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井伊の虎 [隠れ郷土史]

ゆかりの寺.jpg
井伊家の菩提寺である龍潭寺に寄った。直虎公のお墓を見に行ったのだ。
「お腹空いた」(ジャン妻)
「今夜は貴田乃瀬なんだから我慢しろよ」
「・・・」
またしてもジャン妻は私のお供を拒否。車の中にいた。ツマンないヤツだなぁ。
寺1.jpg
この寺で井伊直虎公は出家し、ここから還俗し、井伊家を継いだ養子の直政を見届けてから出家して余生を送る。
井伊家を継がせるべく送り出した住職さんも井伊本家に連なる一族のようです。兄弟の誰かを仏門に入れるのはよくあるケースだから。
寺2.jpg
寺は庭園は拝観料が要りますが、井伊家歴代のお墓は不要です。山門から入り、仁王門を潜って正面から左へ廻った辺りにあります。
歴代墓所.jpg
真田丸で何を言い出すかわからない嘘つき男、真田(草刈)昌幸が信濃の国人衆国人衆と連呼しているが、ここ引佐井伊谷の井伊家も遠州の国人衆だった。
だが、一族で男がいなくなった。
仕方が無く?麓の寺(龍潭寺)で出家して尼になっていた次郎法師という女性が還俗し、女性でありながら井伊谷の国人領主になる。
女性説のある上杉謙信や、女性だったら?の創作織田信長とは違う。立花闇千代や寿桂尼でもない。女性が男の名前、直虎を名乗ったということです。
その女性、井伊直虎は生涯未婚だった。
許嫁はいた。井伊直親という人で、直虎の実父、直盛の従兄弟にあたる人。男児がいなかったので、直盛を娘婿として迎え入れようとしたのだろう。
直虎は還俗後に井伊家当主を継いでからの名前で、出家中は次郎法師という尼さんぽくない名前。井伊家伝記による。

還俗するからには出家していた訳で、出家したのには理由、動機がある。
来年のドラマでも登場するだろうけど、井伊家の家老で(今川家からの目付も兼ねていたのだろうか?)小野道高、小野道好という悪役父子が登場する。絶対に登場する筈である。
この父子は井伊家の家老なのに、父子二代に渡って井伊家を今川本家に讒言した。家老でありながら井伊家と同等な力を持っていた。
天文13年(1544年)、許嫁だった直親の父直満、叔父の直義が粛清される。直親は遠州を脱出、信濃へ逃げた。誰か家臣に連れられて落ち伸びたらしい。
出家動機の1、許嫁が脱出したことで婚約解消。失意のあまり出家した?
動機がイマイチ弱い気がする。
でも現代人の感覚とは比較できないかも知れない。

10年後の弘治元年(1555年)に直親は今川氏にヒョッコリ復帰する。「生きていたのですね」と喜ぶところだが、かつての許嫁直親は奥山という家から室を迎えていた。
もしくは今川家復縁後に娶ったか。この室も必ず登場するだろう。動機の2としては、それで失意と当てつけ?の余り出家したのだろうか?
自身が既に出家していたのだから何もできなかったのかも知れない。どちらが動機にしても、生きて戻って来たかつての許嫁は妻帯者になってしまっていた。今時の芸能界だったら週刊誌がこぞって書きたてるだろう。
この直親の子が後年の徳川四天王赤備え井伊直政なのだ。

井伊家の悲劇が続く。
永禄3年(1560年)の桶狭間の戦で、実父の井伊直盛が戦死した。
跡を継いだ井伊直親は永禄5年(1562年)に、今度は悪役の息子の方、小野道好に讒言され、今川氏真に粛清される。朝比奈一族の誰かが駿府に出仕途中の直親を襲撃したという。
今川家中は大黒柱の義元を失って疑心暗鬼に陥っていたのだろうが、三国同盟を破棄した甲斐武田の脅威が見えてきたころである。そんな内ゲバをしている場合ではないのだが。

井伊家の悲運はまだ続く。
永禄6年(1563年)に今度は曽祖父の井伊直平が、今川氏真の命で何処かの城攻め最中に急死する。
これも謀殺の匂いがプンプンする。ここで飯尾連竜というもう1人の悪役が登場するかもです。
その後も井伊家は今川氏真にいいようにされ、井伊家擁護側の新野親矩や重臣たちの討死が続き、井伊家を継ぐに適する男がいなくなった。
直親の遺児、虎松(井伊直政)は元服前。こうして永禄8年(1565年)に直虎が井伊当主として登場する。
その後も悪役小野道好の専横はまだ続くし、今川氏が衰退して徳川氏についても、上洛途中の甲斐武田軍の脅威が迫り、なかなか落ち着かないようです。
境内の森.jpg
さて、来年はこの題材でどのようなドラマになるのだろうか。
舞台は遠州井伊谷が中心で、広範囲の設定ではないし、井伊家全体が悲劇悲劇悲劇の連続だからね。かなり膨らませて引っ張ることになるのではないか。
これまで脚光を浴びていない題材だけに、幾らでも創作できそうだがね。
なるほど中小企業を継いだ女性社長か、地方の政治家が急死して、後援者に担がれた女性政治家さんの趣はあるが、直虎公の治世でちょっと首を傾げるのがある。
別にケチをつけるつもりはないですが、図書館の史料で見た中に、井伊谷徳政令というのがあった。
当時の事情を知らない私から見たら徳政令は簡単に言うと債権債務の破棄、すなわち借金棒引きです。だから井伊谷領内の貧しいひとたちが救われたのかと思った。
だが、事実はそうではないようである。
永禄9年(1566年)に井伊谷に徳政令を発布したのは今川氏真なのである。これはどういうことなのか。
引佐図書館職員さんにコピーして貰った史料を読み返してみた。

図書館受付.jpg
引佐図書館は高崎市図書館のようにコピー機がセルフで置いていないの。
こういう場所は大抵何かの申請用紙があって、それにコピーする書籍名と頁数、枚数を記入するものと決まっている。
井伊家の書籍を鷲掴みにしながら受付に歩み寄り、
「コピーするには何かの用紙に書くのかな?」
気の弱そうだが実直そうな男性職員さんが、「こちらにご記入を・・・???」
「それっぽい(書式の)用紙がないぞ?」
「そうですね。少々お待ちください」
オドオドしながら先輩の女性事務員さんに聞いてやがる。
「この用紙にご記入お願いします・・・」
氏名年齢住所職業電話番号まで書かなきゃならんのか。記入して、「じゃぁこの頁からこの頁まで1枚ずつお願いします」
奥の職員室で複写してるみたいだった。
できあがったコピーを持って来て、「コピーした頁と枚数、間違いないか確認お願いします」
職員さんは何だかすっごく緊張してましたね。
「間違いない」、「80円です」、「うん」、釣り銭ないように渡した。
その場を立ち去ろうとしたら、
「あ、あの・・・」
まだ何かあんのか?
「こ、こちらの領収書にサインをお願いします」
「領収書ぉ??」
昔ながらの手書き、複写の領収書である。サラサラっと記入した。
館内の何処かにいるであろうジャン妻を探してたらまた職員さんが来て、その80円の領収書を私に渡そうとするのである。
「あ、あの、先ほどの領収書です」
「要らねぇよそんなの。捨てちゃってくれ」
「あ、ハイ。ありがとうございました」
何をオドオドしてやがるんだ。
さて、史料コピーにあった意外な記述とは、今川氏真が発令した徳政令が井伊谷では2年間発動されなかったというもの。
もちろん発動しないで徳政令を塩漬けにしたか、今川本家に対して撥ねつけたのは領主、井伊直虎である。
その井伊谷で2年間発動されなかった徳政令がようやく発動された文書が史料に載っている。それを要約したものに依ると、徳政令賛成派と反対派とあって、賛成派は今川氏真、前述の悪役小野但馬守(道好)、そして井伊谷の農民たち。
反対派が直虎と井伊家中、そして井伊谷の債権者(史料には銭主方とある)です。
この2派の対立があった。つまり井伊直虎は債権者側だったのである。徳政令を発動すると井伊家へ納める税も未納になってしまうからである。
今川氏はこの対立に付け入った。もしくは煽動した。徳政令に賛同する農民たちを取り込んで、言う事を聞かない井伊家の井伊谷に直接支配介入しようとしたのだ。
井伊直虎は債権者側(搾取する側、いや、貧しい農民に貸し出した側)に付いて、今川本家は農民側に付いた?(煽った?)このような単純な構図でいいのだろうか?
この辺り、尚、調べてみる必要があるかも知れない。
私は今川氏真って蹴鞠しか能が無い人と思ってたのだが、現代でもよくあるようなやり方で上級権力として介入したのが意外な気がした。
この件で井伊直虎は地頭職を解かれたらしいが、直虎の内政手腕をどう描くのだろうか。

今川氏真の井伊谷介入は三河の徳川家康が攻め入ったことで終息はする。
井伊家に難癖つけてばかりいる今川氏真に見切りをつけたか、井伊家につけられた寄騎3人が家康を井伊谷に導き入れた。小野は誅殺される。
井伊家を支えた者ども.jpg
井伊谷三人衆.jpg
そしたら今度は甲斐武田軍の先鋒、山県昌景軍が井伊谷にやって来る。
三方ヶ原の後、野田城で武田軍の侵攻が停滞し、信玄が陣没することでようやく救われることになる。
直虎は直政を家康に出仕させるまで養母として育てる。かつての許嫁の忘れ形見だが、自分の実の子ではない。直政にとっては養母でもあり、はとこでもあるという訳です。
直虎が安堵してかつての寺(菩提寺)に帰るのは、育てた許嫁の忘れ形見、直政を家康に出仕させる天正3年(1575年)まで待たなくてはならない。
歴代墓所の説明1.jpg
直虎が疲れた目を閉じたのは天正10年(1582年)8月26日。
直虎公のお墓は許嫁、直親の隣にあった。あったのだが、直親さんは夫人と許嫁直虎に挟まれているじゃないか。
許嫁の隣に.jpg
原作といっていいのか、これも読んだです。
カバーに描かれた女の子の目がコワい。ホラー小説かと思ったモン。
不思議な力を持つけど掴み所のないキャラクターだった。
読みました.jpg
柴崎コウさんってもちろん美人なんだけど、濃いお顔ですねぇ。
時代劇に向いてるかと思ったが、信長協奏曲に出演されてるんですな。
コウさん.jpg
いろいろ書いたが、実は今年の大河以上に来年は楽しみではある。
お願いだから長澤まさみさんのように時代劇中で現代語を駆使するのは止めて貰いたい。
あれはヒド過ぎないか。信繁にタメ口、ゴッドマザーに口ごたえ、食い物を投げつけたり。
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