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お盆だから?首塚ネタ [隠れ郷土史]

案内版1.jpg
満州事変の起きた昭和6年(1913年)
日本は大戦に向かって突き進んでいくのだが、事変の半年前3月10日のこと。群馬県碓氷郡原市町(現在は安中市)の墓地に何処かの家族が墓参に来た。
その家族に小学生の子供がいて、寺での法事から続く読経に退屈したのか、その辺りを歩き廻っていたら小さい墳丘を見つけた。
実はその墳丘は古墳(原市町12号墳)であり、首塚も兼ねていたのだが、子供には何の丘かわからない。子供心に興味津々でその辺りをいじくりまわし、何やら白い欠片?を拾ったのである。
子供は大人に見せた。こういうのを見つけたと。
おそらく家族の大人の誰かが疑問に思ったのだろう。河原の石にしては素材、質がヘンだと。
「オカシイぞ?」
「これってもしかして?」
ということになり警察に持ち込んだら人骨、しかも、頭骨の一部であることがわかった。
だが事件性は薄れた。立ち会った学術関係者によると、近世でなはく中世のもの判明されたからである。
案内版2.jpg
以上は私が推測した情景だが、さほど違ってないと思う。
だが墳丘から頭蓋骨がザクザク発見されその数何と150体分あったという。
墳丘に1m×2mの穴が掘られ、そこに埋葬されていたと。
東から見た全体.jpg
150体という数も凄いが、昭和27年に調査に来た東京の学者さんは骨のカタチに注目した。飽食の現代日本人に比べてアタマが長く、顔は短く、鼻が広くて付け根が低い、イコール中世の日本人のもの。
下顎が無く、四肢の骨も発見されていない。中世合戦の戦死者の埋葬と推測された。
埋葬された頭蓋骨は天明3年(1783)、大噴火した浅間山から降って来た軽石に覆われていたそうである。
説明板.jpg
中世の戦死者が埋葬されたと仮定して、ではいつの頃か。
永禄4年(1561年)、甲州武田軍がこの地にやって来る。
武田軍は自国の甲斐が豊穣でない為か近隣諸国の侵略に執着する。この地、原市の首塚の西に陣城を設けて松井田城と安中城を分断した。松井田城に安中忠政、安中城には安中忠成(どちらが親で子かわからないのですが)この二城の連携を断ったのである。
安中一族は上州一揆衆の盟王、箕輪城の長野業政を後ろ盾に武田軍と抗戦する。一揆衆には内応者もいたようだが、長野業政が斃れるまでは勝てないまでも負けなかった。
だがこの辺りにあった松井田~安中の防衛ラインに点在した小城は抗せず潰される。
榎下城。(久昌寺)
さるお寺.jpg
梁瀬城。(城山稲荷)
簗瀬城の札.jpg
滝山城。(聖明寺、カジュアル酒場ナスビの対岸)
境内も段郭.jpg

埋葬されていた人骨はその時の地元戦死者と見て間違いないだろう。
何処の合戦でも後年の軍記物だと戦死者数が誇大に吹聴される趣があるが、150体という数なら農兵も含めて相応な数ではないか。
斜めに見る.jpg
平成24年に高崎市に住んでた頃に一度だけ見に来たことがある。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-05-26-1
今年の初夏に偶然通りかかったら竹藪だらけだった辺りがキレイに刈り取られ、梁瀬二子塚古墳という全長130mの巨大古墳の公園になっていた。
首塚はその公園脇の道を西へ入り、すぐ右折した坂の途中にある。巨大な梁瀬二子塚古墳公園と隣接しているのである。首塚は旧原市町十二号墳(円墳)ともいう。
もともとあった古墳に150体分を埋葬したのだろうか。
隣にある古墳公園.jpg
幾つか伝説があって、発見された頭蓋骨は甲府の方へ向けられていたとか。
攻めて来た甲州軍の骨なら故郷を望郷している?
地元の兵、被災者の骨なら、甲州を恨んで向いていた?
落武者の霊の目撃情報はどうか。高い確率で心霊写真が撮れるとか。そういうものが写ったとしたら埋葬されていた頭蓋骨の主たちでしょう。
霊感がニブい私だが、そういう場所なのでさすがに心中で念じながら近づいた。自分は荒らしではない、この地で起きたこと、この地にあった事象に興味があるだけであると。
近寄ってみる.jpg
正面から見ると古びたお堂が禍々しく見える。
裏手にまわると、なるほど墳丘なのがわかった。
確かに墳丘である.jpg
裏側から見る.jpg
裏手には真新しい住宅も建っていた。
住宅は首塚側の壁にも窓があって、それほど意識していないようである。
住んでる人が庭にでも出てきたらお話を伺ってみたいが誰も出ていなかった。
造成地?-2.jpg
首塚は戦死者、処刑された者を供養するために作られた塚なので、祀ることにより怨霊や祟りを抑えるものでもある。強い念を残した者が祀られる。
この原市の首塚も心霊スポットのひとつに取り上げられたりする。そういうイワレの場所だが、周辺は整備や開発の槌音がする。東隣にある公園脇に工事業者さんが3人ほどいて一服していたが、遠目に私を見て何やらブツブツ言っているようではあった。物好きが来たと思ったのかも知れない。
今宵は迎え盆だからこの地に還ってくるかも知れない。
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