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ByeBye Yankee Girl [人間ドラマ]

今日の主人公はもういません。
お蔵入りしかけてた記事ですが改訂してUPします。
どこで服を買ってんだ?http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-12-17-1
続・何処で服を買ってんだ?http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-05-21
の続編だったのですが、オチが変わりました。
今度は髪色の話です。

上州にヤンキー娘が4人いて、昨年の冬まで好き放題な服装だったのが前述の記事で社内規定が改訂され、全員がブラウス着用を義務付けられた。イロモノの服でなくなった。
だが、全員が同じような服装になったら今度は個人個人の髪色が目立つようになってしまったのである。
今回の主役は仮名でH子としておきます。この子が会社のターゲットになってしまった。
H子はもとヤンキーで髪のイロがうすい茶髪なのだ。後で知ったのだが、実は染めたのではなく自然脱色だったのだが・・・。
(H子は呟きⅠⅡⅢを通して何回か登場しています。)

M村というウルサい上役が以前からH子に目をつけている。
このM村という野郎は前に私を上州某重大プロジェクトの打ち上げ会からハズした張本人・・・。まぁ過ぎたことだからいいや。私はM村に聞いた。
「M村さん、アナタの言う群馬の問題児って具体的に誰のことです?」
M村は固まった。私に対して妙に構えるというか警戒するんです。
「はっきり仰ってください。H子ですよね?」
「う~ん・・・彼女だけじゃないですけどね」
「H子だけじゃない?」
「ほぼ全員ですよ」
「ぜ、全員ですか・・・」
漠然としか言わないんですよ。名指ししないの。
私はM村の言う全員の中から特に目立つ連中の名前を挙げた。
「アイツとアイツとアイツですね」
そうだと頷いた。言い出した手前、「自分が注意します」と請け負った。
1ヶ月後に社内マナー研修、接客接遇研修が開催され、その中には服装、髪型、メイク、そういうのも入ってるんです。それまでに改めさせないと。
私はH子を擁護する側だが擁護するだけでは本人の為にならない。言うべきことは言わなきゃならない。
普段関わらないM村なんかに注意させたくない。

研修会は現地社員全員参加が義務付けられ、本社からもM村他、何人か立ち会うことになる。私はせめてそれまでに何とかしようと、「アイツとアイツとアイツとアイツ・・・」を対象に個別に口頭注意した。
ヤンキーのリーダー格がいてH子と不仲なのだが、まずはそヤツに言ったの。傍らに子分が1人いたね。「2人とも研修会までに髪色を落とせ黒くしろ」って。
リーダーは口を尖らせた。
「服装の次は髪型と髪色ですかぁ?」
「そうだよ。研修までに段階を踏んで少しずつおとしてくれ」
「そんなん言われるんなら辞めようかな・・・」
「バカ、そんなツマラない理由で辞めるヤツがあるかっ」
ふくれっツラしやがって。「辞めようかな」は私に対してのブラフ(脅し)です。内心では髪の無いアナタに言われたくないよとでも思ったに違いない。
「じゃぁH子はどうなんですか?」
不仲な第三者の名前を挙げて矛先を逸らそうとしやがったな。
「H子にも言ってるよ」
「でもあのまんまじゃないですか」
「それは言っても効かないんだ」
私は髪色の注意なんて引き出しがない。こういう注意は女性から言った方がいいのかなとも思った。年長者の笑ふ女・・・(たいしてオモシろくないネタでもすぐぶふふふっって笑ふキャラ)に援護を頼んだ。H子は何故か笑ふ女を尊敬していて彼女の言うことは素直に聞く方なのである。
「俺の名前出していいからさ、H子に君から注意してくれないか」
「いいですよ」
笑ふ女は私の指示には従順なので請負ってくれた。数日経って、「どうだった?」って聞いたら、
「せめて短くするか、すこしでも黒に近づけた方がいいよって言いました」
「どうだった?ヤツの反応は?るせーなって?」
「ぶふふっ(笑)、彼女あれで、う~んどうしようかなぁって考えてたし、次に美容院行くのっていつだったかなぁなんて言ってましたよ」
「その気にはなったのかな?」
「多少は。あの子は口とお行儀が悪いけど根はマジメな子なんじゃないですかね」
実はこの時、笑ふ女は重大なポイントを私に報告していないんです。(※)

H子は私にこうボヤいた。
「本社のM村さん、何だかアタシに目を付けてるんだよね」
「そりゃそーだ」
「アタシのことをじーっと見るんだよね」
「別にM村はお前に気があるからじーっと見てるんじゃない。その髪色だよ」
「髪だけかな?」
「メイクも雑だし。眉も無いし。行儀は悪いし口の利き方はなってないし。俺とだって殆どタメ口に近いじゃないか」まで言ったら私の言い分を遮り、「アタシ軽いアトピーなんだよ。眉はあるよ。薄いだけだよ。ホラ見て見て」
よ~く見ると薄い眉があるにはあるが剃ったようにも見えるぞ。
「描けばいいじゃないかっ。接客業なんだから最低限のメイクはしなさい。お母さんにやり方を聞いてごらん?」
それには応えず、「アタシ顔が濃いからさぁ。濃いでしょアタシ?」
濃い薄いの問題ではないぞ。濃淡は関係ないんだ。
「まぁ薄くはないわな」
美人は美人なんだけどね。
「濃いよね。アタシ顔が濃いモン。でもどーしてアタシだけ?」
「皆に言ってるよ」
「・・・」
「今度の研修までに髪の色を黒くするか少し短くするか、接客業に相応しい髪に変えなさい」
「ええぇぇぇ」
「だいたいお前の履歴書を見たら髪黒かったぞ」
「あ、あれは・・・黒くして写真を撮ったんですよ」
「ウチに応募したその時だけか?」
「そう。すぐ戻りましたよ」
戻った?
どういうことだ?(※に繋がります。)

M村がH子に目を付けたのには伏線があるのだ。
確か昨年の春頃、私とH子、その他数名が某所現場で作業していた時、何故か本社からM村も含めてお偉いさんが数人来てた。
お偉いさんたって私より年下ばかりなんだけどね。
昼に皆の出前を取ることになったのだが、普段はトッポい立ち振る舞いと物言いのH子が、そういう時は世話焼きのようにいそいそと皆から注文を取ってた。
「〇〇さんは?」
〇〇さんとは私のことね。
「カツ丼」
「カツ丼?好きだねそういうの」
「自分だってソースカツ丼とか好きだろーが」
それには応えず、「ガチにする?」
「ガチとは何だ?」
「大盛りの更に上、メガサイズのことだよ」
「フツーでいいよ」
H子は私の次にM村に聞いたの。「何にしますか?」って。私に大しては「何にする?」、M村には「何にしますか?」この差はなんだ。
M村はH子にこう応えている。「僕、東京に帰るから弁当要らない」
「あっそ。ボク要らないのね」(H子)
H子に「ボク」呼ばわりされたM村はムッとした。
傍らにいた私はやや慌てた。M村は私より上役なんだよ。私は眦を吊り上げ「コラッ!!」とたしなめたがH子は意に介さず、すぐ次の誰かに「何にします?」注文聞いている。
M村の同輩というか別の上役が苦々しげに、「相手は役職者なんだから・・・」
その注意も上の空であった。今、思えばM村がH子に目を付けたのはこの時からだったような気がする。
たまに東京から現場に来ると目立つので気になるんだろうな。いつも一緒にいたら目が慣れちゃって気にならないかも知れない。

笑ふ女の援護、教育もあって、研修会当日にH子は黒髪で現れたそうです。
「ちゃんと黒くして来ましたよ。メガネもかけてきたしぶふふっ(笑)、知的なOLみたいでしたね」(笑ふ女)
当のH子はややプンプンだった。
「黒くして行きましたよっ」
「当然だっ」
「でもせっかく頑張って黒くしてったのに本社からあまり人が来てないしさっ」
「M村は?」
「来てなかったですよ。それと何でか知らないけど皆アタシを見て笑うんですけどっ。誰々なんか私に気付かなかったんですけどっ」
私はM村他の上役に、「H子が髪色を改めた」と報告したのだが、しばらくしてから笑ふ女からメールが来て、
「また元に戻っちゃったんですよ。ぶふふっ(笑)」
「元に戻ったぁ?」
「ハイ。元のイロに。ぶふふっ(笑)」
「笑ってる場合じゃねぇ。じゃぁアイツは研修会の為だけに黒くしたんか?」
「それもあると思いますけど。あれは染めたんじゃないです」
「染めたんじゃない?」
「彼女、学生時代に水泳部だったんですよ」
笑ふ女が肝心要のポイント(※)を報告し忘れたのがこのポイントです。
「水泳やってたのは知ってたよ。足は太いし行儀悪いし、脚クセも悪いし」
「ぶははは~っ(笑)・・・彼女、水泳やってたから髪の毛の色が抜けちゃったんですよ。だから染めてあのイロじゃないんです。ぶふふっ(笑)」
私はなかなか理解できなかったが、要は水泳を長くやってると塩素のせいで髪色が抜けてしまい、染めてもいないのに茶髪、金髪になるのですか?
現役を引退しても黒髪に戻らない人もいて、髪が弱い人ほど金髪に近い色になり、特に夏場の屋外プールだと塩素プラス日焼け紫外線で髪が焼け、脱色して傷むんだと。
それは私みたいな素人の目には金髪に見えるが、自然な脱色なので下手に自分で染めるよりはきれいと言えばキレイになるんだな。
ファイルされてる履歴書の写真は真っ黒髪だったのは、自分の髪がそういう質の為に就職活動の時だけ染めたということである。
処理済~長い黒髪.jpg
ジャン妻が単身で上州に出張した時、H子が運転する助手席でいろいろ話したそうで。
「H子から聞いたんだけど、あの子、高校の時に生徒指導の先生に職員室に連れて行かれて、メンズビゲンの白髪染で無理矢理黒髪にさせられたことがあるんだって」(ジャン妻)
「ひでぇな。それって今の時代だったら親が怒鳴り込んでもオカシくないじゃないか」
「そこまでしなかったらしいよ。H子はアタシの髪色が自然なのを証明してやるって黙って従ったらしいけど」
「で、結果は」
「抜けたんでしょうね。教師も諦めたっていうから」
「そうだったのか。それをM村に説明したことで信じてくれるかな」
「さぁねぇ。日ごろっからああいう態度、口の利き方だし。M村さん向かって、あっ、ボク要らないのね、なんてやらかしてた子だしね。疑われても仕方がないよ」
「・・・」
「あの子は素直でマジメでカワイイとこもあるけど何しろ日頃の態度が悪いからねぇ」
「・・・」
「そういえばこんなことを言ってたよ。〇〇さん(私のこと)って前は店舗に出てたんだよね、あのアタマで、あの風貌で、店舗に出てたんだよねって」
「何て答えたんだ?」
「前からあんなアタマじゃなかったわよ、今は管理部門だけど以前は現場でバリバリだったのよって言ったわよ。そしたら、でもさ、でもさ、あのアタマでさ、あの風貌でさ、フツーありえないよ~って。ア~ッハッハハハ(爆笑)」
私はムッとした。
その場に私がいたら、るせーっほっとけっ、俺のネタじゃないだろう。会社にガンつけられてりのはお前だぞってくらわしたけど。
「もういい加減、会社も諦めてくれないかなぁって言ってたわよ」
「・・・」
私はM村に、「H子の髪色は高校時代に水泳部員で脱色したもので・・・」
でもM村は納得しなかった。そういう証明になるものがないとダメだって。そこでちょっと頓挫したのだが、夏になってH子は突如として黒髪になった。
「〇〇さん見て見て」
嬉々としてやがる。
正直似合わないったらありゃしない。でもそうは言えない。私はH子が心を入れ替えたかと早とちりしてしまったのだが、黒くした真意は転職の為だったのである。
「辞める前に一度、〇〇さんにアタシの黒髪を見せてあげたかったんだよ~(笑)」
(-”-;)
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高崎駅界隈工事だらけのこと [コラム雑記帳]

高崎駅界隈が建設ラッシュになっている。
新幹線で高崎駅に滑り込む直前、車窓左手に新体育館、「高崎アリーナ」が建設中で、見下ろしたカタチは巨大な船舶型のドーム式。
すぐ隣を肩を狭めて走る上信電鉄が押しつぶされそうである。
(高崎新聞から)
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アリーナは今年(2016年)8月にプレオープン。早くも9月に国際合気道大会(世界大会、8日間)が開催され、来年(2017年)春にグランドオープン予定。
観客動員数は6000人だそうである。音楽イベントにも利用されるかどうか。収容客数10000人を超えると誘致する音楽アートも限られた超大物クラスになってしまうが、5000人か6000人の会場だと誘致するハードルが低くなると思う。
だが、音楽ホールは反対側東口に、これまた2018年の完成を目指している「高崎文化芸術センター」が建設予定なのだ。そこは収容客数2000人、570人~1000人、400人、大、中、小の3ホールができる。音楽、演劇、レコーディングも可能な多機能施設となるとか。
競技場や音楽ホールは駅から近い方がいいに決まっているので、く西口東口ともデッキで結ばれるだろう。
イベントがお開きになったら駅前は大混雑するは必定。
(日刊工業新聞から)
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まだある。噂の東京マガジン噂の現場でも取り上げられたが、高崎駅東口から徒歩15分、高崎競馬場跡地にもコンベンション施設の建設構想があるとか。
この競馬場跡地活用の構想は以前からあったらしいが、前述のアリーナ、文化芸術センターの方が駅チカなのでそっちが注目されちゃった感はある。その後、どうなったのだろう。
(アリーナは日本製粉工場跡地です。跡地を有効に使うとなるとそういう箱モノを建設するしかないのかな。)
駅から徒歩15分だとやや距離がある。駅とデッキで直結するのは厳しいかも知れない。
噂の現場でも触れていたが、高崎市は上州の玄関口であり、上越&長野北陸新幹線や、関越道&上信越道&北関東道のJCTでもある。東京から僅か1時間なので、都内の渋滞混雑を避けて関東郊外でイベント開催するならベターな場所だとは思います。
同じものを幾つも作ってどーするのと思わないでもない。
アリーナや文化芸センは使用目的がはっきりしている。でもコンベンション施設・・・コンベンションとは展示、会議、様々な出展なのでビジネスに直結する。スポーツやコンサートイベントとは違う。そこでビジネスが成立しないとアウトですぐ他へ行ってしまう。首都圏から1時間で来れるということは同じ時間で帰れる訳だからね。
私はコンベンション利用者ではなく社内枠での単独出張者に過ぎないが、無駄遣いと言われようが1泊して楽しむものを持っている。それと同じく、そういう施設の来場者が本来の利用目的とは別に、宿泊も含めて高崎で余暇を楽しめるものが無いと金が落ちないと思うのだよ。
文化施設だけではない。東口のホテルココグラン高崎の北側には高さ100m28階建てのタワーマンションが建設されるそうですよ。これができると高層マンションでは群馬県で一番高くなる。
西口駅前に戻ると、イオンモールの建設工事の前段階で、2014年に閉鎖されたビブレ・・・でしたかね。その地下解体工事中だった。
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西口ペデストリアンデッキの工事も始まるようです。既に一部のデッキが閉鎖された。イオン建設と同時に工事が進むのでしょう。
田町でも何やらドカドカ建設重機が稼働している。そこらじゅう工事だらけ。

大規模な集客施設の建設が進んでいる高崎駅界隈。
イベント開催時期はホテルが満室になるだろうから、その期間を避けた方が良さそうである。市内に泊まれなかったら安中市のルートインに退避するかな。
まてよ?
これら小さい店に、そのイベント帰りの客がドッと押しかけたらどーなる!!
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天然・・・何だって?.jpg
捌ききれるわけないじゃないか!!
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観ようかどうしようか [呟き独り言]

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「見てよこれ?」
「薬師丸ひろ子も出てるの?」
世代が違う!!
薬師丸さんが主演のものは1981年だから、あれから35年も経つのかと。
機関銃をブッ放す.jpg
高崎市で撮影した映画です・・・このアピールの仕方が高崎市らしいというか。県庁を持ってかれた前橋市や、他の市へのライバル意識、プライドの高さが垣間見えるのは私だけだろうか。
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このポスター、駅前、ストリート、いたるところに貼ってあった。
「役所にも貼ってあったよ。高崎市ってミーハーなところあるからね」
「駅前を見てもわかるし・・・」(ジャン妻)
「芸術の街」を謳うだけあって、いろんな文化イベントの特大パネルがあったり、地元撮影クルーがロケしてるのを見かけたりする。ロケに協力的な街なんだって。
目高組の組長(だった?)星泉(演、橋本環奈さん)のメダカカフェのセットは、中央銀座商店街アーケードの何処かに組まれた。
これはCiartから。
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梅ふくの路地入口じゃないか。
白い行燈が写ってるし。
この通りは道路に柳の木があるから柳川町だろうか。
何処かで見た通り.jpg
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観てみたい気もするけど、ストーリーよりも場所を見てしまいそう。「あっ、あの場所だ!!」って。
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雪の朝 [呟き独り言]

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ホテルへ帰ろう.jpg
某地方都市へ出張に出かけたら、そこには5人の社員が先達していた。男性3人で女性2人。
後から行った私は2泊3日で、先にいた5人は10日間滞在していた。
初日は全員で大衆酒場に出かけた。
2泊めの夜、1人女性にこう言われた。
「〇〇さん、今日は1人でもいい?」
〇〇さんとは私のことね。1人でもいい?とは、1人で夕食を済ませて貰ってもいい?という意味である。
「別に構わんよ」
願ってもないこと。人数多いと周囲に気ぃ遣わなくちゃならないし。1人の方が行きたい店に行けて自分のペースで飲めるから気が楽だしね。
「1人でも平気だよね?」
「全然平気さ。気にせんでいい」
それまでも出張先という解放感もあってか、毎晩酒がキレることがなかったそうである。
「毎晩飲んで胃の腑が疲れたな?」
「それもあるけど、洗濯物が溜まって」
ホテルのコインランドリーで洗濯するって訳か。女性のビジホ1人泊は誰が見てるかわからないから気を付けた方がいいぞと言った。
その夜、私は1人で彷徨い歩いた。身軽に。カバンなんか持って歩いたら会社の金で来たんだと見抜かれて足元見られかねないからね。
飛び込んだ店で、自分は余所者ではないけれど、これからも度々訪れるであろうフリをした。
だが・・・。
・・・これまでの上州や遠州だけではなく、宇都宮、東北の某所、新潟の某所、武州埼玉のトンでもない西部、いろいろあるのですが、私自身老体に鞭打って各方面を廻る私を見かねたのか、今後の事を心配したのか、伊東甲子太郎という現場統括責任者が、
「〇〇さん自ら廻らないで、各方面へやらせればいいじゃないですか」
それにウチの部署の女性社員が同調した。
「伊東さんもそう仰って下さったんだからもう現場の人に行って貰った方が。〇〇さんは本社に構えて指示だけ出せばいいんですよ」
正論ともいえる。でも伊東の気持ちはともかく、その女性社員に対しては、「おまえ余計なことを言うんじゃねぇよ」の心境もある。
俺は好きで廻ってるんだよ。いや、現場は本社が思うほどヒマじゃないんだよ。そんなこと言うからクレームがあがるんだ。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-02-03に登場しています。
今は本社でフンゾリ返ってる私も現場上がりなので、あまり現場に負担をかけたくない気持ちが勝っているのだが、従業員数や現場の数が増えて1人で廻り切れなくなりそうなのは事実。
自分1人の方が気楽だったのだがそうも言ってられなくなった。
そろそろ後のことを考えなくてはいけないか。

目覚めたら雪です。
昨晩、田町で見上げた夜空には月も出てたんですけどね。
目覚めて見下ろす1.jpg
目覚めて見下ろす2.jpg
雪のあら町1.jpg
雪のあら町2.jpg
救急車.jpg
駅方面.jpg
高崎駅に行ったら電車の動きがアヤしい。
この日、私は東毛方面への出回りを断念した。初めて現地の部下に託したんです。現場で1人トッポいのを指名して、「君がやってくれ」
「ア、アタシですか?」
「今日自分が行く筈だったが雪でダイヤが乱れてるんだよ。足元もアブなそうだから頼む」
「ワカリマシタ・・・」
「何でアタシに頼むんだって言いたいんだろ?」
「・・・」
「他のヤツに・・・いずれはやらせてもいいけど、今回まずは君が自ら行って来てくれ。誰かに指示するにしても知ってないとできないからな」
その子は「アタシにできるでしょうか?」と不安そうだったが、演劇の台本のように台詞と簡単なマニュアル書いてその通りにやらせた。
数日後、「行ってきましたっ」
「おうサンキュー。スマンかったなぁ。どーだった?何か言われたかい?」
「こことここをその場で訂正(二重線)させられましたが大丈夫ですっ」
ピタゴラスイッチの「できましたできました自分にもこんなことできました」のノリであった。
「ようやってくれた。では次回も頼むぜ」
「・・・」
「何故に固まるか。一度できたんだから二度三度と依頼するからな」
「ハ、ハイ。。。」
雪降る高崎駅.jpg
帰京してから私は自分の書類一覧を眺めながら、これは現場に依頼する、これはまとめて自分1人で行った方が早い、のように、効率化を考え考えながら業務を振り分けている。
でも振り分けながら、もう1人の自分が、次回はいつ出張へ行けるかなと舌なめずりをしている。
また来てるし.jpg
で、結局来てるって?
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青竹踏みを目撃 [ラーメン]

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過去に数回載せたこの店は佐野ラーメン系。
発祥地は栃木県佐野市。北関東中心に広い地域にある。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-01-19

青竹で踏んだ手打ち麺です。先日、店主が踏んでるのを見ました。
目つきの鋭い店主が調理途中で、「仕込が間に合わねぇ」、「麺が足りねぇ」呟きばがら製麺室に籠り、何やらバッタンバッタンした後で、ギュッギュッと踏みつけてた。
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斜めから覗き見しただけですが、テコの原理を応用して長い竹を踏んでたような。
青竹踏みとは健康法でいうこういうものを使って踏むのかなと思ってたが違うようです。
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田舎の山林は竹林が多いけど、今の時代はわざわざ竹を伐らなくても合成樹脂やプラスチック製のものが出回ってるからね。
筍だって輸入ものが多い。竹の需要が減った。だから竹林や山林が放置されて管理されなくなったのだ。
この店の店主は青竹で手打ち麺を打ち(踏み)まくっても、荒れた竹林は減りゃしないだろう。
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美しいルックス?.jpg
野菜がた~くさん。
出張に出ると、夜は自分の好きなもの、そこにしかないものばかり喰うから、野菜が不足になりがち。
でも夜の酒場でサラダなんかオーダーしたくないから。私也の呑み助の矜持が許さないのです。
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レンゲは2種。スープをすくうレンゲ、コーンをすくう金物のレンゲ。
コーンを残すのが嫌いで。味噌はスープの底が見えなかいがすくえないコーンが丼の底で私を笑ってるような。コーンに試されてるような気がするのだ。
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自家製かどっかで仕入れたのかわからないがお新香が美味しい。
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湯気でボケボケですが手打ちのピラピラ麺です。
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ジャン妻は手打ちのヒラヒラ麺が嫌いらしい。
「アナタ手打ち麺嫌いでしょ?」
「手打ち麺ってあのピラピラしたヤツ?」(ジャン妻)
「うん。平たいヤツ」
「好きじゃないね。平たいのがダメなの。何でだろう。食感がダメなんだよね。」
「じゃぁ佐野ラーメンや喜多方ラーメンもダメ?」
「うん。好きじゃない。ストレートがいいな」
「スープが美味しくても?」
「うん。しょうがないね。スープの問題ではなく麺の問題だよ。アナタが麻婆豆腐や麻婆茄子を食べないのと一緒」
よくパスタなんかでも平べったいのがあるけど。そういうのは大丈夫らしいからオカシなものである。
「ヤワヤワなのがダメなんだよね」
「・・・???・・・」
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上州らーめん やましん [ラーメン]

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赤城おろしの強風が吹きつけ、くるまがあおられそうな北関東自動車道太田藪塚ICで下りて太田市街地へ向かう途中で見つけた店。
太田市街地へ行くにはICを下りてからしばらく北関東自動車道と並走し、ヤマノカミという交差点の先、ファミマがある斜めった交差点でいきなり右折するのですが、そこを左折すると赤い大看板が見つかります。
上州らーめんとあります。
地元を謳う自信満々の大看板。私が住んでた平成24年~には無かったと思う。
これは入らずばなるまいて。
上州ラーメンと担々麺の幟が立っていて、プラス炒飯、プラス餃子のセットがお得だと。
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ドアは2重になっている。手動ドアを開けて次に自動ドア。これは上州の飲食店で山に面した店は殆どがこういう造りになっています。妙義、榛名、赤城、上州3山から下りてくる強風対策でこうなっている。一般家庭でも自動ドアこそないが、やはり2重になっている家が多い。
外見はたいした造りじゃないが、開けてみたら中は明るく清潔感があるではないの。
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店内はフロアに2人テーブル×2だけ。カウンターは厨房側ではなく駐車場側に面していてこれも僅か4席とゆったりした造りになっている。
だが、入って真正面を見ると、このクラスの店にしてはダダっ広い座敷があった。中央に大型液晶テレビが設置されている。
これは家族連れに向いてる店だな。フロアにテーブル席とカウンター席が少ないのは、私みたいな1人客が少ないのかな。座敷が広いのはお子さん連れた家族連れか数人での利用客が多いんだな。子供がバタバタ走り回るのを許す店ということですよ。
小上がりは広い.jpg
カウンターに座ると座敷側は背後になるので見えない。TVの音しか聞こえない。オーダー直後に子供さん連れた家族4人が入店され、案の定、小さいお子さん2人が座敷をドタドタ走り回っていた。
座敷から目を逸らして厨房を見てもオペレーションは見えません。男性1人と女性2人。
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グランドメニューは醤油、塩、味噌、辛味噌、担々麺。
太田市(郊外ですが)のラーメンといえば薄味の醬油味が基本ベースで、麺はやや平べったいかピロピロの手打ちと相場が決まっている。佐野ラーメンに近い。
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外の大看板や電工掲示板でもウリに出してたセットメニューは、お好みのラーメンに、餃子3個、小ライス、ミニ炒飯、普通サイズの炒飯、唐揚げ3個、これらを2つ3つプラスして組み合わせたもので、ラーメンの値段プラス260円~550円と設定されていた。
私はミニ炒飯プラス餃子3個のセットだから620円プラス450円=1070円という価格になる。1000円でお釣りが来ないこのCPをどう思われるかは諸兄のご判断にお任せします。
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もう食べる前から予想できた味としか言いようがないのですが、子供からお年寄りまで幅広~い年齢に受け入れられる優しい味ですよ。
麺はやはり不揃い感もある手打ち麺ですね。僅かにコシがあり、麺の食感は滑らか。
チャーシューはバラ巻き。脂身少なめ。
メンマはやや大きく平たいメンマ。
まん丸ではなくちょっとだけ歪んだ可愛らしい炒飯。塩気も薄めです。
餃子は普通です。3個のうち1個だけ崩れてしまった。写真を見てください。どれが崩れたかわかりますよね。
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スープ、麺、具、炒飯、餃子・・・全てが優しい・・・というか・・・ゆるいですねぇ。ガツンと来るものは皆無だといっていいです。
厨房が見えないので、もしかしたら、もしかしたらですが麺の水切りがやや甘いかもです。不揃いの手打ち麺って湯切が難しいらしいけどね。
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私が知る上州の手打ちラーメン店で茹で時間が長い店は麺がゆるゆるで店主がおっとりしている。
茹で時間が短い店は店主が気短で麺にコシがあると思うのです。この店は前者かな。
セットもあるので10分以上待ちましたよ。その間、女性スタッフ同士の上品な私語がまる聞こえだった。
会計済ませて店を出る際に座敷を見たらまだ子供さんが駆け回っている。
諸手を挙げてベタ誉めする店、わざわざ行く店ではないですが。優しい味だった。
でも優しさだけじゃダメなのよねぇ。Say Good Bye
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萌える丘の正体 [風景]

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私、ビョーキかも知れません。
いえいえ、診察や服薬が必要なビョーキではないです。何のビョーキかと言いますと病名も無いのです。
それじゃ何もワカランてか?
そりゃそうだ。今日の船山史家はヘンです。いや、ヘンなことを言って(書いて)います。自分がそのビョーキに気付いたのはこの神社なんですよ。
これは上州太田にある無名の神社ですが(もちろん名前がある筈ですが)、神社ではなくこの神社の裏です。
夏場だと草ぼうぼうでそのまま通り過ぎてしまったと思います。年明け寒気が南下する前の頃です。
天気快晴で雲ひとつなかった上州特有の青い空のもとに、自然地形なのか人工的なのか、それほど比高差の無い丘があったと。
私は行き過ぎたのですが、Uターンして神社境内にくるまを滑り込ませました。
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本堂の裏に廻ってみたら山を若干削って建っています。脇に土塁みたいなのがあって本殿を囲うようにしている。
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何でしょうねこの丘?
周囲が平坦で、ここだけ丸く盛り上がってるんですよ。人工的なものでしょう。
物見の丘かな。かつてこの辺りにどういう勢力が分布していたのかわからないのですが、寺社勢力を取り込んだ物見の丘かと。
私はそう思い込んでしまった。北方からの敵を監視する為のもの?農民が監視してた場所かなと。
本堂右脇に上り口があったので登ってみました。
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グルッと周囲を見回してみた。
木々に遮られてますが植林は後世のもののようです。
物見だった当時は眺望が良かった筈。こういう場所に置かれる哨戒兵は目のいい者が選ばれるのです。
くるま社会の土地柄ですから麓の道には誰もいない。周囲の住宅地からは私は丸見えです。酔狂なヤツが黒いスーツに革靴で神社裏の丘に登ってるのがミエミエでしょう。
頂上部.jpg
周囲を見渡してみた。
ちょとした物見、哨戒の気分です。
周囲を見渡す1.jpg
周囲を見渡す3.jpg
周囲を見渡す2.jpg
この時、私は上州の人事上の問題を抱えていて、荒んでないまでもやや気鬱だったのですが、この丘に登って四方を見渡す・・・なんてことをしたらちょっとしたブレイクになりました。気が晴れたのです。
丘から下りて改めて思ったのですが、ではこの丘は何なのかと。境内に説明板も無いのです。社務所もあるのはあるようだが常駐していないらしい。
神社の裏にそこだけ茶碗飯のように盛り上がってる丘。ここが山の峰だったら狼煙台だが・・・。
後で調べてみたんですよ。そしたらこの丘の正体は、
周囲を見渡す4.jpg
古墳でした!!
裏から見下ろす.jpg
上州はやたらと古墳の多い地域で3万年前の旧石器時代からヒトが住んでたといいます。私がヒマにも登ったのは発掘調査もされたれっきとした古墳だったのです。
直径35m、高さ9m、平坦面の頂上部は径10m、前方後円墳(帆立貝のようなカタチ)だとしたら二段で全長58mで五世紀後半のものという。
誰が埋葬されていたのかはワカランですよ。この土地の有力者でしょう。こういうのを墳丘というそうですが、南側は神社の社殿建設で壊変されています。
高崎市の山名、安中市の・・・ナスビの近くにもデカい古墳があるのは知ってたけど、私はさすがにそっちの世界・・・古代史までには踏み込まないです。ただ、私がこういう土盛を見て「???」と思うのは、これまでにそれほど急峻でなくとも山城や丘城(平山城)、平地の館を見て廻り、白亜の建造物なんかよりも土で囲われた縄張りの美しさに惹かれて来たからでしょうな。
私は建物はおろか石垣なんかにも興味が湧かないタチでして、その代わりに土塁、小口(虎口)、堀切、横堀、段々になった自然地形だけでもいいのです。そこが藪になって見難かったり、空堀がゴミ捨て場になってたりすると眉をひそめますが、それは近づいて間近で見た結果なだけで、電車の車窓からでも神社のある段々地形や建設中の造成地を見て「おや?」と思う時がよくあるのですよ。
ナワ~ルド峠おやじさんの峠写真を見て自然に近い掘削された峠道が堀切に見えてしょうがなかったりする。
こういうヘンなビョーキ、癖(ヘキ)に染まったのはここ2~3年ほどで、遠方から森、山のカタチ、雑木林、段丘を見て、「あれはもしかして?」と勘が働くことがあります。的中確率はそう高くはないが、そういうのが好きな人ってそういう感性が磨かれるそうです。
私がビョーキというのは、そういう土の塊を見て萌えてしまうんですな。良く言えば心が落ち着くんです。セラピーといっていいかも。
土の高まりを見て女性の曲線美を連想するとかではないですよ。
さすがに造成中の残土とか、川の堤防とかは近代的なものなので見ても何とも思わない。あくまで自然地形か、何かの跡に限ります。
下りる.jpg
でも古墳はお墓ですからねぇ。
古代史は難しくて私もサッパリです。不遜にもズシズシ登ってしまったが、そうだと知ってたら登ったりしませんよ。埋葬されてる方、お許しください。癒してくれてありがとう。
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高林城彷徨顛末記 [隠れ郷土史]

この図はその道のプロ、余湖さんという方のサイトから高林城の鳥瞰図です。
許可を頂いて掲載しております。
高林城鳥瞰図.jpg
余湖さんの鳥瞰図の上(北)、小学校方面から主郭に登頂したのだが、そこから来た道を引き返さず、図の左下(南西)方向の山道に踏み込んでしまったのです。
陽は西に.jpg
さて、陽は西に傾きつつある。
高林城頂上部の主郭から枯葉に足を取られながらズリズリと下って左の往路を戻ればよかったのだが、何かが私に「右に行け」と囁いたような。
遺構がそれほどでもなかったので、これだけでは記事にならないと思ったのもある。
その先はホントに散策コースなのかアヤシイ獣道が延々と続いている。
下る.jpg
竹藪奥の堀切.jpg
竹藪の中を.jpg
下っていく細い獣道は竹藪を潜ったり、射していた陽が隠れて暗くなったり、左右分かれ道があったり、消えそうな獣道に突っ込んでしまった思ったらすぐに消えた筈の道がまた現れたりする。
西に沈もうとしている陽の方向からしてスタート地点から西南方向へ向かっている。黒岩公民館からどんどん離れていくのは何となくわかった。
高林城は峰々に連なってはいない。黒岩集落で途切れる独立峯になっているので、行くとこまで行って西南へ脱出するしかないと肚を決めゆっくり下って下っていった。
先の見えない下山路はやや不安も伴った。でも人気の無い山中で彷徨して遭難するのではなく、明らかに人が踏み分けた道があるので脱出できる筈である。
彷徨1.jpg
彷徨2.jpg
歩くこと20分。それまで足元が枯葉でフワフワしたりぬかるんでいないが自然の獣道だったのが途中から固くなった。ガレたコンクリートで固められていた。
下山.jpg
その脇、草に埋もれて生活物資のゴミが散らばっていて、どうも路上生活者か誰やら居住していたような平場があったが、誰もいなかった。
でも何とか下山したようである。軽トラの轍もあったから果樹園の跡かも知れない。
振り返る.jpg
振り返ったらこんな感じ。
雑木林です。子供の頃に近隣の雑木林にダンボールを持ち込んで斜面を滑ったり秘密基地を作ったりしたことあるでしょう?
産業廃棄物不法投棄の時代ではなかったが、そこには誰か投棄したオトナの世界があったりしたものである。
今はそういう場所は無くなった。宅地になっちゃった。
そんな感慨にふけっている場合ではないぞ。黒岩公民館に戻らなくては。山を下って平地に出たので少し足早に歩いた。
電信柱と電線が見えて来たので人家がある場所に脱出する直前、こんなのがあった。
罠あり.jpg
イノシシの罠ぁ?
檻ではなく足バサミのような罠らしい。禍々しいものがあるんだな。
公民館の職員さんが言うとおりやはり猪が出るらしいのだ。避けてサッサと公道に出た。そこには電柱があったのでようやく人がいる世界に出た安堵感。
そこで私は公民館に電話している。
「高林城の山に登った者ですが、無事下山してますから。30分後には戻ります」
電話に出た方は女性の職員さんで、さして私を心配してもいなさそうであった。
脱出.jpg
舗装された公道に出て、そこを左に行けば黒岩公民館の方へ出ると踏んだ。
でもそれは間違いだった。その先は左に溜池があってそこで行き止まりだったのである。
そこに2台の軽トラと2人の老人・・・失礼・・・地元の人で農家の人?らしき方がいた。
地元の人.jpg
「どーも。何されてます?」
「猪がかかってないか見に来たのよ」
「猪?かかってたんですか?」
「いや~・・・今日はかかってなかったな~。この先にも仕掛けてあっから見に行こうかと」
さきほどのイノシシの罠の表示はこの方たちが仕掛けたらしい。
「・・・この先、黒岩公民館まで行けますかね?」
「どうだろ。道を整備したって言ってたけど・・・」
そう言いながらその先を指した。そこにはまた黒岩小学校の生徒が描いたらしいお手製の案内図があって、クマコースとある。
クマコース?
公民館の職員さんは「熊は出ない」って言ってたぞ。そのクマコースは草が刈っていない。藪に消えて自然地形と同化しているようである。
「行けそうにないですね」
「行けるんだけどこれじゃぁ行けないね・・・(反対側、西日が射す方を指して)・・・あっちへぐるっと回って行くしかないんだよね」
農家の方が指した方角は西南の黒岩集落がある筈。
高林城彷徨.jpg
この写真を見てください。
スタート地点の黒岩小学校から登城し、山中を彷徨って西南に脱出、でもそこから反時計廻りに歩いて行き止まり、農家の方に言われてそこからまた時計廻りに県道に出て戻ったのです。
そこにはデカい家々が並んでいた。個人宅なので写真は撮らなかったが、その集落を抜けたらセンターラインのある県道に出る。西富岡のモスバーガー辺りから伸びている県道218号線です。
そこを北東に向かってトボトボ歩っていたら、さっきの農家のオッさん2人が私を軽で追い抜いていった。片手を挙げて先に行ってしまった。
正直言って、「乗せてくれよ~」と甘える気持ちがあったのは否定しないよ。
その先でT字路にぶつかる。そこを右に行くと遍照寺・大日堂というのがある。
遍照寺1.jpg
遍照寺2.jpg
私は平成24年の滞在中、この前を何回も走った。
安中市から山を越えて、上信越道富岡ICへ向かう裏道として利用した。寺の前に古い商店があって今は廃業状態で自販機だけ稼働している。よくこの自販機で炭酸清涼飲料を買ってガブガブ飲んだものである。
黒岩公民館.jpg
錆びたバス停1.jpg
黒岩公民館に戻った。男性の職員さんがいた。
「戻りました」
「大丈夫でしたか?」
「頂上まで行けるには行けたんですが・・・その後、向こう側の西へ出てしまったんですよ。そっから黒岩集落をぐるっと回ってきたら時間がかかってしまって。館長さんにもご挨拶を・・・」と言いかけたら、「館長は帰りました。4時までなんですよ」と言う。
4時まで?
いいですねぇと言いかけたが止めたよ。
時間を見たら4時半前だった。家に帰ったのではなく本庁に戻ったのかも。
「もしかして私が戻るまでお待ちになってたとか?」と聞いたらそうではないようで、単に定刻(17時)まで番してる感じであった。
私は高林城を指しながら、「誰が住んでたんですかね?」
「わからないです。地元ではそこの山は高林城っていうのがあったと言われてるだけでして」
「そこにあった寺(遍照寺)の関係かな」
私は寺社勢力でいうところの僧兵を束ねた神官のことを言ったのだが、繋がりがあるのかどうか。
高林城遠望.jpg
高林城は標注も解説板もない。詳細、背景はまったくわからないそうで地元の伝承にのみ頼っている。
富岡市内を流れる鏑川を境に北は安中氏、南は国峰城の小幡氏の領域(※)で、余湖さんの鳥瞰図を見ると西側の防御が固いように見える。
西から攻めてくるのは武田軍と想定した場合の物見の城塞だろうか。確かに立地としては四方が見渡せるいい場所ではあった。
武田に下るか、箕輪の長野氏を中心に抵抗するかビミョーな圏域で、緩衝地帯ともいえる。
(※)http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-03-13
「そこを通る街道を監視する為の見晴らし所(物見のこと)ではないかって言われています。富岡市の教育委員会に聞けば何かわかるかも知れませんが・・・」
職員さんはそう締めくくった。
後日、高崎市図書館で富岡市史をめくってみたのだが、高林城についての詳細な記載は無かった。
富岡市は製糸場で名高いだけに近代史の頁はブ厚いのだが、戦国時代の頁が極めて薄く、市内の城塞一覧表のようなものと、位置を示す小さい地図が綴じてあった程度。
高林城は大勢の兵が立て籠もって大軍を迎え撃つ規模はない。監視所、見張り、狼煙台程度よりやや大きい程度の規模で、大軍を迎え撃つスケールはない。
訪城した感想は地元から大切にされている里山といった感がある。確かに手軽に登ることはできるが、整備したと言ってもあくまで登山道レベル。比高差がそれほどないので、マニアに言わせるとこの程度のクラスだと楽な方だそうである。
でも私はもう体力的には無理だなと思った。
館内にいた女性職員さん(さきほど電話に出られた)にもご挨拶。そしたらこう言われた。
「その恰好(スーツ)に革靴で行かれたんですか?」
「・・・」
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高林城彷徨顛末記 [隠れ郷土史]

飲み記事が続いたので趣向を変えます。
昨年8月末に訪城したら蜘蛛の巣だらけで断念した富岡市の高林城のこと。
訪城プロのサイトを見ると、夏場に登城する人はまずいない。夏場は藪、蜘蛛の巣、ヤマビル、蛇、獣、訪城を阻む何がしかがうごめくからである。訪城シーズンは季節は晩秋~冬場。
(3月になると花粉が飛ぶ。)
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-10-09
隣接・管理する富岡市黒岩公民館の館長さんから、「次回は秋以降に是非おいでください」・・・そこまで言われたのでリベンジにやって来た。
くるまを公民館に停めて館内に入ったら8月と同じ顔触れで3名勤務されていた。
「8月に高林城に登ったけど蜘蛛の巣だらけで断念した者ですが。今なら大丈夫ですよね?」
館長は覚えていてくれた。
「先日登る道を整備しました。でも無理はなさらないでください。この時期さすがに蜘蛛の巣はないですが、枯葉が積もって足元が滑りますので・・・」
「熊とか出ないですよね?」
「熊はさすがに出ないですが猪が出ます」
サラッと言い切られた。
歩道橋1.jpg
歩道橋2.jpg
訪城口.jpg
黒岩公民館から黒岩小学校へ渡る歩道橋を渡ると小さい墓地に達する。上り口は墓地を通った先にある。
そこには地元・黒岩小学校生徒の描いたお手製の案内版があったあった。それには・・・
スタート
大変そうだ
里山に出発!!
私がみんなを見守っているよ
長いねーでもがんばれ
みんながんばって行こうね
タヌキのマンガや、何かから切って貼ったイノシシの写真もある。
スタート.jpg
微笑ましいけど。
大変そう?
長いねーでもがんばれ?
このお手製の案内板は昨年も見たが、改めて見ると登るにはある程度はがんばらなきゃいかんのか。でも子供らが走破したなら大丈夫だろうとタカを括った。
子供が描いた大雑把なコース図もあった。
コース図.jpg
登る1.jpg
登る2.jpg
夏場に蜘蛛の巣だらけで断念した訪城路は木を伐って道幅が広くなっていた。
この城塞を紹介している各方面のサイトを見たらそれほど比高差もなく手軽に登れるとのこと。地元小学生がコース図を描くくらいだから軽いと踏んだのだが。。。
足元が枯葉でカサカサ鳴る。フワフワして滑る。
上がったらそこが城域かと思ったらそこから先に尾根道があってまだまだその先らしい。
登る4.jpg
登る5.jpg
登る6.jpg
尾根を行く.jpg
イノシシコース.jpg
また小学生が描いた案内図があって、イノシシコースとある。ホントに猪が出るのだろうか。
もう少しがんばれ
現在地
チェックポイント
タヌキコース
ワーイ!!
ゴール!!
よくがんばって・・・(判読不能)
やはりがんばらなくてはならないらしい。
お手製で微笑ましい限りだが結構キツそうである。
登る6.jpg
平坦な尾根.jpg
この程度の山城なら山歩きに慣れた方なら楽勝だろうけど私はキツくなってきた。崖とか痩せ尾根のような危険箇所はないが、タヌキコースワーイどころではなくなってきたぞ。この道ってホントに地元の小学生が案内図を描けるくらいに完全走破したのだろうか。
さきほどのイノシシコースから先は案内板もなく自分が何処にいるのかわからないのである。
麓から15分か20分ほど歩いたつもりだが、キツいだけで実際はそれほど時間も距離も経ていないのかも知れない。
地元とはいえ、小学生が引率の教師無しで単独で歩ける山道とも思えないがなぁ。
尾根をやや下る.jpg
尾根を下ったら視界が暗くなり、右に最高所のような高まりがありそうな気配で、どうやら城域に入ったようだが起伏があってもそれが自然地形なのか後から手を加えた人工的なものなのかわからない。
裾をグルッと廻っているのは横堀か帯郭か腰郭か。
なかなか右手の頂上主郭にたどりつかない。
堀切1.jpg
堀切2.jpg
堀切3.jpg
埋まって浅くなっている堀切があって、そのうち堀切や虎口が見えてくる。そこにも頂上部への案内板すらないが、私は勘でここから登れと示された気がした。
その先に頂上部があって空が見えている。
頂城域の登り口は枯葉に埋まってフワフワしている。無理くり登った。
頂上主郭へ.jpg
主郭1.jpg
主郭の祠.jpg
主郭低い土塁2.jpg
何のこたぁない。これだけである。
祠がある。低い土塁がある。
堀切を除いて明瞭ではなかった。際立った遺構はない。
妙義が見える。そっち方面に陽が傾いている。
妙義が見える.jpg
麓の方から自動車の走行音が聞こえるからそれほど高い山ではなさそう。でも三角点があったからここが最高所のようである。
規模は小さい。物見か繋ぎ狼煙台より大きい程度の規模。
三角点.jpg
正直言って、ゼェゼェ言いながら辿りついて「これだけかい?」の感はぬぐえないが、昨年夏以来、未踏で断念した達成感が少しだけあった。
陽は西に.jpg
既に陽は西に傾いている。この時期の日没は早いので下山しなくては。
来た道を引き返せばよかったのだが、その先へ足を踏み入れたことでこの後、高林城から連なる南西の山中を彷徨するハメになってしまったのである。(続く)
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克はBARなのだが。。。 [BAR]

ドア.jpg
燗を指導.jpg
マスターが若者客に燗の浸け方を教えてるところ。
今日は2階も営っていた。2階から酔ったオヤジどもの笑い声が響いてくる。
若い世代が日本酒を飲んでる光景をあまり見かけなくなったように思う。まして徳利で燗酒なんて殆ど見ない。でもこの日、1階フロアには若い方ばかりだったな。
店内1.jpg
国税庁の消費者アンケートによると現在でも日本酒の認知度は全体で2位と比較的高いのだが(1位はビール)、年齢別で見ると20代30代は低い。年齢が上がるにつれて高くなっている。
男性はビール、焼酎、日本酒、女性はビール、リキュール、ワインに対する興味が高いそうである。
日本酒の消費量は、今や全アルコール飲料の6%にすぎないという。その名の通り日本の酒と謳ってる日本酒がこんな体たらくである。片隅に追いやられた感すらある。
日本酒で鍛えられた私の時代は遠い彼方へ行ってしまったのだ。職場の先輩から「飲みに行くぞ」と言われたら嫌がおうにも連れて行かれてあーだこーだ言われる時代じゃなくなったのだ。今そんなことをしたらハラスメントになりかねない。
何故、若い方たちは日本酒に寄って来ないのか。敬遠しがちなのか。
若い女性がイロの付いた酒に走るのは、酒の旨味よりも甘味、酸味、低価格に走るからではないか。
そういうドリンクを出す店は駅前に出店する大手居酒屋チェーン店に多い。
時間制の飲み放題がはびこるのも良くない。そりゃ幹事は楽だけどさ。
宴会コースを見ると日本酒は隅にやられて肩身狭そうにしている。あっても何て銘柄すらわからない安酒だったりする。
中央部.jpg
湯野上温泉からの帰途、鬼怒川温泉駅で乗車した東武特急スペーシアの売り子さんは接客慣れしていない若い女の子だった。
個室車輌の廊下で呼びとめてワンカップを買ったらウンでもスンでもないく、これから都内へ向かう上り電車の中でそんな赤い顔して大丈夫ですか?と言いたげにじーっと見るのだ。
ワンカップ酒イコールいいトシした酔っ払い、そんな目で見やがってからに。私だけじゃないぞ。鬼怒川温泉旅行客ってそういう人、よく見かけますよ。だいたい車内で売ってるから買ったんじゃないか。
若者たちから見たら、一升瓶、徳利、ワンカップ酒、燗酒、これらが酔っ払い&呑み助のイメージを連想させるのではないか。日本酒の伝統の裏にある古臭いイメージのせいで若い方が日本酒を敬遠されると思ったりする。
吟醸酒ブームにも要因がある。吟醸酒の飲み方は冷やに決まっている。いい酒は冷やで飲むものと考えられがちである。日本酒で本醸造や純米は燗をすると香り味が引き立つと思うのだが。
燗コーナー.jpg
温度種別.jpg温度計.jpg
若い女性が特別純米大吟醸四合瓶を一口飲んで、「美味しぃ~」と言うでしょう。銘柄が横文字の白ワインっと一緒でトレンディー感覚で飲んでるのではないかな。
だってワインを買うときはテーブル上に花でも飾ったりするが、日本酒だと一升瓶の傍らに花なんか置かないでしょうよ。
でもそういうお酒は高いのだ。銘酒と謳われる日本酒がバカ高い価格で流通されるようになった事も若者の日本酒離れの一因だと思う。美味しい日本酒は高いもの、安い日本酒は不味いもの、と定着してしまった?
日本酒の素晴しさは、冷やでも常温でもお燗でも楽しめるアルコール飲料で、世界でも類を見ない。 もっとお燗の美味しさを伝えることが、日本酒消費拡大への今後の課題だと思う。それも電子レンジではなく、湯煎が望ましいのだ。あれこそオシャレだと思うのは私だけかい?
上大岡の焼鳥屋は、先輩たちが新人のバイト君に私がオーダーした燗酒を教え込む光景は毎度のこと。熱燗を知らない子がホントにいるからね。
春先にはバイト君たちが卒業、就職する頃なので、また新人君たちに燗酒を指導しなくちゃならない。
克の入って右、整形外科の待合のようなスタンド長椅子にもたれてそんなことをブツクサ考えていたら小腹が空いたので、ミートソース味の焼きそばを2皿喰ってしまったよ。
岩石揚げのようなもの。汁物はけんちん汁。
私の一画2.jpg
第1弾.jpg
岩石揚げ.jpg
焼きそば1.jpg
克はBARなんですけどっ!!
第2弾.jpg
焼きそば2.jpg
けんちん汁.jpg
横文字.jpg
克は1階だけで営業したり、2階だけで営業したり、まだ試行錯誤してるみたい。2階があるとどうしても人手が3人は要るからね。(今週、初めて2階に行きました。)
「まだママのチーズオムレツはお預けですな」
「そうですねぇ」
でも再ママのチーオムとの再会は近いような気がする。
でも克はBARなんですよっ!!
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路面凍結時の和が家 [居酒屋]

和が家1.jpg
前夜の残雪プラス路面が凍っていました。
タクシーで乗り付けたんです。わざわざそこまでして行くお店じゃないって?いやいや私の中ではそこまでして行きたいお店になってます。
ここへ行く場合、ドーミインホテル向かいにあるバス停、あら町から乗車して、高崎市郊外の剣崎で下車するのですが、その日の朝~日昼は群馬バスが40分近く遅れてたのだ。
バスが遅れた.jpg
1時間に1本しかないバスがそんなに遅れてどーする。
終点営業所から高崎駅前営業所に送れる旨、連絡もないのです。券売所のオバさんも困っちゃって、「全然連絡が無いんですよ~」
まったくもって雪に弱い土地柄である。
路面が凍ってる箇所が多いので、この店へタクシーで辿りついた。
和が家2.jpg
タクシーのライトが店ノドア窓越しに店内を照らしたもんだから、
「お帰りなさぁ~い」
「ウチにわざわざタクシーで乗り付けるお客って誰だろう?って思ったんですよ」
確かにわざわざタクシーで来るほど凄い店じゃないけどさ。
特別な料理があるわけじゃないし。
私もいつも同じものしかオーダーしないし。
店の内装もオシャレじゃないし。
地元のお客で占められてるし。
でも何だか落ち着くんだよね。
ボケボケカキフライ.jpg
ボケボケのカキフライ。
この店はもとは揚げ饅頭屋さんだたそうだが、店のカウンター席が暗いのです。(写真サイズが小さくて済む)
カキフライ.jpg
タルタル.jpg
このタルタルソースは自家製でなく市販のだな。(ニヤリ)
別にこの店でカキフライなんぞをオーダーしなくたっていいのですがね。やはりこれです。
磯辺揚げ.jpg
大好物の磯辺揚げ。(磯部揚げではない。)
「必ずたのまれますよね」(ママ)
「この店でイチオシ、ウリだからさ」
「笑」
「この店にくればこれが食べられるっていうのが必要なんです私」
「じゃぁメニューから外さないようにしないと」
「でもこれくらいどこの店にもあるだろうって?」
「笑」
「この店だって他に喰うものあるだろうって?」
「笑笑」
「どっかの店のメニューで磯辺揚げが磯部温泉の磯部揚げになってたけどな」
「笑笑笑」
ソイ・・・だったかな.jpg
ソイの刺身。メバルの仲間ですかね。
ソイ2.jpg
凄い人相(魚だから魚相?)である。小さい鯉の洗いみたい。
「珍しい魚を・・・」
「群馬って海の魚自体が珍しいですけど、珍しい魚を仕入れても、こんな魚入れてもわからないってなっちゃうんですよね。サヨリって秋刀魚の小さいの?とかね」
ソイ3.jpg
アジの刺身。
アジ1.jpg
アジ2.jpg
揚げて貰いました。揚げて貰う為に刺身をオーダーしたようなものです。揚げものは早いからねこの店は。
こうなる訳ですよ.jpg
「昨夜、高崎で〇〇さん(旅人の惑星)と飲んだんだけど、この店にしようかって案も出たんだよね」
「・・・」
「でも電車がマトモに動いてなかたから、双方が中間地点まで辿りつけるかどうかわからないし、共倒れになる可能性もあるから、彼の方から犠牲は片方でいいって言ってくれたので結局は市内の店にしたんだ」
「あの・・・」
「???」
「実は・・・昨夜・・・お休みしちゃったんです」
「ええっ!!」
「雪が凄くて・・・仕込もできなくて・・・」
「そうだったんだ。臨時休業の貼り紙出したんですか?」
「それすら出さなかったんです」
「ああそう。だったらここにしなくってよかった。アブなかったジャン!!」
「・・・」
「もしはるばる来てここが閉まってたら何処で飲んだかなぁ」
「・・・ありがとう・・・とか・・・」(大将)
ありがとうってのはバイパス沿いにある串焼き屋さんの名前。国道から見たことはあるけど私は入ったことない。
何でそういう名前にしたのかと思う。店に入ろうとして看板見上げたら「ありがとう」が目につく訳でさ。来てくれてありがとう?ってか。
でもこの店が休みで、「ありがとう」に行くと2軒目がないだろうな。やはり高崎が正解だったと思う
でもいきなり休むとはな。通町の某酒場じゃあるまいしさ。
「お客さん来ないですねぇ」(ママ)
そりゃそうだよ。
「貸切です」(ママ)
「昨夜いきなり休んだりするからだよ」
「・・・」
若夫婦.jpg
デザートは市販のチョコ??
厨房の奥に娘さんがいたので、余ったおやつを出したのではないかな。
凄い組み合わせ.jpg
デザート.jpg
お客は誰も来なかった。
22時の上り終電で高崎駅に戻った。
そういえば信越線、ダイヤ改正で朝夕1本ずつ減るって聞いたぞ。
まさかこの22時終電、無くなったりしないだろうな。
終電が来た.jpg
高崎駅冬の夜.jpg
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椿町2夜 [Cafe]

ショウさんを見送ってから凍てついた街をそろりそろりと歩いて椿町へ。
裏通りは雪が残ってる。普段と別の場所の風景に見える。うっかり手前で曲がったり、行きすぎて戻ったり、店の前を通り過ぎてH君(うさこの相棒)に見とがめられて、「何で通り過ぎるんですかぁ」
奥に招き入れられる。
闇に光る1.jpg
メニュー1.jpg
メニュー2.jpg
店内1.jpg店内2.jpg
店内3.jpg店内4.jpg
軽く飲み直す。
おとおしは白菜の漬物にマヨネーズを和えた逸品??
呑み直し.jpg
おとおしお代わり.jpg
浜潮で3品あ4品程度しか喰ってないので小腹が空いた。
寒かったのでスープご飯。
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スープご飯2.jpg
チンなんて音がしたからご飯は冷凍を解凍したな。聞かなかったことにしてやろう。
塩味の薄味。凍えた胃に優しい。
野菜を摘まむ。ニンジン、青梗菜、青菜、えのき。
野菜を摘まむ1.jpg
野菜をすくう.jpg
野菜をすくう3.jpg
この2人はどういう関係なんだろう?
うさぎと相棒.jpgおや?.jpg
COD(キャッシュオンデリバリー、現金引換)のフロアにモサったいカッコした何処かで見た男性が入って来たと思ったら通町のマスターじゃないか。
片手を挙げた。
向こうも気付いた。目礼。
「もう閉めたの?早くない?」
「いや、だってもう11時過ぎっスから」
さては客が来なくて早じまいしたな。
会計して出る時、「今年もお世話になります」と挨拶して出ましたが、それまで明日の店を通町と群馬八幡のどちらにしようか決めかねていたのだが、これで通町の新年挨拶変わりになったからいいや。明日の夜は群馬八幡に決まった。
そして群馬八幡の後で。
闇に光る2.jpg
呑み直し2.jpg
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あれ?
うさこは昨晩と同じ服装だな。
うさこは昨夜と同じ服装.jpg
パスタはお任せです。
「どんなのがいいですか?」
「辛くなくて・・・辛いパスタなんかあんのか?・・・野菜が入ってるのがいい」
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白ワインではないです。日本酒。常温です。
「置くようになったんだね」
「ええ、種類は少なくても多少は」
「日本酒なんか置くと私みたいにタチ悪い酔客が増えるぞ」
日本酒です.jpg
私の正面向こう側、フロアにひとりの男性がいた。
どうもかつての私のように上州に転勤して来られたのか、この店へ初めて来られたのか、移転前のCafe時代にも入ったことがあるのか、その方がこう仰せである。
「前のCafeってさ、(うさこさんの)お仲間で盛り上がってるって感じで入り難かったよな」
よくぞ言ってくれた。移転前も移転後もこの店はうさぎフレンズで盛り上がってるとしか思えない。うさこは「そうですかぁ?」なんて言ってるけど実際そうですよ。
「こちらの方(私のこと)も、前は高崎に住んでらしてぇ」
「そうなんですか?」
話の矛先、視線が私の方に向いたぞ。
「そう。1年だけ。今は出張で来てるの」
「前のCafeの前のマンションに住んでらしたんですよねぇ」
「いい住環境だったよ。家近くで夜遅くまで営ってたから最後の砦みたいなものだった」
「よく来て下さって」
「でも店内にお客さんが多い時は避けてたんだよ。そういう時って仲良しばっかりだから自分なんか入り難くってさ」
「そんなことないじゃないですかぁ」
「それまで盛り上がったところへ私が入ったら途端に静かになったことって何回かあったよ」
「え!!そーだったんですか??」
うさこは自覚が無いらしい。
お友達で盛り上がるのもいいけど、一見の客を開拓しないとね。
「部屋を引き払う時、最後に残った空き瓶を引きとってくれたんだよね」
「でしたねぇ」
「ゴミ出しの電柱が同じだったんですよ。前の晩にCafeで飲んだ翌朝にバッタリ会ったりすると何か恥ずかしかった。昨夜、変な酔い方しなかったかなって」
そこまで言って自分ひとりで喋り過ぎたかなと思った私はフロアにいる方に話を譲った。
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ASLIではカッコよく飲もうと背筋を伸ばすけど、このCafeでは普段着そのままでいられる。
客層が若いので私は店内で浮いている時がある。周囲に緊張感を与えてしまうような気がする。なんて自分で思うほど、周囲は意識してないかも。自意識過剰かな私?
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ASLIでSMAP会見を見る [BAR]

2軒めはBARへ。
路面が凍っていた。この辺りの裏路地はあまり陽が当たらないので、溶けるのに相当な時間を要すだろう。
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カウンター正面.jpg
ここでの会話はショウさんに任せた。
私はウイスキーや洋酒の銘柄やポイントがサッパリわからんので。飲んで酔えればいいやってなモンです。
燻されたナッツが美味しいな。
戸河内.jpg
戸河内とナッツ.jpg
ナッツ.jpg
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TVに「日本の一番長い日」が流れている。
軍師官兵衛で息子、長政を演じた松阪桃李さんが血気盛んな将校役を演じている。映像だけで音声はOFFされているけど鬼気迫る演技が伝わってくる。
私は在住期間中、このBARの前の路地を歩いたことは何回もあるが、外からだとこのTVが蒼白く見え、この店ってカラオケBARか?と誤解して一度も入らなかったのです。入るようになったのは旅人の惑星で知ったからです。
旅人の惑星ショウさんはマスターとのウイスキー談義中。内容は高度で、呑むプロと呑ませるプロが会話してるとしか思えん。
富士山麓.jpg
日本の一番長い日をじーっと見てる私に、「SMAPの記者会見、見ていいですか?」
「いいけど。でも今日の会見は、彼らが現在の心境を語るだけみたいですよ」
この日は解散危機のSMAPがフジテレビ系「SMAP×SMAP」の生放送で現在の心境を語った夜だった。
私はSMAPには興味ないえけどね。
BARは俗世から逃れて来て集う場所とも言えるので、そこで生臭い芸能ネタをLIVEで見ちゃうと現実に引き戻されちゃうんだけどな~。
でもマスターはそういうのを知っとかないとお客とのTALKが成立しないんだろうね。
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メンバーひとりひとりが言葉を選んで語られていたが、木村拓哉さん以外の4人が黒っぽいネクタイなのもあってお通夜みたい。暗いよ。
私はSMAPのファンでも何でもないので、解散するんでも継続するんでも好きにしたらぁ?と冷めた気持ちである。もし解散したらこの5人の中で俳優としての演技力があるのは誰だろう?草彅さん、香取さん、稲垣さんかなって思ってた。
4人でも5人でもグループとしてメジャーなのであって、解散して各々がソロで活動しようとしても全然ダメだったケースってある。まぁこの5人はケタ違いの知名度だからソロになってもやっていけるでしょうけどね。
会見が終了して、音声がまたOFFになった。
「何これ?解散するのしないの?」(私)
私だけでなく誰もがそう思ったと思うけど。
騒動への謝罪はあったね。これからの僕たちを応援してほしいとか、前を向いて進みたいって。でも存続するのか解散するのかどちらでもなかった。否定も肯定もしていない。言いたくても言えないのかな。
結局どうするのか。消化不良の会見生放送だった。
現時点でも継続してますよね。国民的アイドルとはいえ結局は事務所やマネージメントの問題を抱えていて、私らサラリーマンから見たら途方もない額のお金が絡んでるんでしょう。
マスターかショウさんかどちらかが、「国民的アイドルだから解散するか存続するか国民投票にすりゃぁいいんじゃないの?」と言ってたような気がする。
アイドルもタイヘンだ。でも彼らは私らなんかより遥かに高額な収入を得ているんだから同情はしない。
誰もいない.jpg
何て読むんだっけ?.jpg
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ガラガラ高崎駅構内.jpg
人がいない高崎駅。
下り終電は何とか動いたようです。動かなかったらどうするつもりだったんだろうね。
この日の時点で義理堅いショウさんは酒場の年始回りが終ってないみたいだった。
もう2月半ばだが、まだ年始回りしてるんじゃないかな。
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義理堅い旅人の惑星 [居酒屋]

ありゃりゃ。。。
ありゃりゃ.jpg
運転見合わせのお知らせ。
現在、高崎駅を発車致します全ての列車で運転を見合わせております。
運転の見通しがついた列車から放送をもってご案内しております。
駅の案内放送にご注意下さい。
雪に弱いなぁ上州の鉄道は。
くるま社会なので通勤通学を担ってる自負が希薄なんだろうね。
大丈夫かなショウさん。高崎に来れるかな。
高崎駅と月.jpg
店外に残る雪.jpg
昨日も書いたけど、雪がよく降るのは渋川や沼田から先で、吾妻方面~草津、水上とかの県境です。平野部の高崎や前橋に普段は降らないのだ。山から吹き付ける風で寒いだけ。
そういえば高崎駅構内で除雪車を見たことないなぁ。
今宵会う予定の旅人の惑星ショウさんは碓氷峠の方から来られる。こんな悪天候けに彼にだけ無理はさせられないのと、お互いの積雪による労苦を折半にしようと中間地点の群馬八幡で合流しないかと持ちかけたのだが彼が言うには、2人で動くと共倒れになるので犠牲は自分1人でいいと仰せなのだ。私のような年寄りを慮って下さり自ら犠牲になってくれると。下り電車が横川駅で折り返して来るのを待ってるそうです。
今日行く予約済みの店に電話した。19時の予定だが、
「ツレが遅れてるので19:30になりそうです」
電話に出たのは天然のA子さん。
「大丈夫ですよ。奥様大丈夫ですか?」
お、おくさま?
私は今宵、ジャン妻を連れて行くなんてひとことも言ってないぞ。
「ええっと・・・大丈夫だと・・・思います」
ショウさんに連絡する。「店側は私のツレをジャン妻だと思ってるらしいですよ。おもしれーから放っときましょう」
誰もいない.jpg
最初の膳.jpg
湯葉塩.jpg
他にお客は誰もいない。
先に入って炙りキンメ。
キンメ.jpg
この時期はフグがメインらしいのを無理して仕入れて貰ったんだけどあまり脂がノッてなかったな~。
「仕入れ大丈夫だったんですか?」
「大雪で関越道はダメで。常磐道経由で仕入れたんです」
前もそんなことがあったな。
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西京焼。
「西京焼のタラってこれですか?」(A子さん)
「それは普通のタラだぞ」(大将)
相変わらずだな天然ぶりは。飲ってたらショウさんが入って来た。
大将.jpgおっちょこ.jpg
「いらっしゃい」(こんな悪天候の日にお客が来てウレシい大将)
「今年もよろしくです。そして・・・お待たせしました」(ショウさん)
「どうも~。大変でしたな」
私は大将の目を見ながらショウさんに掌を向けた。今日のツレは彼ですよのように。
「えっ!!」
大将は訝しんだ。
「知り合いだったの?」
「ええ。まぁね」
「どういう関係?お仕事?」
さて。ショウさんがどう切り返すか。
「いや実は・・・新潟の同郷と言うか隣町なんです。柿崎」
へぇ、そうきたか。大将も上越市のご出身だからね。私の場合、新潟には本家の墓があるだけで疎遠のまま何十年が経過しているのですが。
無難でいい線ではないでしょうか。
「奥様じゃなかったんですね」(天然A子さん)
「私は家内なんてひとことも言ってないぞ」
電車が動いてよかったが来て早々帰りの電車の心配をする。西松井田~横川間で倒木があったそうである。それって除けりゃいいんじゃないのかと思うが、職員が現場まで行くのに時間がかかったんだろうか。
「青森が5m50センチで大雪でもこの辺は40cmくらいで大雪ですから」(大将)
東京本社の連中はそれをわかってない。いつも説明するハメになる。
「都心だと5cm程度で大雪だぁって騒いで交通網が麻痺しちゃうけど、平成25年のドカ雪で少しは対策練ったんじゃないの?」
「いえ、喉元過ぎれば熱さ忘れるってヤツでぜんっぜん」
大将はいつものボヤき連発である。
いちいち覚えちゃいないが、もう身体がついていかないから昼の弁当は止めるとか。最近の政治のこと、経済のこと、大きいところに優遇して小さいところが切り捨てられるとか。
「国民に強くなれって言ってるのが今の安部政権ですよね」
「そうっ!!」
そこからまたボヤキが続く。
目光唐揚げ.jpg
メヒカリの唐揚げ。
「目が光るんだって」
「知ってます」
でも魚の目から光を発光するんじゃないよ。釣り船の灯が目に反射してキラキラするの。

本日のメインディッシュが登場。
フグの白子の天ぷら!!
白子天ぷら.jpg
食感が絹豆腐のようでしてね。
ショウさんの記事に出るまではずーっとタラだと思ってた。
白子拡大.jpg
もう1人の女性スタッフ、「B子さん具合はどう?」
「大分、調子が戻って来てるみたいですよ」(A子さん)
「それは重畳至極・・・」
「症状?」(A子さん)
「違います。調子よくて何よりってこと」
A子さんに重畳至極なんて時代劇言葉を使ってもわかるわけない。この店、もう1人、私の知らない3人めの女性スタッフがいるそうである。
以前は大将入れて男性2人か3人で営ってた時期もあったそうです。もうその頃の栄華は望めないだろうけど、細々でもいいから続けて欲しいもの。私は滅多に来れないけど。
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磯部揚げだったのが磯辺揚げになってました。
でも芯じょは新しいになてる。
メニューは大分、絞ったそうで。ショウさんが言われるにはこの時期はフグがメインだそうで、他の魚はあまり仕入れたがらないらしい。
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大将、天然のA子さん、しっかり者のB子さん、ジャン妻、そして私、いつもこの店で私はいちばん年下だった。
何でまたこの時、年齢のハナシになったのか覚えてないのだが、大将は私の母親より遥かに若い。
「大将はウチの母親より年下か・・・」
「奥様の方が年上ですよね?」(A子さん)
「そう、私は年下ですよ・・・って・・・いや、今のは母親の話だよっ」
青と紫.jpg
とうとう客は私たちだけだった。売上もか。私らが予約せんかったらお店休んだのかな。
Aさんは私にこう言った。
「アタシ養殖じゃないですから。天然ですよっ」
もちろん天然ですよ。でもアナタが言う天然と私らが指摘するアナタの天然は意味が違うよ。
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上州平野部は雪国ではないの巻 [風景]

これから出張がチョイチョイ入るので、記事のストック数を増やしました。
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この写真は今年の1月、旅人の惑星ショウさんと飲んだ日の朝にショウさんが送って来たもの。
2014年ほどの降雪量ではなかったのだが。
雪の上州.jpg
この後、上州から東京本社に1通の稟議が起案されてきた。
内容は、先月1月に降った雪の量では現地社員(女性9割)の細腕での除雪作業が厳しいので、除雪機の購入希望があがって来たのである。除雪車ではない。コンパクトな除雪機。
現在は統括責任者の伊東甲子太郎が訳あって長期不在で、代行している東北出身のM村という上役がそれを受けた。
「〇〇さん(私のこと)これって必要ですかねぇ?」
「ああ、上がって来たんですか」
除雪機はピンからキリまであるが、ハンディタイプより大きく、小型で女性でも扱いやすいと謳ってあるタイプだった。購入金額は1台10万を切る程度。それを上毛、西毛、東毛で各1台ずつ。計3台で30万前後。
M村は必要性を判断できないらしい。首都圏のリーダーから意見を募ってる。でも首都圏の連中だって適格な判断下せないので、東京で最も上州を知る私が割って入ったわけです。頼まれた訳じゃないですよ。上州への援護射撃ですな。
M村は首を傾げてる。
「今回の雪はたまたまでしょう。そうそう降るんですか?」
M村の言うことはまぁ正しいけど若干理解が足りない。2014年の雪はもっと凄かった。M村は2014年の夏頃に登場したから2014年のドカ雪を知らない筈。ただ、東北出身者なので、この程度の雪は見慣れているらしい。
「高崎前橋伊勢崎の平野部は普段は降らないですよ。寒いだけです。ですが沼田から先や安中市の西部、下仁田みたいな山に近い側は・・・」
「降るんですか?」
「降りますね。高崎市内で晴れてるのに沼田から先は雪」
「・・・自分、東北出身なんで、そういうのに慣れてるのもあってこういうのが必要かどうかわからないんです」
「そうですか。弁護するなら群馬ってドカ雪に慣れてないんです。普段は寒いだけで降らないですから。雪対策も除雪車も無かったし。2014年のドカ雪の時はウチの社員出勤できなかったですからね」
これはその2014年2月の豪雪時、現地の社員が私宛に送信して来たもの。
くるまが埋もれてます。前方後方から見るとかまくらみたいになっていたという。
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前橋で70cm超。群馬平野部では明治29年以降で観測史上最大の積雪量だったこの時は私宛にメールや電話がバンバン来たね。出勤できないのが10名ほどいた。(今年1月の雪では3名)
「家から出れないよ~」
「家のドアが開かないんです」
「家の前の道が道じゃなくなっちゃって」
「無理して出たら雪を巻きこんでくるまが故障しました」
雪が止んだら止んだで、
「雪かきって時間外手当付くんですか?」
「雪で出勤できなかった場合って有休扱いですか?」
「雪かきで前身筋肉痛なんですけどこれって労災扱いになります?」
防災無線で外出禁止令が出された地域もあったからね。
家の車庫(ポート)が倒壊。
ビニールハウスが押しつぶされた。
高崎の銀座アーケードは崩落。
松井田方面の国道でくるまが立ち往生して走行不能。
コンビニに物資が届かず品薄続く。
住宅地に車が乗り捨てられ、緊急車両や除雪車が入れない。
群馬県内の鉄道、バス、高速は全てストップ。
酒悦七なんかさっさと休業。浜潮には魚が入らない。
新聞が2日配達されなかった家があった。
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「こっちで天気予報を見ると前橋と水上の積雪量が表示されるじゃないですか。あれは群馬県内で平野部の県庁所在地と山側、代表的な2箇所を示しているだけですからね」
「でも平野部で数10cmセンチも降らないでしょう?」
「20cmから40cmくらいかな。足首以上膝下以下。2014年は平野部で70cm」
「それくらいなら自分たちの力(人力)で充分ではないですか?」
「土地の広さが格段に違います。首都圏の現場なんかいいとこ30坪か40坪でしょう。あっちは二束三文の土地価格とは言わないが何処の現場も最低100坪あるし、駐車場もダダッ広いから女の子の人力だけでは厳しいと思いますよ」
「・・・」
「止んだ後がタイヘン。降った日の晩までに除雪しないと夜から未明にかけて凍ります。雪が溶けたら冠水状態だし」
「現地社員はくるまのタイヤは?」
「ノーマルです」
「!!!」
「だって普段は降らないんだからさ」
「・・・」
「凍結はしますけどね。峠道もあるし。」
「・・・」
「普段降らないで寒いだけなのに降るとドカッと降るからタイヘンなんです。だからこういう稟議が上がって来たのでしょう。ただ、私の知る限りでもドカ雪は2年か3年に2回程度です。除雪機を購入しても稼働しないで倉庫で眠ってる期間の方が長い訳でさ」
「・・・」
「日々メンテナンスせにゃならんでしょうな」
「行政はどうなんですか?」
「雪国じゃないから除雪車は少ないです。重機が動きます。大病院とかの公共施設には除雪車や重機が入るでしょう。2014年のドカ雪の時は市街や住宅地に乗り捨てが多くて動けなかったらしいですけどね。でもさすがに予算組んだみたいですよ。上毛新聞にも過去の教訓を活かしてとか何とか載ってましたね」
出典のもとになった上毛新聞です。
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購読してるんじゃありませんよ。新聞はここで見ました。
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バーグ&ベーコン2.jpg
「でもそれって優先順位があるから地元の有力者にコネでもあれば優先して入ってくれるでしょうけど、ウチみたいに東京から進出した民間会社にすぐ動いてくれないでしょうな」
私の説明を聞いたM村はまだ迷っている。費用対効果を計算してるに違いない。いや、ホンネではこの稟申を却下したいに違いないと踏んだ。
私も除雪機購入の仕方に疑問があって、上毛、西毛、東毛、1台ずつの購入では意味がない。エリア別になっているだけでエリア内で複数の現場共有になってる。それだと現場同士で奪い合いになるか、作業が終わった段階で誰かが次に運ばなくてはならないだろう。
この時、あくまで参考意見として具申したので結論は出ていません。思ったのは、上州を雪国だと思ってる連中と、関東圏だから都心に降雪が無ければ降らないでしょうという2者あるんだな。
前者はおそらく高崎を素通りして、草津、我妻、水上、山でスキーか温泉入って雪景色を堪能して来た人たち。
後者は単に現地を知らないだけ。東京と一緒くたにしてる。
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群馬の平野部は普段、雪や災害の少ない場所であります。平野部は雪国ではないですよ。雪国は草津、水上、あっちの方です。
災害に強い群馬ではなく、今まで災害が少なかったんですな。
その後、どうなったか知らない。昨日は春一番で暖かかったし、どっかの小料理屋のボヤキ大将が言ってたように、「群馬って雪に懲りてないです。喉元過ぎれば忘れるってヤツでさ~」で終わっちゃったかも知れない。
さて、旅人の惑星ショウさんが雪景色の写真を送付して来た日のこと。。。(続く)
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やはり魏延はいないのか [コラム雑記帳]

横浜市が歴史シミュレーションゲーム「三國志13」のキャラを取り上げて市営地下鉄のマナー向上を呼び掛けるポスターがベタベタ貼ってある。3月31日まで。
横浜市のHPにはこうある。
横浜市は、市営交通における安全性の向上とサービスの充実などにより「安全・確実・快適な交通サービスの提供」に取り組んでいます。また、様々な観光施策を展開し、回遊性の一層の向上により、魅力と活力あふれる都市づくりを進めています。
このたび横浜市は、幅広い世代に人気の歴史シミュレーションゲーム「三國志」のシリーズ30周年を迎えた、市内企業である株式会社コーエーテクモゲームスとタイアップし、市営地下鉄利用マナーの向上と観光キャンペーンを実施します。
これにより、市営地下鉄の利用マナー向上に加えて、市営交通を利用した市内外からの誘客促進を図り、横浜の新たな魅力と賑わいを創出します。
三國志シリーズ最新作、三國志13に登場する武将が、市営地下鉄の利用マナーを呼び掛けるポスターを、市営地下鉄全40駅に掲出します。ゲームや小説などの「三国志」ファンはもとより、幅広い世代のお客様へ効果的なマナー啓発を図ります。
全6種類のポスターを掲出します。なお、そのうち5作品は1100点を超える一般公募作品から選出しています。
見たら呂布以外は三国の盟主や主要キャラばかりではないか。

「我ら生まれた日は違っても、車内マナーは等しく守ろうと誓おう。(劉備)、
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「周りに伏兵がおるやもしれません。よもや歩きスマホなどなさいますな」(諸葛亮)
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「覇王の座は譲らぬが、この座席は譲ろう」(曹操)
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「全軍止まれ。 エスカレーターで歩いてはならぬ!!」(孫権)
「人中に呂布あり! 車中に駆け込み無し!!」(呂布)
上大岡駅.jpg
ここまでは一般公募で決まったらしい。
三國志の世界やキャラを知ってる人でないとわからないだろう。

これは一般公募ではないそうです。
「張飛!酔うて車内で義の無き行いをするではないぞ」(関羽)
「心配するな兄者!酒はほどほどに、だろ?」(張飛)
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「馬超はともかくも、黄忠や厳顔も出ていいのではないか」
「???」(ジャン妻)
2人とも老将軍で黄忠は五虎将のひとりです。してその標語は?
「ワシに席を譲る者はあるか?」
「それじゃ何のヒネリもないじゃん!!」
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私も横浜市営地下鉄利用者ですが、別に片棒担いで車内マナー向上をアピールしている訳ではないです。私が言いたいのは、
魏延はいないのか?
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魏延は五虎将軍亡き後、人材払拭した蜀軍中で抜きんでた魁夷な猛将。
「何故、魏延がいないんだっ」
そこが不満である。
「趙雲だってないのに、魏延・・・」(ジャン妻)
「魏延は席次でいったら五虎将の次だぞ。張飛を差し置いて漢中の太守に任ぜられたのに。孔明(諸葛亮)とソリが合わないだけで外されたな」
「最後に裏切るんでしょ?」
裏切り?そういうなら呂布だって。魏延は裏切ったのではなくわざと謀反するように画策されたのだ。五丈原に魏延の隊だけ置いて撤退され、後で誅すべしと遺策を残したんだからさ。
だが、魏延が吐いた有名な台詞は、「儂(ワシ)を殺せるものがおるか」・・・これを三度叫んだところで何の車内標語にもならないか。
気の毒な魏延、でも大ファンの私です。
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越後主従のルックス [ドラマ]

敵味方も家族も身内も表裏比興に振り回す真田昌幸の弟、真田信尹(ノブタダ)が越後国へ来た。
迎えたのは遠藤憲一さん演ずる上杉景勝公。
Vシネマかよって言いたくなりません?
景勝公2.jpg
相変わらずの強面です。過去に景勝公を演じた歴代俳優さんで最も強面ではないか。
「ちょっと老け過ぎじゃない?」(ジャン妻)
「遠藤さんは確か私より2つ3つ年上の筈だが・・・」
その強面景勝公の背景にある壁紙はというと、
壁紙.jpg
「アハハハ、これって・・・」(ジャン妻)
言いたいことはすぐわかった。背景の壁紙がGacktと同じじゃないか。
「使い回し?」
「捨てないで取ってあったんだろうね」
背後の壁紙.jpgガックン.jpg
Vシネマ景勝が真田昌幸の意向を伝えに来た真田信尹に応えるには、
「そういうことであれば小県(チイサガタ)はこの上杉が預かろう。ただし、織田勢を信濃から追い払う件はお断りいたす」
何でさ?
その理由がフルっている。
「今は信長が討たれ織田は弱っている。そのような時に戦を仕掛けるような真似はできぬ」
「弱っているからこそ好機なのではございませぬか」(信尹)
この時代なら誰だってそう思うだろう。
「上杉はそのような戦はせぬ。弱気を助け強気を挫くのが当家の家風。織田と戦う時は織田が立ち直り再び力を蓄えた時である。」
はぁ??
よくそれで御館の乱の勝利者になったものである。景勝公ってそんな甘い人じゃないと思うよ。
この時の上杉家は乱の影響で国力、軍事力が疲弊し、超駄作「天地人」で全く描かれなかった新発田重家の反乱がしつこく続いており、トテモ信濃の織田勢力を追い払う余力は無かったようである。武田家が滅びて僅か3ヶ月後の本能寺の変の後、最後の関東管領滝川一益が上州神流川の戦いで北条軍に破れて撤退し、飯に汁かけ男・北条氏政が上州信濃に色気を出して来る。おそらく第8回で上杉軍と北条軍があの場所で対峙することになる。
遠藤さんの風貌が風貌だけに、何も喋らなければ上杉景勝公がVシネマの悪役にしか見えないが、景勝公が言った台詞は青クサ過ぎるぞ。このギャップは何とかならんものかな。
なお食い下がる真田信尹を村上信悟さん演ずる直江兼続が無下にも却下。追い払うが如く退ける。
でもこの村上信悟さんが2007年に真田家に仕える役だったのを御存じでしょうか。
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真田昌幸の父幸隆が、砥石城の村上義清勢を松尾城内におびき寄せる策を講じた時のこと。
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敵味方を欺く為にニセの間者に仕立て上げられ、家臣の前でボコボコに打擲された重臣、春原(スノハラ)若狭守の弟、惣左衛門を演じた俳優さんですよ。
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ボコボコに足蹴にされたがこれは芝居です。
足蹴にされる.jpg芝居.jpg
しっかり手当てしてるし。
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偽って村上義清(演、永島敏行さん)に内通する。
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村上義清はまんまと騙され、小島五郎左衛門(演、高田延彦さん)、矢崎十五郎(演、岡森諦さん)と村上兵を松尾城の郭に引き入れ、惣左衛門本人は館の中に消える。攻め入った村上兵は全滅した。
「ああ、あの目つきのよくない人ね」(ジャン妻)
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私は配役テロップを見て直江兼続役は誰だろう?と訝しみ、寝てんだか起きてんだかわかんない目をしてるなぁ、八の字髭がダサいなぁと思い、調べて見たら、えっ?あの春原惣左衛門かよとオドロいた。
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素顔を見てもっとオドロいた。
村上新悟さん.jpg
カオが良すぎですっ!!
反面、髭も月代も全く似合わない。この人は総髪で髭無しの方が絶対いいですよ。
脇役とはいえ大河に毎年のように出演されてるぞ。
NHKって起用する役者はどうしても偏りがちだからね。いやぁこれはいいカオだワ。主君がワリ喰ってる。(笑)
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あれから10年 [ドラマ]

タイトルは引っ掛けですからマトモに受け取らないでくださいね。
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内野聖陽さん演ずる家康が焼け落ちた新府城内で呟く。
「武田が滅びたはめでたいことじゃが・・・」
・・・の後がいただけない。
「ちっとも嬉しゅうないのは何故じゃ」
視聴者に謎かけをしおってからに。内野さん、アナタは10年前に武田家に仕えてたからでしょうよ。
隻眼で。ビッコひいて。
かって仕えた主家が滅んだのが納得できないのかな。
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「勝頼は決して愚鈍な男ではなかった」
「むしろ武勇には秀でておりました」(近藤正臣さん演じる本多正信)
「何故じゃ・・・信玄が偉大過ぎたか・・・取り巻きが間抜け過ぎたか・・・正信よ・・・何が一体人を滅ぼすのか。」
何が滅ぼしたって・・・?
アナタは諏訪の姫にこう言ったよね。
「和子さまをお産みになることです。その和子さまにどのような魂を吹き込もうと姫様の自由」
その和子さまです。
和子さま.jpg
諏訪の姫様が産んだこの子が武田家を滅ぼしたのですよ。

あれから10年、聖陽さん演じる家康が今度は高遠城にいる。
城は既に落ちている。
戦わずして離散した武田家中の中で勝頼の異母弟・仁科盛信が織田信忠の降伏勧告を拒否、3000人の手兵で徹底抗戦して玉砕した城。
城の図面.jpg
何故この段階で城の縄張り図を見るかな。
そこには勘助郭とあるけどさ。それってアナタが縄張りしたのではないかい?
誰の縄張り?.jpg
「此度の甲州攻め、武田家で応戦したのはここ高遠城だけでございました」(正信)
「かなり激しい戦いだったようだな」
「はい」
家康は高遠城攻めに参戦していない筈です。もし参戦していたら、アナタが縄張りした城を攻めるとはどんな心境だった?と皮肉を言ってやりたくなる。
「殿」(正信)
「??」
「あれを・・・」
そこには本多平八郎忠勝が合掌している。
「戻ろう」
「おお、殿・・・」
「どうした平八郎?」
「城の外で城主仁科信盛が自害した場所を見つけ申した。血の痕がしっかりと残っておりまする。参りましょう。」
「見とうないワ」
「よき武士(モノノフ)の一生に思いを馳せるのも武将のたしなみでござる。さぁこちらへ。さぁ。さぁ。さぁ」
「表には出とうない」
「殿」
「武田の残党がいたらどうする?」
アナタも武田家に仕える役だった。残党のようなものではないかと言いたくなる。
三者三様.jpg
「そういえば武田勝頼の首はどうなった?」
呼び捨てかい。
「信長公が直々に首実検をなさる手筈です。」
「その後(のち)は?」
「見せしめに何処ぞで晒すのでは?」
「それからでよい。勝頼の首、我らで手厚く供養してやろう」
「おう、それは良きお考えでございますな。勝頼公も浮かばれましょう」
「供養が済み次第、そのこと甲斐信濃の隅々まで知らせましょう」。
「さすが正信。大事なのはそこじゃ」
供養の後で人心掌握ですか。せっかくだから諏訪へはアナタ自身で行ったらどうです?
「これからは生き残った武田の家来衆の心を掴むが肝要・・・」
アナタは武田家中では一部を除いて浮いてたもんね。胡散臭く見られてた。でもそれが軍師です。
勘助.jpg
「三谷さん流の脚本だからじゃない?」(ジャン妻)
「???」
「基本はコメディだから」
「そうなのか?」
「そう」
逃げろ家康.jpg
それにしたってどうも回を追う毎に滑稽な場面が増しているような気がするが。
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持舟城は何故3回も落城したのか? [隠れ郷土史]

地図上で見ると、持舟城はJR東海道線用宗駅の裏山に連なる東海道新幹線のトンネル上にある。
現地案内図ではこんな位置関係。
位置関係.jpg
現在の海岸線とは違って当時は海に面していた。用宗城は水軍基地だった。舟を持っているから持舟、または持船、船を用いるから用船、用宗という変遷でしょう。
上り電車.jpg
用宗駅は2面3線のホーム(単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線)で、東側の単式ホーム1番線に駅舎があり、そこに改札がある。
駅から近い筈だが改札と逆側、線路の向こう側(西側)か。だが駅西側には改札が無いのです。私は改札から見て線路の向こう側(西側)へ行きたいのだが。あっちへ渡るにはどうすればいいんだ。
窓口に1人で寂しそうに勤務していた駅員さんがいたので訊いてきた。
「線路の向こう側に行くにはどうやって行けばいいの?」
「向こう側に行かれるには、線路に沿って上り方面へ歩いて、最初の踏切を渡るんです。(反対側を指差す)そこまで戻られるにはコの字を描いたようにお進みください」
コの字だと??
行って反対側に渡ってまた戻ってくるのか。
仕方がない。駅前から上り線に沿って歩いた。
そこは幾つかの個人商店を交えた住宅地で、そこの公民館前に、持舟城を家康が攻撃した際に戦死した城将、向井正重らを供養する城山列士供養塔と持舟城由来略誌があった。
城山地蔵尊.jpg
金文字.jpg
持舟城は用宗駅前の地上から見て標高80mもない小城だが、今川、武田、徳川氏によって3回の攻防戦があった。水軍の要衝だったので奪い合いになったのである。
しかも3回とも落城している。
略誌の金文字にはこうある。途中読み難い箇所があるので濁点を入れます。まず、1回目の戦闘記述。
「川中島で矛を収めた武田信玄は上洛の進路を東海道に求め、永禄十一年末駿河に侵攻して持舟城を攻略。城主一宮出羽守は兵と共に討死、城は武田勢水軍の支配下に入った。」

次に2回目の戦闘記述はこうある。
「三河に勃興し遠州に勢力を拡大した徳川勢と度重なる攻防戦を繰り返し、なかでも天正七年九月の戦は最も残虐であった。それは織田信長に今川と結び謀反の疑いをかけられた家康が、今川方の血をひく正室築山御前を自らの手の者に殺させ、また長子信康は二俣城中で自刃して果てた。我が妻子の無念を思う家康のやるところなきうっ憤の吐け場となり激闘壮絶を極め、武田方の城将向井伊賀守正重、甥の兵庫、叔父伊兵衛政綱、長男政勝ら悉く悲惨な討死を遂げた。」
天正七年九月の戦は最も残虐であった。。。
残虐とあるぞ。
我が妻子の無念を思う家康のやるところなきうっ憤の吐け場となり激闘壮絶を極め。。。
家康のやるところなきうっ憤の吐け場となり???

ここ用宗の番地は静岡県静岡市駿河区用宗城山町というのだが、後年としては家康のお膝元といってもいい。その地に、地元の英雄・家康を貶めるような記載があって憚らないのに驚いた。

その後にフォローするような箇所もあって、「後日家康は非を悔い向井叔父甥を興津清見寺に葬り。。。」とある。
そして3回めはあっけない。
「天正八年二月再び武田氏の領有となり朝比奈駿河守が城主となった。攻防戦の終盤は天正十年二月、徳川家康は織田信長と共に甲州征伐を決して浜松城を進発し、遠州、駿河の各城を抜き持舟城に迫るや朝比奈駿河守は情勢不利とみて戦わずして城を明け渡し退却あっけない幕切れとなった。」
朝比奈という城将は、過去に2回も落ちた城なんか守れるかと端っから見切ったのだろう。
訪城口.jpg
最初の踏切で向こう側へ渡り、また駅の方向へ戻るように歩くのですが、途中に入口がある。
この先の急坂は舗装されていますが、公道というより農道で、城山一帯に広がるミカン畑の農業関係者、もしくは居住者の専用作業道の意味合いが強いようです。
坂道を登る途中、左右にはミカンを運ぶモノラックが敷設されているが、中には途中で途切れていたり、廃線のようになっている箇所もあった。
ミカン畑を縫う.jpg
ラックレール1.jpg
ラックレール2.jpg
かなり急な坂です。ヘアピンを曲がるように行くと、本郭へ上がる登城口があった。
登り口.jpg
そこからは舗装されていない。途中途中に細い石の仕切があって土の階段を形作っている。
えっちらおっちら登ったら前方にご老人の姿が見えた。
爺さん1.jpg
そこもその先も傾斜が急です。
このような石垣があったりするが、積み上げられた石の中にはコンクリートを粉砕した石があたりするのでこれはどう見ても後世のものでしょう。
後世の石垣?.jpg
ご老人と私との距離が近づいて行く。
私もバテてきたが、ご老人に比べたら私はまだまだ壮年である。だんだん距離が狭まってきた。
ご老人は背後の私の気配を察して振り向いて一瞬、ギョッとしたが、年少者の私の方から、「どうも~」とひと声あっけて私は先に出た。
ご老人は私に、「お若いですねぇ」、と返してくれて、マイペースでゆっくりゆっくり上がってくる。姿恰好はラフなので地元の人のようだが、リハビリという感じでもない。
爺さん2.jpg
追い抜いた私は時折振り返る。
大丈夫かな。倒れたりしないだろうなって。
頂上が近づいてきた。
もうすぐ本郭.jpg
頂上、本郭はこんな感じ。
何もないです。
碑.jpg
本郭1.jpg
開設板1.jpg
開設板2.jpg
背後の堀切1.jpg
背後の堀切2.jpg
尾根続きは一条の堀切で断ち切っただけ。
ツマンナイの。でも大した高さではないのに眺望はスバラシイ。
眺望1.jpg
眺望2.jpg
眺望3.jpg
眺望4.jpg
イノシシが出るのか。麓はここまで来る道にはそんなの無かったぞ。
小田原のミカン農場をサルが荒らしてる。サルは出ないのかな。
イノシシ.jpg
持舟城は何で3回も落城したのだろうか。
ひとつの考察を述べます。あくまで私の推測ですよ。
持舟城は水軍の拠点ですが、朝鮮出兵の頃と違い、今川・武田・徳川の海上戦は船上での重火器がそれほど発達していなかった。海上での撃沈は稀で、むしろ船を損傷させて浜辺に追い込み、上陸させてそこで捕獲、拿捕、積荷を奪ったりしていた。
水軍の拠点が海に面して土塁や堀を掘っても意味がないと思うのです。だって海から攻めて来たらこっちも小舟を出撃させで迎え撃ち、上陸させまいとしたに決まってる。
逆にこっちから船で攻めに出たら何処かの海上で大海戦になるか、そうならなければ敵国の海辺の漁村を荒らしまわる訳でさ。
だが遠州に家康が侵攻して来たことで、徳川軍は陸路を伝って持舟城に攻めて来たもんだから激戦になった。この小城にいた城将の名前は、一宮左兵衛尉元実、関口刑部少輔親長、一宮出羽守宗是、一宮左衛門尉某、三浦兵部義鏡、向井伊賀守正重、向井兵庫正綱、朝比奈駿河守氏秀、(朝比奈信置とも)といった面々だが、最後の城将、朝比奈は、「形成不利と戦わずして城を明け渡し」とあるからそれほど陸戦に対する備えは無く、日常は水軍のや海運、港町の拠点だったのでしょう。海上交通の番城だったのです。おそらく現在の海岸線ではなく、眼下の用宗駅辺りか、すぐ崖下に船溜りになりそうな天然の良港があったに違いない。
この城での陸戦を意識しなかったのではないだろうか。
爺さん3.jpg
一休みしていたご老人のところへ私から歩み寄ったのは礼というもの。
「地元の方ですか?」
「そうです。ここ(持舟城)を御存じで?」
「知ってました。駅の裏山にあるぐらいの甘い認識で登ってきたら結構キツかった」
「ああそうですか。あれですか?あっちこっちこういうところを廻られてるとか?」
「いや、ここだけですよ」
「ここだけですか?」
「所用で焼津まで来て、早く終わったから今日、行っとこうと思って途中下車したんですよ」
この小城の戦い、興亡についても若干、お伺いしたが、ご老人は「ここは武田が作った城」と言ってましたね。御年は聞かなかったが、70後半でしょうか。
「上り電車で帰京するのでお先に下ります」と言って下山しました。
杖があるぞ.jpg
下りたら杖があるじゃないか
やはりそれだけ急峻な山道だったという証である。
最後に振り返ります。
持舟城遠望.jpg
上り電車.jpg
用宗駅に戻ったら駅員がいないぞ。
「すっげぇ大回りだった」ってイヤミのひとつも言ってやろうかな~んて、冗談ですよ。そこまで私も意地悪くないです。
この駅の営業時間は7:00~19:00で早朝と夜間は無人になる。さっきの職員さんはどっか他の駅に籍を置いてる方でそこから派遣されてるのだと思う。戻る私より先に帰っちゃったんだな。
静岡駅で新幹線に乗り換えて帰京しました。
今月も遠州出張が入ってますが。。。
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藤枝市 ある倉庫の謎 [コラム雑記帳]

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私が出向いた藤枝市の某行政です。
最寄のバス停を見たら本数は1時間に1本程度なので藤枝駅から1500mほど歩きました。結構な距離でしたが晴天下なので心地良かった。
雨だったらタクシー使ったかも知れない。
くるまでなく歩いていると通り過ぎて見落としがちなものに気付くことがある。そこまで歩いている途中、瀬戸新屋という地の民家の脇に厳めしい倉庫があった。
松の木の下に.jpg
何だろうこれ?
古そうである。屋根が曲線を描いたアーチ型。あちこち剥離しているが頑丈そう。
鉄の扉は南京錠で施錠されていた。
厳めしい倉庫.jpg
サイドには地元の金融関係の広告看板が掲示してある。何だかそぐわない。老朽化した倉庫が生き延びる為に仕方なく現代広告を背負っているようである。
斜めから広告看板.jpg
倉庫の周囲、ロケーションを見渡したら、倉庫の前を通る道がこの先の1国新道に並行しているようだから旧道かも知れない。ところどころ松並木の名残もあるしね。
旧街道?.jpg
この倉庫を見て思い出したのが群馬県岩鼻の「群馬の森」、周辺に眠っている火薬製造所の跡地。船山史家呟きⅡで最もアクセス数が多い記事。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-01-30
これは軍部施設の何かに違いないと思い込んだ。旧道に面しているのもポイントです。
こういうアヤしいものの正体を知るには考えてないで誰かに聞くしかない。隣接する民家に聞ければいいのだが、わざわざその為だけにおとなうのも気が引きた。
私はたまたま通りがかった爺さんに声がけした。
「あのすみません、これって・・・?」
そしたらその爺さん、私を片手で追い払う様な仕草、顔は私を無視したままその先の横断歩道を渡ってさっさと行ってしまったのだ。歩調も落とさなかった。
あっちへ行けみたいに蝿を追い払う様な仕草をされましたよ。
私何かしたかよ?やや憮然とした私だが、まぁアヤしまれても仕方がないと思い直し、次に誰か来ないかと、しばらくそこに佇んでいたが誰も来やしない。くるまは割と頻繁に通る道なのですが。
私を蝿の如く追い払った爺さんの後姿が小さく見える。時折振り向いて私をまだ警戒しているようだった。
バカらしくなったので踵を駅の方角に戻したら、すぐ近くの家の庭を掃いていたお婆さんに出逢った。聞いてみたの。あっちにあるあの倉庫は何って?
「ああ、あれはね?近くの〇〇屋さんの駐車場で・・・」
駐車場ではなくその端っこにある倉庫ですよと、ⅰ-Phoneで撮影した写真を見せた。
「ああ、これね」
「何かの軍事施設のようなものですかね?昔、この辺りにこういうものがあったとか?」
「いやぁ、この辺りにはそういうものは無かったですよ。この倉庫は近所の〇〇さんが使って中に〇〇用の云々を保管してるんですよ」
「防空施設の残りってことない?」
「いやぁそういうものじゃないと思いますよ」
地元の方の商売、営業用のものが保管されているそうで倉庫は現役で、中に保管されてるものを何となく聞いたのですがそれは本筋ではないし、個人のものなので伏せます。
何か古くからある倉庫らしいが、倉庫そのものの正体はこの時は不明で終わった。
側面は広告看板.jpg
何だかスッキリしないが、先刻の追い払い爺さんと違ってお掃除お婆さんは丁寧に教えてくれた。私の問いかけが日々の徒然になったのかも知れない。
帰京して検索したら、私に説明してくれたお婆さんが「そういうものは無かった」・・・
実はあったらしい。
あの倉庫は海軍藤枝基地の遺構ではないかというもの。藤枝市 瀬戸新屋 軍事施設 倉庫で検索してみて下さい。
ではあの倉庫はもともとあの場所にあったものなのだろうか。
何処からか払い下げられて運ばれて来たのか。
ここへ来る前は同じようなカタチをしていた仲間たちと並んでいたのではないか。
斜めから厳めしい扉.jpg
歩いていると、「なんだこれは??」に気付く時がある。くるまだとあっと言う間に通り過ぎてしまうからね。
何にせよ常に??を持つことがネタ切れしない秘訣なのです。
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コメダ珈琲藤枝駅南口店 [Cafe]

静岡駅.jpg
竹千代君.jpg
静岡市内で1泊、紀尾井で美味飽食鯨飲してコンクリートの館、ホテルオークで目覚め、次の出張宿泊を予約して、晴天のもと、静岡駅まで歩いた。
西へ向かう東海道線は4両編成だった。普段15両編成満員電車を利用する毎日なので、4両編成に一瞬目が点になったがまぁ速度の速いこと。地方の東海道線は身軽で速いのです。如何に首都圏の東海道線が如何に乱れまくる過密ダイヤで遅い運転なのかよくわかりました。
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車内.jpg
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藤枝市から歩いて公用を済ませて駅に戻ったら11時。
初めて下りる地はGoofleマップのストリートビューで何があるかチェックするようにしているのだが、藤枝駅界隈は目に留まる店がなかった。実際に公用先まで歩いてみてチェックした飲食店は駅北口に昔ながらの喫茶店があって、ムード音楽が流れる駅前からの商店街に和食の店が3軒あったが、喫茶店以外はいずれも11:30開店のようである。
南口に出たらそこも11:30を待って居酒屋のランチタイムがスタートする模様。
ソソル店がないのだ。(映画館にピザ屋さんがあったな)他に見つからないだけか。初めて来た店でウロウロ歩き廻ってたら疲れるだけ。
駅に戻ったら。。。
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この世界(ネット)に入る前、やはり紀尾井で飲んだ朝、コメダ珈琲清水インター店に入ったことが一度だけあるがあれはロードサイドのファミレスだったな。
メニューを見たらパンばっかり。バーガーやサンド。トーストにホットドッグ。ロールパンのついたプレート類。私の嫌いなパンにトマトが挟まってるタイプは無かった。
(トマトが嫌いなのではなく、パンにトマトが挟まってるのがイヤなんです。パンが濡れる。)
無難にオーダーしたミックサンドを見て、あれっ??しまった!!
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食パン3枚挟み(重ね)かよ。喰う前からどうなるか結果が見えた。
ガブッと被りついたら案の定、端から脇からタマゴが飛び出し皿の上にボトボトって落ちた。私は態度はデカくてもそれほど口は大きくないのですよ。
この醜態を誰かに見られたかと周囲を見渡した。幸い先客が少なく、私の醜態に気付いたお客はいないようである。
喰い難いったらありゃしないのでアタマを使った。2枚挟みならノープロブレムなので、端っこのパンを1枚パタンと倒してみた。
1枚ものにしてそれを口に運ぶ。そして残った2枚挟みを口に運ぶ。完璧である。
パタンと倒す-1.jpg
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残る2枚-1.jpg
パタンと倒す-2.jpg
摘まむ-2.jpg
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ミニサラダ2.jpg
このクソ寒いのに飲んだアイス珈琲もまぁまぁだったが、コメダって珈琲を店舗で抽出しないらしい。中京地帯のどっかにある自社工場で抽出したものを配達して加熱して提供しているそうです。
珈琲にはオマケの豆菓子が付いていた。私はこういうオマケを提供されるのを好まない人なので、そのまま置いてきてしまった。
珈琲とおまけ.jpg
コメダ珈琲藤枝店はウナギが横に寝床った店でテーブルとテーブルの間がやや狭い。対応は早い。味はまぁまぁで可もなく不可もない。競合店が無い立地条件なのでそこそこの客数。分煙もされています。BGMの音は小さめ。店員さんは殆どがバイトガールズだと思うが接客はいいです。
店内.jpg
ジャン妻の謎の過去に名古屋に住んでたことがあること。あまり話したがらないがコメダは知っていた。
「コメダ珈琲って何さ?」
「名古屋の珈琲文化よ」
珈琲文化!!
「オマケが付いてきたけど」
「そう。ピーナッツとか付いて来るのがアタリマエなの。アタシ東京に来て初めて喫茶店に入った時、何で東京には付いてないのかって思ったモン」
「・・・」
「お絞りもあったでしょ?」
「あったな」
「お絞りもあってアタリマエ」
「・・・」
「コメダは客の滞在時間数が長いでしょ。ダベリングよ」
「さぁ。俺は喰ったらすぐ出たし。どっかのバーガーショップやファミレスでは、受験生が勉強しだしたら追い出されるって話を聞いたことがあるぞ」
「そういうのが許される店なの。追い出されないし。客がねばる店なのよ。珈琲1杯で2時間3時間はアタリマエだからね」
妙に詳しいな。
「アナタもそんなことしたのか?」
「アタシはしてないっ」
どーだかねぇ。
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東京ではまずないこういうサービスもアタリマエらしいです。
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ホテルオーク静岡 [コラム雑記帳]

道路向かいから.jpg
正面から見上げる.jpg
ホテルオーク静岡。
不思議なホテルである。
まず立地的に静岡駅から相当に遠いです。1kmはないけど800mは歩くんじゃないかな。静岡市葵区人宿町2-2-5、昭和通りです。 
横から見上げる1.jpg
横から見上げる2.jpg
外観や内装が無愛想。
窓が殆ど無いんです。正面、側面、どこから見ても窓が少ない。
これをスタイリッシュでお洒落な外観と見る人もいるかも知れないが、私には古くなって解体前のコンクリートビルの塊にしか見えない。
色気の無い看板1.jpg
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この色気の無い看板。
夜なんかモノクロームに光るだけ。例えはよくないかも知れないがどっかの葬儀屋さんのようです。窓の無い建物全体がそうだからね。
モノクローム.jpg
必要最低限の照明.jpg
暖色系の色が一切ないんです。それはそれでそういう路線と割り切ればいいのだが、何処のどなたがこんな無粋で殺風景なデザインにしたのだろうか。
オーク2.jpg
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フロント入り口は道路に面していない。若干の階段を上がる。それもあって営業してるように見えないのです。道路からだと廃業寸前のホテルに見えます。
フロントはこんな感じ。
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小さいカウンターでしょう。映画に出てくる場末のモーテルなんて言ったら言い過ぎだが、2人チェックインに対応できる大きさギリギリなのに、カウンター上に何やらバサバサ置いてあるから1人チェックインの対応しかできないでしょうな。
カウンター右端上に何やら置いてあるのはアメニティーですが、このホテルはサービスも最低限で、部屋にも最低限のものしか置いてない。部屋にあるものはタオルと歯ブラシと寝間着だけ。カミソリも置いてないですからね。それらがフロント上に少しだけ置いてあるのですが、フロントは何も言わないしススメられません。初めて利用した方は無いのが部屋に入ってから気付くハメになる。
決して無愛想なのではなくむしろニコニコ愛想はいいと思うのですがね。
私の知る限り、フロントは男性とミドル女性ばかりです。もっともこの地味で暗いホテルには若い女性は似合わないし、勤務したがらないと思うのだ。
フロント前.jpg
エレベーターはこんな感じ。殆どスケルトンに近い。
館内はBGMも流れていないです。
エレベーター.jpg
Wifiでしょうか。ルーターが廊下に無造作に置いてあったりする。蹴飛ばしたらどーすんのって。
何が置いてある?.jpg
外食しない人、ひとりで初めての店に飲みに行けない人が何も買わずに入ったら最後です・・・とまで言わないが、飲食店やコンビニへ行くにも距離がありますよ。
向かいに鹿島屋と大村バーがありますが、前の通りは20時過ぎ荒たら殆ど人が歩いてませんから。道路幅が片側2車線と広いのに夜はくるまもあまり走ってないですね。
鹿島屋.jpg
大村バー.jpg
朝には無料のパンがあるけど数に限りがあります。これは平日のチェックアウト朝。残ったけどソソらなかったので手は付けませんでした。
朝のサービス.jpg
10月より朝食とし用意していた家康ゆかりの出世粥というのがあったのですが、1月5日で終了になった。
これは「如何ですか?」とススメられたが、これもソソらなかったので辞退した。でもフロントからサービスの一環で話しかけられたのはこの時が最初だったな。
次に部屋ですが広くない。狭いと言っていい。
前述のように窓が無いので、夜が明けてもこんな感じです。
部屋1.jpg
思い切ってロールカーテンを上げて笑っちゃったのは、隣に別の建物のコンクリートが窓際まで迫ってたこと。
閉塞感が苦手な人には合わない。
部屋2.jpg
小窓.jpg
確か顧客アンケートもなかったような。あったかな?でもアンケートに要望を書いたところで(書く内容にもよりますが)、このホテルそのものを解体して最初っから造り直した方が早いかも知れない。
ところが案外と私らこのホテルを重宝してましてね。これまではジャン妻とツインで泊まった。紀尾井に呑み行く為だけにね。酔っ払って寝るだけなので部屋の狭さ、館内の暗さは気にならなかった。
昨年から遠州の出張がポチポチ入るようになり格安なのでここを利用するようになった。1人で泊まると不気味かなと思ったがそうでもなかったのよ。
そのウチ1人泊利用に慣れて来たら、愛想のない建物で窓の少ないこの部屋にいると、蟄居閉門したように寛げる不思議なホテルなのがわかった。仕事をサボって(別に私はサボってる訳ではないが。)お籠りするのに最適なのだ。住めば都とはよく言ったものだ。
要はあまり多くを望まなければ、いや、何も望まなければそれ也に快適に過ごせるホテルなのです。何も無いのがかえって気楽なんですよ。
ただ、女性一人の宿泊には向かないかな~。
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ひとりで紀尾井 [居酒屋]

そこだけ光る.jpg
入るのに勇気が要る?.jpg
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花が.jpg
紀尾井に花が飾ってある。
綺麗なのはこの一角だけで後はいつもの如し。(時計が新しくなってた。)
奥の電球は切れちゃってるし。
TVのディスプレイは液晶がダメになったのか横に棒線が伸びてるし。
TVに横棒が.jpg
お店のお客が土曜日か日曜日の朝か午前中に、この店の清掃、粗大ゴミ撤去、廃棄を手伝ってくれるんだそうです。店主に任せとくと大事に取っておいて捨てられないんだそうで。
「結局は整理整頓って捨てることでしょう」
「紀尾井の場合、そう言われても整理整頓は右から左なんです」(店主)
最初の膳.jpg
手土産に崎陽軒のシウマイをお持ちしたの。すかさず、
「シウマイおとおしで食べます?」
まさかホントに出るかと思ったが、供されたおとおしは燻製幾つか盛り合わせ&スパニッシュオムレツ。燻製のシャケが美味しい。
スパニッシュオムレツは出来立てのようで、ホカホカしてた。
おとおし.jpg

里芋オランダ揚げ.jpg
新メニュー、里芋オランダ揚げ。
要は里芋の揚げ出汁なんですよ。何でオランダ揚げっていうのだろうか。
「里芋はお惣菜で買ってきてチンです。お惣菜のスーパーの所在地はシークレットで」(店主)

店内のお客は私を入れて3人。
3人と店主、店主の奥様が時折TVに釘づけになる。TVには海外ドラマ、「クリミナルマインド/FBI VS 異常犯罪」が映し出されているんです。WOWWOWかな?
クリミナルマインド.jpg
女性の悲鳴が上がり、犯罪者が狂気の行動に走る場面が映し出され、死体の検視まで。検視官が、「生きながら口を縫われた」とか言ってる。
なんちゅう番組じゃい。
私は時折その猟奇殺人事件を見ながらローストビーフを喰らっている。凄いシチュエーションである。
初めて来店された若い女性客でもこの場にいたら逃げ出しかねないのではないか。
ローストビーフ.jpg

サラダ相盛り.jpg
ポテサラ(マヨネーズ)&カニサラ(これもマヨネーズ)の相盛り。
別にタルタル解禁したわけではないのですが、これにタルタルソースをブッかけると。。。
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タルタル3.jpg
タルタル4.jpg
こんな身体に悪いサラダが他にあるだろうか!!
タルタル1.jpg
女性の常連さんが来られてTVのチャンネルが変わり、それまでの猟奇番組から解放されようやくマトモな番組が流れるようになった。
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熱燗に移行.jpg
マスタードクリームソース.jpg
ビーフグリルの何とか何とかマスタードクリームソース・・・だったかな。肉はレアです。
「牛肉(ギュウニク)なんて言わないところが居酒屋の矜持なんですよ」
肉を摘まむ1.jpg
肉を摘まむ2.jpg
麻婆春雨をちょこっとだけ。これは隣に座られた常連さんのお裾分けのようなもの。
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麻婆春雨.jpg
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「シナチク(支那竹)です。私はメンマなんて言いませんよそんな・・・」
「ラーメンに載せてるヤツ?」
「もちろんもちろんそうです」
支那竹2.jpg
青梗菜とベビーホタテの炒め物。こでで締めました。
熱燗と締め.jpg
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店主いわく、この店のお客様で私のBlogを見た方がいて、甲斐南部にある船山温泉を予約されたそうで。
Blogger冥利というもの。
店を後にする.jpg
今日はひとりだったのもあってボーッとして飲んでしまった。
歩いてホテルに戻りました。2月後半にも遠州出張があるが、実は私の中で思うところがあり、春以降は現地の社員にやらせて自分は東京から指示するだけにしようかと。
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小山駅そばを喰らう [グルメ]

首都圏都心部で1本ぐらい乗り遅れしても取り戻せるが、首都圏郊外の旅、つくばEX~関東鉄道常総線~水戸線という迂遠なぶらり旅は、ⅰ―Phoneで検索した時刻表を何度も確認しながらの旅になった。
ランチのタイミングがトテモ難しい。つくば駅で自分に似合わないCafeなんぞでランチを済ませなかったらランチ難民になってましたね。
郊外の移動の場合は贅沢言ってられない。そこにあるもので済ますしかない。いいトシして移動中の列車の中で飲み食いするのはちょっと避けたいし。
あのCafeだけでは足りなかったので、宇都宮線小山駅12番線13番線ホームにあるクラシックで有名な駅そばスタンドをご紹介します。
その前に。。。
これは小山駅東口に泊まってるコミュニティバス、小山駅にひかっけてオーちゃんバスという名前だったと思います。
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このバスで栃木県南合同庁舎へ出向いたのですが、最前席に座って「早く発車しろよ」と待ってたら、1人のネット関係超有名人が乗って来られたのですよ。
その方は運ちゃんにⅰ―Phoneを見せて、「ここへ行きますか?」と聞いてたんですね。
私はすぐわかった。あの人だって。
運ちゃんは、「いや~ここへは行かない。後ろのバスだね」
「そうですか。どーも」
下りて後ろのバス停に向かったようです。その方は日本一家系を知っている男、ラーメンコンサルティングのM〇〇〇氏だったのですよ。
ご存じの方も多いでしょう。〇〇ログ全国ランキングでも常に上位一桁の人。時々サイトを見てチェックしたりしてたのであの風貌は忘れないです。
先日Upした「中田の雪ぐに」も掲載されてましたね。
もし私のバスに乗ったらご挨拶がてら話しかけたとは思うよ。小声で、「M〇〇〇さんですよね。いつも見てますよ~」ぐらいはね。
まさか乗らないバス車内で「M〇〇〇さんですよねっ」なんて無粋に声掛けできないしね。
氏のサイトには掲示板が無いかわりに取材やコンサルティングの問い合わせ窓口が公開されてはいます。でもご挨拶は遠慮しました。
おそらく一期一会だと思いますが氏は目的地に無事に到達できたでしょうか。少ないバスの本数で何処かへ取材に行かれたのかな。でもその後、栃木県小山市のラーメンが紹介された訳でもないようです。
有名人は誰に見られてるかわからないもんだね。
その後、私は心中ニヤニヤしながら行政へ赴き、つくばエクスプレス、関東鉄道常総線、水戸線、迂遠な大回りをして辿りついたことを話したら仰天された。地元の人でもそんなに乗らないって。
お疲れ様の如く労われ、申請はスムーズに行きました。
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さて本題です。
どの業界にも親会社子会社の関係というのはあるもの。私はJR東日本の子会社、NRE(日本レストランエンタプライズ社)が関東圏の駅そばを凋落させたと思っている。
JR構内の東京近郊の駅そばは何処の駅も店も同じ味。個性が無い。良く言えば何処でも同じものが同じ味だということではあるが。後載せなのにすぐしんなりするかき揚げ、(大きさが均一でバランスはいい。同一規格なのでしょう)、濃くてしょっぱいお汁、伸びる蕎麦、(まぁこれは仕方ないかも知れないが。)それらをマニュアル通りに出しているだけですよ。
それでも様々なバリエーション、(舞茸天、唐揚げ、烏賊ゲソ天、干しエビかき揚げ)をプラスしてるから以前よりは努力しているのは認めます。それが無かったら客がいる駅構内の殿さま商売。まぁ功罪相半ばぐらいにしておこう。()内はせめてものフォローですよ。
昔ながらの駅そばは少なくなった。地方に行けばまだまだあるかも知れないが、小山駅に頑張っている駅そばはNREではないらしいのだ。
スタンド2.jpg
ブロック.jpg
この外観。狭い箱形です。板張りの部分の方が大きい。
周囲に狭い立ち食いスペースのみ。3方向にカウンターがあるのだが、厨房、オバちゃんは見えない造りになっている。檻に押し込めたようなものです。これは冷たい風が吹き付けるからだろうか。
注文口、返却口もない。ひとりでおばちゃんが上りホーム側、下りホーム側、中央券売機側、三方向から受けてさばいています。
お品書き1.jpg
かけそば・うどん、270円。
天ぷらそば・うどん、370円。
月見そば・うどん、320円。
きつねそば・うどん、320円
山菜そば・うどん、350円
コロッケそば・うどん、350円
トッピング、天ぷら・とろろ、各100円、きつね・生玉子、各50円、山菜・コロッケ、各80円、一度、そば、うどんを食べたらもう1杯お代わりの変え玉が160円。
カレーの類や稲荷寿司、お握りもないです。
クラシック券売機.jpg
クラシックな券売機はSuicaは使用できないです。小銭と1000円札のみ。
券売機には注意書きがあって、
「少々お時間をいただく場合があります」はまだしも、
「食券は当日限り有効です」
「食券は持ち帰らないで下さい。その場で返金致します。後日での返金及び麺提供は不可。ご注意下さい」
これは電車が来て無念の涙を呑んだ客への対応だろうか。
こんなのもある。
「食券は落ちてきません。上にはりついています。買えていますので2回押さないで下さい」
プラスチックの券ではなく薄い紙の券です。強風で飛ばないように敢えてそうしているのだろうか。
小銭を入れて釣り銭ボタンを親指でギュッと押します。釣り銭がガチャンガチャンと落ち、食券がスルッ。
ルックス.jpg
天ぷらそば、後載せではなく、天ぷらの上からおつゆをかけるのでふにゃふにゃ、ゆるゆるで供されますが、これが美味いよ。
蕎麦だって伸び気味で、おつゆも火傷するほど熱々じゃない。でも昔の立ち食い蕎麦はこうではなかったか。
今となっては昔ながらの素朴な立ち食いそば屋はここ小山駅くらいではないか。高崎駅の「たかべん」よりもこっちの方が美味しいかも。
これぞ駅そばである.jpg
この規模で混む店で、私の前後で客数入れ替わり立ち代わり10人はいましたよ。滅多に来れないけど、この小山駅近郊に公用ができたのを感謝。
おそらくこのスタンドそば屋さんは私が出向いた行政の管轄だと思います。なるべく長く残して欲しいもの。
JR宇都宮駅.jpg
蔵元.jpg
電飾看板.jpg
そしてこの日の夜は宇都宮に泊まり、ギター酒場に行ったのですがそれは既に掲載しました。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-12-24
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関東鉄道常総線に乗る [鉄路と風景]

石下駅.jpg
石下駅。水海道から北の中では大きい駅で2面2線です。以前は売店もあったらしい。
そういえば常総線、守谷から南はどうかわからないが駅構内には売店が全く無いですな。(駅前にはあるかも。)この辺りが1時間に1本か2本のローカル鉄道移動で困るところで、乗車前に先に喰ってしまうか贅沢言わないでコンビニで何か買って車内で喰うしかない。
つくば駅のCafeで済ませて良かったよ。買い込んで横座りロングシートで飲食すると周囲の目が気になるが、仕方がないですよね。
車内は閑散としてきた。筑波山も間近になってきた。
石下駅の次に写真に撮りそこなった玉村駅を過ぎて宗道駅(ソウドウ)へ。
宗道駅.jpg
筑波山がだんだん近づいてきた。
筑波山2.jpg
現在、常総線の駅から筑波山へアクセスするバスは無いようです。
昭和62年(1987年)、国鉄民営化とほぼ同時に廃止された筑波鉄道筑波線(常磐線土浦駅から水戸線岩瀬駅までを結んでいた。現在は関鉄筑波商事、道関東鉄道の子会社)の筑波駅がアクセスを担っていた。現在はつくばEXのつくば駅前からのシャトルバスが最もアクセスがいい。
私は筑波山に登った記憶はないな。平将門を描いた大河で、村々から集まった男女が一夜交わる歌垣(カガイ、嬥歌とも)がいきなり描かれたのは将門の地元だからですが、加藤剛さん(将門)が山口崇さん(貞盛)に誘われた場所は、筑波山かその麓の村だろうか。
車内1.jpg
沿線は田園風景と住宅地で、山間部の鉄道と違って散見すべきポイントに欠ける感はする。次の下妻駅~大宝駅にかけて小貝川の支流や灌漑用水を渡るガーダー橋が3つほどあった。
3つめのガーダー橋はデカく、それまで静かだったのがガガンガガン・・・響いた。
ガーダー橋.jpg
下妻駅.jpg
下妻駅は下妻藩があった規模の市。下妻藩になる前に多賀谷氏がおったところ。
多賀谷氏は結城氏の家人だったのが永享12年(1440年)に落城寸前の結城城から結城氏朝の末子、七郎、後の成朝を抱いて脱出、常陸の佐竹氏を頼った。
結城家の再興にも尽くしたようだが後年は独立しようとする。助けてくれた佐竹氏に付いて反北条氏の立場で抵抗し、多賀谷重経という人の頃に最盛期を迎え最も領土が広がった。
重経は小田原にも参陣したので太閤秀吉から所領安堵されたが、家康の次男秀康が養子に入った名門結城氏の寄力大名に戻されたのを不満に思い、フテ腐って朝鮮出兵をスッポかした。
関ヶ原の時も家康の参陣要請に応じない。大恩ある佐竹氏が反徳川派なのもあるが、会津征伐に向かう家康の小山本陣へ夜襲を仕掛けようとしたのが発覚して改易されたとか。独立気概旺盛でヤマっ気の多い人だった。
後年、復活した下妻藩は旗本から加増されて諸侯になった井上氏が代々続く。1万石の小藩だった。
13代藩主井上正兼は天狗党の襲撃を受けて下妻藩の陣屋は焼けてしまったという。
中妻、三妻、下妻。。。
妻が多いな。おそらくこの一帯は沼が多く、沼=妻になったのかな。(確証はありません。)
車内2.jpg

大宝駅.jpg
次の大宝駅はホーム上にある簡易待合室がこんな造りになっているのは、右後方に見える森を大宝城といって、南北朝時代の下妻氏の浮城(沼城)だったところ。駅の待合はそれを意識しているのかも。
(吉田類さんの居酒屋何とかに大宝城(オオボウキ)という店がありますが。)
時間があれば立ち寄ってみたいものだが、下妻氏や南北朝抗争は全く知らないので、お城の頁サイト余湖先生にお断りを入れたうえで縄張りのみ掲載します。
図の右、西側に常総線が走っています。
大宝城縄張り.jpg
余湖先生のHPから。
車内3.jpg
騰波ノ江駅.jpg
騰波ノ江駅。何て読むかおわかりでしょうか。トバノエです。
私は読めるし検索できますが、手元に何も無い状態で騰波ノ江を書けと言われても書けないと思う。
この駅については下記をクリックしてご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=rLQLmAFQYM4

筑波山3.jpg
黒子駅は・・・小暮写真館のロケ地になったというウワサがありますが。
黒子駅.jpg
大田郷駅.jpg
大田郷駅。
関東鉄道常総線の前身を常総筑波鉄道というのですが、その頃この駅から西にカーヴ別れして鬼怒川河川敷に近い三所まで開通していた砂利運搬路線があった。鬼怒川線といって全線6km。駅は大田郷、常総関本、三所の3駅で、旅客営業もしていたそうです。
鬼怒川線の砂利運搬の最盛期には三所から先の河川敷まで3本の引き込み線があって、常総線本線の収入と同額の収入があったとまで言われているが、この地域の砂利道が舗装整備されてバスが開業したことや、鬼怒川河川敷の砂利の減少が原因で昭和39年には廃止になっている。
鬼怒川線.jpg
車内5.jpg
あのひと駅で終点の下館駅だが、ところがどっこい大田郷駅から乗客が少し増えた。緩いカーブを右にきって下館駅に滑り込む。
下館駅常総線ホームから見て最も北側に、アマゾンライダーのようなデザインのディーゼルカーが小休止して出番を待っている。真岡鐡道です。
アマゾンライダー.jpg
子供の頃、旧国鉄真岡線でジャン母実家に行く時、当時は国鉄だった真岡線の朱色のディーゼルカーの車窓から右手に今日乗車した関東鉄道常総線のカーヴが視界から遠ざかって行き、あの寂しそうな鉄路は何処へ伸びているのかな?その沿線には何があるのかな?と思ったものである。
子供の頃の???は何とまぁ30数年経った今日ようやくにして沿線を見て成就したという訳です。1時間以上かかりましたよ。
下館駅.jpg
この後、JR水戸線に乗り換えました。
この日の最終目的的は小山市の県合同庁舎。つくば市から検索したら関東鉄道常総線~下館~JR水戸線~小山と表示されたのです。(続く)
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関東鉄道常総線に乗る [鉄路と風景]

乗り換え.jpg
守谷駅.jpg
常総線ホームはつくばEXの高架ホームにのしかかるように圧迫されて暗~い雰囲気のホームだった。その長大ホームにやって来たのは・・・。
電工掲示板に1両??.jpg
水海道行.jpg
僅か1両の下館行!!
乗客ギッシリ!!
すれ違い.jpg
先頭車両から。しばらくは複線です。
この先の写真は過去にUPした八高線や上毛電鉄の記事と同じく、車内から記録の為に慌て撮りしたもので写り悪い写真ばかり。沿線ガイドにすらなりませんがそこはご容赦下さい。
私は座席に座らなかった。八高線や上毛電気鉄道に初めて乗った時のようにずーっと立ちっ放し。座席が空いて無かった訳ではないのだが、前方か後方に立っていた方が沿線風景を観察できるのですよ。
他の乗客はいっとき私に怪訝な目を向けた方もいたが、私と目が合うと逸らすんです。もちろん私はダークスーツ姿だが、ひとり出張で時間に追われてない閑人フリをした。
私は起点の取手駅ではなく、つくばEXと連絡する守谷駅から乗車したのでそこから南、守谷~取手間の沿線風景は見ていません。

新守谷駅。
現代ドラマのロケに使われてるらしいけどその辺りの詳細はわからない。つくばEXが隣の守谷駅に連絡したことでバス路線が整備されたらこの駅はワリを喰ってしまい、客数が半分に減ったという。
新守谷駅.jpg
この駅と、ここから南の駅で待避線がある駅に、昨年2015年9月10日の豪雨時に車輌が退避した。

小絹駅。芸者さんみたいな名前の駅。
駅の西はニュータウン開発されている。常磐道谷和原ICも近い。
小絹駅.jpg
次の水海道駅では3分停車。2面3線のホームで跨線橋は無く、下館側に構内踏切があるクラシックな駅。
ここまでが複線区間。ここから単線になる。
水海道は常総市です。昨年2015年9月10日の豪雨で鬼怒川堤防が決壊して甚大な被害が出た市。
水海道駅2.jpg
水海道駅3.jpg
関東鉄道常総線は一見してローカル鉄道だが通勤路線のカオも持っている。
総沿線の殆どが鬼怒川に沿った田園地帯だったが、1970~1980年に常磐線と連絡する取手方面が大規模開発され人口が増えた。それまで全線単線だったのが取手~水海道間が複線化になる。
その区間はつくばEXや常磐線と連絡するので、東京方面への通勤路線を意識しているといっていい。取手から水海道までは日中4~5本/1時間、ラッシュ時はおよそ10本/1時間と多く運行される。
私は1両単行にのんびり乗っているが、最長で5両編成。
これが水海道から北の下館方面へ向けてはローカルムード一色になる。本数もガクンと減って1~2本か4本/1時間。1両単行が殆どでMAX増結は2両です。
何故電化されていないのか。筑波山に隠れた東の茨城県石岡市柿丘に気象庁地磁気観測所というのがあって、常総線が電化してしまうと地磁気観測に影響が出るというのです。
この観測所は都内23区にあったのが大正2年(1913年)に現在地に移転している。都心に都電が網の目のように走った為に直流電気だらけになったからです。
地磁気観測に影響を与えないようにするにはどうすればいいか。私は電気に詳しくないのでよくわからないのだが、直流~交流に切り替えるデッドセクション(無電区間)というのが必要で、これを導入すると変電所が幾つか必要にいなり常総線は金が無く電化を断念した。竜ヶ崎線や鹿島臨海鉄道大洗鹿島線もそう。
(常磐線、水戸線はデッドセクションを設けて交流電化にしている。つくばEXは全線殆どが交流電化。
昨年2015年8月に、JR東日本根岸線が横浜~桜木町間で緊急停止後、運転再開時にショート、発生した火花が架線を焼き切って運行できなくなり上客が線路を歩いて避難したが、その停車区間はエアセクションというそうでまた違うらしい。)
非電化の代わり、高い出力を持つ新型気動車(90km/時間)を投入してスピードアップを図っているそうだが、私の乗ってる単行はのんびりしたものです。
私は前方から後方へ移った。

北水海道駅.jpg
北水海道駅。この寒空の下で野外ランチしてるグループがおったですよ。この近くに常総〇〇所があるので、もしかしたら私れこの駅で下車することがあるかも知れない。

中妻駅と三妻駅。
写真に撮れなかったですが、この2駅は駅舎と住居が曲がり家のようになっていて、そこに社員の家族が居住している。それだと公私のオンオフが無いから落ち着いで暮せないのではないかな。
中妻駅.jpg
三妻駅.jpg
南石下駅。この駅は1日平均辺りの乗客数は少ないが、水害時に船着き場みたいになってしまったそうです。
筑波山がまだ遠く見えます。
南石下駅.jpg
筑波山1.jpg
この辺りを常総市というのですが、昨年2015年9月10日、集中豪雨で常総市内の鬼怒川堤防が決壊して大被害が出たのはまだ記憶に新しい。
如何に大河とはいえ近代的な堤防が決壊するなんて有り得ないと思っていたことが起きた。
常総線の鉄路も冠水、石下駅は水没、南石下駅は小さい桟橋みたいな様相になり、三妻辺りまでバラストや盛土、道床が流失、レールも曲がり全線で運転STOPになった。水海道車両基地は最大1メートル以上浸水。運行システムもダウン。
でも関東鉄道常総線は頑張った。過去に昭和61年8月に小貝川が氾濫、堤防決壊で水海道市が浸水した教訓を活かし、水海道車両基地にいた46両の車両を守谷方面にある駅の側線部、守谷駅、取手駅へ次々に避難させたのである。
9月12日には早くも取手~守谷間で列車代行バス運転を開始しているし、14日には下妻~下館間で本数3割減で運行再開している。
9月16日には取手~守谷間で本数を半分にして運行再開。18日には守谷~水海道間で運行再開。
28日に水海道~下妻間で列車代行バス運転開始。
10月10日に水海道~下妻間で本数3割減らしたとはいえ全線で運行再開!!
全線で通常運行に戻ったのは11月16日!!
復旧は早かった。只見線と違って橋脚のある鉄橋が無いことや、沿線にめぼしい観光地が無い代わりに水海道から南で沿線通勤路線の使命を背負っていたことが大きいと思う。
架線の無い非電化なので身軽だったのもあるのではないか。鉄路さえあれば走れるのだから。
完全復旧1.jpg
完全復旧2.jpg
石下駅.jpg
石下駅に滑り込みました。
後編へ続きます。ぶらり途中下車しない関東鉄道の旅。。。
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SAZA Cafe [Cafe]

つくばEX1.jpg
車内1.jpg
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外回りの私は昨年末から単発出張が続いています。
上州だけじゃないです。新潟日帰りとか東北の某所とか。遠州日帰り・・・のところを1泊して店はボロいけど食い物が美味い某居酒屋に行ったりとか。
関八州ドサ廻りで茨城、栃木、群馬、埼玉をグルッと廻ったりしました。地図上で描くと反時計廻りにグルッと動いてる訳でさ。
社の連中から社用車の利用をススメられますが、私は頑として電車かバス移動です。現地のローカルバスやコミュニティバスなんかも事前に調べます。タクシーは最後の手段です。
そのドサ廻りでつくばEXに初めて乗車したんですよ。
守谷乗り換え.jpg
踏切が一つもないんですね。速い速い。
車内2.jpg
守谷駅止まりなのでそこで後続の普通に乗り換えます。この守谷駅で帰路に乗り換えることになる。
つくば駅.jpg
学術都市の玄関口でもある終点つくば駅で下車。地上に出たらこんな風景だった。
空.jpg
近未来的学術都市だけに暗く見えるのは天候のせいだろうか。都心を出る辺りまでは晴れてたんですが。
バスロータリーだけで飲食店が見当たらないのです。ここで行政への公用を済ませて駅に戻ったら昼時でちょっと困った。探せば何処かに食事処があるのだろうけど、初めて下りた場所で歩き回るには時間が無かったのだ。
電車の本数も多くはないし、守谷駅乗り換えの12:48発の某列車に乗らなくてはならないのでそこから逆算するとあまりノンビリしていられない。
そしたらロータリーに面してチェーンぽいCafeがあったのですよ。
サザ??
聞いたことの無いCafeだな。SAZA COFFEE。。。
ボード1.jpg
ボード2.jpg
店内1.jpg
店内2.jpg
私は喫茶店やCafeが苦手でしてね。
私は普段、そういうとこに行かないし時間潰しが苦手なんですよ。私の記事にコーヒーなんか無いし私自身そういうのが合うと思わない。
でもこれしか見当たらないのだよ。隠れたどっかにレストランあるのかも知れないけど。
キッシュなんか私は喰ったこちないし。ホットドッグセットにするしかなかった。サラダとクラムチャウダースープが付くのですが、確かドリンクは別だったような。
プレート1.jpg
プレート2.jpg
パンがバケットで固いの。噛み切るのがタイヘン。顎の力で噛み切ろうとリキ入ったらバケットを掴んだ手にもリキ入ってしまい、パンが潰れてトマケチャが指先に付いちゃった。私はサンドやバーガーを喰うのが苦手なんですよ。
ホットドッグ.jpg
サラダ.jpg
クラムチャウダー1.jpg
クラムチャウダー2.jpg
素人素人した素朴な接客だったね。スタバみたいにやたらと元気で素早い=せわしなくないのんびりした接客だったよ。
私はコーヒーが無くても生きていけるけど、コーヒーにやたらとウルサいジャン妻に、「サザって知ってる?」
「さ・ざ??」
「コーヒーチェーン?Cafeかな」
「知らないけど」
調べてみたら、
「都内に2軒しかねぇでやんの」
「それじゃわかんないじゃん」
都心には、二子玉川、エキュート品川、エキュート大宮しかなかった。
本店は、茨城のひたちなか市!!
ひたちなか市って、旧勝田市と那珂湊市の合併した市ですね。かなり相当以前にジャン妻とアンコウ鍋を喰ったことがある。
サザはコロンビアに自社農園があるらしい。1Kgで10万円のコーヒー豆とか、1杯数千円とかがヒットしてきた。
「それじゃぁコストがかかるわよねぇ」
「アナタ、コーヒーにウルサいじゃん。そんなんあったら飲む?」
「いや~。アタシも好きじゃない味ってあるよ。酸味が嫌いなの。コクがあって苦いのが好き」
「都内にサザあったら行く?」
「・・・」
どうだろうねぇの表情でした。ただ、Cafeで見たメニューだと、1杯380円~500円といったところ。
つくば駅改札へ.jpg
乗り換え.jpg
守谷駅に戻り、そこで近代的なつくばEXとは大違いのローカル鉄に乗り換えたのです。(続く)
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栄雅 [ラーメン]

この店は昨日Upした「元祖札幌や」の角を曲がってすぐにあります。
ご夫婦で営ってる店か姉と弟か。男性が作って女性が接客、サポートしている小さなお店です。
カウンター10人程度。肩がギリギリ触れない程度の席です。
栄雅1.jpg
この店の券売機で出て来る食券は紙ではなくプラスチックのミニカラープレート。
同じ色で2つのメニューがダブってたりするので、券を渡す時にどちらか自己申告するか、厨房から奥さんが目ざとく見つけて確認の声をかけてくれます。
先にこのポスターをご覧ください。
味噌自慢.jpg
野菜ラーメンの味噌がイチバン人気なのですが、それにしようと食券を購入。
ところが券売機に記された文字を見ると。。。
何故に餃子か.jpg
ギョーザっ!!
実は餃子は夜だけで、昼のギョーザ食券は3種類ある野菜ラーメンの食券なんです。
このイロで味噌、塩、醬油、3つ兼ねてるんですよ。だからカウンターに置く時に味噌か塩か醬油か口頭で言います。言わなきゃママから聞かれます。
券売機を押す前からママから声が飛びますからね。
「お決まりでしたら仰ってくださぁい」
「味噌の方は仰ってくださぁい。もうすぐ味噌入りますぅ」
味噌野菜ラーメンがいちばん多く出るので早く提供されます。「味噌の方仰ってくださぁい」はお客を早く捌く手段なんですな。
オリジナル味噌.jpg
これが店のイチ押し。味噌野菜ラーメン。
バターが載ってますが、券売機プラス100円玉を置いて口頭で。
味噌スープ.jpg
麺を引きずり出す.jpg
別の日、ギョーザの食券をカウンター上に置いたら、
「味噌ぉ?」
「今日は醬油」
味噌がガンガン出るのですが、私は醬油の方が好みなのだ。
野菜醬油.jpg
サンマーメンみたいでしたよ。サンマほど野菜の量多くないけど。
味噌は野菜を練り込んだオリジナルと謳ってるが醬油味は至って普通です。味噌は野菜を練り込んだ味噌だが醬油は単なる醬油なので、味噌に比べて野菜の量が少ないかもです。でも美味しいよ。
スープ.jpg
麺を引きずり出す.jpg
2016年2月6日追加。
私はこの店で最もよくでる味噌よりも、醬油の方が好きなのですが、ほのかに魚介の香がするのです。
メンマ追加バージョン。
メンマ追加.jpg
ほのかに魚介の香.jpg
麺を引きずり出す.jpg
メンマたくさん.jpg
そして塩野菜。これは予想通りというか、タンメンでしたな。
タンメンと違うのは刻みネギがバラバラ多くマブしてあることかな。
塩野菜1.jpg
塩野菜2.jpg
塩野菜3.jpg
ここまでの味噌野菜、醬油野菜、塩野菜は食券が同じですが、券の表示はギョーザです。ところがダブってる食券は野菜ラーメン味噌・塩・醬油だけではないのだ。
ねぎラーメンと野菜つけ麺が同じ食券なので、厨房のママから「ネギ?つけめん?」必ず声がかかります。
辛味噌ラーメンとねぎ辛味噌ラーメンも同じ食券です。
麻婆丼と、賄からレギュラーに昇格したスープごはん(塩、味噌)が同じ食券なんです。
天津麺、天津飯が同じ。よく間違えないよね。
どうもメニューがどんどん増えて色が足りなくなったらしいんだな。今後もメニューが増えたらまた変わるかもしれない。知ってる人はいいけど、初めての客は面食らう。
券売機の前に突っ立ってモタモタしながら「???」状態のお客を時折見かける。券の色がメニュー2つダブっているので、「この券でいいのかな?」って迷ってるんです。
でも必ずと言っていいほどママから、「取り敢えず食券でお願いします」って声がかかります。ママは奥で皿を洗っててもお客さんが押した券のボタンが見えるか食券のカラーが判断できるらしい。
間違った食券を購入しても小銭で精算されるし、「値段同じだからいいわよ」で済んじゃうことも多々ある。
ホイコーロ定食の食券が何故かチャーシューメンとその週のおススメ定食も兼ねている。ホイコーロを購入したつもりが、「麻婆茄子定食?」、「レバニラぁ?」、とか全然違ったもので確認されます。週替わりオススメは2種か~3・4種あるので、おそらく肉や野菜の仕入れで決まるのではないかと思いますが、それらはカウンター入口側角にマジックで殴り書きされてる紙がブラ下がってるだけで、そういうのがあると知ってないと気が付かないです。
私は訊きましたよ。「このおススメはどの食券なんだい?」って。そしたらマスターが「白です」と言う。ホイコーロ&チャーシューメン&おススメの食券は白です。
注文するだけなら食券を購入するよりママへ声を投げかけた方が早いかもしれない。お客に食券を購入させながら、「一応食券なんですけど~ご注文先に仰ってくださ~い」なのです。
だったら券売機いらねーじゃんって思ったりするが、それだと後会計になるが為にレジを何処かに置くかなくてはならない。店が狭くカウンター上にセルフの水が置いてあるので、何処にもレジを置く場所が無さそう。だから食券なんです。
ではオーソドックスに醬油らーめん。
らぁめん.jpg
らぁめんのスープ.jpg
麺を引きずり出す2.jpg
ミニ炒飯。デカいチャーシューのブツ切りがあったりする。
ミニ炒飯.jpg
デカいチャーシューが.jpg
ミニじゃない普通サイズの炒飯。あまり美しいルックスとはいえないですけどね。
炒飯1.jpg
炒飯2.jpg
スープ.jpg
半炒飯と半天津飯があります。同じ食券です。
半天津飯1.jpg
ただ、これは天津飯といえるのかどうか。トマトケが混ざってるんですよ。
これが天津飯?.jpg
次にネギ味噌ラーメン。
照明の加減で金色にキラキラ光ってる。現物はあまり美しくないですけど。
やや辛いタレで和えた白ネギと刻みネギ。風邪なんかフッとんじゃいますよ。
ネギ味噌キラキラ.jpg
ネギを摘まむ.jpg
麺を引きずり出す.jpg
次にネギ塩ラーメン。
ネギ塩1.jpg
ネギ塩2.jpg
ここまで来るともう何でもありな感じですね。
ネギ塩3.jpg
ネギ塩4.jpg
そしてネギ醬油ラーメン。
私は醤油味に辛いタレがかかったネギは合わない気がしたので、
「辛くないネギで頼むよ」
「辛くないネギ?」
「赤いタレ無しで、白いネギだけバサバサバサって載せてくれないかな?」
「・・・」
事前にタレで和えてあるのかな。
「無理ならいいけど」
「いや、やってみますっ!!」
それがこれ。
白いネギにしました.jpg
このスープに辛いのは合わないような.jpg
「どう?これでいい?」
「いいね。辛いのは味噌はともかく醤油味には合わないような・・・」
「そうかしらねぇ」
ママは不承不承といった感だった。
野菜を掴む.jpg
麺を引きずり出す.jpg
私の「辛くしないでくれ」なんて客の我が儘に入らないですよ。「麺少なめでお願いします」に対応したのにオドロいたものです。
麺少なめ?ご飯少なめは珍しくないけど、麺少なめにも対応してるみたい。
麺少なめで思い出したことがある。前職で所長が私の同僚に声掛けして「何か喰うものないか?」ってねだったの。仕出し弁当がマズかったんだろうかね。
同僚はロッカーからカップラーメンを取り出しながら、
「カップラーメンならありますよ」
「ラーメンかぁ。小さいのない?」
そしたら同僚は何て言ったか。
「半分喰って捨てりゃいいじゃないですかっ」
所長はその言い草に口あんぐり。結局は全部喰ったが、この店、麺少なめで余った麺はどうするんだろうか。
次に生姜焼き定食。
生姜焼き定食.jpg
この時は数人のお客が麺類をオーダーしてその後に生姜焼きをオーダーしたから多少は時間が掛かるかなと思ったが全くそんなことはなかった。速いです。
この店の夫婦連携は、ママが茹で方、注文、洗い場担当で、店主はダブル中華鍋(右鍋が定食、左鍋が麺の具)を同時駆使して炒めている。
ママは店主の調理タイミングを見て麺を茹でます。全ての調理が手際よく素早い。速いといってもいい。
火力も強く、入口側の席は店主が中華鍋を叩いて振って、生姜焼きでも炒飯でも調理ショーがライブで見れます。いつか腱鞘炎になるに違いない。
2人連れのお客が「肉野菜炒め定食」「生姜焼き定食」この別々のオーダーが殆ど同時に出されたのを見たことがある。ダブルの中華鍋をふるって別物を同時に調理してた。
生姜焼きUP.jpg
「何このマヨネーズ??」(ジャン妻)
「・・・」
「除けたでしょうね」
「うん」
実は除けずに全部使ってしまったよ。
肉はボリュームがあって、よくある薄切り肉なのに妙にスジっぽかったり固かったりではなくいいお味でござんした。付け合せのキャベツも多い。マヨネーズも多い。ご飯も丼です。
更にUP.jpg
2回めはもっとマヨネーズが多かった。
これは生姜焼き2回め.jpg
肉野菜炒め定食.jpg
肉野菜炒め定食。
これはやや辛かった。ところどころ赤いでしょ。
肉野菜炒めUP.jpg
皿を傾ける.jpg
何故、肉野菜炒めはチョイ辛だったのか。
では野菜炒めはどうなのか。
野菜炒めのは辛くなかった。基本は同じ筈だと思うのですが。
栄雅の野菜炒め定食.jpg
栄雅の野菜炒めルックス.jpg
チョイ辛かった肉野菜炒めの意味がわからないので2回めに喰った肉野菜炒め。
この時は辛くなかった1.jpg
この時は辛くなかったの。赤い点々が無い。野菜炒めとほぼ同じ味だった。
さては夫婦喧嘩をした勢いで辛いのを混ぜたな。
この時は辛くなかった.jpg
前術のように何故かチャーシューメン&その日のおススメ定食と重複する食券のホイコーロです。ママが「おススメの何?」と訊いて来る前に「ホイコーロだよ」って言います。
ホイコーロ1.jpg
ホイコーロ2.jpg
賄だったらしい.jpg
賄いメニューから定番に昇格したというスープご飯です。
これは味噌と塩とある。確か麻婆飯と食券が同じじゃなかったかな~。
スープご飯1.jpg
なかなか美味しいけどまぁ予想通りのモノですね。タンメンの雑炊バージョンか、野菜スープに飯をブッ込んだか。韓国料理だったらクッパでしょうかね。風邪ひいた時にいいのではないか。
これも塩味、味噌味とあるので、券を置く時に口頭で言います。
柚子胡椒が添えてあります。入れ過ぎて喉にくっついて咳き込んでしまった。
スープご飯2.jpg
次にスープご飯の味噌味。
スープご飯味噌1.jpg
拡大.jpg
ネギをまぶす.jpg
まぁ正直言いましてお客に出すルックスじゃないよね。(笑)
この写真を見せたらジャン妻はあまりいい顔をしなかった。
「こういうものを食べないのっ。塩分濃いじゃないっ。スープ殆ど飲むでしょっ」(ジャン妻)
このスープご飯は薄いポリ容器でテイクアウトが可能なんですよ。OLさんがテイクアウトしているのを目撃したことがあります。
お持ち帰りできます.jpg
最後に焼きそばいきます。
焼きそば1.jpg
券売機がボロいのか、時折券が出ない時があります。私は1000円札を入れて700円の焼きそば(これは他のメニューと兼ねていなかった)の食券を押したら釣り銭だけで券が落ちてこないのです。ジャラジャラと100円玉が3枚落ちただけ。
券売機の前でじーっと固まってたら、
「ゴメン、詰まったかな。券出なかった?」(ママ)
「うん。出なかったぞ」
「何?」
「焼きそば」
「お釣り出た?」
「釣りは出た」と言って私は100円玉3枚を見せて納得。
先日もお客さんが、「ママぁ~食券出ないよぉ~」
「あ、ゴメン。で、何?味噌?」
「うん。味噌」
「ハイ味噌ね。お釣り出た?」
「出た」
「笑」
この後のお客が札を投入して券売機を押したら、前の客の出なかった食券と同時に2枚ガチャンガチャン落ちた。
「ママ、2枚(券が)出たけどぉ~」
「あ、それ前のお客の。で、何?」
焼きそば2.jpg
焼きそば3.jpg
焼きそばは青のりも紅ショウガもないのは私の好きなタイプだが、麺(そば)がブツブツ切れるタイプでした。
上州の焼きそばを思い出す懐かしい味でござんした。
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この写真は店内ガラガラ。12時前には満席。店内も店外も待ち客が並びます。
カウンターに貼り紙があって、「お客様へ。食べ終わりましたら食器をカウンターの上にあげて下さいます様ご協力をお願い致します」とお願い文が書いてありますが、席によってはカウンター上に置く場所がないので、そういう場合はママか店主への手渡しになります。この声掛け、手渡しが、店側との親近感を増し、短い時間にカッコみながらも手早く会話してる常連客を見かけますね。
でも私はサッと喰って出ます。
栄雅2.jpg
最後の写真、看板を見てください。PART2とある。
ではPART1があるのだろうか?
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元祖札幌や [ラーメン]

元祖札幌や.jpg
過去に一度、載せたことがあります。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-09-24
しばらく足が遠のいた。他に幾らでも美味しい店があるしね。1年ぶりに行くようになったのは理由があります。
理由その①、歯医者に行き出したからです。歯科医でガリガリやられた後、歯の裏や隙間がスースーするのでご飯を喰いたくなかった。
理由その②、①に関連しますが、歯の治療やクリーニングで13時を過ぎてしまうことがあり、飲食店で言うランチタイムの遅い時間帯になってしまったこと。13時で終わっちゃう店もあるので、それ以降営っている店なので足が向くようになったこと。
理由その③、麺が柔らかめで歯や歯茎に優しいから。固めって言ってもバリカタには決してしないんですこの店。固めでもやわらかい時がある。
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メニューは至ってシンプルで、醤油、塩、味噌です。来なかった1年間の間に消費税率も上がった。20円か30円値上がってたね。
餃子の価格はそのまま据え置きだった。6個で360円、4個で240円だったかな。私は滅多に餃子は食べないけど、一皿5個も6個もあるとシンドい。
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お店の主張としては、創業40年以上、札幌ラーメンが初めて東京に出店した時の味をかたくなに守り続けていて、創業以来守り続けた本物の味をどうぞというもの。伝統を固く守るが麺は軟らかい店なのです。この緩い麺が、濃いけど単調なスープにマッチしており、いい意味でボンヤリした風味を醸し出している。これぞイチオシっていうカチッとした部分が無いのだ。40年前の東京進出時は固麺なんて無かったに違いない。
券売機は無いです。席に着いてから口頭で注文します。卓上にもメニューは置いていません。
まずはオーソドックスに醬油から。もやし、バターも。
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麺を引き摺り出す1.jpg
次に塩です。私は塩がイチバン好きだな。
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薄く見えますが.jpg
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次は塩バラーにメンマです。ちょっと塩気が強いメンマです。
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黄色い麺.jpg
お客の殆どがオーダーする味噌です。白味噌かな。イチバン人気です。
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濃いです。しょっぱ~。
若い女性やOLさんもこぞって味噌味噌味噌・・・。いちばんよく出るんですよ。若い娘さんなんか日頃、美味しい味噌汁を口にしてないんじゃないの?
昔からの味なら昔から味が濃かったんですね~。当時はトッピングなんてなかっただろうし。
次は味噌バターにもやし、ネギ。ネギは鋭い食感です。歯茎に刺さって痛いくらいです。
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麺を引きずり出す2.jpg
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ある日。遅い時間に行ったら、
おや?炒飯があるのか?
おや?.jpg
5時からのメニュー.jpg
夕方5時からのメニューに炒飯、野菜炒め、焼きそばがあるのは知ってたけど。
この日は炒飯ではなく味噌にしたのだが、会計時に訊いてみたの。
「昼に炒飯なんて始めたの?」
「遅い時間になればできますよ」
「遅い時間?」
「お昼の混んでる時間帯はちょっと・・・。だいたい1時過ぎてお客さんのピークが引いた頃合いか、1時半前後からなら注文できます」という。
「今の時間だったら大丈夫?」
「大丈夫です」
「じゃぁ次回、遅めに」
客が引いた頃合いから炒飯がOKで混んでる時間帯はNGってか。そういえば13時台にお店のねーさんが外に出てったと思ったらすぐに戻って来て、店を出たら炒飯750円の札が下がってたのを見たことがあるぞ。
フェイントをかけやがって。だったら遅い時間に行ってみようじゃないの。13時過ぎに行ったの。
「炒飯できる?」
前に訊いてるからね。ねーさんはニッコリ微笑んで「できますよ」と言う。
「チャーハンに餃子4個」って声掛けしたら、味噌ラーメンを喰ってた相席の客や、他のテーブル席の客も「えっ?」っていう表情をされた方が2~3人いましたね。そんなんできるのかってね。
炒飯の予感.jpg
パラパラ系.jpg
パラパラ系で薄味だな。
スープも薄いの。この店の醬油ラーメンは濃くてしょっぱいんだけど、薄いねこれ。
ラーメンは思い切り濃い味なのにな。
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結局炒飯は一度きりで止めちゃった。ラーメンに戻りました。
塩バターにネギダブルです。ダブルなので「丼が大盛りになってますけど麺はフツーですから」と言われた。
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ネギの下から麺を引きずり出す.jpg
インプラントを埋め込んだ歯茎にネギがチクチク刺さりやがる。ネギをスープにヒタヒタしてしんなりさせてから口中に運んだ。麺がユルくなっていく。
ネギの量に隠れてチャーシューが見当たらない。何処だ?かき分けたらショボいチャーシューが顔を出しました。
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この店はテーブル席で相席がアタリマエです。私はひとり客なので、再訪を始めた最初の頃は混む時間帯に入り、入口からは見えないカウンター奥の席を好んでいた。この店のカウンターはL字になっていて、フロア側のカウンターはラーメンの渡し口になっているので、カウンター席数は少ないのです。
13時か13時半になると店内がガラ空きになる。そしたらテーブル席をススメられるようになった。顔馴染とも言えないが前述のように炒飯云々を質問したりしたので、店側ともまぁ打ち解けて来たとはいえる。だからテーブル席をすすめられたのは私に対する気遣いかと思ったがそうではなく、単にカウンター奥まで運ぶのがめんどくさいだけらしい。
厨房を見る.jpg
ではラスト。塩バターにネギダブル&もやしダブルという暴挙。
塩バターネギダブルモヤシダブル1.jpg
塩バターネギダブルモヤシダブル2.jpg
塩バターネギダブルモヤシダブル3.jpg
ここまで来るとラーメンに見えないですね。歯茎にネギが刺さる。歯石が無いので歯間に挟まったりする。やっぱ歯石って必要だよな~。
「んな訳ないでしょ」(ジャン妻)
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