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10月23日の東林間駅 [鉄路と風景]

台風が朝の通勤時間帯を直撃した10月23日に目覚めたら、雨も止んで風も吹いてないのに気付いた。
「よ~く眠ってたよ」(ジャン妻)
「???」
「アタシは強風?雨?3時頃に起きちゃって、1時間くらい眠れなかったんだから」
「そうか。全く起きなかったな・・・」
「この人何で起きないんだろうと思った。スー、クァー、スー、クァーって気持ちよさそうに寝てた」
アタシは眠れなかったのに、アナタ自分だけ熟睡してズルいというのかい。
台風は去ったようである。さてどうするか。
どうするかって出勤するしかないんだけど。運行状況はどうか確認。
「平常とおり運いてるんじゃない?」
今日は午後に小山まで行かなきゃならないのだが・・・。
(JR宇都宮線が送電トラブルで全く機能しなくなるのはこの日の午後です。)

前夜、私は上司にCメールで、朝の運行状況次第で判断して良いですか?と伺いを入れてOK貰っている。でも実のところ多忙なので動いてくれなきゃ困るのです。
ダイヤが乱れているであろうJR東海道線で東京本社へ向かうか、私は今日別アポがあって、小田急線沿線にある支店に行かなくてはならない。
横浜市営地下鉄の最寄駅構内で様子をうかがったら、横浜方面の車両はALL混んでいて女性専用車両も開放されていた。相鉄線の運転見合わせによる振り替え輸送客で混んだのです。
午前5時半、相鉄線二俣川駅付近を走行していた横浜行各駅停車の車両内で煙が発生し、車内や周辺区間が停電した。
乗客は徒歩で二俣川駅まで移動したというから線路上を歩いたのかな。落雷があったとの投稿や、情報も寄せられている。運転士が火花を見たらしい。
車両に避雷針とか設置されてないのだろうか。
その振替輸送混雑を見て私はJRで上京するのを止めて湘南台ま経由の小田急線で支店廻りをしようと決めたのです。
車両火災?
そういえば小田急線でも車両火災があったね。9月11日午後、代々木辺りの沿線の建物から出火し、脇を走る8両編成の普通電車の確か2両の車両の屋根に燃え移ったあれですよ。
小田急火災2.jpg
消防隊からの要請で警察署員が現場近くの踏切非常停止ボタンを押したら走行していた問題の電車が非常ブレーキで自動停止・・・した場所が、火災現場の真ん前でさ。
「運転手開けろ!!燃えてるから開けろよ!!」
消防士が怒声浴びせてましたね。バカかと言わんばかりに。
後で批判するなんて誰でもできますが、停止しないで一気に通過すれば良かったのにとは私も思ったよ。
マニュアル通りにしか対応しない、できないんだろうね。
今日の小田急線は大丈夫だろうか。

小田急線は何年か前は、激しく混む、遅れる、踏切待ちが長い、通勤時間帯なのにロマンスカーが憎らし気に運行する、のように叩かれがちだった。
今でも混雑するし遅れたりするが、登戸から代々木上原までの複々線工事化が進んで、地上高架、地下化による踏切解消等で幾分は改善されたような気はする。今の総スカンは東急田園都市線の方が上をいった感はある。
私は湘南台駅で快速急行新宿行に乗車した。何だ定刻通り運行しているじゃないか。さすがは大手私鉄だな~とこの時は安堵したのだが。。。

中央林間駅を過ぎた辺りから減速した。
止まっちゃった。
車内に流れたアナウンスはというと。
「相模大野駅で人身事故が発生致しました関係で、この電車は東林間駅で運転を見合わせます」というもの。
えぇ~。。。
止まってしまった電車車内.jpg
しばらく停止したままの状態が続く。
なかなか動かない。動こうとしない。
「繰り返しお知らせ致します。相模大野駅で人身事故が発生致しました関係で、この電車は運転を見合わせております。お客様にはご迷惑を・・・」
さっき聞いたよ。またしばらくしてから、
「繰り返しお知らせ致します。相模大野駅で人身事故が発生致しました関係で、この電車は東林間駅で運転を見合わせております。お客様にはご迷惑を・・・」
またかよ。同じようなアナウンスばかりである。新しい情報はないのか。
東林間駅?
駅に着いているのかこの電車?
でも私がいる後ろから3両目の車両はホームにかかっていない。築堤の上に停車している。
何故に東林間駅ホームに全車両滑り込まないのだろうか。そこで乗客を開放できないのか。東林間駅は10両編成に対応していないのだろうか。

「繰り返しお知らせ致します。相模大野駅で・・・」・・・いい加減にしろよと思ったが、今度は別情報があった。
「・・・運転再開は9時50分頃を見込んでいます」という。
9時50分?1時間近くあるぞ。それまずーっとここにいろってか。
窓の外を見た。
ホームが無いぞ。私のいる車両は東林間駅直前の築堤の上にいるのです。前方車両はホームに入っているとみた。それもここからではわからないが。
「繰り返しお知らせします・・・」
・・・私は諦めてアタマを切り替えた。愚痴るよりネタにしちゃえと思い直したのです。するとそれまで苛々してた気分が消えた。
何が起きるか楽しみである。もしかしたら線路の上を歩けるかな?

電車は動かない。
業を煮やしたか。若い学生が2人か3人最後部に歩いて行きましたね。車掌に物言いでもつけにいったのだろうか。試験に間に合わないとか。
行った(言った?)だけの効果があって、その後すぐに、「この電車は東林間駅で運転を打ち切らさせて頂きます。中央中ほどの車両のドアを1箇所開けますので、そこからホームにお降り下さい」という珍しいアナウンスが流れたよ。ということは10両編成の電車は半分ほどは東林間駅ホームに入っているようである。運転打ち切りは無情なようだが、この動かない車両からようやく解放されるというもの。
乗客は諦め顔で通路に立ち並んだ。
だが、立ち並んだだけで全然動かない。そりゃそうだよ。10両編成の真ん中の車両1箇所だけドアを開けたってすぐにドーッと堰を切ったように流れない。
動かない1.jpg
この状態がしばらく続く。
次のアナウンスは、「この電車は東林間駅で運転を打ち切らさせて頂きます。中央中ほどの車両のドアを1箇所開けますので、そこからホームにお降り下さい・・・」・・・同じ内容のアナウンスの後で、「東林間駅から相模大野駅までは徒歩〇分で、中央林間駅までは徒歩〇分です。他社線で振り替え輸送を行っております」というじゃないか。
運転を打ちきって東林間駅ホームに下りてその後は乗客の自己判断に任せると、丸投げしたのです。前後の駅まで歩いて行けと言われたようなものである。
動かない2.jpg
まだ動かないぞ。アナウンスにキレたのか、ひとりの会社員が憤怒の形相で後方車輌に歩いて行った。車掌に喰ってかかりに行ったんだろう。
他社線で振り替え輸送を行っておりますと言われても、中央林間駅から発着する最近評判が悪い東急田園都市線しかない。まさか大和駅まで延々歩いて、動いてるかどうかわからな相鉄線をアテにするのもバカらしい。
相模大野駅まで歩くのが最も距離が短いが、小田急小田原線(本線)が動いてるかどうかわからないが、区間運転を開始しますとか、折り返し運転がどうこうとか断片的なアナウンスがあり、「ホームにお降り下さい。この電車はこの先ご乗車できません」のアナウンスが流れた。
私の業務の一部を委託してある草の者(陰の部下)1号から着信があったが出るに出れない。
「今、小田急線の人身で電車が動かないんだ」と返信した。
小田急線沿線には4号と10号がいるのだが、ヤツらは出勤できただろうか。
動かない3.jpg
野党の牛歩戦術のようにちょっとずつ動き出したが。。。
埒があかない。
さて、ネタを作ろうと私も後方車輌へ歩いたよ。最後部車両は女性専用車だが、乗客は前方部に移動して誰もいなかった。
最後部車両.jpg
上記写真の撮影前、さっき憤怒の形相で歩いてった男性がエラい剣幕で若い車掌に詰め寄ってた。
「電車動かせよ」「大野駅まで行けよ」「だったらバス手配しろよ」
車掌は困惑している。今の時間帯の小田急は沿線の客層に女性や学生が多いので、若い車掌は私とその会社員のような男性の執拗なクレームに慣れていないようである。
その男性の要求を理不尽だと思っているか、人身事故は自分のせいじゃないと思っているか、自分の権限外で何もできないのです勘弁して下さいなのか、嵐が過ぎ去るのをひたすら待っているだけなのか。謝り方が中途半端なのは内心でそう思ってるからである。それは乗客側からしたら開き直った態度に見える。だから余計に相手を激高させる。こういう時はひたすらアタマを下げるしかないんだよ。
何で自分がクレーム対応しなきゃならないって後で同僚にボヤくんだろうな。

でも男性が言うバス手配はまず無理だと思う。東林間駅と線路脇の道路は大型バスが入れるだけのスペースはないのだ。でも私も相模大野駅まで行けないのか、行けないならこんな中途半端に停車してないで東林間駅ホームに全車両停車横付けして全てのドアを開放しろよ、とは思っているので口を出した。
「全車両ホームに横付けできないのかよ」
先にクレームつけてた男性は私に譲ってくれたように見えた。
「ハイ。できないんです」
何故できないのかわからない。
「10両編成で前方部のドア1か所だけ開けたって全部の乗客はすぐに下りれないよ。皆通路に立ち止まったままだぜ。動きゃしねぇよ」
「上からの指示でして」
この車掌は最後尾にいるから前方部の車両の状況がわかっていないのか、単にマニュアル通りにしかできないのか。
乗客がホームになかなか下りられないで車内通路に立ち並んだまま行列しているのはドアが1か所しか開放してない為であり、それを把握せずに(または上に報告せずに)「この電車はこの先ご乗車できません」とアナウンスだけして「早く下りてくださいよ」と言ってるだけに等しい。客のせいにしている。
「そうか・・・俺は前の方で並んで立って待つ気はない。乗客が流れ出るまでここにいるからな」
「・・・」
「最後のひとりになったら教えてくれ」
「・・・」
車掌は黙っちゃった。私はさっきまで女性専用車両だったロングシートにふんぞり返った。
それがこの写真。
フンゾリ.jpg
流れたらしい.jpg
10分後、ようやく立ち並んだ乗客が少しずつ動き出したように見えた。「最後のひとりになったら教えろ」と言ったが、実際そこまで居座って意地悪するつもりはない。
「動きだしたようだな」
「ハイ・・・」
私は最後の乗客・・・私の後に先にクレーム入れてた男性客を置いて車両通路を歩いた。その男性がその後どうなったか、納得されたかどうかは知らない。
前方部の何両目かわからないが、ドアは1箇所ではなく4か所・・・だったかな。開いてましたね。
ドア開放.jpg
ドア開放1.jpg
東林間駅は相模大野駅に近いのでホームは広くない。そこにこれだけの乗客がいた。私と同じく強制的に下ろされた客である。普段からこの駅を利用している乗降客は、改札から入ってきていつもと違う人の数に驚いたのはないか。
諦め乗客.jpg
こんな中途半端な停車をしてからに。全車両駅ホームに入ればいいんですよ。
中途半端.jpg
快速急行は回送電車になった。
「回送電車発車します。電車から離れて下さい。白線の内側にお下がりください。さ・が・っ・て・く・だ・さ・い・下がらないと発車できません」
あのな、さがって下さいたって、ホーム上が混雑してる要因は何だ?客のせいにすんなよ。
回送電車去る.jpg
10両編成の電車は相模大野方面へ去っていった。
だけどおかしなものである。回送電車で相模大野駅に向かうなら、そのまま乗客を降ろさずそのまま行けばいい。相模大野駅で降ろせばいいんだ。東林間駅なんかで1車両だけドア開放するこたぁない。
マニュアル通りに縛られて融通効かないから代々木駅の火災の時のようにネタにされるんだよ。小田急の杓子定規のマニュアルなんて見たことないが、バカですね小田急は。

ところがすぐ後続電車が来るようで、運転再開のアナウンスが流れたものである。
東林間駅から構外へ出た乗客もドドーッと戻って来た。
混んで来た.jpg
「上り電車はタイヘンな混雑が予想されます」
ところがドッコイ空いてたぞ。東林間駅から構外へ出て、相模大野駅や中央林間駅まで歩いた乗客は地団太踏んだに違いない。歩かされた客こそいい迷惑である。
後続がキタ2.jpg
そこから多少のノロノロ運転、停止をくり返して相模大野駅に入った。
人身事故現場は何処だ?という悪趣味な視点で構内を見回したが、既に救出活動は済んだようである。

この遅れを取り戻すべく、行政が休憩時間である12時~13時を移動に充てようと目論み、先に昼を食べてやれと。新百合丘駅の箱根そば。
箱根そば.jpg
箱根そばの蕎麦は細くてユルいので、ミニカツ丼、ミニカレー、の組み合わせ。
「カレーとカツ丼、同時がよろしいですか?」
ミニカツ丼ミニカレー.jpg
こういう邪道セットを食す場合、交互に食べると舌がオカシくなる。
私はカツ丼を先に食べてそれからカレーに移行したが、カツが小さくてカツ丼のご飯が余ってしまい、カレーに移して完食。
カツ丼1.jpgカツ丼2.jpg
カレー1.jpgカレー2.jpg
カレー3.jpg余った丼ご飯.jpg
カレーに移したところ.jpg完食だぜ.jpg
この日の午後に幸手市と小山市に重大な案件があり、先週の時点で既にアポも入れてあったのだが、JR宇都宮線の送電トラブルで運転見合わせ。復旧の見通し立たず。
上野駅でそれを知り、すごすご引き返すハメになった。
宇都宮線.jpg
私は小田急線車内で30分もいなかったが、宇都宮線では埼玉県の東鷲宮駅と栗橋駅間で止まった電車から乗客300人が降ろされ、線路の上を1時間歩いたそうだね。歩く前は車内に3時間か4時間いたというし。バカだねJRも。
でも。。。
線路を歩いてみたかったな。
線路は続くよ.jpg
これで1日のスケジュールが狂い、http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-10-22-1で触れた業務期日に間に合うか微妙になったのですが。辛うじて作日30日に間に合いました。
またしてもこの日の夜にこの店に行ってるのですが、ある淡水魚がテーマになったので日を改めて別項にしたいと思います。
風強い夜3.jpg
では行ってきます。
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本庄間違い [居酒屋]

本庄早稲田1.jpg
鉛色の空の下、本庄早稲田駅に着いたところ。
埼玉県川口市内の公用を終えて大宮駅で新幹線に飛び乗った。
大宮駅の新幹線乗換券売機にSUICAを挿入して、行き先は高崎・・・ではない。本庄市内です。
この時私は何故かわからないが、新幹線は熊谷駅までで、そこから先はJRの本庄駅のボタンを押したのです。身体が、指が勝手に動いた。

ところが。。。

熊谷駅で下りようとしてデッキに立ったら、
「熊谷の次は、本庄早稲田に止まります。。。」
このアナウンスを聞いて私はどう思ったか。「あ、そうだった。次の本庄早稲田駅で下りるんだった、ひと駅早かった」と思い直したのね。
熊谷から本庄早稲田まではたいした所要時間じゃないのでそのままデッキに立ってたのですが、本庄早稲田駅に着いてポケットからチケットを取りだしたら、
あ、本庄駅になってる。。。
ここで我に還った。そうだった、熊谷で高崎線に乗り換えるんだったと。自分のミスにようやく気付いた。
天気が悪く雨模様なので本庄駅から目的地へがタクシーと決めていたので、本庄早稲田からタクシーでもルートにそう差はない。むしろ高崎線乗り換えより早く着いたのである。
目的地に電話した。
「本庄駅と間違えて本庄早稲田駅に来てしまいました。お約束の時間に1時間早いけど今から行っても大丈夫でしょうか」
相手は笑ってましたね。私も自分で言って吹き出しそうになった。
本庄早稲田2.jpg
改札で清算しなきゃならない。
本庄間違いの内容が何となく恥ずかしく、乗客が全て出た頃合いを見計らって窓口に立ったら女性職員が対応してくれた。
「本庄駅と間違えてここ(本庄早稲田)で下りてしまったのだが・・・」
「ハイ・・・ええっと・・・」
女性職員は怪訝そうだった。私をバカだと思ったのかも知れない。
「本庄もここも乗車料金は同じなので、特急料金だけご精算いたします」
「領収書も書き換えて下さい」
2000円(乗車券1140円、特別料金860円)
2980円(乗車券1140円、特別料金1840円)
差額980円が清算されました。
「私みたいに間違える客っているか?」
「いや・・・あまり・・・」
女性職員は首を傾げておった。そういうミスする人はいませんとまでハッキリ言われなかったが。
清算中.jpg
駅前のタクシーで行き先を言ったら、運ちゃんは目的地と違う方角を応えたので、
「JR本庄駅南口から出たとしたら、右折して真っ直ぐ行った左手にあるボロい建物だよ」
「ああ、あの旧い建物ね」
確かに旧い。便所なんか借りたくないと思うくらい古いのだ。
「あれまだ機能しているんですか。新しいところに移転したんだとばかり思ってました」
そういう新しい箱物ができたのかどうか私は知らない。
目的地に着いたら、運ちゃんは唖然としたように、
「これかぁ。ホントだ。まだやってますね」
「まぁね。見た通り旧いですよ。帰りも呼ぶから」
公用は短い時間で済んだ。すぐ往路のタクシー会社へ電話して、今度は「JR本庄駅・・・」
JR本庄駅です。
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ここから西へ行けば第二の故郷まであと少しなのに。
目前で引き返さなくてはならないのだ。それが哀しい。
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この駅スタンドから漂う香と誘惑に負けそうになったよ。
上り電車が来る前、地方都市駅でのプチ旅情に浸り、思い出したのが、
そうだ!!今夜はジャン妻は接待会だった!!
何処かで飲んで帰らなきゃ。
上り電車に乗った時点で乗客が少なかったので車両の隅まで行って電話したの。「今日18時半からひとり入れるか?」って。
もしダメだったら赤羽の「みますや」へ行くのも悪くないなと思ったが。
赤羽で飲むと帰りがシンドいから。
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またこの店かよ。
仕方がないのです。いちばん安らぐので。
都内で飲むと帰りの電車の中でヘンに酔いが回るようになったのですよ。ここからなら家まで近いし。
故郷の群馬を目前にして反転しなきゃならない今の私の境遇を(大袈裟ですが)顧みて、自分の居場所は今はここしかないと思ったのです。
いつもの角度1.jpg
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そぼろサラダ。濃い味付けで炒めたソボロとドレッシングがビールに合う。
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今年初めての牡蠣は串焼き。
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ジャガイモはバターベットリ。
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いつものナメロウ。大羽イワシ。
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ネギ、イカダを2本、風邪気味だったからネギを。本庄が寒かったからだろうな。
でもまだ冬のコートを出すまで寒くはないし。
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今年初めてのカワハギ。肝和えです。
これはお品書きになかった。板長が私のように魚を食べてお酒を飲む客にススメていたみたい。
酒の売上を上げる為だな。(笑)
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今日のような本庄間違いのチケット購入ミスを最後まで気付かなかったのは何故だろう。
何か別の事に気を取られていたのか、自分に余裕が無かったのか。
疲れてたのだろうか。
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勘が働いた。気になることがある。
今夜はマスターの公休日だが、差配師のMさんがいなかった。
焼き場のジュニアに
「彼は?休み?」
「マスターはお休みです」
「いや、マスターじゃなくて、彼、Mさん」
「今日は休みですね」
「彼、まさか辞めるんじゃねぇだろうな」って言ったらこれがアタリで、
「実は11月の〇〇日でラストなんですよ」
私はそういう勘は当たる方なのです。長年人事に携わってた勘ですよ。
当らない方がいいんだけどね。
「次のステップに進みたいとか」
「そうか。まぁ誰でもいつかは辞めるからね」
「そうですね」
「辞めないヤツなんていないし、辞めない会社なんてのもないから」
「・・・」
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Two of toast [居酒屋]

いつも同じ店が舞台で新鮮味がなくて申し訳ないのですが。
私を取り巻くドラマでは大事なオープンセットなのでご了承を。
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焼鳥専門30年だと私が20代前半の頃に開業したんだ。
そこで長く続けるって凄いことだよ。
マスターはこの店を辞めたくなったことってないのかな。
誰でも辞めたくなる時がある筈だし。
辞めない人や、辞めない会社があったら凄い。
ジャン妻なんか何回も辞めたくなってるけどね。
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正面にジャン妻です。
平日の金曜日です。17時半前に来ました。この後でカウンターに移動しています。
鉄分補給のレバと生ビールで乾杯しようとしたら先にカツオのヅケがキタぞ。
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置き方、逆じゃね?
直してあげた状態でパンカ~イ(乾杯)
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今日の記事タイトルの意味は、乾杯するテーマが2つあるということです。
そのひとつ。
昨年に現場統括部門の伊東甲子太郎が去って、後任の部署長とその下の女性課長の姿勢がよくないのです。
ジャン妻は彼らに対して風通しが悪くなり、衝突寸前になり、ああそう、だったらやってらんないわよになり、自分の居場所はもう無いから辞めると言い出した。
昨年も辞める辞めないになったが、今回は私は止めなかった。「アイツらがそういう態度なら、もう辞めていい」って決めたの。
「私は残るけどな」
「アナタは現場から・・・・てるもん。辞める必要ない」
・・・は自分で言うと自賛することになるから書かないよ。
ところが夏の終わりに起こった社内政変の余波で、ジャン妻は経理から財務になった。シマとデスクは同じですが内容が少し変わった。
私は数字に弱いので、経理のできる人種って天才だと思ってるが、経理と財務の違いもよくわかっていないのだが。
「財務って何すんのさ?」
「経営企画かな」
「じゃぁアナタにピッタリじゃないか」
「予算とか会社のキャッシュフロー管理とかかな」
引き継ぎ含めて完全に経理から離れてはいないらしいが、配信された組織図を見たら「財務担当○長」とハッキリ明記されていましたね。
取り組む相手は桁数が違う数字だから、もう現場とも他部署とも関わることがゼロではなくてもかなり減るのです。ということは辞める原因だった同年代役職者たちとの衝突を回避できるということですよ。財務は取締役連中に報告すればいいのだから。
ひとつめの乾杯はジャン妻が辞めなくて済んだことの乾杯です。できれば一緒に定年で去りたいしね。
「今回は俺は引き留めなかったぞ」
「だよね」
「辞めるって言ったじゃんか。嘘つきめ」
と言いながら私は笑ってますよ。
「だって辞める理由が無くなったんだもん。伊東さんのヘルプも視野には入れてるけどね」
「伊東(甲子太郎)の?」
伊東とはこの後で都内で会食して「辞めるのを止めました」を報告した。24日(火)の記事です。
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トンヅケの写真見るとテーブルの模様と色の濃さが変わってるからこの辺りでカウンターへ移ったのかな。
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不格好な長ナスは規格外野菜なのをマスターがどっからか持って来たに違いない。
私はひとりだとまずナスは食べないのだが、ジャン妻がナス好きで。
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ジャン妻の前でわざと「ジャガバター、バター多めな」
「はぁい、〇〇さん(私のこと)バターマシマシでぇ・・・」
また声が大きいな。私は子供か。
いつもバターベットリに眉をしかめるジャン妻にも少しあげたら、
「美味しいねこれ。さすが炭火で焼くと違うんだね」
「家でトースト食べなくなったからここでバター多く摂ってるんだよ」
「家でパン食べなくなったからってそれが何よ」
さらの木(現在あるネタで取材中)の朝で出される自家製パンにバター付けるのは私だけです。ジャン妻はバター付けない。そのままかジャムだけ。
家でもイカゲソの生姜醬油バター焼き程度ぐらいしかバターを使わないのです。たま~にレシピ見ながら新作にTRYする時、例えばムニエルのような白身の焼き魚、バターを少なめにするから大抵失敗するんですよ。失敗した後で「レシピよりバターを多くしないと美味しくないのかな?」なんて言ったりする。
料理番組は見ないですが、TBS噂の東京マガジンやってTRYで、プロの料理人が作ってるのを観ながら「あんなにバター使うんだ」って感嘆してる。
私は内心では「バターをケチるから下手なんだよ」と言いたいね。
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何故か箸休めに冷やヤッコ。意外と濃厚な豆腐です。大豆含有量が多いのでしょう。
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ジャン妻が絶賛するイワシのナメロウ。
「美味しいわね」
「さすが焼き鳥30年だけある」
「・・・」
焼き鳥やだか、魚居酒屋かわからなくなる時がありますよ。
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身体にいいイワシは刺身もオーダー。
「イワシなめろうで食べたじゃない」
いいじゃねぇかよ。ジャン妻は私の追加オーダーに対して物言いが多過ぎる。イワシは脂肪を分解したり、血液をサラサラにする効果が高いんだぞ。生活習慣病全般を予防するには欠かせないのだ。(DHA、EPA)
うん?生活習慣病予防?予防かよ。治療は謳えないです。
イワシも漁獲量が激減しているらしい。大衆魚が高級魚になる可能性も否定できない。
では青魚ついでにサバの西京焼。
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今日は煮込みは止めて、自家製レバペーストバゲット付き。
「バゲット4枚じゃ足りないわね。アナタはナメロウ載せて食べてるし」
「意外と合うぞ」
だから足りなくなったんだけど。
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バケットが足りないぞ。
「〇〇さんバゲット追加~」
「それもバターマシ?」
板場からマジメな反応が返ってきた。
「あ、でもそれいいかも」
「・・・」
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あ、二つめの乾杯について言ってなかったですね。
ローン完遂です!!
前にマスターに言われたことがあってね。いつ終わるの?って。
店内で気持ち、拍手が湧いたよ。
「でもこれまでと同じ金額を入れてね」
「もう家に金入れなくていいんじゃないのか」
「ダメッ!!」
「・・・」
ジャン妻の眦が釣り上がった。
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スパムステーキな大船 [居酒屋]

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今日も名物マスターはいない。
昨年のアド街放映以降、お姿が見えなくなってから1年近くになろうとしている。
でも不在の光景も慣れた。私も敢えてマスターのことを聞かないようにしている。戻って来て欲しい気持ちはもちろんありますが、その間に店を守っている若手たちを応援したい気持ちの方が勝ってきたのです。
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肉ジャガくずし。原型をなしていないが味は浸みてる。
静岡の古典酒場・多可能の肉ジャガもボロボロに崩れてたな。あの店には創作料理が全く無かった。
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「白子ポン酢?」
「白子の南蛮漬けです」
ポン酢でも南蛮漬でもどっちでもいいさ。何でこういう酸っぱいものをオーダーするかな。

「すみません、カレー(煮込みのようなもの)、終わっちゃったんです・・・」
「ぬわにぃ」
「賄で・・・」
「喰っちまったか。仕方がない」
そんなに残ってなかたんだろうけどさ。賄するのが早過ぎないかコラ。
でもスパムがあった。見せてくれた。ありますよって。
「カリカリに焼いてくれ」
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港区の無国籍のスパムステーキに比べると少しやわらかめですな。
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新作があった。手羽餃子。
手羽焼きが美味しいのはわかるけど、骨がめんどいからあまりオーダーしたことないんだよ。
中の具はジューシーで美味しかったけど。
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酒は和歌山県海南市の黒牛。
生酒ですよ。これ飲み過ぎるとへべれけになりかねない。
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その間に懐メロが流れている。

空を飛ぶ 街が飛ぶ 雲を突き抜け星になる
火を吹いて 闇を裂き スーパーシティが舞い上がる
TOKIO 沢田研二 1980年

偽らないでいて 女の勘は鋭いもの
あなたは嘘つくとき 右の眉が上がる
あなた浮気したら うちの食事に気を付けて
私は知恵を絞って 毒入りスープで一緒にいこう。
部屋とYシャツと私 平松愛理 1992年
「部屋とTシャツ?と私?」
「Yシャツよ」
「ダボシャツではないのか?」
「・・・」

汗をかいたグラスの 冷えたジンより
光る肌の香りが 俺を酔わせる。
幻でかまわない 時間よ止まれ 生命(いのち)の眩暈の中で
時間よ止まれ 矢沢永吉 1978年

「こういう曲をカラオケで歌えるようにならないと」
歌えるよ。歌えないヤツなんているのか。
この誌を書いた山川啓介氏もご逝去された。

このまま 何時間でも 抱いていたいけど
ただこのまま 冷たい頬を 暖めたいけど
セーラー服と機関銃 薬師丸ひろ子 1981年

私はこの歌の名前がすぐに思い出せず、
「何て名前だっけこれ?」
「夢の途中?」
間違いではない。来生たかおさん「夢の途中」と異名同曲なのです。

サーロインが無かったので。ハラミをいただいた。
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「ポテサラは?」
「すみません・・・ポテサラもちょっと・・・」
どうも今日は無いものだらけだな。
「衣かつぎなんて如何ですか?」
衣かつぎぃ?
里芋だろ。大皿であまり出てないものをススメやがったな。皮を剥くのがめんどいのよ。
皮はジャン妻に剥いて貰った。私が剥くと白い身まで崩してしまうので。
「塩つけ過ぎ!!」
「・・・」
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「サザエはある?」
「あります!!」
ヤッター!!
2個焼いて貰った・・・が・・・。
「明日さらの木なんだけど」
「それが?」
「サザエ、オプションで追加しといた」
「サザエを?」
「だっていっつも肝が無いって哀しそうなカオすっからさ」
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サザエ4.jpg
流れる懐メロBGM。。。

お願いよ 正直な 気持ちだけ聞かせて
髪にジャスミンの花 夏のシャワー浴びて 青空はエメラルド
白いパラソル 松田聖子 1981年

旅立つ僕の心を知っていたのか
遠く離れてしまえば愛は終わるといった
もしも許されるなら眠りについた君をポケットに詰め込んで
そのまま連れ去りたい
心の旅 チューリップ 1973年

黄昏の窓辺で髪をすき いたずらに口紅をぬっていた
あどけない笑顔が眩しくて さりげなく背を向けた日もあった
色つきの女でいてくれよ ザ・タイガース 1982年

I‘m just Sitting on the edge of the Ocean
海を渡る風は 哀しみに連れ添って 見知らぬ邦へ旅立つ
葛城ユキ、哀しみのオーシャン 1980年

オーシャンは昔、EP持ってました私。
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味噌汁2.jpg
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店の前2.jpg
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夜はこれから.jpg
品切れがあったのは残念。仕入れと在庫管理が甘いぞ。こっちが応援する気も萎えるじゃないか。
帰り際、他の客とのTALKで小耳に挟んだのですが、週2日、早い時間帯なら来ているかも・・・だそうです。
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スパムステーキな夜 [居酒屋]

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いつも変わらぬ男3人のスタッフとアジア系外国人の女性スタッフがいた。
色気より食い気のこの店には珍しい。
「オノミモノハ?」
「生・・・じゃなかった・・・瓶ビール」
新しい一番搾り生が味が変わってしまい、後味がイマイチなのです。
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ホタテのヒモ.jpg
「誰かの娘さんかな。それとも辞めるのかな」
「でも外人さんだよ」
その答えは店を出る時に明らかに。
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「ええっと・・・スパム・・・」
「いつものですね」
店主から決めるように言われた。お決まりのスパムステーキの他に、
「茄子の煮びたし」
何でこの店でそんなツマんないものを。
茄子の煮びたしなんかでビールが飲めるかよ。七(高崎市通町)のおとおしじゃあるまいしさ。もっと油っこいものを頼めばいいのに。
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そりゃ簡単ですぐに出せるこれ(茄子)が先に出ますよ。ビールにちっとも合わないじゃないか。
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ジャン妻は茄子が大好き。
私はあまり好きではない。庶民的な野菜なのに何故か自分から食べようとしない。子供の頃はジャン母の味噌汁に茄子が入ってたりしましたよ。味噌汁がドス黒く濁ってたからね。
「何で茄子が好きなのさ」
「いいじゃない。油を吸った茄子って美味しいじゃない」
茄子は油との相性がいいが、家で油ものを出さないジャン妻にしては珍しい発言である。
家の買い物では茄子を買わない。
「アナタが食べないからよ。アタシは昼にひとりで麻婆茄子とか食べてるんだからさ」
「麻婆茄子?」
辛いだけで栄養があるとは思えない。茄子の漬物、焼き茄子、天ぷらに盛りに茄子が入ってたら仕方なく食べる程度です。
「そういえば上大岡でも焼き茄子食べるよね」
あの店で出されるのは長い茄子で、私は流通に乗らない規格外の茄子かと思ってたが、日本列島では南に行くほど茄子の実が長くて北に行くほど小さいのを最近知った。(東北でも宮城、岩手、秋田で長い茄子がある。)
寒冷地域では栽培期間が短いからデカい実を収穫し難いのと、冬季の保存食としては小さい実のほうが漬物にしやすいからです。
全国的に流通しているのは中くらいの大きさ。
「茄子なんてたいして栄養ないぞ」
「・・・」
「主成分の9割以上は水分と糖質だよ」
私は日本人のクセに茄子をこきおろしにかかった。でも他の野菜と比べてみたらたいしたことないのはビタミン、ミネラル、タンパク質の含有率で、食物繊維はまぁまぁ、抗酸化作用のあるナスニンや、血圧やコレステを下げ動脈硬化を抑制し、肝機能を改善するコリンが含まれているのは知ってるよ。
むしろ私のような食生活を送ってる人間が茄子を食べなきゃダメなのかな。
「好きなんだからいいの。アナタだってマヨネーズ好きな理由説明してみい」
そこでマヨネーズやタルタルソースが引き合いに出されるか。
「好きだからだよ」
「それと同じよ」
茄子の煮びたしの後でスパムステーキが出されてホッとしたよ。スパムは前の厨房から直接出された。
「ハイいつもの」
いつもの?
「家では出ないんだよ。酒のディスカウントに行っても買ってくれないの」
「いやぁ、たまにウチで食べるからいいんですよ。毎日食べてると飽きますよ」
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新ジャガのスパイシー揚げ。
これはちょっと塩胡椒が強いな。フライドポテトの丸のままで、バターが欲しくなった。
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珍しく私も焼酎にしました。この店の料理はいい意味で日本酒に合わない。
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ワカサギの天ぷらは磯辺揚げの風味がした。磯辺揚げか。群馬八幡の磯辺揚げを思い出す。
10月は一度も群馬に還れなさそうである。
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揚げだし1.jpg
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揚げ出し豆腐キノコあんかけ。
美味しかったなこれ。ビジュアル的にはイマイチ冴えないですが。味が浸みて甘い醬油だしで美味しい
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未練たらしく1枚残してあるスパムステーキ
最後の1枚.jpg
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「あれは食べなかったですね」(マスター)
「何?」
「イカとレタスの塩昆布炒め」
「あ!!」
「気が付かなかったですか?では次回に・・・」
だが次に訪問した時、そのメニューは消えていた。
「今いる子は3人の誰かのお嬢さんか?」
「あ、いえ、あの子はですね・・・」
日本へ留学している外国人学生さんの受入だそうです。日本で学びたいけど学費と寮費を稼がなきゃならないので、そこを少しでもサポートしようと。
「そういう活動にも参加しているんですよ」とマスターは胸を張った。へぇ、この店はそんな真面目な店だったのか。そういうネットワークのポスターとかは掲示していなかったが、確かに店の看板、ウリは無国籍だけどね。
アジア圏内で日本の好感度が良く、日本が好きと答える外国人も多く、日本食のブームもあって、そういう留学生の数は今後も増え続けるというのです。だが規定もあって就労時間は週に40時間もないらしいのだ。
外国人が増えることで、もとからそこにいた住民との摩擦やマナー問題とかも確かにあるのだが、私は外国人に対して一概に偏見はそれほどない方なので、この店でそういう留学生が働いているなら気持ちで受け入れて、わざと意地悪注文してみようかな。「いつものヤツ」って。
「イツモノヤツ?」
それは何ですか?と怪訝に思うだろう。「スパムステーキだよっ」客の好みを把握しなきゃダメだよと指導しても相手は外人さんだからねぇ。
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おっ、キリン一番搾りの味がもとに戻ってたな。リニューアルされた後味が薬っぽくて、イマイチ違和感があったのだが。
おとおしにホウレンソウの胡麻和えなんて身体にいいものが出されたりするから笑えるよ。
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この日は最初にスパムが出された。
店主が厨房にオーダー通すのにも「いつものお願いします」
「ハイいつもの・・・」て前から渡されたからね。
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最後の1枚を大事に取り置きしているところ。
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生ハムとアスパラの春巻は、私の目の前で生ハムを1枚ずつアスパラと併せて皮に包んでたのを見た。作り置きや冷凍じゃないんだ。
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それも取り置きしているところ。
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これらを焼酎に合わせようと取り置いたのだが、その日のおすすめメニューに豚キムチ煮込みがあるじゃないか。
豚キムチ煮込みとはどんな逸品なのか。期待大だったのだが。。。
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単なるキムチ鍋だったりして!!
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味噌味です。辛いキムチと豚肉ともやしから出る甘味がミックスしていた。
でもこれなら私でも作れそうだな。
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スープが甘辛くて美味しい。でも何となく素人でもわかりますよ何が入ってるか。
おそらく中華ダシのペーストタイプ(プロでも使い赤いパッケージボトル)が入ってるんじゃないかな。
まぁ美味けりゃいいのよ。この豚キムチで生ビールを3杯飲んでしまった。
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少しずつ取り置きしているところ。この店では私は焼酎オンザロックなのです。
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レバにら炒め。レバを揚げてニラ、もやしと炒めたもの。
さっき述べた留学外人女性が持ってきてくれた。ぎこちないながらも少しずつ慣れて来てるみたいだ。
彼女の目から見て、この界隈のネクタイ&スーツ族の酔っ払いオヤジはどう映っているのだろうか。
レバ3.jpg
レバ4.jpg
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「この店、何で知ったのさ?」
「ウチの上司が」
「ひとりで?」
「う~ん、最初はひとりで来たのかも知れないけど。ウチの上司はそっちの●●さんとも来たことあるみたいよ」
「何だって?●●と?」
●●とは私の前にいる長年ソリの合わないオンナです。よく登場するでしょ。10数年一緒にいるけどいまだにソリが合わない。
「●●がここへ?ヤダな」
そりゃ誰を連れて来ようと自由だけどさ。
「アイツ(●●)はこの店でスパムステーキを喰ってるのかな」
「さぁねぇ」
「あ、でも話をフラレたことあるぞ。〇〇さん(私のこと)あの店に行きますよねって」
「で、何て答えたの?」
「スパムステーキが最高で、他にカレーナンピザとか、ズラズラっとメニューを得意気に上げたな」
得意気に喋った記憶がある。メニュー把握してるんですねってヘンに感心されたからね。
「喋ってんじゃん」
「社の連中が来てもいいけど。俺らは同席しないでカウンターにいようぜ」
この店で社の連中と同席するのは真っ平ゴメンである。ノミホだろ。冗談ではない。
使い勝手がいいだけに、私らの行き付けの店を荒らされたくない気分である。
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ゴーヤに開眼した? [居酒屋]

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私はゴーヤが嫌いです。苦いから。
「身体にいいから食べなさい」・・・ウルさく言うジャン母が庭で栽培するゴーヤの責め苦に遭うのがイヤでイヤで。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-05-06-1
でUPしたゴーヤ、9月の台風で倒壊しました。
私は内心で喝采したが、倒壊したゴーヤ栽培のネットや竹竿で組んだ部分と絡まった蔓、これらの撤去作業に呼び出され、まだブンブン飛んでる藪蚊に刺されながら撤去活動をしたものですよ。
来年もゴーヤ栽培するのかな。だとしたらおの竹竿や組み立て、ネットを張る作業もやらされるのだろうか。
ゴーヤに限らず、
「身体にいいから」
「栄養あるから」
そうは言っても嫌いなんだからさ。このトシになったらもう好きなものだけ喰うよ。
ところが意外なことに、この店で出されたゴーヤ料理は食べられた。
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月1回、締め作業が終わった週にジャン妻と2人で行くのです。
ジャン妻はやや貧血気味なのでレバで鉄分を補給する目的もあります。
3本オーダー、私はレバ1本食べれば充分なので、3本のうち2本をジャン妻が食べます。
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「毎日食べるんならともかくも、たま~に来てレバ2本ぐらいじゃねぇ」
「・・・」
「たま~に来てねぇ」
「・・・」
「誰かはしょっちゅう・・・」
そうでもないよ最近は。私は忙しいのです。あるヤマを抱えて最近はジャン妻より帰宅が遅くなった。
レバに添えられたスマイルキャベツの酢漬け。
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今宵はジャン妻が食べたいものを優先してオーダー。カツオのタタキ。
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プチトマト、これもジャン母が栽培してたな。
ジャン母はトマトをバラ肉で巻いて焼く、そういう概念はないだろうなぁ。
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意外にイケる鶏そぼろサラダ。
ソボロはそこらの弁当屋のようにボソボソしてないです。アブラ濃くて甘ショッパいからご飯に載せてもイケるんじゃないかな。
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板場でトントン叩く音がしたらナメロウです。
他でも出てましたね。そりゃ串焼き屋でこういうのが出れば追加オーダーが入りますよね。
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ジャン妻は豚ヅケは食べない。これは私の。
ところが敷いてあるキャベツを摘まもうとしやがる。キャベツにも味噌がついて美味いのだが。
食べないで残す客もいるそうである。昨今キャベツ高いのに。
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ベビーホタテバター焼き。これでバター摂取。
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ジャガバター串焼き。
「バター、ベットリな」
「ハイ〇〇さんバターマシでお願いします」
声がでけぇよ。子供みたいじゃないか。
眉をしかめるジャン妻です。トースト食べなくなったんだからバターをベットリ付けてもいいじゃないかと思う。
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鶏の軟骨を煮込んだもの。コラーゲンたっぷりです。
でも今更ジャン妻がコラーゲンを摂取したって美容効果あるのか。
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シシトウもジャン母が栽培しとったな。
巨大なシシトウ、何でこんなにデカいんだ。デカ過ぎて流通に乗せられない(箱に入らない)規格外のをマスターが拾って来たんだろうか。
これがアタったら辛いだろうな。でも大丈夫だった。
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ウチを辞めた女性社員が群馬の農家に嫁いだんですよ。
その女性に今年の春に電話したの。戻って来ないかって。「それどころじゃないワ」って断られたけど。
その女性は失礼ながら容姿がイマイチで、性格もかなり変わってるんだけど、在職中自分とこの畑で採れた規格外れでヘンなカタチした野菜を職場に持ってきてましたね。売ったんじゃないですよ。お裾分けしたの。
「みてくれはよくないけど味は一緒ですよ」とか言ってた。それを聞いた私はお前もそうだなって言いかけたがさすがに言わなかったよ。
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アンキモ。ジャン妻は好きなクセに眉をしかめてた。私だって毎日食べてんじゃないんだからさ。身体に悪いものを肴にするのが飲み屋というもの。
私が注文するものにイチイチカオをしかめるなよ。
で、アンキモの隣に見えるものですが。
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何故かゴーヤのおひたしです!!
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ところがこのゴーヤ、食べられたんですよ。完食しました。
苦くなかったのです。苦みを抜いたのかな。パリパリした食感とダシ汁の合わせがいい。
大船の居酒屋でゴーヤチャンプルをオーダーしても、「お前がゴーヤ食え、俺は豆腐と玉子食べるから」って避けてたのに。
「何でこれ苦くないのかな」
「下処理をしっかりして苦みを抜いてるんじゃない?」
ってことは、ジャン母は下処理してないってことかな。
苦くなけりゃゴーヤじゃないって人もいるだろうけど。キュウリみたいにサッパリとした味で、パリパリ小気味よくいただいた。
入口側の席で板場まで遠かったので、苦くないのはどうしてかは聞けなかった。聞いたところで別にゴーヤに開眼したワケではないし、今後ゴーヤを食べるとも思えないし。
ゴーヤがあってもこの店だけだろうな。食べられたんだから。他ではオーダーしないと思う。
マスターか誰かが沖縄にでも行ったのかな。
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「食べれたじゃない」
「たまたまだ。苦くなかったし」
「お義母さんに言ってやろ」
「止せ」
「この人外ではゴーヤ食べるんですよって」
「今日だけだ。止めろっつーの」
「まぁ、だったら何で家では食べないのって言われるよ。食べなさいって出されるよ」
「わかってんなら止めろよ」
その後、ゴーヤは食べていませんが、でもオーダーした記憶がないのだ。店側が私がゴーヤ嫌ってるのを知ってオモシロがって出したのかな。
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T子(肉子)去る。。。 [人間ドラマ]

呟きⅠの初期に登場したT子が退職した。
12年前に私が面接採用した子。肉ばっかり食べて野菜を食べない子。陰では肉子さんと呼ばれていた。

T子は2年くらい前から「アタシ40になったら辞めるんだ~」
それが今年になってから「アタシ40になるから辞めるよ・・・」になったのである。
「・・・って言ってましたよ」と第三者から私にご注進があったのよ。ところがその第三者も先に辞めてしまい、第三者の送別会も兼ねて私を含めた有志だけで集まった際に「T子さん今度は本気みたいですよ」
T子本人に会って話した。
「噂はホントか?」
「ウン。辞めるよ」
「何でさ?」
「マンションのローンも終わったし。あくせくして働かなくてもいいの」
「ローンが終わったら終わったで今後はアチコチ故障するぜ?修繕費って意外とかかるよ」
「・・・」
「次は決まってるのか?」
「・・・ニヤニヤ」
「まさか専業主婦に?」
「へへへぇ(笑)」
どうももう次の職場は決まってるようだな。
「他の連中は皆知ってるのか?」
「店長には言ったけどね。若い子たちには言ってないアタシからは」

肉が大好きな子だった。肉しか食べない。
それでいて小柄で小顔で外見上は全然太らない。それは夜8時以降は食べないからだという。
その分内臓に負担がかかっているらしいが。
でも殆ど肉しか食べない。朝はソーセージやベーコンがアタリマエ。
昼はファミレスのハンバーグ、ステーキ。中華屋で肉野菜炒、レバニラ炒とか。
某ファミレスの季節限定プランで、テーブル席で一人200gのプレミアムハンバーグを食べたら男性客にジロジロ見られたそうである。ファミレスの店長とも馴染になったし。

一応は主婦なのです。「冷蔵庫に肉さえあれば何とかなるのよ」とのたまう。
「すき焼きや豚しゃぶに白菜とネギくらいは入れますよ」焼肉でもすき焼きでもしゃぶしゃぶでもいいが、付け合せの野菜に必要性や価値を見出さない嫁である。
家のオーブンが壊れて終日機嫌が悪かったことがある。肉が焼けないからですよ。
それを聞いた時、この子は主婦のクセにオーブンでしか料理しないのかと思ったよ。それも肉だけ。電化製品ってのはいつかは壊れるが相当な使用頻度だったんだろうね。
買わないとその日から死活問題だから急いで購入したそうだが「賞与出たけど予想外の出費だよ」とプンプンだった。その日の肉料理の為だけにですよ。

では自分の意に反して自分の嫌いなものが入ってたらどうするのか。世の中そうそう自分の好きなものだけ100%の世界じゃないからね。
何かの集まりとかで協賛された仕出弁当が配布されたとする。幕の内弁当のようなモノは必ず自分のキライなものが入っている。野菜の煮物なんか絶対食べない。肉だけ食べて周囲にあげちゃう。
今でも語り継がれているのが、すき焼き弁当の中に高野豆腐が入っていた時のこと。
「高野豆腐って食べると汁が口の中にじゅわーって広がるのが嫌なんだよ」
牛肉だけ食べてましたからね。
人形町から取り寄せた和牛弁当、弁当だから当然冷めているのだが。
「冷たいなぁコレ」「ご飯が足りないなぁ」「焼肉にはやっぱり白いご飯だよ。足りないよ」・・・食べてる周囲に構わずブツブツ言い出した。
「そぼろがマズい」とも言ってました。そぼろは肉とはいえないという。彼女にとっては焼肉とかハンバーグとかステーキが肉なんです。ある程度の塊でないと許せない。
若手女性が持ってきた手製のお弁当の中を覗き込んでそこに入ってたカボチャの煮物を「そんなのが美味しいの?」とケチつけたりもしてましたね。その時は私も傍らにいたので「そういうこと言っちゃいかんよ」

船山温泉で食べた熊鍋の写真を見せたら垂涎の眼差しになったのには驚いた。
「アタシこういうの食べたかったんだよ。熊食べたい」
ジビエにも抵抗ないようです。

主婦でひととおり料理はできるらしいが。
「ウチの台所って何でかワカンないけど固めるテンプルばっかりタマるんですよ。つい買っちゃうんですよ」
「何でかワカランったって、それは油ものが多いからだろーが」
肉を焼いたり煮たりだけじゃないらしい。
「揚げ物もするの?」
「旦那のいない時にひとりでてんぷらするのよ」
「ひとりでてんぷら?」
「キッチンで揚げたてをひとりで食べるのよ。海老とかさ」
その瞬間に幸せを感じるそうである。ひとりで自分の好きなものだけ食べてる時が幸せなんだって。
同僚女性が「そういう幸せは束の間なのよ、お金が要るのよ」と諭したが「うん、でもそういうのって止められないんだよ」
そしたら肉の喰い過ぎで内臓の数値が上がった。毎年健診でひっかかってる。
でも風邪はひかない子でしたね。風邪で休んだことってないんじゃないかな。肉食だと風邪ひかないのかな。8時までに食べる、それ以降は食べないルールなので、自分だけ揚げたてを先に食べ後から帰宅する旦那の分は揚げて取り置いているそうです。
だから油処理の固めるテンプルとキッチンペーパーが絶対に欠かせない。キッチンペーパーはサッと切れないとダメだとか。
「ハムカツとか家でしないの?」
「ハムカツぅ?ああいうのはハムじゃないよぉ」
「何でさ?」
「ハムは薄く切る前のじゃなきゃヤダ。朝はまぁ薄いハムやベーコンでいいけどさ。塊がいいの」
シウマイや餃子も大好きだった。そういうのは蒸したり焼いたりするそうである。
営業時間終了になって店の扉を閉めた瞬間「やったー!!シウマイー!!」って叫んだことがある。
「今、なんて言った?」と私や周囲も固まった。「何だって?」「何でシウマイなの?」
「ア、アタシ今、何て言ったの?」
「シウマイって・・・」
「シュ・・・終了(シュウリョウ)って言ったつもりだったんだけど・・・」

現場の飲み会なんかで幹事は宴会コースに肉があるか気を遣ってたね。T子本人はそういう集まりが嫌いで滅多に参加しないのだが、その理由は自分の嫌いな、食べたくない料理に合わせるのがイヤなのと、他人に合わせるのが嫌いだからです。(私に通じる部分もあるな。
渋々参加した宴会で運ばれて来た料理の皿に載っていた焼き鳥(のようなもの)を摘まんで口に放り込んだら、それは肉でなくて茄子だったので怒り狂ったのを見たことがある。
そのウチ気を遣われるのがイヤになったのかT子は出席しなくなった。

アタマいいし仕事は出来ます。昨日再登場した伊東甲子太郎は「あの子辞めるんですよね。もったいないなぁ。何とかならないんですか?」
伊東は最初に現れた時、T子の直属上司だった時期が数ヶ月あったそうです。
「確かにもったいない。でもねぇ。あの子は・・・」
・・・の後はT子の問題点を挙げましたけどね。
T子は自分の好きな仕事、得意な仕事は誰よりも率先してやるが、突発的な作業を忌避するトコがあった。
自分の好きな仕事しかしない、イコール、自分の好きな肉しか喰わないということに結びつくのかな。
意外と完璧主義者で、例えば伝票の合計数値と請求書の合計数値と、PCに入力した合計数値が多少の誤差で合わないとかなり不機嫌になる。
「数値が合わない。これ絶対オカシイ」
誤差の範疇でも合計が合わないと気持ち悪いんだと。
掃除とゴミ集めと給茶機の洗浄作業が大好きでしょっちゅう掃除していた。ゴミ袋の中にギュウギュウ詰めにして捨てている。ゴミ袋に隙間があるなんてもったいないと。
時間にウルサい子だった。夜は10時半か11時きっかりに寝て、翌朝は5時半か、6時台にサッと起きるそうです。開店前45分には支店に出社しているのはバスの本数が少ないからだそうだが、誰も出社していない自分だけの世界でひとりコーヒーをゆーっくりと飲むのです。
なので遅刻ゼロ。そういうのが大嫌いで許せない。若手を叱り飛ばしてたこともある。斜めに構えて若手を睨みつけて「(時計)見てごらん?今何時だよね。何時だよね」でもこれは若手の将来を慮って行ってるのではなく、単に「許せない」という気分で言ってるのである。

変わった子だった。もともと群れたがらない子で、本人が言うには中学高校とあまり友達がいなかったそうである。前の職場で何故かたくさん友人ができたとか。
齢を重ねていく過程で、「アタシこのまんま40歳になるのイヤ。何でも思ったことをパッパパッパ口に出してたら嫌なオバさんになる。今から気をつけないと」とは言っていましたが、気を付けるよりも見切りを付けちゃったというか。40歳になったから踏ん切り付けたという訳です。どう見ても30代前半にしか見えないけどね。
過去記事ですが。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-04-27-2
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-08-19-1
のメンバーは同じでT子の同僚でもあった。連中から「T子さん今度はヤバイよ」って聞いたんです。
でも私はT子を引き留めなかった。無理に引き留めても他の若手社員たちがT子をよく思わないのを知っていたからです。
ここ1~2年は殆ど一匹狼で浮いていましたね。同年代がどんどん辞めていって、若手が多く台頭して年齢差もあって若い子と合わなくなったんです。次世代の若い衆とジェネレーションギャップが生じたというか。若手がT子のキツめの口調に耐えかねて泣いてしまったのような噂が私の耳にまで入って来たからね。
加えてここ数年でウチの現場は不正完全防止を目的に、僅かな誤差も許されないようシステム化されて承認ルールが厳しくなり、監査の回数も増え、私が現場にいた頃と比べて格段に厳しくなった。
T子はそういう変化を嫌う。変化について来ようとしない。前はこうじゃなかったと言うその気持ちはわからないでもないが、大して収入が増えないのにやる事だけ増えた。やり方も変わったと。このトシで新たに習得するのがめんどくさいと。でも後から入社した若手社員はそれを変化と捉えずに至極当然のようにやる訳ですよ。
T子は居場所が無くなった。彼女の表情も変化した。それに気付いたのは私が上州転勤から戻ってからですが、呟きⅠの頃にいたT子の同僚たち、雪子は2度の産休を経て本社勤務だが、Yokoという天然キャラ(高崎市の並榎町出身で、台風一過を台風一家と書いたりする子)も退職、前述の過去記事の3人他、同世代がいなくなってしまったのである。

私はT子の現場の携帯に電話して、T子に泣かされた女性社員に「T子のラスト勤務日はいつだ?」って聞き出した。
T子は辞める社員によくありがちな有休消化フェイドアウトではなく、ポイントポイントの大事な日には出社していたようです。ウチは9月末が半期決算なのですが、9月営業最終日と10月前半の締日(前月、前期の提出締切日)までは出社していた。
イマイチ見栄えのよくないフラワーと、鎌倉ハムを買ってった。
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現場の受付嬢に「アイツは?」
「奥にいます・・・」
休憩室でランチを終えて、親の仇のように真剣に歯磨きしてたT子はいきなり現れた私を見てギョッとしたが、フラワーと鎌倉ハムが入った紙袋をズッと渡したら泣きだしそうな顔になった。
でもすぐ袋の底にある鎌倉ハムソーを取りだして破顔一笑。
「な、何でハムなの?」
「ハム好きだろうが。塊じゃなくて悪いな。薄く切る前のハムが好きなんだろ」
「それって前にYokoさんが言ってたネタでしょ。あれ、アタシ言ってないよ。薄く切る前のハムなんて言ってないよ」
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-06-19-3
「そうなのか?」
「あれはYokoさんのガセだよ。でもありがとう・・・」
「そうか。あれから人も変わったしな」
「ですね・・・あ、実はアタシ、明日も来るんです」
「今日がラストじゃないのか」
「まだ届いていない請求書があって」
そんなん若手に任せればいいのに。
「そうか。明日か。じゃぁそれ返せ」
私は冗談でT子に渡した花束とハムソーの紙袋を取り上げようとした。
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「ホントに辞めんのか?」
「うん。もう難しくないとこに行く。でも辞める実感はないな~」
「お前ホントは辞めたくないんじゃないの?」
「笑、でも最近思ったんですけど。アタシがいなきゃいないで皆さんで廻って行きそうだなって」
いなきゃいないで残った連中が廻すしかないのである。
「O美や雪子には電話した?」
O美は草の者1号のことで、私がT子と同時面接して採用したのです。T子本人にも草の者の打診はあったらしいが、40歳になったら辞める心づもりだったので固辞したそうである。
「O美さんには連絡しましたよ。雪子さんは・・・う~ん・・・本社に挨拶に行こうかどうしようか考えたんですけど、行ってもアタシの知らない顔ばっかりだろうし、皆コワい顔してるだろうし、雪子さんや〇〇さん(ジャン妻)や知ってる人がいるかどうか不安だし。やっぱ行かない」
最後の、やっぱ行かない、そこだけやけに声のトーンが大きかった。
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翌日、本社で雪子が、
「T子さんから電話ありましたよ。お世話になりましたって。昨日行かれたんですよね」
「うん、行った」
「有休消化中、家にじーっとしているだけでお金だけどんどん減ってくから不安を感じたって言ってました」
預金通帳と睨めっこでもしてたのかね。
「だったら辞めなきゃいいのに」
「まさか専業主婦じゃないですよね。似合わないし」
「次はパートかも。事務職じゃなくてスーパーのレジ打ちかなんかじゃないかな」
「ウチに来る前、派遣でレジ打ちやってたって言ってましたよね」
「うん。アイツ・・・ホントは辞めたくないんじゃないのかな」

誰でもいつかは辞めます。
辞めない社員なんていないし。辞めない会社なんてない。
T子が感じた次世代とのギャップは私自身が感じていることでもある。
どういうカタチであれ、自分もいつかは。
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伊東甲子太郎と再会 [居酒屋]

台風一過の昨日、小田急線の相模大野駅での人身事故に巻き込まれ、ひとつ手前の東林間駅で強制的に下ろされ、昼に出社して気持ちを改め、さぁこれから栃木へ向かおうと勇んで出たら、宇都宮線が送電トラブルで運転見合わせ復旧の見込み立たず、上野駅からすごすご引き返しました。
今日は動くかな~。
光る.jpg
さておき、いつものこの店です。
テーブル席で、前にいるのは伊東甲子太郎。
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http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-05-07-2以来、久々の会食です。
「この店来たことあります?」と私。
「ないです初めてです。でも昼に店の前を通って何でこんなに並んでるんだって思ったことはありますけどね」(伊東)
「昼は混むんですこの店・・・生意気にさぁ・・・」
最後の余計なひとことはママに聞こえないように言った。
いつも遠慮のないママも「今夜は大事な大事な客なので」と釘を刺してあるのであまりベタベタ話しかけてこないです。
伊東と私とジャン妻の3人なので4人テーブルの1人が空いちゃってる。
「悪いねママ、1席空いちゃってさ。その分売上が」
「まったそういうことを。なんにも思ってませんって」
伊東は鋭い。遠慮のない会話を目の当たりにして、
「何なんですかお二人とこのお店との関係は?笑」
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さすがにこの夜の料理写真は撮らなかった。料理写真は別の夜のものですが伊東と食べた料理と微妙に被ります。伊東は好き嫌いが無いらしいです。
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会話の内容は全部は載せられませんが、伊東の近況と、私らの鬱憤屈託と「何とかならないですかねぇ」の相談事と「あの時はありがとうございました」のお礼と、夏過ぎの政変で伊東がエラくなったお祝いを兼ねている。
夏場にジャン妻が現在の処遇、ポジションに行き詰まり、自分とこの所属長相手ではラチがあかなくなって伊東に相談したことがあるんです。
ジャン妻の上司にしてみりゃ伊東に相談するのはアタマ越しのフライングなのだが、私も社内の人間関係と人間力を見限っていたので「伊東しかいないな。相談してみな」って言ったの。伊東と私は過去に衝突したこともあったが、数年一緒にいてお互い尊重し合っていたので。
今宵の会食も極秘なのですよ。誰かに見られたら噂が広まりかねない。第三者の目から見てもこの3人だけの組み合わせはヘンなのだよ。
伊東から「〇〇さん(ジャン妻のこと)その後大丈夫ですか?」のように言われた。
「あの時はすみませんでしたね。今回は私も引き留めませんでした。伊東さんが抜けた後があんなんじゃぁ。私はともかく彼女は残る理由がないって」
「それはわかります。でも今回の人事異動で落ち着いたのでは?」
「ええ。伊東さんに相談した頃の杞憂は取り敢えず落ち着きました。ご心配おかけしました」(ジャン妻)
のような会話、背景ですが、アタマの回転が速過ぎの伊東は、ジャン妻を自分とこに引き抜こうとも考えたらしい。
「でも旦那さん(私のこと)がいるしね」と諦めかけたようなそうでもないような。
今の場所に置いといたままで、ジャン妻と業務提携できないかを考えているフシがあるようです。
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北海道産もろこしと生ハムのポテサラ
例によってこの店特有の自家製ドレッシングの味なんだけどね。
モロコシはポテトのつなぎにならないな。ボロボロ崩れて摘まみ難いよ。
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炙り〆鯖と水茄子の辛子和え。
貴田乃瀬の生〆鯖には負けるけどね。
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本マグロ赤身とアボガドのわさび和え。
群馬八幡でたま~に出されるのとどちらに軍配が挙がるかな。
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穴子で巻いた牛蒡と豆腐の揚げだし
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海老真薯の蓮根挟み揚げ蕎麦の実あんかけ。
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味が濃いです。美味しいけどね。こういう他で見い意外性のある創作料理は妖しくもありますが、この店はものによっては完成されたものもあります。
黒板に書かれた料理は定番にならないまま消えてしまうという。過去のメニューが膨大で、いったい過去にどんだけの料理を考案して、何百種類あるかわからないそうです。
ノートに書いてるらしいが、「〇〇さん(私のこと)がこれまで撮られたお写真の方が詳しいかも」
せめて黒板の写真だけでも渡そうかなとも思っている。
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鶏もも肉と厚揚げのコチュジャン煮込み。
これも美味しい。ビールか甘口の酒ですな。
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伊東の昇進祝い、大抜擢されたお祝いでもあるし、社内が頼りにならんのでつなぎを再度付けたかったのもある。
現在、伊東は私らから見たら上の上の遥か上の・・・雲の上とまでは言わないが、まぁウチらを統括する絶対権限を持つ親会社の中枢に抜擢された。そこからの依頼、指示は絶対なのです。
「自分がいちばん若いんですよ」
このセリフは謙遜なのか自慢なのかどっちなんだ?
そこにいる伊東との繋ぎ、関係構築は小さくない。いい意味でお互い利用し合う関係になれたらいいなと。
向こう(伊東)も私たちのことを小さくは思っていない。だから今後は直虎と但馬のような関係になれたらいいが、現在の社内執行部は私と伊東の関係構築をあまりよく思わないだろう。この会食もそうですが、私やジャン妻が「社内じゃ頼りにならない」だから伊東に相談したのは完全にフライングです。

だが伊東は現在いる場所でも敵が少なくないらしいのだ。伊東を抜擢した親分が伊東本人に向かってこう言ったそうです。お前は〇〇〇〇じゃないからこれ以上は上げないからな・・・
「・・・って言われたんですよ」
「引き上げといてそれかい?」
〇〇〇〇は派閥、学閥のようなものです。
「外部の、対社外の人間にも平気でそう言いますからね」
へぇ。伊東は上層部にも煙たがられているのか。
歯に衣着せないでズバズバ言うんだろうね。
タイヘンだね出世すると。
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マグロレアカツ。マグロですからね。肉じゃないですよ。
さわやかハンバーグとは違います。
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ひとくちビーフコロッケゴルゴンゾーラ
大事なお客と同伴する際は必ずリクエストします。
伊東も気に行ったみたいです。
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2種のおいも(さつまいも、男爵)とベーコンのアンチョビバター
こりゃジャーマンポテトだね。でもさつまいもねぇ。
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麦風鶏もも肉の甘辛唐揚げ。黒こしょうまぶし。
もうお酒にしているのにビールに合うアテが続くのはどういうこったい。
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伊東個人にも奇禍があった。
ジャン妻は最近ややだらしなくなった伊東の身なりを見かねて小姑のようなことを言っている。
「髪を手入れしましょうよ。寝癖が目立ちますよ」とかね。
私は寝癖が無いので髪ネタは黙っていた。
「髪を染めて撫でつければまだまだまだまだイケるんだから。シャツの袖もちゃんとしないと」
「いやぁ自分、ボサボサの方がかわいいって言われたんですよ」
「そんなん言うのは誰だ?誰かいい子いないの?ウチの若手でいいじゃない?」。
「いやいや、自分社員に手出すのはマズイと思ってるんで」
「伊東さんなら誰も何も言わないよ」と言ったが実際はどうなんだろう。伊東はカリスマ性はあるが、対抗分子も少なくないのと、端々の女性にイマイチ受けがよくないのだ。言うことが上から目線に受け取られるらしいんだな。
やはりある程度の職位、職制に就いてる者としか話が合わないのです。
「自分今は仕事の方が優先で」
「そりゃ前からでしょうよ」
「恋人はいてもいいかな~と思うんですけど、今の自分の立場と業務優先を理解してくれる女性でないと」
「逆じゃない?右も左もわからない新人がいいんじゃないかな。伊東さんを全く知らない若い子がいいと思うな」
日頃の伊東を知ってる女性じゃ無理だって言ったようなものだね。こういうネタになるということは、伊東に何があったかおわかりでしょう。ジャン妻の矛先は鋭くなり「それ相応の地位、役職に就いたからには、ファーストレディーがいないと信用されないわよ」とも言ってたな。
「そ、そうなんですよね。他社でも自社でも女性の管理職と話す機会って結構あって、会話の中でヘンに誤解されても困るし」
「まぁいつかはいい人が現れて気持ちが動くこともあるでしょうよ」
ここから話がヘンな風に脱線した。ジャン妻がファーストレディー云々を切りだしたら伊東は「自分、いつか立候補したいと思ってるんですよね」
政界進出かい?そんな野望もあるのか。やはり雲の上、どっか宇宙を飛んでるところがあり、私らとは違うんだな。
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伊東は翌朝、ウチの社の私らのシマ(部署、デスク)にわ・ざ・わ・ざ来て、
「今度はウチの近所に美味しい焼肉屋があるんで・・・」
皆に聞こえるように言い放った。「今度は」なんて言うもんだから、会食したのがバレちゃったのです。
周囲は多少驚いた。私らが伊東と接点を持ったのを訝しんだようである。
「アイツは昨夜の会食を極秘だってのを意識してなかったのかな」
「伊東さんにしてみればアタシたちを後援者にしたかったんじゃないのかな。ああやって皆の前で言うことでこの人たち(私らのこと)は自分のシンパだってのを誇示したかったんだよ」
「そうなのか。まぁシンパには違いないが。やはり政治家みたいなヤツだね」
「相変わらず言ってることは宇宙を飛んでるけど。絶対政治家に向いてると思う」
「政治家になるなら大衆にわかりやすく公約を説明しないとな」
伊東は今いる場所がすぐ小さくなってしまうのである。
現在、伊東は親会社上層部の派閥の渦中にいる。
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船山史家の呟き [呟き独り言]

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日頃喫茶店なんぞに行かない私が珍しくコーヒーブレイクです。
ボヤかせて下さい今日の記事は。

10月はいち日の終わりに「ああ、疲れた」口に出すことが増えた。
そうやって疲れた疲れた言ってると余計に疲れる。「疲れた」もそうだけど「忙しい」これも「忙しい忙しい」言ってるとなかなか業務が捗らないものなのだ。
言わなきゃいいってか。でも言いたくならぁね。

仕事は出来る者に来ると言いますが。私の場合は単に要領が悪いだけかも知れないですが。私にしては珍しく日々多忙なのだ。
リアルタイムで抱えている業務の期限が10月30日(一部が11月20日)でそれを過ぎると「担当者の失念により、期日を超過してしまったことをお詫び申し上げます」のような文言で遅延理由書の提出を要求される。
失念した担当者は私ですが、その文書は代表取締役の名前で出されるので、形式上の文書とはい不名誉なことではある。
だから急いでいる。でもなかなか終わらない。

10月に入ってから10日間ほどALL内勤だった。何処にも出なかった。
10日も事務所にいたのは禁足を喰らったのではなく、マジでデスクワークだったのです。自分の責任で文書を作成して、それを10人いる草の者(部署が違う陰の部下たち)たちが届ける、それの元を作成してたの。
自分が出向くところもあるけど、なるべく人を使うように切り替えたのです。
昨年、伊東甲子太郎が、「〇〇さん(私のこと)ひとりでは無理です。誰かにやらせないと・・・」オーバー気味に言ってたのが現実になったのである。

10人いる草の者たちは正規の勤務シフトがあるので、現場ラウンドを兼ねて私の文書のお使いができる日は限られている。
連中は私に要求してくるようになった。
「いついつシフトから外れてラウンドできるので、それまでに送っていただけますか?」(せっかちな1号)
「週明けの水曜に本社に行くのでそのにいただけますか?」(2号)
「いつ頃できますか?」(東海の7号)
低いダミ声で「まァだですかァ?」(男勝りの5号)
まだですかァ?だと。
仮にも俺は上役だぞ。督促しやがって。
自分で動くだけなら自分のペースでいいのですが、人を使うとなると相手の状況も慮ってあげなきゃならない。草のスケジュールに合せなきゃならないのがキツい。
「自分でやった方が気楽だ」
「でももうそれじゃダメよ」(ジャン妻)
自分ひとりで期日に間に合う物量じゃないのだ。
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1日じゅう事務所にいるとイライラする。周囲がウルサいのだ。こっちもイライラがカオや態度に出ているので周囲も殆ど話しかけて来ない。
日頃外出ばかりしていたのでいるのが苦痛でしょーがない。
「アタシは毎日ここにいるのよ」(ジャン妻)
ああそう。だってアナタ(ジャン妻)は財務でしょうが。そこにいるしかないでしょ。

私も社員に指示命令したことはありますが、何かプロジェクトがある時だけの単発指令で、決まった社員を常に使ったことは殆どなかったのです。
10人いる草の者の他に、準・草の者が増えてそれらを合計すると18人もいるのですよ。
連中は私の正規の部下ではないので上長を通して先触れしてから個々に指示を出すのですが、何か不備や不具合があると草の者たちから問い合わせ、確認事項、事後報告、変更事項、それらの着信やらメールやらがたくさん届きます。
草たちが出向いた行政からも後になって「不備があります」と言われたり「この書式じゃダメです」と言われたりする。そうなるとやり直し、指示し直しになる。
例えば横浜市で受理されたのに川崎市でSTOPされたりした。同じ神奈川県下ですよ。都道府県単位だと神奈川県や東京都ではOKなのに、他所の都道府県ではNGとか。
相手の都合で流れが阻害されると私自身のアタマがキュ~ッと締め付けられるようになって血圧上昇。
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群馬の6号から電話があって、
「〇崎市で言われたのですが、ウチの市は中核都市だから原本1通出していただきます。ウチ以外の他の市はそこでまた原本1通要りますよって」
ここでいう原本とは会社履歴事項全部証明書・・・登記簿謄本ですね。これと取締役の診断書原本が〇崎市で1通と、〇崎市以外の市、例えば渋川市、伊勢崎市、藤岡市とか、それらの何処かで1通要るんだと。
履歴事項全部証明書は有効期間3ヶ月ですが、診断書は30日なんですよ。だから急いでるのもある。11月にズレ込んだら無効になってしまうのでまた取り直さなきゃならないのだ。
中核都市だと胸を張る〇崎市以外の群馬県下の市には前橋市も含まれている。〇崎市は親切で言ってくれているのだが、
「別ですよってのは、県庁を前橋に持って行かれたからだろうな」
「県庁って前橋ですよ」(6号)
「明治の頃に持ってかれたんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「お前は生粋の群馬人だろうが。何で俺の方が詳しいんだ」
話が逸れた。東海の7号からも「富士市で通った書式が〇枝市では止まった」というのである。
草は草で苦労している。だって草たちは自分で書類作ってないからです。私が作ったんだから。
新参者の草、9号と10号は何故か初回ストレートで一気に通り「上手くいきましたぁ」・・・嬉々として得意満面の報告が来たが、他は苦労しとるようだな。
私は指示する側になったので、連中から着信があったらその場で応えなきゃならない。指示しなきゃならない。電車に乗ってても着信があると途中駅で下りて対応しました。
今月も残り10日もない。下手したら11月の第1週までは伸びるかも知れない。

草の者6号が頑張ってるせいで私自身が群馬に行けなくなったじゃないか。
行く予定も立ててたのですが自分でキャンセルしましたよ。「こりゃ群馬に行ってる場合じゃない。東京にいて指示しないと。少なくとも都内からは離れられない」と思い直したの。エライでしょ。
だからホントはさらの木に行ってる場合じゃなかったのです。滞在中も架かって来て、17時を過ぎてから着信が止んだ。
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平日は毎日たくさんの着信があり、業務メールが来るのですが、その合間に、
「こんにちは~。今日は良いサワラ、八角が入りました。お待ちしていま~す」
(-“-;)
空気を読めないメールを送ってきたな。
でも仕方がない。私の状況は群馬八幡には見えないのだから。
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「いつもヒマしてるからよ」(ジャン妻)
「ヒマではないっ」
「いつも自分のペースで完結しているから、たまにはそういうプレッシャーも必要なのでは?」(ジャン妻)
「・・・」
「で、いつ群馬や静岡に出張なの?」
「まだワカラン。予定が見えない」
「まぁ珍しい。いつもは率先して行くクセに」
「それどころではない」

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「本社に来てえらい」
「内勤してえらい」
「お仕事優先でえらい」
「群馬出張キャンセルしてえらい」
誉めてくれるのは肯定ペンギン、肯ペンちゃんだけである。絵本買っちゃった。
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MORNING RAIN [さらの木]

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昨夜不気味に光っていたカボチャ大王から、かき出した中身を使ってパンプキンスープでも出されたるのかと期待したら、ジャガイモとアサリのポタージュスープだった。
貝殻がジャマだな。貝殻と器が擦れてカチャカチャ音がするし。
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「このパンもMさんの手作りなの?」
「そうよ。持って帰ろ」
「どっかその辺のベイカリーからバサッと仕入れてるんじゃないの?」
「手作りよっ。失礼なっ。あ、また自分だけバター浸けてっ」
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リゾットと御殿場ソーセージはサイコーに美味いよ。
家で出されるシャウエッセンはあまり火が通っていないのだ。
「家でもこれぐらいコンガリ焼いてくれよ」
「オーブンが無きゃ無理よ」(ジャン妻)
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グリルソーセージに添えられたハーヴ野菜にカボチャがあるじゃないか。
「あの子の実?」
「違いますぅ」

Mさんには悪いけど。朝のヨーグルトとフルーツが苦手で。
「この後のデザートはヨーグルトは無しで・・・」
「要らねぇ」って言っちゃったのね。そしたらMさんは哀しそうな表情になった。
苦手なデザートが出される前に「部屋の鍵貸してくれ」
自分だけサッサと部屋に戻ろうとしたらジャン妻の眦が釣り上がった。
「ダメっ!!」
「・・・」
リゾットと御殿場ソーで満足しちゃったのだ。この後でデザートなんぞを口にしたらジューシーな余韻が消えちゃうじゃないか。
自分はデザート&フルーツの別腹が無いので。それだけで苦しくなってしまうのだ。
「いいから食べなさい」
苦手なヨーグルトが無い状態でフルーツの盛り合わせのように出されたが、私はフルーツの皿を左手で掴んでMさんの鼻ッ面に突きだし、
「これあげる」
「ええっ!!・・・食べたいけど・・・」
Mさんは哀しそうな複雑な表情になった。
「食べなさいっ!!」
渋々齧り始めたがやはり苦手で。果物って甘くて酸っぱいじゃんか。
「果物を食べないからカリウムが低いのよ」
「カリウムぅ?昨夜サザエを食べたから大丈夫だ」
梨とリンゴとオレンジだけ齧って他はジャン妻にあげちゃった。
キウイも苦手。
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何が載っかってるんだい?
ミニシュークリーム?
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「うちに見えられた後は、いつも何処にも拠らずに?」
「うん。どっか寄ってったこと一度もない。真っ直ぐ戻って12時過ぎには着いてますよ」
ウチからさらまでは何処にも拠らないとピッタリ100kmなのです。往路も復路も同じルート。
海辺の道から見える風景は、海も山々も雲なのか霧なのかどこかしら白く靄っていた。
今度来れるのはいつだろう。
「来月よ」
「ら、らいげつ??」
「それまで頑張らないと。草たちの為にも」
「・・・」
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GREAT PUMPKIN [さらの木]

夜の記事なので暗くなった今、Upします。
この不気味に光るカボチャ、ジャック・オー・ランタンは、ディナー中ずーっと私を凝視していた。
笑ってるのか怒ってるのかわからないカオツキである。
ハロウインは10月の終わりだぞ。まだ早くね?
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「手作り?」
「そうです」
ヒマ人だなMさんは。
だけど目が丸いぞ。ジャック・オー・ランタンって三角目じゃなかったか?
「これってカボチャの中身を出すの?」
「カオを書いて中身をかき出すんですよ」
私はカボチャの煮物が嫌いなのだが、カボチャ、食べものをそうやって粗末にしてもいいのかなぐらいの抵抗はあるよ。
「かき出した中身は明日の朝、カボチャのスープにでもなるんでしょ?」
「笑 食べられるカボチャじゃないんです」
ああ、そうなんだ。食用ではなく鑑賞用ね。
身をスプーンでかき出すらしいが手が臭くなりそう。私は絶対に自分ではやりたくないね。
カビ生えたりしないのかな。
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中に蝋燭が点してある。
蝋燭の小皿は明日の朝に出されるリゾットの小皿の小さいヤツか。
それとも朝のトマトチーズスープを熱する固形燃料を入れる器かな。
「最近ではLEDを使うケースもあるんですよ。蝋燭だと頭の部分に焦げ目が付いてきちゃって、ハロウイン本番まで持つかどうか・・・」
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ハロウイン?
カボチャ大王といえばライナス・ヴァン・ベルトが「ハロウインの夜にはカボチャ大王が現れるてプレゼントを配るよ」と騒いでるあれか。
でもライナスの言ってるのはハロウインとクリスマスが混じっているね。サンタクロースがカボチャ大王になっている。
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チャーリーブラウンの頭をモデルにして、ルーシー・ヴァン・ベルト(ライナスの姉)がジャック・オー・ランタンを描いてるとこ。
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ライナスはハロウインの夜、友達と遊ばないでカボチャ畑に潜んでいる。
カボチャ大王を待ってたらガサガサ音がした。でも現れたのはビーグル犬というオチ。
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カボチャ大王が現れず悲嘆するライナス。
毎年10月31日の夜はカボチャ畑で大王が現れるのを待っているのだが、本人は一度も見たことがないのだ。
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この後ライナスはカボチャ畑で寝てしまい、夜半に姉のルーシーが拾いに来た。
姉は弟を抱えて部屋のベッドに寝かせる。

さらも闇に覆われつつある頃。雨が止んだ隙に夜間撮影。
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そして部屋で二次会である。寝酒、夜食のお握り、ケーキ類、塩辛他を運んで来たのはカボチャ大王ではなくてこの宿のM女王。
チェックイン時にMさんにからかわれたプチ公は険しい表情になった。
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就寝前、最後の湯浴みの頃。
酒が入ってるので首筋に何杯も湯をかけてから浸かった。
さっきまで止んでた雨がまた降りだした。明日も雨かな。
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さらから戻ったらMさんからこんな連絡が。
「カボチャ大王はますます焦げ目がついて人相が悪くなってきました。」
ハロウイン当日まで持つかどうか。もうひとつ作ったかも知れない。
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アニマルプロティンディナー [さらの木]

部屋から出てディナーに向かうジャン妻。
さらは木造なので、闊歩する足音が宿じゅうにズシズシ響き渡る。
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この階段を下りると動物性蛋白質タップリのディナーが待っています。
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なんだこれは??
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伊豆で水揚げされた?刺身の数々。
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デカいサザエ刺身付き!!
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ジャン妻はサザエのキモが大好きですが、通常出されるサザエは小さいので肝が無いのです。
今回は大きいのが入ったみたいで肝は別に出されました。
私もいつか生き胆を取られるかもしれないな。
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前菜もキタ
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今シーズン初めて食べた牡蠣。
最近は季節感が感じられないが、牡蠣、カワハギ、こういうのが出されると歳月の経つのは早いな~と思ったりするのです。
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和の台のもの。
Mさんは洋食&和食の自称・自己流料理プロだが、中華はどうなんだろうか。
料理の師がいたのかどうか今度聞いてみよう。
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秋刀魚のお寿司。
もう秋刀魚か。時期的には秋なんだな。でも秋の気配を感じないでこのまま冬に突入しそうだな。
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茄子田楽?ジャン妻は茄子が大好き。
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牡蠣ではなく柿の白和え?
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キノコのダシの茶碗蒸。
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大好きな塩辛。もちろんMさんの自家製です。
出された当初は筋筋してたが、最近はツルツルしています。その辺の魚屋で売ってるものと変わらぬ食感、味になってきたので、
「もしかして既製品か?」
と悪態をついてしまった。
悪態が昂じて「デザートも明日出されるパンもその辺でバサッと買ってきてんじゃないのか」
「そんなことない。Mさんの手作りよっ」(ジャン妻)
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悪態付いてたらMさんがうやうやしく何かを持って来たのかと思ったら、
「マンボウの酢味噌和えです」
「またマンボウ?」
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伊勢出身のジャン妻と鳥羽か志摩の水族館で見たことがあるぞ。
見た目が愛嬌のある魚だが、
「よく水揚げされるんだね」
「バカっぽい魚だし、ボケ~ッと浮いてるから網にかかるんだよ」
マンボウはバカだからMさんでも獲れそうだが。デカいからMさんの細腕じゃ無理かな。
「そ、そんなぁ。可愛いじゃないですか」
その可愛い魚を料理にして客に提供しとるじゃないかい。だけど和の台のものが並んで出された後に「マンボウの酢味噌和えです」と逸品料理のようにそれだけ持って来たってことは、
「さては台の上に載せるの忘れたんでしょ」
これは後ろのお客に聞こえるように言ってしまった。
「載らなかったんですよぅ」
いやいや載せるスペースあるでしょ。絶対に載せ忘れたに違いない。
台のものが出されると日本酒が欲しくなる。でも次は洋食です。昨年まで中継ぎに出されてたブイヤベースとかアヒージョとかが胃に重たくなってきたので、あっさり白身魚(何とか鯛?)のソテー。
「下平目のムニエルとかさ、魚を洋風に焼いたの好きなんだけど」
「アタシがこういうのをやっても上手くいかないの」(ジャン妻)
そこを何とかやってみて欲しいんだがな。
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キンメの煮付けはもう何年も食べてない。いつも肉2種。いつものステーキ。
この宿と高崎の七のお蔭ですっかりミディアムに慣れた。
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ニワトリのエサのようなレタス。
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肉その2、これ以上できないくらいに薄く切られたローストビーフ。
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今の私らには丁度良い量でした。でも酒の量は減ったな。今夜はビールと甘口の白ワインと日本酒「正雪」だけだったんですよ。
飲めなくなったもんです。前はビール、白、赤、寝酒に日本酒、イケたものだが。
私もジャン妻もMさんも相応の齢を同じくして重ねてきたのです。
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二次会のデザート、お握り、寝酒は部屋へ移行しました。
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草の者のお蔭でさらの木へ [さらの木]

10月のさらです。平日です。
10月になって、珍しく私に大きいヤマ(業務)が入っています。
昨年までは私がひとりで完結していたヤマですが、今は10人いる草の者(陰の部下)と、草ではないけど8人いる準・草の者を使っています。

(このヤマ(業務)のせいで、何と会津湯野上の蕎麦宿を人生初のキャンセルという事態に。キャンセルというか延期ですが。)

平日なのでここへ来るまでも宿にインしてからも、17時まで私の会社携帯に着信やら問い合わせメールが届いている。
その都度路肩にくるまを停めて対応しながら八幡野まで来ました。
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部屋にインしてからも草の者たちからの着信やメールが届く。
「滞りなく済みましたよ。2部持ってったけど1部でいいって」(準)
「今日行ったんですけど、鏡(表紙)を分けてくれって言われました」(7号)
群馬の草の者6号からは「〇崎市に行ったら、〇市は中核都市だから〇市以外の市はウチとは別に原本が1通必要ですよって親切に教えてくれました」(6号)
中核都市だと?それには笑ったよ。自分らの市とそれ以外の地方都市は別ってか。格が違うってか。
「〇崎市と他の市を束ねる県は仲悪いんだろうな」
「???」
「明治の頃に県庁を前橋に持ってかれたからだよ」
「そ、そうなんですか?」
「お前は生粋の群馬陣人だろうがよ」
ついにはジャン妻の携帯にも経理部長から着信が。
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そんな電話やメールの最中にMさんがウエルカムスイーツを持ってきた。それらを置いたところでMさんはテーブル上にいたくるま旅行の御守マスコット、プチとビーに気付き、
「この子(プチ)キレイになりましたね」
別に洗った訳じゃないが、「この子」「キレイ」呼ばわりされたプチはムッとした。Mさんは指でプチのアタマを押した。
プチはフガッとクチバシを上に上げ、テーブル上をダンダン飛び跳ねて怒りを露わにした。
「怒ったの?」(Mさん)
「ムカーッ!!おのれ女将め。ようも」(プチ)
「女将とは何ですっ」(ジャン妻)
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ウエルカム2.jpg
ウエルカム3.jpg
こうして寛いでいる間にも草の者たちは私の指示書を持って走り回っている筈だから会社携帯を手放せない。
架かって来ても、誰も「〇〇さん(私のこと)今日何処にいるんですか?」って聞かないのは何故だろな?
自分だけ休んでることで多少の後ろめたさもなくはないが、
「昨夜彼女たちに発送したんでしょ。後は皆に任せたらいいのよ」(ジャン妻)
風呂1.jpg
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宿の空は曇り空。
鉛色の空から時折小雨が降る。降るならドバッと降ればいいのに。
しばらく秋雨前線は停滞しそうな気配。
これをUpした今日のニュースでは台風が接近中の模様。
曇り空.jpg
フロント.jpg
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薄暮に包まれるさら。
もうすぐ漆黒の闇に包まれる。
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17時になってようやく携帯もメールも鳴らなくなった。
「草の者たちのお蔭だね」(ジャン妻)
彼女たちがいなかったら今日は来れなかった。昨日のうちに準備をして指令を出したから今日ここに来れたのもある。
「頭(カシラ)だね」
「陰だけどな連中は」
「彼女たちの評価を上げてあげないと」
そして動物性蛋白質た~くさんのディナーの刻限になった。
そろそろ夕餉.jpg
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レアなハンバーグ [グルメ]

ちっともさわやかじゃない曇り空のもと。。。
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昨年9月の静岡出張記事http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-09-24で、西東京に住んでいる男性社員が、私の遠州出張を知ってシツコク親切にススメてくれたのが、都心では見かけない「さわやかハンバーグ」というチェーンレス。
「静岡県内でしたらさわやかハンバーグがおススメですよ」
「さわやかハンバーグ?」
何が爽やかなのさ。
秋吹く風のようにさわやかなハンバーグ?
「知らないスか?静岡県内では有名です」
知るわけない。
「アナタ静岡県に縁があるの?」
「自分は・・・」
この会話の遣り取りの日、私は先を急いでいたのだが、・・・の後はその男性の出身地を含めた身の上話になりかけた。出身が静岡県の裾野市だったのです。
話を聞いてやると、そのさわやか何とかは静岡県内に点在する肉系のファミレスで、くるまで家族連れで乗りつけて安くてボリュームのあるハンバーグを提供する店だなと推測。
「上(東名、新東名)を走ってるから見つからないかもな」
私はその男性のヘンな好意、おせっかいを無下にもできず、やんわりとかわしそうとしたが、相手はシツコい。
「静岡の社員さんに聞いてみてくださいよ」
この頃は静岡県内の従業員たちと今ほど打ち解けていなかった。静岡県は広くてひとつひとつの現場がかなり離れていて移動距離が長く、1箇所で誰かと出逢ってもすぐ次に移動しなくてはならず、長時間滞在できなかった。会話時間も限られてしまいなかなか人間関係を構築できなかったのである。
結局その時は私の公用圏内や走行途中にそのさわやか何とかは見当たらず。
でも何となく気にはなっていた。そこまでススメるさわやかとはどんなものかと思ってはいた。
どっかの現場の社員に「さわやかハンバーグって何さ?」と聞いて、そこで出されるものを事前に知っていたら多分私は行かなかったかもしれない。
だが、私にしては意外なところにあった。
遠州掛川の出張でICを降りたら、その側にあったのである。
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さわやか3.jpg
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何でこんなに混むんだろう。
11時15分に入店したら、既にそこそこ混んでいて空き席の方が少ないくらいだった。
小柄なオバちゃんが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ何名様ですか?」
見ればわかるだろう。ひとりだよ~♪(CKBの唄)とは言わず、「1人だから・・・小さい席でいいですよ・・・」
「ではこちらでお願いします」
ランチメニュー、グランドメニューをバサッと渡された。
メニュー1.jpg
メニュー2.jpg
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初めてのこういう店ではなるべくオーソドックスなオーダーで、品数多く取って取材しようと。
「ハンバーグとエビフライ・・・」
もう何年も行ってないファミレス「でにーず」にあるようなものを注文してしまった。
そしたらオバちゃんは次にこう言ったと思うのだが。
「赤身でよろしいでしょうか?」
ここがポイントです。確か赤身って言った。オバちゃんが言った赤身の意味を、肉質というかロースのような上肉と勘違いした私は「いいよ」と答えている。
「ソースはオニオンソースとデミグラスソース、どちらがよろしいでしょうか?」
デミは好まないので、
「オニオンで。ええっと、スープは・・・コーンスープ、カップでちょーだい」
「別料金になりますがよろしいでしょうか。付いてくるスープとお取替えはできないので」
「ああいいよ。この季節で変わる農園サラダ?これも追加する。今の時期だと・・・これか?」
「これですね・・・」
オバちゃんは四季で変わるサラダの夏(6月~9月)を指した。
「あ、これか。(苦手な野菜は無いかチェックする。ゴーヤとかないだろうな。)嫌いなものは無さそうだな。大丈夫だな」
「ありがとうございます。ドレッシングは・・・」
・・・2種類ススメられ「マヨネーズ」と言いかけたが、確かフレンチドレにしたと思う。
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「季節の農園サラダをお持ちいたしました」
季節のサラダは野菜ボリュームが大きかった。歯茎が冷えるくらい冷たいけどムシャムシャいただきました。
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「スープをお持ちいたしました」
セットで付いてくるオニオンスープと、別オーダーしたコーンスープのカップが2つ揃って出されたのです。コーンスープだけでよかったんだけどな。
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スープ2.jpg
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サラダが多いので、牛か馬になった気持ちでムシャムシャしていたら、
「もうすぐハンバーグができあがりますのでペーパーを敷かせていただきます」
A4サイズで広告入りの紙を1枚敷いてくれた。
その紙の上に、鉄板に載った熱々湯気湯気のバーグがジュウジュウ音を立てながら運ばれたのだ。
「紙の端をお持ちください」
熱々除けに裾を持って持ち上げます。
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汁やソースが飛び散って服に付着するのをガードする。
ハングリータイガー(今でもあるのかな。)を思い出した。
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熱気と湯気が消えて行く。
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湯気が消えて行く2.jpg
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フォークで抑え、ナイフでカットしたら、
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レアハンバーグだったんですよ。さっきオバちゃんが「赤身」と言ったのはそういう意味だったのです。
一瞬躊躇した。でも他のお客さん皆さんバーグを赤身のままで食べていたね。
決して中身が冷たいわけではないです。火は通っています。ただ食感がね。口に入れたら表面から熱とともにジュワッとしますが、中身は食感が違う。ブニュッ、グニョッ、です。
「中身も焼いてくれ」と言えばそれもOKらしい。「赤身でよろしいですか?」それに対して「ウエルダンでお願いします」「よ~く中まで焼いてください」とでも言えばいいのだろうか。
レア?-3.jpg
カットした断面をジロジロ見ながら半信半疑でいただいたよ。
食べながら、食べた後もクエスチョンが湧く。レアハンバーグって大丈夫なのかと?
大丈夫なのか平気なのかったってもう食べちゃったけどさ。
ステーキの場合、ジャン妻はステーキ肉はレアです。私のを見て「アナア焼き過ぎよ」とよく言われる。先日の船山温泉でも「焼き過ぎ。こっちの焼き過ぎたのはアナタが食べてよ。アタシはこっちのレア食べるから・・・」
私は長年ウエルダンだった。それはジャン母に「お肉はよく焼いて食べなさい」と言われ続けて育てられたからである。
ジャン母はローストビーフの断面を見て「生なの?」と言うくらいだからね。ジャン母の買いものに同行して私らが懇意にしている肉屋さんで平気でそう言うし。
でも私は牛刺やユッケは平気です。それは私の脳内で「牛刺やユッケは刺身。ステーキは焼く肉」と思い込んでいるだけです。
だがステーキとバーグは違う。レアハンバーグってホントに大丈夫なのか?誰でもそう思うでしょ。

全ての肉は菌に汚染される可能性があるのだが、牛肉に菌が付くのは肉の表面だけで内部まで汚染されないと言われている。
だからステーキ肉の焼き方で、レアやミディアムがある訳でさ。
ステーキ肉とバーグは違うでしょ。バーグはミンチなんだから。でもさわやかのサイトでは「安心・安全への取り組み」の頁があり、無菌服を来た職員が徹底した殺菌体制を敷いているそうです。
レア?-2.jpg
では美味しいかというと・・・正直私はやはり違和感があったな~。ジュワッ、ブニュツ、ですからね。食感がね。
だが周囲の客はALLバーグ、赤身でいただいてるように見えた。
あ、付け合せに私の嫌いなカボチャがあるぞ。
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オバちゃんの接客と、季節のサラダ(冷たいけど)がタップリだったのが印象に残った。
それとここでしか味わえないレアのハンバーグ。
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その日に行った先の現場で私は現地社員に聞いた。
さわやかは掛川が発祥でいつも混んでいるという。隣に他社のファミレスがあってもファミレスがガラガラで、さわやかは待ち客が出るほど混むと。
確かに混んでいた。11:30には席が埋まり、私が店を出た頃には入口で10人待ちになっていたしね。
あの赤身、レアは前からそうで、それがウリで至極当然のように皆食べていると。
ステーキもあるが、ステーキよりげんこつ系の赤身、レアハンバーグの方がよく出るそうである。
さわやか5.jpg
バーグはステーキではない。挽肉です。だが、さわやかが言うとおり、厳しい管理体制下で提供されるのであれば・・・。
・・・この先を言い切る自信が無い。徹底した殺菌管理体制を敷いていると謳っているので信じるしかないのだが。食べるなら信じるしかないよ。信じないなら行くな、です。
でも私たちがさわやかの真似をして手作りのハンバーグをレアで提供、食するなんてことは絶対に止めましょう。
ススメてくれた男性に写メした。「さわやか行ったよ。中身がレアだった」
返って来た返信は。。。
「自分さわやか行ったことないんですよ」
(-“-;)
だったら何でススメたんだっつーの。
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紀尾井さんのルーツ [隠れ郷土史]

紀尾井1.jpg
静岡市内にあるマニアックな酔いどれたちが誇る名(迷)居酒屋、紀尾井の主人が私に言うには、
「横地城って行ったことあります?」
横地城?
「まだ行ってないが。マークはしてありますよ」
「ウチのルーツなんですよ」
やはりそうか。
店主の目が「是非行って来てくださいよ」と訴えている?
傍らでジャン妻は「またヘンな山城を革靴で上って、靴をダメにするんじゃないでしょうねぇ」と不安げだが、調べてみたら城域が舗装された遊歩道になっていた。
紀尾井の店主のルーツにやってきました。

横地城、別名を金寿城(名前だけだと縁起が良さそうだが)に行くには菊川市街地から245線をひたすら南下します。
菊川市立総合病院の辺りを過ぎると緩いカーヴになる。その辺りにこんな看板がある。
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この看板は私が数えたところ1枚、2枚、3枚あり、いずれの案内も城域へ導くようですが、特に1枚めの看板案内はこの辺り一帯の遺跡群を余さず見て廻る最も長いコースで、舗装されているものの、細くて長い道のようです。
一気に城の中核に行くにはどうすればいいか調べたら、3枚めの看板の案内で左に逸れ、この案内の先に、
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この説明板の左手にも訪城口があるのですが、ここもスルーして、
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この先にも駐車場がありますが.jpg
そこからの登城口3.jpg
そこからの登城口2.jpg
更に先にWCがある駐車場があります。そこの脇に訪城口がある。
更にその先の駐車場.jpg
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城域の中心部に一気に上がれます。
登城口いちばん近い.jpg
最初はこうですが.jpg
道が無くなったが.jpg
獣道の先に.jpg
途中に獣道が20mほどありますが、すぐ千畳敷という平場に出て、そこから舗装された尾根の道を東西に歩けば楽チンです。
千畳敷.jpg
この千畳敷には駐車スペースも多少あります。細いながら道も舗装されており、ここまでくるまで上がって来れないこともないようです。
ガードレールもあるから小型車なら可能かも知れない。
平場の碑.jpg
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千畳敷の正面に二の郭、横地神社。
横地神社1.jpg
横地神社2.jpg
横地神社3.jpg
土塁壕.jpg
二の郭解説板.jpg
郭を繋ぐ道1.jpg
中の城へ。薮が酷くて中には入っていません。
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本郭へ続く道。
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本郭へ。
本郭解説板1.jpg
本郭解説板2.jpg
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眺望、南を望みます。
見渡す1.jpg
見渡す2.jpg
見渡す3.jpg
最初に作ったのは室町時代初期の頃、に横地太郎家長(家永)という人。
紀尾井さんのルーツである横地一族の当主を並べると、初代家永、2代頼兼、3代長宗、4代長重、5代長直、6代師重、7代師長、8代長国、9代長則、10代家長、11代長豊、12代長泰、13代長秀、14代秀国、15代元国、全部の当主が太郎何々といふそうです。紀尾井店主は数えて何代目だろうか。

この地に駿府の今川氏が攻め込んで来た。往時の駿府太守は今川義忠という人で、義元の祖父の時代です。
今川義忠は駿河の守護だが、お隣の遠江の守護職を斯波氏と争っていた。
相手は斯波義廉という人で、もとは今川氏が遠江の守護職も持っていたのを斯波氏に奪われた形になっていたらしい。
ダラダラ10年以上も続いた戦争、応仁の乱で今川義忠は東軍に属した。不仲の斯波義廉氏が西軍だったからである。

(この乱より前だと思いますが、今川義忠は室町幕府の執事だった伊勢盛時(新九郎)と知り合い、その姉か妹を貰った。北川殿と伝わる女性との間には龍王丸(後の氏親)が生まれている。)

乱の途中で応仁2年(1468年)今川義忠は、東軍総帥細川勝元の指示で斯波義廉の遠江を騒擾させる為に帰国して遠江へ攻め入る。
その過程で齟齬が生まれる。今川義忠と同じ東軍陣営に別の斯波氏、斯波義良という人がいて、幕府がその人を何故か遠江守護に任命してしまった。東軍と西軍がそれぞれ別個に遠江守護職を馬の鼻先にブラ下げたニンジンのように乱発したもんだから、今川義忠は同じ東軍の斯波氏とも敵対構図になる。
更にヤヤコシイことに、斯波義良の家臣で甲斐敏光という人を西軍から東軍に寝返らせる為に、またしても遠江守護職をチラつかせた。甲斐敏光はそれに乗って寝返ったから、遠江守護職が東軍西軍合わせて3人(義廉、義良、敏光)になってしまったのである。
遠江から斯波氏を追い出したい今川義忠は、東軍西軍構わず実力行使に出た。対斯波氏、対甲斐氏、それに連なる国人衆と干戈を交えることになる。
ここで横地城が登場する。横地太郎秀国(14代)は斯波義良に付き、分家の勝間田氏と組んで今川義忠に抗戦する。

文明7年(1475年)と翌8年に今川義忠は横地城に攻めてきた。
今川軍の兵数は500だというが、その単位は500人?500騎?
500騎だったら従者や軽輩を入れたらその分兵数が増えるが、500人でこの城域全体を包囲できるかどうか。
歩いてみてわかったのは、この城は山の峰々に郭を分散して配置しているので、ひとつひとつの郭はそう大きくないのだが、山の峰は裾に広がっているものなので麓でぐるっと全部を包囲するにはかなりの兵数が必要かと思う。
逆に言うと、城域内の山の峰々に郭が点在しているので、全部を守ろうとするにもそれ也の兵数が必要である。守る横地一族がどれぐらいの兵力だったかわからないが、攻める側が1点に多勢を集中すれば突破口は開けるかも知れない。

横地城は7日間の籠城戦に耐えた説、横地秀国が戦死して落城した説とある。
どちらにも共通の結果がある。駿府に引き上げる途中の今川義忠は、地の理に詳しく先回りして伏せていた横地軍の残党に襲撃され、矢を受けてあっけなく戦死した。
尾根を繋ぐ道3.jpg
虎口か?.jpg
見て廻ったのですが旧いタイプの縄張りです。
時間の都合で全部は見れなかったのですが、山の峰々を主に3つの郭に分け、千畳敷のすぐ前に西の城、東に歩いてすぐに中の城、東に本郭(金寿丸)、これらを尾根道で繋いでいる。私の見立てでは、東の本郭より西の城の方が高いようです。
主将、副将1、副将2、3郭を守る将校たちが上手く連携を取らないと、攻め入った敵兵を撃退するのは難しそうである。
戻って千畳敷から西へ。
何だこれは?
谷1.jpg
谷2.jpg
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幽体離脱した紀尾井さんの店主と出逢ったりして。

横地城は攻防戦が有名なのではなく、前述のように落城後に横地や勝間田の残党たちが今川義忠を討ち、それが今川家の後継者問題を引き起こし、伊勢盛時(新九郎、早雲)の登場となるきっかけを作った城で有名なのです。
残党たちが射かけた矢がたまたま命中して戦国時代の扉を押し開けた。その為に存在し、落城した。

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横地一族には生存者もいて、帰農した者、三河松平氏に仕えた者、甲斐の武田氏に身を寄せた者がいるようです。
四散した一族郎党の中には、時空を遥かに超えて宮ヶ崎町の居酒屋の店主に落ち着いている方もいる。
その店がボロいのは城が落城した名残で?店主の風貌は落ち武者そのモノを表しているのか。
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井伊の井平 [隠れ郷土史]

おんな城主が井伊虎松の後見に就いたのは、小野父子(和泉と但馬)の讒言と、度重なる合戦で井伊家中に男子がいなくなったからだというが。壮年の男が少な過ぎる。
他に誰もいないから尼小僧様を還俗させて、直虎と名乗って井伊虎松の成人までの後見に据えた?小野但馬や今川家の介入を防ぐ為に。
実際そうだとしても、おんな城主誕生の理由付けにしてはちと強引と思わないでもない。そこまで井伊に男がいなかったのだろうか。
男の重臣が少な過ぎである。この凸凹2人と銭の犬、酒ばっかり飲んでる和尚とその寺にいる屈強の兄弟子2人だけでよく家中が保てたものである。
この連中だけ.jpg
と皮肉を言いましたが、井伊家の庶流はいなかったのだろうか。
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井伊谷の北方、井平の郷を治めた井伊に繋がる一族、井平氏のこと。
場所は引佐(イナサ)町伊平、そこにいたのは井平氏だが現在の地名は伊平。井が伊に変わったようです。
井伊谷から井伊谷川に沿って257号線を北上、東名浜松いなさICの表示が見えたら、右手の脇道に逸れて井伊谷川を渡ります。
井平への道は.jpg
民家の敷地脇に解説版があった。
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『この場所は、井平氏の居館跡と伝えられております。
寛元3年(1245)井伊家から分家した井伊直時は此処に居館を構え、この先北方300mの山麓に城を築き、井平氏の祖となりました。
それから330年の間、井平氏は井伊氏を支える有力な家系となり、井伊直虎の曾祖母や祖母(井伊直平の妻や井伊直宗の妻)はこの地で誕生しております』
ああ、この爺さん(20代)の奥さんが井平氏の出なんだ。
おじいちゃん.jpg
おんな城主のお父さん(22代)の前、登場しない21代の奥さんも井平氏の出だそうです。
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この系図はわかりやすいが井伊家しか書いていないのです。往時の井平氏の事績についてはあまり触れられていない。
次に元亀3年(1572年)、武田軍の遠州侵攻で、当時の井平家当主、井平直成の名前が出て来る。昨日の仏坂で戦死した人です。
「・・・井平城(仏坂)の戦いで当時の当主、井平直成は88名の家臣と共に討死しました。城郭、居館は焼き討ちに遭い、井平氏は一時絶えました。
その後、天正元年(1573年)井伊直平の末子、井平直種が井平氏の当主となり・・・」
爺さんの末子が復活させたようですが。
「・・・天正18年(1590年)、直種の嫡男弥三郎は井伊直政の家臣として小田原攻めに参戦し、18歳の若さで討死、井平家は断絶しました・・・」
ガクッ!!
なんてこったい。
小田原攻めで戦死??あの大軍攻囲戦でか。
小田原征伐での本格的な戦闘は本城小田原よりも山中、韮山、松井田、鉢形、八王子、忍といった支城攻めの方が苛烈ですが、小田原本城の攻囲戦で攻める側がマトモな戦闘を仕掛けたのは、井伊直政が蓑曲輪に夜襲を仕掛けたぐらいですよ。
直政が無理したのかも知れないが、勝ち戦で討死するなよ。
駐車場.jpg
この先井平城1.jpg
では北方へ。井平城の駐車場は案内矢印の先にあります。少し上がって、また下りてくると登城口。
だけどこの案内、舗装路と草むらの中の獣道とどっちを指しているのか。
この先井平城2.jpg
「どっちに行けばいいんだ?」
「・・・」
私は草むらに踏み込んだ。ジャン妻は坂を見て断念、下で待機させた。
ジャン妻は断念1.jpg
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こんな狭い自然の坂です。
城域へ登る.jpg
これが大手木戸口の跡らしい。
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ところがこの先ですぐ舗装路に出た。井伊家ゆかりの幟がここにもくたびれてはためいていた。
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なんだ、草むらに入り混まなくても舗装路を上がってくればよかったのか。
3枚の解説板があり右手には駐車場もありました。ここまでくるまで来れます。
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3枚の説明板の先には1軒の民家があり、この地に至るまでの舗装路はそこにお住まいの方の生活道路だといっていい。
説明板三枚の先に民家が.jpg
説明板1.jpg
説明板2.jpg
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一帯は畑などに変わっているが、かつて段曲輪だったような地形がある。

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土塁3.jpg
土塁2.jpg
土塁か縦堀か。急場の連絡路か。下りてみたら。。。
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マムシ!!
マムシ.jpg
土塁9.jpg
冗談ではない。上に戻りましたよ。
下までおりた訪城プロの方のサイトもあります。探してみてください。
土塁4.jpg
土塁5.jpg
土塁6.jpg
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あまり敷地内をウロつくのは憚られますが、見て思ったのは、家がある辺りが主郭でその先の尾根筋の方が高いのです。
この先は尾根筋を断つ堀切も見当たらない。最高所には携帯電話の鉄塔が建っているようだが、北の守りが脆弱のようです。
だから仏坂へ打って出たのだろうか。
搦め手の方が高いのか.jpg
山県三郎右兵衛尉昌景はこの城も難なく落とす。率いる赤備他の兵数が5000人もいたなら充分過ぎる。
旧鳳来寺街道を抑えている要衝にしては心許ない規模である。

遠州国境戦から仏坂、井平城、一連の戦いにおんな城主は出張っていません。
武田軍へ燈籠の斧のように刃向ったのは、あの近藤康用の子の秀用という人(之の字が名前を言っていた)、仏坂でも触れましたが「討死した父にお経をあげてください」と懇願した鈴木重好14歳か15歳(・・・柴崎コウさんは一本町史の台詞よりも、お経を詠む方がキレイで上手ですね・・・)、鈴木の叔父で重俊という人(権蔵とも、出雲守とも)、そして井平城の主である井平直時とその一党です。
一連の戦いは井伊側にとっては退却戦です。山県軍からしたら追撃戦なのでその先にある豊穣な井伊谷の地を目指してやる気満々だったに違いない。
家康は援軍を出せなかったようです。この頃は全く頼るに値しない。
舗装道路でも上がって来れます1.jpg
帰りは舗装路を下りました。
堰堤があった。砂防指定地らしく大水が出た形跡もある。
舗装道路でも上がって来れます3.jpg

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井の国の散策は終わりました。
奥山や宇利(近藤が前にいたところ)までは足が延ばせなかった。
井の国ではないが、まだUpしていない遠州ネタが。。。
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赤備を迎え撃った井伊の武人たち [隠れ郷土史]

クランクアップ、お疲れさまでした。
クランクアップ.jpg
個人的な感想ですが。
おんな城主がおんな農婦になって、還俗してチンピラ雲龍丸と同居、無理に主役で引っ張ってましたが「炎立つ」や「葵三代」のように第1章と第2章とかに分けても良かったかもね。
第1部は直虎編、城主を下りた第2部では井伊万千代編、だって直虎さんは井伊家の再興を諦めたんだからさ。
井伊谷はモミアゲ近藤が治めているのにおんな農婦が出しゃばって差し出がましくああしてはどうかこうされよと。言われっ放しの近藤もどうかと思うが。
龍雲丸とのラブシーンは現代そのものだし。ちょっと興冷めした。
でもまぁ最後まで観ますよ。要所要所でいいネタや奥深い台詞もあったし。
では描かれなかったネタを掘り起します。
井伊谷城を焼いて隠れ郷へ退避し、瀬戸村、祝田村は焼かれて焦土と化したが、「農民はひとりも死ななかった・・・」
・・・それはよかったですね。逃げるに如かずが成功したと。
では一戦も交えず逃げ出したのかというとそうではなく、例の三人衆が武田軍を喰いとめようとした痕跡はある。
武田軍2.jpg
いきなり武田軍が攻めかかって来るシーンが。
これはおそらく、設楽原のロケだと思うけど。
次にスタジオ撮影、何処かの山の中での戦いが少し描かれた。
合戦シーンが少ないと叩かれていたが、希少なシーンではある。
仏坂1.jpg
仏坂2.jpg
仏坂3.jpg
仏坂4.jpg
ではこれは何処の戦いなのか。

東名浜松いなさICから257に入り、井伊谷に下る途中で、「仏坂十一面観世菩薩、ふろんぼ様」の縦看板がある。
戦闘があった場所へ行くにはこの細い道に入ります。
仏坂への道.jpg
途中の道.jpg
振り返る.jpg
曲がったらいきなり急坂で、その先も緊急車両が入れるかどうか、行き違いが殆どできなさそうな細い道が続きます。この先には人家が1軒と寺院があるのですが、まずすれ違うこたぁないだろうと油断したら、途中で1台の軽トラとすれ違った。
運転してたのはオバさんだった。この道は対向車と行き違いできる場所が決まっていて、待っててくれたようである。また余所者が入って来たと思ったに違いない。
ここに停めた.jpg
ここに停めた。ジャン妻を待たせておいて。
実はこの先もくるまで行けます。寺院があから。
「すぐ戻る」
「無理しないのよ。革靴なんだから・・・」
ここから歩く.jpg
歩く1.jpg
歩いて振り返る.jpg
歩いて見上げたら住居があった。さっきすれ違った軽トラのオバさんはここの住民だったのかも。
このカーヴの先に.jpg
船山温泉の林道、作業道よりガレてない。
ヘアピンカーブを曲がるとその先に、おんな城主の舞台ですよの幟がここにもはためいていた。
その先に何かがある.jpg
仏坂1.jpg
この辺りに旧道があります。旧鳳来寺街道という。幟がはためく坂を仏坂というそうですが、ここで戦いがあった。家康が惨敗した三方ヶ原の前哨戦です。
ドラマでは松平信玄が自ら本体率いて井伊谷に攻め込み、焼き払った後で南渓和尚が直談判していたが、実際に井伊谷を荒らしたのは武田軍の別働隊、率いて来たのは赤備えの山県昌景だった。
山県昌景は遠州に乱入して三人衆の鈴木氏の小城を抜いた。その報を受けた井伊軍(というか、徳川に靡いた国衆連合軍)がこの仏坂で山県軍を迎撃しようとする。
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仏坂3.jpg
仏坂4.jpg
顔触れは例の三人衆他で、井伊家不在の井伊谷城代のモミアゲ男・近藤康用、菅沼忠久、鈴木重時の遺児で重好、井伊に繋がる一族の統領で井平直成という人(井平というのはこの辺り一帯の郷の名でもある)たち。
鈴木重好は直虎に「お経を詠んでください」と言ったあの子ですよ。
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コウさんは台詞よりもお経の方がキレイで上手ですね。歌手だからね。

井平や鳳来寺街道、仏坂は井伊谷の橋頭堡で、ここを抜かれたら井伊谷は目と鼻の先といっていい。
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元亀3年(1572年)10月22日、坂を下って来た山県軍に対して坂を見上げる不利な体勢で、数にも劣る井伊谷三人衆と井平の連合軍は敗れ去る。
井伊直平はこの地で戦死、鈴木の遺児・重好を補佐していた鈴木重俊という人は、「頬当(ほほあて)の下菱縫(ひしぬい)に鉄砲を受けて・・・」、享年僅か22歳で戦死した。2人とも鉄砲の被弾で絶命したそうです。
他、この戦いで亡くなった井伊勢の戦死者88名か、武田兵と併せて88名かがここに眠っている。
四畳半ほどの塚が盛り上がり、自然石が積まれていた。
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井伊の残兵は山中に3日間隠れてその後で逃走、井伊谷城を放棄したのです。
山県軍はこの後で取り上げる井平城も抜いた。上州でもそうだったが放火乱捕りが大好きな武田軍は飢狼のように奪う気満々でやって来て、龍潭寺他あちこちを焼いたらしい。武田軍がやたらと荒らすのは上州でもそうだったがクセのようである。
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本当にこんなところで合戦があったのか?と思ほど狭い印象。
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現在の舗装された道幅ではなく、こんな細い道で激戦に。。。
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これが旧鳳来寺街道で、命を狙われた幼い頃の井伊直親が、今村藤七郎と隠れた場所が500m先にあるらしいが、行くのは止めといた。私は直親には共感できない。
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三人衆(鈴木は遺児)は自ら出張らず援軍を出しただけかも知れないが、井平直成はこの戦いで亡くなっている。
兵力に差があるし、戦場慣れた場数でも圧倒されたに違いないが、逃げずに山県軍に立ち向かった井平直成とは何者なのだろうか?
井伊?井平?紛らわしいですが。
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冶一郎本店 [グルメ]

甘味に興味が無い私のBlogはカテゴリにスイーツが無いのでグルメにしておきますが。
ホテルをチェックアウトしてくるまを走らせ、今日も見たいところがあるので257号線(姫街道)を北上、井伊谷へ戻る途中の助手席でジャン妻が何やら検索している。
「何を見てるんだ?」
「ちょっとね・・・」
と言いながら顔を上げない。こっちが運転している横で別のことされるとさぁ。
「何を検索しているんだって?」
「ジイチロウってここから近いのかなぁって」
「ジ・・・何だって?」
「ジイチロウ、会社とお義母さんにお土産を買っていきたいのよ。せっかくここまで来たんだから」
土産は高速のSAかPAでいいじゃないかと思ったのですが、都内だと駅ビルやデパートにしかない有名ブランド菓子屋の本店が浜松にあるという。
ジイチロウ?人の名前かな。瀬戸村か祝田村の百姓の名前のようだ。
「じゃぁナビにセットしてみなよ」
「ハママツシ、ニシク、オオヒラダイ・・・」
「浜松市西区?」
北に向かっているんだよ。東名高速をアンダークロスする前まで来ている。セットした後で地図を縮小したら今いる場所から戻って西だった。
ここまで来て戻るのかと躊躇しかけたが仕方がない。左に逸れてUターン。
「ジ・・・何だっけ?」
「ジイチロウ」
「どんな字なんだ?」
「おさめるよ」
収める?収める?治める?修める?
「政治の冶」
「ああ、冶か。で、一郎?」
「そう」
一般道を20分ほど走った。目的地までどこをどう走ったのかナビが無ければ行けなかったと思う。
佐鳴湖の北側を走って南下して、大平台という新興住宅地と未開発のスプロール地区が入り混じった端っこにあったのです。番地は静岡県浜松市西区大平台3丁目1番1号。
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まだ10時過ぎなのに駐車場に警備員か誘導員が1人いた。誘導員が要るほど混雑する有名店なのだろうか。
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バウムクーヘンとプリンの店だった。
奥にCafeもある。私の来るような店じゃないな。
「朝ごはんあんなに食べなけりゃここで一服したかったんだけど」
そりゃ自業自得というもの。鰻ご飯まで食べるからだ。
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バウムクーヘンなんて結婚式の引き出物に出されても食べたことないな。
自分で買って自分で食べようとはまず思わない。
「ホールで買うの?」
「カットして袋に詰めてあるものを・・・」
お手頃の4切れ詰め合わせが売っていた。
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私にとってのバウムクーヘンは2011年のホワイトデーに、池袋のねんりん家で買って当時勤務していた現場に配って以来である。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-03-27-1
あの時は喜ばれたな~。
女性ってのは甘味系の菓子を買って配ると嬉々とするものなんだね。
ではどんな味なのか。ウチでは家で過ごす(土)(日)は1日2食(朝兼昼、夕)なのですが、2時か3時頃に食べてみたんですよ。
ねんりん家に比べたらバウムクーヘンの幅がやや細い。小ぶりにカットされていた。
こういうのを食べ慣れていない私の無粋な感想は、
「こりゃ水で濡れてるんじゃねぇのか?」
しっとり、なめらかなんです。私は固定観念を捨てられない保守的な人間なので、
「なにこれ?バウムクーヘンは食感がパサパサしているものじゃないのか」
「そういうものなのよ」
水に浸したようなカステラ生地はあまり私に合わなかった。これだけ濡れてりゃお茶要らないんじゃないのか。搾ったら水が出そうである。
他の印象は、卵の味が強いなと。
パサパサのバウムクーヘンの真逆だね。しっとり、ほわほわ、柔らかい、ふんわり。
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そして休み明けに社に持ってたtんですが。
「配った?」
「まだ」
「早く配んなよ」
「いいの今日は」
女性陣が全員揃っていなかったらしい。翌日、公用先から戻ったら「もうアタシが配った」
私も配られた女性職員の喜ぶ顔を見たかったのだが、ジャン妻は私を無視してひとりで自ら配ったんです。ひとりひとり嬌声が上がったらしいが自分だけいいトコどりしやがって。本店までUターンしてくるまを走らせたのは私だぞ。
私に対する女性社員の反応は殆どなかった。唯一、私のシマにいるソリの合わないオンナが、
「本店?浜松まで行ったんですか?」
「ああ、行った」
それだけです。
なので私は女性陣のヨロコぶ顔を見ていない。

私の生活圏内や公用圏内にある冶一郎は、恵比寿駅東口のアトレ恵比寿店、ルミネ新宿店、横浜駅西口にあるジョイナス店、川崎駅西口に直結しているラゾーナ川崎プラザ店、下りる回数が意外と多い立川駅のルミネ立川店ぐらいである。
私が営業畑だったら贈答品のひとつとして抑えておいていいかも知れない。
自分で買って食べようとは思わないなぁ。やはりパサパサで塩っ気がないとね。
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浜松モーニング焼きそば [グルメ]

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10年以上前、私は関西方面のマネージャーだった時期があります。
その頃は会社規定の宿泊上限が今より高かったので、出張先ではロイネットホテルを利用していました。
当時はロイネットはリッチモンドとも提携していたのでどちらかに泊まっていましたね。ドーミインやルートインという選択肢はなかった。
関西は主に大阪、神戸、和歌山、姫路です。まだ船山温泉やこういうネットの世界を知らない頃です。(蕎麦宿は通っていました。)
ところが和歌山市内の有名居酒屋から私宛の贈り物が社に届き、それを見たある営業(もういません)が当時の社長に讒言したんですよ。「会社の経費で出張行って夜は飲み歩いている」って。讒言というかポロッと言っちゃったんでしょうね。そのせいで関西マネージャーを突然解かれたんです。社長から「行かなくていい」って。
私は自分の金で飲み食いしていただけなんですけど。

ジャン妻はその讒言を真に受けた当時の社長宛にどっかから高級食材の贈答品が届いたのを見たことがあるそうです。
それは生鮮食料品で冷蔵庫の中にあったのですが、
「いつの間にか無くなっていたよ。自分だけ持って帰ったんだろうね。でもアナタも会社の名刺を店に渡したのはマズかったね」

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リッチモンドとロイネットの提携はいつの間にか解消された。合併前提だったのが条件が合わなかったんだろうね。
浜松行はリッチモンドと決めています。部屋がキレイだし。
朝ごはんはバイキング、ビュッフェスタイルです。ここ最近は出張先のホテル(主にルートイン)の朝食バイキングを避けるようになってきましたね。不特定多数の他人同士が、並んで競って料理を奪い合う光景が嫌いになってきたのです。
高崎でも藤枝でも朝食記事がないでしょう。ルートインは何処も同じような内容だし、宿泊費が朝食込みでも利用しなくなったのよ。

リッチモンドは過去に利用していました。2014年に野田城に行った時(信玄が狙撃された?)、と、昨年2016年に井伊谷城を訪れた時です。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-03-16
「まぁまぁいいよねここ」(ジャン妻)
私はあまり食指が湧かなかったが、リッチモンド浜松が朝に出すバイキングは私の好みのものを出すのを忘れておりました。エレベーターの中に翌日の朝飯の予告があって、それには、
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焼そば!!
この予告があったおかげで俄然興味を持ち、昨夜のウチから食欲をそそった。ニクい演出だ。
朝になってエレベーターで会場に向かう時の会話。
「前にアナタが利用していたロイネットの朝食ってイマイチなんだっけ?」
このひとことで関西担当を突然外されたのを思い出して少しイヤな気分になった。
「あの頃はイマイチだったな・・・」
関西マネの頃の定宿だった和歌山のダイワロイネットの朝食はいっつも同じものばかりで不満だった。
アイテムが乏しく野菜はショボいし、バットベトのスクランブルに脂っ濃いベーコンかボイルソーセージ、パン、具の少ない味噌汁・・・。
今は前よりはよくなっていると思うけど。朝食会場が館内に併設されている店のタイプによって当たり外れがあるようです。居酒屋か、カフェレスか、ですよ。確か神戸三宮は「かっぽうぎ」という居酒屋だったな~。
で、浜松リッチモンドの朝メニューはこんな感じだった。
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行ったら意外と空いていた。ホテルと併設されているケイズカフェ(朝と夜の貸切のみ予約営業)に並んだお惣菜はあって当然のものもあったが(鮭とか。納豆とか。味噌汁とか)それらは極力避けて、主にチョイスしたものは。。。
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ご飯は止めました。その代わりの炭水化物は当然焼きそばですよ。
ペペロンチーノなんて滅多に食べないが、私の中でも位置づけは塩味の焼きそば。
麺類のダブルチョイスになった。
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ジャンの朝めし.jpg
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ジャン妻は私のチョイスを見て呆れ顔。
「そんなに・・・」
「そっちだって」
「アタシは少ない量で品数多くよ」
「俺は自分の好きなものだけ」
ジャン妻は普通の白米プラス、鰻ご飯をチョイスしていましたね。これはリッチモンド浜松の名物と謳っている。
「リッチモンドホテル浜松の名物は浜松餃子と鰻ご飯。
薬味をのせてうな丼に。
出汁とあわせればうなぎ茶漬け。」
「どうせタレだけだろ。ウナギの身なんか入ってないんだろ」
「入ってるよ。しっかり三きれキープ」
この場ではさすがに言わなかったが、後で、「浜名湖産の訳がない。外国の鰻に決まってら」と悪態をついた。
サラダは豆入りでした。
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朝から餃子もまぁまぁかな。
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ベーコンは厚切りです。滅多に家では出ない。買ってもくれない。「塩分が濃いから」という理由で。
ヒロ旦那のアイリッシュブレックファーストを思いだしたよ。
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このチキンキノコソースはハヤシのようなソース味でイマイチ。
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コロッケの断面です。カレー味。手作りのような、出来あいのお惣菜のような。。。
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コーンスープはルートインのような自動給スープ機で注ぐんじゃないですよ。熱せられた大きい器からよそうのです。
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だけど朝飯って感じじゃないね。ビールが飲みたくなってきたよ。
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まだ喰ってやがる。
小椀とはいえ、白米、鰻飯、2杯喰ったからにはこりゃ昼は抜きだな。
それでいてジャン妻は私が貰ってきた2皿めの焼きそばに白い目を注いでいた。
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浜松の朝は腹が減るのです。
前夜おじゃました私らの中で最高値の居酒屋料理は料理の1品1品が特段ボリュームがあるわけではないのです。紀尾井さんの方が重たいですね。(いい意味でね。カレーとかあるから。)
さぁ食べたぞ。今日も午前中に1箇所か2箇所、散策しなきゃ。
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案の定、昼は抜きました。
高速途中で「まだお腹空いてない」って。あんなに喰うからだ。
2kg増えてたとも言ってましたね。
帰宅後、家にあるもので出された夕食は。。。
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「!!!」
「アタシは食べてないモン」(ジャン妻)
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貴田乃瀬 [居酒屋]

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安くない店です。
割烹ではない。居酒屋の特上クラスかな。
もちろん値も張ります。私らの居酒屋で最高値です。
バックナンバーもそんなにないです。同じ静岡県内での訪問回数だったら静岡市内にある廃屋酒場はダントツだし、焼津のマグロ酒場は出張にかまけてそこそこ行ってるけど、この店にはそうそう来れません。
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その貴田乃瀬、太田和彦氏曰く料理の鉄人といふ。
確かに鉄人だが、それは料理の部分だけで、御身体は至ってデリケート。
昔はガタイがバリケードだったが今は努力してお痩せになった。この店を愛するお客の為にです。
常連さんにお医者さんがいると「大将が体調崩すと困るよ。料理が食べられなくなるじゃないか」大将の体調を心配していながら、自分の嗜好(舌と胃袋)が無くなるのを心配しているかのようです。
「いい医者紹介するから」「自分が治すから」と切り出されるものなのですよ。
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強面の親方がマスクしてるんですよ。花粉症だそうです今この時期に?
浜松の花粉症は強烈だといふが。井伊谷におんな城主や近藤康用が杉の木を植林したからだろうか。
「鼻の穴にティッシュ詰めてますよ」
それで息ができるのだろうか。
私は風邪だと思いますけど。
「鼻水が滝のように流れてきて止まらないからこんなマスクしてるんです」
「クシャミに鼻水で咳は出ないんですが。だからこうして喋ってるんです」
厨房にドドドッと走っていって、奥でデカいクシャミを4連発していた。
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煮鯖と茄子の浅漬けはずーっと変わらぬおとおし。
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炙り〆鯖に取り掛かかったところ。
塩振ってバーナーで炙って、トレイの上に載せて冷やす。
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断面は殆ど生です。刺身といっていい。
肉厚でトロトロ。香ばしい。脂の甘み。舌の上でトロケるんです。焼き塩が浸みてるから醬油要らない。ワサビだけでいい。絶妙なバランスです。
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私らが体験する最高の〆鯖がこれ。
そこらの〆鯖のように酢漬けに近い〆方ではない。酸っぱいものが苦手な私でもこれだったら毎日食べたいですな~。
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炙り〆様他、親方の調理ショーが見られます。
もっとも冷蔵庫の中に仕込みされた料理がパットに入れて保管してあるので。その場で切って盛って出す手早い提供の料理も多い。
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南瓜豆腐のネーミングは南京豆腐です。(南京玉子豆腐とも)
これが出る前の夏は緑色の空豆豆腐だったそうで。
オレンジ色の豆腐の上に載ってる白いのは塩ホイップです。
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女将さんに選んで貰ったワイン。
酸っぱ過ぎず、甘過ぎず。
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キレイな店内だな~。
同じ静岡県内にある某廃屋酒場とは雲泥の差ですよ。あ、ゴメン、言い過ぎた。
同じ静岡県だからついつい比べちゃうのですが、廃屋酒場はお手頃価格の洋食系で、浜松貴田乃瀬は創作割烹料理に近いです。
2人の料理人に共通することがあります。どちらもネコが好きなこと。
子猫の頃から可愛がって可愛がって、逝ったら泣いての繰り返しです。
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キンキのカブト煮は西京漬に焼いたのを煮てあった。
あまりカブト煮は食べない私ですが、そこらのアラ煮とは違うひと手間ふた手間がかかったもの。
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あら煮3.jpg

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つぶ貝アワビ肝エスカルゴバター
絶品です!!
酒がススんんでしょうがない。
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野菜の冷やし煮、ジュレ。
これは至って普通でしたが。
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黒コロ2.jpg
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黒コロッケ!!
これも絶品です。小さいけど旨味がギュッと詰まっている。
何で黒いのかわからないですが、親方いわく「好評な料理」だそうです。
ところが。。。
絶好調に出るので月曜の朝大量に仕込んだら全然注文が入らなくなってオカシイなぁと。
お品書きを見たら黒コロッケが書いてなかったという。書いてなきゃオーダー入らないでしょ。
いつもながらの達筆で手書きですが、書き換えたけど書き忘れた。泣く泣く廃棄処分になったそうです。廃棄前に私が全部食べてあげたかったな。
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「高いね~」
第一声がそれかい。アナタが来たいって言ったんでしょう。
「相変わらず美味しいけど」
「じゃぁ年内もう1回来よう」
「何でフォアグラ頼まなかったの?」
「フォアグラねぇ」
フォアグラの焼き鳥風です。今宵もメニューにあった。あれはコッテリしてるし、結局はソースを最後まで飲ませてくれないじゃないか。
一度、隣に座った地元のドクターに、「自分はしょっちゅう来てるからそういうもの(私のフォアグラを指して)食べないです」って言われてムッとしたことがある。
牛タンのゴルゴンゾーラとかもイケますが、そういうの重たくなってきたのかな。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-05-29
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-03-15
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店と関係ないですが。
この方の屋敷跡推定地前にあります。
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気賀一揆(堀川一揆)異聞 [隠れ郷土史]

後世に生きる我々が知る英雄たちの記録は勝者側が記したもので、都合の悪いことは後世に残さない為に記載されない。それらは改竄か抹消される。
だが、地元に語り継がれる伝承や僧侶の記録、他家の第三者的な記載等で後世に伝えられるものもなくはない。
特に僧侶は死者を弔い埋葬に立ち会う。施政者に庇護されなはらも、民衆との間で中立の立場ともいえる。だから感情を交えず大袈裟に書きたてず、事実起こったことを淡々と記載する。
それらは日の目を浴びることなく何処かの奥にしまわれるが、後世に発見され、史料と成り得る場合もある。
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血を流さない英雄はいない。
信長、秀吉、信玄、政宗。。。
では泰平の礎を築いた家康はどうか。
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36話からおんな城主がおんな農婦になってしまい、もう城主じゃないからといって龍雲丸(何者よ?)と訳がわからん同居生活で無理に引っ張ってたのには食傷した。
その前から「合戦シーンが無い」「大河じゃない」と言われた。やっぱり女性脚本家はダメだな~と思ったものである。
だが厳しい視聴者や批判の矛先に一矢報いたのが気賀・堀川城のジェノサイド。堀川城に籠った気賀の農兵1700人か2000人。この数だと往時の殆どの人口といっていいようだが、史実のとおり皆殺しにされた堀川城の戦については、現地の浜松市細江町気賀を廻ると至極当然のように記載されていたですよ。
気賀一揆、堀川一揆ともいう。彼らがいた気賀は現在の浜松市北区細江町です。家康がいた浜松市に組み込まれているが家康を全く持ち上げていません。
家康を貶めているとまで言わないが良く言う訳がない。あれをやらかしたのは事実なのです。
それでいて同じ気賀町内には大河ドラマ館が開場されていたから微妙な空気である。おんな城主の舞台でもあり、それに若き日の家康が絡むから、虐殺された舞台である堀川城にもおんな城主の幟がシャァシャァとはためいていた。あくまで舞台としてである。
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虐殺の舞台である堀川城は現在は何もない。どんな形状をしていたのかさえわからない。
田が広がる低地で、すぐ近くに都田川が流れ、それは浜名湖に直結するから満潮時に船を利用していたといふ。水城だったのか。
そこで起きたことだけが記されている。永禄12年(1569年)3月27日のこと。
合成CGでのメージ??
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こんな海の上に浮かんでたら魚はバカバカ釣れそうだが、湿気でその他の食べ物が傷んでしまわないか。
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堀川城に籠った今川軍と農兵は1700人か2000人あまり。攻めて来た家康軍は3000人。戦闘員も非戦闘員も構わず皆殺しにされ、その後に捕えられた700人が同年9月9日にこの付近で首を討たれた。
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皮肉にも徳川家の家臣、大久保彦左衛門の記録に「男女共に撫で切りにした」とあるそうです。その首をこの小川に沿った土手にさらした。
碑のある辺りに普通に住宅が建っています。
獄門畷の場所は362号線沿いです。気賀関所前から西へ走り、気賀駅北信号の先にあります。
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井伊谷のおんな城主が家康に通じたが為に、永禄11年(1568年)12月に家康が遠江へ侵攻してくるわけですよ。
NHKでは堀川城の城兵が地域住民を連行したように描かれていたが、ある歴史サイトを見たら地元の寺社が絡んでいるともいふ。自ら抵抗すべく立て籠もったと。堀川城と近隣の刑部城の戦闘は対今川軍といいよりも、地元の民衆が徳川軍に抵抗した一揆の意味合いが強いのではないか。
NHKが視聴者に与える影響は大きい。それが史実だと思ってしまう。だから創作がそのまま視聴者を信じ込ませる可能性もあるが、この堀川城大虐殺は目をそむけずによく描いたと思います。
現地の国衆、尾藤主膳、山村修理、竹田高正も登場していたし。
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気賀一揆掃討戦は家康の生涯で最も残酷な戦場となった。あまり知られていないだけである。
家康を悪く描きたくない為か、家臣の酒井忠次の独断のように描いていたが、家康がやらせたのです。
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現在、日光で神君化されている家康の若い頃の蛮行である。それをNHKが描いた意義は小さくないと思う次第。
堀川城も獄門畷もGoogleMapには表示されます。

東海道線用宗駅から見える持舟城に歩いた時、途中の街の一画に略史があった。その略誌は何かを訴えたいかのように黒い板に金の文字で禍々しい。
水運の要衝にあった持舟城は都合3回も陥落しているのだが、2回目の戦闘記述にこうあった。
「三河に勃興し遠州に勢力を拡大した徳川勢と度重なる攻防戦を繰り返し、なかでも天正七年九月の戦は最も残虐であった・・・」
天正七年九月の戦は最も残虐であった。。。
用宗は静岡県静岡市駿河区です。後年は家康のお膝元といっていい。その地に地元の英雄・家康を貶めるような記載があって憚らないのに驚いたものだが。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-02-11

この時代は農民イコール非戦闘員ともいえない。武器は持った筈である。
とはいえ若き家康、やり過ぎたんじゃないかい?

ひとつの謎がある。
おんな城主は気賀の領主ではない。気賀堀川一揆鎮圧後に南渓和尚他とこの地で経を唱え、死者を弔ったかも知れないが、街を治めてはいないです。
堀川城に籠った前述の尾藤主膳、山村修理、竹田高正、これ以外に聞き捨てならないことがあります。
気賀に全得寺というお寺があります。山の斜面にある酷な参道を登る臨済宗の寺です。
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上り口にかすれた文字ながら解説板があって、そこにも堀川城と気賀一揆の顛末が記載されているのですが。
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最後の方に「大正十二年に、堀川城主新田喜斉(ヨシアキ?)を祀っていた知足院を合併し、山号を知足山とした」とあります。
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堀川城主新田喜斉?
そんな人は登場しなかった。クレジットは城将らしい尾藤主膳、山村修理、竹田高正だけだったと思う。
ムロツヨシさん演じる瀬戸方久が商人でありながら城主だか城代の位置づけだったような。
この寺の境内は山の斜面を登るのですが、そこに新田喜斉(方久)という人の墓があるのですよ。
小雨降る中傘も差さずにゼェゼェ登って発見した。お墓そのものは撮らず解説板のみ撮影した。だが帰宅してダウンロードしたらその写真だけ消えていたのです。
ガーックリ来たのでこの情報を得たサイト「BUSHOO!JAPAN(戦国未来@武将ジャパン)」の管理者Iさんにご連絡して、新田喜斉(方久)の解説板の写真だけ借用をお願いしたら快く了承して下さったのでここに転載する次第。
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【写真/戦国未来@武将ジャパン(https://bushoojapan.com/)】
私は銭で味方になった者は裏切る時も銭が理由だと思うのだが、銭で転ぶキャラなこの人は新田の末裔なのだろうか?
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実際は単なる商人ではないらしいのだ。堀川城主でありながら一揆で戦死せずに生き残ったらしい。
解説板によると訴事に関わって八十二歳で刑死とある。そんな年寄りを処刑せんでもよさそうなものだが、実は気骨ある人で、老いてもその気骨は尚失われずにいたのだろうか。
単なるモデルかもしれないが方久という人は実在したようです。ついでながら、ここから南に龍雲寺という寺もあることを付け加えておきます。
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龍雲丸.jpg
方久と号する新田喜斉についてはこのサイト以上の情報を持たないので、出典明記のお約束でもあるので詳細をごらん下さい。私の嫌いなキャラ龍雲丸の意外な正体についても触れています。
https://bushoojapan.com/iinaotora/2017/07/09/101675
ご承諾ありがとうございました。
暗い散策は終わり。浜松市内のホテルにインして、美味しい居酒屋へ向かいます。
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井の国 [隠れ郷土史]

井伊谷一帯は直虎の舞台をアピールする幟がそこらじゅうにパタパタしていた。
昨年に登った井伊谷城は、おんな城主云々のアピールは麓の訪城口にしかなかった。
頂上は単郭で、とても緊急時の詰の城とは思えない。
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頂上まで行ったら詳しい説明板があると思いますが、今回は井伊谷城は行かないです。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-03-17
これは市内の道から望見したところ。
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行きたい城は明日、ここから北にある。それは別項で。

それより龍潭寺他、見て廻りたいものは麓に、井伊谷の平地にある。
いちいち探さなきゃならんと焦っていたら、井伊谷一帯にやたらと直虎の舞台をアピールする幟がはためいていた。何かを探すまでもない。そこらじゅうに幟が立っているので、「あ、そこにも」、「あ、あんなとこにも」、「まだある」、「もしかしてあれもか?」、その都度急ブレーキを踏んでUターンして、下りてサッと写真撮っての繰り返し。
観光客誘致の為でもあろうが、こちらも助かった感はする。
加えて何処へ行っても解説板があった。それは掘り下げた内容ではなかったが「ああ、あのキャラクターか」と思い出させる。
逆に言うとドラマを見てないと入っていけないかも知れない。

井伊家の館跡。公民館が建っていた。
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平時に井伊谷城に居住していた訳じゃない。あんな高い山で日常を暮してたら不便でしょうがない。
館から井伊谷城を望見したところ。
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初期の頃のキャラクターのイメージは薄れてきている。それだけ高橋一生さんの存在が光ったってことだろうか。
私は井伊直親に全く感情移入できないし、前半、井伊一族の謀叛の企ての稚拙さに呆れてもいる。
特にこの人。宇梶さんが演じた直満。
直満叔父.jpg
井伊家の人々は家臣を含めてかなり絞られているようだが(一族や庶流を多く登場させても、直〇ばっかりで混乱するだけかも。)実際の謀叛では直義という弟も誅されているそうである。
井殿2.jpg
くるまを出しては停め、出しては停めを繰り返す。
「あ、何かあった」
「・・・」
Uターンか、脇見に逸れて何かあった箇所に戻るを繰り返す。幸い近世の城下町ではないので一方通行が無いのが幸い。
「そういう散策スイッチが入るともうダメねアナタは」
「そうそうここに来れる訳じゃないしさ」
「その執着を仕事にも活かせばいいのにね」
「!!!」
新野1.jpg
行ったら新野佐馬介(親矩)の館跡だった。幼稚園の敷地になっている。
平日だから園児たちの嬌声が聞こえた。
新野2.jpg
あなたはどっち派.jpg
近隣住民も今年はしょうがないと諦めているのか、路上にデンと停車しても誰何されなかった。そんなに長居しないですよ。

だが時間がない。ナビを見誤り設楽原まで行ってしまったので時間をロスった。
見てそこに何があったか確認してまた次へ走り去る。
直虎と直親.jpg
父親と同じ道を踏襲した井伊直親の墓(塚)が龍潭寺と別にあります。
そこへ向かおうと龍潭寺を出て南へ走り、T字路にぶつかったら、一両編成単行でゴトゴト走る鉄道を見た。天竜浜名湖線。
これは他から拝借した写真ですが、現在の天竜浜名湖線を跨いだような構造が残っている。
ウィキから.jpg
おんな城主散策とは関係ないネタ、余談ですが。
浜松市の遠鉄浜松駅(貴田乃瀬の近くにある現在の遠州病院駅)から、家康がボロ負けした三方原を突っ切って、当時は二俣線といった旧国鉄の金指駅を経て引佐町の先まで結んでいた遠州鉄道奥山線が二俣線を跨いだ跡だそうです。
この遠州鉄道、金指駅から先はあの気賀に駅を設け、途中、井伊谷駅もあり、その先は六佐衛門の郷?奥山駅まで通じていた。
軌間は762mm。開業当時から赤字で、私が生まれた昭和38年(1963年)から39年に廃止になったとか。
井伊谷駅へ1日に何本の列車が行き交ったかはわからない。

金指駅東の踏切を渡って(257線)を南下すると祝田橋にぶつかるのですが・・・。
祝田?
徳政令ですったもんだした祝田村(ホウダムラ)はこの辺りらしいな。
新祝田橋で都田川を渡らず、そのまま川の土手を右折、堤防上の細い道を300mほどソロソロ走ると右手下に見えてきます。
堤防の道.jpg
あった.jpg

直親一行が来た.jpg
朝比奈兵の待ち伏せ.jpg
朝比奈泰朝?.jpg
討たれた直親.jpg
ドラマでは五体そのまま井伊谷館に寝かされていたが、直親の首は掛川城下に晒されていたという。それを井伊家の家臣が強奪して祝田村(ほうだむら)に持ち帰り、この辺りの河原で火葬されてここに埋葬されたとか。親父(直満)だって首級だったんだから。
直親の塚.jpg
直親の塚解説板.jpg
「傘要る?」
「要らない」
差さずに飛び出し、堤防を下りて写真に収めてたら、いつの間にかタクシーが土手に停まっていて、後ろのドアウインドウが開いて中から爺さん婆さんが顔を出し、カメラで撮りだした。
タクシーは私らと反対側から来たようですれ違った。
すれ違いギリギリ.jpg
くるまのすれ違いギリギリですね。舗装されている幅が1台ちょっと分で、その両サイドの路肩とも言い難いが、堤防の芝になっていた。
その芝は河原に向かって緩やかな面になっているので、あまり脇に寄せると転落しますよ。

鉛色の空の下、気賀へ。
関所にも立ち寄ったが、大河ドラマ館には寄らなかった。WC借りただけ。
気賀関所は日本全国に関所が50数ヶ所もあったうちのひとつ。浜名湖、井伊谷川、都田川に囲まれた要害で、わざと橋を架けなかったらしく、往来は舟で行き来したそうです。
気賀へ.jpg
気賀2.jpg
気賀3.jpg
木戸、番所、御要害堀、これらは江戸時代のものを復元したのかな。
気賀4.jpg
気賀5.jpg
気賀7.jpg
気賀6.jpg
気賀の商人たち.jpg
後年、気賀関所を管理していたのは例の近藤に連なる一族ですが詳しく確認していません。
おんな城主がおんな農婦になり、ウルサい万千代は戦功をたてて箕輪、高崎、そして彦根に移る訳ですが、その間に近藤氏は井伊谷、気賀を治めていた。おんな城主は気賀を治めていません。
近藤.jpg

傘をさすほどではないが。雨がやまない。
次はこの鉛色の重たい空に相応しい散策へ。
堀川城4.jpg
堀川城2.jpg
「誰が為に城はある」
「隠し港の・・・」
オチョクったようなサブタイトルが多いが内容的にはヘビーだった気賀一揆・虐殺の場所堀川城へ向かいます。
若き家康の生涯の汚点ともいう。あのNHKがよく避けずに描いたもの。
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井の国 [隠れ郷土史]

龍潭寺1.jpg
龍潭寺2.jpg
「前に来たよね?」
辛うじて覚えているらしい。前回来たのは昨年の3月です。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-03-17-1
「アナタはくるまから下りなかったじゃないか」
私ひとりで行ったのです。寺の境内には入らず、井伊家の墓地だけ。
平日なのに昨年より人が多い。お寺の境内より墓地の方が見学者が多かった。戦国ファンか高橋一生さんのファンか、若い女性もいた。
龍潭寺3.jpg
いきなり歴代墓所へ。
ジャン妻は日頃「お墓見てもしょうがない」と言い切るが、今回はドラマと被るので興味深々のようである。
歴代墓所3.jpg
歴代墓所4.jpg
歴代墓所1.jpg
歴代墓所2.jpg
「直虎と並んでるの?直親夫人って誰?」
「貫地谷しほりさんだよ」
「直盛ってお父さん?」
「杉本哲太さん」
直盛夫人は戝前直美さんですよ。
直盛が22代、直政は23代なのを訝しんでいるジャン妻。
直虎は女性なので、代にカウントされていない。虎松(直政)の後見としての女性地頭なんだね。
直盛.jpg
母.jpg
女同士.jpg
スケコマシ.jpg

そして家臣団の墓地へ。
桶狭間戦死者.jpg
奥山一族.jpg
奥山一門の墓。六佐は何代目なんだろう。
あのキャラクターは人が好いだけで、他に何が取り柄なのかわからないですね。無能といっていいんじゃないか。言い過ぎかな。
之の字と六左.jpg

之の字2.jpg
中野一族.jpg
「之の字の墓があるよ」
中野一門の墓である。ジャン妻は之の字のファンで「可愛い・・・」を連発。
「女子(オナゴ)じゃな所詮・・・その女子に俺は一生付いて行くつもりだったんだぁっ!!」
あれはあれで告白だったのではないか?
之の字.jpg

三人衆.jpg
井伊谷三人衆.jpg
井伊谷三人衆もここにまとまっていた。
鈴木重時だけ単独に標柱がある。最も井伊寄りだったからだろうか。調整能力に欠けたお人よしのオッさんというイメージしかない。
鈴木重時.jpg
重時.jpg

もうひとり、菅沼忠久は三河野田城(信玄が狙撃された)で取り上げた菅沼定盈の同族です。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-05-28
で、問題の近藤康用もあった。敵なのか味方なのか悪人なのか善人なのかワカラン。
「何故近藤がいるんだ?」
「後でここ一か所に集めたんじゃない?」
問題児.jpg

小野家歴代.jpg
意外にも小野家の墓所は他の家臣たちより広かった。他の重臣たちの墓所を凌駕している。
だが高橋さんが演じた小野但馬の墓碑はこの境内にはないのだ。
小野玄蕃.jpg
「玄蕃の墓がない・・・」
こう呟いた若い女性にすれ違い様「玄蕃(小野朝直)はこの先ですよ」
玄蕃.jpg
「・・・って教えてあげたの」
「言ったの?若い子に?」
「軽く教えてあげたんだが・・・」
「止めなさいよビビったらどーすんの?」
「・・・(憮然)」
龍潭寺4.jpg

井戸1.jpg
井戸2.jpg
これは寺から徒歩数分にある例の井戸。
セットは森の中にあったが、今は田んぼの中にある。
「ここで和尚が酒喰らってたんかな」
「・・・」
井戸3.jpg
井戸4.jpg
井戸.jpg
では小野但馬の墓でも供養塔でも終焉の地でもいいが、それは何処にあるのか。
史実では家老でありながら井伊を乗っ取った謀反人として磔にされている。政次人気、高橋一生人気の上昇もあってか現在は「小野但馬守政次終焉の地」という看板表示がされています。その看板は供養塔の傍に立っていたのだが、そこへ至るまでの道筋がやや難しい。
これで位置関係を。Googleマップには表示されます。
井の国マップ1.jpg
小野但馬供養塔の場所は、新東名浜松いなさICで下りて南下していきなり行こうとしても説明し難いのです。目印が無い。
龍譚寺を起点とした方がいいかもしれない。一旦寺に行って、「何で小野一族がこれだけ墓地スペースがあって、玄蕃の墓はあるのに但馬は無いんだ?」と疑問に思ったうえで探すのが自然かも。
寺を出て、257号線を北上して左に井伊谷城を遠望しながら、緩いカーブに差し掛かった辺りで減速して細い路地を左折・・・としか言いようがないが、目印はあります。唯一の左折目印は左カーブを終えた最初の40キロ速度様式です。これしかない。
Googleのビューで表示してみた。この標識を左折です。
ビュー.jpg
その先すぐ細い路地脇に「小野但馬守終焉の地」の看板と供養塔が並んでいます。
但馬終焉の地1.jpg
但馬終焉の地2.jpg
狭い路地なのでその真ん前は停車できないですが、そこを過ぎた先に墓地があって、短い時間だったら停めてもいいかなと思わせるスペースが2台~3台ほどあった。
井伊谷地区一帯は、「直虎の舞台」と謳った幟がやたらとはためいていますが、停められそうな墓地の辺りにもギリギリ許せるかのように直虎幟がはためいていた。如何にも他所からのナンバーで見学者のふりをしてマナーよくしていたら現地の人からも誰何されないでしょう。
但馬終焉の地3.jpg
この看板は近年設置されたものらしい。
それまでは史実にのっとり、謀叛人の供養をしていたのが、高橋一生さんの大人気で後から取って付けた感もなくはない。
ご丁寧に、政次が処刑された場所への案内もあった。
蟹渕案内.jpg

但馬の最後.jpg
小野但馬が処刑地された地は、沢蟹が獲れたからか蟹渕という。
257号線に戻り北へ走らせて右折、護岸工事の進んだ井伊谷川を渡って、この辺りかなと推定するしかない。
蟹淵.jpg

但馬の微笑み.jpg
小野家全部が井伊家を貶めて乗っ取ろうとしたのか、そこは疑問符が付くな。
井伊家の菩提寺・龍潭寺にそこそこの規模で小野家の墓所があり、田楽狭間で討死した小野玄蕃の墓は単独で設けられ、玄蕃の子孫は彦根藩井伊家の分家・越後与板藩の家老を務めたというし、小野亥之助(朝之)は万千代(直政)と家康に出仕し井伊家に仕えたという。
小野但馬守政次と一族その後のスピンオフでも製作してみたらどうだろうか。
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何故か設楽ヶ原へ [隠れ郷土史]

今日からの一連の記事は個人的な旅行と出張時のドサクサ探索が混ざっています。
いずれも場所は遠州方面です。

おんな城主がおんな農婦になり、この子のカオ力のせいで何だか別ドラマになった感のある井伊谷方面へ向かう前に。。。
とらまつ.jpg

私のナビには全線開通した新東名自動車道はいなさJCTまでしか表示されない。
自分のくるまを示す矢印は、遠州の山あい、道なき山の空を東から西へ飛んでるように見える。
いなさJCTで東名に入るところをそのまま真っ直ぐ走ってしまった。
「どうも行き過ぎたらしい」
「???」
「さっきのJCTで逸れるんだった。このまま真っ直ぐ行ったら名古屋方面へ行っちまうな」
「意外と名古屋って近いね」
私はジャン妻が独身だった頃に名古屋にいた時代を知らない。
「長篠城って出てるよ」
ナビに表示された。
「前に行ったぞ」
「行ったっけ?」
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2010-10-27
「再現された馬防柵で写真撮ったじゃんか」
「覚えてない・・・」
これだから連れて行き甲斐がないんですよ。
柵1.jpg
柵2.jpg
柵3.jpg
柵6.jpg
せっかく来たので設楽原を再訪したら、柵が増えたような気がする。
背後の山は陣城だったのだろうか。削平地らしきものはあるようである。
まずは柵の内側へ。連合軍の視点で。
柵の内側1.jpg
柵の内側2.jpg
柵の内側3.jpg
柵の内側4.jpg
馬防柵の解説.jpg
何故に総兵数に劣る武田軍が無謀な突撃をして倒されたのかわからないが。
近年疑問視されている連合軍の火縄銃の数3000丁や三段撃ちが無かったとしても、大多数持ち込んだ火縄銃の集中射撃で武田兵を負傷させ、負傷者を後方に下げるのに最低1名必要だとしたら部隊毎に戦線から離脱させることは可能ではないかな、のように思いながら歩いてみた。

古戦場というものはそこで会いまみえた兵数が多ければ多いほど広範囲にわたる。要所要所(本陣、陣城、首塚、胴塚、供養塔その他)を全部見るのがタイヘン。
設楽原も全部は見て廻れなかったが、武田軍将校の戦没場所は、丸山陣地の馬場や柵に取りついて大音声を発した土屋を除いて、復元された馬防柵よりも南に散見されるようである。
往時の武田軍の両翼たる山県と内藤は左翼、馬場と真田兄弟が右翼から迂回して柵の内側に入り込もうと突撃を繰り返したが、中央の部隊の親類衆(信廉、信豊、穴山)が早期退却イコール戦死していないところに武田軍総崩れの真の理由があるのかも知れない。
柵に取りつくも.jpg
柵の内側と土塁1.jpg
柵の内側と土塁2.jpg
柵の内側と土塁3.jpg
草場を歩いてみた。
「こういうところを歩く靴を1足、くるまの中に置いときなさいよ」
連吾川に出て、攻めかかる武田軍の目線で歩み寄ってみたところ。
連吾川1.jpg
連吾川2.jpg
柵4.jpg
柵5.jpg
柵7.jpg
柵8.jpg
柵9.jpg
柵10.jpg
柵11.jpg
これだけでなく、武田諸将の終焉の地でもあるので、あちこちにそういう最後の場所がある。
山県昌景の塚があった。
山県塚1.jpg
山県塚2.jpg
山県塚3.jpg
山県昌景.jpg
「山県ってあの人相の悪い人?」
「そう」
山本龍二さんていう俳優さんです。
「アタシにとって山県は篠田三郎さん(武田信玄)なんだけど」
「風林火山では・・・あの背の高いモデルさん(前川泰之)か」
この山県が井伊谷へ別働隊を率いて荒らしに来るのだが、ドラマでは松平信玄自ら来てましたね。ほうとう食べてたし。
散策モードのスイッチが入ってしまったので、何かの碑か解説板を見つける度に急ブレーキ。
「また?戻るの?」
「もう遅い。一度スイッチが入ると見なきゃ気が済まない。そうそう来れないしな」
甘利碑.jpg
「広いな~。全部見て廻れないよ」
「・・・」
「これが関ヶ原だったらまる1日かかるだろうな」
「・・・」
丸山1.jpg
丸山2.jpg
おんな城主で設楽原は描かれるのだろうか。
「そこまで続く?」(ジャン妻)
「ワカランなぁ」
井伊谷を近藤に取られおんな城主でもおんな領主でもなくなったおんな農婦は信長が本能寺で横死した天正10年で没するので、設楽原や武田家滅亡までは被るのである。
長篠、設楽原は、井伊谷をブン盗った橋本じゅんさん(近藤康用、悪人なのか善人なのか、単なる普通の人なのかさっぱりわからないキャラ。)の子で秀用という人が別働隊として鳶ヶ巣山攻撃に参加しているが、万千代直政本人は参戦していない。
井伊万千代の徳川カンパニー社員研修のような展開になるのかも知れない。

実の後、気賀の関所の売店でおんな城主グッズコーナーにドラマストーリーが置いてあって、止せばいいのに手に取ったら例によって人を喰ったフザケたサブタイトルで「敵は高天神」だの「本能寺が変」だの「長篠に立てる柵」なんてのがあった。
柵を岐阜から?.jpg
岐阜から柵を?そりゃタイヘンだ。
これを見て脚本家は閃いたのかな。井伊谷に材木あるって。
とかくフザケたサブタイトルが多いので売店の女性スタッフに話しかけたのよ。
「何ですこの『本能寺が変』ってのは?」
女性スタッフは「誰が考えるんでしょうねぇ」と笑ってた。
長篠に立てる柵?井伊谷から丸太でも切り出したのだろうか。おんな城主の最終章プレマップを見たら。。。
http://www.nhk.or.jp/naotora/special/movie/18.html?f=bbr
後半1:24辺りから設楽原のシーンが映し出されたものである。
設楽原1.jpg
設楽原2.jpg
設楽原3.jpg
設楽原4.jpg
大戦があった古戦場だが現在は農地で普通に住宅が建っていた。
「結構立派な家が多いね」(ジャン妻)
「住んでて夜中に剣戟の音や喚声や銃声で目覚めたりしないのかな」
「・・・」
「硝煙のニオイで目覚めたりして」
「・・・」
設楽原.jpg
「資料館は行かなくていいよ」(ジャン妻)
資料館は行かなかった。その辺りをUターン、急ブレーキを繰り返して30分ほど散策して「もういいかな」と切り上げた次第。
井伊谷へ向かわないと。

おまけ。10年前に設楽原&長篠城に来た時のフォト。
ジャン妻は細く若かった。
設楽原古戦場の馬防柵とジャン妻(このころは細かった).jpg
長篠城のジャン妻(このころは細かった).jpg
「今でも若いっ!!」
「・・・」
「今とそう変わらないっ!!」
「・・・」
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山小屋と富士見 [グルメ]

今週、群馬の女性社員が人の問題で上とトラブり、感情的なモツレで収拾つかなくなって私に電話してきたのですがビィービィー泣かれた。
私が泣かせたんじゃないですけどね。「こんなんならもう辞める~」とまで言うのを慰留して取り敢えず収めたのですが。そういうの久々なので何だか懐かしくも新鮮でした。
前は何かあったら電話じゃなくてスッとんで行ったものですが、最近は軽挙妄動とまで言わないが、後先考えてからでないと行動できないのですよ。
なかなか群馬に行けないので静岡ネタで。
東名高速下り鮎沢PAの山小屋食堂です。
山小屋1.jpg
山小屋2.jpg
上り鮎沢PAの富士見食堂です。
富士見1.jpg
富士見2.jpg
9月のネタです。ウチの会社に盆休みはないが、有休とは別に7月~9月に3日間付与される夏季休暇があります。
期間中に連続でも単日でもいいから取得できます。10月になったら無効です。
ウチらは連泊旅行はあまりしないです。しても2泊程度。それ以上だと飽きて日常に戻りたくなってしまう貧乏性なのです。
船山温泉が寝湯になってから(土)に泊まるもんかと思い(金)か(月)に休むパターンが多くなった。私ひとり休んだって会社は廻りますからね。
世間が混雑する8月は休みませんが、消化しないで消えてしまうのももったいないので、9月の(金)に2回休んで1回は船山温泉へ、もう1回は滅多に行けない浜松の某居酒屋へ飲み旅行に行くことになったのです。
東西の大動脈、東名高速を快走します。東名下りの大井松田~御殿場間は「左ルート」「右ルート」に分かれます。
私は100%左ルートです。右ルートを走った記憶はないな。
ジャン妻は私の運転するくるまの助手席にいて数えきれないくらいに東名を走り、船山温泉、紀尾井、貴田乃瀬、そこを往復しているのに未だに学習できていないことがある。
往路の下り線で、大井松田ICを過ぎてそろそろWCに行きたくなる頃合いで、
「鮎沢入るんでしょ?」
「うんそのつもり」
ジャン妻との合言葉で「鮎沢入る?」これはそろそろ休憩TIMEにしようよの意味です。
いっつも鮎沢です。必ず鮎沢。足柄や海老名、秦野中井にも2人では入ったことないです。
大井松田のすぐ先で左ルートに入った。
「いつも左車線だね」
何故いつも左車線なのか理解できていない。鮎沢PAの下りは左車線しかないからです。
「え?そうなの?」
「右車線にはないよ。今まで知らなかったのか?」
「気に留めなかった。何で大型車は左車線へって表示してある中をいっつも走るのかなぁと思って」
「・・・」
今夜は浜松の髙い居酒屋で料理をいただくので昼は軽くチープに摂ることに決めているのですが。その候補が鮎沢PAの山小屋食堂。もしかしてジャン妻は下り線の山小屋食堂と上り線の富士見食堂の区別もできていないのではないか。
「豚汁とモツ煮があるところでしょ」
そうだけどさ。
「下りは今から行く山小屋だよ」
「・・・」
「上りは富士見」
「そうだっけ?」
覚えてないらしいです。鮎沢は地味なPAですが、駐車スペースがダダっ広くていつも空いてる。下り線だと9km先にデカい足柄SAがあるから殆どはそっちへ流れるからだと思う。
NEXCOも足柄SAをアピールしている。売店が多いのでそこでお金を落としてもらおうという魂胆であろ。
足柄SAの飲食店はショッピングモールのフードコートです。それでもいいけど価格がファミレスより2割くらい高い感じがするな。
それでいて混んでる。土産物店が多いSAは混むんですよ。(土)(日)(祝)は混んで当たり前。
テーブル席を占拠するのは人数多い方が強い。占拠に強いのは人数であって日本人も外国人も関係ないですね。
SAに入って観光バスが数台停まってると「止めた、次のPAにしよう」「もしくは手前のPAにしよう」これは東北自動車道でもそうします。
足柄が混むせいで鮎沢が空いてる。鮎沢はハウスが小さいので観光客が少ない。それでいて駐車場がダダっ広いのでトラックや搬送業務で走ってるドライバーが多い。

山小屋食堂は本物の山小屋じゃないよ。小さいスナックコーナーだが「PAはラーメン、立ち食いそば、ハンバーガ程度しかないだろ」でもないです。
生姜焼定食に豚汁の食券を厨房の窓口へ。
「豚汁でね。味噌汁は要らないから」
「あらぁ。お味噌汁要らないんですかぁ?」
オバちゃんはもったいないわねぇと言わんばかりであった。前回の紀尾井の帰途、上り線の鮎沢PA、富士見食堂で生姜焼定食と豚汁をオーダーしたら、味噌汁と豚汁、ダブル味噌になったのである。
それがこれ。
生姜1.jpg
生姜2.jpg
二椀も要らないよ.jpg
味噌汁がダブルになったようなものです。
豚汁はともかく、味噌汁はたいして具なんか入っちゃいないよ。
豚汁1.jpg
豚汁2.jpg
豚汁と味噌汁両方飲んで比べたら豚汁が勝るに決まってんでしょ。
「上り車線でダブル味噌汁になったよ」ってオバちゃんに説明しなかったけど。
味噌味噌は摂り過ぎというもの。
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ジャン妻の豚汁.jpg
映えない写真ですが、贅沢さえ言わなきゃまぁ納得できるのですよ。
生姜11.jpg
生姜12.jpg
豚汁は下り(山小屋)も上り(富士見)もそう変わらないね。
豚汁21.jpg
豚汁22.jpg
ジャン妻のモツ煮定食.jpg
ジャン妻はモツ煮定食にした。朝(昼)からモツ煮ね。
モツ煮でよくご飯食べられるなぁ。私はモツ煮は酒だと思うのだが。
「ご飯が多い」
「少なめにしてくれって言わなかったのか?」
山小屋(下り)でも富士見(上り)でも毎回のように言います。ご飯が多いアナタ食べられる?って。
ご飯が多いだけでなく、コロッケが2つあるのは何故だい?
ダブルコロッケ.jpg
「コロッケを追加したら、モツ煮定食にもともとコロッケが付いていたのよ」
キャベツの千切りが申し訳程度にパサッとあるのが定食に付いてきたコロッケで、もうひとつが追加。普段家で揚げ物をしてくれないクセに何で追加までするかな~。
「食べないこのコロッケ」
私はモツ煮定食に付いていたミニコロッケを貰った。
コロ.jpg
「ご飯少し食べる?」
「貰う」
私は日常で夜はご飯を食べなくなったのと、昼でもご飯の大盛り、お代わりをしなくなってもう2年になるが。旅行中だしもったいないので貰った。
玉子かけて食べた。
玉子かけ.jpg
生姜13.jpg
ジャン妻のモツ煮.jpg
「豚肉はこっち(山小屋)の方がいいな」
「そう?モツ煮はあっちの方(上り、富士見)がいい」
でも焼いてる音や雰囲気が無かったな。席に着いたと同時に提供されたし。もしかしたら焼き置きの生姜焼きをチンってことないかと疑った。タレを焼き絡めた感じはないのです。パサつき気味。味はしっかりしているけど。
添えられたヤッコ豆腐は水切りが甘くベチャベチャ。
大豆の含有率はどれくらいだ?船山温泉の豆腐の方が全然美味しいぞ。
やっこ1.jpg
朝飯をガツガツ喰らうジャン妻である。
撮るなっ!!
朝飯を喰らうジャン妻.jpg
「何で鮎沢好きなの?」
「混まないし。静かだし。アナタがもともと好きだったんじゃないの?別に食べ物買ったりしないし。食べ物買う人は華やかでデカいとこ選ぶんでしょうけど」
「でもSAやPAってビールは無いんだね」
「そりゃそうよ」
西へ向かいます。
但馬終焉の地1.jpg但馬.jpg
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なべすけ [ラーメン]

今日Upするこの記事の前夜、上大岡で飲み過ぎました。
帰りにフラフラになってしまった。1人じゃなくて2人で飲んだのですが、相方はジャン妻じゃなくて社内の男性です。
その男性の肩を借りて帰るハメになった。
「さほど飲んでないのにあの酔い方は何なの?」(ジャン妻)になっちゃったんですよ。
翌日は公用で町田市へ出向いた。怠くて頭が重いのでゆっくりゆっくり歩いた。今にも降りだしそうな鉛色の雲を見てると余計にアタマが重くなる。
町田市役所はこの先.jpg
町田駅のロータリーをブチ抜く大通りで外人さんに道を聞かれた。
怠そうにゆっくり私の背後から歩いて来て私を抜いてから振り向き、
「町田市役所ッテドコデスカ?」
「町田・・・市役所?」
今から自分が行く行政です。12時40分くらいだったから急いで行っても私が行く窓口は昼休み中なので、13時過ぎに入ろうと、スローペースで歩いてたら後ろからその外人さんに追い抜かれたの。
私は右腕を上げて、「前の交差点の向こう・・・」
あっちだよと。ぶっきら棒にめんどくさそうに言った。
同じところへ行くのに同道する気はなかった。その外人さんは私より先に前方へ去っていった。
何処のお国から来られた人かはわからない。町田市内に転居でもしてきたのだろうか。彼の窓口は私が向かう窓口と違って、12時~13時も開庁しているのだろう。
しばしそこに佇んだ。
気怠いしアタマが重いし、何となくその外人さんと距離を離したかったのもある。道を教えただけで、「自分も同じ方向だから案内しましょうか」の気分にはなれなかった。
別にその外人さんのせいではないよ。ごく普通の人だったし。
こっちの体調が良かったら国際親善よろしく、一緒に行きましょう、になった・・・?
ならなかったな多分。

そこで道の向かい側に目を向けたら。。。
反対側1.jpg
2階が企業で、3階は・・・ダンススタジオ?
そのビルの1階に煮干中華そば屋が入っていたんです。
あんなところに?この通りは群馬から戻った平成25年の春以降頻繁に歩いていますが、今まで気付かなかった。新しく出店したんだな。
反対側2.jpg
縦看板が高い位置にあるでしょう。足場を組んだだけでは設置できないと思う。高所重機が稼動した筈。
テナント料も安くないと思う。
行政で公用を済ませて反対側の歩道に渡り、その店に行ってみたんですよ。
新しい店なのか客引きに懸命なのが伺えますね。生ビール200円?チョイ飲み?
200円の生ビールってどんな味なんだろう。
巨大な提灯.jpg
客引きに懸命ですね.jpg
町田には学割・麺の大盛り無料が多いです。基本単価が高くても、プラスそういうサービスを提供しないとこの界隈では営っていけないらしい。
ボードが出されているのはマンションでいうところの公開空地ではなく歩道です。ホントは公道に出しちゃいけないんじゃないかなと細かいことを思いながら、外に出されているそのボードを見ると、
ボード.jpg
濃厚鶏白湯そば
煮干しそば(あっさり)
濃厚辛煮干そば
超濃厚(超が付くかい)煮干つけめん
特性濃厚煮干そば~鶏白湯ベース~
焦がしニンニク煮干そば
煮干まぜそば
そろそろ胃の腑の不快感が消えてきたが、濃そうなスープは避けて、今の私の体調でこのメニューだと「あっさり」しかないわけですよ。
そうだ、今日の午後4時、私はオヤシラズの2本目を抜く予約をしているのです。今この時間に何か食べないといけない。抜いた後だと出血、痛み、腫れ、夜はどうなるかわからないからね。
店内.jpg
優しげな男性と、恰幅のいい(失礼)女性の2人体制だった。
あまり全体的に明るくない店内だが、カウンター上から照明が照らされていた。
救いの水.jpg
あ、目の前に水がある。助かる。喉乾いてるからね。まぁ自業自得だけどね。
私の中で水のセルフというのは大きい評価ウェートなのです。毎日今日みたいな体調で喉が渇いてるんじゃないですよ。給水器かボトルか、氷が入ってるか補充されてるか、水の中に柑橘系(レモン)なんか入ってると興ざめしたりもする。
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主人と・・・?.jpg
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すぐ供されましたよ。胃に優しい味だね。透明で端麗なスープ。キラキラ光っています。上品だね。鶏の旨味も。
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白くて細い麺もコシがあり美味しい。
鶏チャーシューはあまり好まないが、まぁまぁだった。チャーシューは、豚、鶏の2種類です。
ネギは青ネギ。
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メンマは穂先かな。細いので麺に混ざっちゃった。
スープの量が少なめに感じられたが残すよりいいか。特性のように具を多く載せたらヌルくなるのではないか。
町田市で有名な店の2号店か支店らしいです。
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この日、夕方まで体調はイマイチだった。まぁ自業自得です。
そのままオヤシラズを抜いたらデカいの。いつかカテゴリ歯医者でまた寄稿しますが3針縫った。昨日抜糸したんですが、歯茎がまだ腫れています。
前夜の飲み過ぎ、体調イマイチで金色スープの優しいラーメン、歯茎の抜糸、あまり仕事にならない1日だった。
そのツケは今でも引き摺っています。
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大将~若い衆 [ラーメン]

スーパーへの買い出しに行くと、ジャン妻が「サッポロ一番塩らーめん」をゴソッと掴んでカートに入れてる時がある。
「それっていつ食べるの?」
私は食べなくなった。でもいつの間にか減ってたりする。
「アナタがお泊り出張に行ってる時よ」
「麺だけ?」
「野菜をちょこっと載っけたりして」
それだけでなく、
「冷凍庫にストックしてある冷凍ごはんと一緒に食べるの」
!!!
インスタントラーメンにご飯だと?
更に問い詰めたら「アナタが出張先で美味しいものを食べてるのに、アタシはインスタントラーメンなのよ、ご飯1膳ぐらいいいじゃない」と開き直られたもの。
「ラーメンにご飯は大将(本牧)じゃなかったの?」
「でも最近連れてってくれないじゃない」
「・・・」
「アナタは中区へ外出する時に行ってるんでしょ。自分だけ」
自分だけズルいと私を責める口調なんですよ。
でもインスタントラーメンに冷凍ご飯の組み合わせというのは如何なものか。
「じゃぁこの店で、昼にラーメン&半炒飯はお腹一杯になるからヤダって言ってたのは?」
栄雅.jpg
突然ですがこの店、1年間取材して現在200枚近い写真記事が待機中です。一度ジャン妻を連れてったんです。
同じものを食す2.jpg
「アタシは昼にラーメンって選択肢はないのよ」
「半炒飯セットを食べたじゃないか」
「あれは苦しかった。美味しかったけどもういいかな・・・」
「じゃぁ大将は?」
「大将はいいの。あの味はご飯も食べなきゃ。大将は許されるのよ」
「・・・」
昼にラーメン&半炒はNGだけど、昼前早い時間に大将ではライス付でOK、私のいない夜にサッポロ一番&ライスもOK?
話の辻褄が合わないまま週末になり(土)の朝にいきなり早起き(8時頃)して。
「大将行く!!」
「・・・」
「天気もいいし」
冷蔵庫にアジ干物とシャケもあるんですよ。
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くるまを走らせ、向かう車中で、
「アナタだけひとりで大将行ってんじゃないでしょう」
今向かってるのにまだそう言うか。
「最近は行ってないよ」
「中区とか磯子区とかあっち方面への用事ん時に行ってるんでしょう?」
「行ってない。あっちの現場(横浜方面)は落ち着いているんだからさ」
宥めすかしてごまかして、着いたら長かったマリンハウスの地下工事も終わってた。
9時半過ぎ。朝のピークは過ぎています。
工事も済んだ.jpg
しばらく行かないうちに若い衆が総替わりしていた。日本語のイントネーションからして東洋系外国人ぽいのだ。
私は外国人に偏見は持たないようにしているが、こっちの好みが上手く伝わるだろうか。いつもは先にライスが出されるのにカウンター上にライスの食券だけ置きっ放しになったので注意したからね。
「おい、ライスは?」
「ア、ライス、イマオダシシマス」
大丈夫かな。
オヤっさんもやや険しい表情である。
この店、メニューは絞ってあるが、テーブル席とカウンターを合わせるとかなりのキャパシティだから個々の好みに慣れるまで大変だと思うな。
港湾関係、トラッカー、タクシーの運ちゃん、客筋は手強いよ。外国人だからって容赦しないぜ。

先に出されたのは歯応えのある茎ワカメと、辛過ぎず酸味を抑えたキムチ。
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カウンター越しに覗いたら、旨味の出た白いスープ鍋、これから煮出す豚ガラの入った大鍋が見えた。
この店の不思議なのは、全然動物臭がしないのです。
都心の二郎系の店で、凄いニオいを通りに吐き出してよくクレーム来ないなぁって思う店がありますが、大将は何処か他で下処理をしてるのだろうか。
卓上のパレットに溜まっている液体は脂?
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ノーマルな具.jpg
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茎ワカメとキムチを投入します。
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海苔は先がスープに浸る置き方。これは最初に抜いた方がいいです。ベチャベチャになるから。
わかってて何で海苔マシにするか。ラーメンのスープをつけて飯に丸めて喰うのがイケるからです。
海苔を除ける1.jpg
海苔を除ける2.jpg
しっかりしたトンコツスープ。濃過ぎない味。醤油だけ尖がっていたりしないで旨味とバランスが取れています。
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麺は川崎市幸区役所近くにある大橋製麺の麺です。コシが強く喉越しを楽しむタイプ。
このテのスープだと太麺でも合いそうですが、朝から営ってるのと回転が遅くなるので太麺は無理なのだと思う。
麺を引きずり出す.jpg
クラシックなチャーシュー。野菜高騰の折ですが、青物もしっかり。
チャーシューを摘まむ.jpg
ネギは少量で余り存在感はない。ネギマシもいいけど。
キムチワカメを摘まむ.jpg
レーメンで丼飯を食うジャン妻。。。
撮るなっ!!
撮るなっ.jpg
美味しい。だが。。。
超かた過ぎだった。
オヤっさん.jpg
若い衆はいつかは辞める。
辞めないのはオヤっさんだけ。年齢不詳のオヤっさんと入れ替わり採用される若いモンとのジェネレーションギャップは前からだが、外国人の若いモンと上手くコミニュケーションが取れて、指示命令が伝達できるかな。
こりゃぁまだまだ引退できないね。
っていうか、後継者、店長を育成する気があるのだろうかこの店。
「美味しかった・・・」(ジャン妻)
(インスタントラーメンと冷凍ご飯の組み合わせはヤメロ)
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周玉 [グルメ]

この夏、地元のソウルフード店がひとつ消えた。
ぐみはん(汲沢飯店)がぐみはんじゃなくなった。
店がなくなったんじゃない。別もの(街角中華→高級中華)に生まれ変わっている。
でもそこにかつてのぐみはんの名残は無い。次に行くなら全く別の店と割り切らないとな。
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でもまだソウルフード中華がひとつ残っている。
普段は忘れているのだが。ふと思い出す。
日曜の昼過ぎに。
「そういえば・・・」(ジャン妻)
「???」
「周玉って営ってるのかなぁ」
平日の夜行ったら灯が点いてなかったことがある。わざわざ行って営ってなかったりするとそれきり足が向かなくなったりする。もう1年以上行ってない。
何故唐突に周玉の名前が出るか。久々にその名前が出たところを見ると今夜は家で作りたくないのかな。昨夜、上大岡へ鉄分補給(レバ)に行ったのに。
冷蔵庫の中にもあまり食材が少なかった。
家で作りたくないらしい。。。
台所に立ちたくないらしい。。。
「電話してみよか」
「今?今日?」
「思い立ったら。営ってなかったら考えよ」
電話したら懐かしいマスターの声がした。
「ハイ周玉です」
「〇〇といいますけど。17時半から2人入れます?」
「ああ、〇〇さん」
マスターは私の苗字を聞き違えている。浅井(アサイ)と名乗ったのを、浅田(アサダ)さんのように返ってきたので、こりゃマスター耳が遠くなったかなって思った。
「17時半大丈夫ですよ~」
17時半って早いがウチは(土)(日)は朝夕2食なんですよ。この日は朝飯がやや遅くて昼を抜いたの。
で、店の前です。マンションの裏手にある。これだけだと営ってるのか営ってないのかわからないですね。
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周玉は最初は長後街道沿いにあった。
道路拡張でアザリエ団地の一画に移転した。その頃は混んでた。住宅地の中にあって他に競合店が無いから連日満席だった。駐車場も無かったので来る客は殆ど地元の人だった。
その後で今のマンション1階に移転して場所にモツ焼き屋と並んでOPENしていた。フロアのスタッフはモツ焼き屋と同じだったから、一度何処かに身売りして雇われ店長になっていたのだと思う。
だが私らが上州に転勤していた間に、モツ焼き屋は儲からなかったのか、周玉と共に撤退して現在通りに面したテナント部分はセブンイレブンになっている。
周玉は廃業したと思いきや、実は同じマンションの裏手に移転していたのです。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-02-22-4
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-09-20
周玉は都合3回移転したことになる。
以上はⅡで、現在進行形のⅢだと下記の記事以来だろうか。殆ど1年近く来てなかったですね。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-11-10-1
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これは表通りにある看板ですが、ここから周玉の入口(マンションでいうと裏手)に下りる階段を下りるのです。「店の入り口はこちらですよ」のような表示もない不親切な看板といえる。
その階段は外から吹き付ける風で土埃や枯葉が落ちている。
下りるとここに出ます。
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久々です。マスター、ママはちょっとトシとったかな。
向こうも私らを見てそう思ってるかな。
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オーダーするものは決まっているのでメニューを見るまでもないのですが。
何か変化があるかないかめくってみた。
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ほとんど前のままだが、メニューの1枚1枚がくたびれて色あせてヨレヨレ。
点心が春巻だけになってた。他は白い修正ペンで塗り潰されてる。「出ないから他の点心や~めた」ってのがアリアリミエミエである。
出ないのか、仕込がめんどくさいのか。
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他所で見たことない青い皿に盛られた料理は、皿のデザインが派手なだけに味が濃そうに見えます。
でも春巻・・・2人なのに何で3個なのよ。
中華包丁(ギロチン)でカッティングしてくれりゃいいのにさ。
齧ったら熱々でジャン妻は火傷した。
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残った1本を奪い合いに。。。
なるわけないでしょ。半分齧って分け合いました。
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イカとレンコンとブロッコリの塩炒め。
グランドメニューでなくて黒板に書いてあったおススメ。
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鶏とカシュナッツの炒め。
「会社の飲み会(中華居酒屋)で出されたカシュナッツ炒めがショボかったよな」
「???」
「そっちの部下が予約した店を間違えた時だよ」
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-12-26
「ああ、あれね」
予約したはいいが、本店と支店を間違えたのである。
「あの店は酷かった。鶏肉は小せぇし衣ばっかりだし。カシューナッツも殆ど無かったからな。どうせ今度の宴会も・・・」
「止めなさい。もうアナタは会社の飲み会についてあれこれ言わないように」
(この会話は伏線です。この頃私は、社内の飲み会批判で物議を醸していたのです。)
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海老焼きそば。中華系の店は肉より海老の方が高いのは何故だろ。
「400円も値上してるね」
「そういう意地悪なネタでUpしないの」
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「イワシやサンマならともかく、海老が何でこれだけ高騰したんだろ」
それには応えず「これって固焼きなの?」
「揚げじゃないね。固く焼いて、上に載っかった具で麺がやわらかくなるの」
固焼き、やわらかい焼き、2種味わえるという訳です。
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必ず1品1品毎に取り分けする小皿を持ってきてくれます。
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前は紹興酒のボトルも入れてたのですが。しばらく来ないウチに流れちゃただろうな。ビールだけにしておいた。
2人で2種、計4種、前はこれプラス炒飯もイケたのですが。今は腹八分目でSTOPしています。

「まだお2人でお勤めなのですか?」(ママ)
「まだ2人で港区まで通勤してる。お店の定休日変わった?」
(水)定休で、時々(木)も休んじゃうんだって。
営業時間も前は9時まで営ってたが、今はラストオーダーが20時だと。
その定休日で、ラストオーダーだとウチらは来れるかどうか微妙だね。
「もうトシだから疲れちゃって」
まぁ細く長く営って欲しいが、こういう店もいきなり閉めたりするからな。
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店を出たら、鳥の鳴き声がカシマシイ。
ムクドリの大合唱だった。森が無くなり、生態環境が都会に移り、夕方になると駅前の街路樹に大群でやってきて、そこでギャオギャオ鳴いていた。結構うるさいぞ。
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相模原ラーメン亭 [ラーメン]

初夏の頃から相模原市に公用ができました。
公用先の最寄のバス亭は、JR横浜線・相模原駅南口から5つめの市役所前です。駅から徒歩だと15分。夏場から始まったので炎天下で歩いたらブッ倒れちまうからバスを利用しています。
バスの中から市役所方面へ向かう道すがら、居酒屋や飲食店をチェック。
途中で90度に右折したら何だか暗くなった。広い片側2車線道路のサイドにデカい街路樹があって、晴天で陽が射しているのに薄暗い。
市役所さくら通り1.5kmに300本足らずのソメイヨシノが植わっていて陽の光を遮っているんです。
夏場は青々しているだけだが来春桜の時期に来てみたいもの。
桜の街路樹が連続して並び、ロードサイドにはアーケードのようなテントがあって、そのテントが張りだしているせいで商店街が奥まっている。
シャッター商店の間に個人で営ってる店が幾つかあった。
暗いこの写真、ハンコ屋の右の店に赤い暖簾が掲げてあるのですが。
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赤い暖簾が見えないですね。暗くなっている。
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この店が気になった。私は赤い暖簾に弱いのです。
まずは公用先へ。相模原市に限らず行政への届出というものは最初が肝心なのですが、いろいろ修正された。
バス亭1個分戻って、さっきの薄暗い場所へ歩いて戻った。
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ラーメン亭?
そのまんまじゃないか。
ネギラーメンがウリなのか。
まさかラーショじゃないだろうな。
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初老のご夫婦で営っていた。新宿三丁目のスズキのように無愛想ではなく優しく丁寧に接客してくれます。
店内はコの字のカウンター席だけ。
メニューを見てください。
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ラーメン480円ですよ。今のご時世でワンコイン以下。この定番メニュー以外にABCのセットがあって、Aがライス、Bが餃子、Cが餃子&ライス。。。
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ワンコインのラーメンだけオーダーするのに何か抵抗を感じたのでCセットいった。そしたら女将さんが手で薄くスライスした胡瓜を揉み始めた。酢の物だったら要らないんだけど。
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最初にラーメンが供されました。
昔ながらの醬油油ラーメン。しょっぱいのではなく濃いめの醤油味。
黄色いちぢれ麺。適度に浮く脂。
脂身の少ないロース。
これでワカメが青物になったら480円じゃぁ済まないだろう。
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この手のラーメンは、最初のひとくちでオッと唸らせ、後になればなるほど飽きてしまい、あまり印象が残らないケースを多々経験してきたが。
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この店は違った。具が無くなってからもレンゲが止まらないぞ。暑かったせいで塩分を欲してたのかも知れないが。
惜しむらくはレンゲが白だったらいいのに。映えるのに。味に関係ないけど
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ラーメン半分以上なくなった辺りで餃子が焼き上がり、ご飯と一緒に供された。
餃子カリカリで美味しいです。油アブラしていない。その餃子で食べる白いご飯の美味しさ。実はこの日は前に載せたオヤシラズ記事の一件で苦しんだ後のもので固形物が摂れなかったのをこの店で久しぶりにご飯を食べたのですよ。普段はラーメン、餃子、ご飯、こんな組み合わせはしません。
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酢の物じゃなかった。胡瓜の塩もみが添えられた。
さっきまで女将さんの掌でニギニギされてた胡瓜。
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ホッとする店だな~。
炒飯、定食類が皆無な店だから、腕や腰に負担がかからなそうだからまだまだ長く営れるかも。
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丼、お皿、お茶碗、コップをカウンター上にあげます。
券売機ではない手渡しが温かい。レジもないみたいです。
帰りもバス。また次回の公用が楽しみである。。。。と、ここまで書いたところで再訪しました。
メニューに近い側に座ったのでメニュー写真撮り直し。
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「お荷物そこに置いてくださいな」
優しい口調で女将さんに指定された場所は、冷水器の隣下にあるケース棚。
コの字カウンターにどんどんお客が入ってくる。
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バターは「濃かったら、辛かったらどうしよう」の保険みたいなものですが、要らなかったですね。どっかの元祖札幌やさんのように濃い醬油じゃないし、ラーショのようにくどいネギ和えじゃないです。
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まったりしてしまい、この手の店にありがちな券売機で購入済みと思い込み、うっかりそのまま店を出そうになって立ち上がって「あ、支払いが未だだった」と気付いた。アブねぇ。
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これ、夜じゃないです。昼です。
桜並木に遮られ昼でもこの暗さなんですよ。
ですが、その暗い街路樹に隠されて、昭和の香りと優しさが残っている店。

ここまで書いて三度めの訪問。秋になった。
この日も晴天。青空。
だが、店の前は陽の光が街路樹に遮られて昼なお暗い感じです。
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行ったら一番客で、女将さんは新聞読んでやがんの。
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塩バターいきました。赤い紅生姜がアクセント。別に要らないけど。
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優しい味ですね、としか言いようがないな。麺は軟らかめです。
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定食類が無いし炒め物や炒飯の類もない。麺を茹でて器に移してトッピングするだけ。
腰や腕に負担がかからないからまだまだいけそうですね。
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相模原市中央区ですが、ジャン妻の実父が中央区の某所に住んでるんですよ。
「着なくなったシャツ、締めなくなったネクタイやベルト、使わなくなったワニ革のカバンがあるから取りに来い」って言ってくれてる。
「貰いに行っていい?」
「行かなくていい」
「カバンが・・・」
「ワニ革のカバンなんか絶対に止めてっ!!」
ひとりで行かせてくれないのです。私にとっては義理の父親なのに。
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小雨交じりの茅ヶ崎 [ラーメン]

茅ヶ崎市の公用を済ませて駅南口に下り立ったところ。
小雨降る中、目指す店はすぐ見つかったのだが。
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街角中華をカタログ的に紹介しておられるBlogで知った。ラーメンがたったの300円(その方の取材当時)であるということ。
300円という低価格は私の知る中でない。駅の立ち食いスタンドでも400円以上はするし、上州高崎、中紺屋町にあるすみれ食堂ですら350円した。
300円だけでは悪いので、炒飯なり餃子なりを加えるつもりではあったが。
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店が開かないのです!!
11:30から待っています。
準備中の札を下げたままドアが開いた状態で中で何をやってるのか。
いっこうに開く気配がない。
向いの歩道から覗いたら、液晶TVが点いていて、何かの報道番組かワイドショーーが映し出されている。
店主はいるのだろか。カウンター上と座席には何かモノが置いてあるような。
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11:48。。。
どうも営業する気配がないのでこりゃダメかなと。11:53にその辺りを廻ってみたんですよ。そしたら裏手に幟があった。何ていう店名かわからないがラーメン専門店のようですね。
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これだけメニューがあると絞れないなぁ。何がウリなんだろう。
っていうか、店は何処だ?
奥まったところにあった。
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集客にかなりハンデのある立地ですね。幟が立ってないとわからないだろう。茅ヶ崎駅南口ロータリーの路地からまた一歩奥まったところにあって「ここでいいのかな?」と入るのを迷う場所です。
「極味家」といいますが家系ではなさそう。店の名前からして自信アリアリ。

いったん開こうとしない300円ラーメンの店の前に戻ったが、11:58、ついに12:00、覗いたら店主が何やらトントン刻んでいたのでまだ仕込み中の様子だった。
そして11:58。。。
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12:00。。。
ブーッ!!
私の脳裡で時間切れのブザーが鳴った。
いいやもう。再度裏手に廻った。
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その店は狭いです。小さいです。キレイですけど。
店のイチ押しらしい鶏ガラ塩、餃子3個を口頭で伝えて券ボタンを押した。
券売機を見たら鶏ガラと豚骨の2本立て。ボタンの位置では醤油が筆頭なのにイチオシが塩であるという。
他、油そば、とか。
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入ってすぐ右の2席を占拠。正面にコックコートを着た品のある店主がひとりで営っていた。この席からだと見上げるように高い。
目の前が高い.jpg店主.jpg
禁煙.jpgにんにく不使用.jpg
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カウンターが狭いな。
大船の石狩亭のカウンターも狭いがそこより極狭です。
背後も狭いです。デブは無理だと思う。
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高い位置から供されるので両手で拝むように持って着丼。
肩が痛くて上がらない人は起立して下ろせばいい。私も座高は高い方だが、座った目線と店主の高低差があり過ぎですよ。
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あ、こういう丼か。底が細くなっていくタイプね。
こういう丼は撹拌し難く、丼の底に濃い沈殿物が溜まり易く、最初に表面のスープをすくった味と後半戦で底に残ったスープの味が微妙に違っちゃうんですよ。
それに冷めやすいのだ。
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麺は細縮れ。替玉でもイケそうですが、こういう器では麺が丼の底に押し込められ、ゴソッと引きずり出すようなオペレーションになっちゃいました。やはり普通の器の方がいいですね。
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脂身が殆どないローススライスのチャーシュー。
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メンマが普通サイズだったり、細切りだったり、バラバラでオモシロい。
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悪くはないですが。最後の方ややっぱり濃くなり、サッポロ一番塩ラーメンのようになっちゃったなぁ。
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数分遅れて供された餃子がデカいの。
美味しいです。デカいけど崩れたりしない。しっかり箸で持てます。
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ですが、何せカウンター手前幅が狭くて難儀なのとタイムラグがあったので、餃子が出た頃には麺は伸び伸び、スープは残り少なくなってしまった。
餃子を食べながらラーメンを、ラーメンをすすりながら時折餃子を、交互に食べるのに向かないです。
あ、それと、スープは温いけど餃子は超熱々です。デカいだけにガブっとやったら肉汁が飛び散り、口の周囲を少しだけ火傷しました。
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さっきの店、12:20でまだ開いてないぞ。
やる気あんのかこの店?って少しムカッとした。昼は休業かな。夜から営業するのだろうか。そういう札でも出せばいいのにさ。何か仕込みでアクシデントでも起こったのだろうか。もし私のBlogを見て下さってる方で茅ヶ崎駅が最寄り駅の方がいたらこの店の情報をお教え願いたいものです。
この後、1時間に2本しかないJR相模線で八王子方面へ向かったのですが、30分ロスしたが為にその後の行程に大幅にズレ込んだ。
Blogに支配される日常が完全に裏目に出た。
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