の前に所狭しと肴が並んだ。ここまではビール。さぁこれからが問題だ。焼き場のジュニアにお願いした。
「群馬・・・二合・・・熱燗・・・」
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「ちゃんと浸けてっか見てくれないかな」
「ああ、ハイ」
「前はMさんに任せっきりだったが、今のバイト君は不安でな」
「ハイ大丈夫ですよ。ちゃんとやります」
この台詞、ジュニアと板場のTさんと2人の口からほぼ同時に出ましたね。
持って来たのは女性のバイト嬢。
「悪いなぁめんどくさい客で」
ひとくち飲んでみて、あ、いいじゃないかって思った。ホタテバター串で。
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今シーズンは牡蠣串があれば必ずオーダー。
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アカハタの刺身。赤魚だけど白身?ということは次の赤魚粕漬けは、刺身でいただいたアカハタの残りかも知れないね。
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信州サーモン、Tさんは信州サーモンのパンフレットも見せてくれた。
私が「これって長野県以外で販売できるの?」と疑惑の質問をしたからです。
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ある女性客が入って来て、私の背後の2名テーブル席に座った気配を感じた。
私の頭越しに店側が声をかけた。
「お久しぶりですねぇ」
「ご無沙汰してまぁす」(お客)
ここまではいい。問題はこの後。
「髪型が変わりましたね」
「バツサリいってる(切った)し」
「何だか季節的に寒そうですよね」
最後台詞はバイト君が言ったの。ここで私は口を挟んだ。
「オイ」
「ハイ?」
「髪型が寒そうって・・・俺のことか・・・?」
一瞬、空気が凍った。
「あ、いえ、あの・・・」
ここでジュニアがバイト君に焼きあがった串を渡しながら、「これ、テーブル席○番ね」
「ハイっ。失礼しますっ」
バイト君が消えた後でジュニアが、「すみません〇〇さん(私のこと)、ウチの有望なバイト君をイジメんでください」

「もうすぐクリスマスだが、彼(Mさん)がいなくなって誰がワインを担当するんです?」
「それがですね・・・」(ジュニア)
「???」
「僕なんですよ」
「そうなの?だって焼き場で手一杯でしょ」
「24日のクリスマスイブ、是非是非来てみてください。予約しましょうよ」という悪質な?客引きに引っ掛かり、日曜なのに夜予約してしまったのだ。
引戸を開けて外に出たら。
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いつの間にか雨だった。傘ないんだけど。
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そしてイヴの夜。それも(日)です。
「ウチにクリスマスはない」(ジャン妻)
「・・・」
「アタシの誕生日を優先しなさい」
「してるじゃないか」
この会話を20数年続けてきたので、私も今はもうイブに執着する気持ちはないのだが。巷のイルミネーションを見てると、ウチでもやってみたいと思ったりする。だけどあれって、ウチの町内会で飾って点灯させてる人に言わせると飾り付けたり片付けたりがタイヘンらしい。
飾って点灯して楽しんでもすぐに取り外す時が来てしまうというのである。何週間もそのまんまにしておくもんじゃないんだって。
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クリスマス感の無いメニューだな。いつもと変わらないぞ~。
昨年はローストビーフがあったが。今年は仕込まなかったのだろうか。
イヴっぽさが全くない夜になった。
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最初の肴は鶏ササミゴマサラダ。
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以下、およそクリスマスイヴらしからぬものが次々と。何の変哲もないいつものメニューが続きます。世間のクリスマスイヴ。
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ジャン妻鉄分補給のレバ。いきなりガブリすると汁で火傷するトマト串、ご飯にも合うトンヅケ、あ、キャベツが少ないな。
ジャン妻は大好きだが、私は食べないスナギモ、(スナギモはあれば刺身が大好きなのだが。)
牡蠣串、ウヅラ、ナメロウ、カリカリの皮、いつもと同じです。
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この日はヤマになるものが早く、ポテサラが18時の段階でヤマ、アンキモも19時半頃にはヤマ、白ワインに合う牛サガリも残り5本でヤマ寸前になり、4号店からも品薄の連絡が入ったりした。
仕入の数をミスったってことないかい?
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出番を待つ群馬泉。クリスマスイブなのに白ワインも赤ワインも出ていないのはソムリエが去ったからか。
もうメニューから消えるのかも。
ワインってある程度は店側が知らないと客にススメられないからね。

ジュニアが焼いてくれたニンジン。
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期間限定・三浦大根、全部食べないで4枚残ったのをテイクアウトしたら、後で見たらタクアンの枚数増えてた。
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煮込み、フツーの煮込み、そして〆に焼きお握り。
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カウンター上のメニューブックに店舗紹介があった。
まだ4号店を紹介しているのか。
いつまで経ってもブレイクしない店だな。焼き鳥バルと謳ってはいますが、あの店は若い世代向きなのと、何となく素人っぽいのだ。いい意味でもそうでなくてもね。
だが、その次の頁を見たら。。。
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何だぁ?6号店?
また出店するのか。2018年冬場にOPENするそうです。場所も聞いたが本店と5号店との間ぐらいだろうか。
マスターも実業家のカオがあるようである。有限会社らしいが、店に出ているスタッフ以外に社員や開発部門がいるのだろうか。賃貸の条件や、工事業者との折衝はいつ誰がするのだろう。
そしたらマスターが言うには、
「経験者募集してるから」
「今貰ってる給料は払えないけど」
「早期退職してどう?」
!!!
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イヴっぽさが全くなかったな。でもそれでいいのだ。高いレストランでお洒落でムーディーに過ごしたけりゃそうしたい人がすればいい。
大切なのは相方と2人の時間を楽しむことだよ。いつもと変わらぬ店で。。。
でもマスターのあの問いかけが気になる。
「ありゃぁなんなんだろ。半分冗談だよな」
「さぁ。そうでもないんじゃないの?」(ジャン妻)
まぁ一応経験者と言えば経験者ですがね。
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マスター復活!! [居酒屋]

平日木曜辺りになると冷蔵庫の中の食材が寂しくなる。
豚バラ肉の残り。
白菜の芯の部分。
キャベツの小さくなったヤツ。
長ネギ1本。
そろそろ賞味期限になる納豆ひとパック。
たまご2個。
冷凍してあるシャウエッセンとか。そんなモン。
これら食材の在庫を把握しているのは私なのです。
2人して都内で19時半ぐらいにUpすると、どちらからともなくお互いに目を見合わせ「今日はどーする?・・・」
そろそろ家食に飽いて(ジャン妻が台所に立つのに飽いて)くる頃合いでもある。
どちらともなく、今日はお外にしようよ~と言い出して、大船のこの店に。。。
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ジャン妻が店に入っていくところ。
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あ、マスターがいた!!
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いつものシブいお声で「ど~もぉ・・・」
少しお痩せになったような。
前回記事http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-10-28-1の最後に「他の客とのTALKで小耳に挟んだのですが、週2日、早い時間帯なら来ているかも・・・だそうです。」と聞いていたので、もしかしているかな~と思ってました。
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昨年の末にアド街に取りあげられた後でマスターは療養に入った。
これまでこのBlogでは伏せていましたが、マスターは内臓系より骨系、〇〇板△△△△(△はカタカナ)で入院、リハビリしていたそうです。焼き場は立ち仕事だから腰に来るそうですね。焼き鳥そのものは重たくないが、仕込んだり焼いたりする時にどうしても前傾姿勢になりがち。
(私は夏場に2日焼き鳥を焼いただけで腰にきた。)
休んでる間、若いのに「マスターどうなの?」と聞いたし、他のお客さんも聞いていたが、傍らにいるジャン妻が私に言うには、
「あまり聞かない方がいいんじゃない?」
「そうだな」
私もそのうち言わなくなった。内心で最悪の状態を想定しないでもなかったよ。引退とか。それよりも留守を守っている彼らに自信を持たせようと思った。
マスターお目当ての常連客でガッカリした人もいたと思うが、実際彼らはマスター不在の店を1年よく守ってきた。
私はマスター不在の間に店を守って来た若手たちとの対話を続けてきた。マスター不在の光景に慣れちゃったのもある。
突然のマスター復活はウレシイが、彼らにだって留守を守って来た自負はあるだろうし。
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マスター不在の間に若いのがススメてくれたスパム焼き。私の定番になりつつある。
都内のあの店に比べたらやわらかめ。
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ポテトサラダとマカロニサラダの合盛り。
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ロールキャベツ!!
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牛スジ煮込み。
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串焼きと並行して、仕込んである大皿料理が早く出されるのがこの店の好きなところ。
マスターに焼いて貰った串の数々。牡蠣串。
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私は牡蠣は生より焼いたのが好きです。
(加熱することで旨味が出る?)
でも牡蠣にピリ辛いのを塗るのは何故なのかなぁ。上大岡でもそうなんですよ。
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マスターが久々に焼いたサーロイン!!
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ジャン妻が野菜串なんぞをチョイスするのは珍しい。
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お会計はマスターだったか若いのかどっちが両手の指先を出したか忘れたが、例によってアヤしいけど信用できる1000円単位でした。
この日は店を教えてくれた「春夏秋冬みみん女史」にマスター復活を連絡しなかった。
まだ完全復活なのかリハビリなのかわからなかったから。
そして12月になって。
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あ、マスターいたいた!!
完全復活とみていいようですな。よし、みみん女史に連絡しなきゃ。
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小皿にこれだけ移してあったのです。大皿に無かったので。
「何これ?」
「大根の煮物なんですが」
「見りゃぁわかる」
「あとこれだけなんですよ」
「じゃぁこれ」
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マスター不在中に私の定番になったスパム。
若いのがマスターにスパムを渡した。
「これ、どーするんだ?」(マスター)
「そのまんま焼いてください」(若いの)
「刺さなくていいのか」
「焼いた後でこっちで切りますんで」
「そうか。じゃぁ任せるぞ」
マスターが店を離れていた間に若いのが私にススメてくれたスパム焼き。マスターはそれをご存じないから火花が散った感がしたぞ。
だがこれで終わらず、焼いたスパムを手に取った若いのがカットしようとして、
「マスター、これもうちょっとですね」
物言いをつけたの。マスターは黙って焼き直して返事しなかったが、若いのに物言いをつけられて内心でムッとしたのではないか。
1年間の療養ふらいで「まだまだ若いのには譲らないぜ」のマスターと、不在の間は「自分が店を守ってたんだよ」の若い者、男同士が火花バチバチ!!でもないが、男の意地と意地が交錯しかけた瞬間だったと勝手に思っています。
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マスターから例の口調で「〇〇さぁん、今日はよかったらカマがおススメだよ」と言われたが、カマはほぐすのが苦手でして。
やはり大振りの牡蠣串の方が好き。
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「これ何だ?」
ジャガイモではないし、タマネギでもない。
「ユリネです」(若いの)
「ユリネ?」
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ユリネ(根)球根か?ではなくて、葉っぱが変形した茎らしい。
ユリネは栽培に時間がかかり、種から始めると6年か7年するそうです。何でか知らんが植えた畑を毎年植え替え、一度植えた畑には最低7年空けなきゃならない。
歳月がかかり過ぎだな。そんな手間と時間をかけた食材を、唯でさえ会計がアヤしいこの店で出されたらどれくらいの金額になるんだろうか。
〆のチーズオムレツ。
数年前、若いのはマスターからチーオムの作り方、フライパンの返し方を教わっていたのを今でも覚えているが、1年かけて安定した店の味、焼き加減になった。
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チーズオムレツの下にたくさんのレタスが敷かれていた。
焼鳥の下にもキャベツが敷かれる。居酒屋だから野菜メニューはそう多くはないが、いつの間にか葉野菜も摂っているヘルシーな居酒屋でもあるのです。
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10年前に関西担当だった頃(現在は譲渡しました。)和歌山市も圏内でした。そこで飲んだ黒い牛です。(酒蔵は海南市。)
この店では原酒で出される。最初の1杯はいいけど後で効くんだよな~。
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やっぱりキツいです。ジャン妻は2杯も飲めない。私が半分貰って2杯半。それで酔うんですよ。
お会計はマスターの両手指先で示されました。いち、いち、だったかな。
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マスターには「あまり無理しないで」
若手たちには「今まで店を守って来たんだからもうマスター遠慮するこたぁないぜ。でも過信すんなよ」
そう言いたいです。
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紀尾井 [居酒屋]

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「宮ヶ崎町の・・・紀尾井・・・ですか・・・?」
ホテルのフロントで呼んだタクシー運ちゃんは、テノールとバリトンの中間のいいお声を発しながら怪訝そうに首を傾げた。
「あ、〇号車です。宮ヶ崎町の紀尾井、わかりますか?」
「ハイ、ミヤガサキチョウキオイデスネ」
するとナビに紀尾井の番地である宮ヶ崎町94-2が表示され、そのままナビに切り替わったのである。
「凄いですね。ナビに直結するんですね」(ジャン妻)
「ええ、そうなんですが。このナビ融通が利かないんsですよ。その通りにいくとオカシな方向を指示するんで」
そのオカシなナビはすぐ実証された。安倍通りを北上して、馬場町の歩道橋を右折しようとしたり、紀尾井の前の路地から出て来る八千代町の交差点を右折指示したのである。だが紀尾井さんの前は逆一通なので入れない。
「そこの路地だけど、右折できないでしょ」
運ちゃんはまたオペラ歌手のようなお声で言うには、
「そうなんですよ。このナビにもう少し学習能力があればいいのですが・・・」
安部町の交差点を右折、またすぐ右折して浅間通り(宮ヶ崎商店街)に入った。
「1本めを右折して、そこの路地にある店・・・(灯が点いてないな)」
「ああ、ここですか・・・」
もう何台のタクシーにこの店を教えたかね。
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「いいお声だったねあの運転手さん」
「でもやっぱり知らなかったなここ」
店内から賑やかなお声がするぞ。宴会のようだ。
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冷蔵ケースに脂ののったデカいブロックがある。
「何スかこれ?」
「氷見のブリです。イキます?ただ、おとおし要ります?おとおしがブリ大根なんで。ブリブリになってしまいますが」
ブリ大根にタルタルソースと言いかけたがそれはさすがに止めた。
初めてじゃないかな。紀尾井さんでブリの刺身をいただくのは。
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ブリ大根。目玉や目の周りの身も入っていた。
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さっそく本日のメインディッシュたる自家製タルタルソース・カキフライ6個添え。
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カキフライはあくまでタルタルソースの添え物・・・でもないな。カキフライ6個。偶数にしたのは奇数だと奪い合いになるからだが、デカいぞ。
何処のカキなんだろ。浜名湖の牡蠣にしておきましょう。
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カキフライにタルタスソースを載せるのではなく、タルタスソースの下にカキフライを置いていただくのです。
ジャン妻には釘を刺してあります。タルタルを制止するんじゃないと。人様のオーダーに口を出してあれこれ言うのは止めろと。
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カニクリームコロッケ・タルタスソース添え&トマトソース添え。
カニコロは、17年前にこの店を書籍で知ってから変わらないメニュー。
その書籍はこれです。2000年発行の太田和彦氏監修の「居酒屋巡礼」
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私らはこの書籍で紀尾井さんを知ったのだが。当時は、「洒落た内観、メニュー、気さくなご主人と三拍子揃い、「洗練されたお店」、そんな言葉が思い浮かぶ。
「何処が洒落た(笑)」
「昔はそうだったんだよ」
紀尾井さんだって最初っからあんなにボロだったわけじゃないさ。
「2000年だって(笑)。18年前じゃん(笑)」
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「モツ煮なんかやってたんだ。マグロのやまかけなんかも」
「表のメニューが消えて、裏メニューが表になたんだってよ」
だが変わらないものもある。カニクリームコロッケです。
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カニコロにタルタルソースを載せるという暴挙!!
「トマトソースに失礼じゃない?」
「タルタルは何にでも合う万能ソースなのだよ」
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初めて来てカニコロをいただいた時、脇に添えられたパセリの素揚げも斬新で衝撃的だった。パセリをそのまま生で出されたら残すだろうけど、揚げることで他にない逸品料理に昇華したといっていい。
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ランチで出されるらしいビーフカレーが美味いぞ~。
ライス無し。煮物感覚で。
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「まだ食べる・・・」(ジャン妻)
「え!!!」
私の胃袋を「ほどほどになさい」と押さえるクセに。今宵はどーしたんだ?
スジコとサバの燻製。
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これだけ美味いものが続くと、ボロい内装が全く気にならなくなってくるから不可思議である。
ネコもいつくわけである。シロと黒。
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17年経った。
その間、内装は旧くなった。
唯一新らしかった液晶TVも画面を拭いたら傷ついてしまい、訪問を重ねる毎に線の幅が太くなっていく。
「替えましょうよ」
「いいえトンでもない。まだまだ」
そのうち画面の半分ぐらいの幅になって見えなくなりそう。
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無色透明なアヤしいブランデーを飲みながら、今宵ジャン妻は紀尾井さんにあるお願い、相談をしています。
店主は快く賛同、アドバイスもして下さった。詳細は内緒ですが。。。
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テーブル席で朝餉&恵明庵の事情 [会津]

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雪は降らなかった。
湯野上の天気は変わりやすい。この後で快晴になります。
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10年前、朝になったら大雪で、湯野上のスタンドでスノータイヤを購入してヒヤヒヤしながら帰ったものです。
そのスノータイヤは1度限りの使用で終わり、結局は売ってしまいましたが。
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テーブル席の朝餉の時間。
恵明庵は距離があるので、気配が感じられないのです。8時直前に風呂に入ってたので、運んできた女将さんに危うく裸身を曝け出すところだった。アブない。
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「宿の理想の朝ごはん・・・」(ご満悦のジャン妻)
(家でもこれくらいできそうだが。)
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焼いた鱒。
鰤大根。
そばがきが入った味噌汁には珍しくネギも入っていた。
青物の和え物。
ご飯には麦も混じっている。
デザートは柿と黒餡蜜。
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和室に運ばれるお膳と違って小皿が散らばっているから、海苔の醬油、味噌汁のハネた汁とかがテーブルに飛び散るのだ。
箸さばきが下手なのもありますが。和室の膳はそういう汚れが膳の中で収まるけど、テーブルだとそうはいいかない。いちいち拭き取らなきゃならない。
湯神は最低限のあるものはある民宿だから、宿側もそれ以上はベタベタしないですが、せめて朝餉を広げる前にテーブルを拭いた方がいいと思いますね。
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洋室なのでワゴン(台車)で片づけます。
「和室より片付けが楽だわ」(ジャン妻)
和室だと、相撲取りのように屈んで膳を持って、ドスドス持っていかなきゃならないからね。
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「次回も洋室(恵明)ですか?」(大旦那)
「この人、1泊だけですっかり気にいっちゃって」
「床があったかいのがいい」と私。もっと早く恵明にすればよかった。20年近い時を返せって言いたかったね。
「恵明は初めてですよね」
「できたばかりの頃に一度泊まったことが」
「ああそうでしたか。あの部屋は最初の頃から何回か変えてるんで」
恵明庵は4部屋でいちばん金がかかった部屋だという。私の聞き間違いでなければ、風呂の屋根もそうだが他にも2度か3度、手を入れているとか。
「洋間の柱や梁は中古品なの?」
「中古って・・・」(ジャン妻)
如何にも何処からか持って来たように見えます。木枠を差し込んでいた穴が開いてるからです。
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「いやそうなんです。最初に宿を作った時、まだ恵明庵が無かった頃ですが、出来上がった後で親戚に、何でウチの古民家を使わないんだって言われたんで。増築した時にそれを運んだんです。梁も柱もそうです」
「あのブッ太い柱ですよね。あの柱を支えてる石は何なんですか?」(ジャン妻)
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黒い柱、丸い柱、大きい石で繋ぎ繋ぎ支えているのですよ。
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「運んで来たはいいが、寸法が足らなかったとか?」(ジャン)
「ア~ッハッハッハッハ~、そうじゃなくってぇ、床が腐ったんですよ」
床暖房は床下にお湯が巡回している。震災の揺れも影響してか傷んで洩れたことがあったという。
「その時に床を張り替えたら、柱の底が腐ってボロッボロになっちゃって、仕方がないから切ったんです」
あの大石はその繋ぎの為だって。
「雨降っとアタマが濡れるから露天入れないっていうので風呂に屋根付けてぇ、扉付けてぇ、ヒノキも変えてぇ」
現在の恵明庵は露天ではなく、他の3室同様に内湯といっていい。屋根を張って雨でも入れるようにした。風が吹き付けるので線路側にも板壁を作らざるを得なかった。震災でヒノキの浴槽にヒビが入ってそこから湯が洩れてしまい、風呂の木枠は全部取り換えるしかなかったそうです。
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床暖房が洩れで床も全部張り替えた。そんなこんなの改装や修繕で結構な金額が掛かった。その金額も聞いたが、2階とはいえあの床面積でそんなにかかったの?と驚く金額であった。
曲がり家とはいえやはり最初から繋がっている和室3部屋は頑丈なのです。洋間、恵明庵は他3部屋の和室と違って異質です。

「でももう、更級も含めて全室ベッドにしようかと思ってるんですよ」
「更級だけはベッドにしないでという常連さんもいません?(十兵衛さんとか。)」
「そうなんですけど。介護ってわけじゃないけどお客さんがどんどんトシとってぇ。起き上がるのも動くのも難儀だっていう方もいられるので。寝てぇ立ってぇってのはシンドいんでしょうね」
「最初の頃のお客さんもどんどん高齢になっていきますからね」
自分たちもそうかも。
「そうですか。気にいっていただけて」(大旦那)
いちばん金がかかっているだけに大旦那は嬉しそうだったが、恵明庵は寝室が2階にあるメゾネット形式なので、足腰の弱い人は避けた方がいいと思います。
「更級に慣れたせいか、あの洋室はあっちこっちに調度品があるから、足のつま先をぶつけたり、椅子で突き指したり、クルッと廻ったら袖がひっかかったり、あの斜めった階段の板にアタマぶつけたり」
大旦那はまた笑い出した。
「更級はそんなことないですからね。空間が広いし」
「和室はトラップが無いんですよね」(ジャン妻)

通って20数年、すっかり気に入った洋室、恵明庵。
「次回から恵明にしようぜ」
「ちょっとっ、これまで長年お世話になった更級に操を立てないの?」(ジャン妻)
更級に操ぉ?
「アナタは義理を重んずる人じゃなかったの?」
宿の部屋に義理不義理があるのか。
「あったかいんだよ床が」
それに家ではベッドなので、更級の畳の上の布団だと腰や背中に負担がくるトシにもなったし。
「家でもテーブルにしようぜ」
「それは台所でないと無理」
「TVのある部屋の畳を取っ払って洋間にして、床暖房を・・・」
「次に家を建てたならね」
それは夢に終わりそうである。

帰宅してから。
これが大旦那さんが持たせてくれた蕎麦。
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「いつも来ている方のご主人が亡くなって、キャンセルしないで娘さんが来てくれたんですよ。お供えしてくれるよう(朝から)打ったんです。よかったら・・・」と持たせてくれたの。
「今日中に食べた方がいいです。茹で時間は1分」
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家でいただく湯神の蕎麦。
「大旦那、その方のお供え用に打ったんだ」
「そう。朝は打たないって言ってたから」
打って切って夕餉の時間まで間を短くしようとしているからでしょう。
「天ぷらは?」
「ないわよ」
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テーブル席で蕎麦懐石 恵明庵Night [会津]

ギシッ
ギシッ
ギシッ
恵明庵の2階寝室からジャン妻が下りてくるところ。
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これまでの和室・更級庵は廊下に接しているから、大旦那が最初の膳を運んでドスドス歩く音が響いたら、あ、そろそろ夕餉だ、の気配が伝わるが、恵明庵は廊下のドン詰まりから更に奥まっているのでその気配がわからない。
「ハイ失礼します」
いきなり現れた大旦那が配膳中。
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更級のお膳は枠の中に小鉢が並んでいるが、恵明庵はテーブルだからこの場でお皿を並べるのです。
「あ、これはこっちだった・・・」
手前側(私)と向こう側(ジャン妻)、同じ位置に小鉢を並べるのが難しそう。対面を意識しないといけないから。
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こうして見ると、お膳と違ってスペースが広いから、小鉢と小鉢の間に隙間が開いちゃいますね。何だか料理が小さく見えるのは目の錯覚だろうか。
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テーブルのすぐ上に灯があるので小鉢、小皿、テーブルに光が反射して眩しいのです。
私の腕の悪さもありますがあまり上手に撮れていません今回は。i-Phoneなので写真の腕は関係ないかもですが。
定番の小鉢たち。
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あれぇ?何で海産物があるんだ?
マグロ、細い甘えび、ホタテ?
大旦那が、「〇〇さん(私らのこと)、馬刺お好きですか?」
「大好きですよ」
「そうですか。お好きですか。後でお持ちしますね」
「???」
「いや~、大部屋の方たちが馬刺苦手だって言うもんで」
大旦那が一旦、去った後、
「オカシイな」
「そうね。これまでずっと馬刺だったのに。旦那さん忘れちゃったのかな」
昨夜も麦とろで馬刺いただいたので(霜降りと赤身)海産物でもいいんだけどね。山国の会津では海産物がご馳走ともいうからね。
「やっぱ湯神は馬刺でしょ」(ジャン妻)
馬刺を持って来たのは大女将さん。
「長男さん、蕎麦打ってましたね」と言ったらニッコリ微笑んだ。頼むから後継してくれ。
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「アタシは赤身の方が好きだな~」(ジャン妻)
マグロに例えるなら大トロ中トロより赤身がいい。私らもそういうのがキツい年齢になって来たのです。
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既に国権の熱燗が来てますが蕎麦サラダには生ビール。
蕎麦汁とマヨネーズの和え物、崩したゆで卵にはビールが合うのです。
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和え蕎麦(混ぜ蕎麦)の様相を呈してきたところ。ラーメンでいうところの油そば。
「油そばってラーメンより塩分やカロリーが少ないらしいぜ」
「アタシはそういうのイヤ」
この残ったマヨ汁を飲もうとしたらジャン妻の眦が釣り上がった。
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蕎麦粥です。白いのは鶏胸肉。これは要らないと思うが。
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イワナの塩焼き。
ジャン妻は岩魚を箸先でホジホジしながら摘まんでいる。
「アタマっからガブッっていけよ」
「アタシはそういう野蛮な食べ方はしないの」
私はアタマっからガブリ。尻尾まで完食です。
「尻尾の飾り塩まで食べて。塩分濃いんだよ」
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揚げ蕎麦、他、茗荷の天ぷら、里芋を潰して蕎麦の実を塗して揚げたもの、小エビのフリッター?
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二次会用のお新香の小皿です。〆に運ばれるもり蕎麦用に海老フリッターだけ取り置きしてあるのは天ぷら蕎麦バージョンにTRYしてみたかったから。全く意味なかったけど。
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蕎麦稲荷を半分齧って小皿に戻して、残りを摘まもうとして箸で挟んだら、中身がブニュッと飛び出したところ。
「そういうのも撮ってネタにするの?」(ジャン妻)
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もり蕎麦は長男さんが打った蕎麦です。
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取り置きしておいた海老フリッターを載せてみた。
「これだけで天ぷら蕎麦になる」
「違うと思うけど」
でもかき揚げと違って海老が小さいので、天ぷら蕎麦の香りは出せなかった。
「茗荷の天ぷら、取って置けばよかったな~」
「・・・」
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テーブル席の蕎麦懐石は最初違和感があった。
和室の膳は枠の中の定位置に小皿が鎮座したまま殆ど動かないが、テーブルの上だと小皿が左右に滑って泳いだりする。
でも和室の膳と違って膝が楽です。片膝立てたらジャン妻に「行儀が悪い」と言われた。
床暖房で足元から暖かいのでエアコンも入れなかった。
「家でもテーブルにしようぜ」
「今の家だと台所なら置けるけど」
「TVのある部屋の畳を取っ払って洋間にして、床暖房を・・・」
「次に家を建てたならね」
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ズシッ
ズシッ
ズシッ
膳を下げてきたジャン妻である。
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夜の更級庵&恵明庵。
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こうやって寒い中をウロついて写真なんか撮って、過去に風邪引いたのが何回かあるよ。
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テーブル席での二次会
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湯神にロールカーテンですよ。
合わないって?
私も合うとは思わない。でも何もないと冷気が室内に入って寒いと思うのだ。
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「女将さんに、長男さん蕎麦打ってましたねって言ったらウレシそうだったよ」
「そうか・・・」
宿継承は難しい。なまじっかモノ(施設、土地、温泉)があるだけに。
何とか次世代に繋げて欲しいものである。
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恵明庵 恵明の湯 [会津]

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10月に更級庵を押さえてあったのですが、珍しく私が多忙で断念。延期して予約しなおした日は大部屋の松月庵になるとのこと。
「大部屋か・・・」
「最初はそこだったんだよね」
最も厨房に近い大部屋で、屋根が高い部屋です。懐かしく思った。温泉心がついて初めて泊まった民宿が湯神の松月庵だから、その後は他の何処に泊まってもその域に至らずだった。

当日は天気がやや心配。
会津若松、雪。。。
会津下郷、雪。。。
1泊めは、ジャン妻が麦とろで今後の人生を左右する重要なお願いを切りだす為、若松市内に泊まったのですが、往路の道すがら湯神に立ち寄って手土産を持参している。
その時に大旦那が言うには、
「明日は雪って予報ですが、気温が高いから積もらないと思います」
天気予報よりそれを信じよう。
「部屋は洋室になります」
ほう、洋室とな。
いちばん奥の恵明庵です。2階にベッドがあるメゾネットタイプ。
「男ばっかり4名様がお泊りになられるのですが、夜に宴会でもするんだったら大部屋の方がいいので」

20年前まだ湯神の部屋が3室しか無かった頃、現在のようにネットですぐ検索できない頃、「民宿ガイド・東北編」のような冊子だったと記憶していますが、湯神の頁、紹介文に、露天風呂は作らないのですか?の要望に対して、
「作ろうという気はあるのですが、何せ自分ひとりでやってるものですから」
そう応えていたのを覚えている。
その後、大旦那から直接、「もう1部屋作ろうと思ってるんです」
もう一部屋?
次に大旦那は、「借金も返さなきゃならないし」
部屋を増築するとなると、更に借入しなきゃならないでしょう。
「でも4部屋になるっと誰か雇わないといけないだろうな」
そう呟いたのを今でもはっきり覚えています。大旦那の奥さんで教職にあった女将さんが部屋に出入りするようになったのも現在の4部屋になってからです。

(いっとき、メガネをかけた色の黒い親戚の女性がいたが、震災後は姿を消した。)

あまり記憶が無いのですが、増床、増築した4室めの恵明庵に一度だけ泊まったことがある。
念願のミニ露天が併設されたが屋根が無かった。雨や雪の日や、風強い日、寒い日は厳しのではないかと思った。
まぁ本当の露天というのは屋根なんぞなくて、自然に近いものだそうですが。
恵明庵は寝室が2階にあるので、足腰の弱い方やお年寄りにはちょっと厳しいかも知れない。

せっかく借金して増築したのに、和室3部屋(松月、長寿、更級)が埋まっても、奥の恵明庵だけスリッパが無い(閉まっている、利用客がいない)光景は何回も見ましたよ。
大旦那も私らに恵明庵を利用して欲しかったのかも知れないが、私らはその後は何とはなく和室の更級が気に入り、ずーっとそこばっかり利用していた。殆ど毎回部屋指定でしたね。
ただ、一度だけ、恵明庵でキャンセルが出たのか、4部屋で私たちだけだった時に、「隣、風呂入れてありますのでよろしかったら入って下さい」と言われたことがある。この時も屋根が無かったですね。申し訳ないけど更級庵に籠り切りになりました。

恵明庵を利用した人のみぞ知る伝説があります。WCに戸が無かったんです。
薄いカーテンのようなものを引いてあっただけじゃなかったかな。
その後、リンクしている十兵衛さん情報だったかなぁ。恵明庵の露天にも屋根らしきものが付いて、WCも扉ができたよアッハッハ(笑)・・・のような記事を見たんだと思います。
洋室か。久々の恵明庵、何だか初めて泊まる宿のようにワクワク感がするぞ。
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当日、若松市内は雨で、芦ノ牧温泉から下郷への上り坂で湿雪が舞い、トンネルを抜けたら晴れていた。
「なんなんだいこの天気は」
「降るって言ってたんですけどねぇ」(渡辺酒店の主人)
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いつもの更級ではなく、その先にある恵明庵。
10数年振りです。
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おっ、テーブル席ですな。
これに目が点になったが、実は長寿庵もテーブル席らしいですね。
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ジャン妻が先に湯に入る際に、「あ、WCに扉が付いてる・・・」・・・のを確認しました。浸かってる間、やや薄暗い部屋を見て廻った。
小さい畳に挟まれたミニ囲炉裏がある。
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階段を上がって寝室へ。
この柱の継ぎ足しは後で触れます。
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あ、ベッドルームなんだ。
これも長年更級庵ONLYだったから知らないのですが、松月、長寿もベッドだそうです。高齢者が増えてきたし、ベッドの方が宿側も楽なんだと思う。
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二階の窓から.jpg
エアコンが稼働している2階から下りて気付いたのは、足裏が温かいのです。1階は床暖房になっている。
これが恵明庵のウリです。他の部屋にはない。この床暖房と露天の改装等で、4部屋中で最も金がかかっているそうです。
灯りを点けてみた。
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2階も点けてみた。
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灯を付けてみた。慣れない部屋なのでどこにどの灯のスイッチがあるのか把握できないのだが、点けたら他の部屋とは異なる異質さが更に浮き彫りになった。内壁もそうだが洋風の調度品が多く、色合いからしてハイカラな雰囲気を醸し出していた。
珈琲か紅茶が似合うと思いますね。

では湯はどうか。
「アナタにはちょっと熱いかな・・・」
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あ、木枠だ。檜ですね。前は石だったと思うが。
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屋根もあるし。窓は観音開きになっている。
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なるほど熱いね。それは他の部屋の湯より浴槽が小さく、それでいて見るからに注がれる湯の量が倍以上あるからではないかな。
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湯上りに恵明庵からガッタンゴーの写真を撮る。
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2階からもガッタンゴーしてみる。
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読書中のジャン妻であります。
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後で大旦那に言ったんだけど、和室更級と違って調度品が多いので、足指の先をぶつけたり、椅子に突き指したり、アタマを階段の梁にぶつけたり、作務衣の袖が欄干に引っ掛かったり、トラップが少なくないのは私の動きが粗忽なせいか。
床暖房で充分暖かく、更級のように敷きっ放しの布団に入って寝ないでも洋室の椅子に座って床に足を付けているだけで暖まるのです。エアコン切りました。
それに、静かなんです。
和室は厨房に近いので大旦那の声やドスドス鳴る足音、他の客の声も稀に聞こえる。生活環境に近いといっていいが、奥まった恵明庵は入口から部屋までの室内廊下が短くないので声や物音は殆ど聞こえないです。スリッパの音も聞こえないからね。気配が感じられないので食事を運ぶ音すら事前にわからないほどです。
2階にいると裏を走る会津鉄道の踏切の警報機音も心なしか小さい。私は20数年にして初めてこの恵明庵がすっかり気に入ってしまったのです。
夕餉の際に大女将さんに言いましたよ。
「この人(私のこと)すっかりここが気にいっちゃって」(ジャン妻)
「もっと早くこっちを利用すればよかった」
「あらぁ」(ウレシそうな女将さん)
「時を返せって」
「何を言ってるの」(ジャン妻)
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会津若松市内散策いろいろ [会津]

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会津ワシントンホテルのフロントにはまだ八重さんのポスターが貼ってあった。
あれから4年以上になるのに。
「八重さん(綾瀬はるかさん)毎年会津に来てるみたいだよ」
「ふうん、そうなんだ」
会津を含めて福島全体の観光大使そのものといっていいが。
比べて悪いが、おんな城主より八重さんの方が演技上手だと思いますけど。
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来年の大河は西郷どんだそうですが。
「見ないの?」
「気が乗らない」
「何でさ?」
「・・・」
会津を攻めつけた役者のひとりじゃないか。
「どんなのか最初だけでも」
「・・・」
薩摩は禁門の変では会津と組んだが、その後で長州と組んだじゃないか。
(反面、長州は関ヶ原から対徳川幕府だから一貫しているともいえるが。)
会津攻めは何処まで描かれるのだろうか。

12時前に会津ワシントンホテルをチェックアウトして、会津バスのケツにくっついたところ。
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穴澤病院??
会津北の防人、穴澤一族の末裔に違いない。
閃いた。穴澤姓が目に留まったということは、駅前の岩瀬書店に何か新しい史料が入ったのではないか。
ジャン妻の方から、「本屋さん行こうよ」と持ちかけられたので行ってみた。
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この書店は一般書籍とは別にかなりのスペース、棚割で地元会津の書籍を置いてある。もちろん戊辰ネタが圧倒的に多い。それらの中には地元の研究者が独自研究したものを置いてあったりする。まずここでしか購入できないと思う。
だが。。。
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こういうウリを出してる割に、そのコーナーが見つからないぞ。前回までは入ってすぐ右の内側に3尺の棚2枚にズラズラ陳列してあったのだが。
ウロウロ探した。見つからないので店長かスタッフに聞こうと思ったら。
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そのコーナーはレジ近くにあった。
あったはいいが、このジャマしているワゴンは何だ?
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陳列用のワゴンですな。新刊を入れて棚割りに持ってって並べ、下げるのもこれで運ぶとみた。
店が楽する為のワゴンを何で会津郷土コーナーを遮るように置きっ放しにしておくんだよ。このコーナーの書籍は外から会津に来る客にイチバン見て欲しい大事なコーナーじゃないか。
「オイ」
私は店のねーさんにぶっきらぼうに言った。
「あのワゴン退けてよ」
「???」
「会津コーナーが取れないじゃないか」
「あ・・・」
レジで私語してた女性店員2人のうち1人が慌てて退けてた。
購入したにはこれ。
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檜原金銀山ストーリーとは。。。
山師が書き残したのを集めたみたいだ。鉱山ネタ、そこで起きた事件とか。
穴澤一族の新史料もあった。何処から檜原に来たのか、その前の出身地が明らかに。これはさっきのバスの穴澤さん広告が導いてくれたのだろう。

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これが凄い。会津戊辰戦死者埋蔵の虚と実!!
会津人が長州人を後世でも許そうとしない最大の理由が、「会津戦争後、埋葬を許さなかった」というもの。
まだ読んでないが、それに一石を投じる書になるだろう。
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そして、「会津若松城下地図幕末編」
表が幕末の会津若松城下地図で、裏面が幕末の地図に平成の地図を重ねたもの。
ゼンリンの住居地図のようなものです。これはスバラしい。
城下に入った白虎士中一番隊の行動を洗い直さなくてはいけないかも知れない。
後で机上で調べたら、麦とろは禄高600石上田学太夫の屋敷跡だった。若年寄らしい。
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先刻私に「ワゴン退けろ」と言われたレジのねーさんも、私がこういう書籍、史料を購入したことで余計に緊張させてしまったようです。
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「味噌を切らしてたな。買わないと」
「買うわよ。味噌を買う前に同じ方向なんだけど。靴下を買いたいの」
「靴下ぁ?穴でも開いたのか?」
「いつも5足か5足まとめ買いしてるのよ」
「何も会津で買わんでも。地元のシマムラやユニクロでいいじゃん」
「だってアナタそういう店行かないじゃない」
「・・・」
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靴下屋だって。
「前に通った時に覚えてたのよ」
入ったらホントに靴下だらけ。見事に靴下だけしかない店です。
そんなに靴下だけ需要があるのか若松市は。冷え症が多いのだろうか。
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「アナタも買う?」
「買ってもいけど。足の指が5本ある靴下はヤダよ」
でも結局私は買わなかった。買わなかったが、ウチの女性社員で足のサイズが25.5cmあって、靴を購入するのにトテモ苦労しているヤツがいるのでそヤツに買ってこうかと。その女性社員は草の者4号の現場にいる女性で、ジャン妻と同期の中途入社なのです。
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私が女性用靴下のサイズをチェックしているのに気付いたジャン妻は感づいた。
「また何かイタズラ考えてるんじゃないでしょうねぇ」
「イタズラって。25.5cmを探してるんだよ。アイツに土産に買ってくの」
「止めなさいって」
見当たらないので店の女性に聞いた。「女性の靴下で25.5cmって置いてないのか?」
「置いてあるのは24.5までで、それ以上になりますとお取り寄せになります」
「ああそう」
じゃぁいいや。でもその顛末をその25.5女性にメールしたら送信エラーになった。さてはいつの間にかアドレス変えやがったな。
後日その女性に会った時に言いましたけどね。アドレス変えただろって。

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材木町にある味噌屋へいく。
ジャン家とジャン母の家庭用の味噌を購入しないと。
山家屋です。来るのは3回め。今回もお茶をいただいた。
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クラシックなレジがデンと置いてある。
もう現役じゃないだろう。今の消費税率は応できないんじゃないか。
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材木町にある山家屋さん女性が言うには「材木町は材木問屋さんの集まり」「西若松駅は材木を取り扱う貨物駅でもあったの」「昔はそこを流れる湯川っていう川で材木を流していたの。水の量も多かったんです」
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この山家屋さん、(土)(日)(祝)休みなんですよ。そりゃないぜ。
たまたま店内にこの女性がいて、開けて貰って買ったこともあるけどね。
そういう時は仕方がないので七日町の満田屋さんで購入します。店内で味噌田楽も喰えるあの店です。
満田屋さんは品揃えや在庫数が多いが、店の中で喰える味噌田楽で有名なくらいだから、観光客を集客する気配、匂いが強過ぎです。
満田屋さん(天保五年創業)。
山家屋さん(嘉永年間)
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-08-07
福島県会津若松市材木町一丁目8-13

山家屋さんで味噌を買って、靴下屋さんでジャン妻の靴下を買うのに付き合い、若松駅前に戻って書籍を購入、小雨が降る中をウロウロ走ったのですが。
味噌を買ってすぐ南にあったお寺の前に「古戦場」の碑が立ってたのが気になった。
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では蕎麦宿の3時の宿入りに向けて街を南下する際、味噌屋の近くで見た古戦場碑の辺りに戻ってぐるぐる走ったのだが、改めて探すとなかなか見つからないものなのだ。2回ほど味噌屋の前を走ってようやく見つけたのが、会津若松市材木町1-10-33にある秀長寺古戦場碑というもの。
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古戦場?
会津戦争は近代戦なので、古戦場というには違和感が無くもないが。お寺の入口に、「ウチの寺はそういう場所ですよ」と謳ってるわけですよ。
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でも解説板、文字が消えてるし。
3つ並んだ碑は、秀長寺古戦場碑、戦没者供養塔、佐川官兵衛歌碑・・・。
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碑文は判読し難い。雨の中、傘さして見上げても読むのがタイヘン。首が痛くなる。
録音できる機材があれば朗読するのだが。
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雨の中、判読がタイヘンだったので諦め、机上で検索しました。
お許し下さい転載です。出典はhttp://mo6380392.exblog.jp/24907689/
管理人さんの承諾を得ております。ご承諾ありがとうございました。

篆額 松平保定書
明治戊辰九月五日鶴ヶ城下の東西両軍の攻防戦は日を追って劇しくなった。東軍の総指揮佐川官兵衛は日光口の西軍が本郷から若松に侵入しようとするのを知りこれを迎え撃うとして一部の兵を片原町柳原に伏せ官兵衛自らは手兵二百を率え砲兵隊とともに秀長寺裏の藪林や近くの民家に伏させ一方南町口門を守っていた一隊と水戸援軍を材木町南の柳上堤に移動させ報を得て高田から馳せつけた隊をもって西軍の退路を断つことにして西軍の到るのを待った。西軍の薩摩芸州肥前宇都宮中津人吉黒羽館林大垣太田原の十藩の兵はこの日早朝暁霧に乗じて大川を渡り飯寺村から材木町に入ろうとしたが火災のため全軍を移動し秀長寺裏から城下に入ろうとして東軍との距離僅かに百米に近づいた。このとき秀長寺境内におった砲兵隊は俄然砲撃を開始し伏していた東軍の諸隊も起って一斉に掩撃に移った。
突如三面攻撃をうけた西軍の周章狼狽は応戦に遑なくついに潰乱し東軍に降を乞うものもあり或は退路を失って大川に溺るるものもあった。
かくして戦闘は短時間に終り東軍は一部を以て西軍を追撃して南方に追い払った。この戦に西軍の遺棄した銃砲弾薬糧食毛布金圓等は莫大な数にのぼり東軍はこれ等鹵獲品を得て城に入った。
この日の戦は三旬の籠城中僅かな兵力で西軍に甚大な損害を与えた東軍唯一の勝利であった。
ここに戊辰百年祭に際して秀長寺境内の戦跡に一碑を建て永遠にこれを記念する。
昭和四十二年九月五日  山内為蔵撰文 小林春駒謹書

慶応4年(1868年)8月29日未明、会津藩家老・佐川官兵衛を将に出撃隊が編成され、城外の西、長命寺方面に展開する新政府軍を攻撃して城内への補給路を確保しようとした。
将兵はいずれも「八月二十九日討死、何ノ某」と書いた紙片を持っていたという。
だがその前夜に官兵衛は藩主・松平容保公からいただいた振舞酒を喰らい、起きたのは陽が高くなってからだった。
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誰も起こさなかったのだろうか。官兵衛慌てて飛び起きて出撃したが、未明の夜襲が陽が高くなってからの接近戦になってしまったのである。今なお弾痕の残る長命寺の戦闘で知られる。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-11-23-2
官兵衛も松平容保公の御前で、「万が一失敗したときは再び入城することはありません」と宣誓したので戻るに戻れず。そのまま場外に留まりここ材木町に移動して逆襲に転じた。

「秀長寺境内におった砲兵隊は俄然砲撃を開始し・・・」とある。寺の境内に砲を据え置いて砲撃し、土塀から身を乗り出して銃をブッ放した。
長命寺さんも秀長寺さんもそうだがお寺は塀に囲まれているし、遮蔽物のある恰好の陣地として利用されたのである。
場外戦闘に巻きこまれた。住職にしてみれば迷惑だったかも知れないが時節柄有無を言わさずだろう。
局地戦とはいえ、喜多方の熊倉、西若松の一ノ堰2連戦と並んで会津軍が新政府軍を破った勝利戦。
ここでブン獲った鹵獲品や辛うじて確保した補給線はその後の籠城戦に小さくない影響を及ぼしたらしいが、官兵衛は城内に戻らなかった。バツが悪くて帰還できなかったのだろう。
官兵衛はここから遠い南会津まで転戦する。鶴ヶ城開城後も。
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「あった?」
「あったけど。碑文が読めないんだよ」
よ~く目を凝らせば読めるんですがね。碑が高過ぎて上から下まで全部読むのに疲れるのです。

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平成30年(2018年)会津若松市はNHKの大河・西郷どんに対抗するように、会津戦争終結から150周年を謳って、記念事業を開催、展開していくという。
(慶応4年/明治元年、1868年プラス150年=2018年)

湯野上温泉へ。
雨だったのが芦ノ牧温泉を過ぎて坂を上る辺りから湿った雪に変わった。
だが、長大トンネルを抜けたら前方の空から薄日が差してきた。雪降ってるけど晴れてる?妙な天気になってきた。
湯野上温泉駅を過ぎて渡辺酒店に停めたら晴れた。
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普段はネット購入で、湯野上を通る時だけ挨拶がてら顔を出して店で購入するのです。
「ツケは?」
「ないわよ」
渡辺酒店から請求書も督促も来ないのをいいことにツケが半年貯まったことがある。
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一升瓶を6本ケースで買い込んで車に載せた。

湯神を知った最初の頃は、宿と南会津だけの銘酒だった「花泉」だったが。。。
花泉は伊南、伊北の方にしか無かった。若松市内で花泉を置いてる店が1軒だけあってそれが「麦とろ」だった。若松市内に花泉を置いてない理由は、花泉を最初に持ち込んだら、既にある有名どころを扱ってる店から冷たくされたというのである。
それが今回、会津ワシントンに樽が堂々鎮座していたんですよ。いつの間に。
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自分たちの嗜好も変わったのか。ここ数年は花泉を買って飲まなくなった。花泉よりも会津中将、会津娘を好むようになった。

それらを家計費で購入して、私は飛露喜の前掛けを購入した。
いや、いただいちゃったんです。あげますって。
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「前掛けもお酒の箱に詰めましょうか?」と言われたが別にして貰った。会津から戻った翌日の日曜に使うのです。
「何に使うのあれを?」(ジャン妻)
「秋祭りで前掛け巻くんだよ。秋刀魚を焼くんだから」
「???」
この顛末は町内会人間ドラマで取り上げましたね。今でも干してあります。なかなかニオイが取れないのだ。
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今回は洋室・恵明庵です!!
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ガスライト [グルメ]

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麦とろからワシントンホテルに戻ったとこ。
ホロ酔いのジャン妻である。
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翌朝、雪混じりの雨が降ったり止んだり。
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昨夜の馬刺に添えられた麦とろ特製のタレとニンニク味噌のお蔭でお腹の調子がいい。
私はニンニク、ガーリックを摂取すると翌朝・・・なんです。
ベッドとWCを3回ほど往復したらお腹の虫がグーッ。

前夜、チェックインしてすぐの会話。
「いつもルートインとかだと朝食付きなのに、何で今回はそれにしなかったのさ?」
「予約した時に朝食プランが上がって来なかったんだよね」
「じゃぁ明日の朝はどーする?」
「いいじゃん吉野家で」
ハァ?
私は耳を疑った。まさかジャン妻の口から吉野家が出るとは。
わ・ざ・わ・ざ・会津に来て、何で吉野家で喰わなきゃならないのさ。今回のプランは12時チェックアウトでしょ。12時まで待って吉野家かい。
「ヤダよ。ここ(ワシントン)にしようよ」
明日の天候が心配なのです。予報では会津は雪、湯野上も雪、立ち寄った蕎麦宿で大旦那は、「予報は雪ですが、気温が高いっからまず積もらないですよ」
外を見たらミゾレ混じりの雨だったが、会津や湯野上の天候は変わりやすいので、ミゾレや湿った雪の中を昼を探してウロウロしたくない。
「夜はご馳走(蕎麦懐石)だし。ここで食べてった方がいいよ」
「そうね。ああ思い出した。前にここ(ワシントン)で食べてまぁまぁだったったんだよね。フロントに聞いてみる」
麦とろに繰り出す前にフロントで、「朝食はどうすればいいの?」と聞いたらセットプランは無いようで、「当日ですと1200円ですが、今ご予約いただければ200円引きの1000円で承ります」だったそうです。
そうなら事前に言えよ。
「向こう(フロント)から朝食云々って言ってくれなきゃねぇ」
会津人が基本は寡黙なのはわかるよ。でも聞かなきゃ教えてくれないのは如何なものかね。
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会津ワシントンホテル10階にあるレストラン&BARへ。
期待して行ったのですが私はイマイチだったのです。特に最初に並んでる和食のお惣菜が。
会津地鶏の玉子と謳ってるが、蕎麦宿で鶏飼ってるし、朝餉で必ず温泉玉子出るし。
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ほうれん草と何故に明太子?
焼鯖は少なくて小さい。ホテルのバイキングの焼き魚って小さく切ってあるのが殆どですよね。
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このキンピラ食べたって言ったら麦とろの旦那に「言えばウチのバアちゃんのキンピラ持たせたのに」って絶対言うに決まってる。
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ナメコばっかりこんなにあっても。このまま食べるのかな。殆ど出てなかったよ。
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細っこいイワシだな。私が日頃に買ってる地元の魚屋のイワシの方が大きい。そこのオヤジが言うには「今年のイワシは漁獲高が少ないけど脂がのって大きいよ」と言っとったが。
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これにも苦笑した。とろろ?麦とろが怒るよ。あ、そうか。さっきのナメコとこのとろろを合わせればいいのか。でもやめとこ。
でも大根おろしをバイキングで盛るのってあまり見たことないな。
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ホントに桧枝岐蕎麦かなこれ?
断ち蕎麦に見えないんだけど。
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カボチャサラダや根菜もソソらない。何だかどれもショボく見えてしょーがないのはボリューム感が無いからだろうか。余って廃棄を懸念する気持ちが優先して補充が追い付かないのかな。
どっかの男性が「これしかないのかよ?」「あ、いまご用意いたします・・・」そんな遣り取りもあたですよ。
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肉ジャガのようですが。
ホテルのHPには馬肉の肉ジャガとあった。
「当ホテルでは肉じゃがを会津の名産である馬肉のスジ(サクラスジ)で作り、味付けは朝からでも食べやすい様、優しい味付けでご提供いたします。
馬肉は畜肉の中でも栄養価が高く、鉄分が豊富な特徴はほうれん草を上回るとされています。
薬膳料理にも良く使用されており、朝に食べるには最適なお肉です。
スジ肉は柔らかく煮込み、肉じゃがに合う口当たりとなっております、是非お召し上がりください。」
馬肉の講釈がわかりました。ではその肝心な馬肉は何処にあるんだよ?

話のタネとして見るからにマズそうな蕎麦サラダをチョイスした以外は何も採らなかったのですが、この後に並んでた数少ない洋食系を狙った。それにするしかなかった。
スクランブルはよくありがちなバターベトベトのアレですが、厚切りベーコンがウレしい。
ミニハンバーグがなかなか美味しかった。イチバン美味しかったね。
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スクランブル.jpg
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カレーは煮詰まって煮っころがしみたいだが。
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トテモ会津とは思えない、何処でもありそうな、それでいて偏ったバイキングになってしまった。
しかもご飯、パン、蕎麦、そしてベーコン、ハンバーグという炭水化物&動物性蛋白質ばかり。和食のお惣菜に食指が全く湧かなかったのでこんな風にするしかなかったのである。
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桧枝岐を謳う蕎麦サラダは湯神で出されるサラダに比べたら。。。
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野菜なんて殆どゼロです。いいやそれでも。蕎麦宿で地場産の野菜たくさん出されるし。
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そういう私の事情を知らないジャン妻は、
「また偏ったものばかり」
「うるさい」
私はムッとしたので強い口調で言った。
「・・・」
ジャン妻は口を尖らせた。頬を膨らませた。
いつもそうなんですよ。人が取って来たものをあーだこーだ批判するの。
「いつもいつもバイキングで人がチョイスしてきたものをいちいち批判するんじゃない」
「感想を言ったのよ」
「言わんでいい」
「・・・」
「失礼だ。まるで〇〇みたいだな」
〇〇とはよく登場する私とソリの合わないオンナ、横合いからあーだこーだ口を挟んで来るのでウルサイことこのうえない。
ジャン妻はややムッとした。〇〇に例えるなんてヒドいって。私だけでなくジャン妻も〇〇と合わないんです。
「今後二度と言うなよ」
「ハイ・・・」
ジャン妻は私のチョイスを「偏ってる」って言いたかったらしいが、偏ってもいいのだ。旅先のバイキングでは自分の好きなものだけを食べるのです。
浜松でも焼きそばばっかり食べてたし。
これはジャン妻のチョイス。
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「私はなるべく多い品数で少しずつ食べるのよ」
「それに対して私が何か言ったことがあるか?」
「・・・」
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ジャン妻がいない。
私に叱られてイジケてどっかいっちゃったのかと思ったら食後のコーヒーだった。
向こうの方の窓際に一人の女性がいて、食べるのでもなく景色を眺めてるのでもなく、何してんのかと思ったら、テエーブル上にノートPCを開いて何やら入力してましたね。Bloggerかな。
そのうちパタンとノートPC閉じて、貪るようにガツガツ喰らってサッサと出ていった。

美味しかったのは厚切りベーコンとハンバーグだけ。追加しちゃったし。
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ホテルのHPです。
http://washington-hotels.jp/aizuwakamatsu/gallery/
これ見ると如何にもボリュームがあって美味しそうだけど。あくまでイメージだと思った方がいい。
やはりホテルのバイキングです。
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ガスライトってどっかで聞いたことがある。
ガス燈のことか?いや、そうではなくて、前に何処かで見たような聞いたような気がした。
この会津旅から戻って群馬出張で発見したのです。
ガスライトがここにも!!
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平成24年、ワシントン高崎のガスライトで、当時の社員全員呼んでパーティーしたんだった。
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この時は宴会コースでした。料理の写真が全く無いので、あまりたいしたことなかったんでしょうね。
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食べてる途中に窓の外を見たら、ベタ雪が舞い出した。
「降ってるよ。若松市内の24時間パーキングに止めて、電車(会津鉄道)で湯野上に行った方がよくはない?」(ジャン妻)
一抹の不安が生じたので、しばらくホテルの部屋にいて様子を見たら、雪だったり雨になったり、降ったり止んだりになったので、12時前にチェックアウト。細かいミゾレ混じりの中を喜多方方面へ走り、日中線記念館や、蘆名一族の祖である佐原義連の史跡を見に行こうと会津縦貫道を北に向かったのですが、途中から路肩に雪が増えて来たので「引き返す勇気」で断念。
また市内に戻って買いものその他を。。。
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麦とろ [居酒屋]

会津若松市内のタクシー運ちゃんは「麦とろ」だけで通じます。
「麦とろ・・・」
「ハイ、麦とろですね」
有名店です。
でもそこで出されるのはコテコテに凝ったグルメ料理ではなく、会津の郷土料理、家庭料理なんですよ。
「東京で高くていいのばっかり食べてっと、ウチみたいなものが食べたくなんだべ」(店主)
私のBlogで取り上げる店の中でいちばん素朴な内容ではないか。
運ちゃんはすぐわかる.jpg
甲賀町口門の石垣脇を通って郭内へ。
麦とろはかつての鶴ヶ城内にある。
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前回、旦那さんは入院中で不在でしたが、事前に電話を入れてお元気なのを確認済みです。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-06-09
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大病で入院された旦那さんは足腰を庇いながらも元気が戻った。
大手術は12時間かかった。主治医、執刀医他、手術室には14人の医者に囲まれた。
「術後すぐは粥でさぁ。消化器系は何も悪くないのに何でオガユ(お粥)なんだよって言ったんだよ。先生にオガユでなくって白いご飯で大盛りでくれって言ったの」
おかずも合わなかったって。そりゃ板前が病院食で満足する筈ない。
「看護婦さんに売店で塩辛買って来てくんないかなって言ったらダメですよって。じゃぁウチの店で馬刺持って来てもいい?ってもダメですって」
病院の売店に塩辛なんてあんのか?でも術後は6日で退院。
「退院してすぐ働くんでしょ?それもダメですよって言われたけど・・・」
「でも働いたんでしょ?」
「働いた。店に出た。寝ててもしょーがないし。走り回る店でもないし」
入院したせいで今年は山菜が出なかったのです。来春には山菜取りを再開するそうです。
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馬刺霜降り。舌の上でトロケます。
だけど私たちも齢を重ねたので脂がクドくなってきたかも。
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山に囲まれた会津らしからぬ本マグロの大トロ。
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馬刺、赤身もいただいた。
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馬肉は会津の食文化です。上越新幹線車中の座席に置いてあるトランンヴェール誌(ご自由にお持ち帰りください)に、戊辰戦争の時、会津鶴ヶ城西出丸にあった藩校「日新館」にいた幕府の蘭方医、松本良順が馬肉による肉食を推奨し、調理は藩主・松平容保公の義姉・照姫が差配したと書いてあったよ。

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鰊の山椒漬け、厚焼き玉子、ジャガイモを甘辛く煮たもの、カボチャ煮物も。
「お義母さんの南瓜は食べないクセに」(ジャン妻)
麦とろのカボチャ煮物は塩気が強いからです。白菜浸も白菜の大きさと葉の間隔を手触りで判断、塩だけで漬ける。場所によって塩っ気が強いところとそうでもないところがある。
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旦那さんが受けた大手術は県下で未だ23例しかないというもの。
「ダビンチもあるんだってよ」
「ダビンチ?」(ジャン妻)
手術するロボットのことです。
「G13が大怪我して自分で自分を手術したのがあったろ」
「ああ、あのマンガね」
高額医療で窓口の負担金額を聞いたら私でも支払える額だったが、負担額の他の保険請求は「!!!!」だった。
「いい手術で必ずなおっげど、心臓を止めるからあまりやりたがらない患者が多いんだと。麦とろさんウチの広告塔になってよって医者に言われてんだ」
「じゃぁこの馬刺を抱えるように手に持って、これで治りましたってやれば・・・」
双方の宣伝になるのではないか。
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検査入院と数値が下がるまでの管理入院の方が長かった。その間も店は休まず。婆ちゃんと、近隣に住む旦那の弟さん(三男)の手を借りて乗り切った。
「婆ちゃんが、店を休むとお客が離れっちゃうからって言うから」
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ジャン妻はこの日、来年度以降の人生目標の一環として「麦とろ」さんにあるお願いをしている。
旦那さんは気持ちのうえでは快く引き受けてくれた。
「そういうのは学校なんかに行くよりも、どっかに入っちゃって付いた方がいいんだよ。ウチはいつでもいっから」
「ホテルにショートスティすることになるかも」
「そんな、ウチに泊まればいいっべ」
「言うと思った」
でも。。。
婆ちゃんに伝わったかどうかアヤしいな。
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会津若松は昔ながらの街なので、スナック、クラブ、キャバクラが多い。特に鶴ヶ城の北にある栄町辺りに。
栄町ったら麦とろの番地ですよ。
麦とろへタクシーで行くにはそんな花街のある一通を必ず走るのですが、新規開業の花輪が出てる新しい店、スナックがあった。まだまだ盛んらしい。
前から気になっていたことがある。街の雰囲気が高崎の柳川町に似ているの。
麦とろの旦那さんは「ここは戊辰の激戦地だったんだ」としか言わないが、七日町の北側にあった磐見町(旧町名で現在はありません。)の花街がここ栄町に移転して、赤線地帯だった時期もあったともいふが裏付けが取れないのだ。
お堅いイメージの会津だがそうでもない夜のカオがあるようです。
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サンマを焼く [町内会人間ドラマ]

初めてサンマを焼く日がやってきた。
素人に焼かせて大丈夫かな。焼くのは私だけど自分で喰うんじゃなくて売るのですよ。人に食べさせるんですよ。
「焼きゃいいだけだろ」の気持ちで臨んだ。朝8時から会場で準備です。OPENは9時から。解散は13時。それから片付け。14時から打ち上げだって。
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サンマを七輪で焼いてる家々ってありますか。
ウチの近所ではないな。
だいたいウチはジャン妻がサンマを買おうとしないのだ。イワシは買って来てオーブンで焼くけどサンマは買ってこない。
長いから焼き難いのかな。
「アナタもしかしてサンマ嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ。ワタのところとか好きなんだけど」
「じゃぁ買ってきたら焼いてくれる?」
「まぁ・・・別にいいけど・・・」
あまり気のりしなさそうだったので買ってません。ジャン妻に焼かせて自分は焼いたことないのに祭りでサンマを焼かされるハメになったので、リハーサルがてら買ってもよかたのに。
でも魚屋に行ってもサンマって少ないですね。あまり置いてないもん。ウチはジャン母を連れて週1買いものに行くのですが、ジャン妻が「サンマサンマ・・・」譫言のようにブツブツ言いながら鮮魚コーナーに駆け寄って言うには、
「高い」
「痩せてるわね」
「開きでいいワ」
生サンマはあまりない。漁獲量減少の昨今、どれだけのサンマを仕入れたのだろうか。
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会場にセッティングされた祭りの看板。季節感を出す御手制の紅葉や銀杏の葉は、祭りの侵攻途中で強風に煽られてトンでしまい、こんな有様に。
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夏の作務衣焼き鳥に続いて今日の私の恰好は薄茶色の作務衣上下に会津湯野上温泉駅近くの渡辺酒店で購入した飛露喜の前掛けをしてきました。
「家からそんなカッコで行かないで」
家から会場まで近いんだから平気だよ。電車やバスに乗るわけじゃないし。
「アタシは行かないよ。家で洗濯とかしてる」

着いたら何人かの役員さんに言われた。
「夏に続いて今日は酒屋さん?」
「立ち飲み屋のオヤジさん?」
そう見えるならそれでいいよ。
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準備段階で各班長が集まってきて、班長たちにネーミングプレートが配布された。
私にはネーミングプレートが2種類あって、各班の番号とチーム名が入ったものとある。

夏の納涼祭の時は最初に指示が全く無かったので、自ら作業を見つけて動かないとカッコ悪いし、仕事のできないヤツだと思われたくないので、土間に積んであったたくさんの地場野菜を運んで野菜即売コーナーを作りかけたら、祭りの総責任者・委員長から、「〇〇さぁん、そっちは任せて焼き場の方をお願いしまぁす」とデカい声で言われた。持ち場に戻れと言われたようなものである。
焼き場に行ったら夏に焼き鳥を一緒に焼いた方がいた。昨日の記事で打ち合わせ時に私の隣にいた方です。
夏には私の他に4人いたが、今日はその方と私1人しかいない。
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発泡スチロール箱が4つ積まれていた。
中を覗いたら中にサンマが寝ていた。サンマは8匹ずつラップにくるまれていて、総数100匹か120匹とみた。
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サンマはどれも同じ大きさ、長さ、ボリュームで、手に取ってみたら半解凍のようだ。カチンカチンに凍ってはいなかった。表面がツルツル滑るので落とさないように気を遣ったよ。
でも焼き場の人が呟いた。「これは冷凍だな。」
どこの海を泳いでいたサンマたちだろうか。
幾らで仕入れたか忘れた。売値は200円だったかな。
昨日のうちに仕入れて自然解凍したがドリップ(解凍液)は出ていない。旨味や栄養成分を含むドリップが流すると味が落ちるぐらいは私だって知っている。
かすかにに生臭い。秋の風にサンマの生臭さがのってそこらじゅうに漂った。
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焼き場を作る。夏場は3尺×2本、2尺×1本だったが、今回は数は多くないので2尺1本だけ。四隅と真ん中にレンガを置いて、その上に文鎮ではなく網を2枚置く。
これは耐火レンガではないな。
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炭火を起こします。内輪でパタパタ扇ぎます。風を送る。
この作業で内輪が見つからず、最初はプラスチックのチリトリでパタパタ扇いでたのですよ。

火が点くまで風は弱かったのだが、火が点いてから妙に風が強くなってきた。
網に油を塗ってまずは1匹載せてみる。
その上から塩を軽く振った。
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な~んとなく時間が過ぎて人が集まってきたので、サンマの数を増やしていきます。
魚と炭火の距離を離して遠火の強火が良いらしいが、炭火をなるべく均等に砕いて炎を安定させないといけない。
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脂が落ちて燃え上がった炎がサンマにあたらないように。
炎が上がったら水を入れたハンドタイプのスプレーで水を吹き付けます。
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サンマの生焼けはキケンなのはアタマではわかってるつもりだが。
開催前に町内会長さんが言うには「保健所から言われています。食中毒だけには気を付けてください」
だったらサンマなんか素人に焼かせなけりゃいいのに。
「食中毒に気を付けてください」ってのは食べる側に言う台詞でしょうよ。私らに具体的にどうしろという指示は無かったね。よ~く焼いて下さいとでも言いたかったのかな。
夏の焼き鳥は冷凍肉とはいえ、どっかの工場でスチームで蒸したものを凍らせたものだからまだ安心な部分はあった。今日のサンマは冷凍→半解凍ですよ。
もちろん両面で焼くのですが、引っくり返すタイミングがワカラン。サンマの皮は網にくっつきやすいんだね。あまりいじくるとサンマが壊れる。
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夏に続いて私と組んだ旦那は昨年もサンマを焼いたそうです。
「強火の遠火で一発返しが理想なんですが・・・」
強火の遠火?
一発返し?
難しいことを言わっしゃる。こっちは初めてなのに。
焼く器のサイズの深さで焼くしかないので、お世辞にも遠火とはいえない。焼き続け、最初の焼け見極めはお任せした。
人が集まってきた。少しずつ売れ始めた。売り手は前回記事にも登場した防災委員長さん。あの氷雨のせいで悲惨な数だったそうである。
「大根おろしないの?」という声が挙がった。
用意していなかったのである。野菜即売の大根は葉っぱのついたイキのいい大根だしおろすのはもったいない。近所に住んでる誰かが家から半端な大根持ってきて、いそいでこしらえた。
「醬油は?」
醬油も用意していなかったのである。厨房から持ってきたが、冷凍サンマはあらかじめ薄塩を振ってあったようで、塩も醬油も不要なのが途中でわかった。
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それほど脂がのったサンマじゃないようだが、サンマの腹から、ポタ、ポタ、ポタ、脂ドリップが落ちて行く。すると炎がボワッと上がる。
私はBBQ苦手ですが、BBQでサンマを焼いた人に言わせると、
「真っ黒に焦げてしまった」
「サンマの皮が焼き網にくっついて剥がれてボロボロになった」
「上手くひっくり返せない」
「指先や手首を火傷した」
「軍手が燃えた」
軍手も用意して行ったのですが私は素手でやった。なので手首や指先を若干・・・火傷までいかないけど「熱ィっ!!」叫びたくなったのは何回かあったよ。手先を見たら赤くなっていたが、これって火傷しても労災にはならんだろうな。
サンマが焦げる原因は脂が炭にポタポタ落ちてボワッと燃え上がるからですが、生焼けでは絶対にいけないし、黒焦げでもいけない。この見極めが難しい。焼き鳥より難しかったです。
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熱いのを痩せ我慢して、片面焼いたサンマをひっくり返すのですが、果たして中まで焼けているのかどうか。
「これは・・・」
「まだ早いですね。もうちょっと目が白くならないと」
サンマの目が白くなる、口先からポタポタ脂が落ちる、それでも胴体の中も火が通ったという判断はまだ時間尚早らしい。
途中で「これってまだ中が焼けてないわよ~」はあったのである。
腹からも脂が出てるから中まで焼けたという判断もキケンです。まず反面焼いて、目が白くなる、口先から脂が出る、腹からも壊れない状態で脂が出る、しっかり焼けるまで触らないでガマンガマン、表面にやや焦げたぐらいの網目が付いて、焦げるホントの前段階でひっくり返すのがベターだと最後の方になって何となくわかった次第。
焼けたかどうかわからないときは網を少し持ち上げて裏から目視して見る。これはこれで目が熱いし煙が目に染みる。
前で何処かの坊やが「まだ?」
「ちょい待て。よ~く焼かにゃいかんのだ」
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これは2016年の大船渡のサンマ祭りの写真(転載)ですが、サンマを1匹ずつ斜めに置いて焼いてますね。横にズラズラズラっと並べない方がいいのかも知れない。
私らの焼き方だと網を2枚並べて置く為に中央にもレンガを置いています。そこに左網に置いたサンマの尻尾、右網に置いたサンマの頭が載ってしまい、そこだけ炭火が無いわけです。あれば大きい1枚網の方がいいようです。
手先指先を火傷しない為にはサンマを細い金串で刺した方がいいかも。来年はそうするか。
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サンマの写真ばかり並んでますが生臭くないですか?
これを見て美味しそうだと思ってくれたらいいのですが。
肝心の味の方はですね。焦げちゃって失敗したサンマと焼けたと思い込んだら中が半生だったサンマを網の端っこで焼き直して、摘まんで喰ってみたら、やっぱり塩も醬油も要らないね。振って冷凍させたのでしょうな。
他はサンマの味しかしないね。私はやはりサンマよりも、イワシやイワナの方が好きだな。来年もサンマを焼くかも知れないが、鮎や岩魚の炭火焼なんてできないかな~。
サンマに缶ビール。缶チューハイはなかった。夏に何故か赤字だった生ビールもないです。日本酒なんて無いですよ。
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風が強くなってきた。夏の焼き鳥ほどサンマは数多く売れないし、一気に数多く焼けないので若干ペースを置く(間を開ける)ことができた。
左隣ではこれも祭りに欠かせない焼きそばコーナー。可哀そうに焼きそばチームは配食チームの婆さん連中に厨房を占拠され、祭り開始時間ギリギリまで青空の下でキャベツを切っていましたよ。前日にやっときゃよかったって。日高やのように仕込は別の場所で、売り場では調理するだけにすればいいのだが。
最初に肉を炒め、それから焼きそばを投入するという二段階調理
焼きあがった焼きそばを一旦はボウルに入れてタッパに分けるのです。
後半になって手が空いたので助っ人に参加しました。
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私も焼きそば2パック買って食べました。このBlogをいつも見て下さっている方はご存じかと思いますが、私は肉も具も極少で、青海苔も紅生姜も不要で、焼きそば(炭水化物)とソースだけを好むのですが、この焼きそばは何でか知らんが肉が美味かったな~。
「肉が美味いよ」
「あ、本当っスか」
でもソースは薄い。イマイチだな。
焼きそば3.jpg
「アナタいつから焼きそば好きになったの?」
「群馬に行ってからだよ」
「住んでた羅漢町近くに結さんがあったろ。あのラガーメンが営っていたウルサい焼き鳥屋、あそこで目覚めた」
「あの具の全くないソースどろどろの?」
「そう。それと閉めちゃったけど榛名で解約したしののめ信金に行く途中の永井商店の焼きそば。あれの豚無しが気にいったの」
「・・・」
「炭水化物だけなのが食欲と酒欲をソソルのだ」
「アタシは具が無いとイヤ」

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餅を付いている風景。
よかったよこっちを担当しなくて。私は2年か3年前に右肩を痛め冬場はあまり腕が上がらないのです。右腕だけ疲れやすいのだ。
この餅は後の打ち上げで私らにも振る舞われた。
小さいプロパンガスを使って餅米を蒸している場所は別にあって、そこでは厨房の婆さんリーダーが、やれ蒸し時間がどうのこうのとウルサく口を出していた。
その厨房の婆さんリーダーと区の職員さんが赤い羽の募金を募ってるとこ。
豚汁の行列に沿ってお願いしているようです。
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よくやるよな。でも1軒1軒の家々を訪うて募金協力をお願いするより、こういう人の多い場所で職員さんが募る方がフェアだとは思いますね。
私も豚汁を食べてみたが。。。
豚汁1.jpg
豚汁2.jpg
豚肉が無い!!
オカシイな。私は前日、会津から戻って秋祭りの事前準備に参加しています。会場の清掃、落ち葉拾いと、館内にビニールシートとブルーの養生シートを張る作業をした時、厨房からいいニオイがしたので見に行ったらこんなに豚肉入ってたのに。
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これじゃぁ豚無汁、根菜の味噌汁じゃないか。

地元の野菜即売所。後で聞いた話だと、このコーナーがいちばん先に完売したそうである。
おひとり様1点限り。野菜が高いからここで買ってこうってか。大根なんか葉っぱ付きですよ。
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秋晴れの下、BGMは無かったのですが、いきなりPAから、夏祭りで散々飽きるほど聞いた(聞かされた)何とか音頭が2曲流れたぞ。
太鼓叩きチームというのがあって、披露の場が夏祭りだけだと可哀そうなのか気の毒なのか、忘れてしまい忘れ去られてしまいがちなので、秋空の下、2曲だけ披露していた。
さすがに踊っている人はいなかったね。櫓が無いし。

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散会の13時半前頃、最後の3匹。これで終了です。
このサンマを網に載せる前に一緒に焼いてた先達はどっかいっちゃって。あ、あっちにいて誰かと談笑している。
仕方がないので自分ひとりで判断して焼きました。
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じっくり焼かないとな、
焦らず急かず、
目が白くなって、
口先から脂がにじみ出て、
お腹からも壊れない程度に脂が出て、
そこでも焦らずガマンして、
裏面から覗いて焦げ目を確認して、まだだな、と、呟いてみる、
その間は一切手で触ったりしない、ガマンする、
再度裏面から見て、焦げたかな、これ以上焦げない方がいいなと。ギリギリの瞬間を見据えて一気に返しました。
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最後の数匹を役員さんに売りつけてるところ。
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夜まで騒ぐ納涼祭と違って気が付いたら終わっていたという感じだった。アッサリしたものである。
すぐ片付けに入り。半ば強制参加の打ち上げへ。
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打ち上げの席上で出されたさ・さ・や・か・な・酒肴です。
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豚汁です。やはり根菜だけだね。豚肉は何処へいっちゃったんだ。
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餅はさすがに美味しかったな。角切りしてパックに入ってる餅を焼いてばかり食べてるので。
つきたての餅とはこういう食感なんだ。きな粉、アンコ、辛味、とあった。
私は甘い味付けは好まない。醬油だけでもいい。
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会長さんは腰の低い方で、ネームプレートを回収しながら班長ひとりひとり声かけてお酌して労を労っていた。
定例会で顔見知りですが、祭りの実行委員長が私を会長に紹介するには「会長この方(私のこと)〇〇班の今年の組役さんですけど、ウチの〇〇チームにも参加してくれたんです」
私は赤紙の招集に応じてチームに参加した。会社以外の人間関係に初めて身を投じたのである。まだ新参だが参加回数を重ねていけば知人も増えていくだろう。
女性陣(オバさんばかりだが)作務衣に飛露喜の前掛けを「似合う」と冷やかされ(誉められてるとは思わないさすがに)夏と秋連続しての焼き場担当で認知されたと勝手に自負しているよ。
解散時に「これでもう行事は終わりですかね」
「歳末に夜回りがありますよ」
夜回りだと?
寒そうだな。

その日の晩酌に豚汁が出たのは何故だ。
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ちゃんと豚バラ入ってたけど野菜がクタクタ過ぎ。汁は美味しいけど。
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困ったのがこの前掛けのニオイ。
サンマの生臭いニオイがこびりついてしまった。
ニオイ撃破を謳う消臭商品「リセッシュデオドラントパワー」のCMでは、デキる男の忘年会流儀とあって、①出勤前に靴下の穴を入念にチェック、②同僚の好きな飲み方を把握している、③土産は持ち帰っても匂いは持ち帰らないとあったが、私は③で、しっかりニオイを家に持ち帰るハメになった。
飛露喜の前掛けは2回洗って1ヶ月ずっと干しっ放しなのに、まだニオイが落ちない。
消臭剤スプレーをぶっかけたら、サンマの生臭さと消臭剤の芳香が混合し、余計に得体の知れないヘンなニオイになった。
上大岡の厨房の板さんが言うには「冷凍サンマは焼くとニオイがキツイんですよ」
言い換えればこの前掛けのお蔭で普段着、旅館着の作務衣が無事だったともいえる。
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祭りは終わった。。。
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防災避難訓練と地元チーム参加 [町内会人間ドラマ]

年末に向けて日数が無いのです。
昨日の記事は当初「敬老の海苔」「赤い羽」別々だったのを合体させたの。
今日の記事も2つをくっつけたのでダラダラと文章が長いですが。

赤い羽を渡し忘れたので単なる募金になってしまったが、それを納めた11月の定例会で、マグニチュード幾つかの大規模な地震を想定して、防災避難訓練開催の案内があった。
普段の定例会は会長挨拶、各部の活動報告(聞いててツマンないですが、会費を徴収している以上、必ず報告をする。)そして協議事項に移るのですが、この防災避難訓練が協議事項で突然のように取り上げられたのです。
協議ったって役員や委員長からのお達しだけで私を含めた各班長はツマんなそうに聞いてるだけ。早く帰りたいだけです。
配られた紙には、
「本年は〇〇中学で地域防災拠点訓電を下記のとおり行います。いつ大地震が来るかわかりません。訓練に参加して心構えを新たにしえ下さい。一戸に一人は一時避難場所に集まりましょう。」
開催日は平成29年11月23日、勤労感謝の日、雨天決行。
集合時間は午前9時、集合場所は各班の一時避難場所。
防災委員長が2人います。委員長が言うには、各班のある場所に(主に電柱)一時緊急避難場所の設置が全て完了したので、では訓練をしましょうということになった。
ウチの近所にもある。これです。
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いつの間にかくっつけてあった。これは東電さんの許可がいるらしい。

訓練のおおまかな内容は、
①各班の訓練参加者(避難者)が一時避難場所(上の写真の電柱)に9時に集合する。
②班長(私も)が参加者を連れて9時半に町内会館に引率する。
③10時半に近くの中学校体育館へ移動してそこが地域防災拠点になる。そこでまた訓練その他が行われる。
訓練後に炊き出しがあって、カレーライスが振る舞われるという。
「美味しいカレーライスは食べ放題です」と言っておったがどんな美味しいカレーなんだろうね。
防災拠点の中学校は私も在学していた時期がある。在校中に他へ新設校ができたのでそっちに移った。往時は学校が足りなかったのだ。
私が参加したら45年ぶりの母校である。もちろん当時の校舎は解体されてるけど懐かしいな。
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だけど開催日を見て驚いた。
11月23日?勤労感謝の日?
その日は会津行じゃないか。10月が私が多忙で蕎麦宿を延期した日です。
「その日は会津じゃないの」(ジャン妻)
「そうだな・・・」
何でその月に急に決めるかな~。敬老の海苔を取りに来て下さいの時もそうだったが、突然間近の日に決めるんですよ。
そりゃ災害というものはいつ突然降りかかるか予想だにできないものだけどさ。
この辺りがウチの町内会の段取りがイマイチというか。各人の予定なんぞは考慮しないのです。世間で言うところの24日(金)を休んで連休する人だっているでしょう。飛び石も含めて連休は避けた方がいいのです。

この突然決まった訓練日の経緯について。ウチの町内会は2つのエリア、北部と南部に分けられている。当初は別々に開催される予定だった。だから防災委員長が2人いるんです。中央を突っ切る街道で南北を分けているんです。避難場所は南北それぞれの各家々に最も近い集合場所、すなわち地元の小中学校というわけですよ。
防災訓練は貸し出す学校側の行事都合や、体育館スペースの広さも考慮しなきゃならないし、校庭の一画も消化器訓練等で使用するので、単独の町内で開催するのではなく近隣の町内会と合同で行うのです。
1つの学校だけに絞ると遠い班、家々もあるし、どっちかに人数が偏るってもバランスが悪いし、スペースの問題もあるので、これまでは余裕を見て北部の小学校、南部の中学校と分けられていたのです。北部の住民が南部の中学校まで歩くと若干遠いのです。それではいざという時の避難場所にならないし。
のような理由で、北部も南部もそれぞれ別の日に別の場所(体育館)で開催される予定だったのだが、昨年まで借りていた北部の小学校体育館が今年になって解体されて使用できなくなったのだ。
その小学校はこれまで選挙の投票会場でもあった。私らも今年10月衆議院選挙の時に行ったら体育館が解体工事中で、校舎の中に投票所があってそこに案内されたからね。
南部は11月23日にあらかじめ中学校を押さえてあったのです。その小学校の体育館解体のせいで開催が危ぶまれた北部は、単独だと年内に訓練ができそうになさそうだった。私も「もしかしたら来年まで開催しないのかな?」と訝しんでいたところへ、今日になって突然、どうせなら南部に便乗して23日にやってしまおうとなったのですよ。
だったら最初っから「南北一緒に開催します」のアナウンスをもっと前にすべきですよ。言われた日は11月4日で、開催日が23日ですよ。前から予定通り開催と聞いていた南部の班長はともかく、私も含めた北部の各班長は「23日に急に開催と言われてもなぁ」の表情だった。

私は昨年の班長だった近隣の気のいいオヤジさん・・・とは言っても70過ぎの爺さんだが、その方から引き継ぎの時に聞いている。
「防災訓練は参加者自分ひとりだったよ」
「そりゃ寂しいですね」
「だぁれも行かないよ。予定あるし。自分はたまたまヒマだったから小学校まで行ったけどね。あ、それと防災何とかの講習にも行ったな。それも自分だけだったよ」
「何するんですか?」
「学校まで一緒に行って、消化器を撒いたかなぁ」
案内には「一戸に一人は一時避難場所に集まりましょう」とある。一戸に一人どころか一班にひとりしか集まらなかったというわけですよ。ひとりじゃ集まったという表現も適用しないね。
私もこれまで参加していません。昨年の開催日に何してたかも覚えていないし、だいたい回覧板なんて見たことなかったんだから私は。
「カレーか何かの炊き出し食べたんですか?」
「豚汁だったなぁ」

最近わかってきたのですが。。。
私のいる班は町内会の北の外れにありまして、もう20数年経っていますが地元では新興住宅なのです。他所から越してきた人が多い。だからあまり地域イベントに無関心。
南へいけばいくほど40年かそれ以上、下手したら昭和の初期からそこに居て根付いている地元の人たちでそこは地域愛が根強い。結束力もあるようです。
私はというと、昨年までは地域活動に無関心だったのですがもとは地元の人です。ジャン実家は今いる場所から1km圏内なので、今は新興住宅地域にいるとはいえもとは地元民といっていい。
カレーライスが振る舞われる中学校に在校していた頃はNHK大河で平将門を見てたから、掃除の時間にホウキでチャンバラをやっていましたからね。
現在は新興住宅の方が数的には増えてるのではないか。なので昨年「ウチの班からは参加者ゼロだったよ」が、今年になって急に我先にと参加者が増えるとは思えない。おそらく誰も訓練参加者はいないと見た。私だけだろう。

改めて予定を時系列で見たら、各班の一時避難場所(電柱の下)、町内会館、中学校、三段階のイベントの流れになっている。
「一時避難場所に集まったら、班長さんは避難者の男女別人数をメモして、町内会館にて係の者にお渡しください」
一時避難場所の電柱の下に集まった数をメモして会館へ持ってかなきゃならないのです。
これは昨年同様、100%に近い確率で班長の私ひとりだけだろう。でも誰も参加者がいなくても、自分だけは報告に行かなきゃならないのです。
当日私らは会津に向かう予定を入れているのですよ。急に言われてもさぁ。
私以外にも既に予定が入っている班長宅はどうするのか。旦那が不在なら奥さんが代行するのだろうか。
班長自身が欠席でも、他の家々で誰か一戸でも参加者がいるかどうかは当日の朝にならないとわからないのである。誰かひとりでもいたら連れていかなきゃならない。
事前に各家々を廻って「当日は班長の自分は欠席なので、ご自身で避難場所に行って、様子を見て会館へ報告に行って下さい」とでも言うか。
それとも事前に出欠席を聞いておくか。各家々を廻って「参加されますか?」「ですよねぇ、急に言われても参加しないですよねぇ」
のように聞かなくてはならないのか。

「所用があるので欠席します」という班長はいなかったな。欠席するからには班の誰かの家に代行を頼まなきゃならないからだと思う。
知らん顔もできない。バックrようにも回覧板で開催通知を回すんだから。
仕方がないので私は当日の出立前、一時避難場所と会館への人数報告けは真面目にやろうと決めた。家から会館まで往復20分もかからないだろうし。
「その為だけに?」(ジャン妻)
「それはやる」
初日は会津ワシントンに停まって「麦とろ」なので朝急いで行く必要はない。9時過ぎまで電柱の下にいて、9時半に会館に届け出して戻ってから出ればいい。
(炊き出し終了予定が12時30分だから、それからでも間に合わなくはないが。。。)
「中学校での訓練に参加される組の班長さんは、訓練参加者を引率して町内会館に集合し、一時避難場所での男女別人数メモを町会役員に渡してください」とあるので、一時避難場所にメモを会館に持って行く。おそらく私だけだと思うが、私ひとりだけでも「男1人」とだけ書いてわ・ざ・わ・ざ・会館へ持って行かなきゃならない。
ジャン妻に「行く?」と誘ったが「行かない。会津にでかける前に1回洗濯機を回すから」とつれなく言われた。

これは定例会での防災ビデオを流しているとこ。
処理済~防災ビデオ1.jpg処理済~防災ビデオ2.jpg
ノートPCで流れるVTR(YouTube?)の音声を外部機器に接続してクリックするだけですが、役員さんたちは高齢化しているのでこういう設定が苦手みたい。
ワイド画面でなくノーマル画面で流したり、音が上手く出なかったり、あまり手順がいいとはいえない人たちなのです。
自分が出ていって操作してやろうかとも一瞬思ったけど出しゃばらないでおきました。
画面には阪神淡路、東日本、2つの大災害の教訓が流れていた。こういうのは見ないより見た方がいいとは思いますが。危機意識はその時だけで、会が終了して散会して各家々に戻ったら忘れてしまう。訓練等で身体で経験した方がいいに決まってます。で、集合してから防災拠点の中学校に移動して、そこで開催される内容は、訓練、消防署員の講和、やはり災害防災VTRを見て、避難場所の運営に関する展示、消火器を使った消火訓練、救護の練習、参加者には備蓄食料が配布され、最後に何?カレーライスだって?
私以外に一時避難場所(電柱の下)に誰かいて、その人が中学校の催し物にも参加してカレーライスを喰いたいと言われたらどうするか。
そうなったら一緒に会館に行って、人数報告のうえ「自分はこの後所用がありますので、ご自身で他の方と中学校に行ってください。楽しんできてください」でいいのだ。誰かいたらの話ですよ。

私は配布された「参加願います」を手に取ってある1箇所を凝視している。
TOPに「回覧」とあるでしょう。これに引っ掛かりを覚えたのです。
一戸ずつ配布じゃないのです。回覧板に挟んで回すの。
回覧でいいのかこれ?
今日は4日、開催日の23日勤労感謝の日まで実質20日もないのですよ。ウチの班は20戸だから、今夜から廻して1夜1軒でギリギリ。どっかで停まったらまず全戸に回覧しきらない。
これまでの定例会では私は大人しくして自分の意見を一切、言わなかったが、この日私は初めて物言いをつけています。挙手して発言したの。
何を言ったかというと「23日は予定があります」って?そうじゃないです。
「今日は4日で開催日は23日だと実質20日も無いじゃないですか。これは回覧じゃぁ間に合わない。各家々に配布しないと・・・」
かなり真面目な顔して言ったつもり。
満場がややざわついた。

私のいる北部の防災委員長はやや戸惑った。この方は納涼祭や秋祭りで消化器系私のチームの全面にいて販売を担当されていたので今は私とも顔見知りでですが。
困らせるようなことを言っちゃったかな~。
どうせ結果的に誰も来ないだろうと予想されますが、それはあくまで結果論であって、現時点では参加者を募る主旨だから「回覧」では当日までに全戸数の目に留まらない家々が必ず出ます。ウチの班は戸数20戸だが、他の班では30戸や40戸を超える班もあるんだから。
そしたら南部の委員長(爺さん)がこう言ったものである。
「まぁ、早く、回覧して貰うしかねぇなぁ」
ゆる~く言われた。
座は和んだが私は呆れた。それで終了になったんです。他に物言いをつけた班長はいなかった。
私も少しバカ負けしたのでそれ以上は言わず、納涼祭の実行委員長で私に町内会チームの招集令状(赤紙といふ)を渡したリーダー格、次にUpする秋祭りの実行委員長でもある顔役に向きなおった。
私の席は班の番号順の都合で最前列にあるのです。だからすぐ目の前に役員がズラリいる。役員たちにこの写真を見せた。
「ウチ、ある家で時々こうなんですよ」
処理済~置きっ放し.jpg
これは敬老の海苔を配布した際のもの。
「おひとり暮らしなのですが不在な時が多くて。ウチの班は回覧しません。戸数分COPYして配布します」と言った。
納涼祭委員長は「そうしてください」とばかりに黙って頷いた。おそらく私の意見はマトモだと思ってくれたのだと思うが、他の委員会には干渉できないので黙っていたんだと思う。
私は回覧に二重線を引いて訂正し、会館の一室にあるゼロックスで戸数分COPYして、各家々に配布したのです。
二重線で消したとこ.jpg
この話を家でジャン妻にしたら、彼女も口あんぐりだったが、
「アナタ一番前の席にいるの?」
「そうだけど」
「いつから?」
「初回からだよ」
「また一番前で足組んで、エラっそうにふんぞり返って座ってるんじゃないでしょうねぇ」
「そ、そんなことはないっ」
何かの書籍で「勉強会は最前列で、会議は後ろの方で」とあるらしいが、私はどちらも最前列を好むのです。
「で、当日は行くのね」
「会館までは行く」
豪語したものの訓練当日の予報は雨で寒そう。
訓練どうこうよりも会津方面の天気がずーっと気になった。雪マークが出ていた。
処理済~一時避難場所.jpg
当日の朝、一時避難場所の電柱の下に9時5分まで突っ立っていたが、やっぱり誰も来ない。
辺りの家々を見回した。鉛のような雨空の下で各家々には暖かそうな灯が点いていた。この天気の下、外出しようという家々はそうないだろうな。
でも自分は行かなきゃならない。氷雨の中をひとりで会館に歩いた。何だか虚しいものだな。
ああいう立派な意見を言った手前、数人でも参加者を引き連れて乗り込んだらカッコ良かったのに。
当日は雨.jpg
会館に着いた。本当に地震が起こったら無事な者はまずこの会館に参集するのだろうか。というのはこの会館も30年か40年経っているので現在の耐震性基準を満たしているとは言い難いそうである。建て替えの話も出ている。町内会費を徴収している以上、建て替えの賛否を住民全員の声として受けるアンケートを年明けにするとか。その前に耐震性をチェックするとか言ってたな。
ここに避難して来たはいいが、肝心の会館そのものが倒壊していたら笑うに笑えないよな。
雨の中参集した人が数人いたが、参加者を記入する紙を持った班長がばかりで、班長に引率されて来た参加者は皆無のようだった。
悪天候とはいえあまりに寂しい。
処理済~出席簿.jpg
これは一時避難場所に集まった人数を集計しているとこ。
「ハイ〇〇班、おひとりですね」
これが繰り返されてた。
私も紙に書いて渡した。男性1人って書いて出した。私のことですよ。ジャン妻他、ウチの班は全員逃げ遅れたという訳である。
防災委員長に「今日開催するっていつ決まったの?」
「前から決まってたんですが」
そうかなぁ。決まってたのは南部の防災訓練でしょう。私が言いたいのは、いつそれに便乗するのが決まったの?なんだけど。
物言い付けた委員長は納涼祭で既に顔馴染で秋祭りでも再会することになる。彼から誘われましたよ。「今から中学校にご一緒しませんか?」
「前から予定があり、この後遠出するのですよ」とお断りしました。
会津行の予定が無ければ参加してもよかったのに。ネタ拾いの為にね。母校がどんななってるのか見てもよかったし、どんなカレーライスだったのかも興味あるし。
秋祭りの時に防災委員長に聞いたの。参加者どれくらいいたの?って。人数少なくて悲惨だったそうである。「あの天気じゃぁね」とも言ってたな。防災委員長という立場だがそれがホンネだろうね。
この日、予定が入っていて参加できない班長たちはどうしたのだろうか。
「来年参加したら?」(ジャン妻)
「カレー喰いたさに?」

この後急いで戻り、着替えて荷造りして会津に向かいましたが、その2泊3日の会津旅から戻った午後か夕方には秋祭りの準備が待っていた。
夏の納涼祭初参加で作務衣を着用して焼き鳥を3600本/2日/5人焼いて、翌日の片付けまで参加したのを見込まれたのか、終了時の打ち上げで、こんな紙を渡されています。
処理済~お誘い.jpg
招集礼状?赤紙というそうである。
「〇〇〇町内会では会を盛り上げ、サポートしていく組織、青年部のようなグループ、○○○チームがあります。
納涼祭や秋祭り、体育祭、それらの準備、町内パトロールなど、いろいろなイベントがありますが、その内、ワンポイント、1日だけしか参加できなくても構いません。
面倒な定例会もやりません。忘年会とか新年会とか暑気払いとかはやります。
そんなチームで一緒に楽しみませんか?」
委員長の連絡先が書いてある。

納涼祭、体育祭、秋祭りといった大掛かりなイベントは役員たちや1年交替制の班長たちだけではなく、祭り当日にゾロゾロ現れた「お祭り好き!!」の実働部隊がいたのである。神輿、太鼓叩き、踊り、各種模擬店とか。
私が初参加した焼き鳥の先達たち4人はそのチームメンバーだった。
私はチームに参加する旨を委員長宛にメールで表明しています。ただ、10月は会社でデカいヤマが入るので「体育祭のお手伝いはできません」とも書き添えた。
その後、チーム招集連絡がなかなか来なかったのですが、9月末になって、10月1日に開催される体育会招集の手伝いお願いしますの招集メールが来ている。

「現地でのテント設営、解体・撤収、会館での積み込みの手伝いをお願いします。
積み込みは7:15、設営は7:30開始です。
積み込みと設営の振り分けはこちらで決めさせて頂きます。
解体・撤収のタイミングは当日朝打ち合わせになります。」
お手伝いいただける方は返信お願いします。」

スタート時間以外はアバウトな予定ですね。要は力仕事らしい。本文末には、
「10月の2週目以降に納涼祭の反省会と秋祭りの打ち合わせをしましょう。
都合の良い土日祝を教えてください。」
(土)(日)(祝)ねぇ。私は平日夜の方がいいんだけどね。「いついつ開催しますから・・・」のような強制的な文言ではなかったので、定例会の招集のように有無を言わせずではなく、チームには個々の都合や事情に気を遣ってるんだな~と感じたです。事前にメンバーの都合を聞いて、いちばん参加メンバーの多い日に集まるんだと。
私は9月後半から10月半ばまでは多忙で、草の者たちに指示する側だったのですが、後半になると何とか先が見えて来たので、「10月後半の(土)(日)夜なら可能ですよ」と返信しています。
この案内はメールで配信されてきたのですが、配信先を数えたら30人以上あった。ということは私も含めてそれだけの数のチーム要員がいる訳である。
処理済~会館.jpg
私は10月初旬に開催された体育祭は全く関与できなかったのですが、その体育祭はウチの町内だけでなく、他の地域の町内と連合して地元の小学校か中学校の校庭を借りて開催された。何処も高齢化と少子化が進み、参加者の数によっては下手したら自分らも選手に駆り出されるのではないかという懸念もあった。
やはりレクリエーションというよりも点数や順位を競う競技なのです。
「体育祭は参加しないから。選手にでも駆り出されたらタマラン」
「絶対に止めて。アキレス健でも切ったらどうするの」
いつの間にか済んで、定例会で「お天気も良く、無事怪我人もなく終了しました」とアナウンスがあったが私は殆ど聞いていなかった。
処理済~会場.jpg
メンバーは10月最後の(土)夕方に集合して、納涼祭の後に倉庫にしまった紙コップ、レジ袋、タッパ、割り箸、備品の棚卸をした後で、いつも定例会が開催されるスペースに長テーブルを幾つか四角く囲って置き、納涼祭の反省会が今頃始まった。主に各模擬店の収支報告と、来年度へ向けての改善案である。
招集メールの宛先を数えた数、30人なんか全然いなかった。半分の15人程度。やはり「来れる方は来てください」で個人の予定は尊重して、定例会や防災訓練のような半強制的な参加要請は全く無いのがわかった。
私の隣には、夏に一緒に焼き鳥を焼いた4人のひとりがいた。
収支報告では、焼きそば、焼き鳥(これがいちばん大きい金額だった)、フランクフルト、ホットドッグ、かき氷、ポップコーン、チューハイ缶飲料、生ビール、ヨーヨー、玩具、他、合計630000円、収支125000円、の黒字であった・・が・・・何故か生ビールだけがマイナス11000の赤字計上だったのです。
「何で生ビールがマイナスなのか役員の間で問題になってまして・・・」
ヘンだな。居酒屋では生ビールが儲かる筈だが。
ははぁん、私は思った。自家消費で飲んだに決まってる。
(私は配られた缶ビールは飲み放題でしたが、生ビールは模擬店で買いましたよ。)
「マイナスになるくらいなら、来年は生ビール止めたらどうかって厳しい意見も出てるんですよね」
私が発言するまでもなく「生ビールは夏の風物詩でしょう」「やらない手はないと思いますが」という意見が出ていたよ。チームメンバーは私以外はお祭り好きばかりで、他の町内のお祭りにもでかけたりしているらしいが、生ビールなんてのは何処のお祭りでも主催者側が飲んじゃってるそうである。
チームの意見としては何故赤字になったかわからないが、メンバー全員が「夏に生ビールは欠かせないでしょう来年も必ずやりましょう」という意見であった。
委員長も、「Totalで収支が黒字なのだから」で押し切るそうである。

他、フランクフルト、ホットドッグを増やそうとか、仕込の時間帯とか。会館内の厨房は婆さん連中の賄いチームで占拠され、焼きそば部隊は外でキャベツ切ったりしたそうである。そういうチーム同士の年齢的、キャリア的な力関係もあるらしい。
初参加の私は殆ど黙っていたが、焼き鳥についての反省点を聞かれた。
「焼いてる最中に途中で気が緩んだというか意識がトンじゃったんですよね。ハッと我に返ったら黒く燻したようになっちゃって」
問題は、最大で20分待った客がいたこと。
「焼き鳥屋と違って注文が入ってから焼くのではなく焼きっ放しでしたが、3尺(1尺は30cm)の焼き場が2本、2尺が1本だから2.4m、そこを5人で焼いて20分も待たせたとなると、焼き場と人を増やすしかないのかな。お客は焼き鳥屋の間隔で来るから、やはり焼き鳥で最長20分は待ち過ぎかな」
5人いたといってもそれは頭数です。終始5人全員が立ちっ放しで焼いてた訳ではない。
焼き場と人数を増やす?来年は今年の5人を増員して6人にするとか。
こりゃ「来年も自分は焼き鳥を焼きます」と言ったようなものだな。

私は上大岡の店を思い浮かべた。店は注文が入ってから焼きます。冷凍肉ではなく生肉です。冷凍肉は出さないので焼いたことがないそうです。
あの店の焼き場は2尺が横2列、前後に2列だから2.4m、横に並べたらウチラとほぼ同じ長さの筈だが。生肉と冷凍肉の違いだろうか。
私は納涼祭以降、焼き鳥を焼く視点が変わり、食べるだけでなく焼き方も見るようになった。
祭の写真を店に見せた後で、ジュニアから、
「いちどこっち側に立って焼いてみませんか?」、
マスターからも、「今と同じ給料は出せないけど」
半分冗談だと思いますけど。退職したら考えるかも知れない。

来場者の中には私の作務衣姿を見て、「今年はプロを呼んだのかって言われましたよ」
内心でニンマリした。初めて焼いたのに。

次に秋祭りの打ち合わせに移ったが納涼祭ほど大掛かりではない。開催時間も朝の9時~午後1時までだし。私を含めた町内会の班長は主に販売担当です。
何を売るのか。配られた分担表を見たら、
地元野菜の即売、郊外なのでまだまだ畑があるのです。
苗木の販売
豚汁の前日下ごしらえ、豚汁調理、豚汁販売
模擬店は主にウチらのチームがやる。お祭りには欠かせない焼きそば、調理と販売。
ポップコーン、ブレンドコーヒー、スイートポテト(って何?)
模擬店は、餅つき、豚汁、焼きそば。。。
そして。。。サンマ???
そこに私の名前があったのである。
私がサンマを焼くんですか?
私ひとりではない。もうひとり、隣にいる夏に焼き鳥を焼いた旦那と。

そして竹トンボ、輪投げゲーム、太鼓パフォーマンス、最後にゴミステーションとある。夏もそうだったがゴミ捨て場とは表現しない。分別です。
分担表には町内会の班の番号が既に記入されていた。私の班番号はサンマに記載されていたのです。
ホントに焼くのか。私は餅を付いたこともないし、秋刀魚も焼いたことない。食べたことしかないぞ。

分担については納涼祭同様に得手不得手で決めたのではなく、委員長が言うには、
「納涼祭の時は各班の番号を上から順に振ったんです。今度もそれでやるとまた同じ班の班長さんが下の方に書いてあるゴミステーション担当になっちゃうので。昨年言われたんですよ。何でアタシばっかりゴミ担当なのって。だから今回は各班の番号を下から振ったんです。だから〇〇さん(私のこと)の場合、夏に作務衣着て焼き鳥を焼いたから今回はサンマにした訳じゃないですよ」
ああ、そうなの。私が焼き鳥に振られたのはたまたまだったのね。
「サンマは何で焼くんです?網?」
「炭火で網です。隣の〇〇さんとお願いします」
隣の〇〇さんは夏に一緒に焼き鳥を焼いた4人のうちのひとりで昨年経験済みだと。
私はサンマなんて焼いたことないよ。家だってイワシは出るけどサンマは出ない。ジャン妻がオーブンですら焼こうとしないんです。細長いから焼き難いって。
サンマの価格が厳しいという。ご存じのように近年のサンマ漁獲量は激減している。前日にならないと仕入れ値がわからないし、当日の売値も決まらない。
数は100匹だって。「昨年より増やしました」昨年は80匹だったそうです。

サンマねぇ。私はサンマよりイワシの方が好みだけどね。
サンマ最後に食べたのはこの店で。
サンマを最後に食べた店.jpg
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サンマ2.jpg
サンマ6.jpg
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-11-18-1
この時は刺身、焼き、ナメロウと3匹喰らったんだっけ。骨は揚げてもらったし。
店を出る頃には「サンマ、ヤマです」になってたからね。
こないだ行った時「今年はサンマが高いので出せなかったんですよ」と言ってた。

「別にサンマに拘らなくてもいいのでは?」という意見も出ましたね。トウモロコシとか。
サンマは既に日本の秋の風物詩ともいえなくなっている。数千匹を無料で振る舞う宮城県気仙沼の祭りも今年は確保の見通しが立たず中止になったからね。
サンマは100%天然です。何処かで養殖されてるって話は聞いたことない。
サンマの漁獲数が激減したのは温暖化でサンマの回遊ルートが変化したからですよ。北海道近の海水まで暖かくなってしまい、漁場が東方の沖合へ遠ざかってしまった。日本のサンマ漁は小型船なので遠方まで行けない。漁場が遠ざかれば遠ざかるほど厳しくなる。
排他的経済水域、これをEEZというそうですが、そこは公海なので、近年では冷凍設備や加工工場も備えたデカい外国漁船が堂々とサンマ漁をしている。
それらは輸送船に積み替えられ、漁船そのものは港に戻る必要がないので、サンマにくっついていって回遊コースの変化にも対応できる。
外国船の漁を指を咥えて見ているくらいなら、日本も大型船を繰り出して獲って来たらいいのにと私は思うのだが。
今更ながら日本政府はサンマの資源管理を大義名分に諸外国に働きかけたが同意が得られる訳がない。外国漁船にサンマが奪われると危機感をあおるような報道もあったが、サンマは国際資源であって、日本に漁獲の優先権があるわけではないです。
結局サンマを焼くことに満場一致で決まった。焼き鳥の次はサンマか。また作務衣でやろうと決めているが、焼き鳥と違ってニオイが付くだろうな。前掛けか何かを用意した方がいいのかなと思った。

焼きそばを担当する若い男性から仕込の場所の問題が出た。夏は仕込みからして当日テントの中でキャベツを切ったりしていたのである。開園時間が迫る中で慌ただしいこと。
会館には厨房もありますが、その厨房には婆さん連中で組んだ賄チームが仕切っているのです。その人たちは主に高齢者のお宅の訪問配食、ケアセンターへの配達、地域イベントに提供する等の活動をしています。婆さんチームのリーダーはhttp://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-08-26の記事で紙花を作った時に、先に帰ろうとした女性に向かって「アナタ終わったのなら帰らないでまだできてないところを手伝ってあげてよ」と大きい声を張り上げたあの婆さんです。そんな婆さん連中が割烹着を来て厨房を占拠して包丁なんぞを持ってると鼻息が荒いじゃないですか。私なんかがウロついてたら「ホラ、じゃまだから出てって」と言われかねない。
婆さんたちは前日から米を研ぎ豚汁の下準備をするのだが、その方たちとの調整にならず「焼きそばのキャベツぐらい外で切れるでしょ」のような剣幕だったらしいよ。
こっち側のメンバーのが年齢若いので折れた感はある。キャベツ切るくらいは前日にやってもいいとは思いますが、そういう微妙な力関係があるのがわかった。

餅つきのつき手とこねるのは男性ですが、餅を形作って仕上げて、これはきな粉、アンコ、辛い何か、そういうのを餅に塗るのもその婆さんチームなのです。
餅米を蒸すのは当日に行う。当日に見てたらその蒸し場にも厨房の婆さんがしゃしゃり出てきてあれこれ口を出してたね。
最近は餅米を蒸す、つく、形作る、切る必要なんてないじゃないですか。切った餅がパックで売ってるんだから。昔ながらの婆さんが強い訳ですよ。
「餅つきは男性にお願いしようと思いますが、この班の番号だけだと男性か女性かわからないんですよね。次回の定例会で確認しますが、もし女性だったら男性に替わって貰うかも知れない」
私はイヤだな。右肩が上がらないし。寒くなってくると痛むし。
やったことないけどサンマを焼いてみようと決めた。

乾きもの、料理ひと品でささやかな打ち上げになった。
私の歓迎会?というわけでもないらしい。紹介されたけど。「初参加で焼き鳥焼いて後片付けまで来てくれたのでチームに誘いました」って。
他の人を例に出して悪いですが、http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-08-26で、私の斜め前にいた何処かの班長さん(婆さん)が手伝いを渋ってグズグズ言うとったのを自分が受けたので、「あ、声をかけよう」となったそうである。
私以外に新規で1名参加者がいたが、それは前から声をかけてたんだって。あの納涼祭を見て声をかけたのは私だけだそうである。
ささやか1.jpg
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ウチの町内は昔からいる南部と新興住宅の北部に分れていて、委員長が言うには「〇〇さん(私のこと)とこは北の外れなので、昨年までは神輿も通らなかった気の毒な場所だったんですよ」
メンバーはこの地に長くいた人が多い。先代の頃の話とか、山を切り開く前や道路が拡張する前とか、どこそこの学校の卒業ですとか。
新参者の私は他から越して来たと思われていた。実は地元の隣町出身で、幼稚園、小学校、中学校、高校も地元なのです。今住んでる場所が新興住宅地なだけです。
「あまりこういう集まりに積極的な家はないですね」
そう言う自分も昨年までそうだったけどね。
私の隣にいた焼き鳥旦那(今度は一緒にサンマを)が言うには、
「自分はこっちに越してきて知り合いがいないんで、こういうのにカミさんともども参加したってもあるんですよね」
カミさんともども?
ジャン妻にチーム参加を持ちかけたら「会計だったらいいけど。やってる人いるんでしょ」とのことであった。
他には近所のアンちゃんのバイクを噴かす音がうるさいとか。他の町内会との比較とか。
過去には町内会同士の吸収合併のようなものもあったらしいね。

委員長がふと私に振るには、
「〇〇さん(私のこと)今日はお仕事で?」
「いや。家からですが」
「ああそうですか。おひとりだけスーツだから。そういえば普段の定例会の時もスーツですよね」
ああ、そういうことか。定例会ではスーツというか、ノーネクタイでジャケット姿です。
「自分、カジュアル持ってないんですよ」
「ええっ!!」
私は下駄箱を指して、
「運動靴も持ってないんです。あそこにある革靴しかないので」
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「焼き鳥の時に着てた作務衣は?」
「あれは普段着です。4着あるうちのボロ」
「もしかしてお家でもスーツでいるとか?」
これには私も笑ったが「家ではあの作務衣ですよ。普段着。スポーツ嫌いだからジャージも持ってないし、ジーンズなんかもう30年着用していませんな」
「では今回も・・・」
「そうですねぇ。いよいよとなったらカジュアル買いに行かなきゃならないかなぁ」
別の女性が「ユニクロ近くにあるじゃないですか」
「ユニクロにっても自分が着たいと思う服が無いんですよ。あ、自分、アウトドア苦手なんです。BBQとかも苦手だし」
アウトドア全般が苦手で、殆ど嫌いに近いといっていい。お祭りみたいに人がたくさんいるところも苦手です。大群衆に囲まれたら逆上するかも。
「そういうの得意そうに見えますけど」
「全然苦手。ビヤガーデンよりビヤホール、BBQより焼肉屋に行きますね。炭火だって起こしたことないし。あの時に(納涼祭)この方(右隣を指す)に教わって初めて焼いたんですから」
「焼くお姿だけ似合ってる?」
「そうかもしれないです。外見だけです」
私の発言に「何だろうこの人は?」のような視線も感じた。変わった旦那だと思われたかも。委員長も内心では誘う人選を間違えたと思ってりゃしないだろうね。
振られたからにはマジメにやりますよ。今回も。

だが、この店で言われたんです。
サンマを最後に食べた店.jpg
ジュニアにこう言われた。
「自分たちもサンマはあまり出さないですが。止めといた方が。。。」
ジュニアが言いたいことはわかるよ。素人がサンマ焼くのはキケンだというのであろ。それも外での炭火だからね。
だがそう言われても自分には停める権限などない。この場では言わないでおいた。
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敬老御祝と赤い羽 [町内会人間ドラマ]

こんにちは。ジャン(船山史家)です。
いつもご覧くださりありがとうございます。
私は例年12月はテンションマックスです。忙しいのとイベント(飲み、出張他)が多いから。
自分なりに「今年1年頑張った」「やり遂げた」を自己満足的に実感できる月でもあります。実際はたいしたことやってないですけどね。
本当の意味でのBlogはイコール日記ですから、その日に起きたことを書きとめるのでしょうけど。私の場合は幾つかのカテゴリー記事をかなりストックしています。イベントが多い月なので12月はBlogネタが貯まるのです。
ストックした記事の中にあるラーメン屋さんやランチネタなんてのは来年以降にUpしても構わないのですが、こういう記事は年内にUpしないと旬が過ぎてしまうものがあるのです。例えば3日前にUpした克&梅ふくの記事は当初は別々だったのですが、もう大晦日まで残り日数が無くなって来たので急遽2つ記事を合体させてひとつ記事にしたのですよ。
既に12月の年末ですが、もうとっくに終わってるし、ツマんないかも知れないけど年内にUpしないとお蔵入りになってしまうので。
「この時期はタイヘンなんだよ」
「・・・」(ジャン妻)
「Upする順番に気を遣うんだ」
「・・・」

さて、本題です。
ジャン家の最寄駅に着いたら、町内会の役員クラスで会計担当の女性と出逢った。傍らに息子さん?を連れている。
「ああ、どうもです」と声をかけたが、会計さんは私を知らないかのように首を傾げてる。
「町内会の会計さん?」
「ええ、そうですけど」
まだ怪訝そうである。私は班の番号と名前を名乗った。「〇〇班の〇〇ですよ」
「あ!」
目を見開かれた。
「焼き鳥を焼かれてましたよね」
あの夏祭りの焼き鳥は印象に残ったようです。私の風貌と作務衣姿のせいで「今年は焼き鳥屋さんを呼んだんですか」とまで言われたからね。
この会計さんは、町内会費、赤十字募金、祭りの際の釣り銭配布、売り上げ金の回収、そしてもうすぐやらなきゃならない赤い羽根の募金(もう済みました)の集計役なので、総会での発言も少なくない。
私は町内会の役員たちは日々会館に集って町内会活動ばかりしている連中と思い込んでいてそれを何処か覚めた目で見ていたが、今、会計さんは息子さんを連れて歩き、手には買い物袋を持っていて、私の呼びかけに反応が遅くいつもの切れが無かったのは、それはそれ(町内会)、今はこれ(主婦、お母さん)とカオを使い分けているからで、その時は主婦、お母さんバージョンだったらしい。
そこへ私が無粋に声をかけたから町内会モードに切り替わるのに若干ロスタイムがあったようである。連中だって年柄年中365日ずっと町内会の人間ではないのである。
無遠慮な声掛けをしたかなと後で思ったが、挨拶したこと自体は別に悪いことではない。別の日、今度は出勤途中の朝に最寄駅の近くで出逢った。自転車に乗っていた。
「ああ、どうもです」
「こんにちは、へぇ、普段はそういうかっこなんですね」
そういうカッコ?
黒スーツに柄ネクタイだから普通のカッコ、いでたちだよ。手には黒いカバン。
「これでも都内まで通勤してるんですよ」
「毎日ご苦労様ですねぇ」
会計さんは自転車に乗っていたから、お勤めは地元近所らしいと見た。

走り去る会計さんを見送りながら、
そういえば。。。
まだチーム招集の呼び出しが来ないな。

夏の納涼祭でカジュアル私服を持ってない私は初日は紺色、2日めは黒色の作務衣姿で焼き鳥を2日連続、頭数5名で3600本焼いて、祭り明けの月曜は会社を休んで後片付けも手伝った。そしたら2日の祭り開始前に実行委員長から地元チーム(有志)参加勧誘のチラシ、連中が言うところの「赤紙」を受け取った。
私はその赤紙に記載されていたアドレスにメールで参加OKの旨を返信しているが、これでも都内に通勤する会社員で出張が多いこと、参加できる時は参加すること、10月は社でデカいヤマがある為多忙で体育祭に参加できないこと、秋祭りには参加すること、多忙な理由も明記した。
私は今年1年は地元の班長でもあるので、班長の条件として納涼祭は全員参加、体育祭か秋祭りどちらか参加、私は秋祭りに挙手している。体育祭を避けたのは、私は運動神経が悪く、下手に選手にさせられてアキレス健でも切ったら日々の業務に支障をきたすから遠慮して秋祭りにしたの。

チーム参加OKをメールしたが、その後の招集連絡が来ない。
その間、9月と10月に定例会があって、私は欠席することなく皆勤している。
私は30人いる班長の中では最前列の席に居座っているので、目の前に赤紙くれた委員長がいるのでコソコソっと聞いてみた。
「そういえば、その後どうなりました?」
「後でメールしますから」
ということは、私が参加する旨は承知しておるということか。
でもそれきり連絡が来ない。
9月の夜に.jpg
町内会に参加するようになって半年経ったが、定例会開催の基本は月の第1土曜の19時半~と決まっていて、
「始まるの遅くない?」
定例会当日になるとジャン妻は必ず機嫌が悪くなる。定例会のせいで予定が入れられないからである。特に11月は世間で言うところの3連休なのに、お定まりのように19時30~開かれたのでオカンムリだった。
よく言われるのが「紀尾井に行けないじゃない」
静岡のオンボロ酒場・紀尾井は私らの中では重要な位置づけなのだが、これまで(土)に行ってBHに泊まって、翌日サッサと帰京するプチ旅ができなくなったのである。
「たまには欠席してもいいんじゃないの?」
勤勉な私に何を言うか。唆すんじゃない。
でも19時半から開始は確かに遅いね。誰か役員の中に19時まで商売している人でもいるのだろうか。
19時半に始まってきっかり1時間、20時半に終わればいい方で、議題数によっては21時になる。それから帰って晩飯だと「もう遅いから」という理由で品数が寂しくなる。
これがその一例。
少なっ.jpg
これだけです!!
1人前じゃないです。ジャン妻と2人前です。
これに酒が付きますけど。

(またそうやってアタシを悪者にする。。。)

参加を受諾したのにチーム招集の連絡が来ない。
おそらく平日ではないと見た。平日は勤めがあるからく(土)(日)(祝)であろうな。
私は別に平日でも構わないのだが。連絡が来ないので予定を入れるに入れられなくなった。その間に小さい祭りごとがあった。敬老の日に対象者(70歳以上)にお祝い品を配布するというもの。

敬老の日、これを未だに9月15日と思い込んで、その日が近づいてきたら、あるいは巷で敬老の日キャンペーンのような商戦が目に入るようになってから「おや?今年は違う日だね。15日じゃなんだ」と気付く人が少なくないようだが、確かに以前は9月15日だった。それがハッピーマンデー制度の導入で、月曜に祝日を設定して(日)(月)連休にしましょうということになり、9月の第3月曜日と設定された。今年(平成29年)は18日でしたね。
納涼祭直後の9月の定例会で各班の対象者リストを渡された。70歳以上の高齢者がウチの班には12名いた。世帯数20で12名だから少なくないと思う。

これは過去記事にも書きましたが、総務の女性役員さんが言うには、
「この方たちがお元気でいらっしゃるかどうかを確認していただきたいのです」
この方たち?12名の老人たちが元気でご存命か確認しろと?
微妙な依頼である。私はどう言って確認すればいいのかわからず、散会してからその総務の役員さんをフン掴まえて聞いています。「何て聞けばいいんですかね?」って。
「家に押し掛けて、お宅のお爺ちゃんお婆ちゃんまだ生きてますか?ってズバリ聞いちゃってもねぇ」
「う~ん」
「ご存命中ですよねって言っちゃって、玄関口から当人に聞こえちゃったら・・・」
「う~ん」
「家にいればいいんですか?寝たきりでも?施設に入ってたら?」
「う~ん」

ちょっと話が逸れます。
私はこれでも医療在宅に関わっていた時期があるのです。
内服薬のお届けは有資格者がやっていたが、後から追加で衛生材料のようなもの、例えばガーゼとかは届けていたのです。
今でも言われるネタが2つあって、ひとつは足立区のお家にフレーバー(服薬しやすいように味が付いている)を自転車で届けに行ったら、家人に新聞勧誘員と間違えられて追い返されたことがある。
都内の広尾の集合住宅にお住まいだった独居の老人宅、ヘルパーさんが来る時間帯を狙ってガーゼを届けに行ったらその晩にその老人が死んじゃって、翌日「何をやらかしたんですか?」「上がり込んで何かやったんですか?」「その風貌でショック死させたとか」笑えないが半分マジで責められたことがある。
話を戻します。高齢者のいるお宅を訪問する、様子をうかがう(ここでいう調査)には相応に気を遣うものなのです。だって身内でも親戚でもないのだから。
私の考え過ぎかも知れないが、介護に疲れた身内の方が出て来られたらどうしようとも考えた。

話を戻そう。結局、敬老対象者の調査のやり方について明確な答えは得られなかった。めんどくさくなった私は調査をしないで配られた12人のリストを「これでOKです」と言い切った。お祝い品が足りなくなるよりいいし、各家々を訪って失礼な質問するよりはお祝い品をあげちゃった方がいいと短絡的に考えたのである。

その後で言い渡されたのが、
「お祝い品をお渡ししますので、次の土曜日、朝9時~11時の間にここ(会館)へいらして下さい」
会場から、えぇ~っていう声が上がった。今日いきなり「次の土曜の9時にまた来い」ったって、その日に用事がある人はどうすんだ?
この辺りが計画性年がない出たとこ勝負というか。(土)は朝から家にいて当たり前とでも思っているのかね。
俗世を引退したご高齢の役員さんたちと違って、会場にいる若い班長たち、特に男性は現役なんだよ。
「次の土曜日、ご都合が悪い方はいらっしゃいますか?」とは言ってましたがね。数人が手を挙げてた。
何で次の土曜日なのかというと、おそらく当日の朝か前日にそのブツがまとめて届くのではないか。まさかナマモノじゃないでしょうねぇ。
この事前告知が無いまま目的の日をいきなり当月の何処かにいきなり設定するやり方は、11月の防災避難訓練でも同様だった。

その「取りに来てください」の土曜日、どうせ朝からお祝い品を取りに家を出なきゃならないなら、そのままジャン妻を連れて本牧の大将でも行くかとくるまを出したんですよ。
くるまで正解でした。行ったら見知ってる役員さんが2人いた。フロアを見たら御祝品の入った段ボール箱が山積みされていたのです。
歩きで持って帰れる大きさギリギリ。せめて自転車でないと。世帯数や対象者が多いところは1回で持って帰れないのではないか。雨降ったらどうすんのさ。
「ハイ御苦労さまです。何班でしたっけ?」
「〇〇班の〇〇です」
ひと箱渡された。
はこ.jpg
軽かった。中身は何だろう?
「中に人数分入ってますのでなるべく早くお配りください」
人数分とは70歳以上の対象者分ですよ。
「ちなみに中身は何です?紅白の饅頭にしちゃぁ軽いようだが・・・」
「海苔です」
「のり!!」
だから軽いんだ。
「紅白の饅頭じゃないんだ」
「過去に饅頭を配った時もあったのですが。O157とか、衛生上よくないんで」
「O157ねぇ」
「というか、賞味期限の問題ですよ」
「年寄りが饅頭を喉に詰まらせても困るし・・・」のようにも言っとったな。
私はその箱を抱えてくるまに持ち帰った。
「何それ?」(ジャン妻)
「見てのとおりだよ」
トランクに放り込んだ。
本牧の大将へ向かう車中でブツクサこぼしたら、
「あの大きさだと、世帯数の多い班とか、女性の班長さんなんかは1回じゃ運べないんじゃない?」
「そういう説明は無かったな。くるまで良かったよ。事前に言ってくれりゃいいものを。そういう辺り細かい配慮が無いというか・・・」
大きさはこれくらい、重さはこれくらい、世帯数によっては手で持ち替えるのは無理かもですよの事前説明無しだから、来て「えっ??」ビックリした人もいたと思う。
くるまで来てよかった。そのまま本牧までくるまを走らせ大将の朝ラーへ。
大将ではいつもの海苔マシだから笑えるよね。これから海苔配るのにさ。

大将か帰って来てお祝いダンボールを開封したら、出て来たのはこんな小さくて軽い箱物だった。
海苔らしい.jpg
そりゃ海苔だからね。
海苔なんかでも喜ばれるものだろうか。私は別に海苔なんか貰ってもウレしかないけど。
あまりセンスがあるとはいえないね。海苔とかお茶とかって通夜葬式で持たされたりしませんか。弔事が続くと普段は食べもしないのにやたらと海苔やお茶っ葉の缶がたまるんだよね。
そういうのを敬老に配るだろうか。喜ばれるとは思えないな。

この小箱の海苔を預かった今日(土)と明日(日)にできるだけ配ってしまうことにした。誰かしら不在でも敬老の日を過ぎたら体裁が悪いのでせめて当日までには。
その日の夕方から各家々に配った。小さいとはいえ箱物なので、月々の配布物のようにポストに入れる訳にはいかないし入りゃしないよ。
1軒1軒訪うのです。名簿を見ながら12世帯を順に廻った。ピンポン鳴らして家人が出て来られたら対象者の名前を挙げて、
「こちらにお住まいの〇〇さんに町内会から敬老の日の御祝をお持ちしました」
それを愛想よく繰り返した。
対象者当人が出て来られたらカオの筋肉だけで目いっぱい愛想笑いを作り、
「おめでとうございます。これからもお元気でいてくださいね」・・・
自分でもよく言えるなぁと思ったよ。身内でも親戚でも友達でも何でもないのにね。
「心にも無い台詞言えるじゃないか俺って」誰も誉めてもくれないし自分でヘンに感心したりもした。敬老精神なんて殆どない私は、自社の顧問や相談役、監査役のジジイどもに「老害めら。いつまで社にのさばってんだ」いつもそう思ってるし公言してはばからないのにさ。

各家々を回ってみて、
「もう他界しました」は無かった。
「施設に入って・・・」も無かった。同居してた。
「入院しています」も無かったね。
自分らが越して来た時は元気だったのに、久々にお会いしてみて「足腰が弱くなられたなぁ」「随分とお痩せになったなぁ。ご病気ではないか」と思ったりした。昨年まで町内の誰々に無関心だったから改めて驚いたのである。「この家にお年寄りがいたんだ」と認識させられる。最初から「いたんだ」ではなく、歳月の経過とともに老境に差し掛かったのだ。

配布対象者の中に「この家はご高齢者のひとり暮らしなんだ」そう気付かされたお宅が1軒あった。
それまで知らなかった。おひとりでご高齢だから班長を固辞されたという話を聞いたことがあるがこの家かな?
そういう方こそ俗世に関わった方がいいと思うのだが。
時々回覧板が玄関前に置きっ放しになっている家なのですよ。
処理済~置きっ放し.jpg
海苔を嬉しそうに受け取ってくれたが、このお宅は不在のケースが多いのです。
この後の記事でまた取り上げますが。それまで気にも留めなかった私である。

しばらくお会いしていないうちに随分と高齢者が増えたと思った。これからも年々増えていくんだろうな。
自分もいつかはそうなるのだろうか。今はこうして配っているが、いつの日か受け取る側になるのだろうか。
考えないことにした。
配布してると1箱1箱減っていく。順調順調と思いきや。。。
配ってる後半にオカシなことに気が付いた。
12世帯の対象者のうち、2人の名前が見当たらないのである。
表札と回覧板の名前を照らし合わせてもどうしても見当たらない。名前そのものがなくて全く違った名前が2名だけ残ってしまった。
その2名は表札と違うだけで誰かと同居しているのだろうか。例えば、嫁いで姓名が変わった娘さんの家に転がり込んでるとか。
写真名簿の右に私の殴り書きで?マークが付いているのがそれです。
名簿.jpg
オカシイな。
ひとりで考えても時間の無駄なので、昨年班長を努め上げて春に私に引き継いだ方も敬老対象者だったので訪いを問うてお祝いをお渡しながら「この方とこの方、何処の家にお住まいかご存じでしょうか?」と聞くハメになってしまった。今更である。
返って来た答えは、
「この人はもういないよ。どこかに引っ越された後でそこのAさん(仮名)が引っ越して来たんだからさ。もうひとりは・・・俺も知らないなぁ。去年もいなかったなぁ」
シマッタ。。。
総務に言われた調べを怠り「全員いますよ」といい加減な返事をしたもんだから、名簿の中にあっても今は不在の方、2人分、海苔が2つ余ってしまったのである。
でも「去年もいなかったなぁ」だって?
アナタ昨年のうちに会の総務へ報告しなかったのかな。

「どーするのこの海苔は」
「・・・」
どうしようもない。ウチだって海苔なんか普段食べない。海苔だけ食べてもしょーがないからね。
「お義母さんとこに持ってく?」
「あの家には海苔なんか腐るほどあるよ」
返すに返せずそのままになっている。いずれ賞味期限が切れるに違いない。
上大岡の焼き鳥屋でも持ってって、焼きお握りの海苔にでも使ってもらおうかと考えた。

以上が9月。
10月の定例会で、また難儀な役目が振り当てられた。赤い羽根の共同募金である。
4月5月の町内会費納入プラス赤十字募金から半年後、今度は赤い羽募金の時期がやってきた。
20年前に班長経験あるジャン妻に聞いたら、
「確かやったよアタシも」
「どうだった?」
「淡々と・・・」
「じゃぁ駅や街角で募金活動したことなんてある?」
「あるわけないじゃん。何に使われるかどうかわからないそんなのにお金払いたくない」
「私だって数回あるのに」
「アナタの場合は単にうるさかったから黙らせる為にやったんでしょう」
赤い羽根2.jpg
赤い羽とは何か?
そう聞かれたら、お金を寄付して先っちょに針が付いた赤い羽のイメージを思い浮かべるだろう。
私も子供の頃に指先にチクッと刺さって痛かったのを記憶している。子供の頃から手先が不器用だったので、学帽に刺そうとして失敗した記憶ですよ。子供の頃に、刺さる、痛む、そういう記憶は忘れないものなのだ。

真面目に書くと、毎年10月1日~12月31日の間、各市町村の共同募金支部を経由して、町内会(自治会)や学校や企業で募金を募る活動ですよ。募金をすると、協力者の証として赤い羽をくれるあれです。
これは都道府県毎に行われ、社会福祉法人である共同募金会が組織されている。共同募金会の事務局は、社会福祉協議会の事務局が兼務しているケースが多いそうである。
募金をとりまとめる総本部が社会福祉法人中央共同募金会、これは霞ヶ関にある。
集めた募金は何に使われるのか。
多くが社会福祉協議会に配分され、高齢者や障害者を対象に福祉関係に使われるか、災害支援準備金や、子育て支援活動に使われている・・・らしい・・・。例えば車椅子の育成費とか。

この運動がスタートしたのは昭和22年(1947年)からだそうです。その頃から寄付した証として鶏の赤い羽、現物ではなく赤く着色した羽を貰えるから赤い羽共同募金と呼ばれている。
発祥はアメリカで、日本に導入された最初は戦後のGHQの指示だった。
何で赤なのかはわからない。白い羽やクジャクの羽ではダメなのか。

赤い羽募金の説明は会計さんからあった。私が退勤して家の最寄駅の近くの路上と出勤時と2回バッタリ出会った女性である。
路上で出逢った時は町内会役員の気が抜けてその辺にいる普通のオバさんだった。役員風を吹かせているのは町内会館にいる時だけで、そこを一歩抜けたら家庭人に戻るので役員の気が失せる。だからダークスーツ姿の私が声をかけてもすぐに誰だかわからなかったそうである。
その会計さんは、「次回の定例会までに各家々を廻って募金を募ってください。金額を聞かれたらひとくち350円ぐらいとお話してください。任意です強制ではありません・・・」・・・のような説明だったと思う。春先に行った会費&赤十字募金と同じうようなアナウンスであった。
350円という半端な金額で私は若干苦労することになる。
領収書、募金封筒、そして赤い羽を渡された。羽は昔のように針ではなくシールになっていた。
「昔と違って痛くならないようになっています」

これは募金封筒です。これにお金を入れるの。
表.jpg裏.jpg

この募金封筒を町内会の集金袋に入れて納金するのです。
納入袋.jpg
これが領収書。神奈川県共同募金会となっていますね。やはり都道府県毎なのです。
領収書.jpg
年末たすけ合い寄付金と書いてありますね。年末(歳末)助け合い、海外助け合い、これらも各地域主体で行われている募金活動の一環かと思います。
で、言葉尻を捉えて揚げ足取る訳じゃないですが、気になったのが、「各家々の方もわかってらっしゃると思いますので・・・」
これは各家々を廻って徴収するというイヤな感情を和らげる為に言ったんだろうね。「戸建の家をお持ちな家庭が多い地域ですから、そこにお住まいの方も1度は皆さんと同じく班長をされてますし、こういう募金活動に携わっているから徴収しやすいと思いますよ~」と言ってるようなものです。

前回赤十字募金の時はあまり書かなかったですが。今回は私見を述べさせていただきますよ。
私は今年自ら各家々を廻ってみて、赤十字も赤い羽根も、どちらも強制募金としか言いようがないと思うようになって来た。
私も医療業界にいるので福祉活動は否定しないが、趣旨はともかくその徴収のやり方についてです。駅のコンコースなんかでその一団が、「ご協力お願いしまぁす」と大きい声を張り上げてたりする。駅で幼気な子供らに嬌声張り上げさせるのもどうかと思うが、そこには募金するしないはこちらの意志で決められる。だが地域の自治会に戸別募金と称して強制集金のようにさせるのは如何なものだろうかと。

「共同募金は寄附者の自発的な協力を基礎とするものでなければならない」
これは社会福祉法116条です。第1章第1条から第12章134条まである。検索するとかなり下の方、後半に出てきますよ。
「自発的な協力」と謳っています。でもただ待っていても金は集まらないので、集める側の手段として町内会・自治会が利用されているのです。
もちろんウチの町内会でも、「募金は強制ではなく任意です」と謳っているが、近所の町内会・自治会の人が玄関まで集金に来たらなかなか断れないですよね。

赤十字の時も述べましたが、私は募金団体を否定しているのではないです。赤十字だったら赤十字の人がやればいい。赤い羽根だって赤い羽根を主催する団体がやればいい。
何で私ら町内会班長がそんなのをやらなきゃならないのか。
社会福祉法人中央共同募金会総本部が各都道府県に役目を振り分け、都道府県のお役人が人が多くて手っ取り早く金が集まる学校、企業、そして町内会自治会に委ねる、代行させる、私ら町内会や班長がそれをやらされている構図なのです。
だから会の役員さんも内心の本音の部分で、「???」が点っているかも知れない。でも集めなきゃ活動にならないし、集める側は効率化しようとするじゃないですか。だから定例会の場で、「各家々を廻ってご協力をお願いしてください」と言っているのです。それをやらせているのをたどっていけば、社会福祉法人中央共同募金会総本部にたどり着くのです。

班長や当番制による戸別の募金を止めて、寄付したい人が自ら持参する方法なら任意性があって良いと思うがそれだと総額がこれまでよりは減るでしょう。だからひとくち350円なんて相場、目安があるのではないか。
この350円という数字ですが昨年も同額だったらしい。では何を根拠にそうなったのかというと、募金組合がだいたいそれぐらいと言っていたというのです。
350円に各班の家々や世帯数を掛け算して、いいとこ7割ぐらいは集まるでしょう、のような予想金額は弾いている筈です。でなけりゃ350円なんて言うわけない。こうなると目標額の提示になる。目標額というか、予想される額ですね。募金は任意の主旨から外れかねないというか既に外れていますよね。
「金額を決めないとわからないんだろうけど、そうやって金額を決めた時点でアウトなんじゃないの?」(ジャン妻)
私もそう思う。「幾らでも構いません」にすべきではないか。協力を呼びかけて賛同を得られる範囲(任意)で自由に協力していただくべき募金を、断りにくい町内会の集金にすり替えて無理やり強制するやり方は如何なものかと。
自発的な参加であるべき募金活動精神に反するのではないだろうか。

(班長や当番が戸別募金に回るのが困難だという理由で、何処かの地域で事前に町内会費に共同募金等への寄付金の分を上乗せして徴収したケースがあるそうですが、これは違法の判決が出たそうです。)

集める側の会計さんが、「各家々の方もわかってらっしゃると思いますので・・・」・・・そう言うのは会計さんも、募金活動は本来は自発的、任意的な寄付である筈ですが、町内会自治会を使った強制徴収のように歪められているのがわかっているのです。こうした地域関係にちゃっかり乗っかって金を集めているのだから。
会計さんだって役員を下りていち市民、家庭人に戻ったら「???」なんだと思う。

でもやらなきゃならない。町内会費&赤十字の時は「各家々を廻ります」の挨拶文を回覧板に入れちゃったので、回覧板が全戸に回る前に「徴収に来たわね」と言われたこともあったので、今回は各家々に個別に投函したのです。
投函したらしたで、「回覧板が来る前に徴収に来たわね」の婆さんがウチに来て、私の挨拶文について、「これってウチのポストに投函されてたけど回覧板じゃなくていいの?」と物言いをつけてきたのには笑えたよ。
「だって前回、回覧版に入れたら全部の家を廻る前に私が集金に来たってアナタが仰ったじゃないですか。回覧板だと全戸数廻るのに時間がかかるので、今回は1軒1軒投函したんですよ」
「アラそうでしたか。オホホホ」
ジャン妻は、そんなことをわざわざ言いに来たのかややムッとしていたが、私は班長就任以来、至って地域では穏やかな表情をするようにしている。

せっかく来たんだから言い返しましたよ。「いつ頃行きますから」って。
「今日じゃなくていいの?」
「まだ50円玉の釣り銭が用意できてないんです」
「50円?去年もそうだったかしら。中途半端な金額ねぇ」
中途半端?だったら400円でもいいですよと言いかけたが止めた。でもメンドかったのがひとくち350円という半端な金額です。50円玉を用意しないといけない。
町内会費&赤十字の時は、年間会費400/1ヶ月×12ヶ月分=4800円、プラス赤十字募金を一口200円でお願い口調で、「プラス200円で御賛同いただければお願いします」と言いながら、キリのいい数字、5000円で集めたので案外と楽だったのですが、今回のひとくち350円を目安となると、釣り銭50円玉をある程度は用意しなけりゃならない。
壮年期の男性が日頃50円玉なんて多く所持しているわけないじゃないか。現在の消費税率では5円玉はまだしも50円玉はそう多く流通しないです。
その為に50円玉を集め行動をせざるを得なかった。だけど50円の釣り銭が戻って来る商品って意外と無いんですよ。
ランチでもそれほど食べたくないものなのに、50円玉欲しさの為だけに950円を狙ったりしたものです。でもそれは税抜だったので50円玉をGETできなかったり。
レジで「50円玉でくれ」って言ったこともある。いきつけの店でそういう要求すると怪訝にみられる。
50円玉欲しさに単価の安いものを買わなきゃならない。野菜とか。文具とか。そうやって集めたの。

で、各家々を廻る訳ですが。10月の(土)(日)って雨日が多かったじゃないですか。総選挙日の台風とか。活発な秋雨前線とか大雨とか。
10月第1土曜の定例会で募金の話が出て、翌週末は伊豆八幡野さらの木に行って、それ以降の(土)(日)が殆ど天気が悪かった。そんな風雨の強い日に廻りたくなんかない。
だけどグズグズしてたら次の定例会の11月が来てしまうので10月半ば以降の平日に廻ったんです。
だけど平日に廻るということは、会社を退勤してからか家に近いこっち方面で直帰して服を着替えないでそのままダークスーツ姿で各家々を廻るということ。
そんなカッコで各家々を廻ったらどんな反応されるか。下手したら何かの集金、勧誘かと思われかねない。
早くても夕方以降です。10月は早い時間からもう薄暗く、各家々の玄関なんか街燈ついてない家が多く、足元からして暗く、時間帯からして遅いので家人が不在だったりして、春の会費徴収以上に時間がかかった。
薄暗い最中、普段あまり顔を合せない家人が出てくる。そこにアヤしいスーツ姿の私が立っているわけですよ。
「あ、あの、何か・・・」
「そこの○○です。町内会の募金のお願いに来ました。会社帰りなのでこんなカッコしてますがアヤしい勧誘や集金ではありません」
で、会計さんに言われたとおりにお願いする訳ですよ。
「350円でいいのですね。お釣りあります?」
「ございます」と言って50円玉を含めて、100円玉4枚で支払われたら50円、100円玉5枚かワンコインだったら150円、1000円で払われたとしたら650円と心構えをしておくわけですよ。
さすがに5千円札や1万円札で支払われた家は無かったね。もちろんきっちり350円で支払ってくれた家もありましたよ。そして領収書を渡す手順です。

だけど陽が落ちたばかりの時間帯なので暗い。目も慣れていない。釣り銭を取り出す際も手許が暗い。うっかり落としてしまって拾うのにも難渋した。斜面に建てた家は階段もあるのでそこで落としたらもうタイヘンです。
ある家では勉強していた中学生のボクが出てきて、
「今、お母さんいません」
「あ、そう。そこの○○が町内会の募金で来たって言っといて」
中学生とはいえ、ご両親の留守中に強制的に集金する訳にいかない。恐喝と誤解されかねない。
お母さんから後日集金しましたが、その時は、「お母さんが不在なんだったらアブないから出て来るんじゃないよ」と言いたかったね。

あるママさんにハッキリ言われた。「これって強制ですか?」って。
「いえ、任意です」って返したら、
「でも玄関にまで来られたら断れないですよね・・・」
そのママさんも班長を経験されてるし、私の家に徴収に来たこともあるんだけどね。
「・・・って言われた」
「そりゃそうだうよ。金額の多可じゃない。たかが数百円の為に家に来られちゃぁね」(ジャン妻)
部屋に灯が点いてるのに、赤い羽の気配を察したか、時期的にその筋の募金と見抜かれたか、出て来なかった家もあったです。
50円玉が無かったのか、350円という設定金額に納得されなかったのか、「300円でいい?」という家もあった。
「いいですよ」と言うしかないじゃないですか。任意なんだから。
だが今回全戸数は廻りきれなかった。不在なのかいても出て来なかったのかはわからないが、未徴収以前に訪問できなかった家々が3軒ほどあったのです。
1軒だけ300円で他はALL350円ずつ徴収しました。2000円を超える寄付金は税制優遇が受けられるというがそんな家はいないよ。
私ですか?内緒です。それらを町内会費&赤十字募金の時と同様にキリのいい金種で纏めて納めるのです。
11月定例会で納金している風景です。
処理済~集計中.jpg
12月、年内最後の定例会で募金総額の発表もあった。金額は伏せますが。
だが秋祭りの豚汁の行列でもまだこんなことしてましたからね。
まだやってる.jpg
区の職員さんもついて幟を持って廻ってた。足りなかったのだろうか。目標額に達しなかったとか。
「まだやってやがんのかと思ったよ」
「でもこれが本来の活動じゃない?各家々を廻るよりは。家に来られちゃったらさ」(ジャン妻)
ああ、そうかも知れない。
「アナタはそうい寄付に抵抗ないみたいね。払う側でも集める側でも」
「そうじゃない。集めさせているヤツに抵抗あるだけだ」
「ああそうか。実際廻っている人じゃなくってその上ね
「何でそんなことを聞く?」
「楽しそうにやってるからさ」
「愚痴るよりネタにしちゃえ、だよ」

募金活動を終えて安堵して、家の隅に何か赤いのが落ちていた。
何だこれは?
赤い羽根1.jpg
あ、羽を渡すの忘れた!!
コメント(2) 

暖簾が出る前から [居酒屋]

昨日の彷徨い写真集で平成29年群馬ネタはエンドになる筈でしたが、急遽日帰り出張が入ったので追加でUpします。
薄暮1.jpg
まだ薄暮の剣崎。これでも17時前です。
剣崎バス停から歩いています。
実は私、この店が何時からOPENなのか知らないのだ。店にメールしてみたら、即!!返信が!!
「もしかして剣崎に!!オープンは5時半ですが、風が強いので近くにいらしているのでしたらどうぞ寄ってください(*^ー^)ノ♪気をつけて(^_^)/==お待ちしています(*^ー^)ノ♪」
5時半~だったのか。
暖簾が出る前に店を無理やり開けさせるのは本意ではないのだが。
薄暮2.jpg
今夜は早い時間帯に夕食を済ませなきゃならないので。
帰京して都内で飲むのもいいが。年度末のご挨拶を兼ねて来た。
薄暮3.jpg
薄暮4.jpg
まだ暖簾は出てない.jpg
店内.jpg
椅子に座布団が.jpg
「あ、座布団が」
「入れました」
「お手製?」既製品とわかって言っています。
「違うんですよ~」
「あの時は痛かったからな」
「他のお客さんでもいました。こないだ〇〇さん来ましたよ」(〇〇さんとは旅人の惑星さんの本名)
「いつです?」
「〇曜日」
「私がこないだ部下の女性(酔っ払い女)に高崎駅まで送って貰って群馬八幡を素通りしたのは●曜日ですよ」
「高崎まで送って貰ったんですよね」

(何故、知ってるんだ?)

「まさか剣崎か群馬八幡で下してくれとは言えなんだ。そこに何かあるのかと勘ぐられる」
「笑、〇〇さん(私のこと)いないから帰るって」
「帰ったの?」
「いいぇ。しっかり飲まれて行きましたけど。今日はお泊りですか?」
「帰るんですよ」
「えぇ―――――っ!!」
明日の朝9時から健康診断なのです。バリウムを飲むので今夜の夕食は20時までに済ませないといけないのだ。
だからここで早く済まそうと思ったのもあって。
なので数値にひっかるような刺激物は控えないといけない。こういう日に限って鮟肝に☆マーク(おススメマーク)が付いてるんだよな。
お酒も2本と決めた。帰りの電車の時刻もだいたい言っておいた。
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まだ暖簾が出ていない。
「どーぞ、注文いいスよ」
「あ、大丈夫なの?竹輪と・・・ざる蕎麦・・・」
舞茸の天ぷらでも良かったのですが。
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黒っぽい蕎麦です。もちろん乾麺だろうけどこれ何気に汁が美味しいのです。
ズルズルッ。
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「年越し蕎麦だな」
「まだ早いですよ」
「年末年始の予定は?」
「31日と元旦だけお休みして、2日から開けまぁす」
今度はこっちが、「えぇ―――――っ!!」
「飲みに来ます?」
「まさか。私もそこまでヒマじゃないよ。でも2日から開けるんだ。私が行く港区の(ビジネス街だから(土)(日)休み)居酒屋なんか・・・

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・・・4日(木)がまだ河岸が開いてないっていう理由で休んで、5日(金)開けてもすぐ(土)(日)(月祭)だから、9日(火)から開けるって。ってことは10連休ですよ」
「10連休!!」
「まぁビジネス街と官庁街だから(土)(日)は人が歩いてないけどさ」
剣崎の爪の垢を港区に呑ませてあげたいものだ。

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ご存じの方も多いと思いますが、来年度2018年は天皇陛下の退位が4月30日で、新元号施行日が5月1日になる可能性が高い。となると祝日法の規定により(誰が決めたのか)祝日と祝日に挟まれた日を休日とすることで、4月30日と5月2日が休日になり、2019年のGWは10連休となる訳ですよ。
そんなに休んでどうするのか。
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「カレンダー業界がタイヘンだそうです。あ、それと、来年度って3連休が結構あるらしいですよ」
以下あくまで(土)(日)(祝)休みのケースで言うと、1月6日~8日、2月10日~12日、4月28日~30日(29日が日曜なので振替祝日になる)、5月3日~5日、(ここで1日に新元号施行になると2日も休日に。)7月14日~16日、9月15日~17日、9月22日~24日、10月6日~8日、11月23日~25日、12月22日~24日。。。
社で行〇事行政窓口を担当している私は背筋が寒くなった。祝日が増えると、平日に自分の首を絞めることになるからである。
「ウチはあまり関係無いスね」(大将)
それは出すものの単価が安いからだと思うな。営業日数で稼がないと。いっそのこと元旦から開けちゃえばいいのにさ。
「2日から開けてお客来るの?」
「まぁ地元の方が、ボチボチと」
「ああ、そう。他に無いし開けてりゃ来るだろうね。開けてないのに(自分)来てるからね」
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お腹がやや落ち着いたので北寄貝の刺身を。
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「ボードに鮟肝とかあるね」
「いきます?」
「明日健康診断だよ。数値が。でも☆マーク付いてるじゃん」
「まぁ次回に。鮟肝すぐには逃げないですから。数値高いんスか?」
「いや、肝機能とかは大丈夫。中性脂肪が高めなのだが・・・」
「鮟肝1個にしましょうか~」(ママ)
悪魔のような囁き、誘惑だな。
「いやいやいや、やめとく。でも今これだけだと夜にお腹空くな~」
「そうですよん」
「じゃぁ、焼きお握り、大根の塩漬け」
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「初めてですね」
「ですね」
あ、2個もありやんの。
2個で300円ですよ。上大岡なんか1個で350円だから。
この焼きお握りと大根の漬物葉っぱ入りが合うのだ。
焼きお握りは中が熱々。2個は多かったが無理して詰め込んだ。
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19時25分の電車に合わせて辞去しました。夜はこれからです。また来年ですね。
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この高崎行き上り電車が群馬八幡駅ホームに滑り込んだ時、駅アナウンスが無かったんですよ。何やら光ったと思ったらいきなり来たのです。
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気になることがあるのだ。
ママは私が高崎駅まで送って貰ったことを知っていた。他にも、
「〇〇さん(私のこと)焼きそばお好きですよね?」
「〇〇さん(私のこと)今日は群馬泉ありますよ」
お勘定の時にママは両手の指を立てたんですよ。大船風に。
もしかして知ってるのかなぁ。私のを知ってるってことは当然あの人のも。。。

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ショウさんへ。泉もまだ開いてなかったのですワ。灯は点いてたのですが。
義理と人情秤にかけたら両方重たかったので立ち寄った次第でございます。
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彷徨い [風景]

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ハシゴ酒、克と梅ふく [居酒屋]

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焼きそばBARの前まで来たら、1階フロア担当の男性が外でタバコ吹かしてる。
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「ヘイ」
声をかけたら振り向かれてややギョッとしたように「あ!!」
慌てて煙草を消した。
「吸ってからでいいのに」
「いえ、戻ります。お久しぶりですね」
七でもそうだったが相手が言う「久しぶり」にやや憤りを感じるのよ。いや、七さんや克さんのせいじゃないよ。私を群馬から遠ざけた目に見えない何かの力に憤ってるの。
昨日一昨日も書いたが今回の群馬行は従業員面談で来ています。戻ってから釘を刺された。「そういうのを(面談)〇〇さん(私のこと)がやってるとキリが無いですよ。誰かにやらせないと」って。私が出向くことは正規のルートじゃないからです。
会社が組織の流れを重視するのは理解できるけど、じゃぁ何で従業員が正規のルート以外に私に言ってくるのか考えたことってあるか?
お前ら執行部が選ばれてないのは何故だい?
その執行部への不満だからですよ。私が今日聴き取ったのはそういうことなのです。
このネタになると私も我を忘れてエキサイター(ジューダス・プリースト、知ってますか?)になってしまいがちなのでまずは店内で飲まないと。
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2階の掟が書かれた黄色いデカい模造紙は外されていましたね。
かわりにブルーツリーが鎮座していた。
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「あ、焼きそばが無いじゃないか」
「そうなんですぅ。今日は無いんですよ」
仕方がない。あるものでいいや。鶏唐揚げとその春巻みたいなヤツ」
ソーセージの春巻です。
「群馬泉も切らしちゃって」
「他のでいいよ。甘口がいい」
で、何の銘柄かわからないのです。それを自分で燗浸けた。
何て酒か忘れた.jpg
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この紙を上大岡に持って帰って私の熱燗チロリを「やったことないから」って投げだしたアイツに、「これ見て勉強しろ」と言いたいね。
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唐揚げが辛いんです。ピリ辛なの。
「辛いから甘口が合うでしょう」
「そうだね」と返したが、私は辛いのにあまり強くない。アタマの頂上から汗まで吹き出してきた。唐揚げの辛さだけでなく、今夜は12月限定の生姜スープまで添えられていたので、身体が暖まったはいいが、むしろ熱くなってきたのです。
たまらずフロアをコトコト歩いて、生ビール小さいのを追加してしまった。
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タイカレー味の春雨サラダに惹かれたが、
「パクチーが入ってますが大丈夫ですか?」
「パクチー??」
今流行りのパクチーか。昭和世代の私にそんな草が喰えるわけない。ゆで卵のポテトサラダにした。
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また昼間の話に戻りますが、某所で好き放題言って来た従業員たちの不平不満がアタマの中でまた廻り出したぞ。なかなかその気が抜けい。
立ち飲みスペースでひとり飲んでるといろいろ考えてしまうのです。
生ビール追加で燗酒のペースがややダウンして残り1/3くらいになった頃、2階から女性スタッフが手に大皿を持ってドスドス下りてきた。
「あ、間に合いましたぁ。ペペロンチーノ焼きそばです」
「え???」
「ママが急いで作ってくれたんですよ」
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アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ焼きそばですか。
私はニンニクや唐辛子が苦手でしてね。ニンニクを多く摂取すると翌朝にお腹に来るんです。黒板にお品書きの店のカツオガーリックステーキ、静岡市の廃屋居酒屋のカルパッチョ(チップが載っている)、TVにも紹介された上大岡の煮込み、そういうのをいただくと翌朝調子がいいこと。(美しい話ですみません。)
唐辛子が苦手なのは辛い系が苦手なだけですが。何で唐辛子なんてものがこの世に存在するのかわからない。
でもせっかく急いで作ってくれたのでいただくことにしました。
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殆どスパゲティですねこれ。
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赤い唐辛子は摘まんでポイです。
具を先に食べて炭水化物だけにしていただくいつものやり方を実践していたら、こんなデカいキャベツの芯が出てきたぞ。青々テラテラ光ってる。
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唐揚げと春巻、ポテサラで充分お腹がクチたので2皿めはいけなかったな。
ペペロンチーノのソースは、ニンニク、オリーブオイル、トウガラシ、塩だけといっていい。だから手早くできたんだと思うな。
で、この後もまだ昼間のネタを引き摺っている。私は意外と真面目で、相手が言って来たことで自分を相手の立場に置き換えて真に受け過ぎるのである。
雑念を振り払い、今日1日をリセットするにはどうすればいいか。何も余計なことを考えずに済み、単に笑いとバカっ話だけで今日1日を忘れるにはどこの店に行けばいいか。
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21時の中央銀座アーケードしかない。
呼び込みさんが私に声をかけないのは何故だ?私の服装のせいか?人相か?
手ぶらで歩いてるからだと思う。見てるとスーツ姿でカバン持った会社員がターゲットになってるのがよくわかる。
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引戸を開けたら。。。
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モーちゃん(店主、マスター)がフロアの柱にもたれて泥酔状態だった。
カウンター向こう側からこっち側に出てきちゃったらお手上げである。
ママと目が合ったので、「止めとこか?」
「大丈夫ですよ~」と受け入れてくれたのは、私はこの店では(群馬の何処の店でもそうですが)真面目でマナーがいいからですよ。ママもそれを知ってるの。
「ダイジョウブダイジョウブ、そこ適当に座って・・・」(モーちゃん)
アンタは全然ダイジョウブじゃないな。ロレツもアヤしいし目も手先もイッちゃってる。足取りもおぼつかない。
小上がりに若い女性が2人いてそっちの対応だけと会話がちゃんとするせいかママの機嫌がイマイチよくないぞ。
処理済~この店はママで持っている.jpg処理済~できあがっているモーちゃん12.jpg
処理済~できあがっているモーちゃん13.jpg処理済~できあがっているモーちゃん14.jpg
17時半開店のこの店は、19時頃からカウンターの常連さんがオモシロがって店主(マスター、モーちゃん)にお酒をススメるので、遅い時間になればなるほど酔っ払ってしまうのである。
アジフライ、トンテキ、といったアブラものはいいトコ19時半までといっていい。(刺身は何とか対応できるかも。)
カウンター上の大皿のお惣菜や、おでんが煮えているので、贅沢を言わなきゃ何とか飲めるのである。
でも、アジフライ喰いたさに店主が酔ってない早い時間帯に来店しても、それはこの店の真の姿じゃないのである。私もアジフライ喰いたさに早い時間帯に来たことはあるが全然オモシロくないのだ。いつからか遅い時間帯にしか来なくなった。
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おでんのガンモが破けてる。
煮崩れたんじゃなくて、モーちゃんが箸で摘まむ時に穴開けて裂いちゃったんです。
「あ、破いたでしょ」
「気にしない気にしない。味は一緒だから」
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これは大雪でアーケード屋根が崩落した時に高崎市から配られたヘルメット。
「まだあるんだ?向こう(崩落した北、本町側)は工事始まってるのに。こっちは工事しないの?」
「このまんまだそうです。ってことは落っこちたらこれ(ヘルメット)を被れってことよね。でもひとつしかないのよ。マスターの分だけ。屋根が落ちてきたらアタシはどうなるのかしら?」
「逃げましょう」
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「あ、カレンダーの赤日(定休日)が少ないですね」
「18日(月)と25日(月)は営るんです」(ママ)
12月の売上ノルマ達成に届かないとみた。こうやって飲んだくれてないでもっと料理に専念すればもっともっと売り上げが上がるんじゃないかい?
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不思議な店だ。
ヘンな店といっていい。
店主と客の境目、垣根が取り払われてしまう。でも取り払うのは酔っ払った店主自身なのだ。
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時刻は22時になろうとしていた。
この店の営業時間としては遅い方。
店を出たら昼間の雑念は消えていた。店内の明るさや、どーでもいい雰囲気にかき消されてしまったようだ。
夜道を歩いているとニヤニヤ笑いがこみあげてきた。それまで鬱々してたのは何だったんだって自分自身に苦笑したのです。
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七、男七人、女っ気ゼロ [居酒屋]

面談疲れを引き摺って、今宵は群馬八幡に行こうか通町にしようか迷ったのですが。
聖なる酔っ払い女が高崎駅まで送ってくれた。
送ってくれた車内の会話はさきほどの面談内容のリプートバージョンになってしまった。
「私たちも言ったからってすぐ改善されるなんて思っていません。そういう風に思ってるのをお伝えしたかったのです」
高崎駅まで送って貰ったが為に、群馬八幡行の信越線、またはバスの時刻がズレてしまったのです。
今年になってバスのダイヤが改訂されて本数少なくなったし。
八幡は諦めて通町へ。
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夜になってますます風が強くなった。その風は上州特有の乾いた風で身体の芯が冷えてきた。
風に押されて開かない扉を力ずくで開けたら、ギ・ギ・ギギィ~と不気味で軋んだ音がした。
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「お久しぶりっスね」
「半年ぶりかな」
「もうこっちには?」
「あまり来れなくなった。こっちの部下が育って任せられるようになったんだよ。自分で動かずに人にやらせろって。下の者が育つってことは会社としてはいいことだけどね」
「でも寂しいじゃないスか」
寂しい?
そう見えるかね。確かに寂寥感はあるかも。
でも意味が違うけど、アナタはいい相手いないのかなぁ。いい男なのに。
久々なのでグランドメニューも撮りました。
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「奥さんお元気スか?」
「うん。内勤でこっちには来なくなった。そういえばアタシも七行きたいって言っとったですよ。高崎では七がいちばん美味しいって」
「そ、そうっスか?そんなことはないですよ」と謙遜しながら満更でも無さそうである。この地で7年、そろそろ自信をつけてきたのだろう。
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お、何となくマトモなおとおしが出たじゃないですか。
揚げた魚を醬油で甘辛く煮付けてあった。ビールにも合う。
端にあるタラコ?これはショウさんに出しちゃダメだよ。
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「和牛、牡蠣フライ、赤ワイン煮・・・ゆっくりでいいよ。滅多に来れないからガバッと喰おうかと」
「和牛は焼きじゃなくてタタキの方スね?」
「そう」
タタキも表面だけ焼きつけ。物凄いアブラのノリだな。
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牡蠣フライもまぁまぁかな。タルタルソースでもありゃぁいいのにな。
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添えられてるのは相変わらずトマトのタタキ。この小さく刻むのって何か意味あんのかな。
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牛スジ肉の赤ワイン煮。パンの1枚でも添えてよ。
前はジャガイモがもっとゴロゴロ入ってたがな~。
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ブツクサ書いてますがどれも美味しいですよ。でも次にお隣さんに便乗した刺身盛りですが、1枚か1枚ずつ置いてあるだけ??
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ここで私、1合しか飲めなかったのです。酔ったの。
ボードに無造作にベタベタ貼ってある酒のどれかを飲んだのですが、薄濁りだったのです。ガーンと応えた。
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「柿クリームチーズ載せはもう終わった?」
「先週で終わちゃったんですよぉ」
この会話をジャン妻に伝えたら、
「柿が終わった?今まさに柿の時期じゃないの」
さては仕入れるのを忘れたな。
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アタマの隅に今日の面談内容がくっついて離れない。
時折「はぁ・・・」←私のため息
「どうしたんスか?」
「あ、ゴメンゴメン聞こえた?気にしないでくれ。ちょっといろいろあってね」
あ、そういえば今宵は店主の好きなビートルズのBGMが流れてないな。だから私のため息が店中に響いちゃったのか。
ウチの社員に稲垣甚八(仮名)ってのがいてさ。名前を省略してイナジンって呼んでます。ジョン・レノンのイマジン(1971年)のひっかけですよ。
本人も気に言って周囲からイナジンイナジン呼ばれて返事してやんの。だけど、「イマジンって何ですか?」って言われて私は愕然とした。ジョン・レノンもビートルズも知らないって。そういう世代なんですね。
知らなくても後年のカバーとかあるだろうに。
昭和は遠い彼方なんだな。来年は改元だし。
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色気の無い空間だった。ALL男性だったのです。
私が入店してすぐは左右に初老の男性1人ずつ。後から若い男性2人ともう1人に挟まれた。
女っ気ゼロだった。私も含めた客と店主合わせて合計七人、野郎ばっかしの七だった。
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グンマから呼び出しが。。。 [風景]

会社の行き先ボードに「グンマに行くぜ!!」と書き殴ったら、私が出た後で、私と長年ソリの合わないオンナが周囲に聞こえる声で、
「また〇〇さん(私のこと)こういうことを書くっ!!」
言いながら消したそうである。
ジャン妻に向かっても「旦那さんに注意しといてください」と言い放ったとか。いつもいつも生意気なオンナめ。お前はまだグンマを知らないと言ってやりたいぜ。
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ただいまぐんまちゃん。
また来るハメになったのです。12月初旬です。
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駅西口コンコースに直結した新しいビルは高島屋よりエラそうだ。
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OPAオーパというのですか?
北関東で最大のファッションビルを謳うOPAとは、オリエンタル・パーク・アベニューの略だそうです。
http://shutten-watch.com/kantou/15
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飲食店も11:00スタートで23:00閉店(ラストオーダーは22:30)とある。高崎の個人飲食店は11:30OPENの店が多いし、開店時間になってもまだ開かないマイペースな店が多い。そんなのんびりしてるとOPAにお客が流れちゃいますよと言いたいね。
でもこのビルでランチをしようという気にはならなかった。

今度の正月のだるま市も駅西口駅前通りで開催か。
少林山とは決裂したままなのかな。
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デッキを下りて徒歩で西口の商店街を歩く。
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私が平成24年にこの地に来て、最初に入った居酒屋がこれです。最初にボトルを入れた店でもあります。
刺身が極端に少ないのに驚いたものです。
下仁田ネギのパスタ、他、肉系がイケますよ。
でも来て最初の頃は都落ち気分でややブルーだった。この街で生きようと決めたのは、ロツレ、月輪、酒悦七、浜潮、亮さん他を知ってから。
そしたらこの店に足が向かなくなってしまった。
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あ、上州山賊麺大大坊が何故ここに?
通町から移転したきたのだろうか。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-06-02-1
美味しいけど小さい店でね。スープがトテモ少ないのです。この店ケチだなって思ったモン。
でも11:30なのにまだOPENしないんですよ。
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酒悦七の前に立つ。
今宵は来るかも知れない。来ないかも知れない。八幡か七か、確率は五分五分。
「七に行きなさいよ」(ジャン妻)

転勤が解けた平成25年3月30日の夜、翌日は帰京する私たちの為に地元の方たちが送別会をしていただいた店はお休みだった。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-04-20
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もう時効だから書いちゃいますが、白銀町のこのビルにはレンタル会議室があって、よく会議で利用したものです。
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浜潮のマスター&女性は何処へ行ったんだろう。
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高崎市の某行政に向かう途中、この昭和食堂でランチ。後で掲載します。
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10月は群馬に来れず。無理矢理に来た11月末の出張は業務内容的には現地の部下(草6号)に任せられる簡単なもので、ボリューム的にもたいしたことがなかった。
他の案件(本庄市&前橋市)と併せて日帰り工程も可能だったのですが、そこを1泊する為に強引に出張申請したのが昨日までの記事です。
その業務終了時の自己満足度は低かった。やはり仕事というものはある程度の難易度とボリュームが無いと達成感が得られないものなのだ。
こっちの社員に誰とも会わなかったし、あまり天気もよくなかったので、曇り空そのままグレーな気分で帰京した。もう年内はこれでラストかなって。
「もうアナタは群馬の担当じゃないんだから」(ジャン妻)
「・・・」
「静岡の子たちに入れ込んでいるクセに」
誤解を招く言い方を。平等に接してますよ。

だが。。。
12月に入って現地のEという社員から連絡があった。
Eは過去に何回も登場しています。

「会って話したいことがあるんだけど」という友達調子のメールが来たのです。
仮にも私は上役だぞ。
「長くなるので電話はいいです。いつ来れますか?」
これ、原文のままです。いつ来れますかったって。。。
どうも穏やかではなさそうである。何かあったのか。
現場部門の頭越しに行くのはマズイのでその方面にスジを通そうとしたが、私が出向くことについて本社の現場部長はさして興味の無い態度であった。面倒くさそうに、
「Eさん?あのうるさいオバさんですよね。わかりました。Eのガス抜きだけお願いします」って。
ガス抜きだけねぇ。
Eはガスタンクじゃないけどね。
あくまで話を聞くだけで、Eから何を言われてもその場で私は決定しないという条件でOKが出たのです。

ウチの管理部長も怪訝そうに、
「???何で〇〇さん(私のこと)に言ってきたんですか?」
上申する流れが違うのではないかと言いたそうであった。
確かにその通りで、私はもう群馬の担当でも何でもないのだから。
なのに未だに私に言って来るってことは?
「連中は単にアナタに甘えてるだけよ」(ジャン妻)
私は管理部門長に向かって「アンタたちより自分の方が向こうの連中に馴染まれてるんだよ。信用されてんの」と豪語したかったが、それを言っちゃぁ相手の小さいメンツを潰すことになるから言わなかった。
「さぁ。何でですかねぇ」ってトボけた。
「面談だけで出向くと目立つので、〇〇さんの本来の業務のついでに立ち寄ったから、のような感じで行ってきては如何ですかね?」
私の本来の業務のついでなら行っていいよと。

数日経ったらEは焦れたように「いつ来るの?皆、待ってるよ」
「皆って何人いるんだ?」
「アタシとぉ、Aさんとぉ、Tさん(聖なる酔っ払い女)とぉ、Sさん」
4人も??全員が平成24年赴任以来の連中だが、徒党を組んで私に何を言いたいのか。
「4人とも同じ内容か?」
「アタシとAさんは話が被るけど、TさんとSさんは別件だと思う」
という訳ありでやって来たのです。面談は今日の午後です。何をギャーギャー言われるのやら。まぁ聞いてりゃいいんだから楽さ。で、行ったら、面談する場所は現場の休憩室なのですが、そこのテーブルにこんなものが置いてあった。
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Eがいて「食べていいわよ」
「いいよ。要らないよ」
傍らにいたT(聖なる酔っ払い女)が「〇〇さん(私のこと)の為に買って来たんですよ~」
わ・ざ・わ・ざ・買いに行ったのか。
私を餌付けしてるつもりか。
「食べながら待っててくれる?もう少ししたら全員が昼休み終わるから」
その間ボリボリ食べてたのですが、さすがに全部は喰わなかった。半分残して輪ゴムでくるんで置いといた。
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そしたら聖なる・・・が、
「お持ち帰っていいですよ」
「持ち帰りぃ?ホテルへかぁ?」
この餌付けの代償というか、見返りは当然要求された。面談時間は3時間半に及び、社員の愚痴、不平不満を聞きなれている私もバテてしまったのだよ。
4名のうちでひとりめの聖なる酔っ払い女と、ふたりめの話はたいした内容ではなかった。
くだんのEの話は「アタシの一身上の都合で、他県への異動願を出したいがそれは可能ですか?」というもの。
あとひとり、最後の4人めが問題で、案の定自身の給与待遇についてだった。お金の話ですよ。
「何とかしてください」と1時間以上に渡って切実に訴えられたが、私はオーナーじゃないし、お給料に不満な社員には「だったら他社へ行けば?」な人なのですが、本社の部長たちから「聞くだけでその場では結論づけないでください」と言われてるのでその場では言わなかったけどね。

最後の子の不満は群馬特有のもので都内では絶対に通用しない。キーワードは、①群馬はくるまが必須、②土地が余っていて安い、③郊外にマンションが無く家を建てやすい
詳細は今は伏せますが、この①②③については群馬通の私にしてもこれまで気付かなかった点だったのである。これに④世間知らず、が加わるのだが、①②③を群馬の特に校外・平野部の問題点としていつか取り上げたい。
でもそれを本社の執行部に理解を得ようとしても無理なのだ。

結論出せず(出すなと言われたのもあって)私は現場を後にした。聖なる酔っ払い女が高崎までくるまで送ってくれた。
「確かにあの子の希望はかなわないと思います。でもかなわないまでも、群馬の子たちはこういう思いを抱えてるのを東京本社の人にわかってほしかった。だから呼んだんです」
平成24年に赴任した時は親元にいた小娘だったのが、5年6年経って諸事情が変わったということ。
「変わったなアイツ。前はあんなこと言ってこなかった」
「・・・今夜は何処で飲むのですか?」
「う~ん・・・そうだな・・・」
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ゆ~ゆ [グルメ]

前橋駅前から伸びるけやき通りには飲食店がないのだ。
1軒だけあったCafeもクローズしてしまったし。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-06-21
くるまは走っちゃいるが人が歩いていないのだ。まだ高崎駅前の方が人が多いよ。
前橋は官庁街で、高崎は寂れているが商店街なんだな。どちらもロードサイドに人が流れているのは共通しているが、まだ高崎は駅前や駅チカには新しいビル建設ラッシュが続いているし。
前橋の企業さんも高崎に移転しているそうだ。
取り残されたけやき通りに、温泉ランドのような施設がある。
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ゆ-ゆ。。。
この如何にもユルそうな温泉施設は人工温泉ではなく、地下1500mから汲み上げるホンマモンの天然温泉らしいのだ。
施設のHPから。
泉質はナトリウム(塩化物泉)。別名「熱の湯」とも言われるほど身体が温まる温泉。ちなみに熱海や伊香保・南紀白浜も同じ泉質です。
館直下で湧出100%、ゆ-ゆのお湯は57.5℃という高温で湧出する温泉と、鉱泉である低温の井水をバランス良く混ぜ合わせ入浴に快適な温度としております。
浴槽に注がれる湯量は1日当たり浴槽の7杯分以上もの量が注ぎ込まれているため、清潔・新鮮で常に一番風呂と同じ温泉効果が得られます。
毎日完全排水し隅々まで清掃を行っていますので安心しておくつろぎいただける自慢の湯です。
駅前で施設の地下1500m、よくアタったものである。
アタらなかったら大損こいただろう。
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お食事だけでも.jpg
「お食事だけでもご利用できます」とある。
あまり期待しないで入ってみたの。他に選択肢ないもん。
銭湯の趣.jpg
靴を入れるロッカーがある。そこに入れて100円玉を入れてキーを抜き、スタスタ歩いてフロントへ。何だか銭湯のようである。
「食事だけでもいいかい?」
「2階でございます」
あまり愛想の無いオバさんがカード(番号札?)をくれた。ホテルの宿泊客がルームナンバーの入った部屋のキーでチェックアウト精算するシステムに似ている。
靴を預けたので館内は靴下でスタスタ。スリッパがないのです。キレイに磨かれた床は滑りかねないが、それはそれでいいのかも知れない。船山温泉のようにビニール畳にしても傷むし、維持費がかかるし。
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2階に上がって、ダダっ広くオープンなフロアを見渡したところ。
まだ利用客は少ない。いるのは老人ばかり。
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爺さんがビール飲んでる。
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なかなか迫力あるメニューです。
季節ものを含めて11枚もあるカラーメニューには、定食や炭水化物がズラリ載っていた。
トンカツ(榛名豚)、ヒレカツ、生姜焼き、ハンバーグ2種(おろし、デミ)、チキングリル。。。
カツ丼、ソースカツ丼、和定食、焼肉丼、カレーライス、カツカレー、キーマカレー、ヒレカツカレー。。。
五目炒飯、チゲ鍋うどん(小ご飯付き)、焼きそば、エビチリ、ネギトロ丼、かき揚げ丼。。。
天ざる、ざる(そば、うどん)、かけ(そば、うどん)、とろろ(そば、うどん)、醬油ラーメン、味噌ラーメン、冷やしつけ麺。。。
各種ミニ丼(ネギトロ、ソースヒレカツ、焼肉、ひじき、かき揚げ、カレー)、ミニ(そば、うどん)
マルゲリータピザ、ドリア、ボンゴレ、ミートソース、ナポリ、サラダ6種、デザート7種、
何でもありである。こりゃファミレスかな。
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ビールのアテもあった。
鶏唐揚げ、グリルソーセージ、厚焼き玉子、ポテトフライ、カマンベールチーズフライ、イカゲソ揚げ、イカの塩辛、ホタルイカ沖漬け、枝豆、たこわさび、茹で上げもやし(250円って高くない?)、ざる豆腐、サバ文化干
無いのは刺身だけである。
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http://www.yuyuspa.com/keyaki/
ピンポン押してオーダー入れてから席を立ってその辺を見渡してみる。
目の前のディスプレイにはゆ-ゆをアピールするCMダイジェストがローカルに流れている。
席に戻ったら私の背後のテーブル席に年配の女性がひとりで和食膳を頂いていたのだが、何処からか現れた一人の婆さんが食事するでもなくその女性の前に座って話し込み始めた。
女性は食事を中断して話相手になっている。
その婆さん、家に話し相手がいないようで、ここへは食事に来たのではなく適当な年代の相手を探して会話する為に来てるみたい。
話題は通院だの介護だの、どこの施設の職員さんは優しいだの、ある病院の先生が親切だの。
相手になっている女性は市の職員かボランティアらしく、この手の婆さん相手に慣れているようで、せっかく運ばれた和食膳に箸を付けず話し相手になっている。
「どうぞお食べください」と婆さん。
「ではいただきますね」と女性。
でも婆さんが話しかけるもんだから、結局女性は食べずに話し相手に戻っているのです。優しいというか、人が好いというか。
「すみませんね話かけちゃって。冷めてしまうでしょうに」
そう言いながら話が終わらないのは、女性が食べられないのは婆さんアンタのせいだよって。
会話はいつ終わるでもなく続いている。あ、私の生姜焼がキタキタ。
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コーヒーが付いているぞ。
平日のみ無料で付いて来るようです。
生姜焼2.jpg
あまり脂っ気の無いロース肉だが悪くない。大して具が入っちゃいない味噌汁だが熱々です。
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後ろの会話はまだ続いている。
立ち上がってみたら殆ど箸がついていなかった。罪な婆さんだなぁ。
私だったらどうするかな。食事が来る前なら相手になってもいいけど来たら食事に専念するに決まってら。ハッキリ言いますよ。「婆さん、話中悪いが先に喰っちゃっていいかな」って。
尚も話しかけて来たら、「食べようとしている人に話しかけるんじゃないよ」
冷たいヤツだって?どうせ冷たいヤツですよ。
聞き耳立てるなって?だって背後、真後ろから聞こえてくるんだもん。
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幟が裏返しになってるところ。
レストランは「けやき」といいます。世田谷区役所内にあるレストランも「けやき」、区の木だから。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-10-08
ゆ-ゆのパンフです。
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「天然なんだ。入らなかったの?」(ジャン妻)
「入らんよ。食べただけ」
「入れば良かったのに。ヘンな山城に登って靴やスーツを傷めるよりずっといいわ。そういうのは許すわよ」
お湯に入れば良かったかな。いや、そういう気にはならないな。業務中に温泉なんぞに入ったら仕事の気が抜けてしまう。
ましてや湯上りにビールなんぞを飲んじまったらもう直帰ですね。
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高崎城天守閣は再建されるか? [隠れ郷土史]

目ん玉を引ん剥いてギャァギャァうるさく吠えるこの子はいずれ上州にやってくる。
でもその頃にはもうおんな城主(もと領主?)はいないのです。
この子が上州にいた時期も長くない。近江へ移封されるまでの数年です。
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それにしてもこの子は口の利き方がなっていない。先代に対して暴言が多過ぎないかと思った。
地味な場面ほど心に残るいいドラマだったが、この子のせいで品下がってる。それとあの品の無いサブタイトルでね。
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家康の関東移封に伴ってこの子も上州にやって来たのだが、最初は箕輪(箕郷町)だった。上州のローカルヒーロー長野業政がいた要塞。
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箕輪を出て高崎を選んだ理由はよくわからないが、中山道と三国街道が交差する交通の要衝だからでしょう。
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厩橋(前橋)城でなくてよかった。あの城は利根川の濁流で削られ、一時期放棄された時期もあるからね。
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高崎城に石垣は殆ど無かったらしい。
現在ある乾櫓の石垣は、補強の為に設けられたもので、往時のものではないそうである。
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明治になって、城内に陸軍(歩兵第15連隊)が駐屯した。兵隊さんは近隣にある柳川町で遊びまくった。
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現在は市街化や公園化が進み、前橋の県庁に対抗してか、超高層21階の市役所が建っている。
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水堀周辺は公園整備され、春の桜(ソメイヨシノ)が満開となる。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-04-06
土塁上を歩く1.jpg
土塁上を歩く2.jpg
土塁上を歩く3.jpg
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城を囲む土塁上の遊歩道を歩いているところ。
時折、桜のネッコに躓いたりする。
「そんなところを歩くから靴がすぐ傷むのよっ」
「山城ではない。公園だよ」
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一旦土塁を下りる.jpg
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また土塁を下りる.jpg
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私は白亜の楼閣が残存する(あるいは復元)城に殆ど興味が無い。
国宝の姫路城すら行ったことがないのです。会津鶴ヶ城だけは別ですが。
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家康が関東に入府した時、この子は徳川家臣団で一番高い12万石で封ぜられた。
箕輪から高崎に移り、もともとあった和田城(長野業政の娘婿がいた)を取り込むように築城し始めたが、途中で起きた関ヶ原戦の後に近江に移封させられる。
次に高崎に来て引き継いだのが、あの酒井忠次の嫡男で家次という人。
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酒井は井伊の12万石でなく、前にいた臼井3万石に少しプラスして貰って5万石で入城する。
12万石が5万石に減ってしまったことで家臣数も減った筈。工事を引き継いでからは規模は縮小したと思われる。
それは縄張りを見ると一目瞭然で(この図は右が北です)、西のラインは旧和田城の外郭ライン(鏑川に面している)を活かしてギザギザになっているが、幕府の方角を向いた南と東のラインは横矢(側面射撃)でなく真っ直ぐ一直線になっているのだ。
軍事拠点ではなく統治する行政施設に転じたということではないか。
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忠次は嫡男の家次が臼井3万石、高崎で5万石しかくれないのに不満だったという逸話を良く聞きます。
家康は譜代家臣にはケチであまり大邦を与えなかったが、それでも他の四天王3人(忠勝、康政、直政)は10万石規模なのに。
忠次が洩らした不満に家康はどう応えたか。信康事件を思い出させるように「お前も我が子が可愛いのか」とイヤミを言ったというが、はて、本当だろうか。
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三の丸土塁囲の切れ目2.jpg
高崎城に天守は無かった。
豊家が滅んだ元和の頃、関東譜代の居城は質素で粗末なもので、外様大名の方がデカくていい城を持っていた。
脅威に思った幕府は法度で新城の建築や改築を禁止するのだが、外様だけでなく譜代たちもその煽りを喰ってしまったのである。
でもそこは江戸の将軍家に近い譜代たちなので、法度の規制に関わらず時の将軍や老中がOKと言えば普請が可能になったのだが、建前の抜け道として天守という大きい名目ではなく、天守のような、でも小さめな、三階建程度の櫓を建てて天守と呼ばず、「三階櫓」とか「三重櫓」と呼ばせた。高崎城もこれで、他、宇都宮、川越、古河、皆、三階クラスだったそうである
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場所は近代的な中央図書館の建物と、ボロい児童相談所の建物の間の路地が、17号線(中山道)とぶつかる手前辺りらしいです。
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天守(三階櫓)建を謳う市民グループもあるようだが市の方は全くその気はないらしい。もともとあった場所は駐車場になっている。再建するだけなら広場はあるが、ただ再建するだけでなくそこにもともとあっての天守なのだから。
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ぶらり [風景]

アタマが重い。
飲み過ぎたか昨夜。
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旭町の路地を歩いているところ。
弓町の交差点を渡ると、私が1年住んでいた小さい羅漢町。
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高崎駅近くをくるまで走っていると、交差点で信号機が青になってスタートしてもすぐ先の信号が赤になるので、なかなか一気に走り去ることができない。
道路を拡張したことで横断する歩行者への配慮なんだろうけど、歩行者はあまりいないですよ。
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私が1年間だけ住んだマンション。
左手には移転前のうさこのCafeがあった。
これがその頃のCafeです。
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現在の同じ場所です。うさこのCafe跡地は幼稚園?保育園になっている。
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江戸吉寿司。
アスリートでもある旅人の惑星さんが打ち上げる寿司屋さん。
正面から見ると焼津のどんた久にそっくりな店構え。
赴任が終わり、東京に引き上げる前に1度だけ入った。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-04-12
私は滅多に寿司屋に行かない人でして、寿司屋より居酒屋に足が向くのですがネタはよかったですよ。
外見に似ず妙に腰の低い店主で「お待たせしてごめんなさい」をやたらと繰り返すんだよな。店主ひとりで握る割りに客数が多いから。
「(群馬県)知事さんは『私は高崎市が好きなんですよぉ~』って言いながら江戸吉寿司でベロベロになってる」
「そりゃ高崎の票が欲しいからだよ」
のような会話を飲み屋で聞いたことがあるよ。
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私が停めてた駐車場の一画。
稀に間違って江戸吉寿司のお客が停めたりするので、寿司屋の中に入って「誰かウチんとこに停めてないか?」聞く為だけに入店したことが2~3回ある。

この道を歩いて事務所まで通った。
ロツレ(現在はワインバー・ルケ)、少し右に少し入った路地に月輪、現在のラのロがあります。
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この電柱がゴミ出し場所で、私とうさこが家庭ゴミを出していた。飲んだ翌朝バッタリ会ったりしたものですよ。
わずか1年だけとはいえ私は高崎城下町に、いや、城内に住んでいたのです。調べたのですが、平城の高崎城には木戸が7つあって、羅漢町口にも木戸があったそうです。

葉っぱに覆われつつある味一味。。。
ゲストのチエさん、もと田舎娘さんと初めて飲み喰いしたんだった。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-02-18
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店主も料理も雰囲気も豪快で餃子が美味い。この店の餃子を食べると水商売の女性が出勤できなくなるという。
何故か転勤が解けてからは足が向かなくなった。
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よく利用した洋食系の亮さん。
ここはステーキ、パスタ、カツ系の揚げ物、サラダ、ピザ他、料理が秀逸。
あまり混まないのが不思議。駅から遠いからだと思う。
ここでも転勤が解けて引き上げる前、チエさん呼んで別杯を挙げたな。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-04-08

アーケードに向かって交差点を渡る。
この洋菓子屋さんも取り上げたことがあります。笑ふ女にケーキをあげたの。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-03-20-3
洋菓子屋さん.jpg
店内にCafeスペースもあるのですが喫煙可なのです。ケーキ屋さん、洋菓子屋さんで地元の婆さんたちが吸う煙草の煙にケーキが燻される光景は異様だった。
過去記事に登場した「笑ふ女」は現在新しい伴侶を得たので最近は遠慮してこちらからは連絡しなくなった。
10月半ばに一度電話があって「だ、だ、誰に聞いていいかわからないので〇〇さん(私のこと)に聞けばいいかなって。ぶふふっ(笑)」
「それは私に聞くんじゃなくて・・・」
・・・の後は担当部署に回したのですが、群馬担当の草の者・6号の成長もあって、近年ようやく私から「親離れ?」しつつある。
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平成26年の大雪でアーケード天井が落ちてしまい再建中の工事現場。
市は全面的に改装する計画だが、そうなると今あるディープな世界が真新しくなってしまい、健全な街になる代わり、立ち退く店も出て来るだろう。
でもテナントが老朽化し、火事が発生したりしたので、工事の動きは加速するかも。
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見上げたら梁が太い。
「アーケード2階もテナント入るの?」
「いえいえ、1階だけですよ」
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アーケード4.jpg

梅ふく&幸盛.jpg
梅ふくの路地、まだ眠っている。
もーちゃんは昨夜も20時以降、ベロベロだったに違いない。
「でもどんなに酔っぱらっても翌朝はちゃんと起きて仕入れに行くんですよ」

たじまの跡地.jpg
田じま食堂の跡地。
川崎の丸大ホール食堂のミニ版だが、クセ、アクが強い客ばかりだった。
店にグダグダ集っていたアクの強い老人たちは何処へ行ってしまったのだろう。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-04-07-6

ニューたじまも撤退した.jpg
ニュー田じまも撤退してしまったようだ。あまり入ってなかったからね。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-12-13
私の部下といっていい草の者6号はニュー田じまのデカいアジフライを今でも懐かしんでる。閉めちゃって残念って。

激シブ食堂の三好。
この店はさすがに入る気にならなかった。Bスポサイトに詳しいです。
http://www.b-gunma.com/miyoshi.php
激渋食堂.jpg
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アーケードを抜けて行政へ向かう。

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すみれ食堂。高崎の食堂にしては珍しく完全禁煙の店。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-03-23
あ、値上したね。前はラーメンが350円だった。
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すみれ3.jpg
すみれは再訪したので後日取り上げます。
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そういえば。
この城にいずれ、この子が来たんだっけ。
だがその滞在期間は短かった。(続く)
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うさぎと子猫 [Cafe]

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椿町2.jpg
前にうさこの相棒だったH君は、うさこのCafe近くにある古民家を借りた飲食店をOPEN予定だそうだが、移転前の彼との会話でこんなことを言っていた。Cafeの名前についてです。
「あの町の名前、椿何とかって候補に挙がらなかたの?」
「案に出たことはあったのですが、椿って・・・」
・・・は男同士のヒソヒソ話になったのですが、椿には売春の意味もあるという。椿姫のことです。フランスのベルディの歌劇の原作に、高級娼婦マルグリット・ゴーティエが、月の25日間は白い椿を身に付け、5日間は赤い椿を身に付けていた。
おわかりですよね。赤い椿の日はダメ、白い椿なら私を抱けるわよという意味です。
「だから店の名前に使うのを避けたんです。ゲストハウスも兼ねるから」
「ああ、そういうことか。武士の首がボトッと落ちるように花が散るから避けたのかと思った」
高崎が群馬県になっていく時に、本町、九藏町、北通町、うさこが移転してきたここ椿町には私娼を置く店、料理屋があったと聞き及ぶが。

古民家の引き戸をガラガラ開けたら、手前に土間の立ち呑みスペース。
中央に厨房があってその脇を抜けると奥にカウンター席とテーブル席。
テーブル席は裸電球で照らされている。
これを見て、趣があると思うか、ボロいなと思うか。
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地ビールで飲み直し。
「お久しぶりですねぇ」
数ヶ月ぶりかな。うさこは会社勤めが殆ど無いので、自分に部下(草、陰)ができて指示する側になったが為に群馬に来れなくなった云々を説明しても多分わかんないと思う。
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腰かけたカウンターから厨房が丸見えです。
完全オープンキッチンでここまで丸見えな店ってそうそうないんじゃないかな。
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新しい相棒君です。最初女性に見えたよ。そんなTシャツ1枚で寒くないのかよ。
「紹介してくださいよ」
「新しいスタッフさんですよ~」
「いやいや彼の紹介じゃなくって、彼に私を紹介・・・」
「この方はぁ、話すと長いんですけどぉ、ここ(椿町)来る前に営っていたCafeの前のマンションに奥様と住まわれてぇ、よく来ていただいてぇ・・・」
「同じ町内で同じ電柱の下にゴミを出してたんだよな・・・」
若者だらけのCafeなので私は浮きかねない。言葉づかいに気を遣う。
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「前によく作って貰ったあれ・・・カレースパなんてできる?」
「カレースパ・・・できますよぉ」
メニューにないこれはこの夜のカレーストックをあらかた使用してしまったようだ。
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ミュー
ミュー
土間の方から鳴き声がする。
「何だ?」
「あ、子猫を預かってるんですぅ」
「子猫ぉ?」
土間に行ったら、掌に乗りそうな小さい小さい黒い子猫がいた。
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うさぎが猫を飼っている?
「飼ってるの?」
「飼ってるんじゃなくて旅行中のお友達から1ヶ月間預かってるんです」
こんな小さい猫をか?
「まだニャーオって鳴けないんですよ」
小さくて黒い毛の塊がミューミュー鳴いている。
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「かわいいでしょうぅ?」
猫に限らず動物は小さいウチはかわいいものなんだよ。今は小さくてかわいくて、このか細い声のミューミューが成長したらデブ猫になり、ニャァ~ゴと鳴くようになり、腹が減った時にしかカオを出さなくなり、餌をくれる人にしか懐かなくなり、サカリがついてどっかいっちゃうんだよと心無い悪態をついた。
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椿を付けた女性はいないが、いてもオカしくないこの暗さである。
ひとっこひとり歩いてないですよ。住んでる人は家々の中で息をひそめているのだろうけど。
足早にホテルに戻りました。
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和が家の椅子 [居酒屋]

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群馬八幡駅前通り。
歩いている人よりも走り去るくるまの方が多い道。
自分ひとりで歩いてたつもりが、いつの間にか私の背後から他の人が歩いてくるとイヤ~な感じ。振り返った私を見て相手もギョッとしたりする。
駅前の迎えがない女子高生や女子中学生は、私を避けるように足早に歩いていった。
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しばらく洗ってなさそうな汚れた褌をくぐると「お帰りなさい」の声がかかる。
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おや?カウンター椅子が新しくなったぞ。
大将の手作りらしいね。ニスを塗った板が光っている。
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「カ、カキフライ・・・」
「あ、カキフライなんてあったんだ。ワカサギの天ぷら頼んじまったよ」とボヤいたのはカウンター右にいる工務店風のオヤっさん。滞在中ずーっとボヤかれてましたね。お仕事のこと、最近の若いモンのこと、今朝は早く出て東京まで行って来たが、明日の夜まで何も予定はないんだよ~、って。
家では話を聞いてくれる人がいないのかも。
大将もママもボヤきを聞いてあげている。人の話を聞くのが苦だと居酒屋の店主やママにはなれないでしょうね。
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オリジナルのタルタルソースを期待したのだが市販のソースかな。
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カキフライは2通りあってですね。
火を通すことで牡蠣に旨味が凝縮されてるのは当然ですが、外側です。衣がガリッ、衣がしっとり、この差が意外に大きい。最初の食感、歯触り、舌触りが大事なのですよ。この店の鶏の唐揚げはフンワリタイプじゃなかったかが、この店のカキフライは衣がガリッとしていて私の好みだった。
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この記事は11月のものなので、TVに第5次安部政権の顔触れ、北朝鮮の脅威、米国大統領の赤ら顔が映し出されたら、店内が昨今の政治談議になったよ。
居酒屋で政治と野球ネタはタブーといいますが、群馬の居酒屋って至極当然のように政治ネタが飛び交ってます。選挙演説期間中や投票日の夜なんぞは当選結果がわかっているのにあーだこーだ。
それだけボヤき易い店ではある。私もボヤいた。
「なかなか来れなかったですね」
「10月は忙しかったのだよ」
10月だけね。私はカバンから折りたたんだ10月の作業テーブルを取りだした。A3用紙を4枚繋いだ作業マップ(A1サイズ)で縦に現場の名前が100並び、横に作業項目が10並んだパズルのようなもので、担当者の欄には私の名前もあるが10人いる草の者たちの名前がズラリ載っている。
「こんなにあるんですか?」
私は担当者の欄を指して得意気に言った。
「これ、ぜ~んぶ私の部下」
「ええっ!!」
部下たって正規の部下じゃないが、段々と陰でなくなりつつある非正規の部下たち。
「皆、女性だから気ぃ遣うよ」
次に群馬の欄を指した。「群馬はこっからここまでで・・・」・・・そこには草6号の本名がズラリと並んでいた。
「コイツ(草6号)に任せられるようになったから自ら群馬に来れなくなったんだよっ」
贅沢で我が儘なボヤキだと自分でも思った。
「でも人が育つってことはいいことですよ」
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大好きなカワハギ。肝が小さいけど。
「いいカワハギが入りましたってご連絡しようと思ったのですが。椅子の座布団が間に合わなかったので連絡できなかったんです」
そういえば新しい手絵作りの椅子、ケツが痛いな。長く座ってると尾骶骨の辺りが痛くなってくる。
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キーマカレーのライス無し。
川崎の丸大ホール食堂に「カレー具」というメニューがあって、カレーライスのライス無し、具だけバージョンを思い出したので。
生ビールの小さいのが並んでますが、キーマカレーで榛名の名水が産んだ銘酒、船尾瀧をいただく暴挙。
煮物感覚でいただきました。
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しばらくボーッとしてたら群馬の名産の話題になっている。
「ひもかわうどんとか焼きまんじゅうとか、他所でこれが群馬の名産ですって恥ずかしくって言えないよ~」とボヤいたのは私のすぐ右にいる常連さん。
私も会社に焼きまんじゅうを土産に買って女性陣にヒンシュクをかったことがある。あれはガスレンジのある厨房が無いと無理だって。
「群馬って何でも野菜が採れる代わりに、これが群馬っていう名産が無いんですよ」(大将)
水沢うどん、蒟蒻、そういうのは地元では名産って威張れないのかな。
「海が無いから群馬の魚ってのもないし」
私は過去にこの店で出された意外な魚を挙げた。
「ヤガラとか。八角とか」
「ガハハハ。あれはたまたま」
「ハチビキとか」
いずれも白身の魚。
「竹輪磯辺揚げがあるじゃないか」
「ガハハハ」
「カリッと揚げてくれ」
「アイ」
揚げ物は早いのですこの店。
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意外に美味かったのがこれ鮟肝。
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お会計して固い椅子からズリ落ちるように下りた。
私はケツの辺りをさすった。腰までピーンときてる。
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タクシーで椿町へ。
後部座席が尻と尾骶骨に優しく感じられた。普段オフィスのOA椅子に慣れてるせいか、直角の板椅子は腰によくないね。
「次回までには座布団をご用意しますのでお尻に謝っといてください・・・」(ママ)
次回は座布団があるだろう。もしかしてママの手作り座布団かも。
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ジャン、群馬に行きたいってよ [呟き独り言]

第二の故郷、群馬に還れない日々が続いた。
10月にデカい業務が入って多忙だったのと、これまでのように自分で動くのではなく、東京本社にいて草の者(正式所属は違う部下たち)10人へ指示する側に転じたからです。
このトシになるまで人を使うのに慣れてなかったのでタイヘンでした。草の者10人と準・草の者8人を駆使して何とか完遂しましたが。

第二の故郷が遠くなった。
殆どずっと東京本社にいたからです。草の届かない地域は自分で廻ったが群馬には行かなかった。行ってる場合じゃなかったのです。
それは群馬の陰の配下・草6号のせいでもある。任せられるようになったから。
もっとも6号は、私が指示すると最初だけオドオドする。
「そ、それ、私に・・・できるでしょうか」
「自分がやろうか」
「だ、だ、大丈夫です行きますっ」
もっとも6号に限らず草たちは全員が頑固で、私が「無理かな?厳しいかな?と水を向けると「いえ自分がやります」と言い張るのですよ。
「それはアナタに仕事ができないと思われたくないのよ」(ジャン妻)
6号は普段はオトなしいが、これまでやったことがない内容や、イレギュラーた対応を依頼すると、
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
口を横に引っ張ったようなカオをして過剰に反応するのです。
「さような声を出すな」
「ス、スミマセン」
「何をオドオドしているか?」
「それって自分やったことないんで」
「誰でも最初はそうさ。やってみぃ
「ハ・・・、ハイ・・・」」
数日経ってから、
「上手くいきましたぁ」
いつもこの繰り返しです。やりゃぁできるのにいつまで経っても最初は自分に自信が持てない子。

もう本年度は還るチャンスはないかなと思った。
それは草6号が成長したから。喜ばないといけないのだが。
諦めかけていたところへ、群馬のお友達から届いた1通の写メ。。。
初冠雪.jpg
雪化粧をうっすらと。
赤城?
榛名?
浅間かな?
これで心の中に消えかかった埋み火が少しだけ点いた。何か群馬の案件はないか?
午後の東京駅.jpg
小さい案件がひとつある。高崎市。
これに前橋の案件を追加。これで2件。
これだけだと宿泊許可が出ないな~。北関東で何かないか?
栃木県小山市の案件があるのですが、大宮を起点にするとVの字に分れてしまう。間を結ぶ両毛線でチンタラ移動するのはシンドい。
そこで西埼玉、本庄市のネタを組み込んだ。
本庄早稲田.jpg
平日の午後、夕方、本庄市に立ち寄った。本庄早稲田で下車。
本庄市は高崎泊を正統なものにする為のダミーで、ここ埼玉県域、西の外れに夕刻にアポを取ることで、群馬の中核都市である高崎市の担当者とは「翌日の朝9時台にアポが取れたのです」ということにしたのだ。
ということで。正式にOKが出た!!
群馬の玄関口に下りる前、本庄市内での公用はあっさり終わり。
JR本庄駅までトボトボ歩いた。
万龍は中休み中だった。
万龍.jpg
本庄駅、高崎線上り線ホームではなく下り線ホームへ。
今夜は前回のように群馬を目前にして都内に引き返さなくてもいいんだ。
本庄駅1.jpg
本庄駅2.jpg
群馬の玄関口に着いた。
「ただいまぐんまちゃん」.
ただいまぐんまちゃん.jpg

またこの石たちのレプリカが並んで鎮座しているぞ。
レプリカ1.jpg
レプリカ2.jpg
「ユネスコ世界の記憶の登録の可否を審議する国際諮問委員会が10月24日からフランス・パリにおいて開かれ、高崎市にある山上碑(やまのうえひ)・多胡碑(たごひ)・金井沢碑(かないざわひ)の3つの石碑「上野三碑」(こうずけさんぴ)が「世界の記憶」に登録されることが決定いたしました。」
この3碑はまだ日本に文字を書く紙が無かった時代、石に文字を打ったもの。本各地にそれらがある中で最古の石たちです。上州に3個もあって、その石たちが揃って登録されたというもの。
前に書いたかもですが、多胡碑にはこうるそうです。
弁官符上野國片罡郡緑野郡甘
良郡并三郡内三百戸郡成給羊
成多胡郡和銅四年三月九日甲寅
宣左中弁正五位下多治比真人
太政官二品穂積親王左太臣正二
位石上尊右太臣正二位藤原尊

難しいですが、弁官符からの命令文なんですよ。
上野国にもともとあった片岡郡・緑野郡・甘良郡の三郡の中から三百戸をもって新しい郡を作り、羊という人に支配を任せる。郡の名前は多胡郡。だから多胡碑。
そして年号dすね。和銅4年3月9日だから西暦711年らしい。
中央政府にいたお偉いさんの名前があります。左中弁・正五位下多治比真人。知太政官事・二品穂積親王、左大臣・正二位石上麻呂、右大臣・正二位藤原不比等。
その時の中央政府が正式に任命した公の文章で、最も古いものなのです。
ユネスコ.jpg
ロータリーに出たら、新しいデカいビルができていた。
新ビル1.jpg
新ビル2.jpg
新しいビルを見上げる。
ランチならまだしも、路上に面していないビル内のテナントに入って飲んでも味気ないものなのだ。
私なんかが探訪する必要はないだろう。地元のBloggerさんやゲストの方に委ねましょう。

高崎市内の公用アポは明日の午前中です。たいした内容ではない。
久々の群馬ですが、行った先は郊外の群馬八幡。
八幡の夜道.jpg
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クリエイティヴ [居酒屋]

疲れた週末、お客がひと回りした頃合いで2席空いたので入店できた。
私らより5分後に来た2名様は「ごめんなさい満席なんです」とお断りされてたからラッキーだった。
疲れた週末に.jpg
お品書き.jpg
最初の膳.jpg
おとおしはミニ鰻巻き。だけど何処に鰻があるんだろう?
うまき1.jpg
鰻の身は真ん中わさびの下にちょび~っとだけ小さく隠れてた?
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カウンター席にいる私たちの目の前で店主が大きいタッパからポテサラを出し、別の封を切ってドロドロした液体をかけたら凄まじいニオいが漂ったぞ。
私もジャン妻もカオをしかめ、鼻がヒン曲がった。
「これかぁ。ゴルゴンゾーラのニオイ!!」
「嫌いスか?」(店主)
「いや、平気だけど。凄いね」
私らは「河より低いBAR」でいただいたことが何回かありますが、そこではチーズそのものをいただいたのでここまで凄いニオイではなかった。
他のお客さんからも「何のニオイ?」「何の料理?」と注視される始末です。
ゴルゴ2.jpg
これがそのドロッドロのゴルゴンゾーラチーズを塗したポテサラである。
鼻を近づけると・・・やはり臭い。そのうち慣れたが。
ゴルゴ3.jpg
ゴルゴンゾーラって名前からしてインパクトがある。
「ゴルゴンゾーラって何?」
「ブルーチーズ、青カビチーズの種類よ」
神話に出て来る蛇の髪を持つゴルゴン姉妹かと思ったがそうではないのか。視線が合ったら石になってしまうコワい妖怪ではなくフランスの地名だそうです。ミラノ郊外。(行ったことないけど。)
現在は電車が通って都市化され、そこでは製造されていないとか。
辛味のピカンテと甘味のドルチェがある。これはどっちだろう。ドルチェ?
ゴルゴンゾーラに限らずブルーチーズはどれもクセが強いが、好き嫌いが紙一重ですね。クセの強いチーズの中ではトップクラスですよ。
でも塩分は控えめらしい。青カビ由来の独特の刺激臭が特徴で好き嫌いがはっきり分かれる。
「前に牛ひき肉とゴルゴンゾーラチーズのコロッケ食べてるじゃん」
伊東甲子太郎も美味しいと言ってたあれか。フライの衣で封じられているからそれほどクサくなかったのが下写真、掲載済の伊東甲子太郎とゴルゴンゾーラチーズコロッケ。
伊東甲子太郎.jpg
この店の料理は新作が多過ぎてすぐ過去メニューになってしまうが、ゴルゴンゾーラコロッケは事前に言えば出してくれる。あれは火を通してるからクセとニオイが和らいでいた。
生は凄いニオイ。それも固形チーズではなくジェルのようになっている。
ゴルゴの痕跡.jpg
喰い終えた皿に、ゴルゴンゾーラの残りが不気味に張りついているところ。
船山温泉裏手の岩盤から染み出している源泉、硫化水素のシミみたいである。

リッツ1.jpg
ゴルゴの後に何故か出されたリッツ。新しいリッツである。
齧ってみたら「やはルヴァン(Levain)方がコクがあるな」
塩味も薄い。この後で出された春巻に添えられた塩を塗したら、案の定ジャン妻が眉間に堀り深い縦皺を刻みながら、
「何でリッツに塩をかけるのっ!!」
リッツ2.jpg

秋刀魚カツ1.jpg
次は秋らしく?新秋刀魚チーズカツレツという邪道ものを。
「絶対これ注文すると思ったワ」(ママ)
秋刀魚カツ2.jpg
でも何で新秋刀魚をカツにして揚げるかな。発想が斬新を通り越して行き過ぎの感が無くもないが。
「秋刀魚っていえば、秋祭りで秋刀魚を焼くんだよな」
「アナタが?」
焼き鳥もそうだが、自分は秋刀魚なんて焼いたことないよ。家でも秋刀魚なんか出ないじゃないか。
「(納涼祭の時)焼き鳥の時に教えて貰った先達の下で」
「秋刀魚ねぇ。大丈夫?仕入れられるの?」
昨年も焼いたそうだが毎年のように漁獲量が減っているそうで値も上がっている。100匹ほど仕入れてそれプラス50円か100円で販売するんだって。(実はもう済んでいるのですが、トンでもない高騰だった。)そんな希少な秋刀魚をチーズカツレツで揚げるなんていう暴挙を。普通に塩焼きでいいジャンと思ったら黒板にちゃんとそのメニューもあった。
秋刀魚カツ3.jpg
「だけど哀しいよな。北鎌倉にいるKさん(この店に昨年まで6年もいた板前)だったらこれにタルタスソースがたっぷり添えられるのにさ」
「・・・」
秋刀魚カツ4.jpg

店1.jpg
そのKさんがいる北鎌倉に先日行ったハナシをした。
「前にこの店にいたスタッフが客で来てたよ」
そのスタッフは誰なのかすぐにわかったのだが、もうひとり開店以来のお客さんが「最近港区のあの店はいつ行っても満席だ」「席が取れない。何で予約なんて・・・」とボヤいていたよ。
店主とママは「誰だろう?」「どんな方?」
私はその方の人相、風体、何処にお住まいか、何処にお勤めか、断片的な材料を挙げたが結局わからなかったのである。
「前この店にいたスタッフと待ち合わせしてたみたいだから、かなり前からのお客みたいだよ。前は予約なんて要らなかったのにって言ってたし」
それでもどなたかわからない。
「あ、それと、あの店は休み過ぎだって言ってたよ。そん時だけ自分も我が意を得たりと大きく頷いたけどな」
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チジミ2.jpg
牛スジとキムチのチヂミだって
「チヂミィ?」
「アタシは好きなのよ」
お好み焼きのやわらかいヤツ。食感がフニャフニャしている。
「アナタの好みじゃないかも知れないけど」
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春巻1.jpg
豚角煮とホワイトソースクリーム春巻
これは店主のお試し作品だがあまり出なかったらしい。ホワイトソースが勝っちゃって、何処に豚角煮があるのかわからないのだ。
春巻2.jpg
春巻3..jpg
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活〆穴子と秋野菜炊き合わせ
これがイチオシだったね。でも炊き合わせというよりは揚げ出汁だね。
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熱燗にした酒.jpg
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「〇〇ログで見たんだけど、彼(Kさんのこと)鎌倉のOで修行されたって出てた。でもその前に長くいたここの店のことはこれっぽっちも触れてなかったぞ」
ママはややムッとした。
「またそんな火種になるようなことを言う」(ジャン妻)
「そう。そうなの。わかったワ。彼そう言ってたのね。ウチにいった時期はどうなのよっ。6年もいたのにさ」
「〇〇ログの投稿だよ」
ママの怒りに更に火を注いでやろうと。
「6年!!そんなにいたのか彼?」
わざと大仰に驚いてやった。
「そうよ」
「そうか~6年も・・・6年もいたんだ。ふぅん。長いね」
ママはますますムッとした。
「ったく余計なことを」(ジャン妻)

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冷蔵庫にロクな食材が無いのがわかっていた火曜日の夜。
何でまだ火曜なのに食材が無かったか。それは項術します。で、入店したらいきなり、11月24日(金)都合によりお休みしますの貼り紙があったのですよ。
休みの告知1.jpg
WCが遠い私ですが、珍しくWCを使ったらそこにも貼ってあった。
WCにも.jpg
店主に聞こえるように言ってやった。
「WCにもこれ見よがしに貼ってあったぞ」
「えぇ~?WCにも。後で見よっと」
「ゴルフだろ?」
「ち、違いますよぉ。家族孝行を・・・」
・・・何とかかんとか言っておったが。まぁいい。休んで下さい。
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おとおしに穴子寿司。
穴子寿司1.jpg
穴子寿司2.jpg
さりげなくワカサギとパブリカの南蛮漬け。
単なるワカサギの南蛮漬けだけでいいのに。パブリカもネーミングに入れる辺りは差別化を謳っているんだろうね。
南蛮漬.jpg
ここまではアッサリしていたのですが、次に驚愕の新メニューです。
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炙り〆さばのポテサラ!!
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ポテトのマッシュを座布団にして、その上に〆サバが鎮座しとるんですよ。
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何だぁこれはぁ?
これは別々に食べるのがいいのか。一緒に口の中に入れるのか。
どちらが主役なんだろう。〆サバか、ポテサラか。
ちょっとやり過ぎですよね。何でまたこんな珍メニューを考案したのか。
でもまぁひとくち食べてみて、あ、イケるね、までいかないが、悪くないコラボレーションではある。
驚異の新メニュー4.jpg
「どうですか?」
「う~ん。。。悪くない。いや、思ったよりイケるけど。これって出るの?」
「結構出てますよ皆さん」
そうなの?物珍しさか興味本位か、コワイもの見たさではないか。
奇を衒い過ぎの感はある。これをシメサバにウルさい浜松・貴田乃瀬の親方が見たら何て言うだろうな。
ゴルゴン1.jpg
またものスゴいニオイが漂ってきた。
鶏つくねと根菜のゴルゴンゾーラチーズ焼きが運ばれてきたのです。
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この時も周囲のお客さんの視線を感じた。火を通すとこんなニオイになるのか。
キツくニオうし食感がベットベトです。ここまで来るとこの料理にどんなお酒を合せたらいいのかわかんなくなってきた。
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肉巻き安納芋ガリバタ焼き。
ガリバタ?ガーリックバター焼きか。今度はガーリックのニオイ攻撃だ。
これはビールだな。ビールに合うものを後から出して、ビールを再注文して儲けるのがこの店の戦略なのです。
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ガリバタ焼3.jpg
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強い味の多い店ですが、シメサバポテサラ、ゴルゴンゾーラ、ガリバタとキョーレツなのが続いたので、〆の三陸産牡蠣とホウレンソウのチャンプルが大人しく優しく感じたよ。
チャンプル1.jpg
チャンプル2.jpg
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何だこのラベルは?.jpg
ススメてくれたお酒。銘柄は忘れた。
なんなんだいこの可愛らしい酔っ払ったワン公は。
「日本酒のラベルっぽくないですが」(店主)
「このワン公は、23日休んで4連休できる喜びを表しているんじゃないの?」
「・・・」
斜め前から.jpg
「じゃぁ親御さん孝行してきてください」(ジャン妻)
「俺らも休むから」
「え??」
私らは23日(勤労感謝の日)の朝から2泊3日で会津に向かうのです。だから(土)(日)にあまり食材を買い込まなかったのだ。
「なぁんだぁ。〇〇さん(私らのこと)たちもウチと一緒でお休みするんじゃないですかぁ」の後で、〇〇さん(私らのこと)が10数年通われてる会津の居酒屋ってどんな料理を出すのですか?の話に転じた。
「この店みたいな創作料理はゼロで会津の郷土料理だよ。鰊の山椒漬、棒鱈、馬刺とかね」
店主は、〇〇さんてそういうのも食べるんですか?という表情、目になった。
「会津の店でポテサラも出る時あるけど、〆サバを載せたりしないし、ゴルゴンゾーラも出たことないな」
そのうち暴走し過ぎて「ゴルゴンゾーラの〆サバ」なんてのも考案するんじゃないだろうかこの店。(どんな料理だそりゃ?)
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クリエイティヴ [居酒屋]

いつもの角度.jpg
この日のお品書き。番号も振ります。
①釜茹で真ダコの燻製とドライトマトのポテサラ
②炙り〆さばと水茄子の辛子和え
③昆布〆ホタテと白菜漬の塩昆布和え
④サワラの漬け焼 あさりのしぐれあんかけ
⑤うなぎ蒲焼と安納芋のチャンプル
⑥ピリ辛チョリソーときのこのニンニク醬油炒め
⑦豚バラとキャベツの小鍋仕立て山椒ダレ
⑧サンマ竜田揚げと長芋のキムチ炒め
⑨キーマカレーとチーズの栃尾揚げ
⑩三陸産カキの昆布醬油焼
⑪生ハムと舞茸のかき揚げ
⑫角切り豚肉と根菜のピリ辛味噌炒め
⑬江戸前穴子の納豆揚げ出し
⑭姫さざえのうま煮
⑮レバーとハツのタレ焼き
⑯塩煎りギンナン
お品書き1.jpg
最初の膳.jpg
生ハムと柿白和え.jpg
どれにしようか決まらないのだ。
「何になさいます?」(ママ)
「う~ん・・・」
「どれにするか当ててみましょうか」(ママ)
「それがさぁ・・・」
「???」
「決まらないんだよ」
「???」
「どれもソソるものばかりでさ。困ってるのよどれにしようかって」
「!!!」
お世辞でも何でもないですよ。この店で今更お世辞言ったってしょうがないしさ。①釜茹で真ダコの燻製とドライトマトのポテサラはタコ好きなジャン妻(タコみたいなカオ)がオーダーしたが、温かいものが決まらないの。
ポテサラ1.jpg
ポテサラ2.jpg
ひとつひとつ目で追ってみた。
私がソソられたのは、④サワラ漬け焼、⑤鰻蒲焼安納芋チャンプル、⑥チョリソーきのこニンニク醬油、⑦豚バラキャベツ小鍋仕立、⑧サンマ竜田揚げ長芋キムチ炒め、⑨キーマカレーチーズ栃尾揚げ、⑪生ハム舞茸かき揚げ、⑫角切り豚肉根菜ピリ辛味噌炒め、⑬江戸前穴子納豆揚げ出し、⑭姫さざえのうま煮。。。
「参ったなこりゃ。全部食べたいくらいだよ」
「そ、そうなの~」
ママは目が潤んだ。(後述)
「⑨キーマカレーチーズ栃尾揚げと・・・鰻にしようかチョリソにしようか・・・な・・・」
「ハーフに致しますわよ」
「それじゃぁ悪いよ。手がかかるのに半分じゃ」
「平気平気、今言ったのは炒め物だから」
鰻芋チャンプル1.jpg
鰻芋チャンプル2.jpg
⑤鰻蒲焼チャンプル
「芋は見えるけど鰻は何処だ?あ、あったあった・・・」
鰻は何処だ?.jpg
鰻は何処だ?UP.jpg
⑥チョリソーきのこのニンニク醬油炒め
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⑨キーマカレーチーズ栃尾揚げ
栃尾揚げキーマカレー1.jpg
栃尾揚げキーマカレー2.jpg
この店、私らが予約電話を入れるとママが「今日の〇〇さん(私らのこと)はこれとこれとこれをオーダーするんじゃないかな」の予想を立てるそうである。だいたい5割以上の確率で的中するとか。
「しかし今日は迷うな」
「いつもパッパッと早くお決めになるじゃない。今日はどうされたのかな~と思った」
「参ったな。今日はホント迷うよ。胃がデカかったら全部食べたいくらいだ」
ママはまた目が潤んだ。そしてママが話してくれたのは・・・
稀にランチに来るお客様がご新規のお仲間を連れてきたのでスタッフ一同気合を入れたのだが、そのお客は黒板のおススメメニューに全く見向きもせず「枝豆」「ポテトフライ」「塩辛」がいきなり挙がったという。
「枝豆?この店で?」
「ないわよ今の時期に。冷凍は扱わないからウチ」
その後も黒板メニューからは全くチョイスされなかったので、板場にしてみりゃ気合が抜けたとか。
「二次会だったのかな」
早い時間帯だったそうである。
食べないだけでそこそこ飲まれたそうだが、でもここって創作料理居酒屋でしょ。そういう方たちは酔っ払えばいいやっていう客なのかな。駅前の安いチェーン居酒屋に行けばいいのにって思うよね。
だからママは注文に迷う私を見て目が潤んだんですよ。
メニュー黒板は後から見えた新規の客に持ってかれたので、先にi-Phoneで撮影済の写真で二度目のオーダー検索。
⑩三陸産カキの昆布醬油焼か・・・何回か食べたな。
牡蠣から染み出した汁が昆布の上に薄く溜まって美味いんだよな。
②炙り〆さばと水茄子の辛子和え・・・前回、伊東甲子太郎と会食した時に食べたな。
⑧サンマ竜田揚げ長芋キムチ炒め、⑫角切り豚肉根菜ピリ辛味噌炒め・・・ピリ辛系が多いかな。もうママのカオのラベルの日本酒飲んでるから辛い系は合わないかな。
ママの顔.jpg
ブツブツ思っているだけでなかなか決まらない。
「ダメだ。決まらん。この店は新作メニューが多過ぎないか。来ると大抵新作があるし」
「新作はね。〇〇君(現在の板場にいる若手)がピックアップして、これで如何ですか?って〇〇さん(店主)に伺いを立てるのよ。なるべく同じ系統が偏ったりしないようにするの」
「そうなんだ。好き勝手に考案したり余ったものを混ぜこぜにするんじゃないんだ」
「ち、違うわよっ」
で、あっさりしたものに。③昆布〆ホタテと白菜漬の塩昆布和え・・・だいたいどんなものか想像できるけど。
ホタテ白菜1.jpg
想像どおりだった。
ホタテ白菜2.jpg
「⑮レバーとハツのタレ焼き・・・これは脇役だろ。いつ来ても隅っこに書かれているし。黒板の隙間を埋める意味合いが強いでしょ」
「そ、そういう訳ではないけど」
「でもいつも書いてあるワフワさつま揚げが入ってないのがいいね。あれも単に隙間を埋める為のものでしょ」
「実は・・・」
「???」
「さつま揚げ仕込むの忘れたの」
「・・・」
さけ.jpg
穴子納豆1.jpg
迷った挙句、⑬江戸前穴子納豆揚げ出し・・・
穴子納豆2.jpg
器がデカ過ぎないかこれ。
夫婦喧嘩で凶器になりかねない。洗うのもタイヘンだ。
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穴子納豆4.jpg
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お品書き11.jpg
それほど間を空けないでまた行ったら。
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ああっ!!また柿の白和えかよ。
前回と同じおとおしを出しやがったな!!
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ビールに全然合わないのだ。
言えばよかった。「前回も出たぞ」って。
「見事に同じものだったね」(ジャン妻)
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生ハムと燻製たまごのポテサラ。
「生ハムを切らして・・・ベーコンでもいいですか?」
望むところです。でも毎回書きますが、この店のポテサラはオリジナルドレッシングの濃い味で決まっているのです。
ポテサラ2.jpg
ポテサラ3.jpg
大根とアサリの胡麻炒め。
熱々の炒め物が出されるかと期待したが案に相違して冷たい肴だった。
炒めて冷やして寝かせたみたい。煮物だね。
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「今夜も前回のようにオーダーに迷う?」(ママ)
「いや、今日はそうでもない。今夜は決められるよ」と言ったが似たような肉系2種で迷った。よく出される牛バラ肉と舞茸オイスターソース、または豚トロと彩野菜ガーリックステーキ、牛肉と豚肉どちらにするか人生の岐路に立ったかのように迷った挙句、後者の豚肉にししたのは付け合せの野菜が種類多そうだったから。
豚トロ彩野菜ガーリック1.jpg
豚トロ彩野菜ガーリック2.jpg
豚トロってブ厚い肉だと案外歯応えがあるので、私は薄いバラ肉の方がいいと思うのだ。
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真鯛の竜田揚げ鬼おろしきのこあんかけ。
味はいいが何もこんなゴツい皿で出さんでも。
「何なのこの皿は?前も出たけどまたどっか行って買って来たの?」
「前からあったんですが。あまり使わないまま眠ってたのを引っ張り出して・・・」
「夫婦喧嘩に使ったら凶器だね。一発殴ったら失神するよこれ」
ゴツくて重たい。中に沈んでる料理をすくい難いのだ。自分で使ってごらんよ。
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中を覗き込んだところ。中に刺身で出せなくなった鯛が揚げられて餡に浸ってる。
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とうとう残りの汁をすくうのがめんどくさくなって、飯にブッかけて喰う暴挙。
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もう師走のネタになった。
「年内は29日(金)まで営ります」
「それって当たり前だから」(ジャン妻)
「そ、そうスか?」
「新年は・・・」
「ええっと・・・河岸が開いてないと・・・」
「河岸が営ってなくても営業できるじゃない」
「やっぱ河岸が開いてないといい魚が・・・」
毎年繰り返されるこのネタも飽きて来たぞ。
今宵もこの店へ.jpg
多忙な10月後半、私が疲れ切ってヨロヨロしながらたどり着いた21時。。。
お品書き.jpg
最初の膳.jpg
ヘンなおとおしだな。タコを切り刻んだのにジュレがかかってる。
これはイマイチだな~。
稀にジュレをかけたヘンなのを出すんですよ。
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セロリとベーコンのポテサラ。セロリは細かく刻んであって、苦味は全く感じられないのは自家製ドレの方が味が勝っているからです。
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今宵の美味その①、レバーとハツのタレ焼。
「レバは上大岡でしか食べないんじゃなかったの?」
「貧血気味なのよ。あ、でもこれ、美味しい」(ジャン妻)
お・そ・ら・く・生肉ではないと思いますが、やわらかいのは何故だろ。
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秋刀魚大根1.jpg
美味その②、焼サンマと焼大根の梅ダレかけ。
高崎に住んでたマンションの近所にある田町の「亮さん」の大根ステーキ1個200円を思い出した。
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大根.jpg
秋刀魚といえば。
「そうだ。秋祭りで秋刀魚を焼くんだって」
「秋刀魚?仕入れ値高くなってない?」
それが懸念されている。幾らで売るんだろう。
夏祭りで2晩焼き鳥を焼いたせいで秋刀魚を焼く係に指名されたのです。当然先達がいますけどね。
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美味その③、揚げ鶏の甘辛タレがらめ 胡麻と黒胡椒まぶし。
ビールですなこれは。鶏肉の旨味より衣の揚げた食感とタレの味が勝っているから「鶏肉はそのままでも脂があるから揚げるなんて信じられない」とのたまう上大岡のマスターがこれを見たら邪道と言うだろうな。それに加えて炒めて甘辛タレでベットベトだからね。
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鯛蕪1.jpg
美味その④、真鯛と蕪の酒蒸し 柚子味噌がけ。
この店は強い味(濃い味)の料理が多い中で薄味のイチオシで、これは酒ですな。
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鯛蕪3.jpg
創作料理が続いたが、実は刺身で狙っていたネタがある。
しょっちゅうUpしていますが滅多に刺身はオーダーしない。この店を卒業した前の板前Kさんが、「〇〇さん(私のこと)刺身を注文しないからお嫌いなのかと思ってました」
そ、そんなことはないよ。ママが黒板に手書きで書いた創作料理に視点が注がれがちで、右の申し訳程度に小さく書かれた刺身類が脇役に見えるからだよ。
「ホッキ貝」
「ええっ!!」
ホッキ1.jpg
ママは驚いた。
「〇〇さん(私のこと)貝のお刺身食べるの?」
「ホッキ貝は好きなの」
「この人は貝の食感が好きなのよ。赤貝とか」(ジャン妻)
「ホアテ、タイラ貝、サザエやアワビも好きだよ。ツブ貝もコリコリしていいな。トリ貝のようにフニャフニャした食感の貝は嫌いなんだ」
ママは意外そうだった。
「群馬の居酒屋にもホッキ貝はあったよ」
「そ、そうなの?」
もっとも群馬のホッキ貝は刺身といっても軽く湯引きしたのが多かった。湯引くとやや甘味が出て生臭さが消えるが、私はヌルヌルして生臭い生の方が好きで。。。
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創作料理の居酒屋は、店側のやっつけ料理をおしつけられるリスクも伴うが、この店はまぁまぁある程度は完成系です。
この店は新作が増え過ぎてマスターも過去のメニューを殆ど覚えてないそうである。
その日、その時の閃きで、あれやってみよう、あの食材をこうしたらイケるかな、そういう発想がもの凄いらしい。
店主に「この店は料理のインスピレイションが凄過ぎだよ」と言った後で、そういうのはインスピレーションなのかアイデアなのか。どう違うのかなって思った。
インスピレイションは直感、閃き、瞬間的な思いつきという意味らしい。料理に限らず創作活動をする人が突然思いついた場合です。アイデアは瞬間的ではなく、若干考えがあって発想するもの。だから揚げた秋刀魚を「そうだ、キムチと炒めてみよう」「キムチと炒めたらどうなるのかな」前者がインスピで後者はアイデア?
どちらでもいいか。新作創作メニューが膨大な反面、過去形になったら殆ど覚えていないそうで「〇〇さん(私のこと)の方が写真撮ってるからウチの過去メニューにお詳しいんじゃないですか」なんて言われたから、過去の黒板メニュー写真だけでも贈ってあげようかなとも思ったが、整理するのがタイヘン。
「一応ノートに付けてはいるんですが」
ノートにつけて「こんなのを作ったな」それを再び作るよりも「次はこうしたらどうかな」に移ってしまうので、古新聞のように過去のメニューは忘却されるそうです。その代わり新作が続々湧いてくるから凄い。
黒板の料理は定番で残ることはまずない。客側が覚えてて「いつかのあれ作ってよ」なら思い出したように対応可能だとか。
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きたかまの夜 [居酒屋]

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江ノ電の石上駅です。
起点の藤沢駅からひと駅です。この駅から徒歩10分の場所に私の公用場所があって、閉庁した17時にUpしたとこ。
藤沢駅から徒歩圏内ですが、閉庁する17時ギリだったので往路復路とも江ノ電乗っちゃた。
もう今日は東京本社に戻らないで直帰します。ジャン妻は部署の飲み会で、私はひとりで夕餉&晩酌を済ませなくてはならないのだが。
藤沢で行く店といえば「昇」ですが、今日は月曜だから定休日なんだよな。
そこで思いついたのが北鎌倉。
名月.jpg
JR北鎌倉駅から徒歩7分ぐらいですが、夜道が暗くガードレールもないので、足元を気にしながらゆ~っくり歩いたら10分近くかかるのではないか。
前方からのくるまのライトが眩しい。お寺の多い鎌倉市とはいえ、もうちょっと灯が欲しい気がします。突然路地から人が現れて私の前を歩き出したら、手には懐中電灯を持っていましたから。
鎌倉街道を鎌倉市に向かって歩き、縁切り寺の建長寺の先、右に入るドン詰まりの路地の奥にあります。店の先は山です。
そこだけ光る.jpg
初めてテーブル席に座った。
居心地がいい。清潔感とキレイな店内。
夏場に改装しました。
山側1.jpg
デカい全面ガラス張り。1枚ガラスは高いのでそのまま活かすしかなかったそうです。
そこから山の斜面の木々が見える。物の怪でも出てきそうである。
山側2.jpg
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Kさんと若奥様2人で営っています。アットホームでプロっぽくないのでこちらも緊張しないが、若奥様はまだまだ慣れていないかな。お客に助けて貰ってる感は否めないなぁ。
BGMは彼の趣味なのかAOR系統の洋楽ポップスが流れている。

このお品書きのフォントは絶対に鎌倉の超有名店を意識してるな。
(文字の羅列、http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-02-22 他、幾つか。。。)
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「〇〇ログで誉められてたね」
「誉め過ぎですよ。料理を出すのが遅いとか、厳しいコメントも欲しいのですが」
Kさんは恐縮しているが確かに遅いぞ。
東京時代の常連さんが(後で会話します)カウンターにいるとTALKになっちゃって手が動くのが遅いのだ。東京時代の方が格段に早かった。
「飲むお客さまだったら何か軽くお出ししといて、出来あがるまで飲んで待ってくれるのですが。鎌倉という土地柄か飲まないで食事だけのお客様も多いので」
飲んでお待ち下さいとも言えないそうである。でも鎌倉に出したからにはそれに対応しないとね。私は「鎌倉は止めといたら、大船か藤沢にしなよ」って反対したんだけどね。
鎌倉は観光客の方が多いので、昼に来た客が夜にはつながらないそうです。
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〇〇ログからすみませんが引用させていただきます。こんなお誉めのコメがありました。
「元々は東京の居酒屋で働いていたのですがご結婚を機に鎌倉に引っ越し、こちらのお店を立ち上げる前は鎌倉の人気和食店、O(オー)でお手伝いをされていたとか。」
事実です。
O(オー)はメニューが文字の羅列になっているあの超人気店です。
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Kさんがここに店を構えたので、前のO(オー)では現在は女性店主おひとりで営っているらしい。
「あれからOさんへ行かれてます?」
「行ってないな。ひとりだとこっちも気を遣うしな」
超人気で入れない店に入れ込んでもねぇ。Oさんがあれだけ混むのは鎌倉に夜に営ってる店が少ないのからかも知れない。
Oさんは鎌倉市の行政に行った帰途に駅西口の商店街で見かけたことがある。「あ、あの男性何処かで見たことがある」と思ったらOの女性店主だったの。
「自分Oにいたとはいえそこに置いて貰っただけで、Oで修行したみたいに話が」
そりゃ期待するでしょうよ。〇〇ログにはOさんの実店名が出ています。知る人ぞ知る有名店ですが実際に彼がOさんにいたのは1年未満足らずで、その前の東京の居酒屋にいた時期の方が遥かに長いのです。
この炒飯だって東京の居酒屋のメニューだよ。他にもメニューが一部被ってるし。
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左写真の男性の方はKさんが前にいた東京の店のOPEN時からのお客さんだって。
「あの店はいっつも混んでる」
「最初の頃は予約なんて要らなかった」
「それに休み過ぎだあの店は」
3つ名のボヤキには私も我が意を得たりと大きく頷いた。
「後ろの方も、東京の店のお客さんですよ」
「え?」
こっちに振るなよ。
「そうでしたか。今でも行かれてまか?」
「月に3回くらい。行く時は必ず予約電話してますよ。最初のお客が1回転した頃合いを見て、そうですねぇ、8時以降ですね。それでもまだ混んでますからね」
「前に4回電話してダメだったことがありましたよね」(Kさん)
「4回じゃなくて6回。もう見切り付けようかと思ったモン」
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-04-03
しばらくしたら、東京の店で前に努めてたスタッフだからもとKさんの同僚ですね。その方が見えられ、紹介されご挨拶したのだが、
「〇〇さん(私のこと)面識は?」
「ないな。自分は平成24年に1年間群馬にトバされて25年に戻ってからだからね」
その方も自分の店をお持ちだそうだが、
「何で辞めたの?給料安かったから?」
「休みが多過ぎて逆に生活がキツくなったとか?」
「あのワンマンなママと衝突したとか?」
言いたい放題言いまくって1時間でお会計。
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〇〇ログには「Oは現在は予約困難な超人気店になりましたが、こちらのお店も近い将来に超人気店になるでしょう。北鎌倉で和食と言えば、〇〇庵かこちらかというくらいの実力を感じました」
いやいやいやいやそりゃ誉め過ぎでしょ。可能性は秘めているが現時点では私はそこまで思っていないと思うよ。この店はまだまだこれからです。もちろんこれからも応援するけどね。
Kさんが前にいた都内の店がこれですが、後日行ってこの夜のことをリークしてやったぜ。
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彼がいた東京の店(黒板メニューの店)のママに言ってやったの。
「鎌倉のOで修行したって出てたけど、その前に長~くいたここの店のことはこれっぽっちも触れてなかったぞ」
ママはややムッとした。
「またそんな火種になるようなことを言う」(ジャン妻)
「そう。そうなの。わかったワ。彼そう言ってたのね。ウチにいった時期はどうなのよっ。6年もいたのにさっ」
ママの怒りに火を注いでやろうと、
「そうか、6年も、6年もいたんだ。ふぅん。長いね。6年もね」
ママはますますムッとした。
「ったく余計なことを」(ジャン妻)
火種だけ残して帰っちゃった。
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彼がかつていた都内は眠りの無い街だった。
現在いる北鎌倉は眠りに早い街です。いや、街じゃないな。何て比喩すればいいのだろう。
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ソムリエ去る [居酒屋]

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(金)夜21時前~。
「近くまで来たけどまだ早いかな?」←電話です。
「あ、そうですね・・・(声を潜めて)・・・もうすぐお会計入るので9時過ぎたら大丈夫です」
電話に出たの女性の名前をまだ知らないが、もうすぐ去るKさんの後継者としてカウンター、テーブル席、離れの差配をすることになるでしょう。
Kさんに「君の後継者は誰になるんだ?」と聞いたら電話に出た女性を指したのでまず間違いない。そろそろ名前を覚えなきゃならないな。

(意外に思われるかも知れませんが、私は飲食店で働く女性の名前を覚えられないのです。この店の子も覚えようとしないしその気もない。
若い女性スタッフに対して親し気に名指ししてからかってるお客もいますが、私は店のママならともかく若い女性スタッフに対しては絶対にそういうことしないです。)

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昨日の信州サーモンの続きです。
「で、いつまでだって?」
「あ、聞きましたか」
関の差配師&ソムリエのKさんは当周囲をはばかるように、
「〇〇日でラストなんですよ」
「辞めて次どうすんのさ?」
「いろいろやりたいことがあって」
いろいろねぇ。
ってことは、すぐ次職が決まってるのではないらしいな。
「貯金の許す限りはいろいろ見て廻ろうかと」
貯金があるのか。深夜営業で公休は基本は1日だから、金は貯まるだろね。夜遅いし。賄には不自由しないし。
「もしかしてワインの世界に行くの?」
だそうです。11月に最終試験云々。
Kさんはこの店らしからぬ?店内で唯一のワインエキスパートだった。焼き鳥=串に刺してあるだけで要は肉なのでワインに合わないわけない。牛サガリなんか白ワインに合いますよ。
次段階はソムリエである。ワインエキスパートの更にランク上で、確か一次、二次、三次と段階試験があって、最後に書類審査があるんじゃなかったかな。
Tasting、栓を開けた時の試飲、ワインの栓を開ける、注ぐ、デカンタージュというのですか?ようワカランが。
そして実務に携わらなくってはならない。アルコール飲料を提供するサービス業、ワイン・酒類の仕入れや管理、流通や販売、もしくは製造業。
手っ取り早いのは夜に営業する飲食業で、ワインを提供する店に2年・・・3年以上勤務実績が必要で、勤務体系や勤務時間数をクリアしなくちゃならない。就業時間が週30時間以上(月120時間以上)勤務している実績が必須で、店側(雇用側)が在職していたのを証明書に署名捺印するのだと思う。無給での従事では証明できない。従事年数がカウントされないからです。
ウチの業界にも一般医薬品販売の資格者がいて「最近5年間で実働実績2年以上を有することで正規の・・・」・・・何とかカントカ・・・があります。退職してから勤務実績証明書をお願いされたことがあるし。

群馬泉熱燗をデカンタージュしているところ?
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Kさんが去った後、誰がこの店のワインを管理、推売するんだろう。
今宵出された牡蠣オイルは白ワインに合うし、TVでも度々紹介される煮込は赤ワインにも合うという。私は赤ワインは好まないが、全然飲めない訳ではない。
もったいないな。せっかく客が付いたのに。
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それまでひとりで担当していたものがその人が去ることで途端にしぼんでしまうケースがある。分担しているとそうなりがちである。いっとき廃れちゃうかも知れない。
これからクリスマス商戦に向けてワインが出るでしょうに。あ、昨年はKさん、インフルエンザで休んじゃったんだっけか。
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ハタハタ丸干し
「ハタハタが上がる季節になったのう」(三屋清左衛門調に呟くジャン妻)
「あの世界のハタハタは湯上げだよ。茹でて中骨を抜いたもの。でもハタハタは刺身にならないみたいだね」
「小さくて水っぽいからじゃない?」(ジャン妻)
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前もそうだったが、
「赤貝、何でヒモだけなのさ?身は?」
「そういえば何処にいっちゃたんでしょうねぇ」(Kさん)
「ヒモだけで仕入れたんじゃないの?」(ジャン妻)
そんな仕入れの仕方ができるのだろうか?
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長く通っていればそこの誰かが去る場面に向きあう時がある。
気が付いたらいつの間にか去っていった後だったりする。
去らない業界などないし、去らずにいる人もそうそういない。
どのような形であれ、誰もいつかは去る日が来るのです。
そして差配師&ソムリエKさん最後の夜。
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平日ですよ。21時に予約して退勤後に入った。
マスター、ジュニア、Kさんの後任になるであろう女性と、厨房に童顔のD君、そしてバイトたち。
レギュラースタッフの休みが多いような。ひと目見て人員が手薄なのがわかった。
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「Kさんがいなくなったらもうこの店にお洒落して来なくていいよね」(ジャン妻)
何を言いよるか。ある日Kさんが私に「奥様っていつもエレガントな装いですね」と言ったんですよ。
それは誉め言葉だが、それを聞いたジャン妻は、
「めんどくさいなぁ。何で上大岡にお洒落して行かなきゃならないのよぉ」
普段着で行けなくなったというのである。Kさんに向かって、「アナタがそういうこと言うから、着る服にその度、気を遣ったのよ」
次回から汚いカッコしてくるんじゃないだろうな。
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Kさんのファンがどんどん来店される。Kさんへの贈り物が並んでいる。
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今日で去るKさんは白いソムリエ姿。
彼が去ってから誰がワインを担当するのだろうか。
ローストビーフは白ワインが合うのに。
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ナメロウは童顔のD君、前は不格好なナメロウだったが、味、スタイルともだんだんサマになってきた。
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シコイワシの唐揚げ。
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デカい牡蠣串。火を通すことで旨味が出るんですね牡蠣って。
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いきなりガブッとやったら火傷しそうなトマト串。
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私はジャン妻に先に噛ませた。
「大丈夫か?」
「そういうのって普通は旦那さんが先にTRYする(噛みつく)よね」(マスター)
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Kさんをワインセラーの世界に導いた仲間連中が左暖簾のテーブル席を占拠しているので、Kさんはそこへカオを出している。
21時半頃になったら今度は今日公休日の板前Tさん、お調子者のYさん他、主要メンバーがドドドッと来店されたので、これは閉店後に店を閉め切って送別会になると見た。
それはいいが、こっちのメンバーは手薄で、ジュニアとD君、女性リーダー以外のスタッフの精度が落ちているのです。
マスターの傍らにいるのはバイト君なのだが見てるとこっちが心配になってくる。いつもは指示されたことしかしない子なので、自分で判断する、責任を持つ、ができないようだ。
呆れたのがこれよ。
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2本目をオーダーした私のチロリが放り出しててあるんです。
ハッキリ聞こえた。「自分わからないんでお願いします」って。そう言いながらそこに置いたんです。
じゃぁわからないなら誰に頼んで誰が引き継いだのか。伝達できていない。
確かに私は夏ででも燗を飲むめんどくさい客だよ。でも私はこれまでそれで通ってる客なんだよ。
残された若い衆に言いたい。熱燗を知らない、やり方がわからないなら、わかる先達(マスターかジュニア)に聞けばいいのだ。ちゃんと伝達しないで放りだしたままにするこたぁなかろう。
女性リーダーに伝えた。
「私の熱燗があそこに置きっぱになってるんだけど」
「あ・・・」
次の差配師になる女性リーダーもやや声が裏返った。
とびきり燗になってやり直しになったり。
次から燗酒はマスターかジュニアに声かけることにしよ。
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「この店で何人見送ったの?」(ジャン妻)
見送ったというのは、辞めてった(この店を卒業した)人たちのこと。
「震災の年からだから、それほどないよ」
それよりもこの店の今後が心配なのだが。
「いっときランクが下がるだろうな・・・」
聞えたかどうかわからない。聞こえてもいいや。
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外で別れの挨拶、Kさんとジャン妻は「お世話になりました」「これからも頑張ってね」の当たり障りない挨拶だが、私はKさんが抜けた後の右暖簾、スタッフの質に懸念がある。熱燗チロリ放りっ放しは許せませんよ。
「今後が心配だよ。アナタがいなくなった後大丈夫かな~」
「ええ、まぁ・・・」
Kさんは肯定も否定もしなかった。
後でジャン妻は「辞めるKさんにそんなことを言っても・・・」
「じゃぁいつか彼がカウンターのこっち側に座ってみりゃいい」
私は辞める人を見送りながら、今後どうしようかなを考える人なのです。
またいつか逢えたらいいけど。この店の今後が心配です。
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