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グンマから呼び出しが。。。 [風景]

会社の行き先ボードに「グンマに行くぜ!!」と書き殴ったら、私が出た後で、私と長年ソリの合わないオンナが周囲に聞こえる声で、
「また〇〇さん(私のこと)こういうことを書くっ!!」
言いながら消したそうである。
ジャン妻に向かっても「旦那さんに注意しといてください」と言い放ったとか。いつもいつも生意気なオンナめ。お前はまだグンマを知らないと言ってやりたいぜ。
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ただいまぐんまちゃん。
また来るハメになったのです。12月初旬です。
ただいまぐんまちゃん.jpg
駅西口コンコースに直結した新しいビルは高島屋よりエラそうだ。
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OPAオーパというのですか?
北関東で最大のファッションビルを謳うOPAとは、オリエンタル・パーク・アベニューの略だそうです。
http://shutten-watch.com/kantou/15
OPAへ誘う1.jpg
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飲食店も11:00スタートで23:00閉店(ラストオーダーは22:30)とある。高崎の個人飲食店は11:30OPENの店が多いし、開店時間になってもまだ開かないマイペースな店が多い。そんなのんびりしてるとOPAにお客が流れちゃいますよと言いたいね。
でもこのビルでランチをしようという気にはならなかった。

今度の正月のだるま市も駅西口駅前通りで開催か。
少林山とは決裂したままなのかな。
今年の達磨市は.jpg

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デッキを下りて徒歩で西口の商店街を歩く。
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私が平成24年にこの地に来て、最初に入った居酒屋がこれです。最初にボトルを入れた店でもあります。
刺身が極端に少ないのに驚いたものです。
下仁田ネギのパスタ、他、肉系がイケますよ。
でも来て最初の頃は都落ち気分でややブルーだった。この街で生きようと決めたのは、ロツレ、月輪、酒悦七、浜潮、亮さん他を知ってから。
そしたらこの店に足が向かなくなってしまった。
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あ、上州山賊麺大大坊が何故ここに?
通町から移転したきたのだろうか。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-06-02-1
美味しいけど小さい店でね。スープがトテモ少ないのです。この店ケチだなって思ったモン。
でも11:30なのにまだOPENしないんですよ。
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酒悦七の前に立つ。
今宵は来るかも知れない。来ないかも知れない。八幡か七か、確率は五分五分。
「七に行きなさいよ」(ジャン妻)

転勤が解けた平成25年3月30日の夜、翌日は帰京する私たちの為に地元の方たちが送別会をしていただいた店はお休みだった。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-04-20
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もう時効だから書いちゃいますが、白銀町のこのビルにはレンタル会議室があって、よく会議で利用したものです。
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浜潮のマスター&女性は何処へ行ったんだろう。
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高崎市の某行政に向かう途中、この昭和食堂でランチ。後で掲載します。
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10月は群馬に来れず。無理矢理に来た11月末の出張は業務内容的には現地の部下(草6号)に任せられる簡単なもので、ボリューム的にもたいしたことがなかった。
他の案件(本庄市&前橋市)と併せて日帰り工程も可能だったのですが、そこを1泊する為に強引に出張申請したのが昨日までの記事です。
その業務終了時の自己満足度は低かった。やはり仕事というものはある程度の難易度とボリュームが無いと達成感が得られないものなのだ。
こっちの社員に誰とも会わなかったし、あまり天気もよくなかったので、曇り空そのままグレーな気分で帰京した。もう年内はこれでラストかなって。
「もうアナタは群馬の担当じゃないんだから」(ジャン妻)
「・・・」
「静岡の子たちに入れ込んでいるクセに」
誤解を招く言い方を。平等に接してますよ。

だが。。。
12月に入って現地のEという社員から連絡があった。
Eは過去に何回も登場しています。

「会って話したいことがあるんだけど」という友達調子のメールが来たのです。
仮にも私は上役だぞ。
「長くなるので電話はいいです。いつ来れますか?」
これ、原文のままです。いつ来れますかったって。。。
どうも穏やかではなさそうである。何かあったのか。
現場部門の頭越しに行くのはマズイのでその方面にスジを通そうとしたが、私が出向くことについて本社の現場部長はさして興味の無い態度であった。面倒くさそうに、
「Eさん?あのうるさいオバさんですよね。わかりました。Eのガス抜きだけお願いします」って。
ガス抜きだけねぇ。
Eはガスタンクじゃないけどね。
あくまで話を聞くだけで、Eから何を言われてもその場で私は決定しないという条件でOKが出たのです。

ウチの管理部長も怪訝そうに、
「???何で〇〇さん(私のこと)に言ってきたんですか?」
上申する流れが違うのではないかと言いたそうであった。
確かにその通りで、私はもう群馬の担当でも何でもないのだから。
なのに未だに私に言って来るってことは?
「連中は単にアナタに甘えてるだけよ」(ジャン妻)
私は管理部門長に向かって「アンタたちより自分の方が向こうの連中に馴染まれてるんだよ。信用されてんの」と豪語したかったが、それを言っちゃぁ相手の小さいメンツを潰すことになるから言わなかった。
「さぁ。何でですかねぇ」ってトボけた。
「面談だけで出向くと目立つので、〇〇さんの本来の業務のついでに立ち寄ったから、のような感じで行ってきては如何ですかね?」
私の本来の業務のついでなら行っていいよと。

数日経ったらEは焦れたように「いつ来るの?皆、待ってるよ」
「皆って何人いるんだ?」
「アタシとぉ、Aさんとぉ、Tさん(聖なる酔っ払い女)とぉ、Sさん」
4人も??全員が平成24年赴任以来の連中だが、徒党を組んで私に何を言いたいのか。
「4人とも同じ内容か?」
「アタシとAさんは話が被るけど、TさんとSさんは別件だと思う」
という訳ありでやって来たのです。面談は今日の午後です。何をギャーギャー言われるのやら。まぁ聞いてりゃいいんだから楽さ。で、行ったら、面談する場所は現場の休憩室なのですが、そこのテーブルにこんなものが置いてあった。
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Eがいて「食べていいわよ」
「いいよ。要らないよ」
傍らにいたT(聖なる酔っ払い女)が「〇〇さん(私のこと)の為に買って来たんですよ~」
わ・ざ・わ・ざ・買いに行ったのか。
私を餌付けしてるつもりか。
「食べながら待っててくれる?もう少ししたら全員が昼休み終わるから」
その間ボリボリ食べてたのですが、さすがに全部は喰わなかった。半分残して輪ゴムでくるんで置いといた。
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そしたら聖なる・・・が、
「お持ち返っていいですよ」
「持ち帰りぃ?ホテルへかぁ?」
この餌付けの代償というか、見返りは当然要求された。面談時間は3時間半に及び、社員の愚痴、不平不満を聞きなれている私もバテてしまったのだよ。
4名のうちでひとりめの聖なる酔っ払い女と、ふたりめの話はたいした内容ではなかった。
くだんのEの話は「アタシの一身上の都合で、他県への異動願を出したいがそれは可能ですか?」というもの。
あとひとり、最後の4人めが問題で、案の定自身の給与待遇についてだった。お金の話ですよ。
「何とかしてください」と1時間以上に渡って切実に訴えられたが、私はオーナーじゃないし、お給料に不満な社員には「だったら他社へ行けば?」な人なのですが、本社の部長たちから「聞くだけでその場では結論づけないでください」と言われてるのでその場では言わなかったけどね。

最後の子の不満は群馬特有のもので都内では絶対に通用しない。キーワードは、①群馬はくるまが必須、②土地が余っていて安い、③郊外にマンションが無く家を建てやすい
詳細は今は伏せますが、この①②③については群馬通の私にしてもこれまで気付かなかった点だったのである。これに④世間知らず、が加わるのだが、①②③を群馬の特に校外・平野部の問題点としていつか取り上げたい。
でもそれを本社の執行部に理解を得ようとしても無理なのだ。

結論出せず(出すなと言われたのもあって)私は現場を後にした。聖なる酔っ払い女が高崎までくるまで送ってくれた。
「確かにあの子の希望はかなわないと思います。でもかなわないまでも、群馬の子たちはこういう思いを抱えてるのを東京本社の人にわかってほしかった。だから呼んだんです」
平成24年に赴任した時は親元にいた小娘だったのが、5年6年経って諸事情が変わったということ。
「変わったなアイツ。前はあんなこと言ってこなかった」
「・・・今夜は何処で飲むのですか?」
「う~ん・・・そうだな・・・」
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ぶらり [風景]

アタマが重い。
飲み過ぎたか昨夜。
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旭町の路地を歩いているところ。
弓町の交差点を渡ると、私が1年住んでいた小さい羅漢町。
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高崎駅近くをくるまで走っていると、交差点で信号機が青になってスタートしてもすぐ先の信号が赤になるので、なかなか一気に走り去ることができない。
道路を拡張したことで横断する歩行者への配慮なんだろうけど、歩行者はあまりいないですよ。
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私が1年間だけ住んだマンション。
左手には移転前のうさこのCafeがあった。
これがその頃のCafeです。
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現在の同じ場所です。うさこのCafe跡地は幼稚園?保育園になっている。
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江戸吉寿司。
アスリートでもある旅人の惑星さんが打ち上げる寿司屋さん。
正面から見ると焼津のどんた久にそっくりな店構え。
赴任が終わり、東京に引き上げる前に1度だけ入った。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-04-12
私は滅多に寿司屋に行かない人でして、寿司屋より居酒屋に足が向くのですがネタはよかったですよ。
外見に似ず妙に腰の低い店主で「お待たせしてごめんなさい」をやたらと繰り返すんだよな。店主ひとりで握る割りに客数が多いから。
「(群馬県)知事さんは『私は高崎市が好きなんですよぉ~』って言いながら江戸吉寿司でベロベロになってる」
「そりゃ高崎の票が欲しいからだよ」
のような会話を飲み屋で聞いたことがあるよ。
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私が停めてた駐車場の一画。
稀に間違って江戸吉寿司のお客が停めたりするので、寿司屋の中に入って「誰かウチんとこに停めてないか?」聞く為だけに入店したことが2~3回ある。

この道を歩いて事務所まで通った。
ロツレ(現在はワインバー・ルケ)、少し右に少し入った路地に月輪、現在のラのロがあります。
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この電柱がゴミ出し場所で、私とうさこが家庭ゴミを出していた。飲んだ翌朝バッタリ会ったりしたものですよ。
わずか1年だけとはいえ私は高崎城下町に、いや、城内に住んでいたのです。調べたのですが、平城の高崎城には木戸が7つあって、羅漢町口にも木戸があったそうです。

葉っぱに覆われつつある味一味。。。
ゲストのチエさん、もと田舎娘さんと初めて飲み喰いしたんだった。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-02-18
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店主も料理も雰囲気も豪快で餃子が美味い。この店の餃子を食べると水商売の女性が出勤できなくなるという。
何故か転勤が解けてからは足が向かなくなった。
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よく利用した洋食系の亮さん。
ここはステーキ、パスタ、カツ系の揚げ物、サラダ、ピザ他、料理が秀逸。
あまり混まないのが不思議。駅から遠いからだと思う。
ここでも転勤が解けて引き上げる前、チエさん呼んで別杯を挙げたな。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-04-08

アーケードに向かって交差点を渡る。
この洋菓子屋さんも取り上げたことがあります。笑ふ女にケーキをあげたの。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-03-20-3
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店内にCafeスペースもあるのですが喫煙可なのです。ケーキ屋さん、洋菓子屋さんで地元の婆さんたちが吸う煙草の煙にケーキが燻される光景は異様だった。
過去記事に登場した「笑ふ女」は現在新しい伴侶を得たので最近は遠慮してこちらからは連絡しなくなった。
10月半ばに一度電話があって「だ、だ、誰に聞いていいかわからないので〇〇さん(私のこと)に聞けばいいかなって。ぶふふっ(笑)」
「それは私に聞くんじゃなくて・・・」
・・・の後は担当部署に回したのですが、群馬担当の草の者・6号の成長もあって、近年ようやく私から「親離れ?」しつつある。
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平成26年の大雪でアーケード天井が落ちてしまい再建中の工事現場。
市は全面的に改装する計画だが、そうなると今あるディープな世界が真新しくなってしまい、健全な街になる代わり、立ち退く店も出て来るだろう。
でもテナントが老朽化し、火事が発生したりしたので、工事の動きは加速するかも。
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見上げたら梁が太い。
「アーケード2階もテナント入るの?」
「いえいえ、1階だけですよ」
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梅ふくの路地、まだ眠っている。
もーちゃんは昨夜も20時以降、ベロベロだったに違いない。
「でもどんなに酔っぱらっても翌朝はちゃんと起きて仕入れに行くんですよ」

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田じま食堂の跡地。
川崎の丸大ホール食堂のミニ版だが、クセ、アクが強い客ばかりだった。
店にグダグダ集っていたアクの強い老人たちは何処へ行ってしまったのだろう。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-04-07-6

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ニュー田じまも撤退してしまったようだ。あまり入ってなかったからね。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-12-13
私の部下といっていい草の者6号はニュー田じまのデカいアジフライを今でも懐かしんでる。閉めちゃって残念って。

激シブ食堂の三好。
この店はさすがに入る気にならなかった。Bスポサイトに詳しいです。
http://www.b-gunma.com/miyoshi.php
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アーケードを抜けて行政へ向かう。

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すみれ食堂。高崎の食堂にしては珍しく完全禁煙の店。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-03-23
あ、値上したね。前はラーメンが350円だった。
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すみれは再訪したので後日取り上げます。
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そういえば。
この城にいずれ、この子が来たんだっけ。
だがその滞在期間は短かった。(続く)
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藤枝イルミ [風景]

冗談TALKも交えてようやく信頼関係が構築されてきた静岡の某現場の女の子が、
「〇〇さん(私のこと)今日も藤枝にお泊りですかぁ?」
「そうだよ」
「(静岡)市内じゃないんだ?」
「(ホテルの予約が)取れなかったのもあるんだけど、市内に泊まると明日のアサイチの為に早く起きなきゃならないから」
「いいですね藤枝」
「???」
「今の時期だとイルミネーションがありますよ」
それは知っている。昨年もあったし。
この子は登場しています。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-08-14

「お家でもイルミするんですか?」
これからの時期、各家々でも小さいイルミを点灯させる家ってありますよね。
「私はしたいんだけどね。ウチの(ジャン妻は)は12月22日が誕生日だから、クリスマスよりアタシの誕生日を優先しろ、ウチにクリスマスはない、あれは商業戦略に載せられてるだけだ、って言い張るからさ。ハロウインの時もそんなこと言って全否定していたな」
「ああ、そうなんですか。だったら奥様の誕生日優先ですよね」
「お、おくさま?(笑)自分は世界中が優しくなれるクリスマスが大好きなんだけどね。家でイルミもやってみたいし」
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「意外と藤枝って呼び込みが多いんだよ」
「声かけられるんですか?」
「それがさ」
「???」
「一度も声かけられたことない」
「そうなんですか?」
私は新宿でも新橋でも、呼び込みに声かけられないのです。
かけてくるのは高崎の銀座アーケードだけ。
イルミをウロついた後、ホテルに戻るまでも声かけられなかった。避けてるんです。
「何でですかね?」
「さぁな・・・」
「もしかして・・・?」
「???」
「同業者と思われてるんじゃ?」
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彷徨い [風景]

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この街に還りたい。。。
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藪塚の石切場跡 [風景]

どなた様かは存じ上げませんが、朝早い時間から見て下さってありがとうございます。
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さて、キリのいい7月31日で上州プチシリーズ在庫一掃を済ませる予定だった。
8月1日からは通常ネタに戻そうと。私は記事数とカレンダーを照らし合わせてそこまで拘るのです。
安中市内の自動車に乗った観音様の翌日にブラウザがオカしくなって。それを1話入れたらシメのこの記事が8月1日にズレ込んでしまったというワケ。
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太田市の北、藪塚温泉街。
平日だからか客が見当たらない。地元群馬ナンバーのくるまが時折通り過ぎるくらい。
藪塚温泉の成分は炭酸水素塩(HCO3)だからこないだ載せた安中市郷原の井戸と似たようなものか。シュワシュワしているか塩気があるか。
泊まりにきたわけでも湯治に来たのでもないです。ホテルふせじまを目の前にして左折、細い道を上がり、T字路を右折して坂を下り、その先にあるものを見に。。。
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入口2.jpgこの辺りにくるまが数台停められます。
舗装はされていませんが砂利が敷き詰められた敷地がある。
その辺りに人家が1軒だけあって、その先には勝負沼(新田軍と北条軍が闘った?ホントかな?)でドンつまりになる。
イノシシ捕獲用の檻があった?あたりまえのように置いてあった。
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森へ誘う獣道の入口に、こんな表示がありまして。
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石切場跡??
私はそこへ徒歩で向かいます。探検心にワクワク。
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木々が生い茂って先が見えないがそれほど歩きません。
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途中の三叉路。表示を見たら石切場まで100m足らず。これがゼロ1桁多かったら引き返したかもしれないが。
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あ!!
立入禁止のトラロープが。
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石が崩れてるのだろうか。いや、足場が悪いのです。丸木や板が敷き詰められているが、湿気でポコポコに腐っていて途中に穴も開いており、踏み抜きかねない箇所がある。
暑さ、湿気もジャングルを思わせる。その先に岩を手掘りで切り開いたような迷宮への入口が見えてきたぞ。
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高さ30mもの巨岩の壁が四方を取り囲んで垂直に切り立っていた。
これは人口建造物ではない。石材を切り開いた跡なのです。
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さきほどの入口の斜面にあった解説板から引用します。ダラダラ長いので途中、改行します。
『今から凡そ二千年前位に多くの火山活動によって堆積された軽石凝灰岩が地殻の変動で隆起し各地に露出したものが藪塚石となった。
この薮塚石は明治の中頃から小規模に採掘をしていたが、明治三十六年より薮塚石材株式会社が創立され盛んになり始めた。
質はやわらかく細工もしやすく価格も安かったので、建築物の土台や塀、熱に極めて強かったのでカマドとして発売された。
大正二年に東武鉄道が敷設されると、販路も関東諸府県から長野県に至るまで藪塚石の名は広まった。
当時労務者は三百五十人位であった。しかし藪塚石の最大の欠点は水に弱く、中に小石がある事、層に割れ目が多い事などで、同質の大谷石と比べ多くの人件費がかった。
質に於てだんだん嫌われていった。そして、現在各所にこの様な大きな採掘跡を残して昭和三十年頃に閉山のやむなきに至ったのである。』
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薮塚石材株式会社社長は葉住利蔵という人。この人は慶応2年(1866年)生まれだから世は戊辰に突入する直前だった。
実業家です。太田町商工会を設立して初代会頭。明治31年(1898年)に新田銀行(現在の群馬銀行)を設立して頭取に就任。利根発電を設立して太田に電気を引っ張った。
そして明治36年にここ藪塚石を量産採掘する藪塚石材株式会社を設立して、切り出した石材を運ぶ人車軌道、藪塚石材軌道の免許を取得。これが太田軽便鉄道を経て現在の東武桐生線になる。
私が立つ周囲を覆う巨石には無数の筋が刻まれていた。これらは石工たちの手によるもの、手斧によるものだろうか。だとすれば長く見積もって明治36年(1903年)創業から昭和30年(1905年)閉山、その間50年に渡って無数の石工たちが打つ、切る、砕く音がこの森の中に木魂していたに違いない。
藪塚石は火山灰の堆積によるものという。
では何処の火山か。赤城山かな。
火山灰でできた岩に火山弾や小石が混じってたので大谷石に破れ去って消えていた。現在は森の中に打ち捨てられた巨岩の壁が残るのみです。
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どの面を向いても石の壁に圧倒される。
屹立した岩壁上からモンスターやクリーチャーが覗きこんだりしそうだ。魔界の迷宮に迷い込んだ気分がする。
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この洋画のようにいきなり壁が動きだしたりしないだろうか。
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確認していませんが、隠し砦の三悪人、仮面ライダー鎧のロケ地にも使われたとか。
予告編から。ロケ時には足場はしっかりしていたのかな。
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更に奥へ行こうとしたら足がズルッと取られた。
ドス黒いヘドロ状態だったのである。ベチャッとしたヘドロに足を阻まれた。
あ~あ、また靴を汚しちまったよ。ジャン妻に「何処をほっつき歩いてたの?」って責められるな。
そこから先は雨水がたまって水たまり、浅い池になっており、そこで何かが動めく気配がした。
何かがいる。
突如、それは撥ねた。
太いヘビのようなものがジャンプしてポチャンと落ちた。それも2匹。連続してピョン、ポチャン、ピョン、ポチャン。
カエルだろうか。だがその生物は前足後足が無かった。エイリアンのチェストバスターの黒くて長いヤツだった。ヘビ?まさかツチノコ?
この石切り場の水たまりにいる何かの生物については他サイトでも触れていた。。
http://www.xn--b-qfu4au7hq634c7ydh29d.net/o2.html
確実に何かがいます。
後ずさりして引き返した。彼らは私を闖入者と思って威嚇したのだろうか。
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ここは整備されていない産業遺産、産業廃墟といっていい。
立入禁止のトラロープが無ければ誰でも見れるが、足場を含めて今後、整備されるかどうかはわからない。
行かれるなら自己責任でお願いしますよ。
http://ons.or.jp/publics/index/13/
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くるまのある場所に戻った。
広場になっている。炭火を炊いた跡がある。
ここでひとつの疑問符が湧いた。切り開いた石を藪塚駅までどうやって運んだのか。
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現在の東武桐生線の前身、藪塚石材軌道は明治36年(1903年)藪塚石材株式会社設立から5年後、明治42年(1908年)に設立されている。
太田停車場(現在の太田駅)~両毛線の大間々停車場を結んで、藪塚石を運んだ。
馬車鉄道を目論んだが、その頃、免許を取得しやすかった軽便鉄道法による人車鉄道に変更して、石材運送と併せて旅客営業も行った。藪塚温泉への湯治客だろうか。
東武鉄道の資本も受けてたので、1913年頃にお定まりの譲渡と相成り、蒸気化に併せて軌間(レールの間)も変更した。それまでは単線で、現在の治良門橋駅(西慶寺辺り)に交換施設があったらしい。
石切場から藪塚駅までは距離1kmあって徒歩だと15分くらいかかると思う。駅まで人力で運ぶ非効率な手法で運ぶだろうか。
もしかしたら、石切場の入口まで、引込線が敷設されていたのではないかい?

下写真は現役時代の藪塚石材軌道です。
藪塚停車場か太田停車場かわからないのですが。
下のサイトからご承諾を得て拝借しました。
http://yamada.sailog.jp/weblog/
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太田市史料から。
大三章・変革期の太田の三、交通の発達に藪塚石材軌道の項があったが、そこには、
「明治36年(1903)に設立された藪塚石材株式会社を発展継承した藪塚石材軌道株式会社が設立されたのは明治41年で、東武鉄道が太田まで通じたのは翌42年のことである。藪塚石材軌道は資本金6万円、社長は葉住利蔵である。太田・藪塚間にトロッコ専用レールを敷き、藪塚本町や強戸村大字西長岡村などから産出した石材(藪塚石)を運搬した。それは現在の東武桐生線藪塚駅のやや太田寄りの場所(現藪塚本町西野)から太田への勾配を利用した人車軌道であった。現治良門橋駅や鳥山の西慶寺付近では上り下りが交換できるよう複線になっていた。通常は人力で石材の運搬を行っていたが、呑竜様の開山忌などにはトロッコを祝幕で飾り、また幌をかけ、女性や子供を乗せて運んだ。」

帰途の藪塚踏切です。
非日常的空間から日常へ戻ったところ。
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石切場の奥にいたあの異生物は何だったのか。
撥ねて落ちた動作がまだ脳裡に残っている。
巨大な石の壁に囲まれた迷宮にいた証拠に私の革靴には迷宮でつけたヘドロがこびりついたままだ。北関東自動車道波志江PAのWCで洗ったが全部は落ちなかった。そのまま帰京。くっついたままお持ち帰りになった。
革靴の泥を見たジャン妻の表情は。。。
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Hail Storm [風景]

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上り東名を快走中です。
ちょこんと載ってる2匹のマスコットは「さらの木」夜記事http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-01-30で登場済みのプチ(プチペンギン。スズメではない。)&ヴィー(TOYOTAVISTAで貰った)が定位置でドライブの御守。
彼らを載せてから無事故な私です。違反はありますけど。
(昨日半休取って運転免許更新しました。だんだん裸眼がキツくなってきた。)
東名1.jpg
昨日Upしたヘンな十割蕎麦屋の30分後です。蕎麦屋の上空はまぁまぁ青空だったのに、吉田ICから入ってしばらくしたら空模様がアヤしくなった。
静岡県が如何に東西に広いということですが、焼津ICを過ぎた辺りで前方に何か降っているような。
何だあの黒いカーテンは?
雨か?ゲリラ豪雨?
このまま進行方向に揺れている黒いカーテンに突っ込まざるを得なさそうだが。
前方にイナヅマが光った直後。。。
何だ?.jpg
黒いカーテンのその正体は雨ではなかった。
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バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ
フロントガラスとボンネット、くるまのボディ全体に衝撃音が。
雹(ヒョウ)だったのです。
大量の小石を浴びたような衝撃。直径5mm以上が雹でそれ以下が霰(アラレ)だそうですが。目視で見るところ5mmぐらいだったと思います。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ。。。バチバチが鳴りやまない。ボタ雪と違ってフロントガラスやボンネットにぶつかっても溶けず、バチバチ弾き返されて路上に飛んでった。氷の玉がコロコロ転がってるのが見える。
私の前後左右を走るくるまが一斉にハザードランプを点滅させて50kmに減速した。
室内の温度を上げて曇りを消した。
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バチバチが続いている。時折大粒が混じっているのか、フロントガラスからボンネットに落ちる際に、トントン音がした。
なんなんだこの洗礼は。俺が何かしたか?何かの苦行かよ。
逃げ場はある。日本坂PAがすぐ左手に迫っている。左車線のくるまはそっちへ退避せんと逸れたくるまもいた。
この時に即座に左にチェンジングレーンすればPA退避は可能だったが、PAへ退避してそこでじっとしてても、そこへデカい雹が落下したらフロントガラスが破損するのではないか?
それにこういう時に限って傘がない。PAに入っても売り場内に避難する過程で私のアタマにぶつかった雹のせいでアタマ怪我しないか?流血したりして。
デカい雹はガラス窓を割ったり、傘やビニールハウスを突き破ったり、土より上の野菜の葉を穴だらけにしたりするが、雹そのものでケガをするよりも、雹が割ったガラス破片で怪我をすることの方が多いらしいが、雹で流血したら笑い者になるは必定である。
バチバチ音は物凄いが、さすがに車の屋根を貫通することはない。フロントガラスは家々の窓ガラスとは違う安全な割れ方をするそうです。でも不慣れな女性ドライバーだとパニック起こす人もいるそうですね。
さてどうするか。バチバチ雹は長時間降らない。群馬にいた時、西毛の何処かで突然雹に出くわしたが、私が運転する進路が逸れたら止んだものです。
でも今雹を降らせている積乱雲と私は東方向に向かっている。雲の流と並行して走ったらどちらかが左右に(南北に)逸れない限り、ずっとこのままのバチバチ状態が続くのではないか。
そんなことを考え考えじっと耐え忍んでハンドル握ってたらレーンが増えた。前方はワイパーで退ければ見えるのですが、サイドミラーがよくみえなくなってきた。
この先の日本坂トンネルは左右に分岐する。しばらくしたら私の右に上り右ルート車線が加わった。日本坂PAへの退避区間は過ぎてしまった。
日本坂1.jpg
バチバチバチバチトントントントントン。。。
バチバチはフロントガラス、トントントンはボンネットを叩く音。雹は降り続いている。
嫌がらせのようなものである。しつこいったらありゃしない。
前方に日本坂トンネルの坑門が見えてきたところで閃いた。
あのトンネルは東名で最も長いトンネル(全長2380m上り線左ルート)である。長を幸いトンネルでこの嫌がらせのような雹を追い抜こうというもの。
台風のニュースでよく聞くのは「時速およそ30kmの速度で東へ向かっております・・・」・・・こっちがトンネル内で速度を上げたらいい。100km以上のスピードで2380mを走れば追い抜けるのではないか。
日本坂トンネルが貫通している山々を焼津アルプスという?その山々が雹と積乱雲を多少は遮ってくれるのではないかと。
トンネル抜けてもまだ雹が降ってたらシャレにならないけど。
トンネル内にパトカーいたりして。
日本坂2.jpg
行くしかないのでトンネルに入ったと同時に追越レーンにチェンジしてスピードを上げた。トンネル内は車線変更禁止・・・じゃなかったと思う。
速度メーターは130km。
日本坂トンネルは上り4車線、下り3車線の計7車線。昭和54年(1979年)、日本坂トンネルでは当時の下りルート(拡幅工事後、現在の右ルート)で、173台の自動車が炎上(7人死亡)というトンネル事故最大規模の現場でもある。それが脳裏に浮かんだりした。
トンネルを出たらまた雹が降って渋滞しているのでは?そういう危惧もあったので、抜ける直前に減速して前方を見た。
順調に流れているのが確認できた。
トンネルは1分足らずで抜けた。走行距離(2380m)/走行速度(時速135km)/1000×60×60=65.9秒です。
抜けたら雹は無かった。小雨になっていた。その先は薄曇りで射している日の光も言える。
だが背後から雹が追いかけてきてるかも知れない。背後を振り返らず、その先の清水JCTで、東名よりもっと長大トンネルの多い第2東名に逸れて帰京した。

帰宅してから机上で雹のメカニズムを調べてみたら。
積乱雲の中には水滴があり、そのまま地表に落ちてくれば雨なのですが、上空に寒気があるとそこで氷粒になります。
その粒は下降するのだがまだ小さくて軽いので、積乱雲の強い上昇気流の為に地上まで落ちてこないで、積乱雲の中で上昇下降を繰り返します。
その間、雹にどんどん水滴が付着していく。雹粒が大きくなっていく。
最後に上昇気流が重さを支えられなくなって地上に落ちていくという始末の悪いもの。
雪は風情というものがあるが、雹はウルさいだけである。
メカニズム.jpg
(この図はソネブロのさるBlogからお借りしました。)

この一連の写真をジャン妻に見せたら、
「高速に入った時は晴れてたんだがな」
「何これ?あ、雹だったんだ。ガラス傷つかなかった?」
「それは大丈夫だった」
「運転中に写真撮ってるんじゃないっ!!」
「・・・」

くるまの御守、プチ公はチビのクセに鼻高々である。
「オイラのおかげで無事だったんだい」とでも言いたそうである。
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[右斜め上]
明日からUpするさらの木で。
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彷徨い [風景]

羅漢町。5年前に1年間住んだ町。
旧中山道に面して、酒場とマンションと区画整理された新しい住宅が混在する静かな街だった。
羅漢町.jpg
住んでたマンション隣のお寿司屋さん。
寿司屋1.jpg
このデカい寿司屋は外観が焼津のどんた久にそっくりである。
でも1回だけのご縁で終わった。私は寿司屋に食指が湧かない人なのです。だって寿司しかないじゃん。(そんなことないのかな。)
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-04-12
どうもこれが旧中山道らしい。
旧中山道.jpg
このワインバーになる前の店主の料理が秀逸で、この街に長くいたいと思うようになった。
バーになってからは入ったことがない。
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今はワインバー2.jpg
その店主は場所を変えて同じ界隈の一画に新規OPENしている。
まだまだ味も腕も落ちていなかった。伝説は健在のようである。
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2つの店の位置関係はこう。
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ジャン妻が「ボケママの店」と呼ぶ天然ママの居酒屋はマンションの1階奥にある。
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6000円のお会計で1万円札を1枚渡したら、五千円札1枚と千円札1枚を渡されたことがある。
5600円のお会計で10000円と600円を渡したら5400円の釣銭を戻そうとしたり。
「よくあれで商売やってる。絶対お客に会透けられてる」(ジャン妻)
でも都落ち気分で塞いでいた私を癒してくれた。お客さんがいい人ばかりでしたね。
いい街だと思い直し去りがたくなった。
2つの店の位置関係はこうです。
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3店舗の位置関係はこう。
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繁華街でなく、閑静な住宅地でご近所どうしなのです。

店主は声の大きいラガーマン。お客のオーダーが自分の声に負けてしまいオーダーオチがよくあった焼き鳥屋。オーダー確認して洩れてるのがわかった時だけ済まなそうに身体とお声が小さくなる。
具が殆ど無いドロッドロのソース焼きそばが絶品だった。この店のおかげで私の中で脳内革命が起き、焼きそばの概念が変わったのである。
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この通りにレンタル会議室があってよく利用した。
青く光る看板に名前が変わる前の不動産屋さんから羅漢町のマンションを紹介されたんじゃなかったかなぁ。
担当者から「1年で解約したりされないですよね」って聞かれ、賃貸交渉に長けるジャン妻がその時期は「それはないと思います」と答えている。
でもきっかり1年で去ることになってしまった。

銀座中央アーケードや柳川町とは別に、私はこの通りが高崎西口でもっともアブない通りだと思っている。
中途半端に人がいるのからである。
一度、アヤしいドラッグをヤッている若者の群を見たことがある。
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羅漢町の西、田町。
CoCo壱隣にあった浜潮が突然閉店してしまった。
今年の2月半ばに新店舗がOPENした。
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浜潮の跡2.jpg
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お任せコースだけのようですね。
まぁその方が気楽な場合もあるけどね。
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浜潮の店主、女性スタッフの消息は今日まで聞かない。
おそらく同じ空の下にいる筈。元気でいて欲しい。
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この店も大事な店だったな。
串カツ、ピザ、大根のステーキ、パスタ。
日本酒は全くといっていいほど置いてないです。
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「酒悦七には行ってるんですか?」(ラのロ、店主)
「今年はまだ行ってないんですよ」
ラのロ店主は、酒悦七の店主は俺が教えたんだ~といふ。ホントかなぁ。
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上州を去る前夜に歌いまくった店。
歓迎会が送別会になった不思議な夜だった。
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これは寿司懐石らしいが、未訪のまま終わったね。
この店は未訪.jpg
お世話になった魚屋さん。
覗いたら店主も女将さんもまだまだ元気そうだった。いきなり去ってごめんね。
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ASLIの近くも毎日のように歩いたのだが、店内の画面をカラオケと勘違いして素通りだった。
ご縁ができたのは上州を去ってからのこと。
店内は俗世から離れた不思議な空間です。
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住んでたマンションの前にあったうさぎCafeは椿町に移転した。
現在は保育園が建っている。
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この交差点を右に曲がった細くて暗い路地に現在のうさこの店がある。
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あ、閉まってやんの。
まさか廃業しちゃったかと思ったらそうではなく、(水)(木)連休にしたらしい。
休みかよ.jpg
上州の定宿ですが、どうも最近スタッフの質が落ちた。特に男性。
最近質が落ちた.jpg
今年になって、ノーネクタイ、無精髭、ノーネームプレートで接客されたので、
「髭ぐらい剃れよっ」
ウチの社員はそういうの御法度なので叱りつけちゃったですよ。失礼だってね。
明日明後日とお世話になるけど改善されてなかたら怒るよ。
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彷徨い [風景]

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彷徨い [風景]

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Lakeside Jurassic Park [風景]

群馬県は東を除いて山々に接しているから、そこを源流に平野部へ流れる水が多いです。
でも自然の湖は少ない。有名なのは榛名湖ぐらい。
中禅寺湖?あれは栃木ですよ。
首都圏の水瓶だからダム湖が多かったりする。他は平野部にある灌漑用の沼とか。
群馬県の湖沼データです。↓
http://www13.plala.or.jp/gunmanotabi/jb-kosyo.html
富岡市妙義町に大桁湖という人造湖がある。
県や市のデータから。湖面の面積は0.14平方km??どれだけの量かわからないが、湖の周囲は2kmほど。
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このダム湖は発電ではなく、灌漑、貯水というよりも、大桁山の麓から流れ出す大桁川の下流への洪水対策、調整湖の意味合いが強い。砂防ダムなんですな。
船山温泉の敷地内を流れる船山川はやたらと堰堤があるがダム湖はない。大桁湖は思い切って上流を堰き止めちゃったんですな。
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これから行くところは、安中市内から松井田方面へ抜けて、松井田妙義ICから上信越自動車道に入ろうとして道をわざと間違え、妙義町に入って南下、妙義CCの更に南の山奥にあります。下仁田町との境に近い。説明し難いので地図で見てくださいな。
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妙義町を初めて走りました。
途中で見た妙義の雄姿です。
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ダンプが走ったりします。途中で大桁湖方面への一本道に入ると、山を下って来るくるま2台とすれ違った。この辺りはもう大桁山の中腹に入っている。

駐車場は私のくるまだけだった。他は停まっていなかった。
無人の休憩所がある。管理人がいるのかどうかわからない。荒れてはいないので定期的に人が立ち入っていると思います。
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公園化された湖畔の散歩道に下りてみる。
ワカサギが釣れるそうですが。誰もいない。
ホント誰もいないね。来ていい場所だよねここ?
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静かな湖面です。鏡のようだ。
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ゴジラの背中のような妙義が見える。
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湖周は整備されて足場は悪くない。
私は釣りに興味の無い人間ですが。マイボートの乗り入れ禁止。凍結時の氷上釣りも禁止だそうです。
湖に沿った散策路を先に歩むとその先にあるものは・・
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ゲッ!!
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あ!!レックスもいる!!
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レックス1.jpg
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だいたい何でここにこういうものがあるのか。
ここは観光地なのかな。
妙義山が見えて、景色がい場所プラス、リアルな恐竜がいるのに人がいないんです。
いるのは恐竜たちと、私だけ。
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左足.jpg
出迎えてくれたのは2頭の肉食恐竜だった。
ティラノサウルスもディメトロドンも結構リアルな造りではある。
だけど何で君たちはここにいるのかい?
ここでずっと佇んでいるのかい?
誰かが訪れるのを待っているのかい?
最初は、「どうだ驚いただろう」とでも言いたげな目をしてたが、すぐに慣れて、「お前たちなぁ。初めて来た人は見てビックリするだろうけど。その時その一瞬だけだぜ」と心無いことを囁いたら2頭とも寂しそうな目になった。遊んで欲しいのかも知れない。
ナイトミュージアムみたいに夜になったら動きだしたりして。
中に入れる?.jpg
口から火でも吹きそうである。
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私は2頭に、「じゃぁな」と声掛けして踵を返した。
(ディプロドクスもいるそうだが気付かなかった。)
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クマ情報です。平成25年10月にこの公園でクマが目撃されたとか。
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社で、「群馬の魅力って何ですか?」と聞かれたら、「B級スポットが多い」と返すようにしているが、あまり詳しく説明すると怪訝な表情をされる。
群馬スネークセンター、太田藪塚石切り場跡、碓氷峠の鉄道施設遺構、岩鼻火薬製造所跡、柳川町旧赤線地帯、上越線モグラ駅土合、ブラジルタウン大泉町、日本のポンペイ鎌原村、南牧村の人面石、伊勢崎華蔵寺公園遊園地の大観覧車、太田市某所の焼きそば丼、渓流魚専門店・魚籠屋、永井食堂、徳川家発祥地、高崎炭田跡、日本プロレス終焉地・吉井町体育館、富岡製糸場二町通り遊郭跡、大胡城と隣接する何かの廃施設、
他、廃墟の数々。。。
幾つかは私も行きましたが探せばまだまだありそうです。これらに混ざって、恐竜たちが今にも動き出そうに屹立しているこのパークもそれらB級スポットに数えられてよかろうかと思います。
帰りに撮った妙義の雄姿を。
妙義の雄姿4.jpg
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「何よこれは?」(ジャン妻)
「・・・」
「またこんな場所に」
「・・・」
このジュラシックパーク、正式名称は大桁緑地公園といいます。
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彷徨い [風景]

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今回は勝手が違いました。
被写体が少ないのです。たまたまこの日はそうだったのかも知れないですが、営ってる店が少なかった。
数が少ないだけにアヤしい灯の店が目立ちましたね。
私は初めての夜の街でいきなり店に飛び込んだりせずに、しばらく店の向いに立ってその店を出入りする客の客筋を見てチェックするのですが、店に出入りする人がそもそもいないのです。殆ど誰にも出逢わないからチェックしようが無かった。
ある店の目でじーっと立って見てたら、その店の隣の人家から家人がこっちをじーっと見てたりする。アヤしいヤツが立ってるって警戒されたに決まってます。警察に通報されるのもバカバカしいのでその場を立ち去りました。
灯より建物の黒い壁ばかりです。人も歩いてないし。前から歩いて来た女子高生が私を避けて反対側の歩道に移ったりするし。
背後から走って来た自転車に乗った女性が、振り向いた私を見た途端にスピードを上げて追い抜いていったり。
街並みに並び立つ家々の中では人の生活の息吹があるのだろうけど。眠りにつくのが早い街なのだろうか。
ウルトラセブンのフック星人、プロテ星人でも出てきそうでしたね。
伝馬町の先にある安中市役所谷津庁舎まで歩いてそこから先は店が無いと判断して引き返し、ホテルの前、碓氷川クリーンセンターの信号から今度は安中自動車教習所方向へ下り、知人女性から紹介された店へ向かって歩いたのですが・・・。
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彷徨い [風景]

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彷徨い [風景]

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千人隠 [風景]

高崎市街から西に目を向けると、観音様が屹立する丘陵が南北に連なってるのが望見されます。
その丘陵の向こう側に何があるか。地図を見ると丘陵に分け入る県道が3つあって、東から203号線、南の吉井町から伸びて来た171号線、西から伸びてきた49号線が上奥平という地で交差している。
3本の県道は丘陵に開発されたゴルフ場への連絡道路でもあるので、その辺りはそこそこ整備されているが、奥へ分け入るほど道幅が狭くなる。
もちろん途中に集落もある。地元の人しか走らない生活道でもある。
私は平成24年の在住中に3つの県道を完全走破したが道に迷ったのが最初だった。その後、今日まで何回か走ったがまぁ一部区間の走り難いこと。
県道171.jpg
途中にドライバーを安心させるかのように、←安中市、高崎市→、の表示があるにはあるのだが、特に203号線と171号線は狭い箇所や急カーヴが多く、セダン車では厳しい。
夏場は緑の木々に光が遮られ見通しが悪く、急カーブにあるミラーに葉っぱが付着してミラーの体を成していなかったり。
走行中、誰ともすれ違わなかったこともある。たまにすれ違うのは営業の軽自動車、農家の軽トラばかり。地元の人は結構トバすんですよ。
道は雨が降ったらちょっとした河川と化す。台風明けには崩れて倒れた竹が転がってたりもする。
でもそこにも生活がある。1時間に1本より少ないが、コミュニティバス(ぐるりん?)も運行しているようである。
3つの県道から更に枝分れした生活道や林道があって、そこにも忘れられたような場所に小さく長閑な集落があったりする。
上奥平の風景.jpg
その辺りに何があるか興味本位で調べてみたら、乗附城、後醍醐天皇の孫の尹良親王伝説、洞窟観音、富岡製糸場の稼働燃料だった高崎炭田跡・・・これは興亜炭田他複数あったらしく、産出したのは石炭ではなく亜炭らしい、あまり知られていない坂下温泉、徳川氏旗下・奥平氏発祥の地、エミューが脱走した辺り。
高崎市でありながら秘境と表現したら在住者にお叱りを頂くかもだが、余所者の私から見たらそう見える。
吉井町から171号を北上して、奥平を経てその奥の狭い箇所を経てT字で右折、203号に入って最初の左折箇所にこんな表示がある。
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千人隠?.jpg
千人隠?
そこの案内板には。。。
「雁行川上流にある高さ20mあまりの砂礫(サレキ)岩層が深くえぐられている。
2万5千年前に日本列島が海に沈んだ時に、海底火山からの噴出物、陸からの砂や泥が積もりこの地層を作った。
地学に関心のある人が一度は訪れるこの地は、天明3年(1783年)の浅間山噴火の時に、降灰を避けた地元の人々が多く逃げ込んだといわれる」
解説板のある分かれ道から1kmほどらしいので行ってみた。
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一気に狭い道で下り坂になる。でも集落がある。
中には近年建てられたかのような真新しい家があったりする。
街中の喧噪から逃れ、ヒッソリ隠れるように生活しているのだろうか。
途中にはお定まりの看板もある。
「産業廃棄物棄てるな」
「地元の生活道なので大型作業車は迂回してください」
「林道は30km以下で走行・・・」
「付近に住宅あり」
「発砲注意」
発砲??
猪でも出るのだろうか。こんな大きい罠?檻があった。
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この辺りで窓を開けてゆっくり走行してたら、
ポォン!!
銃砲による発砲音がしたのですよ。
熊は出ないが猪や鹿は出るらしい。
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雁行川に沿ってぐんぐん上流まで上ってみると、ドン詰まりで幅広のT字路に出ます。
左折は高崎自然遊歩道。右折は林道が更に伸びているらしいが、林道や作業道は地図に載らないのもあるし、抜けられるかどうかわからないので要注意。
そこの鴻ノ巣2号橋の袂に、「千人隠れ入口」の札、標識があった。
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標識の脇に土を丸木で固めた階段がある。
完全に封鎖されていない。この先を見に行くなら自己責任で行きなさいという雰囲気である。
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ソロソロ下りていくと、右手から雁行川の水面が見えてきた。足場がイマイチ。
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今を盛りと鳴くセミの声
川のせせらぎ。
深緑から零れる陽射し。
その先、藪蚊を払いながら木々のトンネルを歩くと、立ち入り禁止の札とえぐれた岩場が見えた。
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立ち入り禁止.jpg
千人隠れは断崖の下の隙間のことらしい。
説明板にはこうあった。
「戦いに敗れた大勢の武士が難を逃れて隠れたり、天明3年の浅間山爆発の時は、 近くの人たちが降灰からのがれてここに集まったりしたと いわれています。ここにいれば他の所から全く見えないので 「千人隠れ」と名付けられたのでしょう。下を流れる川は雁行川の上流で、 「高麗蛙」(こまがえる)というカジカガエルが生息しています。」
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隠れた武士とは?
南朝方の後醍醐天皇の孫の尹良親王(ユキヨシ、コレナガ、タダナガ、タダヨシ)が、北朝方に負けて逃走した時にこの断崖下の窪みに隠れたと。
兵が千人隠れることができるというので、千人隠れと呼ぶようになったとも。
尹良親王という人は存在そのものがアヤしいと書かれたのを何かで見たが、来年の大河の舞台の遠州井伊谷で生まれたともいう。その人は20年に渡って各地を転戦して北朝に抵抗したと。そんな高貴なお方が、この千人隠からほど近く、観音山に連なる尾根に郭を点在した寺尾中城にいた。
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寺尾中城が北朝方に攻められ陥落して、兵ともどもこの崖下に隠れたのだろうか。
でも細かいことを言うと千人はとうてい無理!!
見える範囲内だと隠れられる人数は数十人といったところでしょう。
水が流れているから(雁行川)携帯食料さえあれば何日かは生存が可能かもですが。
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千人隠2.jpg
さすがに岩下の窪みには入らなかったが、見上げてみて気付いたのは砂岩なんですよ。崩れ易そうなの。
あちこちに礫岩もある。摩擦係数が低そうなのだ。
近年で崩れた形跡はないようだが。深入りしないで引き返した。
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ここは観光地ではないです。
その道の研究者さんにとっての学術資料。
見学不適な箇所です。自分の責任で見に行ってくださいね。窪みの下には絶対に入らないようにお願いします。
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海抜91m [風景]

高崎市内でレンタカーを借りた時に、営業所のアンちゃんが、
「申し訳ありませんがこのくるま、ナビがついてないんですよ。大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ナビ要らないモン」
「え??」
「あったらあったでいいけどさ」
「道に迷われたりしません?」
「しないよ。妙義、榛名、赤城(私はこの時、左、中央、右、上毛三山の方向を人差し指で指している)、3つの山が見えればそれに対して自分がどこにいるかわかるよ」
へぇ~っと驚かれたものです。自分は向かう方向によって三山が左右どっちに見えるか、前方に見えるか、後方にあるか、それでだいたい判断できます。
群馬県は区政を敷いてないが、私の公用先は市の中心部の外れで、山を意識してその市まで行けば何とかなるのです。
でも道に迷ったことが無いわけではない。伊勢崎市、太田市の平野部で迷ったことがあります。山が無いから。
赤城山に雲や靄がかかって見えなくても北関東自動車道なら行き先表示があるから迷うわけないが、下りて一般道に入り、東西南北の平野部で迷ったことがある。
東西に走る場合、地図で見ると利根川があるが、山と違って川は見えないので。一般道で東西南北どっちに向かってるのか、道が斜めったらわからなくなった。今は大丈夫だが。
太田市には金山城のある新田金山が目立つが、伊勢崎市にはこれといった山が無いようで。
でも山が無いわけではない。伊勢崎市内から県道68号線で上武道路へ向かう途中、豊城町というところに山があるにはある。
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八寸権現山といって標高91m、100mない山。平野部との比高も21m程度しかない。マンションだったら6階程度だろうか。
権現山の周囲は住宅地で、山は家々に遮られ、遠方からでもどこに山があるのか、事前に方向を知らないとわからないくらい。
私は登山家ではないしその方面の嗜好もあまりないが(山城は別だがもう体力的に引退)、この群馬でいちばん低い山に登ってみた。ちょっとした登山家の気分。
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人工的な山ではなくそこにもともとあった自然の山というか丘で、お椀を伏せて上から叩いて潰したようなカタチ?
現在は山全体が公園になっていた。
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山らしい山じゃないので、昭和25年の頃にこの山(丘?)を切り崩して宅地開発しようとした。現代の大型重機で開発したらこれくらいの規模の山なら山ごと無くなってしまってもオカしくないが、掘ったらいろいろ出てきて学術調査せざるを得なかったとか。
今は抹消登記したが、ジャン妻の父(私の義父)は不動産経営者だった。開発途中の大型物件ではいつも何かが出てこないかの懸念が付いて回るという。土器とか住居跡とかである。そういうのが出て来ると、開発を中断して学術調査に入らなくてはならないそうで。
「出たかぁ。出たのかよぉ」
「出ちゃったんですよ」
事務所でそういう嘆きの会話が飛び交うという。この権現山から何が出土したのかわからないが、30ほどの古墳の集合体になって開発は停止された。
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地元の人が歩いていた獣道をそのまま拡張したような登山道。10分かからずあっという間に登頂してしまった。麓から100mちょいの短い登山道でしかない。達成感は全く無いがそれでも登山には違いない。
山頂からは伊勢崎の町が見渡せるが、上から見下ろすという感じでもない。如何にこの名前の付く山が低いかわかるというもの。
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山頂にもこんな標識がある。やはりれっきとした山なのである。
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群馬県でいちばん低い山だそうな。。。
でもこの山、伊勢崎市が2005年(平成17年)に何処かを吸収合併する前は、市内で最っとも高い山だったというから笑える。合併した地にここより高い山があったらしいのだ。
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呟きⅠによく登場したキャラで登山が大好きなキャラ(女性)がいます。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2012-12-19
山に登らないとイライラやストレスが溜まりんだと。昨年から管理職から下りてしまったのだが、40過ぎてから山仲間の男性と入籍した。
山小屋で雑魚寝してるウチに情がウツったのかも(ヘンな意味ではない)。その女性が、
「妙義にノボリマシタ」
「ええっ」
「アブなくなかったですよ」
「妙義ったら上級者コースだろうがよ」
「〇〇さん(私のこと)は群馬の山に登らないんですかぁ?今でも時々群馬に行ってますよねぇ?」
私は群馬へ遊びに行ってんじゃないぞ。
「妙義も榛名も赤城も遠くから見てるだけでいいんだよ。岩櫃山は途中(本丸)まで登ったけどな」
「ああ、サナダですねぇ」
私は山城を見に行ったのであって、登山とも言い難い。登山グッズに身を固めた訳ではないし、日頃のダークスーツ姿に革靴の散策なのだ。
他にも何人か人がいたが本格的な登山装備を着用していた人はひとりもいなかった。(アタリマエである。)地元の人?ご隠居の爺さんばかりだった。
でも、群馬でいちばん低い山に登ったぞ。これって登山??
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さて、明日明後日は高崎祭りです。
私は多忙で行けないですが、皆さん楽しんでくださいね。
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彷徨い [風景]

今日は多忙でして。
やっつけ記事・・・記事ともいえないですがいつもの写真集です。
紀尾井を出て、無機質ホテルオークラに戻る途中、駅チカの繁華街を離れて彷徨ってみました。
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これが噂のおでん街なんですね。
ハンペンのフライ、あるかな~。
タルタルソースはないだろうな。
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萌える丘の正体 [風景]

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私、ビョーキかも知れません。
いえいえ、診察や服薬が必要なビョーキではないです。何のビョーキかと言いますと病名も無いのです。
それじゃ何もワカランてか?
そりゃそうだ。今日の船山史家はヘンです。いや、ヘンなことを言って(書いて)います。自分がそのビョーキに気付いたのはこの神社なんですよ。
これは上州太田にある無名の神社ですが(もちろん名前がある筈ですが)、神社ではなくこの神社の裏です。
夏場だと草ぼうぼうでそのまま通り過ぎてしまったと思います。年明け寒気が南下する前の頃です。
天気快晴で雲ひとつなかった上州特有の青い空のもとに、自然地形なのか人工的なのか、それほど比高差の無い丘があったと。
私は行き過ぎたのですが、Uターンして神社境内にくるまを滑り込ませました。
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本堂の裏に廻ってみたら山を若干削って建っています。脇に土塁みたいなのがあって本殿を囲うようにしている。
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何でしょうねこの丘?
周囲が平坦で、ここだけ丸く盛り上がってるんですよ。人工的なものでしょう。
物見の丘かな。かつてこの辺りにどういう勢力が分布していたのかわからないのですが、寺社勢力を取り込んだ物見の丘かと。
私はそう思い込んでしまった。北方からの敵を監視する為のもの?農民が監視してた場所かなと。
本堂右脇に上り口があったので登ってみました。
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グルッと周囲を見回してみた。
木々に遮られてますが植林は後世のもののようです。
物見だった当時は眺望が良かった筈。こういう場所に置かれる哨戒兵は目のいい者が選ばれるのです。
くるま社会の土地柄ですから麓の道には誰もいない。周囲の住宅地からは私は丸見えです。酔狂なヤツが黒いスーツに革靴で神社裏の丘に登ってるのがミエミエでしょう。
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周囲を見渡してみた。
ちょとした物見、哨戒の気分です。
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この時、私は上州の人事上の問題を抱えていて、荒んでないまでもやや気鬱だったのですが、この丘に登って四方を見渡す・・・なんてことをしたらちょっとしたブレイクになりました。気が晴れたのです。
丘から下りて改めて思ったのですが、ではこの丘は何なのかと。境内に説明板も無いのです。社務所もあるのはあるようだが常駐していないらしい。
神社の裏にそこだけ茶碗飯のように盛り上がってる丘。ここが山の峰だったら狼煙台だが・・・。
後で調べてみたんですよ。そしたらこの丘の正体は、
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古墳でした!!
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上州はやたらと古墳の多い地域で3万年前の旧石器時代からヒトが住んでたといいます。私がヒマにも登ったのは発掘調査もされたれっきとした古墳だったのです。
直径35m、高さ9m、平坦面の頂上部は径10m、前方後円墳(帆立貝のようなカタチ)だとしたら二段で全長58mで五世紀後半のものという。
誰が埋葬されていたのかはワカランですよ。この土地の有力者でしょう。こういうのを墳丘というそうですが、南側は神社の社殿建設で壊変されています。
高崎市の山名、安中市の・・・ナスビの近くにもデカい古墳があるのは知ってたけど、私はさすがにそっちの世界・・・古代史までには踏み込まないです。ただ、私がこういう土盛を見て「???」と思うのは、これまでにそれほど急峻でなくとも山城や丘城(平山城)、平地の館を見て廻り、白亜の建造物なんかよりも土で囲われた縄張りの美しさに惹かれて来たからでしょうな。
私は建物はおろか石垣なんかにも興味が湧かないタチでして、その代わりに土塁、小口(虎口)、堀切、横堀、段々になった自然地形だけでもいいのです。そこが藪になって見難かったり、空堀がゴミ捨て場になってたりすると眉をひそめますが、それは近づいて間近で見た結果なだけで、電車の車窓からでも神社のある段々地形や建設中の造成地を見て「おや?」と思う時がよくあるのですよ。
ナワ~ルド峠おやじさんの峠写真を見て自然に近い掘削された峠道が堀切に見えてしょうがなかったりする。
こういうヘンなビョーキ、癖(ヘキ)に染まったのはここ2~3年ほどで、遠方から森、山のカタチ、雑木林、段丘を見て、「あれはもしかして?」と勘が働くことがあります。的中確率はそう高くはないが、そういうのが好きな人ってそういう感性が磨かれるそうです。
私がビョーキというのは、そういう土の塊を見て萌えてしまうんですな。良く言えば心が落ち着くんです。セラピーといっていいかも。
土の高まりを見て女性の曲線美を連想するとかではないですよ。
さすがに造成中の残土とか、川の堤防とかは近代的なものなので見ても何とも思わない。あくまで自然地形か、何かの跡に限ります。
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でも古墳はお墓ですからねぇ。
古代史は難しくて私もサッパリです。不遜にもズシズシ登ってしまったが、そうだと知ってたら登ったりしませんよ。埋葬されてる方、お許しください。癒してくれてありがとう。
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上州平野部は雪国ではないの巻 [風景]

これから出張がチョイチョイ入るので、記事のストック数を増やしました。
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この写真は今年の1月、旅人の惑星ショウさんと飲んだ日の朝にショウさんが送って来たもの。
2014年ほどの降雪量ではなかったのだが。
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この後、上州から東京本社に1通の稟議が起案されてきた。
内容は、先月1月に降った雪の量では現地社員(女性9割)の細腕での除雪作業が厳しいので、除雪機の購入希望があがって来たのである。除雪車ではない。コンパクトな除雪機。
現在は統括責任者の伊東甲子太郎が訳あって長期不在で、代行している東北出身のM村という上役がそれを受けた。
「〇〇さん(私のこと)これって必要ですかねぇ?」
「ああ、上がって来たんですか」
除雪機はピンからキリまであるが、ハンディタイプより大きく、小型で女性でも扱いやすいと謳ってあるタイプだった。購入金額は1台10万を切る程度。それを上毛、西毛、東毛で各1台ずつ。計3台で30万前後。
M村は必要性を判断できないらしい。首都圏のリーダーから意見を募ってる。でも首都圏の連中だって適格な判断下せないので、東京で最も上州を知る私が割って入ったわけです。頼まれた訳じゃないですよ。上州への援護射撃ですな。
M村は首を傾げてる。
「今回の雪はたまたまでしょう。そうそう降るんですか?」
M村の言うことはまぁ正しいけど若干理解が足りない。2014年の雪はもっと凄かった。M村は2014年の夏頃に登場したから2014年のドカ雪を知らない筈。ただ、東北出身者なので、この程度の雪は見慣れているらしい。
「高崎前橋伊勢崎の平野部は普段は降らないですよ。寒いだけです。ですが沼田から先や安中市の西部、下仁田みたいな山に近い側は・・・」
「降るんですか?」
「降りますね。高崎市内で晴れてるのに沼田から先は雪」
「・・・自分、東北出身なんで、そういうのに慣れてるのもあってこういうのが必要かどうかわからないんです」
「そうですか。弁護するなら群馬ってドカ雪に慣れてないんです。普段は寒いだけで降らないですから。雪対策も除雪車も無かったし。2014年のドカ雪の時はウチの社員出勤できなかったですからね」
これはその2014年2月の豪雪時、現地の社員が私宛に送信して来たもの。
くるまが埋もれてます。前方後方から見るとかまくらみたいになっていたという。
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前橋で70cm超。群馬平野部では明治29年以降で観測史上最大の積雪量だったこの時は私宛にメールや電話がバンバン来たね。出勤できないのが10名ほどいた。(今年1月の雪では3名)
「家から出れないよ~」
「家のドアが開かないんです」
「家の前の道が道じゃなくなっちゃって」
「無理して出たら雪を巻きこんでくるまが故障しました」
雪が止んだら止んだで、
「雪かきって時間外手当付くんですか?」
「雪で出勤できなかった場合って有休扱いですか?」
「雪かきで前身筋肉痛なんですけどこれって労災扱いになります?」
防災無線で外出禁止令が出された地域もあったからね。
家の車庫(ポート)が倒壊。
ビニールハウスが押しつぶされた。
高崎の銀座アーケードは崩落。
松井田方面の国道でくるまが立ち往生して走行不能。
コンビニに物資が届かず品薄続く。
住宅地に車が乗り捨てられ、緊急車両や除雪車が入れない。
群馬県内の鉄道、バス、高速は全てストップ。
酒悦七なんかさっさと休業。浜潮には魚が入らない。
新聞が2日配達されなかった家があった。
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「こっちで天気予報を見ると前橋と水上の積雪量が表示されるじゃないですか。あれは群馬県内で平野部の県庁所在地と山側、代表的な2箇所を示しているだけですからね」
「でも平野部で数10cmセンチも降らないでしょう?」
「20cmから40cmくらいかな。足首以上膝下以下。2014年は平野部で70cm」
「それくらいなら自分たちの力(人力)で充分ではないですか?」
「土地の広さが格段に違います。首都圏の現場なんかいいとこ30坪か40坪でしょう。あっちは二束三文の土地価格とは言わないが何処の現場も最低100坪あるし、駐車場もダダッ広いから女の子の人力だけでは厳しいと思いますよ」
「・・・」
「止んだ後がタイヘン。降った日の晩までに除雪しないと夜から未明にかけて凍ります。雪が溶けたら冠水状態だし」
「現地社員はくるまのタイヤは?」
「ノーマルです」
「!!!」
「だって普段は降らないんだからさ」
「・・・」
「凍結はしますけどね。峠道もあるし。」
「・・・」
「普段降らないで寒いだけなのに降るとドカッと降るからタイヘンなんです。だからこういう稟議が上がって来たのでしょう。ただ、私の知る限りでもドカ雪は2年か3年に2回程度です。除雪機を購入しても稼働しないで倉庫で眠ってる期間の方が長い訳でさ」
「・・・」
「日々メンテナンスせにゃならんでしょうな」
「行政はどうなんですか?」
「雪国じゃないから除雪車は少ないです。重機が動きます。大病院とかの公共施設には除雪車や重機が入るでしょう。2014年のドカ雪の時は市街や住宅地に乗り捨てが多くて動けなかったらしいですけどね。でもさすがに予算組んだみたいですよ。上毛新聞にも過去の教訓を活かしてとか何とか載ってましたね」
出典のもとになった上毛新聞です。
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購読してるんじゃありませんよ。新聞はここで見ました。
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「でもそれって優先順位があるから地元の有力者にコネでもあれば優先して入ってくれるでしょうけど、ウチみたいに東京から進出した民間会社にすぐ動いてくれないでしょうな」
私の説明を聞いたM村はまだ迷っている。費用対効果を計算してるに違いない。いや、ホンネではこの稟申を却下したいに違いないと踏んだ。
私も除雪機購入の仕方に疑問があって、上毛、西毛、東毛、1台ずつの購入では意味がない。エリア別になっているだけでエリア内で複数の現場共有になってる。それだと現場同士で奪い合いになるか、作業が終わった段階で誰かが次に運ばなくてはならないだろう。
この時、あくまで参考意見として具申したので結論は出ていません。思ったのは、上州を雪国だと思ってる連中と、関東圏だから都心に降雪が無ければ降らないでしょうという2者あるんだな。
前者はおそらく高崎を素通りして、草津、我妻、水上、山でスキーか温泉入って雪景色を堪能して来た人たち。
後者は単に現地を知らないだけ。東京と一緒くたにしてる。
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群馬の平野部は普段、雪や災害の少ない場所であります。平野部は雪国ではないですよ。雪国は草津、水上、あっちの方です。
災害に強い群馬ではなく、今まで災害が少なかったんですな。
その後、どうなったか知らない。昨日は春一番で暖かかったし、どっかの小料理屋のボヤキ大将が言ってたように、「群馬って雪に懲りてないです。喉元過ぎれば忘れるってヤツでさ~」で終わっちゃったかも知れない。
さて、旅人の惑星ショウさんが雪景色の写真を送付して来た日のこと。。。(続く)
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Wander [風景]

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一連の写真は私が愛した上州玄関口の夜の光景です。
平成27年最後の出張を終えて帰京する前に、私は現地社員のリーダー格3人に言った。
「私と知り合ってから来春でまる4年だぞ。いつまでも何でもかんでも私に言って来るんじゃない」
「えぇ~・・・でもぉ~・・・」
「取り敢えず私に言えばいいやって思ってるだろ?」
「う・・・うん」
かわいい連中だよ。今後も何かあったら誰よりも私が助けてあげたいさ。でもそれを続けるとコイツら成長しない。都内神奈川他の連中と差がついてしまう。
私は少しだけ心を鬼にした。
「う・・・うんじゃないのっ。今までホイホイ受けてた私もマズかった。もう来年からは何か事が起きたらその問題の内容を吟味して、自分らで解決できることは解決しなさい。内容によって何処の部署の誰に言えばいいか考えてからその部署に廻しなさい」
「・・・」
「今のままだと私と知り合った4年前と変わらないじゃないか」
これが効いた。連中は不承不承頷いた。
言ってしまったな~。これで来年以降は上州へ来る回数は減るな~。連中の為とはいえ、私も一抹の寂寥感は拭えない。
でも上州が、この街が、自分の第二の故郷であることに変わりはない。
故郷はたまに戻ってくればいいのさと、振り切るように帰京した。
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彷徨い [風景]

今宵も真っ直ぐホテルに帰れない弱い自分がいる。
自分に言い訳しながら、誰かのせいにしながら歩いている。
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どの路地を歩いても
どの角を曲がっても
「きっと誰かに会えるさ・・・」または「誰かに逢えるかも・・・」
そういう気がするんです。
住んだのはたった1年でした。今でも「還りたい・・・」
そう思ってます。
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Summer AND Lightning [風景]

今日は忙しく慌ただしいのでショート記事でご勘弁を。
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外回りしてたらアヤしい空模様。
私のいるところだけにわか雨の予感。ゴロゴロ鳴ってるぞ。
そのうちアタマにポツポツ、大粒の雨が落ちて来やがった。
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こういう時に限って傘が無いのだ。止むのを待つしかない。
私以外にも何人か、ビルの軒下を借りて雨宿りしてる。何人かは待ちきれず脱兎の如く飛び出していったが、私は防ぐもの(髪)が無いんだよ。
コンビニも無いのだ。でもにわか雨に見舞われる度にコンビニでビニール傘を買ってたら家の玄関が傘だらけになっちまう。
カバンを頭上にかざそうか。でも私の安カバンは薄くて軽い材質なの。カバンの中には濡らすといけない大事な預かりものが入ってるのだよ。
どしゃぶりになりやがった!!
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なかなか止まない。私の日ごろの行い、発言が悪いせいだろうか。
雨宿りできる喫茶店なんかも近隣に無さそうでじーっとここで待ってるしかない。
雨宿りしてるビルの入口スペースに、「当ビルに御用の無い方は立ち入りをご遠慮ください」云々ってある。守衛さんでも現れたらそこは勘弁してもらうつもり。
にわか雨に見舞われたのはここへ来る前に現場の女性から問い合わせがあって、それに長々時間を取られてたせいだっ。(すぐ人のせいにする。)問い合わせ内容?しょーもない内容ですよ。そんなん自分で調べりゃいいじゃんてな内容。私に訊いちゃった方が早いって思ったんだろうね。
何事においても最初に相談される人であれって書籍があるらしいが、ジャン妻に言わせりゃ、「アナタは単に便利屋にされてるだけ」だとさ。

夏の雨といえばこのアルバム、アーティスト、ご存じの方いますか~?
雨の日のコンチェルトを思い出したのでジャケット写真を掲載。
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Summer AND Lightningという曲が好きだった。

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しばらくしたら、おっ、青空が垣間見えてきた。
小ぶりになって来た。次のポイントへダッシュ。
1日の業務終了にはまだ早い午後。
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HANABI [風景]

今年になって10年振り?にオリジナルを出した浜田省吾さんの前回のアルバムに、HANABIという歌があります。ご存じの方いるでしょうか?

娘はもう二十歳 恋人もいる年頃
下の子はサッカー好きの男の子で 次の春には高校
あの日 すぐに帰るつもりでくるまを車庫から出してアクセル踏み込んだ。
すぐに帰るつもりで家を出て もう5度目の夏の夜空に花火

暮しには困らぬように稼ぎはすべて送った
今でも部屋には幼いままの子供たちの写真
何故かすぐに帰るつもりでくるまを車庫から出してアクセル踏み込んだ
すぐに帰るつもりで家を出て もう5度目の夏の夜空に花火

これが俺の物語
君の心 失っても 隠せない

二人 河のほとりを歩く 人波に押されて
はぐれないように強く指と指からませて
見上げれば 涙で滲んだ夏の夜空に花火
夏の夜空に花火
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MY FIRST LOVEのメインシングル、I am a father、かつて夢見る少年だったこの俺も今ではFather・・・の対極にある歌です。I am a fatherが家族の為に全力で護る歌に対して、HANABIは家族を捨てたダメ親父の歌?
いつもくるまの中で流れると、
「この男、家族を捨てて来たんだよね」
「らしいな」
ダメな男の歌。前半に子供が出て来るから家族を捨てて逃げだしてしまったダメ親父の歌とばかり思ってたが、最近になってそんな単純な歌詞じゃないように思えてきた。
前半で子供が2人(姉弟)いるのはわかった。では後半で指をつないで一緒に花火を見上げている女性は誰なんだろう。新しい女性?
子供の手は離れているようなので、もしかしたらかつての妻?
稼ぎは全て送ったのなら現在の住所はバレているのでは?今はどうやって糊口をしのいでるんだ。
すぐに帰るつもりで家を出た直後に何が起こったのだろうか。
5年は短くない。協議離婚したのだろうか。
失踪?
記憶を失って、5年後に戻った?
この曲の解釈は難しい。明確な部分がない。聴く人に考えさせる。浜省本人に訊いてもニヤニヤ笑ってるだけで答えてくれない気がする。

HANABIの主人公(ダメ親父)とお連れの女性は隅田川のような大規模の花火を観に行ったのではなく、今暮してる場所の近隣に河原があって、そこの花火大会を観に行ったのではないか。ウチにも地元近所の学校で毎年のように開催される盆踊り~花火大会がありますよ。
ほぼ毎年のように見ている。どっか出かけてない限り、雨で中止にならない限り、花火だけ見に行くの。
花火当日になると朝にその旨のチラシが投函されてる。
「ああ、今夜は花火の日か・・・」
「アタシは今日は出勤」(ジャン妻)
ジャン妻は休日出勤だった。上層部はイヤらしい提出期限を設定しやがって、週明け(月)が期限とか。要はそれって(土)(日)にやれってことなんだよね。
「ひとりで見に行ってくら」
「・・・」
昼間に2回、空砲が鳴るんです。開催を知らせる合図。夕方から毎年毎年同じ盆踊りの曲が流れる。
盆踊りとかは家ん中で聞いてるだけでいいけど、近所で花火が打ち上げられてるのに、家ん中に引き籠ってるわけにはいかないさ。
盆踊りが終わった20:30頃にでかけた。ガキばっかだったよ。
HANABIを口ずさみながら。すぐに帰るつもりで・・・♪

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雨とかで中止だった時もある。多少の雨なら決行するだろうけど風が強かったりするとアウト。誤射の可能性があるからね。
中止になった場合にその時の花火はどーすんだろうか。翌年に持ち越すのかな。どっか湿気の無い倉庫にでも保管するのだろうか。
それとも廃棄?
解体?
業者同士で移動転売?
それって警察への届出がめんどくさそうですね。
でも大きい花火大会ってのは雨天で中止になった場合に備えて保険がかかっているそうです。主催者側に損は無いようです。中止になって損するのは屋台の方らしいんだな。
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私はひとりで夜空を見上げてる。周囲は家族連れ。若いのばかり。
屋台もありました。でも私は野外で飲むビールを好まないので無視。(ビヤホールは行くけど、野外や屋上のビヤガーデンは行きません。)
花火がドカドカ打ち上げられてるけど、その間に入る係員の説明が耳障りなのだ。安全を喚起するのと、会費を集めた以上は説明するのが町内会役員の職務なんだろうけど、打ち上げの合間合間に、「ええっと次のプログラムは・・・」・・・マイクでもって説明するのが耳障りでさ。夜空を見上げて悦に浸ってたのが現実に引き戻されちゃうのよ。「何々と命名された今年初めての花火でございます」、「昨年同様の何とかでございます」ってね。
後半、ジャン妻からメールが来た。最寄駅から家に向かう途中で見えるらしい。
「見えるよ」
「来なさい」
ひとりで見上げてる俺がアホみたいじゃないか。
周囲は薄暗いけどそこは夫婦なので、暗い中でも姿カタチで何となくわかるモンです。自然と歩み寄った。

つがいのこの怪物が離れていても出会えたように!!
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「ヤダこんなの」(ジャン妻)
「・・・」
「繁殖の為に出て来たんでしょ。でも繁殖してる場面無いじゃん」
「!!!」

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花火を見上げながら脳裏に流れる歌は、浜田省吾のHANABI
二人 河のほとりを歩く 人波に押されて
はぐれないように強く指と指からませて
見上げれば 涙で滲んだ夏の夜空に花火
夏の夜空に花火
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花火9.jpg
花火は殆ど私の頭上で開いている。落ちて来た燃えカスが私の手の甲にあたったぞ。繰り返し繰り返し一瞬だけ光って切なく消えていく。
最後の花火が消えた。さぁエアコンの効いた家に帰ろ。
(そういえば昨夜は高崎祭り、花火大会だったな。)
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AOZORA [風景]

翌朝、残務作業があるジャン妻を残して帰京した。(ジャン妻はまだ陽のある夕方に帰ってきました。)
私が出た後でジャン妻を例の娘っ子がホテルまで迎えに来たみたい。聞いた話だと、
「おはようございますっ、〇〇さんは?」(ヤンキー)
「先に東京へ帰ったわよ」(ジャン妻)
現場に向かう車内で、
「〇〇さん(私のこと)って、あのアタマであの風貌で現場(支店)に出てたんだよねっ。」
「笑、彼だって以前は髪があったんだよ。前は現場でバリバリだったんだよ」
「そう聞いてるけどさっ!!今はああでしょ!!フツーありえない~」
「笑」
そんな遣り取りがあったそうです。
翌朝1.jpg
青空がウラメしい。この空のように気分が晴れたいもの。
出張疲れのジャン妻を慰労する為だけに来たとはいえ、何だか誰とも会わずにコソコソ隠れるように来て去って行く俺はなんなんだ?
いつまで引きずってんだ俺。女々しくないか?
翌朝2.jpg
翌朝3.jpg
上州玄関口.jpg
帰るところ.jpg
ここまで根に持つ私もどうかと思うけど、一旦、切れた糸を繋ぐって難しい。何とかしないと。誰かがしてくれるんじゃなくって自分で打開しなければ。
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