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アルバム~蕎麦宿の朝 [蕎麦宿]

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大旦那から聞いた話。
宿泊したお客さんの中で私のくるまを見て「もしかして某Blogの人が来てます?」って感づいたらしいのだ。
チェックインしてから他のお客さんが若を探してるようだったので、廊下ですれ違った時に私は「母屋だと思いますよ」って指しただけ。
いや~悪いことできないな~。
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蕎麦宿と学術調査 [蕎麦宿]

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蕎麦宿へ行く前にちょっと寄り道を。会津若松市栄町に立派な図書館ができた。稽古堂とも謳ってます。
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会津には確か小規模な図書室や、学校付属のものも含めて10つくらいの図書館施設があた筈。南会津方面の農村にある資料館に併設されたものも含めたらもっとあるかも知れない。
明治新政府が県庁を会津若松市に置かなかったのは当然含むところがある訳ですが、「福島市には県庁はあっても、県立図書館は会津若松市にあるんだ」と豪語するだけのことはある。教育にも熱心なんでしょうな。
稽古堂は図書室だけではなく学習室も含めた近代的な3階建ての箱ものである。駐車場は地上に12台ほど。一部が縦列駐車で大型車セダンは駐車テクが要りますが、地下にも90代くらいの駐車場があります。
エスカレーターで2階に上がって受付に訊いた。
「郷土史は何処です?」
「いちばん奥の〇番の棚でございます」
こういうところの受付さんは親切なものです。「どうぞ会津若松の歴史を見てください」と自信満々でいながら声音が優しいのだ。戊辰で自分らがどういう仕打ちを受けたかを知って欲しい訳ですよ。
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その筋の棚へ足を運んだらやっぱり戊辰ものがメインだが、それだけでもないようである。
だがそこに私が探すものが見あたらないので受付に戻った。
ⅰ―Phoneで検索したものを見せた。「この資料を探してるんだけど」
「???」
私がヒマにも探してるのは蕎麦宿のある会津下郷町の「第一次・第二次下郷町城館址調査報告書」というもので下郷教育委員会の調査書なんです。市販されているもでもなく、市民がパッと手に取れるものではないらしい。
受付さんは画面で検索している。同じような名前で検索したら如何にもそれらしいものがヒットしたのだが、「ⅠとⅡが無くて、現在あるのは・・・」
Ⅲだというのです。
「Ⅲ?ⅠとⅡは無い?」
「無いようです」
「Ⅲってことは、ⅠとⅡの改訂版かな」
「・・・奥の書庫にあるようなので閲覧可能か聞いて参ります」
5分くらいしたら戻って来られた。
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手に取ってみたらⅢはⅠとⅡの補足も含めた改訂版ではないかと思ったらそうではなく、ⅠⅡⅢは別物なのがわかった。
今年の春まで教職にあった蕎麦宿の女将さんも言ってた。http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-04-21でUpしたが、結局は見つからなかったのである。だがこういうのは後世に記録に残す為の調査なので、必ず何処かにあるものなのだが。
「お仕事で探されてるのですか?」
こういう訝しげな質問にも慣れたよ。
「いや単なる閑人だよ。下郷の湯野上によく行く温泉宿があって、そこの女将が下郷町の学校の先生で探して貰ったんだけどもう無いって言われたの。図書館に行けばあるんじゃないかって」
「その方はまだ先生をしておられるのですか?」
「いや、この春に退職されて今は民宿の女将になってる」
せっかくだからⅢをパラパラ捲ったが、ⅠⅡで載せた残り物といった感はぬぐえない。狼煙台とか、関所の大袈裟なものとか。
せっかくだから興味のあるものだけコピーしようとした。
「ええっと、この用紙に書き込めばいいのかな?」
コピーする書籍名、頁数、枚数を書くわら半紙みたいなのがあったてそこに書き込んだのだが、住所氏名を書く欄に「横浜市・・・」と書いたら受付さんは仰天した。「横浜からわざわざお出でになったのですか?」って。私は湯野上と会津若松市内に縁あって毎年2~3回来てるんだよと説明するハメになり、いつの間にか受付さんが2人になり、1人が必至になってカタカタ県の方を検索、もう1人が私に向かって済まなそうに「著作権で半分までしかコピーできないのですよ」と言う。
半分もコピーするほど興味が湧かない内容だったのだが「著作権?こういう書籍は市販してないでしょ。全部コピーするつもりはないけど大丈夫じゃない?」って返したら、「50年はだめなんです」と言うんだな。せっかく探して貰ったので、表裏の表紙と中の地図、分布図をコピーした。
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この地図だと現代の道路鉄道が入ってないのでトレースしなくちゃならない。故・宮脇俊三さんが、「現代の地図に廃線跡をトレースする作業は楽しい」と仰ってたがその逆の作業って難しい。
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検索の結果、やはり無かったのである。
「福島県には貸し出せるのもあるんですけど、そこにもⅢだけで、ⅠとⅡは無いそうです」と言う。
今回は断念しました。
別の棚にある穴澤一族の史料を漁りました。
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このネタを夕餉の時に女将さんに蕎麦サラダを持って来たタイミングで話して表紙のコピーを見せたのよ。
「見つかったんですか?」
「Ⅲがね。でもⅠとⅡは無かったんです」
図書館の職員さんが「下郷の先生ですか?現役ですか?」って言ったのに対して私が「今は民宿の女将だよ」に訂正した話をしたら「ア~ッハハハハ」って大笑いされた。結構いいとこ、教頭先生とかまでいったと思うんだけどね。でも今は民宿の女将である。
「今日は旦那さんいないんだよね」(ジャン妻)
「そう。何とか応援会で東京まで」
実は前日に蕎麦宿に寄って手土産だけ渡している。大旦那はニンマリしながら「明日、自分いないんです」って。下郷出身の有力者の応援会に出席するらしい。要は飲み会であろ。
「自分いないんですってウレシそうに言ってましたよ」
「まぁ~っ」
「???」
「もうっ。6時までに帰ってよって言ったんですよっ」
飲んじゃったら帰って来れないでしょう。どうもメゾネットの恵明庵も含めて満室のようである。
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蕎麦宿から見える山々に、会津若松方面の小野岳、更級庵のド真ん前向かいに又見山、この2つの山の何処かに小野城、白岩城がある。
街道を抑えるものか狼煙台規模のものかもしれない。
私にとっては幻の城塞である。蕎麦宿からすぐ近いのに。
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夫婦で仲良く運営? [蕎麦宿]

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チェックアウトで廊下を歩いてたら、厨房の流しで女将さんがお皿を洗ってた。初めて見たぞ。
「お世話になりました~」と声掛けしたら、洗い物を手停めてフロントに出てきた。
「(お会計)初めてですね?」(ジャン妻)
ジャン妻のこの冷やかしに、女将さんがどんな反応したかは知らない。苦笑いでもしたんでしょうね。
大旦那は外にいた。
「女将さんが手伝ってくれるようになってよかったですね」(ジャン妻)
「と、とんでもなぁい!!」(大旦那)
「???」
「ウチのに、やれよって言っても、何でアンタがやらないのよ、って言われるからさぁ」
たまにならともかく、二人でいる時間が増えると力関係が如実に表れるようですね。
「私たちは同じ職場だって知ってた?」(ジャン妻)
「知らない。そうなんですか?」(大旦那)
「言わなかったっけ?」
「今初めて聞いたです」(大旦那)
「もう10数年になりますよ。こっちが経理で、私が〇〇〇・・・」(私)
「そうだったんですか。それってやり難くないですか?」
「私はやり難いって思ったことは一度もないな。だって公私混同だもん。コイツの上司の頭越しに、オイいつまでやってる、そろそろ帰るぞって言っちゃうし」
大旦那は「へぇ・・・」って表情だった。ジャン妻は反応せず、「若(息子さん)だったら、頼むワ、ちょっと出て来るからって言えるでしょ」(ジャン妻)
大旦那は否定しなかった。「何処へも行けないんですよ」ってボヤくの。女将さんだと逃げ場が無いのかもね。そういえば前回か前々回だったか、「今日はウチのがいないんでぇ」ってニコニコしてた時もあったぞ。
「それは邪推というものでしょ」
「・・・」
「夫婦仲良く運営してるんだから」
「・・・」
「そうは見えないって?」
「そんなことないさ」
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帰りの車中で。
「いつかは更級庵もベッドになるのかな」
「さぁな・・・」
「なったらなったで別にいいけどね」
「ベッドに慣れてると畳で寝るのがキツく感じるかもな」
「でも更級庵がいい」
「うん」
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蕎麦懐石に若干のアレンジが。 [蕎麦宿]

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蕎麦粥に、うずらの卵が落としてあった!!
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揚げ蕎麦が海苔で束ねてある!!
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骨もアタマも尻尾も完食!!
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夕餉を運んで来たのは女将さん。
これまで女将さん呼ばわりしていいのか憚りがあったが、〇職は引退されたそうです。もう宿の女将さんと呼んでいいでしょう。
また下郷町史料の話が出た。
「ごぉめんなさい〇〇さん。あれから編纂した人にも電話したんだけどなくって・・・すぐ〇〇さんに電話しようと〇〇さんの電話探したんだけど宿帳にみつからなくて・・・」
ウチの電話番号?20年くらい前の予約台帳見ないと無いかもですよ。
「予約の時にお電話番号お願いしますって最後に言われたの相当前ですよ」
もう10数年、電話番号も聞かれないし、宿帳にも記帳したことなんてないモン。
再度、史料を探してくれた労を謝した。そのうえでわざと聞いてやったの。
「そういえば、まだ〇職続けてるんですか?」
「ううん(首を横に振る)・・・〇月で退職したの」
「じゃぁこれでようやく宿の女将に専念できますね」って言ったら思いっきり首を横に数回振ったぞ。
「辞めてからゆっくりしようとしたんだけど。今は毎日、民宿、民宿、民宿、民宿ですよ。人生それでいいのかって・・・」
最後の語尾は自分に言い聞かせてるようでしたね。まだ若干の抵抗あるのかな。大旦那がいきなり前職を辞めて「辞めたから。民宿営るからって結果だけ告げられた」って憮然としてたからね。
「宿に女性って絶対必要だと思うけどな」
「男が気付かない部分ってあるからね」
まぁ〇職は尊敬される世界だし、相当な地位まで行かれたようだし、民宿の女将に抵抗あるのはわからないでもないけど。引退してもやることがあるってのはいいことですよ。
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宿は夜の帳に覆われた。
聞えるのは、かけ流しの湯の音、大川のせせらぎ、虫の音、短い本数で走る会津鉄道と踏切の音だけである。
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梅雨の蕎麦宿 [蕎麦宿]

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駐車場に滑り込んで宿の引き戸を開けたが、大旦那も若も宿に入り込んだ私に気付かない。若はドッタンドッタン蕎麦を打っている。
私は自分の家のようにズカズカ上がり込み、厨房にアタマを突っ込んで、
「ハロー!!」
「あっ」
大旦那はTV観てたな。
「すみません気付かなくて。どーぞいつもの部屋へ」
廊下を歩いて更級庵に行きかけたら外線が鳴った。若は蕎麦を打っているのですぐには出れない。大旦那は電話に出る為に厨房へ戻っちゃった。
なので今回は部屋への案内は省略!!

一呼吸置いてから、私は宿外観の撮影の為に出た際、大旦那が私に言うには、
「〇〇さぁん、結局、チョーシ無かったんですよ」
「銚子?」
「町史町史。前回言ってたヤツ」
「ああ、無かったですか」
その町史についての記事です。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-04-21
この史料には湯野上温泉界隈に2城あって小野城と白岩城という。おそらく県外の人で訪れた人はおろか、興味を持った人は私だけではないかなぁ。
白岩城は蕎麦宿の真向かいの山の何処かにある。更級庵の床の間にあった湯野上地図にも明記してある。
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私は調べていただいた労を謝した。
「ウチのもあちこちに当たったんですけどねぇ。何処にも無いそうで。スミマセンねぇ」
「ああいうのは図書館に行かないと無いかもね。若松市の図書館で漁ってみますよ」
大旦那はまだ諦めないのかという表情であったが、このマイナーな史料を会津若松栄町の會津図書館のHPで資料検索したらひっかかったのである。今回は若松市内には行かないけど、次回、麦とろに行く際は立ち寄ってみようと思う。
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囲炉裏の間1.jpg囲炉裏の間2.jpg
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「ねぇねぇ。見て見て」
「???」
「ゆ、って暖簾ができた・・・」
「・・・」
大型旅館の大浴場じゃなく、各部屋に付いてるんだけどね。
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雨が降って来た。
蕎麦宿には雨が似合う。
梅雨の時期、宿はそぼ降る雨に優しく打たれ、宿を取り巻く木々の葉に滴が溜まって落ちていく。
部屋から見上げる山々も濃い霧雨に覆われている。
部屋の中もやや薄暗い。
「点けていい?」
「ダメ。このまま」
本が読めないじゃないか。ジャン妻は既に眠る態勢である。
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BGMは雨音。敢えて部屋の灯りも点けないで過ごした。
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「台風の時に来たことってないよね?」
「ない・・・と思うな・・・」
船山やさらなら台風にぶつかったことがあるけど蕎麦宿で台風の日に来たことはないな。いや、湯野上祭りの日がゲリラ豪雨で、雷鳴がアームストロング砲のように湯野上一帯に響いたことがあるぞ。
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雨は夕方に止んだ。僅かに青空も垣間見えた。
「雨は上がった?」
「上がった。もうすぐメシだぞ」
「うん」
廊下からドスドス地響きを立てて歩く大旦那の足音が聞こえた。
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蕎麦宿の朝 [蕎麦宿]

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いつもの変わらぬ朝餉です。
「湯神の朝ごはんこそ理想の朝ごはん」(ジャン妻)
(だったら家でもそうしろよ)
今回、デザートといえるのかどうか、フルーツトマトの酸っぱいのが出ました。
「酢っぺぇなこれ」
頬に激痛が走ったよ。
「アナタこれ大丈夫?」(ジャン妻)
「ドレッシングも酸っぱい」
「これ、ドレッシングだけど、酢が入ってるね(笑)」
「す、酢!!」
おそらく会津南郷のトマトだね。南郷トマトの栽培は昭和37年頃から始まり、現在では伊南、只見、舘岩、田島、下郷といった南会津全域で栽培されている。
私は酸っぱいものが苦手。トマトは嫌いじゃないけど、ジャン妻はトマトが大好き。1月2月3月の平日は私よりもジャン妻の方が多忙で帰宅が遅かったので、先に帰宅した私はジャン妻が帰って来るのを待つ間、鍋のダシをとって、肉や魚や野菜を切って、味付けと下茹でぐらいはしていたんです。
帰宅したジャン妻は、「ああ、用意してくれたのね。ありがとう・・・」・・・それはいいけど必ず冷蔵庫からトマトを取り出して切って塩を添えてドレッシングをかけて出す。
「いつになったらお前の手料理が喰えるんだ?」
「アタシだって一品作ったモン」
たかがトマト一皿追加したぐらいで、アタシだって一品作ったもないモンだ。毎晩トマトが出るので私は飽きてしまい、露骨にイヤな顔をするようになった。
八百屋なんかでもトマトが2種類あると、「どっちがおススメ?」って八百屋に聞いてるからね。私は別にトマトが無くても生きていけるし。
八百屋さんの前でも平気で顔をしかめながら、
「またトマトかよ」
「・・・」
「もう買わなくっていいよ」
そしたら八百屋のオヤジが、「旦那さんトマト嫌いなの?」
「嫌いじゃないけどさ。毎晩毎晩トマトばっかり。トマトを単純に切っただけで品数増やそうとするんですよ」
私が普段食べてるトマトはそんなに酸っぱくない。「そこらで売ってる甘いトマトはホントのトマトじゃない。トマトってのは本来は酸っぱいんだ」って豪語したのは麦とろの旦那さんだったか、群馬の農家の人だったか。まぁそうなんだろうけどさ。
ドレッシングが酸っぱいのだ。トマトをこれ以上酸っぱくしてどーすんだつーの。
「まさかこのトマトのドレッシング、大分前にあった蕎麦の実の酢の物みてぇに大旦那が砂糖を入れ忘れたってことはねぇんだろうな」
「・・・」
今は無いがそういう料理が昔、あったんです。あまりに酸っぱくて、クビを傾げてたら大旦那がスッとんできて、「スミマセン、砂糖を入れ忘れました」って。
それきり出なくなった。
それにしても酸っぱいな。この宿に来て20年になるけど、初めて料理を残そうかと思ったモン。
「残しても・・・いい・・・?」
「ダメっ」
「・・・」
「食べなさいっ。トマトは身体にいいのっ」
ジャン母みてーなことを言いやがってからに。強引に飲み下し、口直しに余った味噌汁を飲み、緑茶をガブリ。
前のメロンとオレンジに戻してくださいよ~。
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宿を出る時、大旦那が、
「○○さん、あの本、一応これからも探しておきますワ」

蕎麦宿はHPを開設しました。
http://sobayado-yujin.com/
クリックすると、蕎麦懐石と客室の画像がドーンと表示される。
でも、プラン一覧頁をクリックしても、宿名と番地しか出て来ないのである。蕎宿湯神〒969-5206福島県南会津郡下郷町湯野上居平乙789-1
これだけ。
プランなんてないからね。もちろんネット予約なんていう設備投資もしていない。これまで以上にずっとずーっと電話予約だろうな。
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蕎麦懐石 [蕎麦宿]

今日のお客は2組、大部屋の松月庵から子供の声が2人ほど聞こえたぞ。子供が蕎麦懐石を喰らうとは、将来どんな大人になるんだろう。
女将さんがいないぞ。
「今日はウチのヤツがいないんで」(大旦那)
「お休み?」
「何かの会合だったかな。。。」
大旦那が去った後で私が悪態をついた。
「ははぁん。さては例の史料を探せなかったもんだから、もしくはド忘れしてたから面目なくて私の前に現れるのを避けたんだろ」
「・・・」(顔をしかめるジャン妻)
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「ビール」
「瓶ね」
「生もございますよ」(若)
「おっ、生いこうか!!」
「生は飲んじゃだめっ」
「何でさ?いいじゃんかよ。若もススメてくれてんのにさ」
「生じゃ居酒屋じゃないっ。宿では指しつ指されつなのっ」
「・・・」
「ええっと・・・では、瓶でお持ちしますね・・・」(若)
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乾杯の音頭は。。。
「昇進おめでとう!!」
「・・・」
ジャン妻はやや憮然とした。グラスを盛った腕が硬直してる。
「それかい?」
「他に何があるんだ?」
ジャン妻は〇〇年ぶりに昇進、一般部門では女性で初めて〇長に昇進した。
「逆に言えば〇〇年も塩漬けだったってことだよ」(ジャン妻)
「・・・」
ウチの社風はやや男尊女卑の傾向があるんですよ。男性=経営陣、女性は作業員みたいなね。その中で異例?の昇進です。これにはいろいろ裏話があるのですが、Upできる範囲でまた後日。
傍らで若は目を見開いている。何かいいことあったんですか?という表情である。若は稼業を継いだのだから昇進の重みとか、そういう世界はご存じないのかもしれない。
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もう過去に何回も載せたし、各方面でも紹介記事が増えてるので今更コメントの必要はないですが、いい意味での定番、マンネリ?ワンパターン懐石です。
変化が無いと思うか。いつ来ても同じものが食べられる安心感と思うか。私らは後者です。
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既に熱燗が来ていますが。。。
「蕎麦サラダにはビールがいいんだけどなぁ」
「じゃぁ生を一杯だけ頼んでいいわよ」
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「すみません魚が遅くなっちゃって」
「あれ?魚が来ねぇなって話してたんだよね。今頃どっかで釣ってるんじゃねぇかって。おっ、丸々と太ってるね」
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いつもの揚げ物.jpg
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「この後、お蕎麦ですが、大盛りになさいますか?」
「普通で。もう大盛りを喰らうトシじゃないよ」
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蕎麦湯と寝酒を持ってきて、「明日の朝は8時から・・・」
これで終わりです。もう明日まで宿の人の顔を見ることはない。19:30にはもう夕餉は終わり、厨房の方から片付け音が廊下を通して伝わってきて、いつの間にか静かになる。行ったら灯は消えている。
「湯神さんって、いつの間にか母屋に引き上げてるでしょう。あれは宿を営む上で理想のスタイルなんですよ」(船山温泉T館主談)
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蕎麦宿 [蕎麦宿]

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行って来ました。
行ったのは3月で、毎年毎年その冬によって、残雪があるかどうかビミョーな時期。
最初は浅草発の東武特急、スペーシア個室を押さえたんです。浅草まで乗車券&指定券を買いに行ったら、
「一か月前からなので、ご指定の日は明日から発売なんです」
「1日早かったか」
「ハイ、申し訳ございません」
「1日くらい何とかならんのか?」
「ハイ、申し訳ございません」
仕方がない。翌日に再度出向いたんです。昨日と同じ職員だったら何がしか言ってやろうかと思ったんだが別の職員さんだった。しっかり個室をGETした。浅草駅の地下はシウマイ弁当も売ってるし、焼き鳥屋サラダのお惣菜もあるし、個室内での小宴気分でウキウキルンルンになったのだが、いよいよ行く前の週になってジャン妻が、
「くるまがいいな」と言い出したのである。
「くるま??」
「雪、無いんでしょ」
「・・・」
「雪が無いならくるま」
「・・・」
「それに次の日は麦とろに行くんでしょ。2泊するんならくるまの方がよくない?」
「まぁそれはそうだが」
この時点で私は、くるまで行くなら2日めの日昼に何処を散策するか決めた。あそことあそことあの場所と・・・。どれもマニアックなものばかり。
オhントはジャン妻は2月の雪の時期に行きたかったみたいですね。
「2月はお前が忙しかったんじゃねぇか」
「、あぁそうだけど・・・」
では浅草駅に行って返さなきゃならない。俺は浅草駅に2回足を運んでるんですよ。
「3回も足を運べってか?」
「いついつの午後、半休で美容院予約してるから、その足で駅に行ってくる。ゴメンね」
「しょーがねぇなぁ」
返却したそうです。
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次に思い出したことがある。
前に行った時、蕎麦宿の女将さんにあるものを探しといてねってお願いしたんです。
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これは会津下郷町教育委員会発行の小冊子。ご存じの方もいるかと思いますが蕎麦宿の女将さんの本職は教職なので、その関係にツテがあるだろうと思って、在庫ないかなってお願いしたのよ。
こういう本は市販なんかされてないですよ、若松駅前の岩瀬書店にもないだろう。
私は2011年に、(一)中妻館とと、(三)九々布城には行っています。(九々布城は登り口だけ。)
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前から気になってたのが、(六)白岩城と(七)小野城。
(七)小野城は蕎麦宿から見える小野岳のどこかです。湯野上温泉唯一のコンビニ駐車場に立つと、小野岳の右下辺りに住宅が見えますが、その辺りか、会津鉄道のトンネル上にあったらしい。
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(六)は全くわからない。蕎麦宿の傍にある踏切からもう一つ湯野上温泉駅側にある踏切を白岩踏切といってそこから吊り橋で川向うに渡り、塔のへつり辺りまでが白岩です。蕎麦宿の向かいにそびえたつ又見山の中腹の何処かにあるらしいのだ。
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私は戦国期にこの湯野上一帯を誰が領したのかが知りたいのね。田島の長沼氏の被官らしいけどね。
前回行ったのは確か昨年の7月だった。それっきり、あったとも無かったとも何も言って来ないのは宿側も、どーせ私らはすぐ来るだろうと思ったか、完全にド忘れしてたか。
若に電話したのよ。「馬刺しお願いね」って言った後で、「前に行った時、女将さんに、この本無いか探しといてって。それっきり音沙汰無いんだけど」
「???」
若は何のことかわからなかったらしいが、自分の母親が何か頼まれたらしいのは通じた。
「言っておきます」
宿に着いたら大旦那が開口一番、「○○さぁん、あの本、無いって」
「無かったですか・・・」
「あの本を書いた人がもういないか、施設に入っちゃってるかもって」
施設に入っちゃってる?著者か研究者はもうご高齢になっちゃったのだろうか。
そうか。無かったか。残念。
「あれは何かに使うんですか?」(大旦那)
「ええっと・・・」
答えに窮した。
「自分がいる場所、お世話になってる場所に昔あったものに興味があるんです。何でもいいんです」
「ふぅ~ん。ああいう本は初版だけで増版はしなかったみたいですね。町史とかに載ってないですかね。図書館に行かないと無いんじゃないかって」
「でも下郷町に図書館なんて無いでしょ」
別にバカにしちゃいないのよ。
「無いですね」
「田島町にはあったけど」
「でも、まぁ、誰か持ってないか探してみますが。。。」
ってことは今まで探してなかったのね。忘れてたのね。

だけど、大旦那、痩せたな。
「何かスッキリしたね。前はもっと太ってたからね」(ジャン妻)
この辺りを若に聞いたら、健康診断で云々って言ってたから、何かひっかかったのかもね。
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無けりゃぁしょーがない。
気を取り直して湯に入ろう。脱衣所に棚があるぞ。
「床も張り替えたみあいね」(ジャン妻)
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今は火を入れない囲炉裏部屋には座椅子があった。
座椅子が・・・.jpg
確か初訪は平成7年だから、もう20年になるから、ところどころ修繕してるんだね。
「儲かってるってことよ。いいじゃない。修繕が儲かってないとできないんだから」(ジャン妻)
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コメント(2) 
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