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想い出は灰塵に・・・ [居酒屋]

昨年2018年11月15日午前11時、高崎駅西口を出てシンフォニーロードに入って右手に朝鮮飯店がある交差点を渡り、高崎WHを過ぎてバンコクスタミナ苑NANAの前にあった上州酒場・赤亀で火災が発生、木造2階建て店舗322平方mが全焼してしまったのです。

矢島町火災ニュース.jpg

1階に2軒、2階に1軒、いずれも居酒屋でした。出火元は「上州酒場」その背後の「酔いどれ食堂ZN亭」そして2階の「炙りやどんどん」も類焼した。
昼前11時という時間帯ですが、この店たちは夜に営業するのみでランチ営業はしていなかったので店内は無人、死傷者ゼロだった。
ありし日の赤亀.jpg
ありし日のどんどん.jpg
私は「上州酒場」に1回、2階の居酒屋「炙りやどんどん」にも1回、行ったことがあります。いずれもこっちに来たばかりの頃、平成24年の4月~でしたね。
行ってみたら現場は養生シートで覆われ、中で重機が解体作業をしていた。
現場1.jpg
隣のローソン、河合塾の入ったビル壁も焦げている。でもちゃんと耐火材が使われてたんでしょう。
解体業社さんがきちんと養生シートで覆ったので、現場周辺はやや焦げ臭い程度です。
現場2.jpg
ありし日のどんどん背後から.jpg
「赤亀」は地元の幹部クラスと会議の後で利用したのだ。オール個室、料理はバカみたいに安くて逆に心配になったものです。
でもチープだがチープ也にそれ也の味だった。焼きそばとか。この頃から焼きそば、あれば必ず喰ってたのかも。
他、チョリソーとか。カマンベールチーズフライとか。ポテトフライとかまぁそんなものですよ。
個室の中は提灯の灯を意識したのか、妙に赤く薄暗かったのを覚えています。あの時は失礼ながら、このクラスの店で会社経費でオトシたんですよね。お偉いさんばかりなのにさ。
営業終了時間はまちまちで16:00から16:30スタート、閉店は0:00、2:00、4:30、諸説あり、店のコピーは「日没から眠くなるまで」でした。
赤亀は写真は撮っていません。撮るまでもなかった。写真が残っているのはこれまた燃えてしまった2階の「炙りやどんどん」です。
炙り屋1.jpg
炙り屋2.jpg
何で入ったのかわからん。「カウンター席が多めにございます。お一人様、出張の方お気軽にどうぞ!」このコピーが無ければ入らなかったかも知れない。2階というハンデと入り難い暗さを少しでも払拭、和らげようとしていたんでしょうね。
カウンター多めにございます.jpg
こんな感じです.jpg
炙り屋3.jpg
「炙りや」は上州に来て2軒めの酒場だったのです。(1軒めは通町のこむぎ)
2階に屋台村のような雑然とした雰囲気、カウンターが両サイドに2つあり、それぞれに厨房と板前さんがいた。
1階は2テナントだが2階はワンフロア1テナントなので広いには広いのですが、もとはカウンターだけの2店舗をブチ抜いて1店舗にしたようにも見えた。
私とジャン妻は上がって入って左側奥のカウンター席に座った。私らの他には会社帰りの男性客が2人ぐらいいただけ。
この写真は私らが座ったカウンター席から振り向いて撮影した背後のカウンター席です。もうひとつのカウンター席。テーブル席もあった筈だが記憶にござらん。見えない奥に座敷もあった筈。
店内はこんな感じ.jpg
炙り屋だから炙りもの、焼き物がウリなのかなとメニューを見たら、この地にしては珍しく魚の料理が幾つもあった。
最初に入った居酒屋「こむぎ」にマグロの刺身、ホッケ、サバの塩焼ぐらいしかなくて、この地はこういうものしかないのかと愕然としたのですが、炙り屋には魚系が豊富にあったのです。
写真を発掘したので再掲載しますが、あの頃は安いデジカメ、一発撮り勝負だったので、店内が暗かったのもあってボケてますが。
モツ煮、上州でモツ煮がマズかたら即退場ですよ。
モツ煮.jpg
焼き鳥、よ~く焼くタイプの焼き鳥です。
焼鳥.jpg
砂肝.jpg
砂肝と鶏ネギ.jpg
馬刺、何処産かわからないが生でした。冷凍ではなかった。
馬刺.jpg
コンニャクの刺身。ああ、ここは上州なんだな~って思った。
蒟蒻の刺身.jpg
下仁田ネギの青い部分のサラダ。白い部分は何処へいったんだろ。青い部分は生でも食べられたのです。
〇〇〇ネギのサラダ.jpg
鯛の刺身、海無県で鯛が?この地に流された流人のような気分で食べました。都会を懐かしむように。
鯛刺身.jpg
鯵のタタキ、これも久々に食べた気分でした。
鯵刺身.jpg
栃尾の油揚げ、これはまぁ新潟県と地続きだからあってもおかしくないよね。
栃尾の油揚げ1.jpg
栃尾の油揚げ2.jpg
はて?何かの締めの卵雑炊か。
雑炊1.jpg
雑炊2.jpg
いずれもカウンターには向かない大皿で出されました。もうちょっと小さい皿の方がいいのではと思ったよ。
レジと群馬泉.jpg
会計時にやや時間がかかって待たされたのですが「お待ちの間にこれをどうぞ」っておススメされたのが「群馬泉」だったのです。
今でこそ「群馬泉」は私の中で大事な酒で、横浜上大岡の焼き鳥屋では予約の際に「群馬泉の〇〇ですが」で通じますが、上大岡が仕入れる前だったのです。
それ以前に東京江東区門前仲町にあった浅七(閉店)で数回飲んだことがありますが、上州ではこの店が初めて、それもタダで飲んだんですよ。
レジで群馬泉をグビリと飲んで会計済ませ、急な階段を見たらグラッとして下に吸い込まれそうになった。
階段を見下ろす.jpg
炙り屋に入った頃、自分のメンタルは最低最悪でした。上州に来たばかりで都落ち気分だったのです。「何で群馬なんだ。俺何かやらかしたか?」ってね。
本社内での不遜な態度を棚に上げてペナルティー人事だと逆恨みした。初めて来た上州で右も左もわからず、どんな連中がいるかもわからず先行きは全く不透明。店内が薄暗かいセットだったのもあってこの店は余計に印象に残ったのだが・・・。

・・・一期一会でしたね。そうなったのは法人賃貸契約した私らの部屋の近くに個人で営む名店(迷店もあるが、笑)を幾つも知ってしまったからです。ロツレ(移転)、月輪、浜潮(閉店)、中盤からユイミカフェ(移転)、酒悦七、くいもの屋亮、後半になって梅ふく、などなどが加わった。
それらを知ったが為に気持ちが切り替わり「いつまでこの地にいなきゃならないんだろう」だったネガティヴな気持ちが「この地で生きよう。でもいつまでいられるだろうか」に化学変化したのはこないだも書いたな。現地での人間関係や信頼関係もグングン上昇し始めた。それは自分にとっていいことだが、そのせいで最初の頃に来た「炙り屋」へは足が向かず一期一会で終わってしまったのです。「こむぎ」もそう。
それはこの地に来たばかりで自分に自信が持てなかった頃を思い出したくないからかも知れない。
炙り屋4.jpg
なので「炙り屋どんどん」はあれきりだった。でも灰塵と化してしまったのはとても残念だし一抹の寂寥感はある。こうして写真記録が残ってるんだし。
だけど写真が多いのだ。これは1回で食べ切れた量じゃないな。もしかして2回入ったかも知れないな。
ジャン妻は「燃えちゃったんだ。あの暗い店・・・」だそうです。
コメント(4) 

コメント 4

モノノフ

火事は恐いですよねぇ、何もかも焼けてしまいますからねぇ。
昨年那智勝浦町の湯快リゾート越乃湯旧館が全焼しました、出火原因は不明ですが越乃湯さんはこれを契機に高級旅館を建てて再オープンするそうですよ♪
by モノノフ (2019-02-10 16:27) 

船山史家

モノノフさんこんにちは。
1回か2回しか行ってないとはいえ自分が訪問した店が無くなってしまったのは衝撃でした。
越乃湯さんの事情はよくわからないのですが、何処でも老朽化した建物の旅館が多くなってきています。心無い煙草のポイ捨てや、目に見えない漏電でもこうなりかねないからゆめゆめ油断はできません。でも再オープン立ち直りが早いのはまぁいいことだと思います。
by 船山史家 (2019-02-10 16:57) 

佐奈田堂

火事!マジに怖いですね(゚Д゚;)
しかしケガ人がいなかったことが救いですね

by 佐奈田堂 (2019-02-12 12:10) 

船山史家

佐奈田堂さんこんばんは。
ただ一度か二度、行っただけなのですが、当時の私がメンタル気分良くなかった時期なので、記憶や印象が残ってたので、在りし日を偲ぶ意味で掘り起こしました。
閉店は仕方がないですが、火事ですからね。残念です。
by 船山史家 (2019-02-12 19:19) 

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