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諏訪原城 [隠れ郷土史]

ここです.jpg
築かせたのは武田勝頼公。
縄張りは馬場信房(信房)。
命名は勝頼公が諏訪の出だから。
城内に小さい諏訪神社がありました。
石碑と解説.jpg
今川家を駆逐した武田側から見たらここは遠州松平との最前線。
遠州を欲する武田家が橋頭堡と兵站所も兼ねて造らせた。
縄張.jpg
広い城域だった。
金谷駅からだと比高140mほど。
一度、金谷駅から徒歩で上がって来え途中で断念して引き返したことがあります。坂だし歩ける距離じゃなかった。
今回は金谷駅からタクシーで上がってきました。
だがそこまで上がってみると険峻な山城には見えない。
解説1.jpg
駐車場と城域入り口が同じ高さなのでくるまで来るのがおススメ。
私は山城の麓に駐車場があって、そこから歩いて登り、延々尾根を歩くタイプの城塞は避けています。
くるまで着いてそこからなるべく比高差の無いのがいいです。
解説2.jpg
駐車場から入ってすぐに置いてあるパンフ。
パンフあり.jpg
いきなり窪みが。
大手の堀の跡らしい。
窪みは大手外堀1.jpg
窪みは大手外堀2.jpg
大手北堀.jpg
右手にあるカーヴした堀です。三日月堀はこの城域に幾つかあります。
最初の三日月堀1.jpg
最初の三日月堀2.jpg
でもヤブと陽の光で見難いのです。堀の向こう側の曲輪(馬出)から撮影したのがこれ。
大手馬出の三日月堀.jpg
大手馬出の背後の堀1.jpg
大手馬出の背後の堀2.jpg
南曲輪背後の堀1.jpg
また三日月堀がある。
これは見やすいです。
三号堀(三日月堀)1.jpg
三号堀(三日月堀)2.jpg
三号堀(三日月堀)3.jpg
三号堀(三日月堀)7.jpg
三号堀(三日月堀)5.jpg
三号堀(三日月堀)8.jpg
三号堀(三日月堀)4.jpg
諏訪原城の位置づけは政治・統治の拠点、象徴としてではなく、実戦を想定して作られたようです。
①多数の兵員を駐屯させられる敷地。
②大量の物資を置いておける補給基地。
③東海道と大井川水運の要衝。
④最前線なので手早く工事しなきゃならない。
①②③④の理由により、細かい技法ではなくひとつひとつの曲輪をガッツリ広く大きくした。
右は堀で左は二の曲輪.jpg
二の曲輪1.jpg
二の曲輪2.jpg
三の曲輪(南曲輪).jpg
二号堀1.jpg
二号堀2.jpg
二の曲輪と三の曲輪は区別が明確ではないのですが、中央に仕切があった。
仕切土塁1.jpg
仕切土塁2.jpg
仕切をよく見ると石が混ざっている。焼き鳥のつくねでいうところの、細かく砕いた軟骨のようです。
仕切土塁3.jpg
仕切土塁4.jpg
丸馬出以外はそれほど複雑な縄張りではないので、郭の間に敵兵を誘い込むキルゾーンタイプではない。
台地の先端に位置し、東側の崖を背後に本曲輪が置かれて東の急斜面には搦め手と水手曲輪、少しの腰曲輪とその先にも出城がありそうだが、この城の名物でもある複数の丸馬出は西と南に限定されている。迎撃対象は徹底して遠州松平がいる西に限定している。
馬出とは何だ?
馬出とは何ぞや?.jpg
昨年のコメディ大河で終盤ようやく登場した真田丸。あれも似たようなものですが、塁線が弧を描いて形成され火箭に死角をなくしたものです。
寄せ手に対して初めは飛び道具を散弾させ、弧の根っこにある出撃口から出撃して敵に損害を与える。寄せ手に銃火器や矢玉、投石で馳走し、出丸のサイドから主人公が打って出たでしょう。あれです。あの戦法です。
二の曲輪東馬出1.jpg
二の曲輪東馬出2.jpg
二の曲輪大手馬出.jpg
生命線、水の手もあります。
水の手曲輪.jpg
カンカン井戸.jpg

本曲輪.jpg
天守(櫓台).jpg
本曲輪の大雑把な解説板.jpg
城内、深い堀だらけ。
国境最前線だからおそらく急いで造ったと思いますが、重機の無い当時の土木工事としては凄いです。
堀が深すぎる箇所が幾つかあり、そこには自然の谷がもともとあったのかも知れないが、土橋や土壁が狭く、全体を撮影しようとして下手に後ろに下がると転落しかねない。
五号堀.jpg
五号堀2.jpg
六号堀.jpg
九号堀.jpg
十六号堀.jpg
内堀.jpg
その他の堀1.jpg
その他の堀2.jpg
その他の堀3.jpg
壁立.jpg
土橋.jpg
先に述べた馬出迎撃は守る側から見たら痛快だが、1度2度ならともかく、守兵に数倍する寄せ手が押し寄せたらどうなるか。
この城は数多い守備兵や、た~くさんの武器弾薬、糧秣を多く置いとける敷地面積がありますが、現在茶畑になっている東側と城内の高低差がそれほどなく傾斜も緩やかだから、寄せ手が物量作戦で攻めて来たら長くはもたない気がする。
馬出からそのまま西に歩いてったらいきなり茶畑に出た。ここから西の緩斜面に何か防御施設があったのだろうか。
茶畑に出たぞ.jpg
東の斜面から逃げるしかないでしょう。実際そうだったらしい。写真に撮らなかったけど本郭の一画に「搦め手」があって、そこから榛原郡吉田方面へ落ち延びたとか。
馬出のある西からは逃亡できないのはわかりますが、本郭にいる城主か城代か、主将格が真っ先に逃げられるようになっているのは笑えた。
やはり落ちない城というものは無いのかもしれない。
富士が見える.jpg
眼下に金谷.jpg
この居城に、限られた期間でこの貴人がいたらしい。お家が滅んでからです。
だがすぐ解任されたとも。
蹴鞠の名手.jpg

古そうな解説板.jpg
碑.jpg
見学所要時間は60分ほどでした。やはり広いです。
見学者は私の他に2名ほどいた。
見学者がいた.jpg
タクシーがなかなか来ない。コミュニティバスが1日に4本ある。タクシー待ち20分の間に、14時9分のバスが来ちゃった。
バスもあるにはあるが.jpg
整備工事中.jpg
諏訪原城は現在整備中です。
平成29年2月の時点で、WCはありますが自販機は無いです。
夏場は飲料持参でおでかけください。
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