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ジャン母が蕎麦宿に興味を持ったが・・・ [蕎麦宿]

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今回も奥の洋室恵明庵です。すっかり気に入った。
「更級はもう利用しないの?」(ジャン妻)
「・・・」
「これまで20何年も散々お世話になったのに」
私はジジイのようなことを言った。
「更級は立ったり座ったりがキツいんだよ」
ジャン妻は「浮気者」とでも言いたそうな目をしていたが・・・。
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恵明庵は床暖房が心地よくて、テーブルを前にして座ってるだけでも落ち着くのだ。床から自然な暖気が足裏から膝、上半身へと自然に伝わっていく。
そこにいると厨房や他の部屋の生活音も全く聞こえないし。静かなもんです。
このテーブル上にNotePCでも持ち込んで簡単な仕事をするか、Blogの原稿を書くのもいいかも。作家気分で。それに飽いたら、疲れたら、恵明の湯に浸かって昼寝する。いいプランだと思う。
決して明るい部屋ではないが男の隠れ家といっていい。
(でも夏場には更級庵に還るかも知れない。)
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「今度いつ会津に行くの?」(ジャン母)
「3月の末だけど」
3月の最終日31日です。3月31日は数年前までは本決算の棚卸に駆り出されたものだが、最近は煙たがられているのか声がかからなくなった。
でもジャン母は何でそんなことを聞くのか?
「家の味噌が無くなったの?」
ウチもジャン母も会津味噌を使っています。山賀家か満田屋の味噌。今回も買いに寄ります。
「お味噌も買ってきて欲しいけど。そう・・・3月に行くんだ・・・」
「何かあるの?」
「3月は間に合わないけど。アナタたちがしょっちゅう行ってる会津の宿に私とオバさんを連れてってよ」
「!!!」
そういうことかよ。私は戸惑った。私らとジャン母は旅行の価値観が全く違う。宿に直行直帰で寛ぐ私らと、夕方の宿入りまでギリギリあちこち観光したいジャン母とは旅行観点が合わないのである。
ジャン母を船山温泉に一度連れてったら周囲にあまりに何もないのに驚いたらしく、夜の蛍鑑賞までヒマでヒマでしょーがなかったらしいのでそれきり再訪していない。何であんな周囲に何もないところに行きたがるのかと不思議がられている。
ジャン母は温泉にも興味ない人なのです。観光重視。まず連れて行くのは無理と思ったが一応検討はした。
「片道5時間だよ」
「5時間!!」
「電車でもくるまでもね」
「そんなにかかるの?新幹線でパッと行けないの?」
どこでもドアのようなことを言われた。
「そういう場所じゃない」
「だって福島でしょう?」
この地理オンチ方向感覚距離感覚の無さに呆れた。福島は大きい県だし、浜通り中通り、そして会津、会津も相当に広いんだよ。
「いつも電車で行く時は浅草から東武特急だよ。鬼怒川で乗り換えて(・・・リバティなら会津田島までは直行です。)そこから単線で・・・」
・・・の先は口頭で説明するのがめんどくさくなってきたので地図を見ながら説明しよう。ジャン実家のPCを起動してGoogleMAPで説明してあげた。浅草から東武日光線を指しながら地図を北へスクロールして、鬼怒川温泉で乗り換えてそこから単線で、会津田島でディーゼルカーに乗り換えて、路線をマウスでなぞった。
「自分らが行く湯野上はここだよ」
「!!・・・」
ジャン母はそこまでの遠い距離と迂遠さ(不便さ)に絶句していた。
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次に東北新幹線で郡山まで行って北から南に下るルートを説明してあげた。新幹線だと郡山まで行って、そこから磐越線に乗り換えて、会津若松でさっきのディーザルカーで下ってきて・・・。
「遠いわねぇ」
「片道5時間だね。くるまでも5時間かな」
結局電車でもくるまでも5時間ずーっと乗ってなきゃならないのは苦痛だという。翌日、会津若松市内を午後に出たら東北道が各地で断続的に渋滞し、6時間半かかったからね。
「何でそんな辺鄙なところへしょっちゅう行くの?」
遠いの次は辺鄙とキタかい。
「そりゃ宿が気に入ってるからですよ」(ジャン妻)
「・・・」
理解できないらしい。
「1時間に1本とはいえちゃんと鉄道走ってるし幹線道路もあるよ」
ジャン母がここ蕎麦宿に来ても退屈だろうなぁ。何もすることないもの。散歩に連れてくぐらいか。
蕎麦宿で出される料理にもソソラなかったのもあって結局諦めた。「片道5時間かけて蕎麦食べに行くの?」なんて言い出したからね。
ジャン母は私らの宿の価値観は理解できそうにない。距離的にも伊豆辺りまでが限界かな。伊豆八幡野高原以外の和の旅館でもあたってみますかね。
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裏手を走る会津鉄道の踏切警報機が鳴る。
今日は撮らないで部屋に籠ってようかなぁとも思ったのですがついつい窓を開けて身を乗り出し撮ってしまう性(サガです。今の時期は草木が枯れて見通しがいい。
だがヘンだぞ。裏手を走る会津鉄道のスピードが遅いのです。田島方面、若松方面、双方とも宿の裏にさしかかると極端に速度を落とすの。ゆ~っくりゆっくり走り去っていく。
トロッコ列車が大川(阿賀野川)鉄橋の徐行運転で乗客に川を見下ろした風景を見て貰ったり、夏祭りに対岸の旧道から打ち上げ花火が上がる時もやはり速度を落として少しの時間とはいえ花火を見物して貰うのは知ってますが、まだそのシーズンじゃないし。
はてこの減速は何故だろう。この1泊2日どの列車もそうだった。だから今回はガッタンゴーの写真がいつもより多いのですよ。ゆ~っくり走るから。
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どれも同じような写真ばかりだね。
こんなことしてるからBlogの容量がどんどん減っていくんだけどね。この時期は木々が枝葉だから見通しがいいのです。細い枝葉の時期は写真サイズを上げないと美しくUpできないのもある。
翌朝、塔のへつり方面から来た列車を宿手前の田んぼの畔道から撮影してわかったのですが、大川(阿賀野川)鉄橋までは通常のスピードなのです。それが蕎麦宿の裏手の踏切前にさしかかると途端に減速するのは何故だ?
私の撮影為に会津鉄道が敢えて速度を落としてるのだろうか。翌朝チェックアウトの際に大旦那に聞いてみたのですがイマイチ要領を得なかった。
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ジャン母がソソらなかった夕餉の時間がすぐにやってくる。
料理写真も見せてあげたんですがねぇ。
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朝餉とガッタンゴー [蕎麦宿]

蕎麦宿の朝は裏手の踏切警報機の音で始まる。
会津田島方面からやって来る会津鉄道始発電車は5:52湯野上温泉着です。5:50頃に警報機が鳴る。
その音で100%まず目覚める。
この踏切は蕎麦宿の線路向かいにある僅か3軒の家々の為だけの生活踏切といっていい。
かつてはこの家々の裏手の坂を下りた大川(阿賀野川)河川敷に野外の露天があったのだが、閉鎖されてからかなりの歳月が経っている。河原まで散策する人もあまりいない。
河川を補修する重機は川向うの旧道から河原に下りるのでこの踏切は通らない。狭くて通れない。
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夜が明けたところ。
宿から見える山々も同じだが、季節の移ろい毎に表情が変化する。
いつも思う。あの山々の峰の向こう側には何があるのだろうかって。
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同じ宿。
湯も同じ。
出される料理も変わらず。
部屋から見える風景も。
裏手を走る会津鉄道もいつ来ても同じボディと表情だが、警報機が鳴ると窓を開けて撮らずにいられない。
更級庵とは少し違った撮影アングル。冬場なので木々の葉が無いから車両がよく見える。
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更級庵から向こうの部屋は、朝餉を用意する生活音や大旦那他の足音がドスドス聞こえるので「そろそろ朝ごはんだな」の気配が感じられこちらも身構えられるが、奥まった恵明庵までは聞えない。
静かなのであらかじめ心持ち準備してお待ちします。
「そろそろ朝ごはんでしょ」と言いながら、ジャン妻がギシギシ音を軋ませておりてきたところ。
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朝餉も変わらずです。
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あ、けんちん汁だ。ウレシイ。
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「こういう根菜の汁、家で作れない?」
「う~ん。。。」
ジャン妻は難色を示した。あ、そう、できないのね。
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昔は煮物は夜に出されたものだが。
前にいた次男さんが「夜に出しても食べ切れないみたいでして・・・」
「ちょっと蕪、やわらか過ぎだね」
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朝のデザート、フルーツはこの程度でいいなぁ。
どっかの伊豆の宿みたいにゴテゴテ出されても。
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朝飯をガツガツ喰らうジャン妻である。
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2階からガッタンゴー、若松方面から。
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2階からガッタンゴー、会津田島方面から。
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陽が射しこんできたところ。
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乗客から見たらその一瞬だけとはいえ「あのオヤジ、何をやってるんだ?」と見えるのは必定である。
浴衣の前をはだけてたりして。
列車が去った後、向いの家々の住民からもそう見えるのかな。
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この時は青空だったのだが。。。
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恵明庵が気に入りました [蕎麦宿]

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数年間の自分の記事を見ると、限られた宿しか行っていないですね。
会津湯野上、Blogの冠でもある甲斐南部、そして伊豆八幡野、そこを繰り返しUpしていつも同じようなフォトばかりです。ご覧になられて「ツマラン」と思われても当然です。
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私がこの世界に入った最初は、今はもう閉鎖された温泉サイでした。そこで現在のBlogの冠である宿を知り得て、こちらはその前から通っていた蕎麦宿を引っ下げてTALKしたものです。媒体はその方の掲示板でしたね。私をこの世界に出してくれたそこの管理人さんには今でも感謝しております。
蕎麦宿はその前から来ておりました。初めて来たのは平成7年の夏でその頃は3部屋でした。まだこういうネットの世界がなく「東北の民宿ガイド」に載っていたのです。
往時は若かったのと、肩に力が入り過ぎていたのか、各方面と張り合うようにいろんな宿を訪問した時期もありました。でもある時からそれを止めました。温泉宿も料理屋でも、高い金額を用意すればそれ也のものが出されて当然で、その反面、安過ぎても自分が満足しないというのがわかったからです。
いろいろな宿に行かなくなった。新規開拓をしなくなった。
数多くの宿を訪問すれば多くの人達と知り得ますが、新規の宿開拓というのは賭けなので、落胆するのが怖かったのかも知れません。競っているような雰囲気を感じたのもあります。
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新規の宿開拓は6年ぐらいSTOPしています。最後の開拓は群馬に赴任してた頃の水上温泉竜洞止まりです。もちろんいつかその気になったら、そういう新しい方面にも気が向くかもですが。
あ、別に私、そういう様々な世界を訪問するのを否定してるんじゃないですよ。そういう方たちの世界を見ると「凄いなぁ」と素直に感嘆しますから。日本国内でも海外でもね。私自身がしなくなっただけです。
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それぞれその人なりの分相応というものがあります。収入でも自由になるお金でも余暇でも、その中でやっていくしかないわけですが、私のこのBlogの立ち位置について考えた場合、もうこれまでの宿でいいやと思っているだけなのです。

このBlogは、宿や店の紹介ではないです。そこで起こった人間ドラマをUpしています。
蕎麦宿にいても会社携帯に着信があったり、相談事項のメールが来たりします。宿入りして着信があって、下駄履いて外に出て、外の路上で対応してたら大旦那が通った。
後で言われたのが、
「さっき何してたんですか?」
「あ、欠員が出たのでその穴埋めを・・・」
「そういうことされているんですか」
大旦那は何か不測の事態対応を、「ウチに泊まってまでしなくても」と思われたのかも知れない。
私は普通に対応しただけです。その時の通話で100%以下であってもまぁまぁ上手くいったり、後日フォローすることで、「あの宿に滞在中、対応してよかった」となると、その宿の記事の中に挿入できるじゃないですか。問題が起こって愚痴るよりネタにしちゃえ、ですね。
日々何処にいても、どの場所にいても、なるべくいい結果に持って行こう、Upできるように、笑える方向に持って行こうと努力しているので、このBlogはあくまで自分の日常記録です。起こった人間ドラマを重視しながら単なる日常としてUpしてるわけ。なのでいつも同じ宿(店も)同じ写真です。
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「旅は距離に関わらず日常からの脱却」と言ったのは故・宮脇俊三先生ですが、私は何処の宿に行っても俗世から切れてしまいたくない気持ちの方が強く、長期で休むことができない人なのです。
なので私は連泊しません。連泊すると鈍るというか。日常でも旅でも同じなんですね。
ブツクサ言ってますが、新規開拓はしなくなって、いつも同じ宿内なのに新規の宿に泊まった新鮮さを感じたのがここ蕎麦宿の恵明庵です。洋室、メゾネット。
蕎麦宿も宿泊客が高齢化してきているのか、畳の和室にもベッドやテーブルが導入されるようになった。残る最後の和室、更級庵もベッド導入の検討に入っているようです。私もそうですが、かつては若かった常連客も、寝たリ起きたり、胡坐かいたり立ち上がったり、そういうのが苦になってきているのでしょう。私もそういう時がある。若者のようにスパッと切れ味よく起きられないですよ。
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恵明庵は寝室2階ということで足腰の弱い方は厳しいかも知れないが、部屋の内装、調度品、灯、それらが会津若松市内でもときおり見かける洋館の趣がある。
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床暖房もいいですね。冬なのにエアコン入れてませんから。椅子に座ってるだけで足元から暖かく、テーブルに向かっているだけで気持ちが落ち着く。
PCでも持ち込んだらゆっくり仕事・・・はしませんけど、こうして書きものが出来るかもしれない。飽いたら恵明湯に入って肩肘をほぐせばいい。
恵明庵の椅子に座ってたらいつの間にかオチてました。座ったまま寝ちゃったんです。在来線や通勤電車のように。こんなに安らげる部屋は久々ですね。
それと静かですね。奥まったところにあるからです。大旦那がドスドス地響きたてて歩く音も聞こえない。母屋や厨房の生活音がしないのです。1時間に1本の間隔で裏手を走る会津鉄道の踏切音と走行音だけ。
静かなのが逆にキケンで、音がしないからこっちが恵明の湯に浸かってたり、湯から上がった途端に夕餉の第一膳が運ばれてたりするからね。
風呂上りの途端に大女将さんが現れてあやうく前を曝け出しそうになったりしたら・・・。

「この人、すっかりここが気にいっちゃって」
大旦那も女将さんもウレしそうだった。恵明庵は他の3部屋より料金が高いのは後から付け足した部屋で、工事費用と震災等による修繕費用他がかさんでいるかららしい。
もともとは露天で屋根が無かったのだが、屋根が無いと悪天候の時に入れないので後から付けて、他部屋と同じく半露天にした。
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床暖房と震災時の水漏れ、檜浴槽の伸縮、他部屋とは違う照明、メンテナンスが他の部屋よりタイヘンらしいのだ。
恵明の湯は檜です。前回は浴槽の上の部分と少し下がった辺りに隙間があってそこから湯がジャバジャバ溢れていたのですが今回はそこが塞がっていた。
「ヒノキってタイヘンです。湯を入れっ放しだと木が伸びて、湯を落としてそのままにしといたら乾燥して縮んじゃうんですよ。するとヒビ割れて、そっから湯が洩れて床下に浸みて。だから木を切って接着剤で埋めたんです」(大旦那)
後から増築した部屋というのはいろいろ脆いところがあるものなのです。

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だけどこのままだと更級庵を忘れてしまいそうだな。
「これまで20数年お世話になった更級にそこまで不義理するつもりなの?」
「・・・」
「この浮気ものっ」
やれやれ。オンナというものは。
恵明庵はいつもの宿ではありますが、久々に新しく泊まった新鮮さがあるので大好きです。それを言ったら、
「部屋とオンナは新しいのがいいってか?」
そうは言っていない。でもそれまで和室の更級庵だけだったのが、前回ここしか空いていないという理由で恵明庵に泊まり、いつもの宿なのに新規の宿に泊まって満足したかのような錯覚に陥っています。
「次回もここ(恵明庵)にしよ」
「更級庵は?」
「・・・」
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アルバム [蕎麦宿]

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末永くこのまま続いて欲しい。。。
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どうなる蕎麦宿 [蕎麦宿]

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変わらざるこそ人心を安ずるもの
このまま続いて欲しい蕎麦宿。
でも異変が起きているのです。
どうなる蕎麦宿??
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蕎麦宿の夜 [蕎麦宿]

つい10分前まで爆睡していたジャン妻が夕餉の膳を待っているところ。
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廊下にドスドス歩く地響き。
大旦那が運んで来た膳を見ると??
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何で白身の刺身が載ってるんだ?
これまで何も言わなくても俺らは馬刺とお決まりなのに。
怪訝に思ってたら大旦那が馬刺を後から持って来たのです。
何か間違ったかな。
今日、初めて見る新しい男性スタッフと伝達事項が上手きいってなかったのかな~。
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山国会津では海の幸がいちばんの御馳走とも言うが。
山間の会津で、白身のヒラメ、ホタテ、甘えびを喰らうのはちと違和感あるな。
せっかくだから馬刺と、平目、ホタテ、甘海老を並べてみた。海の幸山の幸盛り合わせである。
「止めなさいっ」(ジャン妻)
「・・・」
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いつもの小鉢の数々。文字の羅列の居酒屋みたいだ。
タコ切りにした大根の漬物が美味しい。
「タコじゃなくて雪を形作ったんじゃないの?」(ジャン妻)
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変わらぬ定番が続く。
蕎麦粥。
蕎麦サラダ。
イワナ。
揚げ蕎麦。
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締めのざる蕎麦。
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蕎麦サラにはビール。
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イワナには燗酒。
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揚げ蕎麦はお洒落になってきた。
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蕎麦稲荷はヒンヤリ。
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もり蕎麦の時に、囲炉裏端で酌む寝酒を追加。
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廊下に膳を出したら軽く二次会。
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そして夜の湯へ。
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酒が入っているので、首に湯をかけてから入ります。
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外に出てみたりもする。
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突然、前方にライトが眩しく光る。
レールの継ぎの音があまりしない。ガッタンンゴトンではなく、ストンストンのような音を奏でている。静かに走っている。雪が音を吸収するせいだと思う。
滑るように闇に消えていった。
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闇を滑るガッタンゴー。

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身体が冷えたので湯に入りなおす。
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向こう側の客室でジャン妻は既に寝ています。
身体の不安を考えてなるべく40℃くらいにします。少しだけ窓を開けておくと外部からの冷気で丁度良い湯加減になるのですが、20年以上通っているのに私は温度調整が下手でして。
単純泉で刺激は全くないけど湯加減がいい。ついつい長湯してしまう。
私も後は寝るだけです。
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変わらぬ素晴らしさ [蕎麦宿]

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朝の散歩の続きですが、蕎麦宿と同じ通りの民宿すずき屋さんの前、斜面に架けられている古いガーダー橋にちときになる箇所を見つけた。
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プレートガーダー橋がかなりくたびれてきてないか。
中間補強材(縦板)とカバープレート(下部)の結合部分や、ソールプレート(桁端の縦板)とシュー(橋脚との結合部分)がサビサビ。枕木の一部も腐って割れてるじゃん。
大丈夫だろうか。
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そんなことを考えてたら、会津田島方面から湯野上温泉6:46着の会津鉄道が来た。
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まぁ首都圏の在来線と違って運行本数が極少で、編成も短いから、橋梁、橋脚にかかる負担が少なく、一瞬で済むのかも知れないけど。何かあって、只見線のようにならないか心配である。
会津鉄道も野岩線も何処か牧歌的でユルい。ちゃんと保線、点検、交換、メンテナンンスしてくださいね。
この後、昨日発見したインクラインを見て、対岸を走る会津鉄道を撮って、宿に戻って朝餉の前に朝湯。
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ジャン妻が、旅館の朝餉の理想、とベタ誉めの朝餉。
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根菜たくさん。蕎麦がきの味噌汁。
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鮭ではないです。鱒の塩焼き。このブ厚さ。
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「この煮物は夜がいいなぁ」(ジャン妻)
前は夜に出されてたのですが、全体量が多く食べ切れないお客の方が多かったようなことを聞いたことがあります。
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ゴテゴテしたデザートはノーサンキューな私ですが、この宿のフルーツは大好き。
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チェックアウト前、宿裏を走る最後の会津鉄道。
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今年の夏でまる20年のお付き合いになった。
過去には大雪で帰り道に難渋したり。
宿で怪我して女将さんの運転で会津下郷の病院に搬送されたり。3針縫った。その晩だけ囲炉裏に火が炊かれ、鴨の焼肉を喰ったり。(造血剤か?)
初めて2泊を申し入れした時、若干困ったような口調で、
「同じもの(食事)でもいいですか?」(大旦那)
「同じものでも飽きないけどね」(ジャン妻)
私らは変化を好む方ではないので、「いつもそこに行けば必ずある」、これが大事なのです。
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蕎麦宿 [蕎麦宿]

蕎麦宿の夕餉TIMEは宿入りした際、「食事は6時に・・・」と言われますが。
そのサインは各部屋のコール音が鳴るのでもなく、伊豆高原のように湯が突然途切れる荒業でもなく、そろそろ夕餉だな・・・の雰囲気が醸し出される。
廊下に突然ドスドス足音がして慌ただしくなるのは最初にお膳を運ぶ大旦那の足音。
もう幾度となく載せ、同じような写真ばかりですが。
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おそらく会津坂下の馬刺??
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蕎麦豆腐にかかっているソースは、キュウリをすり潰したもの??
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最初の膳の後はひとつひとつ運ばれる。
今宵はもよ教職の女将さんが運んできた。
蕎麦粥に鶏肉が載っかってたが、これは要らないなぁ。
臭みが出ちゃうんだよね。
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そして蕎麦宿名物、蕎麦サラダ。
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グチャグチャに混ぜてみる。
「汁、全部飲んでいい?」
「ダメ」(ジャン妻)
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「生ビール飲んでいい?」
「いいけど」(ジャン妻)
既に日本酒に移行してるんだけど。
「え、生ビール?」(女将さん)
蕎麦サラダには生ビールが合うのだよ。
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養鱒公園の岩魚??
腹に味噌がマブしてある。
昔はアタマっからガブッといったものだが、今はアタマだけ残して他をタイラげます。
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定番、蕎麦稲荷。。。
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最初は「巣篭り」といった揚げ蕎麦は、蕎麦が少なくなり海苔で束ねられた代わりに、里芋を潰して蕎麦実をまぶして揚げたもの(定番)、蓮根に蕎麦粉を詰めた揚げ物(これは素籠りとは別物だった)、そして、海老!!
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〆のざる蕎麦。
この斜めってる雑な置き方したのは女将さん。(笑)
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囲炉裏で少し寝酒を含んで、眠りに落ちる前、
「女将さんて料理すんのかな?」
「さぁ。宿の料理は旦那さんと若でしょ」(ジャン妻)
「洗い物くらいはするよな」
「するよ。見たことあるもん」
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こうやって並べるといつも同じようなものばかりですがそれがいいのです。
ここへ来ればあれが喰える、それでいいの。
それでも消えてった幻の料理があって。
蕎麦の実の酢の物。旦那さんが砂糖を入れ忘れてから出ていない。酸っぱいのは苦手だからいいけど。
蕎麦ぜんざい。甘いの苦手だからいいけど。
蕎麦を海苔で巻いて軍艦巻きにして揚げたヤツ。確かウニが載っていたような。
鯉の洗い、岩魚の刺身、鱒の刺身。。。
煮物は朝餉に廻ったし。。。
揚げ蕎麦を大盛りで喰ってみたいなぁ。
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蕎麦宿 [蕎麦宿]

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私らが入籍・挙式した平成3年の2年後、蕎麦宿はOPENしています。平成5年です。
初訪は平成8年の夏だった。現在のようにネットが無い時代だったので東北の民宿ガイド本に載っていたのです。その内容を見て、「この宿は自分を呼んでいる」って思った。
大旦那が前職を辞めて宿を開く、これは女将さんに何の事前相談もなかったそうで。
「いきなりですよ。辞めたから、民宿やるからって。」
「宿の敷地は畑だったの。宿の図面も自分で引いてましたね。この辺の民宿は部屋に風呂がついてないから各部屋につけちゃえって」
「大内さん(大内宿)の親戚のとこへ料理習いに行ったのも辞めてからですよ」
教職にあった女将さんもいつの日からか渋々?宿に立つようになった。やや諦めたような口調で、「自分の伴侶が宿を営るって決めたことですから・・・」って言っていた。
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最初の頃は3部屋だった。当時の宿泊費は1万円しなかったですね。
大旦那1人できりもりしていたので、各部屋に内湯を引いて、部屋に布団敷きっ放し(現在、4部屋中、3部屋はベッド)、部屋入りしたら食事まで全く構わず、喰い終わったお膳は「廊下に出しといてください」、下げたら母屋に引き上げて後は朝まで放ったらかし、この「客を構わない気を遣わないスタイル」は大旦那がひとりで宿をきりもりする為の苦肉の策、逆説の発想から生まれたのである。
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4部屋にする前は、「まだまだ借金も返さなきゃならないし。もう一部屋作ろうかと」
「銀行が金を貸す場合、後継者がいるかどうかが重要なんです」と言ったのは甲斐南部のT館長だが、後継者はいます。宿を開いた当時は子供だった若が宿に立つようになった。
私の知る限りで大旦那は過去に2回ほど怪我をしているのだが、①雪かきで屋根から落ちた、②鶏舎へ向かう途中で転倒した・・・、その事件の時に若が堂々と厨房に立っていたのは、いつも同じ蕎麦懐石なので見て覚えたとか。
震災の風評でいっとき客数が減ったらしいがまた盛り返してきた。
今日も満室である。
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「またエアコン変えたね」
「年中稼働してるから故障したんじゃないか?エアコン入れる?」
「要らない。扇風機でいい」
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会津の山々から滑り落ちる自然の風が更級庵を吹き抜けていった。
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5月後半ですが、会津湯野上の温度差は大きく、日中は暖かくても夜朝は意外と冷えるのである。
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最初は熱いけど、部屋の窓を開け放しにしておくと外気温で冷えてちょうどいい湯加減になってくる。
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時折、宿の裏手を会津線が走る。
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現在唯一、畳の上に布団敷きの、更級庵でゴロ寝の目線。
決して近くない会津湯野上で、贅沢なくらい退屈な時間が過ぎて行く。
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18時10分前くらいから厨房、廊下が慌ただしい雰囲気になってくる。
各部屋前の廊下を大旦那がドスドス歩く地響きがしたらそれが夕餉の会津・・・いや、合図。
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蕎麦宿の朝 [蕎麦宿]

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目覚めたとこです。
窓際に触れたらそこだけ冷気が漂っている。
外に音がしない。もしかしてと思って障子と窓を開けたら小雪がパラついていた。
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今頃降るなよ。
今日は帰るんだぞ。昨日のウチに雪がシンシンと降ってりゃ気分が高揚したのにさ。
あ、もちろん軽くエアコンが入ってますよ。そういう暖房機器が無かった昔は寒いのがアタリマエだったんだろうな。会津人を含めた東北人の口が重くなる訳である。
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朝イチの内湯は42℃だった。
一晩窓を閉めてたからやや上がっている。でもその状態で42℃か43℃でも冬場は窓をしばらく開けておくとすぐ41℃くらいになる。
20年以上通っているのに未だに私は温度調整が下手で夏場なんか水をジャバジャバ入れたりしてた。ぬるくなってしまい(アタリマエだが)熱くなるのに時間を要するのです。
窓を開ければ外からの冷気で湯が自然に冷め、閉めたら自然に熱くなるのがようやくわかってきた。そういうのを会得するのに20年もかかった訳である。少しだけ開けて上がった。
後から起きて来たジャン妻が朝風呂に入って言うには、
「窓を開けっ放しにして寝たのっ!!」
「???」
「窓が開いてたけどっ」
「ああ、あれは俺が今さっき入って出る時に開けたんだよ」
「ホントっ??」
疑ったなコイツ。ホントだって。ホントだってばっ。
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そのクセ朝餉が運ばれたら、「これぞ宿の朝ごはんだわ」とご満悦である。何しろ甲斐南部の某F温泉で、廊下のセミバイキングにご飯を取りに行かせるのをハンストしたくらいだからね。
お櫃を開けたジャン妻が固まった。
入ってたご飯が多かったのである。
「多いな。2人で2杯分あるよこれ」
2杯喰えばいいだけのことだろうが。
「食べれそう?」
「大丈夫だと思うけど」
あっさり完食である。でもそのおかげで、帰りの車内昼と、ジャン宅に戻ってからの夜飯は寂しいものとなった。
ホントはこの記事、右手に箸、左手の茶碗に山々と白米を盛ったジャン妻の顔ナシ写真を載せて、「モッソウ飯(※)を喰らうジャン妻である」ってやろうとしたのだがどーしても掲載許可が出なかったのだ。「そんなのを載せたら・・・」脅しが入ったのです。
お見せしたかったな。それくらい兎にも角にも飯が多かったのです。
(※)物相に盛った盛り切りの飯。牢獄で囚人に与えた飯のこと。モッソウとはご飯を盛り上げるカタチのこと。
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9:30の上りでアッサリ帰京することに。大旦那に駅まで送って貰った車中で、
「湯神さんに次いで人気のある宿ってどれです?」
後で我ながらなんちゅう質問をしたのかと。
「・・・(やや沈黙の後)・・・紫泉さん、旅行会社と提携したいなりやさん、星乃井さんかなぁ。でもお客さん来ても入ってるように見えないんですよね」
人があまりいるように見えない。それが湯野上温泉街の特徴でもある。
「予算取って温泉開館を開いてぇみたいな話もあるんですが、そういうのを国の補助金で造っても、人を雇ったり、経費や修繕費(維持費?)、復興予算をどうこうって話になるんじゃないかなぁ」
紫泉さんは私の師匠だtった番頭さんが行かれています。近年、一部、リニューアルしたようです。
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私は湯野上温泉駅の中は煙いので外にいた。
風情は否定しないが駅舎の中にいると目が痛いです。皆さんよく平気ですね。あの中で寝泊まりするのを厳禁なんて貼り紙があったのにオドロいたけどね。
「あんなに煙くするんなら、燻製でもすればいいのに」
「???」
「チーズとかタラコとか。会津地鶏の燻製とか。ナッツでもいい」
「あの炭のニオイと煙じゃぁ燻製は無理よ。香のする葉っぱ、チップで燻すんじゃないの」
「???」
「屋根に木組みがあって、その上に竹が渡してあるんだけど、あれが炭の煙を吸って頑丈になるのよ」
「???」
「昔ながらの茅葺屋根ってそういうものじゃないの?」
「何でそんなこと知ってるんだ?」
「駅にいたどっかのオバちゃんがそう喋ってたのが聞こえたの。地元の人じゃないかなぁ。駅の女性が、これって丈夫なんですよって言ってたからさ」
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上着に付いた煙のニオイが消えず、この旅の後、出張先のドーミイン高崎の部屋に常備してあるリセッシュを噴きかけてようやく消しました。
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アルバム~蕎麦宿の朝 [蕎麦宿]

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大旦那から聞いた話。
宿泊したお客さんの中で私のくるまを見て「もしかして某Blogの人が来てます?」って感づいたらしいのだ。
チェックインしてから他のお客さんが若を探してるようだったので、廊下ですれ違った時に私は「母屋だと思いますよ」って指しただけ。
いや~悪いことできないな~。
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蕎麦宿と学術調査 [蕎麦宿]

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蕎麦宿へ行く前にちょっと寄り道を。会津若松市栄町に立派な図書館ができた。稽古堂とも謳ってます。
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会津には確か小規模な図書室や、学校付属のものも含めて10つくらいの図書館施設があた筈。南会津方面の農村にある資料館に併設されたものも含めたらもっとあるかも知れない。
明治新政府が県庁を会津若松市に置かなかったのは当然含むところがある訳ですが、「福島市には県庁はあっても、県立図書館は会津若松市にあるんだ」と豪語するだけのことはある。教育にも熱心なんでしょうな。
稽古堂は図書室だけではなく学習室も含めた近代的な3階建ての箱ものである。駐車場は地上に12台ほど。一部が縦列駐車で大型車セダンは駐車テクが要りますが、地下にも90代くらいの駐車場があります。
エスカレーターで2階に上がって受付に訊いた。
「郷土史は何処です?」
「いちばん奥の〇番の棚でございます」
こういうところの受付さんは親切なものです。「どうぞ会津若松の歴史を見てください」と自信満々でいながら声音が優しいのだ。戊辰で自分らがどういう仕打ちを受けたかを知って欲しい訳ですよ。
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その筋の棚へ足を運んだらやっぱり戊辰ものがメインだが、それだけでもないようである。
だがそこに私が探すものが見あたらないので受付に戻った。
ⅰ―Phoneで検索したものを見せた。「この資料を探してるんだけど」
「???」
私がヒマにも探してるのは蕎麦宿のある会津下郷町の「第一次・第二次下郷町城館址調査報告書」というもので下郷教育委員会の調査書なんです。市販されているもでもなく、市民がパッと手に取れるものではないらしい。
受付さんは画面で検索している。同じような名前で検索したら如何にもそれらしいものがヒットしたのだが、「ⅠとⅡが無くて、現在あるのは・・・」
Ⅲだというのです。
「Ⅲ?ⅠとⅡは無い?」
「無いようです」
「Ⅲってことは、ⅠとⅡの改訂版かな」
「・・・奥の書庫にあるようなので閲覧可能か聞いて参ります」
5分くらいしたら戻って来られた。
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手に取ってみたらⅢはⅠとⅡの補足も含めた改訂版ではないかと思ったらそうではなく、ⅠⅡⅢは別物なのがわかった。
今年の春まで教職にあった蕎麦宿の女将さんも言ってた。http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-04-21でUpしたが、結局は見つからなかったのである。だがこういうのは後世に記録に残す為の調査なので、必ず何処かにあるものなのだが。
「お仕事で探されてるのですか?」
こういう訝しげな質問にも慣れたよ。
「いや単なる閑人だよ。下郷の湯野上によく行く温泉宿があって、そこの女将が下郷町の学校の先生で探して貰ったんだけどもう無いって言われたの。図書館に行けばあるんじゃないかって」
「その方はまだ先生をしておられるのですか?」
「いや、この春に退職されて今は民宿の女将になってる」
せっかくだからⅢをパラパラ捲ったが、ⅠⅡで載せた残り物といった感はぬぐえない。狼煙台とか、関所の大袈裟なものとか。
せっかくだから興味のあるものだけコピーしようとした。
「ええっと、この用紙に書き込めばいいのかな?」
コピーする書籍名、頁数、枚数を書くわら半紙みたいなのがあったてそこに書き込んだのだが、住所氏名を書く欄に「横浜市・・・」と書いたら受付さんは仰天した。「横浜からわざわざお出でになったのですか?」って。私は湯野上と会津若松市内に縁あって毎年2~3回来てるんだよと説明するハメになり、いつの間にか受付さんが2人になり、1人が必至になってカタカタ県の方を検索、もう1人が私に向かって済まなそうに「著作権で半分までしかコピーできないのですよ」と言う。
半分もコピーするほど興味が湧かない内容だったのだが「著作権?こういう書籍は市販してないでしょ。全部コピーするつもりはないけど大丈夫じゃない?」って返したら、「50年はだめなんです」と言うんだな。せっかく探して貰ったので、表裏の表紙と中の地図、分布図をコピーした。
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この地図だと現代の道路鉄道が入ってないのでトレースしなくちゃならない。故・宮脇俊三さんが、「現代の地図に廃線跡をトレースする作業は楽しい」と仰ってたがその逆の作業って難しい。
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検索の結果、やはり無かったのである。
「福島県には貸し出せるのもあるんですけど、そこにもⅢだけで、ⅠとⅡは無いそうです」と言う。
今回は断念しました。
別の棚にある穴澤一族の史料を漁りました。
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岩魚.jpg蕎麦豆腐.jpg
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このネタを夕餉の時に女将さんに蕎麦サラダを持って来たタイミングで話して表紙のコピーを見せたのよ。
「見つかったんですか?」
「Ⅲがね。でもⅠとⅡは無かったんです」
図書館の職員さんが「下郷の先生ですか?現役ですか?」って言ったのに対して私が「今は民宿の女将だよ」に訂正した話をしたら「ア~ッハハハハ」って大笑いされた。結構いいとこ、教頭先生とかまでいったと思うんだけどね。でも今は民宿の女将である。
「今日は旦那さんいないんだよね」(ジャン妻)
「そう。何とか応援会で東京まで」
実は前日に蕎麦宿に寄って手土産だけ渡している。大旦那はニンマリしながら「明日、自分いないんです」って。下郷出身の有力者の応援会に出席するらしい。要は飲み会であろ。
「自分いないんですってウレシそうに言ってましたよ」
「まぁ~っ」
「???」
「もうっ。6時までに帰ってよって言ったんですよっ」
飲んじゃったら帰って来れないでしょう。どうもメゾネットの恵明庵も含めて満室のようである。
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エッグチェンバー?.jpg
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蕎麦宿から見える山々に、会津若松方面の小野岳、更級庵のド真ん前向かいに又見山、この2つの山の何処かに小野城、白岩城がある。
街道を抑えるものか狼煙台規模のものかもしれない。
私にとっては幻の城塞である。蕎麦宿からすぐ近いのに。
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夫婦で仲良く運営? [蕎麦宿]

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チェックアウトで廊下を歩いてたら、厨房の流しで女将さんがお皿を洗ってた。初めて見たぞ。
「お世話になりました~」と声掛けしたら、洗い物を手停めてフロントに出てきた。
「(お会計)初めてですね?」(ジャン妻)
ジャン妻のこの冷やかしに、女将さんがどんな反応したかは知らない。苦笑いでもしたんでしょうね。
大旦那は外にいた。
「女将さんが手伝ってくれるようになってよかったですね」(ジャン妻)
「と、とんでもなぁい!!」(大旦那)
「???」
「ウチのに、やれよって言っても、何でアンタがやらないのよ、って言われるからさぁ」
たまにならともかく、二人でいる時間が増えると力関係が如実に表れるようですね。
「私たちは同じ職場だって知ってた?」(ジャン妻)
「知らない。そうなんですか?」(大旦那)
「言わなかったっけ?」
「今初めて聞いたです」(大旦那)
「もう10数年になりますよ。こっちが経理で、私が〇〇〇・・・」(私)
「そうだったんですか。それってやり難くないですか?」
「私はやり難いって思ったことは一度もないな。だって公私混同だもん。コイツの上司の頭越しに、オイいつまでやってる、そろそろ帰るぞって言っちゃうし」
大旦那は「へぇ・・・」って表情だった。ジャン妻は反応せず、「若(息子さん)だったら、頼むワ、ちょっと出て来るからって言えるでしょ」(ジャン妻)
大旦那は否定しなかった。「何処へも行けないんですよ」ってボヤくの。女将さんだと逃げ場が無いのかもね。そういえば前回か前々回だったか、「今日はウチのがいないんでぇ」ってニコニコしてた時もあったぞ。
「それは邪推というものでしょ」
「・・・」
「夫婦仲良く運営してるんだから」
「・・・」
「そうは見えないって?」
「そんなことないさ」
チェックアウト前1.jpg
蕎麦宿と青空2.jpg
帰りの車中で。
「いつかは更級庵もベッドになるのかな」
「さぁな・・・」
「なったらなったで別にいいけどね」
「ベッドに慣れてると畳で寝るのがキツく感じるかもな」
「でも更級庵がいい」
「うん」
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蕎麦懐石に若干のアレンジが。 [蕎麦宿]

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アスパラ.jpg蕎麦と山芋の和えもの.jpg
漬物.jpg枝豆.jpg
山菜のお浸し.jpg姫筍.jpg
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蕎麦粥に、うずらの卵が落としてあった!!
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揚げ蕎麦が海苔で束ねてある!!
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揚げ蕎麦を摘む.jpg
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骨もアタマも尻尾も完食!!
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夕餉を運んで来たのは女将さん。
これまで女将さん呼ばわりしていいのか憚りがあったが、〇職は引退されたそうです。もう宿の女将さんと呼んでいいでしょう。
また下郷町史料の話が出た。
「ごぉめんなさい〇〇さん。あれから編纂した人にも電話したんだけどなくって・・・すぐ〇〇さんに電話しようと〇〇さんの電話探したんだけど宿帳にみつからなくて・・・」
ウチの電話番号?20年くらい前の予約台帳見ないと無いかもですよ。
「予約の時にお電話番号お願いしますって最後に言われたの相当前ですよ」
もう10数年、電話番号も聞かれないし、宿帳にも記帳したことなんてないモン。
再度、史料を探してくれた労を謝した。そのうえでわざと聞いてやったの。
「そういえば、まだ〇職続けてるんですか?」
「ううん(首を横に振る)・・・〇月で退職したの」
「じゃぁこれでようやく宿の女将に専念できますね」って言ったら思いっきり首を横に数回振ったぞ。
「辞めてからゆっくりしようとしたんだけど。今は毎日、民宿、民宿、民宿、民宿ですよ。人生それでいいのかって・・・」
最後の語尾は自分に言い聞かせてるようでしたね。まだ若干の抵抗あるのかな。大旦那がいきなり前職を辞めて「辞めたから。民宿営るからって結果だけ告げられた」って憮然としてたからね。
「宿に女性って絶対必要だと思うけどな」
「男が気付かない部分ってあるからね」
まぁ〇職は尊敬される世界だし、相当な地位まで行かれたようだし、民宿の女将に抵抗あるのはわからないでもないけど。引退してもやることがあるってのはいいことですよ。
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まだ明るいぞ.jpg
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宿は夜の帳に覆われた。
聞えるのは、かけ流しの湯の音、大川のせせらぎ、虫の音、短い本数で走る会津鉄道と踏切の音だけである。
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梅雨の蕎麦宿 [蕎麦宿]

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駐車場に滑り込んで宿の引き戸を開けたが、大旦那も若も宿に入り込んだ私に気付かない。若はドッタンドッタン蕎麦を打っている。
私は自分の家のようにズカズカ上がり込み、厨房にアタマを突っ込んで、
「ハロー!!」
「あっ」
大旦那はTV観てたな。
「すみません気付かなくて。どーぞいつもの部屋へ」
廊下を歩いて更級庵に行きかけたら外線が鳴った。若は蕎麦を打っているのですぐには出れない。大旦那は電話に出る為に厨房へ戻っちゃった。
なので今回は部屋への案内は省略!!

一呼吸置いてから、私は宿外観の撮影の為に出た際、大旦那が私に言うには、
「〇〇さぁん、結局、チョーシ無かったんですよ」
「銚子?」
「町史町史。前回言ってたヤツ」
「ああ、無かったですか」
その町史についての記事です。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-04-21
この史料には湯野上温泉界隈に2城あって小野城と白岩城という。おそらく県外の人で訪れた人はおろか、興味を持った人は私だけではないかなぁ。
白岩城は蕎麦宿の真向かいの山の何処かにある。更級庵の床の間にあった湯野上地図にも明記してある。
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私は調べていただいた労を謝した。
「ウチのもあちこちに当たったんですけどねぇ。何処にも無いそうで。スミマセンねぇ」
「ああいうのは図書館に行かないと無いかもね。若松市の図書館で漁ってみますよ」
大旦那はまだ諦めないのかという表情であったが、このマイナーな史料を会津若松栄町の會津図書館のHPで資料検索したらひっかかったのである。今回は若松市内には行かないけど、次回、麦とろに行く際は立ち寄ってみようと思う。
更級庵.jpg
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囲炉裏の間1.jpg囲炉裏の間2.jpg
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「ねぇねぇ。見て見て」
「???」
「ゆ、って暖簾ができた・・・」
「・・・」
大型旅館の大浴場じゃなく、各部屋に付いてるんだけどね。
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雨が降って来た。
蕎麦宿には雨が似合う。
梅雨の時期、宿はそぼ降る雨に優しく打たれ、宿を取り巻く木々の葉に滴が溜まって落ちていく。
部屋から見上げる山々も濃い霧雨に覆われている。
部屋の中もやや薄暗い。
「点けていい?」
「ダメ。このまま」
本が読めないじゃないか。ジャン妻は既に眠る態勢である。
外は雨.jpg
BGMは雨音。敢えて部屋の灯りも点けないで過ごした。
湯野上連峰又見山3.jpg
湯野上連峰又見山4.jpg
「台風の時に来たことってないよね?」
「ない・・・と思うな・・・」
船山やさらなら台風にぶつかったことがあるけど蕎麦宿で台風の日に来たことはないな。いや、湯野上祭りの日がゲリラ豪雨で、雷鳴がアームストロング砲のように湯野上一帯に響いたことがあるぞ。
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湯野上連邦又見山2.jpg
雨は夕方に止んだ。僅かに青空も垣間見えた。
「雨は上がった?」
「上がった。もうすぐメシだぞ」
「うん」
廊下からドスドス地響きを立てて歩く大旦那の足音が聞こえた。
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蕎麦宿の朝 [蕎麦宿]

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温泉玉子.jpg和え物と漬物.jpg
打ち豆と白菜と豆腐の味噌汁.jpgフルーツトマト.jpg
いつもの変わらぬ朝餉です。
「湯神の朝ごはんこそ理想の朝ごはん」(ジャン妻)
(だったら家でもそうしろよ)
今回、デザートといえるのかどうか、フルーツトマトの酸っぱいのが出ました。
「酢っぺぇなこれ」
頬に激痛が走ったよ。
「アナタこれ大丈夫?」(ジャン妻)
「ドレッシングも酸っぱい」
「これ、ドレッシングだけど、酢が入ってるね(笑)」
「す、酢!!」
おそらく会津南郷のトマトだね。南郷トマトの栽培は昭和37年頃から始まり、現在では伊南、只見、舘岩、田島、下郷といった南会津全域で栽培されている。
私は酸っぱいものが苦手。トマトは嫌いじゃないけど、ジャン妻はトマトが大好き。1月2月3月の平日は私よりもジャン妻の方が多忙で帰宅が遅かったので、先に帰宅した私はジャン妻が帰って来るのを待つ間、鍋のダシをとって、肉や魚や野菜を切って、味付けと下茹でぐらいはしていたんです。
帰宅したジャン妻は、「ああ、用意してくれたのね。ありがとう・・・」・・・それはいいけど必ず冷蔵庫からトマトを取り出して切って塩を添えてドレッシングをかけて出す。
「いつになったらお前の手料理が喰えるんだ?」
「アタシだって一品作ったモン」
たかがトマト一皿追加したぐらいで、アタシだって一品作ったもないモンだ。毎晩トマトが出るので私は飽きてしまい、露骨にイヤな顔をするようになった。
八百屋なんかでもトマトが2種類あると、「どっちがおススメ?」って八百屋に聞いてるからね。私は別にトマトが無くても生きていけるし。
八百屋さんの前でも平気で顔をしかめながら、
「またトマトかよ」
「・・・」
「もう買わなくっていいよ」
そしたら八百屋のオヤジが、「旦那さんトマト嫌いなの?」
「嫌いじゃないけどさ。毎晩毎晩トマトばっかり。トマトを単純に切っただけで品数増やそうとするんですよ」
私が普段食べてるトマトはそんなに酸っぱくない。「そこらで売ってる甘いトマトはホントのトマトじゃない。トマトってのは本来は酸っぱいんだ」って豪語したのは麦とろの旦那さんだったか、群馬の農家の人だったか。まぁそうなんだろうけどさ。
ドレッシングが酸っぱいのだ。トマトをこれ以上酸っぱくしてどーすんだつーの。
「まさかこのトマトのドレッシング、大分前にあった蕎麦の実の酢の物みてぇに大旦那が砂糖を入れ忘れたってことはねぇんだろうな」
「・・・」
今は無いがそういう料理が昔、あったんです。あまりに酸っぱくて、クビを傾げてたら大旦那がスッとんできて、「スミマセン、砂糖を入れ忘れました」って。
それきり出なくなった。
それにしても酸っぱいな。この宿に来て20年になるけど、初めて料理を残そうかと思ったモン。
「残しても・・・いい・・・?」
「ダメっ」
「・・・」
「食べなさいっ。トマトは身体にいいのっ」
ジャン母みてーなことを言いやがってからに。強引に飲み下し、口直しに余った味噌汁を飲み、緑茶をガブリ。
前のメロンとオレンジに戻してくださいよ~。
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宿を出る時、大旦那が、
「○○さん、あの本、一応これからも探しておきますワ」

蕎麦宿はHPを開設しました。
http://sobayado-yujin.com/
クリックすると、蕎麦懐石と客室の画像がドーンと表示される。
でも、プラン一覧頁をクリックしても、宿名と番地しか出て来ないのである。蕎宿湯神〒969-5206福島県南会津郡下郷町湯野上居平乙789-1
これだけ。
プランなんてないからね。もちろんネット予約なんていう設備投資もしていない。これまで以上にずっとずーっと電話予約だろうな。
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蕎麦懐石 [蕎麦宿]

今日のお客は2組、大部屋の松月庵から子供の声が2人ほど聞こえたぞ。子供が蕎麦懐石を喰らうとは、将来どんな大人になるんだろう。
女将さんがいないぞ。
「今日はウチのヤツがいないんで」(大旦那)
「お休み?」
「何かの会合だったかな。。。」
大旦那が去った後で私が悪態をついた。
「ははぁん。さては例の史料を探せなかったもんだから、もしくはド忘れしてたから面目なくて私の前に現れるのを避けたんだろ」
「・・・」(顔をしかめるジャン妻)
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和え物他.jpg
「ビール」
「瓶ね」
「生もございますよ」(若)
「おっ、生いこうか!!」
「生は飲んじゃだめっ」
「何でさ?いいじゃんかよ。若もススメてくれてんのにさ」
「生じゃ居酒屋じゃないっ。宿では指しつ指されつなのっ」
「・・・」
「ええっと・・・では、瓶でお持ちしますね・・・」(若)
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乾杯の音頭は。。。
「昇進おめでとう!!」
「・・・」
ジャン妻はやや憮然とした。グラスを盛った腕が硬直してる。
「それかい?」
「他に何があるんだ?」
ジャン妻は〇〇年ぶりに昇進、一般部門では女性で初めて〇長に昇進した。
「逆に言えば〇〇年も塩漬けだったってことだよ」(ジャン妻)
「・・・」
ウチの社風はやや男尊女卑の傾向があるんですよ。男性=経営陣、女性は作業員みたいなね。その中で異例?の昇進です。これにはいろいろ裏話があるのですが、Upできる範囲でまた後日。
傍らで若は目を見開いている。何かいいことあったんですか?という表情である。若は稼業を継いだのだから昇進の重みとか、そういう世界はご存じないのかもしれない。
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蕎麦粥.jpg
もう過去に何回も載せたし、各方面でも紹介記事が増えてるので今更コメントの必要はないですが、いい意味での定番、マンネリ?ワンパターン懐石です。
変化が無いと思うか。いつ来ても同じものが食べられる安心感と思うか。私らは後者です。
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既に熱燗が来ていますが。。。
「蕎麦サラダにはビールがいいんだけどなぁ」
「じゃぁ生を一杯だけ頼んでいいわよ」
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「すみません魚が遅くなっちゃって」
「あれ?魚が来ねぇなって話してたんだよね。今頃どっかで釣ってるんじゃねぇかって。おっ、丸々と太ってるね」
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いつもの揚げ物.jpg
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「この後、お蕎麦ですが、大盛りになさいますか?」
「普通で。もう大盛りを喰らうトシじゃないよ」
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蕎麦湯と寝酒を持ってきて、「明日の朝は8時から・・・」
これで終わりです。もう明日まで宿の人の顔を見ることはない。19:30にはもう夕餉は終わり、厨房の方から片付け音が廊下を通して伝わってきて、いつの間にか静かになる。行ったら灯は消えている。
「湯神さんって、いつの間にか母屋に引き上げてるでしょう。あれは宿を営む上で理想のスタイルなんですよ」(船山温泉T館主談)
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蕎麦宿 [蕎麦宿]

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行って来ました。
行ったのは3月で、毎年毎年その冬によって、残雪があるかどうかビミョーな時期。
最初は浅草発の東武特急、スペーシア個室を押さえたんです。浅草まで乗車券&指定券を買いに行ったら、
「一か月前からなので、ご指定の日は明日から発売なんです」
「1日早かったか」
「ハイ、申し訳ございません」
「1日くらい何とかならんのか?」
「ハイ、申し訳ございません」
仕方がない。翌日に再度出向いたんです。昨日と同じ職員だったら何がしか言ってやろうかと思ったんだが別の職員さんだった。しっかり個室をGETした。浅草駅の地下はシウマイ弁当も売ってるし、焼き鳥屋サラダのお惣菜もあるし、個室内での小宴気分でウキウキルンルンになったのだが、いよいよ行く前の週になってジャン妻が、
「くるまがいいな」と言い出したのである。
「くるま??」
「雪、無いんでしょ」
「・・・」
「雪が無いならくるま」
「・・・」
「それに次の日は麦とろに行くんでしょ。2泊するんならくるまの方がよくない?」
「まぁそれはそうだが」
この時点で私は、くるまで行くなら2日めの日昼に何処を散策するか決めた。あそことあそことあの場所と・・・。どれもマニアックなものばかり。
オhントはジャン妻は2月の雪の時期に行きたかったみたいですね。
「2月はお前が忙しかったんじゃねぇか」
「、あぁそうだけど・・・」
では浅草駅に行って返さなきゃならない。俺は浅草駅に2回足を運んでるんですよ。
「3回も足を運べってか?」
「いついつの午後、半休で美容院予約してるから、その足で駅に行ってくる。ゴメンね」
「しょーがねぇなぁ」
返却したそうです。
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次に思い出したことがある。
前に行った時、蕎麦宿の女将さんにあるものを探しといてねってお願いしたんです。
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これは会津下郷町教育委員会発行の小冊子。ご存じの方もいるかと思いますが蕎麦宿の女将さんの本職は教職なので、その関係にツテがあるだろうと思って、在庫ないかなってお願いしたのよ。
こういう本は市販なんかされてないですよ、若松駅前の岩瀬書店にもないだろう。
私は2011年に、(一)中妻館とと、(三)九々布城には行っています。(九々布城は登り口だけ。)
中妻館.jpg九々布城.jpg
前から気になってたのが、(六)白岩城と(七)小野城。
(七)小野城は蕎麦宿から見える小野岳のどこかです。湯野上温泉唯一のコンビニ駐車場に立つと、小野岳の右下辺りに住宅が見えますが、その辺りか、会津鉄道のトンネル上にあったらしい。
遺跡データベース2.jpg
(六)は全くわからない。蕎麦宿の傍にある踏切からもう一つ湯野上温泉駅側にある踏切を白岩踏切といってそこから吊り橋で川向うに渡り、塔のへつり辺りまでが白岩です。蕎麦宿の向かいにそびえたつ又見山の中腹の何処かにあるらしいのだ。
遺跡データベース1.jpg
私は戦国期にこの湯野上一帯を誰が領したのかが知りたいのね。田島の長沼氏の被官らしいけどね。
前回行ったのは確か昨年の7月だった。それっきり、あったとも無かったとも何も言って来ないのは宿側も、どーせ私らはすぐ来るだろうと思ったか、完全にド忘れしてたか。
若に電話したのよ。「馬刺しお願いね」って言った後で、「前に行った時、女将さんに、この本無いか探しといてって。それっきり音沙汰無いんだけど」
「???」
若は何のことかわからなかったらしいが、自分の母親が何か頼まれたらしいのは通じた。
「言っておきます」
宿に着いたら大旦那が開口一番、「○○さぁん、あの本、無いって」
「無かったですか・・・」
「あの本を書いた人がもういないか、施設に入っちゃってるかもって」
施設に入っちゃってる?著者か研究者はもうご高齢になっちゃったのだろうか。
そうか。無かったか。残念。
「あれは何かに使うんですか?」(大旦那)
「ええっと・・・」
答えに窮した。
「自分がいる場所、お世話になってる場所に昔あったものに興味があるんです。何でもいいんです」
「ふぅ~ん。ああいう本は初版だけで増版はしなかったみたいですね。町史とかに載ってないですかね。図書館に行かないと無いんじゃないかって」
「でも下郷町に図書館なんて無いでしょ」
別にバカにしちゃいないのよ。
「無いですね」
「田島町にはあったけど」
「でも、まぁ、誰か持ってないか探してみますが。。。」
ってことは今まで探してなかったのね。忘れてたのね。

だけど、大旦那、痩せたな。
「何かスッキリしたね。前はもっと太ってたからね」(ジャン妻)
この辺りを若に聞いたら、健康診断で云々って言ってたから、何かひっかかったのかもね。
脱衣所に棚が.jpg
無けりゃぁしょーがない。
気を取り直して湯に入ろう。脱衣所に棚があるぞ。
「床も張り替えたみあいね」(ジャン妻)
湯~.jpg
今は火を入れない囲炉裏部屋には座椅子があった。
座椅子が・・・.jpg
確か初訪は平成7年だから、もう20年になるから、ところどころ修繕してるんだね。
「儲かってるってことよ。いいじゃない。修繕が儲かってないとできないんだから」(ジャン妻)
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