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改装工事少しだけ [船山温泉]

船山館1.jpg
静山の湯に行ったらひとりの男性が寝ていた。
前をタオルで隠さず堂々と。
こっちも気ぃ遣う。目のやり場に困る。
洗い場の湯が彼に飛ばないようソロソロと身体を洗った。
静山の湯2.jpg
その男性が出て行かれた後、更衣室側の狭くなったスペース(脱衣所側)に浸かる。
横目で見る寝湯の台がじゃまくさくてしょーがない。
私は浸かりに来ている。寝に来てんじゃない。
そして、露天へ。
空気が冷たい。供給される湯は熱く感じた。
静山の湯1.jpg
露天に浸かりながら思い出したことが。
2016年11月13日に放送された「TBS噂の東京マガジン・噂の現場」で取り上げられた、「温泉マーク変わる!?発祥の地が大ピンチ!」という企画。
もともとの温泉記号[いい気分(温泉)]外国人にわからないらしい。
湯気が立ち昇る温かい料理に見えるとか。そうかなぁ。
温泉記号マーク2.jpg
だからといって東京五輪開催に向けて外国人におもねって温泉マーク[いい気分(温泉)]を変えなくてもいいじゃない。
最近は東京五輪の為とあらば何でも通るような風潮で、電線を地中に埋める、道路計画が浮上する、道路を拡張する、街路樹を切る、沿線住民寝耳に水、中には五輪に関係なくやった方がいいものもあるかもだが、そういうのが急に増えて来たからね。
新しいマークについて、コメンティターの笑福亭笑平さんが、「カオに見える」・・・笑。
他のコメンティターも、「そう思ってしまうと顔にしか見えない」
観ながら私はジャン妻に言いましたよ。
「新しい記号は船山温泉の大浴場には適用しない」
「???」(ジャン妻)
「だって3人入れないモン。寝湯に取られちゃったし」
「・・・」
番組のテーマはそういう趣旨ではないよ。
温泉記号マーク1.jpg
温泉マーク発祥地云々についてhttp://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-08-17でUPしたことがある。
「こっちが発祥地」と対立構図にあった磯部(群馬県)と別府(大分県)がこの件で、敵の敵は味方ではないが、以前よりは友好的になったと。
確かオチは、変えずにそのまま、で行くんじゃなかったか。日本古来のマークを変えるのではなく、日本にやってくる外国人さんが日本の文化として知ってくれればいいのではないか。
そこでまたまた思い出したのだが。紀尾井で常連さんの女性が仰ってた。「船山さんのFacebookを見たらお風呂を改装していましたよ」
???
Facebookを見た。工事施工写真がUPされたのは10月25日。私が寝湯の件で厳しくUPして間もなくですね。
改装工事10.25.jpg
おやおや?工事写真に写った無骨な石のタイルは、どう見ても静山の湯ではないか。
露天から上がって、再度、大浴場(とはいえ半分以上は寝湯に占拠されちゃったが。)に浸かって目を凝らして見たら、そういえば気持ち、僅かではあるが広くなったような。
静山の湯3.jpg
この時の滞在は載せられないハプニングが多々あり、館長とジャン妻が「人の採用の難しさ」のネタで語り合い、話題がそっちに逸れて肝心の寝湯についての確認をし忘れた。翌日の朝、新顔(第三の男)さんも登場したし。
後でT館長に聞いたの。
「静山の湯、更衣室側に広げた?」
「広げてはおりません。段を取り除きました」
こういうことです。
プチ改装.jpg
段差があったのを取り除いた結果、少し広くなったという訳です。
見積り無しで工事に踏み切ったので、工事金額はわからないそうである。でも小さい施工とはいえ出来る範囲内での早い対応は好評価。
私が狭いよ戻そうよ削ろうよとウルサく言うモンだからT館長もたまりかねて工事に踏み切ったらしい。何しろ前回訪問時の記事で全否定してクサしたからね。
その記事はアクセス数が多く、ソネブロから配信された10月のランキングはこうだった。
2位と3位.jpg
先日配信された11月のランキングがこれ。いずれもアクセス数そのものはたいしたことないですが。
注目記事その2.jpg
いっそ、こうしてみては如何?
床下に配管が無ければの話ですが。
提案.jpg
でもこれだと脱衣所から大浴場に一歩踏み出したらドボンになっちゃうかな。

静山の湯6.jpg
船山川に面した辺りは変わらず。
変えようがないのかも。
静山の湯7.jpg
誰もいないのを確認してから寝てみた。
自分の寝姿。美しくないだろうなぁ。
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翌日の渓流の湯、内湯の寝湯です。ここは変わらず。
鎌首をもたげてるのは私の足です。
誰かの足.jpg
清水には手すりがつきました。
清水1.jpg清水2.jpg
二人静。外形は前と変わらないので、浴槽の幅が厚くなり、腰かけるスペースができた分だけ狭くなった感は否めない。
二人静.jpg
船山館2.jpg
向いの山.jpg
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この時期は陽が早く沈むので、館も付近の風景も暗く見える。
薄暗く蒼白い冬の船山館。
船山温泉は冬場は空いています。周辺にホントに何もないのがよくわかります。
あるのは荒涼とした自然だけ。
よろしければ風呂へ寝に行かれてください。
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山のごちそう [船山温泉]

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岩魚1.jpg 岩魚2.jpg岩魚3.jpg 岩魚4.jpg岩魚5.jpg
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部屋の冷水ポットが大きいサイズになりました。
夕餉の間にスタッフが部屋に立ち入ってベッドメイキングするのを取りやめました。なので、夜食のお握りも、お客の食べ終わるペースに合わせて食事処で出され、自分で持っていくことになります。
連泊した際の昼ごはん、南部路(身延街道沿いにある食事処)から取り寄せる仕出弁当はなくなりました。
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船山温泉 [船山温泉]

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何が起きたかは武士の情で聞かないでください
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紀尾井だけど船山温泉ネタ [船山温泉]

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船山温泉は甲斐の国(山梨県)ですが、甲斐でも南部なので、甲府よりも静岡県側に近い。
第二東名の開通や、いずれ南北に繋がる縦貫道を使って静岡県や東海地方のお客を呼び込む戦略を船山温泉のT館長から聞いたことがある。
静岡県内のお客を呼び込むにはどうすればいいのだろうか。
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静岡が誇る名店・紀尾井です。
船山温泉の記事じゃないの?
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何が起きたのか。いつもの作務衣姿ではなく洋食シェフの衣装で現れた紀尾井店主。(もともとは洋食系で、フレンチかイタリアンの人だったらしい。)
差し入れの横浜崎陽軒のシウマイを手に取って、「原価が無料(タダ)だからこれで何か売り物にできないか?」と考えてるところ?
洋風シェフスタイル.jpg
最初の膳.jpg
多可能さんにありそうなおとおしはマグロとネギを甘しょっぱく煮たもの。
メバチマグロをブロックで仕入れたけど、洋食系の宴会が続いてイロが変わっちゃって泣く泣く煮たとか。
でもご飯が欲しくなるくらい美味しいけど。定番にしましょうよ。
おとおし.jpg
私の正体を紀尾井さん(店主)がバラしちゃったから、カウンターでご同席するお馴染さんの一部の方は、私のことを「船山さん」と呼ぶらしい。
船山は旅館ですよ。本名は別にあります。
宿の館長のOK貰って冠にしたのです。
「前は船山の応援Blogだったのですよ」(ジャン妻)
応援というか紹介ね。
宿の魅力だけでなく、宿の昔話や近郊のネタを掘り起こしたりね。
「館主に、『自分を広告塔にしていいですよ』、と持ちかけたら、『では宿のクレームも受けてください』って言われました。だけど今は例の寝湯の件でこっちがクレーム言う側になっちゃって」(私・船山)
「応援はするけど提灯記事にはしたくないって。そういう趣旨なんですよ。大浴場で寝ました?」(ジャン妻)
「寝ました。でも寝るのは一度でいいかなって。自分は二人静(貸切)があればいいかなって」
「二人静ってどっちだっけ?」(ジャン妻)
「丸い方」(船山)
「大浴場がああなっちゃったから二人静ともうひとつ(清水)は週末になったら混むかも。絶対彼は周囲に意見聞かないで強行したんだと思うな。ワンマンだから。笑」(ジャン妻)
「事前に言ってくれりゃぁ反対したのに」(船山)
「でも船山温泉のFacebookを見たら、お風呂を工事してましたよ」
「え???」
そうなの?後で確認しますが、私らが壊せだの旧に戻せの言ってるから何か手を打ったのかな。工事金額と工事日数をバラしたら、
「ええ~。そんなにかかったのなら、館長にしてみたらせっかく工事したのに~って思うかも・・・」
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紀尾井のタルタルソースはスバラシイ。
「確かに美味しい。だからアナタだけに食べさせる訳にはいかない。アタシにもよこしなさい」(ジャン妻)
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大きさがマチマチ.jpg
ポテトサラダ.jpg
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既に大きさがバラバラの牡蠣フライ&メインディッシュのタルタルソースが出されていますが、私らは誰と会話してるのか。
TALKのお相手は紀尾井さん(店主)ではないです。紀尾井さんは珍しくチャイナ姿・・・じゃなくて・・・裸エプロン・・・じゃなくて、初めて見る洋食シェフの白い服装で、カニグラタンか白子の天ぷらに取り掛かっている。私らが会話しるのは前に紀尾井でお会いした女性の常連さんですよ。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-12-24-1

紀尾井さんが私の正体をバラした時。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-03-12-1

その後、私がひとり出張で再会した時。
その女性、紀尾井がご縁で?不肖私のBlogの影響で?何と船山温泉に行かれたそうです。今年後半に2回も。くるまじゃなくて電車(身延線)で。
女性がまるで待ち合わせたように紀尾井に来店されたのは、紀尾井に行く前はジャン妻が店主に、「明日の夜はこれとあれをお願いっ」って連絡を入れるのですが。私(店では船山)らが来店される旨、紀尾井さんがリークされたに違いない。
カウンターでT館長にメールで確認した。「紀尾井のお客さんでそっちに泊まった女性っている?」
T館長はもちろんご記憶されていた。でもT館長は誰とは言わない。泊まった当人と紀尾井のカウンターで船山談義になっているのに、旅館には守秘義務があるので絶対に口を割らないです。
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ローストビーフ.jpg
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ローストビーフにクレソンが添えられた。
「これは船山から持ち込んだクレソンか?紀尾井さん引っこ抜いてきたでしょ?」と暴言を吐いてしまった。
「栽培されてるんですよね?」
「前は自生してたの。でも台風だっけ?」(ジャン妻)
「そう。大雨で裏山が崩れてクレソンの畑が全滅しちゃったの」(船山)
「前を流れる川(船山川)でも自然に生えてたんだけどね。前はもっとキレイな川だったんですよ」(ジャン妻)
カニクリームコロッケの具をグラタンにしたもの。
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白子天ぷら。
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船山温泉でオーダーして、空かなかったので紀尾井に持ちこんだ焼酎だそうです。
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2階の自販機に氷があって、お部屋ではあれを使って飲み直したとか。
部屋、空間、居心地、料理・・・よかったって。岩魚の刺身も。
「あれって誰が調理してるのですか?」
「大女将(T館長のお母さん)か、ベテランのMさんか。若い子にも岩魚さばかせるって言ってましたよ。ウチで働いて嫁に行ったら絶対料理は大丈夫って豪語してたもん」(私・船山)
背の高い男性の接客、応対がトテモよかったとか。
「ああ彼ね。彼は3年経ったのかな」(ジャン妻)
「経った。あの宿にしてみりゃ永年勤続ものだ」(船山)
T館長の理想と教育が厳しいから、「スタッフがなかなか定着しないんですよ~」(ジャン妻)
「他に長くいる方って?」
「今は厨房にいるMさん。岩魚をさばいて刺身にしてると思います。他は掃除部の小さい人」(船山)
ジャン妻はせっかく船山に行かれた女性に対しても、「夕食はともかく、朝はあれは誰がどう見たってご飯のおかずでしょう。あのおかずでご飯を廊下に取りに行かせる朝食バイキングはちょっとねぇ。」と譲らなかった。
寝湯についても一貫して否定派である。私もだけど。
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渓流の湯1.jpg
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紀尾井衆.jpg
静岡の居酒屋でまでネタにされて、T館長もツラいとこではある。
でもそれだけ注目されてる証ともいえる。
お答えできる範囲内でいろいろTALKしましたが。
そうか。私は船山なんだ。いい姓・名字だな。
船山温泉が静岡県から新規客を呼び込むには。。。
紀尾井とリンクすればいいのではないだろうか。
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話の途中でその女性から、「どんた久にはその後、行かれてるのですか?」
焼津のどんた久ね。「あれから2回行きました。記事が2つ眠ってます」(船山)
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静岡編へ続く。。。
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船山温泉99の謎121 なぜ内湯を寝湯にしたのか? [船山温泉]

船山温泉の二つの内湯(静山の湯、渓流の湯)が何とも悩ましいことになってしまった訳ですが。
「あれじゃぁ入りに行く気にならない」
ジャン妻はハッキリそう言い切った。
「何であんな風にしたのかねぇ。即刻、壊した方がいいわよ」
静山の湯5.jpg
渓流の湯1.jpg
この考察に触れない訳にはいかない。こっちの言い分だけだと不公平なので、T館長に幾つか質問メールしたところ、すぐさま回答が届きました。末文に、
「メールだけだと上手く伝わらないかもなので・・・」
折り返し電話を架けて下さった。T館長にしてみりゃ、何を書いてUpするかわからない私の記事、切り口、タッチが油断がならないのだと思う。
私みたいなのを顧客に持つとタイヘンだね。
直接の会話でT館長は開口いちばんこう言われた。
「旅館も日々、進化していかなくては生き残れないのです。で、新しいことにTRYすると。『今までの方が良かった』と変化を好まない方もいらっしゃる訳でして・・・」
「そりゃ私のことでしょ」
「笑、まぁ〇〇さん(私のこと)の場合、よく行かれる湯神さんなんかはいつも同じお料理ですよね。あれが食べたくて行かれるのもあるじゃないですか。さらの木さんでも〇〇さんの好みのお料理が出されるし。でもさらの木さんと湯神さんは家族経営ですが、ウチは従業員も複数いるし、次世代に継承していかなくちゃいけないし、部屋数もさらの木さん湯神さんより多いので、いろいろ試行錯誤していかないといけないのです」
前置きの後で社会情勢の話になり、船山温泉のある南部町の人口がどんどん減っていること、その中で営っていかざるを得ない船山温泉の立ち位置、今後の中期計画、今はもう衰退産業とまで言われる旅館業を次世代に繋げる為にはどうするかの話になり、
「寝湯もその一環なんです」
「そうなの?」
「ハイ」
それが何であの寝湯に繋がるのかわからないが。
寝湯を導入したのは、T館長自らが何処か他の施設で経験して、「ウチにも入れよう」と決めたんだそうです。お客様から「寝湯があれば」と提案があった訳ではない。
寝湯の導入について同業者の勉強会メンバーには相談したそうです。
T館長ってワンマンなところがあるから船山の従業員には相談したかどうか。スタッフが反対したってT館長が「やる」と決めたら反対できないし。

「寝湯ってのは流行りなのかな?」
「いや、流行というものでもないです。寝湯はいろんな温泉にもありますが、温泉でなくても健康センターなんかによくあるんですよ」
南部町に健康ランドなんてあったか?
「T館長が健康ランドか何処かで寝湯を経験したの?」
「いや、前にウチのモデル旅館の話をしましたよね」
他で体験したんだと。導入したきっかけは、船山温泉のモデル旅館が2つあって、
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-07-25-2
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-07-25-3
どちらかに寝湯が導入されたそうである。

「中庭でお話した時、私の聞き違いでなければ、うちにはサウナが無いのでと仰られていたような・・・。サウナと寝湯とどういう関係なんでしょ?」
「当館には温泉があり、景色も川、山と見れます。でもそれだけです。それだけでは面白みに欠けます。稀ですが、サウナはありますか?と聞かれますが、当館には残念ながらご用意がございませんとお答えしております。その対策のひとつに寝湯を当てた経緯もあるんです」
サウナが無いから寝湯?この辺りもよくわからない。
船山って何もないのがよかったのではないのか。今は何かを置かなくてはやっていけなくなったのだろうか。

「寝湯の評判はどう?」
「新規のお客さまには好評なんです。既存のお客さまの一部に否のご意見があります。お部屋にあるアンケート用紙に書かれてる内容も同様ですね」
「私は即刻撤去、壊しましょうって書いちゃったけどね」
否の意見は私を含めた既存のお客様の一部か?私は一部でもその他でもいいけど。アンケートでも直接言うんでも、否の意見を言ってくれるのはまだいいのだ。私みたいにズケズケ言える人ばかりじゃない。何も言わずに黙って、「もう次回から利用しない」、も少なくないだろうし。

ちょっと逸れて、旅行会社の話になった。
船山温泉もじゃらん他と提携したことで、新規のお客様は当然じゃらん他を通して予約してくる人が多いという。私みたいに旅行会社を通さず宿に直接電話で予約する客は少なくなった。
私はじゃらんとか知らないし使ったこと一度もないガラパゴス人間だが、あれって10%OFFなんですか?それに加えてクレジットカードを利用されるケースが増えた。私のようにカードを持たせてくれない者は(ここでT館長は笑ってたけど)現金で支払わざるを得ないが、じゃらん、楽天、クレジットカード、いずれもポイントが貯まるから利用するのもある。ポイントやカードのOFFが重なり収入が厳しくなった。
「そりゃそういう時代になったのよ。わかってたことじゃないの?」
ジャン妻はバッサリ斬った。
じゃらんにも寝湯に関する口コミが載る。T館長も「それは見ました」って言ってた。
私はポイントなんか興味ないし貯めたことないけど。

ご時世柄、船山は年間通して総客数が減ったそうで、その数も聞いたが厳しい数字だった。
反面、決して爆発的に多くはないが、新規の顧客もポチポチ来館されている。新規のお客さんは寝湯については100%賛同的ではないまでも、完全否定は少ないそうである。
「そりゃそれまでの船山を知らないからよ」
またまたジャン妻はバッサリ斬った。
初めて来た客はあれを見て、「ああ、こうなっているんだ」、「こういうのがある宿なんだ」で済むだけだよ。
だから私はT館長が言うところの、「新規のお客様には好評」というのは、過去の船山を知らないから否定しようがないだけで、概ね好評とはちょっと違うんじゃないかな~と思うのだ。

では常連客も新規客も含めて、寝湯の肯定否定の割合はどれくらいだろうか。
「肯定は6割ですね。いろんなご意見を頂いて6割までいったらこれはもう成功と位置付けるんです」
6割だと肯定ね。微妙ですね。
大相撲の星取りでいうところの勝ち越しみたいだね。
7割だったら私も納得せざるを得ないが、6割ってのは55%以上を繰り上げてるに過ぎないのではないか。
「賛成意見についてどんなのがあったですか?」
「本当に寝てしまったと・・・」
あの石枕でよく寝れるな~。私は髪が無いから痛いよあれ。
「じゃぁ否定的な意見については?」
「恥ずかしい、スペース狭くなった、とかですね」
「私だって恥ずかしい。自分の裸なんか美しくない」
「部屋のアンケートでも新規のお客さんには好評なんです。でも、前からのお客様にはNGのご意見が・・・」
「そりゃ私らだよ」
タオルで隠すイコール湯船へのタオルの持ち込みになるが、それについては特に挙がってないそうです。
ルール1.jpg

私はT館長の理念を理解しようと努力はしたつもりだが。
「自分ばかり意見を言っちゃって。実際どうでしたか?」
「私は否ですよ」
「否・・・ですか」
「だって風呂は全身で入るのが基本でさ。私は風呂に寝にいくわけじゃないモン」←ここ大事ですよね。
「う~ん・・・」
前の記事と重複しますが、八幡野温泉「きらの里」には寝湯だけの棟があった。そこはひとり分の寝湯が丸太や木枠で仕切ってあり、ひとりひとりが周囲を気にせず寝そべるようになっていて大浴場との併設ではなかった。
これがそうです。
寝そべり風呂1.jpg寝そべり風呂2.jpg
寝そべり風呂3.jpg寝そべり風呂4.jpg

船山の静山と渓流は寝湯と併設じゃないですか。併設どころか寝湯が中央を殆ど乗っ取ったというか、埋め立てたに等しい。だから全身浴のスペースが極狭になってしまったのである。
渓流の湯夜1.jpg
渓流の湯夜2.jpg
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「あれだとヘビー級の男性は全身で入れないよ」
「入れ・・・ない・・・ですかね?」
そりゃ船山温泉に力士やレスラーが頻繁に来るとは考え難いけど、それに近い体格のアスリートが来る可能性はゼロじゃないからね。
静山の湯8.jpg
「これも私の聞き違いでなければ、Tさん(館長)のシミュレーションだと大浴場に最大で何人まではかち合わないから大丈夫だろうと仰ってたような。7人でしたっけ?」
「4名様から5名様です」
確かにそれ以上の人数でかちあったことはない。でも、
「ひとりで入っていても両手を伸ばせないし、両手を伸ばしたら(向きを変えたら)今度は両足が伸ばせない。肩まで全身浸かるには縮こまって入らないといけない」
ここで館長は受話器の向こうで考えてるようだった。
「その分、渓流は露天を広くしたけど、2人で入るにはまだ中途半端」
「そ・う・で・す・か・・・」
「前はどう見てもひとりしか入れなかったけど。今の大きさでも2人は入らないだろうな」
平日なので、静山でも渓流でも誰ともカチ合わなかったが、土曜なんかどんな光景になるのだろうか。
「でも今後は貸切の集中率が高くなるだろうな。土日なんか特にね。あ、ジャン妻は、枕が石だと痛いって・・・」

ここで話題が逸れた。甲州ワインビーフヒレステーキのネタになった。
肉を焼く料理ってお客様の焼き加減が人それぞれである。レア、ミディアム、ウエルダン。
「それがあるので食事処でお客様に焼いていただいています、ですが、換気の問題とか、服に匂いが付くとか、料理した(焼いた)ものを提供できないのか、とか・・・」
私を船山温泉に導いた師匠、番頭さんは、「客に調理させんなよ」だった。そういう意見や、食事処の換気に不満があって、厨房で焼いてから提供することにもTRYしたそうである。
だがそうなると、個人の焼加減の好みでなかったり、焼いて持っていくことで多少は冷めて固まってしまい、焼き立て、焼け具合、これがお客に満足していただけなかったりする。
そりゃ☆がついた一流シェフが焼いてるわけじゃないし。
「厨房からの動線も短くないので・・・」
「さらの木なんか壁の向こうで焼いてるからね。蕎麦宿に焼肉なんてないし」
客に焼かせるスタイルはイベントとして成り立つ場合もあるが、私は居酒屋、「〇〇水産」のように、「客に魚介類を焼かせるなよ」ですが、焼肉は客が自ら焼くのに抵抗はない。甲州ワインビーフも抵抗ない。
(船山は焼肉という位置づけではないが)
T館長が私に言いたいのは、寝湯でもワインビーフでも、「やはり全てのお客様に100%満足していただくのは難しい」ということらしいんだな。寝湯も含めて60%なら成功したと位置付けざるを得ないと。
では残りの40%が私です。今の寝湯の状態だと全身浴にジャマなだけだよ。そりゃ寝る人はいいよ。寝ないで全身で浸かる人にしたらジャマくさいだけ。
番頭さんに見せてあげたいですよ。船山がこんなんなっちゃったって。
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静山の湯3.jpg
静山の湯2.jpg
でも作っちゃったものは仕方がない。
では今後、どうするか。
「2つは要らないのではないかい?」
「う~ん・・・」
「全身浴のスペースを狭めてまで寝湯を2つも置くことはないと思うのですがね。あれ、手前か奥にズラせないの?」
「ズラす・・ですか・・・」
「真ん中に2つもデンと置くんじゃなくって左右どちらかにさ。そすれば手足が伸ばせる」
「それがですねぇ」
簡単にはできないらしい。施工に詳しい方なら湯船の底を見るとわかりますが、端と端に排水管と、湯を循環する管があるので、その配管から施工しなおさなくてはならないそうである。すなわち温泉の基礎の部分ですね。
今回の施工は岩や石を壊して削っただけでなく、仕上がったら乾燥、アク抜き、ニオイを消す、いろいろあって相当の時間を要す。
施工しなおすとなったら5日程度の休館じゃ効かないだろう。
休館中は従業員を遊ばせておくわけにもいかないので、研修とか、屋根の補習とか、業者に頼まなくても自分たちだけでできるメンテナンスとかをしたそうです。

貸切湯の話題になった。
改装前の木の湯船は温泉のぬめりが残り易かったという。滑り易いというか。
改装前の「二人静」、木でできた湯船の縁がギザギザに溶けちゃったのは、温泉成分のせいではなく洗浄する洗剤か何かのせいだそうです。お客はヌメリが気になる。ヌメリがあると滑る。段差を付けたのも滑らない対策の一環です。
二人静1.jpg
そういえば、貸切内湯の「清水」には段差が無かった。何も手が加わってなかったが今後、段差を付けるそうです。
では木の浴槽から岩、石造りにしたらヌメリはなくなったかというとそうでもないらしく・・・。
「石にしたらしたで大変です。朝夕2回磨いてますから」
これは事実。朝餉の時間帯と夕餉の時間帯。
「多少でもヌメリがあると、ちゃんと掃除してないんじゃないかってなるし・・・それと・・・」
ここでT館長はちょっと戸惑う気配を見せた。
「岩にしても温泉のぬめりが前と変わらないというか・・・前よりも勢いがついたような気がするんです」
「勢いがついた?」
掃除がちっとも楽にならないという。
「そういえば以前よりは硫黄臭が強くなった気がするよ」
「そうですか。そう感じます?」
「うん。沸かし湯の灯油の匂いもしなくなったような・・・」
「え、そうですか?」
「それはそれで喜ばしいのではないかい?」
「でも・・・〇〇さん・・・硫黄臭、苦手ですよね。笑」
「あまり強いのはね。今くらいなら全然平気だけど。これ前にも言ったかもですが、温泉成分って地下から染み出すんだから、雨が降ると地下の水脈を伝って温泉成分も勢い強くなるんじゃないかな」
実際いつだったか、台風か集中豪雨で船山川が氾濫寸前になり、裏の土手も崩れた時、船山温泉の湯のイロが変わったことがある。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-10-01

「沸かす灯油の匂いが感じられなくなったくらいだから以前よりは強くなってるんだと思う。それと寝湯をデンと作ったから容積が小さくなったでしょう。その分だけ内湯の温度が熱くなった」
「熱く・・・なりましたか」
さては内湯にデカい寝湯を置いたのは、燃費と水道費を減らす為だろと意地悪く言いかけたが止めた。
二人静6.jpg
「ご両親(先代、大女将)やご家族はあの寝湯を何て言ってます?」
「特に何も言ってないです・・・」
さては口を封じたな(笑)。
稀に、ホントごく稀に、T館長のご家族が深更に使うことはあるらしいのだ。だけど深夜に内湯に行って先代が寝そべってたらどーすんだ?
気まずいだろーな。
他のお客同士も同じだよ。

「船山温泉以外で、近場の温泉宿で寝湯がある宿ってあるの?」
「ないです。うちだけです」
十枚荘温泉、奥山温泉、佐野川温泉、昔のままだそうです。船山温泉だけが生き残る為、進化の名のもとにいろいろ模索している。

実はT館長は奥の手がある。
それは今は言えない。
「その為にまた工事するとなると・・・また中期計画に盛り込んでからですね」
私も別の手段を提案します。静山の湯と渓流の湯、2つの露天をデカくする。それしかない。あれはまだギリギリまで広げられるスペースがあるのではないか。砂利を敷き詰めているエリアに拡張するんですよ。
静山の湯7.jpg
渓流の湯2.jpg
でも追加工事は今回の工事費を回収してからになるか、回収の見込みが立ってからでしょうな。
私の訪問は次回12月です。平日です。
あんな風になっちゃって混む土日なんかに行くもんか。
「12月までに壊してくれるかな?さもなくばズラしてくれるかな?」(厳しいジャン妻)
そんなに急は無理ではないの?
それをやったら英断だと思うけど。
午後の渓流の湯1.jpg
午後の静山の湯2.jpg
前に戻そうよ~
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山のごちそう [船山温泉]

内湯の衝撃はさておき、山の幸満載の夕餉の時間。
平日5組.jpg
平日だからか、客数が少なかった。5組しかいない。
一回り小さい釜が2つあるのはお一人様かも知れない。
私も数年前、取材の為にひとりで泊まったことがあります。いつもジャン妻の料理を一部、喰らっているので、完全な1人分の料理だと少なく感じたもの。
最初の膳.jpg
平日で基本料金無料なので、追加料理と酒をふんだんに頼んで埋め合わせをしようと。
でも以前と違って量を食べられなくなってきている。飲めなくなってきている。
まず前菜ですが、どれが何ていう素材か忘れてしまいった。
「緑色の長いヘビみたいなのは何だっけ?」
「知らない」(ジャン妻)
「真ん中のピンク色はサーモンだっけ?鱒だっけ?」
「聞いたけど忘れた」
「パンの上に載ってるのは何かのササミか?」
「そういうのはその場でメモしないと忘れるよ」
後日、館長に聞いてみた。
「長~いヘビのような山菜は何?」
「ささげです」
山菜らしい。
「パンの上に載ってるササミは?」
「信玄鳥の胸肉です」
山梨県東八代郡の地鶏です。
「サーモンのクリームソースは?」
「サワークリームで、ウチのオリジナルです 」
「緑色のソースは何のソース?
「モロヘイヤです」
「肌色のソースは何のソース?」
「味噌とマヨネーズベースのオリジナルソースです」
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稚鮎の天ぷら5匹と山女魚の燻製5匹。
「2人なのに何で5匹。喧嘩になるじゃないか」
「あげるよ1匹・・・」
ヤマメ燻製.jpg
稚鮎.jpg
イワナの造りは4つに分けて、その上にイワナのイクラ(でいいのだろうか?)が載っている。
これが面倒で面倒で。イクラが箸で摘まめないのだ。コロコロ転がってしまうのである。
イワナ1.jpg
イワナ2.jpg
「摘まめないぞ」
「アナタの場合は不器用といふ」(ジャン妻)
リハビリの様相を呈してきたので若女将にデザート用のスプーンを持って来て貰った。これって世間一般では箸で摘まめるものなのだろうか。
何故にスプーンが.jpg
イクラをすくう.jpg

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今日は脂身が少ない肉だった。赤身かロース肉?
豚肉と違って煮るほどやわらかくなる。
「何で猪肉は豚の仲間なのに、煮るとやわらかくなるんだ?」
「豚の仲間?先祖でしょ」(ジャン妻)
私の疑問の答えになってないぞ。
猪鍋。少し量が少なくなり、私らにはちょうどいい量になってきている。
お客の年齢別と、追加プランを見て量を調整しているなら凄い。
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素揚げ。私は天ぷらよりこっちの方が美味しいな。
あ、添えられてるのが野蒜(ノビル)じゃないぞ。次回はノビルに戻して貰おう。
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焼きコンロが2つあるのは甲州ワインビーフヒレ肉と鹿ヒレ肉のダブルオーダーにしたから。1人前ずつね。
「鹿ヒレ肉って初めてだっけ?」(ジャン妻)
「いや、最初の頃に1回、震災後に連泊した時に2泊目に出たよ」
意外に思われるかも知れないですが、船山で連泊したのは一度しかない。

鹿肉は牛豚に比べてカロリーが1/3なので健康食ともいえる。アッサリしている。鹿肉それだけ食べると美味しいけど、甲州ワインビーフを食べるとやはり牛肉の方が美味しいんだよね。
翌日のチェックアウト時に、「次回はまた牛と牛に戻す」って言いました。
あ、ノビルも言わなきゃ。
あ、それと、テーブル席で庭を見ながらカウンターのように横座りより対面がいいとも言わなきゃ。
「ひとりのお客だと庭を見る設置になるの?」(ジャン妻)
「自分がひとりで来た時は庭を見てたな」
私が取材の為に一度だけひとりで泊まった時も庭を見ながらひとり個室で黙々といただいた。2人で来て、見飽きた互いの顔でも、向い合せの方がいい。それも言わなきゃ。
厨房から最古参のMさんが「笹一」熱燗を持って現れた。今や料理長クラスだそうである。
蕎麦1.jpg
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蕎麦は・・・イマイチなんだよね私は。
何となく粉っぽいのよ。
やはり会津蕎麦宿の方が美味しい。
釜めしをよそうジャン妻の巨大な後姿。
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デザート1.jpg
デザート2.jpg
おぼろ月夜に照らされた船山館。

雫がこぼれるように月の光が降る
落ち葉踏みしめながら彷徨う森の路は、遠く汽車が往く音が夜を深めて
このまま歩き続けたらお前に逢える気がした
幾つもの夜を越えて明日を語り合った
想い出を渡る風は 森に消えてしまう
だけど夢は月の雫になって、今でも、澄んだ 季節の中で俺に降り注いでくる。
(月の雫 故柳ジョージさん、もうすぐ命日)
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名月2.jpg
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渓流の湯4.jpg
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改装前は、人気の無い夜にこの大浴場を独占して、浴槽の底に両手をついて身体を浮かべ、鼻歌を歌いながら内湯全体を泳いだりしたのに。
もうそれができなくなってしまった。それが寂しい。
酒も入ってるし、下手に寝湯したらホントに寝てしまうだろう。
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嗚呼・・・
船山よ・・・(涙)
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船山温泉内湯改装の衝撃 [船山温泉]

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船山温泉7月22日のFacebookに、7月24日~7月28日(木)を休館日として、風呂の改装工事に踏み切った旨がUPされていた。リスタートは7月29日(金)
何年か前、貸切湯「二人静」の浴槽の縁が溶けてギザギザになり、場所によっては剣岳みたいに尖ったことがある。
ギザギザ.jpg
「木の浴槽がギザギザになったのは温泉成分のでいじゃないって言ってたね」(ジャン妻)
そうなのだ。船山の温泉成分は木の浴槽を溶かすほど強烈じゃない。そんなんだったら人だって入れないだろう。
ギザギザに腰かけて足湯をするとケツの肉に食い込んで痛いので、
「替えましょうよ」
「いつかは替えなきゃならないとは思っていますが。替えるとなるとその間は宿を休まなきゃならないし。工事費の分がお客様に返ってしまうし・・・」(T館長)
「どれくらい休業します?」
「5日間くらいは・・・」
のような会話をしたね。
5日間休業するのは結構な痛手らしいのだ。
浴槽を替えない代わりに縁を平らに削った。いっとき滑らかになったが歳月を経るとまたデコボコになってしまう。
で、また削る。デコボコになる。それを繰り返してたらどんどん浴槽が低くなってしまい、初めて行った頃に比べたら5cmくらい低くなった。
注ぎ口と縁に段差があるのがわかりますか?
段差がある.jpg
で、改装のアナウンスを知って、「そうか~とうとう、二人静を替えるんだな~と」安堵、期待したのだが。。。
7月25日と27日のFacebookを見たら何だか様子がオカシイぞ。
露天はまだしも、「静山の湯」、内湯の真ん中に二畳くらいの石垣が鎮座しているように見える。
はて?何をどうしたのか?

今回は平日の金曜日13:30にチェックイン。平日なのでガラガラ。さっそく「二人静」に行ったら木の浴槽が石に。昭和の洗い場の流し、人研ぎ?のようになっていた。
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座るスペースもある。足腰の弱いお客が足を滑らしていきなりドボンとなることもなさそう。
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次に二つの大浴場をジャン妻と手分けして行ったら。。。
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!!!
ありゃりゃ・・・である。
「静山の湯」と「渓流の湯」の内湯大浴場、殆ど中央が石でカサ上げされて浅くなっている。
寝湯スペースが2人分も堂々と鎮座している。大浴場の大半が寝湯になってしまった。
唖然としながらも、感想を言うには寝てみるしかない。
静山の湯3.jpg
我ながら美しくないな自分の寝姿は。
寝湯はベチャッとした背面浴と、やや斜めった背面浴と二つあった。どちらも枕が石なので痛い。
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「渓流の湯」露天、これも木だったのが石に変わっていた。少しだけ広くなっている。
渓流の湯2.jpg
!!!
渓流の湯1.jpg
誰かが寝そべってると入る気になるかな。その後すぐに寝る気になるだろうか。
全身浴は端に僅かのスペースしかない。そこに入っても向きによっては手足のどちらかが伸ばせないのである。ゆったり感が無くなってしまった。
浴槽の容積が減ったせいか湯が熱く感じられた。
これがルールです。
ルール1.jpgルール2.jpg
タオルを湯船に持ち込んでもOKと言っているようなものである。
衝撃を引き摺って、ジャン妻と唖然状態で、中庭でグラス生ビールを飲みながら意見交換をしていたらT館長が来た。
中庭にて.jpgジャン妻と館主.jpg
「ね、寝ましたか?」
「まぁね・・・」
「思い切ったことしたね」(ジャン妻)
「あれは賛否両論でして。。。」
「自分の寝姿を想像すると美しくない。自分のモノが屹立して潜水艦の潜望鏡か空中発射前のミサイルのように・・・」
我ながら何という比喩かと。私はあまりの衝撃に言葉が出なかったのと、この場でいろいろ突っ込むのも興ざめするのでこの時はあまり言わなかった。館長がいろいろ説明してくれたのもあまり耳に入らない。
「ウチにはサウナが無いから」
「大浴場でMAX〇名かちあうことはまずないと思って・・・」
な~んてコメントを聞いたけど、中庭で声だかに会話すると部屋に聞こえてしまうし、インタビュー、論評は控えて、帰宅してからメール、電話で取材インタビューしました。
それはこのシリーズ後半に。
山と空.jpg
今回の工事で段差を付けたのは、足腰の弱いお客様が足を滑らせていきなりドボンになりかねないのを改善する目的もあったそうな。
それはいいと思うけど。「二人静」の丸い浴槽の直系は変わってないので、手前に厚くした分だけ容積が小さくなったそうである。
「清水」は何も変わっていなかった。業者が施行し忘れたらしい。段差が付くそうである。
清水.jpg
「静山の湯」、露天の屋根は透明のアクリルになっていた。
空が見える。でも汚れが目立つそうである。
静山の湯4.jpg
「幾らかかったのさ?」
「工事費ですか?ええっと・・・」
金額は伏せますが結構な額でした。その工事費用をペイするにはお客さん何人来ればいいのだろうか。

私は温泉フリークではないが寝湯の経験ありますよ。硫黄臭が凄かったつなぎ温泉「湖山荘」(平成27年に廃業したそうです)の3つの離れのどれかが寝そべり風呂だった筈。
でも湖山荘は離れだった。あられもない姿で寝そべっても誰も来ないし。
伊豆八幡野温泉、「きらの里」にも寝湯があった。仕切りになった半身浴だけ幾つか並んでいた。でもそれは仕切りされた寝そべり風呂専門の別棟で大浴場との併設ではなかった。

寝湯というか背面半身浴というのか、それって流行りなのだろうか。筋肉の緩みが高まり全身の血行がよくなるというのは何かで見た。全身浴より身体に負担をかけないというのである。
でも、風呂に入りに行ったら入れない・・・とまでは言わないが、全身で浸かるスペースよりも内湯の真ん中を占拠して、寝るのが優先になってしまったのは残念。
仰向けに寝るのも何となく他のお客さんに憚られる気がする。
ジャン妻は、「あれじゃぁ入る気にならない」
寝なさいとだけ言われてるようなもの。
でももう作っちゃったんだし。私は寝湯を否定してるんじゃないですよ。全身浴のスペースが狭まったのは如何なものかと。平日だから大浴場の混雑は感じられないが、これが(土)(日)だとどうなるのか。
貸切の集中率が高くなるは必定である。全身浴ができなくなった訳ではないが、そのスペースが狭くなってしまったのだから。
「渓流の湯」の露天が若干広くなったのはいいが、内湯が寝湯になって全身浴スペースが狭くなった分にしては中途半端な大きさ。
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私は温泉フリークではないし、船山の「山グルメ」が大好きなのと、これまでのT館長とのご厚誼で訪宿が成り立っている。いずれ株式会社になるのなら株主になってもいいと思っているからね。今後も行くけどさ。久々にアンケートに書きましたよ。
「寝湯のスペース壊しましょう」
金をドブに捨てろと言ってるに等しいが。今ならまだ間に合うって。
もしくは、「真ん中は止めましょう」、「2つも要らない。一つでいい」って。
ジャン妻は完全否定しながらも、「枕が石では固い、痛い」って私に書かせた。
アンケートに書き忘れたけど枕の位置も気になる。あの位置で寝ると洗い場の湯がアタマに飛ぶのではないか。
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私は否です。
「否でしょう」
ジャン妻もはっきり言い切った。
「壊した方がいいわよ。もしくは奥か手前にズラすか」
「壊して・・・また平にして・・・積み上げるのか・・・」
「アナタどう書くの?提灯記事にしないでよ」
何を言うか。私は提灯記事(ヨイショ)なんか書いたことないぞ。それにあれじゃぁ提灯に書きようがない。
「でもヤバいな」
「何が?」
「船山はじゃらん他と提携しているんだよ。そこには感想を書く欄もあって、例えばじゃらんに、『全身浴ができなくなった』のように書きこまれたら・・・」
そうなったら新規の客が減るのではないか。売上が減ったりしないか・・・。経営側でもないのに余計な心配をするハメになってしまった。
後でじゃらんに書きこまれた口コミを見たら確かに賛否両論、でも、人間というものは、肯定よりも否定の方に興味を持つものなのだ。誉めるより否定する記述の方が読み手に受けやすいからね。だから週刊誌やスポーツ新聞が売れて、ワイドショーが存在する訳でさ。
実際、「手足を伸ばしての全身浴ができなくなりました」とあったがまさにその通りである。
肯定派と否定派、どれくらいの割合なのだろうか。
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やれやれ。前は年に4回は行ってたのが、料金改定と消費税率の改編で3回に減ってしまった。
(その分、伊豆八幡野「さらの木」が増えた。)
6月くらいに行って事前に聞かされてたら止めたのに・・・。
部屋に戻っても大浴場の殆どが寝湯になった衝撃が消えない。
ただ、T館長いわく、あれで完成ではなく、今後も改良はしていきたいとのことである。
シリーズ後半、最後に、T館長にインタビューした内容をUp予定です。
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語らい~翌朝 [船山温泉]

船山温泉のフロントに山梨新聞が置いてあって、熊本県の地震が一面に。
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熊本は25年前にジャン妻との新婚旅行以来それきり行ってない。
安蘇山が見える宿で初めて馬刺を喰った。「美味ぇマグロだなぁ」と感嘆したら馬肉だったというオチだった。
1日も早い復興を願うよ。
「今、熊本がタイヘンですが、ウチもあの時期・・・」(T館長)
「あったね」
2011.3.11東日本大震災直後の20日、自粛ムードを打ち破り、蛮勇奮ってここ船山に来て連泊したんだった。
あれは東日本大震災の翌日に長野で地震が起きてキャンセルが続いたのだよ。あんなにガラ空きだった船山を知らない。
あの時、ロビーに置いてあった山梨日日新聞です。
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山梨新聞2.jpg

この宿を知るきっかけとなった師匠が私の行動を、「取り敢えず、行くということが素晴らしい友情ですね」と誉めてくれた。
その師匠のサイトはクローズされた。
宿のリンクも解除されてる。
お会いしたのは一度だけ。
そうやって歳月が過ぎて行く。最初にこの宿に来た感激や感動は薄れ忘却の彼方へ去りつつある。その代わり、いい意味での慣れというか安心感がある。だから身体が勝手に動いて暖簾が間違ってた女湯に入りかけちゃったんだし。
私らも1年辺りの訪宿回数は減った。家計的に料金値上が痛い。むしろ伊豆高原の宿が訪宿回数的に増えつつある。
でも応援したい宿の位置づけは変わらない。

「Tさん(館長)、前に言ってなかった?この宿を誰かに任せて、Tさんがどっか他で異業種にTRYするとか」
いつの日か、宿に後継者がいなかったら何か別の業態、例えばGHとかになるとか。このネタは1人泊の取材時にT館長が私に洩らしたもの。
「アタシたちが老いたら、この施設に入るのがいいな」(ジャン妻)
と冗談めかして話を振ったら、T館長はやや難色を示した。
雇用する人材がいないという。
地元南部町で人材を確保するのが難しい。
「小中学校に通う児童すら減っているんです」
あるのは自然だけと言っていいここ南部町で人材を確保するのがタイヘン。施設にするなら医者も必要だし。結局、他県である富士市まで声を掛けなきゃならない。
「それと、ここで働きたいっていう気持ちになるかどうか・・・」
通えばいいってか?富士市も近くはない。
温泉も部屋も厨房も完備されてるが、それだけでは無理なようである。

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失礼ながら、ハッキリ言って南部町は人がお金を落とすものがない街なのだ。
飲食店が少ないのは、町内に企業や工場があまりなく、そこの従業員が昼だけでも利用する、そういう環境でないからでもある。
何かデカい企業の工場があってそこの城下町ならいいのだが、南部町はそういう町ではない。
身延街道沿いに飲食店が数軒あるが、ここ2年でクローズした店も2~3軒あった。一般の流しの客だけで営るのは厳しい。搬送ドライバーは昼時になったからくるまを停めて昼飯を喰うのではなく、走行メーターを見ながら、「もう何キロ走ったからそろそろ何か喰うか」だからである。
飲食業に宿泊が加わるのが旅館業だが、旅館業って朝早く夜が遅い。だからシフトを組むのだが、現在の船山は3交替になっている。(前からだが)
朝早い掃除部のスタッフは午後には引き上げるのである。でも旅館の従業員が昼を地元の飲食店で食べるとは思えないし。
他県人を雇用して住み込みとか。
「居住できるところってあったっけ?駐車場のログとか?」
駐車場のログはかつて山側に鎮座していて、大改装時に現在の場所、駐車場脇に設置された。
「3つあるうち手前の1つには電気が通ってます。風呂とWCはこっち(本館)にありますし」
エアコンは無いらしい。
「冬場はストーヴで何とかなりますが。夏場は暑いですね」
この写真は現在のスタイルに大改装される前のもので、食事処だった頃のログ3棟。
対岸からログ.jpg
誰かが継ぐんだろうけど、館長には拘りがある。身内も含めて第三者にポンと譲渡するのではなく、「この宿をどうしたいか、しっかりしたもの(ビジョン)が無いと・・・」
「何か次の変化があった時は出資してもいいよ」
「!!!」(T館長)
「知らない人に投資したくないし」
「Tさんなら損しても納得できるしね」
その時にそういう金があるかどうかわからないが、「株主になってもいいさ」と言い置いて部屋に戻った。
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翌朝は雨が降りそうな気配。雲行き。
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「出たよ」(ジャン妻)
「わるいかよ」
一夜干しを骨もアタマも残さず食う癖がついてしまった私。
最近、酒悦七ではマトウ鯛、上大岡ではキンキ、全て平らげて仰天された。
「どういう歯をしてんだか・・・」(ジャン妻)
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館を出る頃には豪雨になった。
窓を開けたら池の香が生臭いの。鯉がバシャバシャ跳ねていたね。
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帰り道、第二東名は横風が吹き付ける。
ワイパーが1本折れたままで走行する観光バスを見たぞ。
風雨の為、峰集落にある峰ノ城の探索は延期になりました。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-01-06
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船山ジビエ祭り [船山温泉]

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ノッシノッシ.jpg
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ワイングラスがた~くさん並んでいる。
エントランスで陳列したこともある何処かの匠の創作物だろうか。
「こんなに細長~いグラスだと使い難そうね」(ジャン妻)
「割っちゃいそうだ」
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-11-05で取り上げたヤードグラスとも違うな。
ワイングラスがたくさん.jpg
おや?畳のエントランスに灰皿がないぞ?煙草の香りがしない。
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2階にあった。山側のテラスが喫煙場所になっていた。
時代の流で分煙化が義務付けられ、とうとう外になってしまったか。
冬場は寒そうである。
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先代、4代目が山仕事から帰還したところ。
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もうすぐ夕餉.jpg
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さて、夕餉である。
船山温泉は山国、甲斐の国の宿なので海産物は一切出ない。
今回は凄いものがいろいろ供されました。
船山で摂れた山菜と、甲斐国で獲れたジビエ(狩猟肉)たちの盛り合わせです。
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鹿肉のスペアリブ。
猪と熊肉のソーセージ。
猪のベーコン、チャーシュー、レバーペースト(パテ?)。
素揚げの山菜を猪のハムで巻いたもの。
白く丸いものは、筍に蕗味噌をサンド。
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珍しい配膳.jpg
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岩魚造り、猪鍋、岩魚素揚、甲州ワインビーフ、いつもの定番が脇役になっちゃった。
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焼く・・・.jpg
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う~む、苦しい。
半年間で7kg痩せた過程で胃が小さくなったかな私?それとも年齢的なものかな。
「旅館料理ってバーンと量多く出す方が楽というか、何処もそういう傾向にあるじゃないですか」(T館長)
「多く出しておけばいいだろうみたいなね。少なければあれこれ言われるだろうし」(私)
「お年寄りとか、お客様によっては減らしていくことも必要です。そういう引き算もやりがいがあります」
ボリュームも凄いので、初めて私らは締めの釜飯(タケノコご飯)を食事処で食べられず、お握りにして貰って部屋で喰らいました。
寝酒の笹一と一緒に。
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デザートでワッフルなんてものが出ましたが、私は辞退しました。
ワッフル.jpg
かろうじて、このケーキだけは何とか。
これなら何とか.jpg
せっかく7kg痩せたのに。
これて2~3kg増えたような気がする。
「出せば大丈夫よ」(ジャン妻)
「!!!」
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船山温泉で暖簾が逆だったおはなし [船山温泉]

13時半にチェックインしていそいそと大浴場に向かったら・・・。
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あれっ??
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暖簾がいつもと違うぞ?
逆になってる。いつもは13時チェックインして夕餉前の17時50分までは突き当り「静山の湯」が男湯で、右手「渓流の湯」が女湯の筈だが。
宿側が趣向を変えたのかな。
まぁいいや。ジャン妻は女湯へ、私は男湯へ。アタリマエである。
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いいですね~。いつもと風景が違うのも新鮮です。
「渓流の湯」はいつもは夕餉後~翌日のチェックアウトまでが男湯ですからね。
宿入りしたばかりなのにこの風景は、「あれ?もうチェックアウト?いや、そうではない、来たばかりだ・・・」と思い直したりする。
後で聞いたら、「静山の湯」にいるジャン妻も同じことを思ったそうである。
午後の渓流の湯2.jpg
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もしかして?
暖簾を男女、掛け間違えたってことないですか?
しっかり湯に入ってから気付く私もどうかと思うのですが。
素早く出て着替えた。私は長湯ではない。
さてはミスったんだろうとフロントに小走りに向かった。次々とお客が宿入りしているぞ。
フロントにいた男性、T館長の右腕?Kさんに
「暖簾が男女逆になってないか?」
「えっ??」
「いつもと違うぞ。突き当りが女で右が男になってたぞ」
Kさんの表情からして間違いなのがわかった。戻る途中で掃除部の女性(この方は船山で最も長く勤務している)もいて、「!!!」状態であった。
たまたまいた他の男性客も首を傾げてる。
私は掃除部の女性に静山を指しながら、「中にウチの家内がいますよ。出て来たら掛け替えたら?・・・でも別にこのまんまでもいいんじゃないの?」
そういう訳にはいかないらしい。
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ジャン妻が「静山の湯」からのっそり出て来た。
池の畔でビールを飲んだ。運んでくれたのは胸に「研修中」の札を下げた新人さん。
グビッと飲んで、「暖簾はミスったらしいぞ」
「そうなの?」
「フロントと掃除部の女性も泡ぁ喰ってた」
「ああ、そうなんだ・・・でもネタにしちゃダメよっ」
「何でさ?」(ニヤニヤ)
「Tさん(館長)に叱られるでしょ」
「すぐ報告が上がるよっ」
そういうのはスタッフが白状するというか自己申告するさ。黙ってたって他のお客からT館長の耳に入らないとも限らないし。
ビール飲んで見に戻ったら暖簾は通常に戻っていた。いつものように突き当り「静山の湯」が男湯、「渓流の湯」が女湯に戻った。
これが正しい.jpg
私はいつものように身体が勝手に反応して突き当り「静山の湯」に入りかけて、「あれっ??」気付いたのだが、チェックインした13:30早々にいつもは女湯の「渓流の湯」を堪能できたのは新鮮、斬新ではあったよ。
「静山の湯」は地形の都合上、裏手の大森山の麓の土盛に食い込んでるのと、船山川に面した一方向しか大窓がないので、変則的角部屋の「渓流の湯」よりやや暗い。だからたまには入れかえるのもいいのではないか。
初めて来たお客は入れ替えの内規を知らないし、知ってる常連さんにしてみれば趣を変えたようで変化があっていいかもしれない。
夕餉の後、エントランスでT館長から聞いた話ではスタッフに注意したそうです。どんな言い方したんだろうね。「何やってんだ」ぐらいはドヤしただろうね。でも私からT館長にリーク、告げ口したからじゃないですよ。私は館長には言わないでスタッフに言ったの。スタッフが申告したんだろう。
「これって、ネ、ネタにします?[あせあせ(飛び散る汗)]」(T館長)
その場で、するに決まってんだろとは言わなかったけど。
「いつもと風景が違って斬新でよかったよ。暖簾が違ってたおかげでチェックイン早々に渓流、掛け替えた後に静山、貸切2つ、4つ全部入れたからね」
「そ、そうなんですね[たらーっ(汗)]」(T館長)
そういうチャンス、機会ってないと思う。
どっちが男湯でも女湯でも宿側の自由ではないか。例えばその日の客が1組だけだったら、貸切はともかく静山と渓流のどちらかはOFFしたっていいのさ。小さい宿はそうするところってあるよ。
それより気になったのは貸切の二人静。浴槽が大分浅くなってきたね。給湯口と湯船の縁の差が歴然としてるの。他の縁も外来淡水魚の鰭みたいにギザギザしてた。
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給油口の根本の部分と、湯船の縁にかなりの段差があるでしょう。
まだ当分は大丈夫かと思うが、いつかは取り換えるのではないか。
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館内のルールではミスなんだろうけど、私はミスだとは思っていないな。
ハプニングと捉えている!!
珍しくアンケートにも書いちゃった。「たまには男女を変えたら?」って。
ジャン妻はアンケートに書くことでミスったスタッフに追い討ちをかけるのではとヘンな心配をしていた。
「アタシは違和感があった。朝は奥(静山)がいい」(ジャン妻)
「そうなのか?1面しか窓がないじゃん」
「あの窓から朝、午前中の陽が射し込むのがいいの」
私はどちらかといういうと「渓流の湯」ですね。明るいから。
ネタを提供してくれてありがとっ!!
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船山温泉99の謎120 船山温泉の源泉を見た [船山温泉]

日本は火山国だから温泉が多い。
難しい分野で私も詳しく知らないので南部町史から。富士川本流を挟んで西側にある船山温泉や十枚荘温泉は大きく言うと南部フォッサマグナ地域で、十枚山の東側に糸井川~静岡構造線が分布、船山温泉はこれの断層を泉源としており、大きい断層から枝分かれしているのか、同じく町史実は「成島断層による源泉で断層粘土より湧出する」と記してあった。
新潟県親不知(糸魚川)から静岡県に至る断層線の上にある訳です。西山温泉、奈良田温泉(白根館)、十枚荘温泉(船山温泉近く)もこれにあたるらしい。
船山温泉の場合は私の苦手な硫化水素を含んだ硫黄泉だがその香は弱い。源泉温度もく17℃くらいです。だから加温している。
(南部町史には27℃と表示された頁もあったが。。。)
温泉フリークの中には「船山は硫黄の香も弱いし、沸かし湯でホントの温泉と言えるのか」と厳しい視点で見る人もいるだろう。船山温泉の泣き所、弱い部分でもある。
だから館内の空間、最大滞在時間数22時間、とことん山の素材に片寄った料理、そういうのに力を入れるしかなかった。
でも硫黄の香がキョーレツだったら私はリピーダーにはならなかったと思う。群馬に住んでた頃も草津温泉にすら行かなかったから。
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船山温泉の源泉は館の裏にある。
コンクリートの小屋があって湯の神様が祀られている。
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明治の頃、T館長より遡ること五代前の当主が本家から分れてこの地に下りて来た。
町史によると明治後期、船山温泉に至る最後の十字路を東に上った丘の中腹(杉尾集落)にあった私塾を解体して船山温泉の建設資材にしたとあった。この地に下りて来たT館長のご先祖さんは、たまたま住まわれたら源泉が染み出していてラッキーだっただけで、最初からここで商売しようと思って開湯した訳ではないらしいのだ。
「岩盤から源泉が染み出ているのを気付かないで居住(隠居?)したらしいです」
源泉が染み出ていた?
ここがポイントです。湧き出ていたのではない。成島断層の粘度から湧き出しているらしい。
自然の源泉を湯場というそうだが、船山温泉一帯の自然の源泉とは、那須、箱根大涌谷のように白い湯煙がモウモウ出まくって危険な箇所の立ち入り禁止区画があるほどの類ではない。だってそんな煙は何処にもない。
蕎麦宿の湯野上温泉のように温泉街あっちこっちに源泉供給ポンプがあって、自然の湯を集落全部に引いて風呂はおろか炊事や飲料にまで用い、それがアタリマエで表示すらしないくらいにふんだんに湧き出てる訳でもない。微々たるもののようです。
船山の源泉温度は計測できるが湧き出る量は行政的に計測できないそうで、
「おそらく1分間に5Lから10Lくらかな・・・」とのことであった。決して多くはない。この少ない源泉を如何に有効活用して供給するのだろうか。
渓流の湯1.jpg
船山温泉の源泉とは別に、T館長と船山川上流の自然の源泉を探索したことがある。
開発されない自然の源泉が2箇所あった。ひとつは船山温泉上流にかつて居住していた2軒の人家のうち1軒、Y家のお墓の先にある巨大堰堤の下、滝つぼ脇の岩盤から源泉が染み出ていた。
巨大な堰堤.jpg
源泉チェックする館長後姿.jpg
「岩から染み出ているこの白いシミが源泉です」(T館長)
堰堤の下の滝つぼなので、大雨大水時に水量、岩や土砂、流木が押し寄せる。だから堰堤がある訳で、この場所に源泉があっても掘削できない。
この白いのが源泉.jpg
この白いのも源泉.jpg
もうひとつは船山温泉の渓流の湯、静山の湯から見える堰堤の先にある。
その先にもう一つ堰堤があって、船山川が3つに枝分れする手前、平時はそれほど水量が多くない浅瀬を対岸の大森山側へ渡ったところに自然の滝がある。
おっ!!滝がっ!!.jpg
今度は堰堤ではなく、ホントの自然の滝つぼの脇に硫化水素の源泉が白く染み出ていた。
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水溜りが白く濁っていた。枯葉も変色している。
源泉の水たまり2.jpg
指につけて臭いを嗅いでみたら微かに硫黄臭がした。でも草津や那須のように鼻がヒン曲がる臭さではなく、普段、船山の湯で嗅いでるのと同じ程度の臭いだった。
「この場所を開発しようとした酔狂な人はいなかったのかな~。船山温泉2号館とか」
「いないですね。開発は人の集まるところに投じるものですから。山梨でいったら富士五湖とかね。ここなんかとてもとても・・・」
硫化水素のシミ?1.jpg
船山館の裏手にも硫化水素の染み、結晶がある。
「上で見たものと同じですよ」(T館長)
これらは船山川が流れる方向で右岸にある。左岸には見当たらない。このように、この辺り一帯の源泉は船山館の裏手だけではなく、船山川が流れる下流に向かって右岸、大森山系の岩盤に染み出ているようです。左岸には見当たらない。
硫化水素のシミ?3.jpg
では船山温泉の源泉供給メカニズムをもう少し調べてみましょう。今回宿に行く前にメールしたの。源泉を見たいって。でも源泉は温泉宿の本丸で聖域だし、さすがに企業秘密で取材許可が出ないかなと思ってた。
今回、T館長は日頃の不摂生で??腰を痛めておられ、夕餉の時にジビエを運んで来た最も痛々しいのを無理しておられるのがわかったので、取材は春に延期するかな~と敢えてこちら側からはもちかけなかった。
翌日、午前中にフロントでチェックアウト後のこと。
ジャン妻が次回の予約をしながら、新しい従業員のS君が、「お荷物お持ちします」
それを、「くるまをここに持ってくるからさ」と固辞して外に出て、駐車場に歩きかけたらお裏方からT館長が腰に手を当ててノッソリ現れた。
「〇〇さん(私のこと)、こっちこっち、例のもの」と手招くのである。それだけでピンと来たが、
「えっ?大丈夫なの?腰が悪そうだから無理せんでも・・・」
平気なようである。痛み止めで散らしてあるのかな。お裏方に廻ったらベテラン女性のMさんが洗濯物を干していた。そこを通り過ぎて源泉ポンプ室の扉を開け、地面のマンホールをズリズリズリっと開いた。腰が悪いのに大丈夫。
「見てください。これです」
「???」
船山の源泉を見た3.jpg
船山の源泉を見た2.jpg
覗き込んだら、薄暗いなかに水が溜まっていた。
「源泉がポコッ、ポコッと湧き出しているでしょう?ここに源泉が貯まるんです。」
これこそ船山が温泉宿として活きる為の生命線である。なるほど泡が浮いている。でもジャブジャブとふんだんに湧き出ているようには見えない。溜まっている。
弱い匂いがした。湖山荘のように鼻をつまむほどでもない。
この地下貯水槽(というか、源泉の槽?)の容量はどれくらいなのだろうか?
「2.5m×2.5m×3mくらいでしょうか」
18.75㎥ぐらいということか。
そこからは管が2本伸びているんです。
「2本あるでしょう?この源泉をそのまま供給する配管とポンプで汲み出して上の方にあるタンクに貯めておく配管です。そこに貯めておいて落とすんです」
T館長は船山の裏手の山を指した。裏手の山は時折散策しているし、館長に案内されて熊の足跡が発見された辺りを確認にいったことがある。
そこには循環用の貯蔵タンクがある。
謎のタンク.jpg
「だから各温泉に湯を供給する管が2つあるんですよ。源泉供給用と循環用(上の方にあるタンク)ですね」
ああ、そうか。それは前にも説明を受けたな。今はお休み中の?りんく氏とこの宿で出逢う前に氏から「船山温泉の供給管は何故2つあるのか?」調査の依頼を受けて調べたことがあったのを思い出した。改めて言うと、船山温泉は内湯も露天も貸切も2本の供給管があって、1本は源泉そのもの。もう1つは循環用です。(貯蔵、貯めて置くもの)常時は1本の管からのみ給湯され、時折2本めから供給される。タイミングを見て噴出す2本めが源泉供給用なのです。
給湯口.jpg
源泉温度は低いので鉱泉というか、冷泉といってもいいが、船山の補給用ボイラーの性能だと源泉17℃を一気に40℃まで上げられないので、多少は温めの湯が補給されるので、湯船の温度が下がるところを循環用ボイラーが働いて温度を調整する。
常にボイラーが稼働しているので燃料費、原油価格の高騰が辛いそうである。
今回は内湯、露天、貸切の温度差が何だか顕著でいずれも不均一だったのでそこを指摘したが、4つの湯場、内湯と外湯、計6箇所の温度設定ボタンは何処かにあるらしい。イメージとしては天ぷら専門店にある揚げ油のプール、そこの揚げ温度の設定ボタンと同じようなものであろうか。
これについては、「設定ボタンはあります。基本的38度~41℃で運用しています」とのことであった。
「でも貯めて置いとくと(硫黄の)匂いがトンでしまうんですよ。だからそれを温めるだけではダメなんですね」
「そうなんだ。このタンクがスッからかん(空っぽ、枯渇)になったことってあります?」
「基本的にはないです。機械故障の時だけですね」
故障したのを見たことがある。もう時効だから書いちゃうけど、東北大震災直後にキャンセルが続いて宿が経営危機に陥った時、宿や自分自身を奮い立たせる為に2連泊を強行したが(意外に思われる方もいるかもですが、私は船山で2連泊したのはこの一度きりなんです。)計画停電のあった翌朝に渓流の内湯がダウンしてしまった。源泉も循環も湯の供給が止まっていた。
単なるプールになってしまったんです。原因はヒューズがトンだらしいんだな。
それと、これも時効だろうけど、今はいない船山スタッフのヒューマンエラーで危うく翌日の温泉給湯が止まりかけたことがあるとか。幸い館長が気が付いて事なきを得た。
地下から湧き出す源泉と山上での貯蔵、そして循環、このシステムにしたのは昭和61年からだそうで、現在のスタイルになる若干前の時代のことだそうである。
ではそれ以前はどうだったのか、T館長は腰が悪いし、私もチェックアウト後なのでそれはまた機会を改めよう。
痛む腰を庇いながらT館長はマンホールの蓋をズルズル閉めた。この観察のせいでまた腰が悪化しないか心配である。事業者だから労災も適用されないだろうし。
出て来たところ.jpg
お裏方の岩魚稚魚が泳ぐ清水を横目に見て歩く。この清水(湧水)や染み出す源泉は、大森山系からの恵みで成り立っている訳です。
「よく温泉を飲む人はいますけど、行政上は飲めないんです」
私は飲んだりしないけど。
「ふぅ~ん。そうそう。雨が降ると硫黄の香が強くなるってことない?大雨の時ほど調子がいいというか、香が強く感じるけど」
「う~ん。。。」
「台風大雨の時って湯の色が変わったっていうのを聞いたことがある。水って見えないところで地下の水脈を勢いよく流れてる訳でしょう。だから硫黄成分も強く押し流してるとか?」
T館長はちょっと考え込んだ。確かに一理あるような、でも確信や裏付けがないような、という表情である。
館長とジャン妻.jpg
2人で駐車場に戻りかけたらジャン妻がいた。眦が釣り上がって眉間に縦皺が立っている。
「ちょっとっ。何処へ行ってたのかと思ったらっ」
「いやぁ。すみません」(館長)
「取材中だったんだよ」(私)
「くるまのドアも開いてないしっ」
その場の別れ際に、腰の具合がどうこう、何とか注射が云々、思い切って手術したら宿を休まなきゃならない、いっその間は若いのに任せたら?山梨県か静岡県にいい外科の医者を紹介できるかどうか、そんな病気談義をしながら再会を期して宿を引き上げた。

船山温泉の源泉は、上流の自然の滝つぼに染み出していた白い硫化水素の結晶が水溜まりに溶け込んで、それが自然に溜まったもので、流れが集まってくる場所と思えばいい。
「本当は源泉かけ流しの方がいいんです。そういう宿に勝てない。ウチに来たお客さんは結局そういう宿に戻ってしまう方が多いんです。ウチだって何千メートルもボーリングすれば可能かもしれませんが・・・」
関係者以外は立ち入り禁止です。
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船山温泉朝食バイキング一考察 [船山温泉]

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朝の青空に映える船山館.jpg
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御殿山方面.jpg
何やら働く人々.jpg
渓流の湯1.jpg
渓流の湯2.jpg
朝餉のお品書き.jpg
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ジャン妻は顔をしかめてる。
「最初にちょこっとでもいいからご飯入れといて欲しいのに・・・」(ジャン妻)
「取りに行かないのか?」
「行かない。皆でドドドッとあの場所に集まるのがイヤなの」
う~ん確かに。
ワンフロアバイキングと違って、それぞれの個室からぞろぞろ出てきてご飯、お粥、パンを廊下まで取りに行き、そこで並ぶのはあまり美しくないとは思う。
動線もめんどくさい。そういうシチュエーションは如何なものか。
何故、おかずだけ先出ししておいて、主食だけ廊下へわざわざ取りに行かせるのだろう。
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朝はパンが食べたいというリクエストがあっても、和洋2パターンの朝食を用意するのは大変だから、主食だけ選べるセミバイキング形式にしている訳ですな。
このスタイルにして廃棄や残り物が減った・・・それも理解できます。でもこのスタイルにする前から白米とお粥はあったわけですよ。それに「パンが食べたい」これが加わったら主食が全部廊下に出されちゃって、私のような白米主義者がワリを喰ってしまったのです。極端に言えばパンを食べたい人の為といっていい。
私はパンが食べたい人や、朝はパン食と決めているのを否定してるんじゃないですよ。船山のパンって案外と美味しいし、昨夜のシャルキュトリー、ハムやベーコンと卵を使ったら洋食も可能だと思うしね。
でもどう見ても今の船山の朝のおかずは和食だし、ご飯のおかずですよ。だからパンと白米を同等にして廊下へ取りに行かせるのは疑問符が付くなぁ。
各個室にお櫃によそったご飯を置いとく?そこまでしなくてもいいからせめて最低限のご飯を白い茶碗に入れて置いといた方がいいのではないかい?前と同じでいいんですよ。ご飯だけ廊下へ取りに行く個室レストランなんて聞いたことない。(苦笑)
「アナタのも持って来るよ」
「いい。おかずだけ食べる
「おかずだけぇ??」
「自分の分だけ取ってて」
「・・・」
結局ジャン妻はダイエット中なのもあって白米を食べなかったんです。
船山温泉のスタッフはこのスタイルで朝飯を喰ったことがあるのだろうか。
今後もこれでいくのだろうか。
11時にチェックアウトしたら外は早いところはランチタイムだし、朝飯抜きプランで近隣の南部グルメ、甲州グルメ(朝昼兼)というのもいいかも知れない。
セミバイキング1.jpg
パン.jpg
眩しい船山館.jpg
さて、苦言を呈しましたが、この宿のいち利用者の個人的な意見ということで。
11時前にチェックアウト、次回の予約を入れ、くるまを廻す為に駐車場に出たら、館長が傷めた腰に手を当てながらお裏方から出てきた。
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船山温泉Charcuterie [船山温泉]

薄青い船山温泉.jpg
二人静2.jpg二人静.jpg
清水.jpg清水目線.jpg
静山の湯.jpg風呂上りの一杯.jpg
薄暮の船山館.jpg
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シャルキュトリー.jpg
今回の船山温泉訪問は年の締めの宴、慰労とは別に、目的・テーマが2つあって、ひとつがこのジビエ前菜、シャルキュトリーを食すこと。
これは事前に予約せずに当日のデフォルトだと1日に3皿しか出せないそうです。
訪宿数日前にメールで申し込んだ。フロントにもそう謳ってあったが決して安くはない。物珍しがって追加したお客様は私以外にどれだけいただろうか。
T館長は日頃の不摂生でか腰を痛めてしまったそうで。痛々しくも痛み止めを服用しながら自ら運んで下さった。
前菜.jpg
タルタル卵ソース.jpg
定番の前菜、猪鍋、岩魚造り(黒い平皿に盛ってあった。前の氷を敷くスタイルは止めたらしい)が最初からセットされていて、前菜のハム(ベーコンか?)も含めて、甲州富士桜ポークハム、レバーテリーヌは鹿、猪ハム、猪ベーコン、鹿熊のソーセージ、薄く切ったゴーダチーズとクレソン。
「これって生で食べるの?焼くの?」
「そのままでどーぞ」
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ワインが合います。
それほど塩分が強くないですよ。味も濃いとは思わない。その辺のスーパーで市販されているハムやベーコンの方が塩気が強いのではないかなぁ。
これがジビエというものだよと自信満々胸を張っていえないが、家でこういうのを喰らっても何とも思わないような気がする。やはり船山温泉で食するからこそ、他の山の幸と相乗効果で美味しく思うのであろ。
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歯科・・・じゃねぇや。(インプラント以来、シカで検索すると歯科が最初に表示されやがる)鹿と熊のソーセージはさすがに他に無いものだね。歯応えがある。シャウエッセンとは違う。(アタリマエか)
このベーコン&ハムで朝にベーコンエッグやハムエッグを出したらいいのにって思った。次回は取り置きしておいて、甲州ワインビーフと一緒に焼いてみよう。
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ジビエはフランス語です。gibierだって。
私は英語はおろかフランス語なんか全然知らない人間だが、シャルキュトリは、Chairが肉、Cuiteが火入れ、それをくっつけた造語?
日本ではイマイチ馴染が無い。食肉加工職人をシャルキュティエcharcutierと呼ぶそうだが、洋菓子職人のパティシエや、チョコレート職人のショコラティエのように浸透していない。それらを生業とする職人さん料理人さんには悪いが、何だか血なまぐさい印象は拭えない。人数も多くないのではないか。
要は豚・猪・鹿・熊・鴨といった鳥獣の肉を、ハム、ソーセージ、サラミ、ベーコン、テリーヌ、パテなどに加工したもの。缶詰、瓶詰、塩漬、燻製、塩漬、乾燥といった肉の保存食ともいえる。
よくこういった路線を開拓したものである。
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船山温泉は以前よりも地場産の食材ネットワークが拡張された。ではこれらは何処から仕入れているのか。
ジビエを入手するには専門業者に依頼する訳だが、船山温泉では地元の猟師と提携?信頼関係が構築されている肉屋、または食肉処理施設を持つ猟師から直接買い付けていると聞いた。
今回その人達が実名でフロントやHPに明らかにされているが、いずれも個人名か個人商店、業者のようです。
北杜市武川町の武川米。(これは山梨県随一のブランド米ではなかったか。)
小林牧場の甲州ワインビーフ。(船山温泉の定番ですね。)
忍沢養殖場の茜鱒と山女魚。(私はまだ茜鱒は食したことがない。)
甲州桜肉専門店ミート高橋の馬刺、馬肉桜漬、馬肉ロースト、甲州富士桜ポークハム。
(悪くないけど、会津坂下の馬刺には及ばないような気がするけど。)
芦川村(Mさん)の山葵。
忍野の岩魚。(刺身は塩で。素揚げでアタマからガブリ)
早川町(Mさん)の鹿ヒレ。(鹿ヒレは確か連泊して2泊目の夜だったかな?)
どんぐり山(Ⅰさん)の天然猪。(鍋が主だったが、今回からハム、ベーコンが加わった。)
佐野おとり店の小鮎。(天ぷら、甘露煮、今回前菜で出されたフリッターがサイコーです。)
他にもあるけど省略。
「ジビエ他、山梨県地場産のネットワークが広がっていますが、そういう人脈はどうやって構築されるのです?館長が飛込営業するとか?」
「飛び込みもありますが・・・基本的に紹介が多いですね」(T館長)
個人名なので和えてイニシャルで表示しましたが、鹿ヒレ肉のM姓やI姓が多い地域です。もしかしてM姓と天然猪のⅠ姓の方は、それ以前から船山温泉に肉を卸しているホンモノの猟師さんではないだろうか。
船山温泉の厨房にもMさんがいる。前に送迎でTVに写った。武田鉄也さんと・・・誰だか忘れたが女性歌手?タレントを内船駅まで迎えにいった人。
「まさかMさんが獲った鹿かよ?」
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「ジビエは1日3皿限定だそうですが、それだけ貴重で品薄ってことなの?」
「鹿と熊の仕入れ状況によります。作る(加工する)のに時間も掛かるんです」(T館長)
前にT館長に、「船山温泉に卸している猟師さんは、銃で仕留めるの?」と訊いたら返って来た答えは「罠猟によるもの」とのことであった。
逃げ回ったり、暴れまわったりしたのを仕留めた場合、体温が上昇しているので処理(血抜き)を早く行わなくてはならないそうである。
運んで解体するのにも費用や労力がかかる。高齢化や後継者不足もある。だけど勿体ないことに、鹿、猪といった野生動物による農作物の食害に悩まされる農家の話題がメディアで取り上げられ、生息数を調整する為に目標数を定め、毎年一定量の駆除を行っても、捕獲された鹿が食肉として流通する割合は少ないらしい。
大半は猟師が自家消費したり、山中に埋めて終わり。昨日に載せたジビエバーガーのように地域振興につなげようという動きも出始めてはいるようですが。
何しろ効率の悪い商材なので安定供給ができない。群馬の某小料理屋の店主は「肉は相場が安定しているけど魚は変動する」とボヤいていたが、畜産とは違って野生のジビエ獣肉の場合は、仕留めて解体してみないと品質(肉質)が確認できないので、日常の食材とはまた相場が異なる。
また、提供する料理店や旅館側と、数少ない専門業者(仕留める側)との信頼関係、目利き、経験、付き合いに頼る部分が大きいそうである。
美味しく珍しくいただいたが、3780円という価格は決して安くはない。巷のビヤホールやフランス料理店のハムソー盛り合わせと一緒にしないでくださいね。
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後日、船山土産を持ってジャン実家に行ったらジャン母は、
「また山梨へ行って来たの?」
呆れたカオをされた。ジャン母は観光主義なので宿はどうでもいい人なのだが、私がいつも同じ宿へ行って同じものばかり喰ってるのが理解できないらしいのだ。
「猪のベーコン、熊鹿ソーセージを喰った」と自慢しても自慢にもならない。ヘンな顔をされた。ゲテモノ料理だとでも思ったのだろうか。
ワインに合う.jpg
ジビエシャルキュトリーの後は通常の猪鍋、岩魚造りを摘まみながら、岩魚素揚げ、甲州ワインビーフ、海産物の全く無いディナーが続くのだ。
岩魚造り1.jpg
岩魚造り2.jpg
猪鍋1.jpg
猪鍋2.jpg
岩魚素揚げ1.jpg
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銀杏天ぷら.jpg野蒜.jpg
新しい男性スタッフも前述の業者と同じ姓だった。この地域ではよくある姓です。
「館長厳しいかい?まぁ3年は辛抱しなきゃな」ぐらいは言ったね。
「給料いいのか?って質問やらかしたら止めようと思ってたんだけど、言わなかたね」(ジャン妻)
「それを言うと辞めちゃいそうだから言うの止めた」
「男性率が増えたね」
「そりゃぁ館長にしてみりゃ女性より男性の方が怒鳴れるからだよ」
甲州ワインビーフ1.jpg
焼き始める.jpg
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甲州ワインビーフでちょっと悪戯をしてみた。
レア状態の肉を一旦焼くのを止めて醬油皿に浸すんです。
岩魚造の薬味だった生姜を載せる。
醬油で和えてみる。そして再度、焼く。
肉を浸す.jpg肉に生姜を載せる.jpg
肉と生姜を和える.jpg肉に生姜を載せて焼く.jpg
生姜焼き.jpg
「どうだい。甲州ワインビーフの生姜焼だぞ。むかごご飯が来たら定食になる」
ジャン妻は呆れたカオをしていた。
笹一熱燗1.jpg笹一熱燗2.jpg
厨房のMさんが持って来てくれた日本酒に移行している。笹一(大月市)、七賢(北杜市)、いずれも山梨県の酒です。もう少し銘柄を増やして欲しいな。T館長は日本酒よりも焼酎派らしいからな。
「手打ち蕎麦は。。。」
「う~ん。。。」
いつも思うのだがイマイチだなぁ。ちょっと粉っぽいかな。
釜飯の登場である.jpg
むかごご飯1.jpg
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お品書き.jpg
夜1.jpg
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昨今、原油価格が下がったようである。源泉温度が低い船山温泉は沸かし湯なので、「燃料経費が減って経費が楽になったのでは?」と質問したら、
「燃料の部分で多少は下がりましたが他の経費は増えていますので全体的には利益は減りました」(T館長)
とのことであった。
ジビエ食材他、地場産のカテゴリが増えたからかな。いつまで経っても儲からない船山温泉である。
さてと、http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-07-30の記事で、船山温泉の聖域、源泉はどうなっているのかを予告しました。
館長にもメールで申し入れてあります。果たして取材許可が出るか微妙でしたが、本文中にあるように館長は腰を痛めたので、無理せず取材は次回に延期かな~と思いながら就寝しました。

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New Year Sunriseではないですが。。。 [船山温泉]

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今年は正月休みが短いのでウレシーです。
早く会社に行きたいなっと。(嬉々)
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99の謎予告?船山温泉の聖域に迫れるか? [船山温泉]

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いい風景です.jpg
「お風呂入るの久しぶり~」(ジャン妻)
「・・・」
誤解を招くので補足しますが、私らは日常、初夏以降はシャワーで済ませる。家の風呂に入らないのです。シャワーで身体洗うだけ。
何でかって?暑いからですよ。晩秋から冬場、寒い時期は家でも風呂入りますよ。それ以外の時期は、会津蕎麦宿、伊豆八幡野、ここ船山、この3宿でしか風呂に入らないのだ。
ちゃんとシャワーで洗ってますから誤解しないでくださいね。
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さて、ちょっと予告の余談ですが。
船山温泉99の謎・・・これは突然ネタが湧き出すものなのです。自分でもネタキレだと思いながらも、「そういえばあれはどーなってるんだ?」・・・不意に脳裏に浮かぶのです。
宿そのものよりも宿周辺のネタが多かったりするけどまだ宿本体で最大級の謎が残っています。それは船山温泉の本丸、聖域というか、運営上の源に直結するもの。源泉汲み上げのメカニズムです。
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船山温泉の泉質は弱いとはいえ硫黄系です。単純硫黄冷鉱泉(低張性弱アルカリ性冷鉱泉)です。だから加熱している。
純粋な硫黄ファンは「あれで硫黄といえるのか」疑問符が付くでしょう。私は鼻がひん曲がるくらいの硫黄のニオいは苦手なので、もし船山温泉が草津温泉のように強烈な硫黄臭だったらここまでハマらなかったと思う。
前にT館長に聞いたの。「源泉って何処にあるの?」って。
「裏にありますよ」という。
船山館のお裏方にポンプ室のようなものがある。それです。小さいお湯の神も祀ってある。関係者以外は立ち入り禁止ですよ。
では船山温泉の源泉は硫化水素がどう噴出しているのだろうか。
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裏山の岩盤からは硫化水素の白いシミがにじみ出ている。
硫化水素のシミ?1.jpg
硫化水素のシミ?3.jpg
鼻を近づけると僅かに香がする。そこから推測すると硫黄の湧き出す量はそれほど多くなさそう。その量はおおよそ5L/1分、10L/1分程度だという。決して多いとはいえない。
ではそれをどうやって汲み上げているのか。
地下何mまでボーリングしているのだろうか。
清水.jpg
私が思うに、晴れの日より、雨が強い日は硫黄の香が強いように思う。
「今日はニオイが強いね」
「雨で押し出されてるんじゃない?」
地中や岩盤を雨水が流れ、硫黄泉を押し出す力が強くなってるんでしょう。
強いったって、草津、蔵王、湖山荘のような硫黄バリバリじゃないですよ。そんなん強烈だったら私はハマらなかった。
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船山温泉はどの湯にも給湯口が並列に2本あるでしょう。
うち1本は出たり出なかったり。2本のうち1本は源泉補給用、もう1本は循環用です。
源泉補給用から出るのは、湯船の水位が下がった際に源泉がボイラーを通り補給されるものです。ひとりで貸切露天にクビまで浸かっていきなり湯船の外へ出てごらんなさい。水位(湯だけど)が下がって源泉補給用からドバッと噴き出します。
船山館の補給用ボイラーの性能では源泉の温度・・・確か17.5℃だったと思いますが、一気に40℃までは上げられず、多少は温めの湯が補給される。
そうなると湯船の温度は下がるので、ここで循環用ボイラーが働き温度を調整するんだそうです。循環用のパイプにも常に源泉を足していて、常時、ボイラーが作動していることになる。
供給のメカニズムはわかったけど、汲み上げるメカニズムが知りたいのだ。T館長は理系だが、私はメカオンチでもあるので、説明聞いてもわからないかも知れない。
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取材許可が出るかどうかはわからないよ。今回はさすがに企業秘密で許可が出ない可能性の方が高い。机上でフローチャートを書きながら説明を受けるだけになるかもね。
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船山の料理写真が上手く撮れない [船山温泉]

船山温泉料理写真は撮るのが難しいのだ。
私の腕が悪いのもあるが、デジカメがブッ壊れたので最近はもっぱらⅰ―Phone。ⅰ―Phoneで充分なのだが、居酒屋料理より難しい。上手く撮れないのだ。
ジビエだから野趣で見た目が美しくないのは仕方がない。お世辞にも見栄えはしない。それと時間帯が18時~と決められているから、その頃合いだと外も個室内も薄暗いのもある。
お皿や敷きものも地味で暗いし。
別に味に文句言ってんじゃないですよ。味に文句なんかある訳ない。海のものより山や川の恵が好きで通っているんだからさ。
いつも下手ですが今回は特に下手で。ちっとも上手く撮れてないので写真は拡大しません。
前菜.jpg
岩魚素揚げ.jpg
燻製1.jpg燻製2.jpg
猪鍋.jpg岩魚造り.jpg
岩魚の刺身は何で食べます?
高崎の某居酒屋で刺身盛をオーダーすると、醬油、ポン酢、ワサビはもちろん塩も出される。時には柚須胡椒も出される。
「白身には塩もいいですよ」って言ってた。
私もそう思うの。塩プラス醬油をちょっと浸けると甘味が感じられます。ただ、明らかに塩分の摂取が多くなるので船山温泉以外でそういうことはしないうようにしています。
岩魚の刺身には塩がいい。ワサビも摺らなくなった。もったいないので次回から、ワサビ要らないよって言おうかと思ってる。
猪皮と野蒜.jpg手打ち蕎麦.jpg
前からこれは美味いなと思ってたのですが。素揚げに添えられる山菜のつきだしに野蒜が入ってる。これに青菜(細い青ネギ?ニラ?)と猪の皮を湯引きしたものを和えてある。
山菜でもなく、その辺の原っぱや土手に生えてるらしい。根元にタマネギ状に肥大した小さい部分があってそれを食べるの。
若女将から「ノビルです」って説明受けた後、「ヤマビル?」って口を滑らしたらジャン妻はムッとした。
ワインビーフ.jpg
甲州ワインビーフヒレですが、これもいつもは塩でいただきます。
前回からオカシなソースが添えられた。白いのは塩麹ソースで、右のドス黒いのはブルーベリーソース。
塩麹ソース&ブルーベリーソース.jpg
これは私らは全く合わなかった。何でこんなのにしたのかな。普通に塩でいいのに。
「そのウチ、焼肉のタレ(ジャン)とか出るかな」
「・・・」
ジャン妻は私のくだらないジョークに殆ど反応しない。口元を歪めるだけ。
無視された私は遊んでみた。
ヒレ肉がレア焼きになった頃、岩魚造りに付いて来た生姜がまだ残ってるのでそれに漬けます。醬油にも浸します。そして焼きます。生姜焼きですね。こういうことをすると肉の脂が醬油皿に染み出して岩魚造りには使えなくなるから、岩魚を全て平らげた頃にやります。
「何をやってるの?」
「生姜焼きにしてるの」
「・・・」
生姜に浸け込む.jpg生姜焼き.jpg
生姜焼きが焼きあがったタイミングでT館長が、笹一の熱燗だったか手打ちそばだったか、何かを持って現れた。
「お待たせしました。〇〇をお持ち致し・・・」
「見て見て。生姜焼きにしてみたよ」
「・・・」
T館長は絶句した。
いいとも悪いとも言わない。持って来たものを置いて、ごゆっくり云々と言ってから、生姜焼きネタに反応しないでその場から逃げるように立ち去ってしまった。
「生姜焼きなんか定食屋で喰えって思ったかな?」
「・・・」
希少なヒレ肉を何てことするんだって思ったに違いない。
炊き込みご飯.jpgデザート.jpg

さて、朝のバイキングですが。
ジャン妻が物言いがあるそうです。それはですね。。。
台のもの.jpg
味噌汁.jpgハム煮物デザート.jpg
一夜干し.jpg温玉.jpg
「やはり朝ごはんのバイキングでちょっと納得がいかないな~」
まだ夕餉の最中にジャン妻が突然、そう切り出したんですよ。
「お粥とかはバイキングでいいよ。パンもね。ジュースも。でも朝のおかずは誰がどう見ても和食なんだからさ。ご飯だけは最初っからセットしておいた方がいいのよ」と仰せである。
つまり、「ご朝食のご準備ができました。昨夜と同じお部屋の・・・」とアナウンスがあっていそいそ部屋に向かっても、ガラッと引戸を開けて、「あれ?ご飯は?」違和感を感じるというのである。
「アタシたちは事前にわかってるから。特にアナタなんか部屋(食事処の個室)に行かないでにいきなりズカズカご飯を取りに行くけど、みっともないよね」
「悪かったな」
「初めて来た人が部屋に入って、あれ?ご飯ないの?って思うよ。少しでいいから最初にご飯はセッティングしておいた方がいい。それでもお粥が、パンが、って言う人は取りに行けばいいんだからさ。ご飯もバイキングにするから混むんだよ」
確かに一理も二理もある。ご飯が渋滞になってるってことは、やはり朝餉は和食なんだから、ご飯はやはりあってアタリマエなんだよ。時間が経ってジャーを開けるとご飯が最も少なくなってるからね。
「意見に書いたらいい」
「言うかも」
書くのがめんどくさかったらしく、若女将が釜飯を持って現れたタイミングで意見具申してました。
朝の215号室から.jpg
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船山温泉99の謎119 伊勢湾台風の前月にやって来た暴れん坊台風 [船山温泉]

山梨県の自然災害というHPがありまして、昭和34年、南部町の事例ではこうある。
「台風15号(伊勢湾台風、昭和34年9月26日~)、旧南部町全域、罹災世帯90戸、重傷2名、全壊家屋6棟、半壊家屋76棟、床下浸水8棟。台風の中心は本県から200kmも離れて通過したにもかかわらず非常に強い風が長時間にわたって吹き荒れた。南巨摩郡下の他町に比べて軽微であった」
床下浸水8棟。この1/8は船山温泉かな。
でも南部町は南巨摩郡下の他町に比べて軽微であった???
ここに引っ掛かった。
誰が命名したのか知らないですが、伊勢湾台風(台風15号)は伊勢湾沿岸、愛知県、三重県の被害が甚大だったのでそう呼ばれて今日に至る。有名ですね。
人的被害は死者4697人、行方不明者401人、負傷者38921人、明治維新以降で最大の被害を出した台風といっていい。戦後の自然災害としても、平成7年(1995年)1月17日に阪神淡路大震災が発生するまでは犠牲者数が最も多い天災なのです。
なのに、「軽微であった」???
だけど南部町誌に載っている被災写真は軽微どころじゃないですけどね。
伊勢湾台風時の旧南部町.jpg
伊勢湾台風時の旧南部町2.jpg
旧富沢町役場&富河小学校.jpg
船山温泉前の道が無くなった日の床下浸水は、災害統計数で言ったらいち旅館経営者一家の被災だから大枠で無視されちゃったのだろうか。
ちょっと腑に落ちないのでその前後を見てみたら、同年、伊勢湾台風の前月8月12日~14日にやって来た台風7号という暴れん坊台風があった。
台風経路図.jpg
この台風7号は8月12日に硫黄島の南東海上で突然発生したらしい。南海上をフラフラしたりしないで僅か2日後には日本にやって来る。8月14日6時半頃、駿河湾の富士川河口付近にいきなりストレートに上陸した。
その1週間ほど前、8日~10日には台風6号がやってきてまだ地盤が緩かったところへ、台風7号は時速75kmのハイスピードで上陸して僅か1時間後の7時半頃には甲府西部を北上。釜無川上流や大菩薩嶺一帯を豪雨で崩しまくり、韮崎市、塩山市、各所に山が崩れ土石流、泥流が続出した。韮崎市街は泥流で1mから2mほども浸水したそうである。
10時には新潟県上越市付近を通って日本海に抜けたのでかなりせっかちな台風ではある。進路図がこれ。
台風進路図2.jpg
富士川、釜無川に沿って、モロに山梨県の斜めをブッタ切るように北上している。僅か2時間足らずで山梨県全域を蹂躙しまくった台風です。全県下で流出全壊家屋1911戸、死者、行方不明者89名だという。
興味のある方は山梨県の防災史をご覧になっていただきたいのですが、船山温泉の南部町ではどうだったか。
「台風7号、旧南部町全域、堤防決壊22ヶ所、耕地流失冠水50町歩、橋梁流失12ヶ所、道路決壊97ヶ所、山地崩壊58ヶ所、罹災世帯480戸、軽傷166名。台風は富士川河口に上陸して川に沿って北上。旧南部観測所総雨量389ミリ。明治40年以来の大水害。中部地方で暴風と大雨による被害大。死者188名、行方不明者47名、負傷者1528名、住家全壊4089棟、半壊10139棟、床上浸水32298棟、床下浸水116309棟など」
伊勢湾台風はこの翌月にやって来る。そっちの方が今では有名だが、南部町の被害が大きく掲載されていた。
船山温泉の前の道を押し流した台風は伊勢湾台風ではなく、その前月にやって来たこの台風7号ではないだろうか。
ついでながら、十兵衛さんがよく行かれる奈良田温泉の手前、西山の雨量は507mmで、南アルプス一帯の豪雨により、何と200箇所も山崩れがおこり、早川沿いの道路は173箇所にわたって決壊。25の橋梁が流出。各集落が完全に孤立し合ったという。奈良田温泉白根館の手前、西山温泉では湯治客が600名孤立したとか。だったらドン詰まり?にある白根館も孤立したと推測される。
これら一連の台風のせいで、昭和34年は被害総額が当時の金額で400億円を超え、土木施設だけでも110億円余に上るなど、 昭和年代最大の災害年と言われている。

船山温泉前を崩した昭和34年の台風は、伊勢湾台風ではなくその1ヶ月前にやってきて甲斐の国を荒らしまわった台風7号のような気もする。往時から50数年経っているし、台風7号の後にやって来た伊勢湾台風の方があまりに有名なので、もしかしたら先代(T館長のパパ)は7号と伊勢湾台風を混同した可能性はある。
台風7号と15号伊勢湾台風の間に7つ8つの開きがある。僅か1ヶ月足らずの間に台風7号~伊勢湾台風の台風15号、その間に9つの台風が発生したってことは、昭和34年度は台風の当たり年だったのかも。地盤が相当緩くなって、有名な伊勢湾台風がとどめになったのかも。

温暖化の影響で南海上の水温が上昇し台風が発生し易くなった。台風が来なくても上空の大気の不安定さで1時間辺りの雨量が増えている。平素は穏やかに見える船山川だが沢が多く傾斜がキツイので、僅かな時間の集中豪雨で急激に増水する。空を見上げ御殿山の雨雲が黒々してたら河原に近づかない方が無難です。

ではそろそろ締めます。
これはGoogle Map写真から。S字カーヴのあった辺りです。
航空写真加工-2.jpg
次に船山川水系のひとつ、御殿山を含めたもの。
航空写真加工-1.jpg
御殿山から沢が下っていて船山川の水呑沢に達しているのが何となくわかります。
途中、斜面が崩壊しています。そこを拡大すると。。。
崩落個所推定地拡大.jpg
!!!
近年、まだ爪痕が残っていますね。
現在でも上流部に大型ダンプが上がって行くのを見かける。今後も船山川本流の堰堤工事は下流の防災の為に続けられるでしょう。
だが問題の支流、水呑沢には作業者、作業車が分け入る道が無いようなのだ。
水呑橋2.jpg
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船山温泉99の謎118 S字の場所と土石流が出た沢 [船山温泉]

船山川に沿って上流へ向かう道はこれまで何回か歩いたが、今回は視点をS字カーヴと水呑沢に絞りました。
宿を出て船山橋を渡り、上流に上りかけて川下を見ると、旧橋台が握り拳のように出っ張っているのが見える。
旧橋台の跡2.jpg
上から見下ろしたところ。
旧橋台の跡3(真上から見る).jpg
そのラインの高さが旧道で、私が立って見下ろしている新道は旧道のラインより1mほど高い。カサ上げしているようです。
対岸にある宿敷地側には橋台の跡はないが、旧橋の橋台から橋が対岸に伸びていたのなら、増水して床下浸水してオカシくない高さなのは目視でもわかる。
宿側の方が低い.jpg
旧橋台に下りて旧道の高さを歩くことはできないです。そこは幅10cmあるかどうか。猫も歩けそうにないからキャットウォークともいえない狭さ。降りたらそのまま河原に転落しますよ。
上流へ1.jpg
上流へ2.jpg
上流へ3.jpg
そこから上流へ向かうと、ご存じのように左手には黒い幕が張ってある。
これが無いと静山、渓流、清水、二人静、これらの風呂、露天が道路側から丸見えになってしまうからです。
上流へ4.jpg
その先、バスがUターンできそうなスペースがある。そこは道がグルッと20本たらずの木を取り巻いている。右側はコンクリート舗装、左側は未舗装だがガレていない。キレイにならされている。
逆S字推定地1.jpg
逆S字推定地2.jpg
旧S字カーヴの場所はここしか考えられないと思う。往時は勾配があったのでしょう。
この先の畑は私有地だが、境界杭のようなものが見当たらない。流されてしまったのだろうか。
逆S字推定地3.jpg
その先、水呑橋です。
この辺りで船山川は3つに分岐する。右側の沢に架かっているのが水呑橋。コンクリートの立派な橋ではある。
水呑橋.jpg
欄干にあった橋の名前が落ちかかってた。昭和42年竣工です。
外れかかっている.jpg
昭和42年3月竣工.jpg
昭和34年の伊勢湾台風で?この水呑沢から土石流が押し出し、船山温泉を洗ったのか。
沢の奥が見えない.jpg
樹木で隠された向こうには木々や葉の隙間からかろうじて堰堤が見えるのですが、その堰堤を工事した際に必ずあった筈の作業道が無いのです。自然に還っている。

水呑という地名は南部町史第二章246頁、第四章1058頁、「集落と人口」の現在地名項目に載っていますが、他にもあって、身延他の大城という地から大城川に沿って山々に分け入ると水呑という滝があるそうです。同じく南部町の東側、思親山の何処かにも。
ここ、船山温泉近くの水呑は船山川の水源のひとつ。そこの橋だから水呑橋というのですが、旅人が水を呑んだ(汲んだ)橋、沢ではなく、水に呑まれた、水が呑むくらいの沢の意味だろうか。
でも普段は水が少ない。素人目で見たら、この沢に堰堤が必要なのかと思わせるくらい。だが、さにあらず、大森山系、御殿山系には、船山川の支流である名も無い小さな沢がたくさんあるようです。前日が雨だった翌日に林道を散策すると、斜面や林道の土壁、舗装されてない道の各所に、水が走った痕跡があるから。
普段は何でもない溝が突如として様相を変え沢が激流と化し、急な山の斜面を一気に流れる。林道も川になる。

崩れたのは船山川の源流のひとつ、御殿山(1670m)の右斜面らしい。
この山は山梨の名山100選からも洩れています。南部町のパンフにも登山路としての紹介は無い。登るには、峰集落の辺りから尾根伝いに行ける道があるとか無いとか。
峰集落から撮影した御殿山方面です。
御殿山2.jpg
これは215号室の廊下から撮影した御殿山に連なる峰。
御殿山に連なる峰.jpg
水呑橋から河原に下りたことが一度だけあります。T館長と源泉を探検に行ったの。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-12-25-1
この時は長靴を借りたのね。今回は長靴ではないし、ナメてたのもあって自分の靴で来ちゃった。沢に下りるのが難儀で。足場が緩いんです。下りれそうで下りれない。
何とか橋の下まで来たが、そこから先は見えない。ここまでが限界でした。
下りてみたが.jpg
これが限度.jpg
これを見ると、写真右に写ってるのは、あきらかに人工的な構造物が崩壊したものですよね。
水呑沢.jpg
水呑橋から垣間見えた堰堤の向こうには、自然の猛威そのままが隠れているような気がするんです。おそらくは土砂災害の見本市のようになってるに違いないのだ。
いつか沢に沿って上ってみたいもの。
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船山温泉99の謎117 S字カーヴは伊勢湾台風で消えた? [船山温泉]

初期の記事で、私は船山川がもたらした災害について述べたことがあります。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2010-10-17-1
(この頃は記事も写真も小さかったな~。)
氾濫記録は明治期に4回あった。出典は主に「南部町史」から。
明治期に船山川が氾濫したのは明治9年、明治31年、明治40年、明治43年の4回で、現在のように船山川にやたらと堰堤や砂防ダムが出来る前の頃です。
詳しいのは明治31年と明治43年の記載で、明治31年は、「船の内、大森(船山温泉の地名)、御殿山(船山川源流)の山腹が大崩壊。流出土砂が河川を氾濫、平坦部の高地を埋め尽くして民家を襲い、橋、道路を流出・・・」
明治43年は、「8月の台風で船山川上流部が崩落、土石流で河床上昇、川幅拡大、ところ構わず決壊し、 船山川流域では宅地6600平方メートル、田畑38ヘクタール決壊。道路2730メートル流出・・・」
この崩落の原因は?
①大森山系、御殿山系の地質が粘板岩や擬灰岩で地盤が脆いこと。
②明治期に森林や原野を刈り倒し、木や草を燃やして灰を肥料としてイモ類、雑穀類などを栽培する山畑農業のやり過ぎ。(ジャリ禿の山々だった)
③河川総延長距離が短い代わりに斜面が急で沢が多いこと。

船山温泉の開湯は明治25年だから、船山川に洗われて共存して来たといっていい。その後、大正~昭和初期にかけて船山川の堰堤工事が、源流部から富士川合流部まで全面的に砂防施設で整備され、昭和17年3月に完成した。
工事旧写真.jpg
私は過去記事で「昭和になって堰堤や護岸整備されてからは氾濫した記録はないようだが・・・」と書いてます。
確かに氾濫には至ってないが、河川が増水、河床が増床、土石流の発生はあったらしいのだ。
T館長は言う。
「伊勢湾台風が来た時に、この辺り一帯から下流まで・・・」と言いながら、S字から船山橋までのスペースを指でなぞった。
「この辺り一帯が真っ平になったんですよ」
流された旧道S字カーヴ.jpg
ペイントした一帯まで河になっちゃったというんですな。川と道が同期しちゃったと。
「氾濫したの?」
「氾濫というか、宿の真ん前一帯が道路ごと水で押し流されたんです。ご存じでしょうけどすぐ上流に水呑っていうところがありますよね」
露天から見える堰堤の先に船山川が3筋に別れる場所があって、水呑とは右から流れて来る沢です。そこには昭和42年に架橋された水呑橋が架かっている。
水呑橋2.jpg
三つに分かれるところ2.jpg
水呑沢の源流は御殿山(1670m)、土石流は御殿山からやって来た。
「大雨で御殿山の斜面と崩れた堰堤が水呑から出て一気に押し流したんですよ」
そしたらS字はおろか、道そのものが無くなっちゃったというんだな。
「今でも河原に白い石と人口の岩が転がってますが、その中には上流で壊れた堰堤の石も含まれているそうです」
確かに素人目で見てもそういう構造物の残骸っぽい岩があったりする。
「その時、宿はどうなったの?」
「前に床下浸水があったって言ったじゃないですか。その時に浸水したそうです」
床下浸水!!
「その後、道を真っ直ぐに変えたんだ」
T館長は船山橋の方を指した。
「あそこに旧橋の跡があるでしょう」
船山橋.jpg
旧道(加工済)-0.jpg
旧橋台と旧道(加工済)-1.jpg
現在の赤い鋼製の船山橋より僅か上流に石の塊が拳のように出っ張ってるところがある。
それは宿に渡って来る旧船山橋の橋台跡だが、高さが現在の道路よりかなり下の位置、目線にあるのがおわかりでしょうか。
そこから川に沿って右から左、上流へ向かって見て欲しいのですが、微妙に以前の道路の段、跡がライン上で残っています。石積みが2段になっているんですな。キャットウォークのように見えるが実際は歩けないくらいの幅です。猫も歩けないと思う。
旧道跡(加工済)-1.jpg
旧道跡(加工済)-2.jpg
「今の道路は旧い橋の跡より高くなってるでしょう。流される前が旧い橋のあの高さだったんですよ。今の道は復旧工事の時に後から積んだんです」
「道をカサ上げしたんだ?」
(頷く)「その時に例のS字も真っ直ぐしたんですね」
なるほど旧橋、旧道の高さなら、増水したら水が被ってしまう高さではある。心なしか現在の船山温泉館は旧橋より高く感じる。
この写真は現在の旅館に建て替える前のものだが、若干高くしてあり、石垣で固めてある。その時の教訓かもしれない。
旧船山館入口.jpg
「S字カーヴがあるから、この地図の船山橋は旧橋なのかなぁ」
「いや、位置的には今の橋だと思います。でも地図で修正しない場合もあるので・・・」
「伊勢湾台風以降、昭和から平成までそこまでの被害って無いよね?」
「台風や大雨で水位が上がることはありますけど、最近ではご存じのように2011年9月に裏の堰堤が崩れたあれぐらいですね」
館長の言う2011年9月、裏の土手が崩れた時の写真です。
土石流1.jpg
土石流2.jpg
この時の土砂崩れでクレソンが全滅した。大森山は崩れ、大水で船山川の河原は荒廃した。
だから現在でも船山から更に上流へ延びる林道大森鉈取線には工事車両が出入りする。平成になってから竣工された堰堤もあるし、今後も補修はあると思われる。

「過去にこういうの聞いてきた人っています?私が初めてかな?」
「いますいます。この辺りに土地を持っておられた方が、相続税か固定資産税の確認の為に来られて、道が違ってるって気付いた方が言って来たことがあります」
そういう人がいるんだ。でもその人はそういう目的があって気付いたのであって、日常こういうのに気付いて突っ込んでくる閑人はそうそういないだろう。
水呑橋.jpg
土石流を押し出した水呑沢は、橋から上流(写真右手)を見ると木々と葉に遮られてよく見えないのです。どうも堰堤がありそうだが、それを作る際の作業道が無く、あっても自然に還っているといっていい。
それほど川幅が広い沢ではなく、日頃の水量は少ないのだが。
土石流を押し出したという水呑沢に改めて行ってみた。
それと、S字カーヴはどの辺りにあったのだろうか?
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船山温泉99の謎116 消えたS字カーヴの謎 [船山温泉]

船山館と青空.jpg
Google Mapで船山温泉を見ると、船山温泉に至る道がその先で逆S字カーヴになっている。
グーグル船山.jpg
こちらはマピオンです。
マピオン船山.jpg
これは南部町図書館でコピーしたゼンリンの地図ですが、こちらも逆S字カーヴになっています。現状と合わない。
旧道S字カーヴ加工済.jpg
現状、そういうカーヴはない。真っ直ぐな直線ではないけど緩い直線と勾配です。
上流へ3.jpg
国土地理院の地図ではS字になっていない。現状が描かれ、ほぼ真っ直ぐになっているのですが・・・。
国土地理院地図.jpg
地図によってS字だったり直線だったり統一性が無いのだ。まぁ船山温泉から先の道は一般人の立ち入る道ではなく、林業関係者や砂防工事関係者、猟友会、オフロードバイクの探検者ぐらいしか踏み込まないから、S字が真っ直ぐでもそう悪い影響はないけどさ。
だが私は気になった。このS字カーヴはかなり無理した短い半径のS字、ヘアピンになっている。それはかつてこの辺りが急勾配で、高低差をカットする為に敢えてS字線形にしたのだろうか?
T館長に聞いてみたの。前はS字カーヴだったの?現在の線形になった理由ってご存知?って。
だが、T館長はすぐにはわからなかった。
何があったのだろうか。
土砂災害で路盤が崩壊した?
だとしたらそれはいつのことか。その痕跡は残っているのか?
道が付け替えられたのは必ず何か理由がある筈なので、T館長にメールでいろいろウルサく聞いてみたのだが、このS字カーヴ消滅は、T館長がこの世に生を受ける前に起きたらしいのだ。T館長はおろか、私もジャン妻も生まれていない。
往時、船山温泉は先代の頃である。一部の地図だけ修正されず昔のまま取り残されて表示されてるらしい。
T館長もやや興味を持ったらしく、「付け替えの経緯は親父殿に聞いてみますよ」とのことであった。
清水から3.jpg
生ビールとジャン妻.jpg
到着後、貸切清水でひとっ風呂浴び、庭の池の前でビールを飲んでるところ。
「散策に行くの?」
「すぐ近くだよ。遠くへは行かない」
地図を見せたがジャン妻は全く興味を示さなかった。
池を見ながら.jpg
見上げる向かいの山.jpg
T館長が現れたので、ロビー、エントランスでゼンリンの地図を見せた。T館長はこういうのを初めて見たらしい。
「ホントだ。道が曲がってますね」
「Googleとマピオンが曲がってたかな。Yahooと国土地理院は曲がってなかった」
「この地図は何処で?」
「南部町の図書館で。こういうのって1回で1枚しかコピーできないんだよ」
「へぇ。一軒一軒、誰々さんの名前まで載るんですね」
そりゃ住宅地図だからね。消してありますが船山温泉の家長はT館長のお父さんの名前になっています。新しい地図ではないのでもう鬼籍に入られた方もおられるようです。
T館長はS字よりもご近所の家々に興味津々である。
「この辺りが塾ですよね。小泉さん、武田さんの名前もあるし」
塾とは明治にあった私塾、淇水軒学舎のこと。(昔の寺小屋のようなもの)閉塾後、塾を解体して船山温泉に資材を提供したと伝わっています。小泉姓、武田姓は塾頭、講師に関わる?お名前です。
キスイケンガクシャ跡1.jpg
「甲斐の国だから武田姓は多いでしょうよ。この辺りにW姓もあるし、成島の方には鴨狩姓もあったよ」(かつて船山温泉上流に住まわれてた2軒の人家のこと。)
「そうそう。山を下りて成島の方にお住まいだとか・・・」
(そのお家におじゃましてみたいですね。今は人家の無い船山温泉上流でどんな生活をされてたのか聞いてみたいものです。)
ゼンリンの地図は住宅地図なので著作権法上と個人保護法が絡むとお思いでしょう。閲覧者がコピーするのではなく図書館側がコピーするのですが、見開き1頁の半分までです。
実際には市販されている地図だし、表示がイヤならゼンリンに言えば消してもらえるので個人情報保護法にはギリギリ抵触しないらしい。
私も自分でコピーするんじゃなくて女性係員にコピーして貰った。確かコピー前に、頁と枚数とコピー理由を書いて提出したと思う。船山温泉は見開き頁のほぼ真ん中にあるのでコピーが曲がってしまった。
旧道S字カーヴ加工済.jpg
船山温泉の敷地内を見たら、建物のバラついた位置からしてこれは現在のものではないのは一目瞭然です。
「これって改装前の位置じゃないの?」
「う~ん。。。」
そうでもなさそうなのだ。改装前の旧船山館はちょっと変わった曲がり家のようになってたらしいのだ。卍の字を1本外したようなもの。
解体前の旧船山館を対岸から3.jpg
写真提供、船山温泉館長T氏)
旧地図に載っている船山温泉の建屋配置はかなりオカシイが、そこは本題ではないので割愛します。

「おそらく昔の道がこの地図だと思います。船山川の流れも今とは変わってますが、地図はそのままである場合もあるんですよ」
船山川の流れも今とは変わってる?
「前は川の中にもウチの土地があったんですが・・・」
船山温泉の敷地は広大なので、T館長所有の土地と、県や国で管理する河川敷の境界がよくわからない。
「橋の位置もここでいいのかどうか。すぐそこの露天から見える堰堤の位置も今のものかどうか・・・」
改装前の船山より更に以前の地形を描いてあるのだろうか。
「ちなみに川中に水を調整するポンプがあるんですけど。あれもウチの土地なんですよね」
河川(県か国の管理)と私有地が入り組んでいるみたいですね。では何で地図は昔のままなのだろうか。宿の前の道は船山温泉に来る為だけの道なので、そこから先は一般人の立ち入る道ではないからだと思う。
要は見事なくらいに宿とその周辺が時代から取り残されてるわけですな。
「面白いくらい時代に取り残されてます。で、道筋の変わった経緯を親父殿に聞いてみたんですが・・・」
それはやはり自然災害がもたらしたものだった。
「伊勢湾台風なんですよ・・・」
伊勢湾台風???
台風イメージ.jpg
昭和34年9月です。
その時、船山温泉に何が起こったのだろうか。(続く)
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船山温泉裏山の散策と新たな謎 [船山温泉]

船山温泉が現在のカタチ、スタイルに改装する前、駐車場の斜面に3棟の食事処、ログがあった。バーベキューハウスのようなものだったらしい。
消防法の兼ね合いで改装時にログは移設され、現在は駐車場の船山川沿いに倉庫として並んでいます。倉庫の中には旧船山のお宝、史料が眠っているらしい。
ログのあった斜面には裏山へ登る坂道があります。
裏手に登る道.jpg
館を見下ろす1.jpg
館を見下ろす2.jpg
トタン屋根のある小屋の辺りに2009年の秋、熊が現れた。目撃されたのではなく足跡が発見された。
足跡を見たらそこそこの大きさの成獣だったという。十枚山のある成島方面からやって来て、御殿山から身延方面へノソノソ去っていったと推測される。
熊が出た辺り.jpg
この地下タンクは館内に水を供給する為のもの。
船山館の水は美味しいって誰かが言ってた。3.11震災後に被災地の宿泊客から、「お水を分けてください」と要望があり、「当館の水は自家水です。安心してお飲みください」、だったか、「お持ち帰りください」を見たけど。沢や地下に流れる水の道が多い船山だからできること。
タンク.jpg
水がキレイなので、何処からか流れて来る僅かな水たまりにおたまじゃくしがたくさんいるぞ。
おたまじゃくし.jpg
坂を下る.jpg
プライベート重機.jpg
船山温泉の敷地は広くて何処までがT館長家の敷地なのかわからない。
旅館の裏手一帯は遊歩道にはなっていて、もっと公園化すればいいのにと思うくらい整備されている。
バブルの頃にはゴルフ場建設の噂が流れたともいう。それが実現していたら、船山温泉も全く違うスタイルの宿になっていたに違いない。
重機と対岸.jpg
何処までが敷地なのか.jpg
徒歩ではこの堰堤で行き止まりですが、左斜面にひと1人分のキャットウォークばりの細い階段があった。
おそらくその道で堰堤の脇を超えると、一昨日の記事で見たように船山川は三方に分岐して、左方向の沢には自然の滝があって僅かに源泉が染み出ている箇所に行けるハズ。
でも長靴か安全靴でないとアブないです。
上流の堰堤.jpg
船山先代のT翁がこんなことを言っていた。
「私はもう宿から引いて山の作業を一人でやってるんだけど、山の木ってのは育つのに何年も何十年もかかるの。その中でいい木を育てるにはね、秋からこの時期(冬)にかけて木を切るの。50年100年後にどーなってるかわからないけど、いい木を残しておけば何とでもなるんだよ。丸太が積んであるでしょ。あれを使って私の知り合いが家を建てるんだよね」
船山温泉の番地は大森といって、背後の山を大森山といいます。大正時代に官公造林で植林した一帯なのですが、そこから産まれる良質の木?を使って製材する場所でもあるようです。時折、チェーンソーの音がするかたね。
「広くていいね」
「いまは二束三文の土地ですよ」
「公園とかに整備しないの?」
「夏場にヤマビルが出る時があって」
なので今は遊休地です。船山温泉が増収を狙って宿を拡張するとしたらこの辺りしかないが、それだと動線が長くなる。採算が合うかどうか。
館方面.jpg
斜面.jpg
水無し沢.jpg
振り返る.jpg
左上はお休み処&熊が出たところ.jpg
木々.jpg
館へ帰ろう.jpg
朝湯1.jpg
朝湯2.jpg
「また朝から散歩に行ってたの?」(ジャン妻)
「5時半かな起きたの」
「ジジィねぇ」
「・・・」
朝餉1.jpg
春の船山館3.jpg

さて、私の中で新たな謎が浮かびあがてきた。このグーグルマップを見てください。
現状と何かが違いますね。
グーグル船山.jpg
宿が川や林道から離れ過ぎてるって?
そうではないです。船山館前の道で上流に向かって逆S字カーヴになってるでしょう?
こちらはマピオンです。
マピオン船山.jpg
次にゼンリンの古い地図ですが、どうも建物の位置からしてこれは旧船山館のようです。家長はT館長のお父さん、先代の正美翁の名前になってるし。こちらも逆S字カーヴになっています。
ゼンリン船山.jpg
現状ではそういう逆S字カーヴはないのです。緩いカーブながらもほぼ真っ直ぐの線形です。
上流への道1.jpg
この逆S字カーヴは旧道なのだろうか。
川の流れに沿ってない逆S字なので、高低差をカットする道路線形なのだろうか。
では何処かに以前の旧道があるのか。この謎は次回に持ち越します。
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船山温泉 [船山温泉]

春の船山館.jpg
船山温泉に向かう車中で、
「そろそろ3年経ったから2人いた男性スタッフ、どちらかいないような気がするな~」
「どっちが残るかな?」
「さぁ。〇〇の方じゃねぇの?」
やはり2人いたのが1人になっていた。当たり外れの結果は伏せますが、3年って節目ですね。難しいですね。もう慣れて来るし、次のステップに進むか、他で経験する為に移られるか。
お辞めになった方のスタッフは私のBlogも時折見て下さっていたようで、「身延に廃隧道があります」「甲府市の方に路面電車の廃線跡があって・・・」そんな情報をくれたな。
身延の廃隧道は南部新道というのですが、私みたいな初心者では難しいかもしれない。

山に面した駐車場右端に2台分、EV(電気自動車)用の充電器が設置されているぞ。
EV200V.jpg
充電場所.jpg
充電器の設置は2月12日のFacebookに載っていた。
「コスト、設置費用や月々の電気代はどれくらいかかるの?」
「設置費用はすべて国からです。電気代につきましては利用回数によりますので・・・今の所まだ5台・・・」
私は電気に詳しくないし、こういう類の仕組みを知らない。
「HP見たら無料のように見えますけど利用客から徴収してます?」とバカなことを聞いてしまった。
「当館で頂くことはないです。充電器専用カードをお持ちの方は手数料を、国からの〇〇〇団体へ徴収される仕組みだと思います。」
獣防止電気柵のネタもあったので、ついでに、「船山温泉で太陽光発電に取り組む考えとかありますか?」
「(船山温泉は)日照時間が短いので、あまりメリットはないですね」
EV充電器はお客さまから要望があったというのではなく、ライトアップの改良もそうですが、電気関係は理系館長の趣味でしょう。
ナワさん、いつでもお出でくださいな。
ワ~イ何もないぞ~4.jpg
ワ~イ何もないぞ~1.jpg
エントランスに何もない船山は久々です。やはりこれがいいな。目の前の景色で充分ですよ。
ワ~イ何もないぞ~2.jpg
ワ~イ何もないぞ~3.jpg
むしろ、こういうのは歓迎する私。
ワインの数々1.jpg
ワインの数々2.jpg
笹一は無いのか?.jpg
山梨銘醸(株) の七賢です。山梨県北杜市にあります。
甲斐の辺境武士団、武川衆がいたところです。あまり知られてないかもですが、北杜市の釜無川右岸には武川米という山梨県唯一の?ブランド米があって、新潟県魚沼産コシヒカリと同等のブランド米とされています。
静山の湯.jpg
風呂上りのビールは欠かせないのである。
ビール.jpg
窓の向こうに.jpg
それでも散策に行くのである。山の神まで行ってきました。それは別記事で。
春の船山館2.jpg
そしてまた風呂に入るのである。満室のようだったが、貸切も稼働率が低く、大浴場でも誰にも会わなかった。
二人静.jpg
一人だけど二人静.jpg

10分ほど寝たら夕餉の時間が迫っている。
最初の膳.jpg
前菜.jpg
山女魚の燻製(5匹)
山女魚燻製.jpg
山女魚の唐揚げ(4匹か5匹)
山女魚唐揚げ.jpg
岩魚素揚げ(2匹)
岩魚素揚げ.jpg
岩魚薄造り(おそらく2匹)
岩魚造り.jpg
翌朝に一夜干しも出るから、魚を16匹を平らげたことになるのか。
「アナタは自分で魚を釣ろうとは思わないの?」
「殺生は嫌いなんだ」
「でも食べてるじゃん」
「誰かが釣ったのはね」
「・・・」
魚だけじゃない。猪も喰ってるし、ワインビーフだって喰ってる。
「生きる(喰う)ってことは罪深いことなのだ」
「・・・」
素揚げと燻製が並ぶ.jpg
それにしても山女魚の燻製、うっ美味ぇ~!!
私らが泊まった日から山女魚の燻製が唐揚げに変わったのだが、前日に変わったのなら翌日にはまだできるだろうと館主に無理言って作って貰った。
昨今、燻製ブームだと思う。食材を燻して作る燻製の魅力(魔力)は、香や味わいが独特で、煙で燻すだけで違った食べ物になること。
居酒屋でも燻製料理をウリにする店もあるし、専門店も増えてきてる。家庭でもできるようになった。家でやるには家族の理解を得るのが難しいかも知れない。高崎市の居酒屋、味一味は店の2階で燻してたらご近所から軽くクレームが来たとか。
ホントは終了した筈の山女魚の燻製、無理をお願いしてしまったけでどこれは酒飲みが喜ぶ料理だと思うのだ。常時追加特別料理に加えることでお酒の注文が増えて売上あがりますよ。
猪鍋.jpg
ワインビーフ.jpg
ソバ.jpg
ツマもこの通り完食するのである。
ツマ.jpgツマも完食.jpg
TVにも出たことのあるベテラン女性、Mさんは今は厨房に入っているが、笹一の熱燗を持って一度だけ現れた。
膝が悪いらしい。(そりゃトシのせいだよ。)
地元、南部筍祭りのお仲間ではMさんが一番若いんだって。如何に南部町の住民が高齢化社会かということ。
食事処から見た薄暮.jpg
これは内線で「酒を持って来い」のジャン妻。
処理済~酒を持って来いのジャン妻.jpg

夜が更けて、誰もいない渓流の湯。
夜更けの渓流の湯1.jpg
夜更けの渓流の湯2.jpg
さぁ寝るぞ.jpg
「明日は6時に起きるぞ」
「行ってらっしゃい・・・」
明日も朝早く起きて散策に行かないと。私は船山に何しに来てるのだろうか。
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船山温泉99の謎114 船山橋の謎幾つか [船山温泉]

瀑布1.jpg
2011年9月3日の台風12号接近時の船山川です。
もの凄い水量である。静山の湯から見える堰堤は瀑布になっている。堰堤が無かったら宿が押し流されないまでも床下浸水くらいはなっただろう。
船山温泉に来る途中の道路は1時間辺りの雨量が基準値を超えた為通行見合わせになり、到着が遅れたお客さんもいたようです。
静山の湯から見た堰堤1.jpg
旅行に行くなら晴天が望ましいがこの時ばかりは私は天に感謝したくらい。滅多に観れない船山川の変貌ぶりを見せて貰った。快適な宿内から外の豪雨を眺めながらニヤニヤしたものである。ただ、船山川にもっとも近い215号室は終日轟音だったね。
ところが同年同月23日の台風15号はそれを更に上回り、川原は上流からの土石流で荒らされ、裏手の堰堤からも土石流が押し寄せてクレソンの畑が全滅した。現在も河原や大森山に爪痕が残っている。
静山の湯から見た堰堤下.jpg
船山橋下の段2.jpg
船山川は渓流部2Km、平坦部3Km、計5Km、1級河川でも決して大河とはいえないが、上流の御殿山や大森山から続く沢の斜面が急で短時間でも集中豪雨になると水無し沢が滝に変貌する。地質も軟弱で粘板岩、擬灰岩等で崩壊し易い地盤なのです。林道鉈取線や脇道の作業道も川に変貌する。昭和になって堰堤や護岸整備されてからは氾濫した記録はないようだが、船山川は明治期に4回氾濫して周囲の田畑を水浸しにした記録が残っている。
だから上流にやたらと堰堤が多い。護岸工事は大正から昭和にかけて施工されたが、現在でも船山から更に上流へ延びる林道鉈取線には工事車両が出入りする。昭和期、平成になってから竣工された堰堤もある。
T館主が言うには、やはり現在のスタイルになる改装前は床下浸水もあったそうである。
それと船山館に渡る赤い船山橋は鋼橋だが、その以前は木橋だったとのこと。
「現在の赤い鋼鉄の橋になる前は木の橋で、台風で大水が出る度に流されていました」
流失したのは今の橋のように1径間ではなく、途中の川の中に橋脚があったに違いない。だから流失したんでしょうな。何回流されたかはわからないそうです。でも流されたら孤立とまではいかないが、宿泊客が困るでしょう。
「でもすぐ地元の業者が橋を架けてくれましたよ」
すぐに架けられた?
どうもそれは簡易的な橋らしいのだ。どのような橋だったのだろうか。

ひとつの参考例として。
TBS噂の東京マガジン噂の現場で2015年1月31日17時、静岡県浜松市天竜川の上流にある佐久間という地で、土砂崩れにより国道473号線の原田橋が天竜川右岸で発生した土砂崩れの影響で落橋した事故現場が放映された。
原田橋崩壊.jpg
橋は事前に発見された小規模な土砂崩れの為に通行止めとなっており、たまたま状況調査で橋上にいた天竜土木整備事務所職員2名が橋ごと河に転落して殉職された。間一髪逃れた人が言うには、橋上から脱出して振り返ったら自分が今までいた橋が崩落して無くなっていたという。
近接に建設中だった新原田橋も損壊した。
噂の現場では500メートル下流の河川内に仮設道路が設営され、普通車による交通は復旧したが、橋が無くなったことでかなりの迂回路を要し、住民(特にお年寄り)の通院、買いものが不便になり、緊急車両がすぐには来れなくなる等、それと新規架橋現場の見直しや予算等による優先順位の難しさ等の諸問題が取り上げられていた。
次の写真がその現場の架設道路です。http://puppu.hamazo.tv/e5926619.htmlの管理人、大千瀬子様の許可を得て掲載しております。
仮設橋例.jpg
これって橋というか仮設道路じゃないの?
大雨で増水したり、上流の佐久間ダムが放水したら流されるか沈んでしまうだろう。現地ではあくまで仮設で、その後も天竜川の増水によって通行止めを余儀なくされているとか。
(現在、佐久間市の方針では、大水の時は水面下に沈む沈下橋に決まったそうである。)

私は長年の間、災害時に船山川に架けられた簡易的な橋のイメージがつかめなかったのだが、この佐久間の現場を見て、これではないか?と思ったの。この橋・・・というか仮設道路の写真をT館長に見せて、「昔の木の船山橋が流された後の簡単な橋ってこいうのではないかい?」と持ちかけたら、
「う~ん・・・違います」
「!!!」
「鉄製の橋なんですが。河川で砂利採取している砂利業者が使うものです」
調べてみたがわからない。
T館長が参考までに画像を添付してくれたのがこれ。
イメージ.jpg
「伝わりますかね。ホントはこれとも少し違うんです。こんなボロではないですよ。あくまでイメージで・・・」(T館長)
作業用重機のキャタピラの2枚分だけ鉄の板を渡したようにしか見えないですね。よっくわからないなぁ。実際はもっと大きい鉄板なのかな。
この橋は何処に架けられていたのだろうか。船山橋の手前に船山河原への下り坂がある。対岸からも駐車場から船山河原に下る坂があって、そこはホタルの大群が舞う辺り。両岸からに向かって下り坂になっているのはその当時の名残ではないだろうか?
この辺り?-1.jpg
この辺り-2.jpg
これも否定された。
「・・・違いますね。もう少し上の位置です」
上の位置というのは、現在の船山橋の前に架橋されていた跡が今でもあるのだ。現在の赤い船山橋の位置から僅かに上流です。
写真左端、護岸に出っ張っている岩の塊が当時の橋脚跡だそうである。
旧橋脚の跡.jpg
これは上から見たところ。
上から見た旧橋脚の跡.jpg
今となっては流された木の橋も、応急的な仮橋もよくわからないが、それらを架橋した橋の費用負担は?
「架けかえる費用は何処が負担するのですか?」
「それは私ども、T家ですよ」
行政の負担は全くないそうである。これには理由があるのだ。船山館に入る赤い鋼製の船山橋は上面がしっかり舗装されていますが公道ではないのです。旅館とはいえあくまで自宅の橋なのです。
田谷の地図.jpg
こういう場所は全国に何処にでもあります。上記の図は私の地元、横浜市南部の田谷という場所で、その名のとおり水の多い地域なのですが、個人の敷地内に向かって川に橋を設置しているのがわかるでしょう。船山温泉の船山橋はこれと一緒なんです。
家の裏側に公道が無くて、家の前を流れる川の前に公道がある場合、橋が無いと出入りできないが、その橋はその家の都合で架けられた個人宅の橋なので、道路幅(橋の幅)は必要最小限1台分の幅でしかない。2台分の幅を取って空いたスペースを駐車場や物置く場所とかに使うのはNGです。
家の前を流れる河川の等級によって「橋を架けたいのですが。。。」の申請先は違うようです。船山川は一級河川なので、今だったら国土交通省かな。旅館とはいえ自宅敷地内に引く橋、MyBridgeなので、架橋費用は全額自費なのですよ。
今少し上流らしい.jpg
昭和58年竣工.jpg
前に館長に聞いたのですが、現在の橋桁そのものは何処からの転用、中古品らしいのだ。
公道側から宿の敷地内へ1径間で渡るので途中に橋脚がないタイプ。護岸が崩れない限り大丈夫でしょう。
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船山温泉99の謎112 船山温泉は車椅子に対応できるか? [船山温泉]

結論から言うと対応できます。(重度でなければ)
フロント前を通った時、今いる男性スタッフの背の高い方が、お客様との電話応対でこう話しているのを聞いたんです。
「・・・合計4名様、うち車椅子の方が1名様ですね。〇〇が承りました。お待ちしております」
そしたらT館長が出て来たので、
「ここって車椅子に対応できるの?」
「できますよ。今のお電話の方は外から来る移動は車椅子でも、部屋の中ではこういう(手で押すヤツ)ですから」
「館内を車椅子で移動か。まぁ可能ではあるね」
「いや、案外と館内の動線は短いんで。車椅子だと逆に不便かもです」
確かに廊下やエントランス畳は本畳ではないし、食事処は座敷ではなくテーブルだし、近年和室タイプAもローベッドになったしね。
だけど船山温泉は2階だからエレベーターなんてない。車椅子も今のところない。
「階段なんかどーするんです?」
「おぶります」
「おぶるの?」
「なっ〇〇君、おぶるよな」
「ハイ。こうやって。階段なんかも大丈夫です」
「そうなると旅館業って介護の世界だねぇ」
「そうですよ。前にも言ったけど、その為の貸切風呂ですから」
「!!!」
一人静2.jpg
貸切風呂って男女がイチャつく為にあるんではないですよ。いや、そういうのもあっていいんだろうけど、観光ブームになる前の温泉旅館って昔は混浴で湯治宿だった。
「湯治客ってご病気を抱えてるから湯治されるわけじゃないですか。だから一人で入れない人もいます。付き添って介添えする人、ご家族が必要なんです。旦那さんだったら奥さん、奥さんだったら旦那さんですよね。混浴ってその為にあったんですよ。今は混浴の時代じゃないからそれが貸切風呂になったんです」
参考までにhttp://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2011-07-17-2
(この頃は記事そのものは小さいけど、随分とマニアックな内容、シリーズだったんですねぇ。)
船山温泉もそうです。明治大正の頃は混浴だった。それが今のスタイルになった経緯は呟きⅠの99の謎シリーズを見て欲しいのですが、身体を壊した方や病気の方が湯治される場合は男女別だと困るのです。
貸切があれば誰にも気兼ねしなくていいし、介添えする方がいればいいわけだからね。
一人静1.jpg
ただ、車椅子の方をお連れする場合、できればその方を介添えしている方か、同居している身内の方をお連れした方がいいです。
それは宿側も助かるからでもあるけど、身内でない第三者に支えられるのを嫌がる方もおられるからです。やはりその方の希望や、何処まで介助して欲しいかはその人か、お身内しかわからないから。

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上大岡のこの焼き鳥屋さんでマスターがこんなことを言ってた。
「この間の休みの日にお袋と温泉に行って来たんだけど、宿の人がお袋を抱きかかえようとするとお袋が嫌がってさ。結局自分がお姫さま抱っこしたの」
私は両腕でかたち作った。
「こうやって?」
「そう。こうやってね」
「それは女性だからでしょう」
「そう!!その通りなんだよ!!」
マスターは我が意が通じたとばかりに力強く喜んでくれたが、要は何歳になっても女性は女性だということを忘れてはいけない。
その反対、男性の場合はプライドもあるしね。

「そうか~。それなら俺が高齢になっても金さえあればここに来れるな。。。」
「いやいやいや。大丈夫じゃないですか」
青空に映える船山館.jpg
T館長は船山温泉継承者としては5代目だが、それ以降どうなるかはわからない。
仮に、あくまで仮にですよ、旅館業を廃業されると想定した場合は介護施設に鞍替えするのも選択肢の一つとしてはあるそうです。
「まだまだ先の話ですけどね」(T館長)
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甲州ワインビーフシチュー [船山温泉]

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霧が晴れた船山館に戻ったら朝餉の時間です。
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船山館内の土産処に甲州ワインビーフシチューが平積みしてあった。
この写真はチェックインした時のものです。
最初は2フェイス.jpg
後で見たら、
増えてるし.jpg
増えてるし!!!
工事現場の資材置き場に山積みされているブロックみたいだぞ。これは俺に買えってことだな。
私はビーフカレーってあまり好まないのね。そのクセ、この記事で、
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-11-05
ビーフシチュー採用しようよってススめちゃったからね。そういう対応は早いね。
私がススメた記事は11月5日で、12月6日には船山のFacebookにUpされてました。
フェイスブック.jpg
ビーフカレーと同じトコ(小林牧場)から仕入れればいいんだから別に難しくないだろうけど。
ただ、館長も、「ワインビーフカレーの方が売れるんですよね」とは言ってた。
ランキング.jpg
チェックアウトの会計時にT館長がフロントにいたので、
「これは俺に買ってくれってことだよね?」
「いやぁ別にそうってわけじゃないんですけど。。。」
と言いながらも、アナタが採用しろって言ったじゃないかって目をしてたような気がする。書いちゃって採用させた責任もあるから購入しました。
「俺の責任です。買いますよ」
「ありがとうございます」のT館長は、ヒゲに隠れて表情はあまりうかがえなかったけど、ニンマリしてたような。
買ったよん.jpg
早速家で喰ってみたのよ。
レトルトです。数分温めます。俺ん家は木造で、部屋ん中の保温状態がよくないから冷めるの早かったんだけど、なるほど美味かった。
ただ、具は多くないです。これだけだとボリューム的に物足りない。パンが必ず必要です。レトルトだから洋食屋で出すようなボリュームを期待しちゃダメよ。
家でシチュー.jpg
勝手を言わせていただくと、実は私らは船山温泉の朝餉にそれほど感動しなくなってきた部分はあるのだ。夕餉はさすがに今でも「おおっ!!」って唸らせるものはあるけどね。朝はそれほどでも。
思いきって朝餉の和風系統を撤廃しちゃって、レトルトでいいから甲州ワインビーフ&パン&サラダオレンジジュース、プラス、ワインビーフカレー&コーヒー、シンプルでいいやって思ったりする。
厨房での運用上の問題でそれは不可能かな。では連泊するお客さんのランチに出すってのもいいかも。
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船山温泉 [船山温泉]

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お品書き.jpg
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岩魚はお裏方になった女性、Mさん(前にTVにも出ています。)がさばいたそうです。
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ほうとうを入れる.jpg
「ほうとう、最初っから出して貰っていい?あれって鍋の締めのうどんと違って最初っから煮た方がいいんじゃないかなぁ。」
「そうそう仰るとおり。うどんと違って最初から煮込んで味を浸み込ませた方が美味しいんですよ」(T館長)
うどんと違って。。。
ここが重要です。ほうとうはうどんではなく麺なのです。鍋料理やうどんとは一線を画した固有のもの。
煮込む.jpg
こうして猪鍋に追加すると鍋料理に見えますが鍋料理じゃありません。
旅館でも料理屋でも鉄鍋で出されるから観光料理に見えますが、もとは家庭料理。家庭でも大鍋で作って、丼か大き目の味噌汁の椀に盛られる一食分としての主食です。
昔は二毛作がアタリマエで、春から秋にかけて稲、秋から春にかけては麦や大豆を生産してた。こういうやり方を表作、裏作といって、私も小学校の社会科で習ったが最近は輸入穀物に負けてあまり聞かなくなった。
稲作にあまり適さなかったり、高地や寒冷地が多い地域は粉食が普及した。甲斐の信玄が他国へ飢狼のように侵略したがったのは米や海を欲していたからだが、侵略しに行った上州にもほうとうに似たものがあって、おっきりこみ(おきりこみ)という。
おっきりこみ.jpg
醬油味かも。麺はほうとうよりもっと平たくちょっと食べ難そう。
甲州と上州は雰囲気が似てなくもない。でも上州は甲州のようにぐるっと山に囲まれてはいない。東側は平野部で開けている。
甲州では信玄以下の将星たちが、上州では長野業政以下の一揆衆が陣中で喰っていたに違いない。
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特別追加料理のバリエーションが増えたぞ。
以前からあった馬刺、モツ煮、スモモーク、馬肉桜漬、岩魚骨酒に加えて、クレソンサラダ、黄金イクラ、山女魚の燻製が加わった。
黄金いくらです。岩魚のタマゴ。1300円。
説名にはこうある。
『清流の王様、岩魚の卵の醤油漬けです。
山梨の清流で育った岩魚の卵はまさに黄金色の黄金いくら。
年に一度だけの採卵で採れる卵は数量が限られた希少品でこの時期しか食べられない贅沢な一品です。
程よい醤油漬けした卵はいくらち比べプチプチ感が強く弾力がありますので、そのまま食べても美味しいですが、最後の釜めしに混ぜると一層美味しさが際立ちます。』
黄金のイクラ.jpg
贅沢な醤油漬けだね。
「こういうの好きだったんだ」
「あまり食べないようにしてるけどね」

山女魚の燻製1.jpg
絶品だった山女魚の燻製。2160円です。
『山梨の清流で育った山女魚をまるごと燻製にしました。
お客様のところにお出しする直前に燻製器で燻製にしてありますので、温かい状態で骨までまるごとお召し上がりいただけます。
レモン汁でさっぱりと。。。』
これは美味かったよ。チーズでも明太子でもコロッケでもポテサラでも、燻製を食べるようになったけど、日本酒に合う合う。レモン汁に浸けずに燻製の香だけで充分でしたよ。
山女魚燻製を摘む.jpg

ちょっと高いかも.jpg
実はもう一品、クレソンサラダというのがあって、
『当館で採れた新鮮な自生のクレソンです。採れたての生の味をお楽しみください』
650円なんですよ。
「でもこれって自生してんだよね~」
「そう」
「これって注文する人いるのかなぁ?」
「さぁね」
ちょっと高いなぁ。そういえば岩魚造りにアタリマエのように添えてあったクレソンが少ないぞ。気付く人はすぐ気付きますよ。
ねぇ館長殿。自生のクレソンでこのお値段は如何なもんでしょ?
岩魚素揚げ.jpg
甲州ワインビーフヒレ.jpg
飲む飲む.jpg酒が並んだ.jpg
手打ち蕎麦.jpg
釜飯を混ぜてるところ。
釜めし.jpg釜めし1.jpg釜めし2.jpg
釜めし3.jpg釜めし4.jpg釜めし5.jpg
釜めし6.jpgちょっと一服.jpg〆のセット.jpg
釜めしようのお肉.jpg御新香.jpg
サイコロステーキ定食?.jpg
サイコロステーキ定食になったぞ。

余談ですが。。。
渋谷に甲州ワインビーフを出す居酒屋があるんです。
その店にはほうとうはもちろん、甲州ワインビーフのたたき、甲州ワインビーフの和風ステーキ(ヒレではないと思います)、甲州ワインビーフの押し寿司、牛刺納豆とかがあるんだって。アワビの煮貝も。
ところが鶏料理は榛名鶏だという。ってことは甲州と上州のコラボですな。
渋谷は苦手な街だが行ってみようと思ってます。
デザート.jpg
そして夜の帳が宿周辺を覆った。
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夜の船山館2.jpg
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夜の渓流の湯内風呂.jpg
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船山温泉 [船山温泉]

おまっとさんでした。
ようやく本年度初の船山温泉記事です。でも内容は昨年12月のものでございます。
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昨年12月の某日、恒例のジャン妻Birthday祭りで船山に来ました。ここに来ることで齢をまたひとつ重ねたのを再認識するお泊りでもある。
ジャン妻は疲れていた。前BlogⅡの容量の関係で記事は先延ばししてますが、私とジャン妻は船山に来る前々日夜まで上州に3泊4日の出張だったのです。全社のシステム入れ替えがあって、ジャン妻は経理なのにそっち方面に強いという理由で部署を超えて依頼された。
ジャン妻上司はあまりいいカオをしなかったが、そのシステムは経理にあがる数字に絡むので、上州の支店だけシブシブOKした。
だがジャン妻はくるまの運転ができないので私が運転手兼自分の業務を無理くりこじつけて久々のダブル出張が実現した次第。
イロんなドラマがあった。システムトラブルが続出したので難行したが、取り敢えず初回導入成功といいっていい。船山泊の前日ギリギリに初回導入完了。
「これで安心して船山に行けるね」(ジャン妻)
毎夜の飲みもあってややくたびれて家に戻り、久々に家で就寝する前に、
「明日、船山に着いたら寝る。。。」(ジャン妻)
その前に今から眠るんだろうがよ。今朝だって起こすのがややタイヘンだった。なっかなか起きてこないんだモン。旅行カバンは前日までの上州出張から戻った状態だったので、カバンに入れっ放しの着替えや化粧道具他を入れ替え、11時頃に荷造りして出た。
「海沿い走るの?」
「雨降ってるし、海沿いの下走らないで高速で」
「どれくらいなの?」
旅といえる距離でもないし、神奈川の家から2時間半で着く距離だが、助手席でも昨日までの出張反省会みたいなネタばかり。
そのクセ、喋り疲れたら、
「宿に着いたらお風呂入って寝る。。。」
「今から助手席で寝てていいよ」
「宿で寝る。。。」
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静山の内湯.jpg
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この日は内湯と外湯の温度差がちょっと大きかった。
湯は硫黄の香がやや強い感がした。
船山温泉は成島断層上にあって、断層粘土から湧き出す。(染み出す?)
私が感じるだけかも知れないが、雨の日は硫黄の香が強い気がする。雨足が強い日ほど硫黄の調子がいい。
どっかの名湯のように鼻がヒン曲がるほどではないが、船山の地中を流れる雨水が、岩盤から染み出す硫化水素を強く押し出しているに違いない。
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ジャン妻は爆睡である。
幸い雨なので風呂から出たら寝るしかない。
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T館長は見て下さっているようです。
フロントの前で、スタッフの教育論についてプチ座談会になった。
「あっち(上州)の記事、読ませていただいてますが、何で〇〇さんの職場ってあんなに・・・」
・・・の次は、仲がよろしい、雰囲気がよろしい、だったかな。そういう場面しか描いてないんだけどね。そんなに修羅場はないけど書けないネタの方が多い。
「あれは実話ですよ。タメ口利かれたりしてるけどね。」
「女性が多いから、産休育休とかあるんでしょう?」
今の時代、アタリマエのように取得してます。それが目的でその為に入社してきたんかって思うくらい早くから取ったり、えっ?また?って2回取ったりするヤツはザラです。ウチはまぁそれだけの体力が付いたんです。いい会社とは言わないけど強い会社になった。
個人で経営する旅館業は厳しいかもしれない。
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「酔っ払い女でしたっけ?」
A子のことね。「あのオンナはリーダーなんだけどね」
「どれくらいの社員なんですか?」
「私らと知り合って3年だけどその前からいたらしいから5年か6年じゃないかな」
酔っ払い女に限らず全員が俺らと知り合って3年経とうとしている。3年目、まる3年経つと大抵は仕事に慣れて来るので、次のステップに進ませるか、本人が将来を考える転機に入る。
次のステップは自己啓発に委ねる場合もあるが、個人によっては何をどう進めたらいいのかわからないケースが多い。なので会社が提示する場合もある。
何でこんな話になったかというと、船山の男性スタッフ2名も3年めだから、次のステップとかいろいろ考えてるみたいだね。ウチと違って異動、転勤とかないから今いるこの場でSTEPUPしなきゃならない。
見せていただいた教育サンプルがこれ。
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船山スタッフがこの記事を見てプレッシャーを感じてもマズいからボカします。
「もう3年経ったのか。よくモッたよねぇ。まさか辞めてねぇだろなって来る途中でいっつも気にするもん。」
「○%ほど僅かですがベースアップもしたんですよ」
それは重畳至極。
「だけどT館長は何処で本を買うんだろう。本屋さんなんてないぞ。」
「ネットで買えるでしょ」(ジャン妻)
おススメのお酒.jpg
「八高線が載ってましたが、懐かしくって」
「乗ったことがあるの?」
「学生時代に○○方面でちょっとバイトしてました」
「何処で何をやってたんです?」
埼玉県の〇〇ってとこで夜間の○○員です。夜どおし働いて始発で帰って来たり。その頃の日給って今の旅館業の1日辺りの金額より高いですよ」
「私はまさかこのトシで八高線に乗るとは思わなかったけどね。2回も」
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部屋に戻ったらジャン妻は爆睡していた。
T館長からの夕餉のCALLまで目を覚まさなかった。
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