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長源寺 真田六連銭発祥の寺? [隠れ郷土史]

群馬県安中市上後閑に長源寺という曹洞宗の古刹がある。後閑川や長源寺川の流れる谷の奥まった所にひっそりと建っている。
長源寺.jpg
特別貴重な保存物は無いようでこの寺は安中市文化財100典には入ってない。国指定4、国登録有形文化財指定4、群馬県指定21、安中市指定71、総計100の中には含まれていません。
安中市でも奥まったこの地へ来るには、キッチン104の前の道をひたすら道なりに走って九十九川を渡り、最後のコンビニを右手に見て、妙義山に向かって走り、途中、右にカーヴしたら、上後閑、長源氏方面への案内版があるから迷わないでしょう。
上後閑への道.jpg
九十九川、後閑川を何回か渡って、中後閑、上後閑と過ぎて行くと谷が狭まって来る。如何にも最後の集落を過ぎたら山林地帯ににあった。
上後閑の郷1.jpg
そこへ至る道.jpg
そこから先は・・・細い林道になっているようだが、地図を見たら秋間の山中を彷徨するような道で、自動車ではおそらく越えられないと思う。この寺は人が住んでいるところとしてはかなりドン詰まりにある。
朱塗りの欄干の橋が長源寺川に架かっていて、橋を渡れば長源寺の境内。
着いたところ.jpg
朱色の欄干.jpg
古木がそびえています。この時期には藪蚊、虫もいます。
山門に登る石段は苔むしているので足元に注意。
いざ寺へ.jpg
何でこの寺を訪問したかというと。。。
また行くのかよとお思いでしょうが、船山温泉行が迫って来て、行く前は2007年に放映された大河のDVDを観るか、サントラから幾つか聞いて甲斐の国への高揚をかきたてるのですが、DVD4巻二十四話に、この長源寺と晃運字伝という僧、住職が登場したのである。
でも住職ではないかも知れない。それは後述します。
寺の場面1.jpg
「その頃真田幸隆は、上州安中の長源寺にいた」というナレーションだったかな。
「安中?」
「???」
ジャン妻と顔を見合わせた。
本堂.jpg
この寺に佐々木蔵助さん演じる真田幸隆がいた?
河越夜戦で種子島で撃たれた山本勘助(演:内野聖陽さん)が寝ている。
寺の場面2.jpg
晃運字伝を演じた俳優さんは冷泉公裕(レイゼイキミヒロ)さんという個性派で、瀕死の状態から蘇生した山本勘助に向かって毒づく。
「このお侍はしぶとい。まだ生きるつもりでおるぞ」
「御坊が手当を?」(勘助)
「儂は医者ではないでの。さような傷を診たことのある医者など少なかろうて。医者の投げ出した者を見るのが坊主の役目じゃ。どうせ仏になるならとやってみたまでよ」
毒づいた揚句、えぐり取った火縄の弾を見せた。
「山伏から聞いた覚えがあっての。蘆毛の馬の糞を水に溶かして飲ませればどのような傷も癒えるというもの」
勘助はイヤな顔をした。
勘助は真田を武田の幕僚に加えたいのだが、
「甲斐でも何処でも行くがよかろう。このまま出家もせず穀潰しの落ち武者を置いておくのは寺の迷惑じゃ」
言いたい放題であった。
和尚.jpg
僧侶役.jpg
寺の場面3.jpg
真田は上州を去って武田に降るのだが、御坊のお蔭で上州で命を拾いましたと晃運字伝に礼を述べても、
「その命をわざわざ捨てに行くような者に礼を言われても心地悪いわ」
とまたしても笑って毒づいた後で、「幸隆殿。この坊主からの餞別じゃ。受け取れ」
出されたのが六つの銭だった。
餞別.jpg
「六動銭じゃ。死人の棺に納めるものじゃ」
六連銭は三途の川の渡り賃。地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つの世界を表す。
「真田の家は一度死んだ。一度死んだ者は二度とは死なぬものじゃ」
真田幸隆は、「いずれ所領を取り戻したら寺を建てて晃運を開山にしてやろう」と大きいことを言う。
「何を。お前のようなウツケに何ができるか」と笑って返した。
真田幸隆は本懐を遂げる。信州小県郡、真田に帰還してから、長谷寺を創建して真田家の菩提寺とし、晃運を招いて開祖とする。ってことは安中長源寺時代の晃運字伝は住職ではなく寺僧のひとりでしかないのではないだろうか。寺全体を掌握する住職を引き抜く訳にもいかないだろう。
この話がホントなら、真田の旗印である六連銭発祥の地?もしくは寺と言っても過言ではないことになる。
六連銭の旗.jpg

階段を上る.jpg
山門.jpg
由緒.jpg
長源寺は嘉吉3年(1443年だから室町時代)に開かれた。
創ったのは信濃からやって来た依田信濃守政知という人で、この寺に来る途中、右手にある後閑城(公園になっています)を作った人だという。
一旦は衰退したらしい。その後、やはり後閑城主だった新田伊勢守信純(後閑氏)という人が中興開基した。開基とはお寺を開くことで、中興とは一旦は衰えた状態を再び盛んにしたこと。
依田信濃守.jpg
新田伊勢守.jpg
境内の裏手や山になっていて熊でも猪でも出てきそうな雰囲気だが、その麓に開祖、中祖、歴代のご住職のお墓があった。そこに晃運字伝はあったかな。
真田が上州にいたのは、天文10年(1541年)に武田村上諏訪の連合軍に破れて故郷の信州真田を追われたからで、箕輪城の長野業政や、もとは先祖が一族だった?小県郡の滋野一族を頼ってやって来た。依田もその流に繋がる。彼らを頼る過程で長源寺と知り合ったのではないか。
裏手から境内を望む.jpg
階段を下る.jpg
真田幸隆は境内の何処にいたのだろうか。
この奥まった谷にある寺の境内に逼塞して読経三昧ではないでしょう。ここに来るまでの途中にある後閑城で食客になってたのではないか。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-06-17
後閑城.jpg

上後閑の郷2.jpg
上後閑の郷3.jpg
瑞々しい郷である。後閑川、長源寺川が流れ、九十九川にくなる。苔むした砂防ダム、堰堤もあったから、大雨には水が出るに違いない。雨の通り道なのだろう。心なしか、空は晴れ渡っているのに、寺の上と、秋間山に繋がる一帯には、いつ雨雲が湧きあがっても不思議でないように思えた。
真田幸隆がいた往時と風景は変わらないのではないだろうか。
コメント(4) 

コメント 4

ナワ~ルド@峠おやじ

船山史家さん、
今年の大河が低迷かつ迷走気味なので来年に興味が移ってしまってますね。そんななかの真田ネタ、なかなか面白うございます。上州は沼田など信之ゆかりの所も多いですし、楽しみですね。

ところで私のところのHP「自転車・峠おやじ」移転のお知らせです。

このほど2010年以来お世話になっていたサイトが閉鎖されることになり、HPを移転致しました。本来、旧サイトに引っ越し案内を表示すべきですが、サーバー閉鎖案内を確認したのが遅くなったため、いきなり消えてしまいました。

検索サイトもすぐ変更にはならないので、ご迷惑ではありますが、過去にカキコミさせていただいたサイトをお借りして、ご報告させていただきたいと存じます。

新しいURLは
http://tougeoyaji.ciao.jp/
です。よろしくお願い申し上げます。

by ナワ~ルド@峠おやじ (2015-07-20 21:23) 

船山史家

ナワさんおはようございます。移転、お疲れさまです。
先週に開いたらいきなりブツッと消えてたのでビックリしました。Not Fondと出てきたので。何かあったのかと。ヒロさん、おっかさん経由で開けました。お気に入りフォルダに入れました。
全国の自転車ファン&峠ファンも安心でしょう。

NHKのドキュメンタリーを観てたら今年の大河の予告編が流れました。いつの間にか大奥編?昔の篤姫のような路線になってましたね。
主役の井上さんのせいじゃぁないとも思いますが。
家にある過去大河のDVDで無聊を紛らわしてたら、安中市のお寺が出て来たという訳です。
来年の大河に期待はしてますがちょっと心配な部分もあります。脚本があの方でしょう。新選組は観るの止めちゃったんですよ私。
それと主役の信繁は人質半生が長かったのでドラマでどう描かれるのか。
メインの配役が発表されましたが、穴山梅雪は出るかな。毛利勝永は誰が演ずるのかな。
今日も外回り。暑くなりそうです。
by 船山史家 (2015-07-21 06:29) 

ヒロ

来年の大河、私はとても楽しみです。人口に膾炙された「幸村」ではなく、本名の「信繁」で通しそうなところが吉と出るか凶と出るか。
(大体、幸村の本名が実は「信繁」なんて、私の周囲では誰ひとり知りませんでした。教えてあげて、みんな「へぇ~」と言ってましたから)
あと、30年前に『真田太平記』で「幸村」を演じた草刈正雄が父の「昌幸」をやるというのもおもしろい。また、兄の信幸(信之)が大泉洋なんて、従来の謹厳実直な信幸像を覆しそうで、これまた興をそそる。
あと約半年、なかなか待ち遠しいです♪
by ヒロ (2015-07-21 22:00) 

船山史家

ヒロさんおはようございます。
ジャン妻も「信繁なの?」
「幸村ってのは講談から来てるんだよ」
「何で名前変えたの?」
「家康をコテンパンに敗走させたから、後世の講談で信繁だと差し障りがあるんじゃないの?」
「・・・」
草刈正雄さんが昌幸を演じるのはオモシろいですね。幸村から30年経ってるんだ。歳月を感じます。
大泉洋さんはどうかな~。
勘助を演じた内野聖陽さんが家康?まさか眼帯は付けないでしょうけどね。
by 船山史家 (2015-07-22 07:09) 

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